ガルヴォルス
-End of Absurb-
第1章
人が正義なのだろうか?
異形は全て悪になるのだろうか?
それとも、善と悪に種族は関係ないのだろうか?
善悪は何で、どこで分かれるのだろうか?
誰かに決められてしまうものなのだろうか?
勝手に決めつけられるのは我慢がならない。
理不尽に抗う者たちが、世界を震撼させる。
街外れにあるケーキ屋「SUITE」。そのキッチンで皿洗いをしている1人の青年がいた。
青年の名は竜崎ハヤト。このスイートで働いていて、黙々と仕事をこなしていた。
「ハヤトくん、相変わらずだね。あんまりしゃべらないけど、仕事はきちんとしてるね。」
スイートで働いている2人の少女。朝比奈あかりが天河アイリに声をかけてきた。
「でも最初はもっとひどかったよ・・本当に一匹狼って感じだった・・」
アイリがハヤトを見て微笑みかける。アイリはハヤトの刺々しさが和らいだことを実感していた。
「ハルナさんに感謝しないと・・私たちを信じて、気を遣ってくれたことに・・」
アイリが感謝と記憶を思い返して、喜びを感じていく。
ハヤトのかつての恋人、花江ハルナ。ハヤトのところに戻ってこれたハルナだが、アイリを気遣い身を引くことを選んだ。
ハルナはハヤトとアイリの幸せを願って、彼らのそばを離れた。他の場所で安息の生活を送っている。
「でも、これで本当によかったのかな・・私が、ハルナさんの幸せを奪ってしまったような・・・」
アイリがハルナのことを心配して、不安を感じていく。
「ハルナさんを信じよう。ハルナさんがあたしたちを信じてくれてるように。」
「あかり・・ハルナさん・・・うん、そうね・・ハルナさんのためにも、私がハヤトを支えてあげないと・・」
あかりに励まされて、アイリが不安を拭って笑みをこぼした。
「コラコラ、2人とも。サボっていないで動く。」
そこへ注意がかかって、アイリとあかりが驚く。スイート店長、戸部まりんが2人の前にやってきた。
「て、店長・・・!」
「す、すみませ〜ん!戻りま〜す!」
アイリとあかりが慌てて仕事に戻る。2人に対して肩を落としてから、まりんがハヤトに目を向ける。
(落ち着いてきたわね、ハヤトくん。あまり会話はしないけど、落ち着いているかどうかは私にも分かるようになった・・)
ハヤトの心境を察して、まりんは微笑んだ。彼に対して安心を感じて、まりんも仕事に意識を戻した。
この日の仕事が終わり、ハヤトはスイートから出てきた。
「待って、ハヤトく〜ん♪」
あかりが声をかけてきて、ハヤトが足を止める。彼にあかりとアイリが追いついてきた。
「今日もお疲れ様、ハヤトくん♪ハヤトくんが支えてくれるから、あたしもみんなもがんばれちゃうんだよ♪」
「オレはそんなガラじゃないけどな・・」
笑顔を振りまくあかりに、ハヤトがため息まじりに言い返す。
「ハヤト、本当に変わったね。私たちもだけど・・前は、誰も寄せ付けないって感じだった・・ガルヴォルスを倒すことだけを考えていたから・・・」
アイリがハヤトに言いかけて微笑みかけてきた。
「ガルヴォルス」は人間の進化である。動植物を思わせる姿と能力を備えた異形の存在。
ハヤトもガルヴォルスの1人である。ガルヴォルスは普段は人の姿であり、普通の人が見分けることは難しい。
そのため、人を襲うガルヴォルスは他の人に紛れて暗躍を行っている。
「ガルヴォルスを許せないって気分も弱くなったからな・・」
ハヤトが言いかけて、自分の右の手のひらを見つめる。
ガルヴォルスに弄ばれていたハルナは救われた。暴挙を働くガルヴォルスたちの暗躍は少なくなっていた。
「ハヤトはこのまま戦い続けるの?・・ガルヴォルスとか、許せない相手と・・・?」
「相手の出方次第だな・・何もしなければ、オレも何もしない・・」
アイリが投げかけた問いかけに、ハヤトは真剣な面持ちで答える。
「それで、何もなければいいね・・傷ついたり悩んだりすることがなくなるし・・」
「何もなければ・・・オレもそう思うが、そうはいかないんだろうな・・・」
アイリが一途な願いを口にすると、ハヤトが思ったことを口にした。
「ちょっと、ハヤトくん、縁起でもないこと言わないでって〜・・」
あかりがハヤトのこの言葉を聞いて気まずくなる。
「何かあっても、これからも乗り越えていってやる・・身勝手なヤツらの好きにさせないためにな・・」
「ハヤト・・私に、何かやれることがあったら・・・」
意思を告げるハヤトに、アイリが自分の無力さを打ち明ける。ガルヴォルスのような力を持っていない自分を、アイリは責めていた。
「ムリにバケモノみたいな力を持つことはないって・・後戻りできなくなるかもしれないし・・」
ハヤトは深刻な面持ちでアイリに忠告する。
「こういうことはオレに任せろ。それにオレは、お前らにすっかりお世話になってるからな・・」
「ハヤト・・私たちに、お世話になっている・・・」
「あぁ。お前らはオレの心の支えだ。ハルナを助ける戦いをしてたときも、今だって・・」
本音を口にするハヤトに、アイリが心を揺さぶられる。
「あたしたちがハヤトくんの支えに・・う〜♪嬉しい限りだよ〜♪」
あかりが頼られていると思い、上機嫌になる。
「もう、あかりったら、相変わらず調子いいんだから・・」
アイリがあかりに呆れて、ハヤトも笑みをこぼした。
「こういう・・こういう日常っていうのは、いいもんだな・・・」
今感じている本音を口にするハヤト。ガルヴォルスに対する憎悪と使命感が和らいで、彼は落ちつきを取り戻していた。
そのとき、ハヤトが突然気配を感じて、顔から笑みを消した。
「どうしたの、ハヤト?・・もしかして・・・!?」
アイリがハヤトに声をかけて、緊張を覚える。
「お前らは先に帰れ。オレだけで行く・・」
ハヤトがアイリとあかりに言いかけて、気配のしたほうに目を向ける。
「でも、ハヤト1人だけじゃ・・・!」
「危なくなったら尻尾巻いて逃げるさ。もうオレに、ムキになって突っかかる理由はないんだ・・」
心配の声をかけるアイリに、ハヤトが微笑んで答える。
「じゃ、行ってくる・・2人は付いてくるなよ・・・」
ハヤトは注意を言うと、アイリとあかりの前から駆け出していった。
「ハヤト・・・」
アイリは戸惑いを感じながら、ハヤトを見送った。
感じた気配の正体を確かめるため、ハヤトは駆けつけた。彼は人通りの少ない小さな道にたどり着いた。
(この辺りだ・・一瞬、今まで感じたことのない、とんでもない力を感じた・・・!)
ハヤトは感じ取った気配が、今まで感じた中で1番強いと思っていた。
(どこだ・・どこに行ったんだ・・・!?)
ハヤトは感覚を研ぎ澄ませて、気配の詳細を探る。
「あっちか・・・!」
彼はさらに駆け出して捜索を続けて、道を抜けた広場に来た。
そこでハヤトは2体の異形の怪物を目の当たりにした。そのうちの1体、ワニの怪物が血まみれになって倒れていた。
2体とも人類の進化、ガルヴォルスである。ワニの怪物クロコダイルガルヴォルスが野獣の怪物、ビーストガルヴォルスに息の根を止められていた。
(ガルヴォルス・・ガルヴォルス同士が戦ってたのか・・・!)
ハヤトが緊張を覚えて、心の中で呟く。ビーストガルヴォルスが彼に気付いて、ゆっくりと振り向いた。
「お前も、ガルヴォルスなのか・・・!?」
ビーストガルヴォルスがハヤトに鋭い視線を向ける。緊張を募らせるハヤトだが、臆せずに踏みとどまる。
「おめぇも、オレを狙う敵なのか・・・!?」
「お前が向かってくるなら、オレも戦うしかなくなる・・何もしないならそれで済むけどな・・・」
問いかけてくるビーストガルヴォルスに対し、ハヤトは自分の考えを告げる。
「オレもオレたちを苦しめるヤツには容赦しねぇ・・オレの邪魔をしないことだ・・・」
ビーストガルヴォルスは言いかけると、きびすを返してハヤトの前から去っていった。
(アイツ、力が強いだけじゃない・・殺気、怒りと憎しみ・・ガルヴォルスを憎んでいたときのオレに負けず劣らずだ・・・!)
ハヤトはビーストガルヴォルスの心境を悟り、息をのんだ。彼はビーストガルヴォルスと自分を重ねていた。
ハヤトの前から去ったビーストガルヴォルス。彼は人の姿、青年の姿に戻った。
青年の名は崎山トウガ。彼は敵と認識した相手を次々に手にかけていた。
世界を震撼させていた怪物。人間、怪物問わず、様々な人を殺害しており、刺激しないほうがいいとさえ言わしめられている。
その怪物がトウガだった。だがトウガは、手にかけてきた相手が過ちを犯していると認識していた。
不条理、暴挙、策謀。様々なものを押し付けたり、明らかな間違いを正しいことにしていたりする存在を許さない。トウガの戦う動機はその怒りだった。
(オレは敵を倒す・・身勝手を振りまいて、自分たちが正しいと思い上がっているゴミクズを、全部叩きつぶす・・・!)
トウガが心の中で憎悪を募らせていく。
(もうあんな悲劇は起こさせねぇ・・オレはおめぇにこれ以上、ゴミクズどもに手出しはさせねぇぞ・・・!)
過去の悲劇を思い返し、トウガが右手を強く握りしめる。
トウガが抱えている強い怒りは、過去に理不尽を被ったことで生じている。間違っていることを正しいことにされ、何も悪くない自分が悪者として排除されていくことに、トウガは納得できなかった。
理不尽と、それをもたらす存在を滅ぼすために、トウガは戦っていた。
(ゴミクズどもに、おめぇに手を出させねぇからな・・カノン・・・)
込み上げてくる怒りの中で、トウガは大切な人のことを思い返していた。
大切にしたいと願うようになった人。その人が悲劇を被ったことが、トウガにとってもこの上ない絶望となっていた。
(もう起こさせてたまるか・・間違いも、あのような悲劇も・・・!)
決意をさらに強固にして、トウガは戦いのための行動を再開した。
邂逅したビーストガルヴォルス、トウガにハヤトは緊迫とともに、不可思議な気分を感じていた。
(あのガルヴォルス、何か引っかかる・・好き勝手に暴れてるヤツとは違う・・)
マンションに帰りながら、ハヤトはトウガのことを考えていく。
(オレたちみたいに、何かワケありってことだろうな・・うまく話がかみ合えばいいが・・・)
遅かれ早かれまた会うことになると予感して、ハヤトは気を引き締めた。
住んでいるマンションに帰ってきたハヤト。彼の部屋のある階の廊下に、アイリとあかりが待っていた。
「ハヤト・・よかった。無事だったんだね・・」
アイリがハヤトを見て安心を覚える。
「危なくなったら逃げるって言ったからな。といっても、逃げるくらいの物騒なことにはならなかったけどな・・」
ハヤトが笑みをこぼして、アイリたちに気さくに答える。
「もう、アイリったら心配性なんだから〜♪」
「あかり、こういうときまで人をからかわないの。」
にやけて言いかけるあかりにアイリが注意を投げかける。
「オレはもう休むぞ。明日も仕事があるんでな・・」
ハヤトは憮然とした素振りを見せて、自分の部屋に戻った。
「ハヤト、何か考え込んでいる・・前のように、憎んでるとかじゃなくて・・・」
アイリがハヤトの様子を気にして当惑を覚える。
「だからアイリは心配性なんだって〜・・」
「ちょっとあかり、いい加減にしてよね・・」
さらにからかってくるあかりの頬を、アイリがつまんできた。
「ふぉ、ふぉふぇん、ふぉふぇんっふぇ〜・・」
頬を引っ張られたまま、あかりが謝る。アイリが彼女から手を放してから、深刻な面持ちを浮かべる。
(ハヤトは1人で背負い込んでしまうところがある・・ガルヴォルスを憎んで戦っていたときも、私たちに自分のことを知られるまでは、誰にも頼らずに戦っていた・・)
ハヤトのことを考えて、アイリが自分の胸に手を当てる。
(私が気付くしかないけど・・ハヤトの迷惑になってしまうのかな・・・)
ハヤトの心境を気遣い、アイリは彼に励ましの言葉を送ることができないでいた。
「私たちも明日に備えて休みましょう。夜更かしの余裕はないんだから・・」
「アイリちゃん、最近いじわるになっちゃったよ〜・・」
言いかけて自分の部屋に戻るアイリに、あかりがふくれっ面を見せる。あかりも腑に落ちないまま、自分の部屋に戻っていった。
ハヤトとトウガが邂逅した夜が明けた。ハヤト、アイリ、あかりはいつものようにスイートでの仕事をこなしていた。
(いつものハヤト、いつものスイート、いつもの世の中・・そう、いつもと変わんないはず・・・)
仕事中、アイリはこの日常がこれからも変わることはないと願っていた。
(そうそう、集中集中。今を一生懸命頑張らなくちゃ。)
アイリは自分に言い聞かせて、また接客に向かった。あかりも彼女を見て笑みをこぼしてから、仕事を続けた。
そしてハヤトはいつものように、黙々と皿洗いをこなしていた。
その頃、トウガは1人、孤独の戦いを続けていた。人間、ガルヴォルス関係なく、彼は敵を次々に手にかけていた。
そんなトウガは特にある人物を追っていた。彼らに悲劇をもたらした張本人である。
(アイツはどこにいる・・必ず見つけ出して、オレたちの怒りを思い知らせる・・・!)
トウガが込み上げてくる憎悪を噛みしめて、手を強く握りしめる。
(どこにいても、オレは絶対にやめないぞ・・・!)
大敵の打倒を強く心に刻みつけて、トウガはさらなる戦いに身を投じた。
トウガの度重なる強襲に、各国の首脳陣は苦悩を深めていた。打開の糸口を探る彼らだが、その決定的な手立てを見出せないでいた。
「このままヤツをのさばらしておいたら、世界は混乱の一途を辿る・・」
「最悪、人類はバケモノどもによって全滅してしまう・・・!」
「しかし、刺激しなければヤツは手を出してこない!このまま放置すれば・・!」
「たわけたことを言うな!あのような輩、野放しにしていい理由があるか!」
「だいたい、ヤツが刺激するのが何かもハッキリしておらんのに!」
「ヤツに気を回す必要はない!何としてでもヤツを始末する!」
「しかしヤツは軍の最新鋭の兵器、戦闘機を投入しても平然としていて、返り討ちにしてしまったのだぞ!」
「核ミサイルですら、放射能すらも押し返してしまったほどだ!まさにバケモノの中のバケモノ!」
政治家たちがトウガのことを話し合っていく。しかし対策を提案するどころか、考えの相違で言い争いになってしまう。
「たとえヤツを指名手配にしても、世界中の人々にヤツを敵視させたとしても、ヤツは止まることは絶対にない・・最悪、世界中の人々を皆殺しにするのが目に見えている・・・!」
「このまま出方をうかがうしかないというのか・・・!」
迂闊にトウガに手出しができず、政治家たちがいら立ちを募らせていく。
「最悪の場合、あの最終兵器を投入するしかない。アレを使えば、日本ほどの規模の地域なら・・」
「国民全滅は確実。国全体が、生き物の住めない地獄となるだろう・・」
最後の手段を思い浮かべて、政治家たちは息をのんだ。
「あくまで、最後の手段だな・・コレ以外の最悪の事態が起こらないことを祈るしかない・・・」
政治家たちは1つの祈りを胸に、従来の職務に戻ることにした。結局、トウガ打倒の対策は何も打ち出せないままとなった。
日本政府の中枢。政治家たちを裏で束ねる程の地位と力を誇示するまでに至った1人の男。
神谷ギル。彼もガルヴォルスの1人。それも驚異の能力と強さを兼ね備えている。
(どいつもこいつも、私利私欲に走りすぎた無能ばかりだ。今となっては、頼りにできるのはオレ自身か・・)
ギルが自分の周辺の状況を考えて、ため息をつく。
(崎山トウガ、お前を止められるのは、もはやオレしかいないだろう。オレほどの力がなければ、まずヤツは・・)
トウガの力を思い返して、ギルが息をのむ。
ギルこそがトウガに悲劇をもたらした張本人である。トウガを倒すには彼の心を挫かなければ果たせないと思ったギルは、心の支えとなっていた少女、華原カノンを犯した。
結果、ギルはトウガの力の真髄を目の当たりにすることになった。ガルヴォルスの中でも上位の上位であると自負していたギルだが、トウガの発揮した力に畏怖を覚えた。
(このオレを恐れさせるほどだったヤツの力・・オレもこのままでは・・・)
危機感を感じていたギルは、自らの力を上げる術を模索する。
(オレもあの手を使うしかないようだ・・だがオレはガルヴォルスの善悪を気にするつもりはない・・)
その術を見出して、ギルは笑みを浮かべた。彼が掲げた手から黒い闇があふれてきた。
スイートでの仕事を終えて、アイリとあかりは街に買い物に繰り出していた。
「アイリちゃんとハヤトくんも落ち着いてきたから、たまには買い物もいいかな〜てね♪・・・って思ったんだけど・・」
あかりがアイリに笑顔で言いかけるが、途中で表情が曇った。
「肝心のハヤトくんが来てくれなかったよ〜・・」
「しょうがないよ。ハヤトは無理強いは好きじゃないんだから・・」
肩を落として落ち込むあかりに、アイリが苦笑いを見せる。
「今回は私たちだけで楽しみましょう。いろいろ買いたいもの、あるんでしょ?」
「うんうん♪せっかくだから、ハヤトくんにお土産でも買ってあげちゃおう〜♪」
アイリに呼びかけられて、あかりが笑顔で頷く。2人は早速デパートに繰り出した。
「久しぶりに来たから、目玉商品がそろってるよ〜♪」
あかりが品物を見回して、喜びを振りまく。
「もう、あかりったらしょうがないんだから、相変わらず・・」
軽い足取りになる彼女に呆れながらも、アイリも笑みをこぼしていた。2人は服やアクセサリーを見て回って、お気に入りを買っていった。
「エヘヘヘ♪買っちゃった、買っちゃった♪」
「あかり、ホントに買いすぎだって・・」
満足げのあかりにアイリが呆れる。
「そういうアイリだって、けっこう買ったほうじゃな〜い・・」
あかりがふくれっ面を浮かべて、アイリの買ったものをじっと見つめる。
「このくらいは買いすぎにならないって。少なくてもあかりと比べたらね。」
「ブーブー・・アイリちゃんのいじわる〜・・」
アイリにからかわれて、あかりがさらにむくれる。そんな彼女を見てアイリが笑みをこぼした。
「あう〜・・こういうことなら、やっぱりハヤトくんを連れてくればよかった〜・・」
自分が買ったものの量を確かめて、あかりが気まずくなる。
「ハヤトを荷物持ちにしようとしてもダメよ。そういうのをやる人じゃないわ。」
「う〜・・それもそうだよね〜・・自業自得と思うしかないね〜・・」
アイリに言われて納得するも、あかりは肩を落としていた。
「さ、もういい加減に帰らないと、疲れて大変なことになるわよ。」
「それは大変!荷物をしっかり持たなくちゃ!」
アイリに注意されて、あかりが気を引き締める。妙に気合いを入れる彼女に、アイリは苦笑をこぼした。
そのとき、帰り道の途中にいたアイリとあかりが、遠くで騒音がしたのを耳にした。
「何、この音・・すごい音のように聞こえるけど・・・」
「もしかして、怪物が引き起こしている事件・・・!?」
あかりが呟いて、アイリが不安を覚える。
「ちょっと、様子を見に行ってみる・・・!」
「ダメだよ、アイリちゃん!危険だよー!」
行こうとしたアイリを、あかりが心配になって呼び止める。
「もしもホントに怪物の仕業で、その怪物がこっちに来たら、ハヤトくんに連絡しようよ!」
「でも・・・!」
「わたしたちが行っても殺されちゃうだけだよ!あたしたちはもう帰ろうよー!」
遠くの騒動を気にするアイリを、あかりがひたすら呼び止める。
「怪物なら、ハヤトくんがきっと先に気付いてる!怪物に対して敏感だから・・!」
あかりが口にしたこの言葉を聞いて、アイリはようやく思いとどまった。
「そうよね・・ハヤトだったら、もうきっと・・・」
アイリがハヤトのことを考えて、自分の無力さを改めて痛感していた。
「ね。だからあたしたちは帰ろう、アイリちゃん・・」
「うん・・分かったよ、あかり・・・」
あかりに連れられて、アイリは確かめに行かずに帰ることにした。
そのとき、アイリたちの帰り道で爆発のような衝撃が起こった。
「うっ!」
「キャッ!」
巻き起こった突風に押されて、アイリがうめいてあかりが悲鳴を上げる。周辺に土煙が漂う中、2人が顔を上げる。
「何なの、いったい・・もしかして・・!?」
アイリが不安を覚えて周りを見回す。土煙の中にいたのは、1つの異形の姿だった。
「あかり・・逃げるよ、早く・・・!」
「う、うん・・!」
緊迫を募らせたアイリが呼びかけて、あかりが頷く。2人が煙の中を逃げようとした。
「コソコソ逃げることはねぇだろうが・・」
煙を抜けたアイリとあかりの前に、ネズミの怪物が飛び降りてきた。アイリが目撃した影の正体である。
「怪物!?」
怪物、マウスガルヴォルスに気付かれて、アイリとあかりが後ずさりする。
「イケてる女たちじゃねぇか。たっぷり遊ばせてもらうぜ・・」
マウスガルヴォルスが不気味な笑みを浮かべて、アイリたちに迫る。
「は、早くハヤトくんに連絡を・・!」
あかりがハヤトに連絡を取ろうとしたが、慌ててしまって携帯電話を取り出すことができない。
「さぁ、オレといいことしようぜ〜・・!」
マウスガルヴォルスがアイリたちを弄ぼうと飛びかかってきた。アイリとあかりがたまらず目を閉じる。
そのとき、マウスガルヴォルスが突然殴り飛ばされて、壁に叩きつけられた。アイリとあかりがゆっくりと目を開けて、自分たちが何ともないことに気付く。
「あたしたち、無事なの・・・!?」
あかりが声を上げて、アイリが周りに目を向ける。彼女たちの前にいたのはマウスガルヴォルスではなく、ビーストガルヴォルス、トウガだった。
「もう1人の、怪物・・・!?」
アイリがトウガを見つめて、戸惑いを見せる。彼女を気にすることなく、トウガがマウスガルヴォルスに鋭い視線を向ける。
「テメェ・・もう追いついてきやがったのかよ・・・!」
起き上がるマウスガルヴォルスがトウガに毒づく。
「自分のために他のヤツを苦しめて、それを楽しんで・・どこまでもおめぇらゴミクズどもは!」
怒りをあらわにしたトウガがマウスガルヴォルスを殴り飛ばす。マウスガルヴォルスが昏倒して、激痛に悶絶する。
「いてぇ!いてぇよ〜!やめてくれ〜!助けてくれ〜!」
マウスガルヴォルスがトウガに助けを求めて逃げ出そうとする。その態度がトウガの感情を逆撫でする。
「そうやって命乞いしてきたヤツを、おめぇは助けたことがあるのか・・・!?」
トウガが問い詰めたことに、マウスガルヴォルスが言葉を詰まらせる。
「自分さえよければそれでいいと思い上がってるゴミクズが、自分は助かるなんて死んでも思うな!」
激高したトウガがマウスガルヴォルスを強く踏みつける。
「がはぁっ!」
マウスガルヴォルスが骨を折られて絶叫を上げる。鮮血をまき散らして、彼は事切れて動かなくなった。
乱れた呼吸を整えて、トウガが落ち着きを取り戻していく。彼の姿をアイリとあかりはじっと見つめていた。
トウガがゆっくりと振り返り、アイリたちに近づいていく。アイリとあかりが恐怖しながら身構える。
「あ、あの・・・助けてくれて・・ありがとう・・・」
アイリが声を振り絞り、トウガにお礼を言う。
「オレはおめぇらを助けたつもりはねぇ・・身勝手なゴミクズを叩き潰しただけだ・・・」
トウガは低い声音で答えると、アイリたちの前から去ろうとする。だが歩きかけた彼がまた足を止めた。
ガルヴォルスの気配を感じて、ハヤトがアイリたちの前に駆けつけた。ハヤトもトウガを目の当たりにして、緊迫を覚える。
「お前は、この前のガルヴォルス・・・!」
ハヤトが言いかけると、トウガがゆっくりと振り向く。
「お前が、この2人を助けてくれたのか・・・?」
「助けたつもりはねぇ・・同じことを何度も言うのは好きじゃねぇよ・・・」
戸惑いを見せるハヤトに、トウガはまた低い声で答える。
「オレたちを追い詰める敵には容赦しねぇ・・オレのじゃまをしてくるなら、おめぇにも、そいつらにもな・・・」
忠告を告げてから、トウガはハヤトたちの前から立ち去っていった。
(アイツ・・敵を倒すためなら、どんな手段も・・・)
ハヤトはトウガに一抹の不安を覚える。
(怒りが暴走して、アイリたちを襲ったりしなきゃいいけど・・・)
何かとんでもないことが起こるのではないかと予感して、ハヤトは緊張の色を隠せなかった。