ガルヴォルスDesire 第22話「舞華、生還」

 

 

 水晶に封じ込められた中で、舞華とジョーの意識は秋菜に向いていた。

「秋菜ちゃんに会うためには、この水晶から出なくちゃいけないんだよね。」

 舞華は言いかけて、秋菜の映っている視界に手を伸ばす。

「けど秋菜の話だと、この水晶は舞華の体が変化したものだって。すごい硬さで、ちょっとやそっとじゃ壊れないみたいだし。」

「私の体が変化した・・・ってことは!」

 ジョーの言葉で思い立った舞華は、両手を伸ばした体勢で意識を集中する。ジョーは彼女のすることを固唾を呑んで見守る。

(この水晶が私の体だっていうなら・・私とジョーを秋菜ちゃんのところに行かせて・・・)

 一途な想いを胸に秘めて、舞華は秋菜に意識を傾ける。淀んでいた周囲の様子が徐々に安定化していく。

 そして水に波紋が生じるように、舞華の手が異空間の穴を捉える。

「帰ろう、ジョー・・秋菜ちゃんのところに・・・」

「あぁ・・・」

 舞華の声にジョーが頷く。ジョーも舞華の手に自分の手を重ねて、異空間の穴を捉える。

(そう・・私たちは戻る・・秋菜ちゃんのところへ・・・)

 心の中で囁く舞華の気持ちを込めた手が、水晶の壁に穴を開けた。

 

 自分の手で舞華とジョーから自由を奪ってしまったと実感し、秋菜は絶望していた。悲しみのあまりにその場に座り込み、立ち上がることができなかった。

「舞華、ジョー・・私は・・私は・・・」

 眼の前の現実が非情に思えて、秋菜は顔を突っ伏して上げられないでいた。

 そのとき、舞華とジョーを包み込んでいた水晶が再び輝きを帯びた。その光に気づいて、秋菜は顔を上げた。

 彼女の見つめる先で、水晶にヒビが入った。その瞬間に彼女は驚愕を覚える。

「そんなことって・・ダ、ダメ!これが割れたら、舞華とジョーが・・!」

 秋菜はたまらず水晶に詰め寄る。しかし彼女の願いを裏切るかのように、水晶はさらにひび割れていく。

「お願い、止まって・・私の力なら、2人を解放して!」

 秋菜がガルヴォルスの力を両手に込めるが、水晶の崩壊は止まる様子はない。

(もう、私にできることはないの・・・私にはどうしても、舞華やジョーを守ることができないの・・・!?

「そんなことはないよ・・・」

 全ての希望を失おうとしていた秋菜に声がかかってきた。秋菜が顔を上げたとき、ひび割れていた水晶が完全に割れた。

 その瞬間、部屋の中をまばゆいばかりの光で満ち溢れた。秋菜はたまらず眼を閉じて、その光に眼がくらむのを避けた。

 やがて光が弱くなり、視界が元に戻っていく。不安を胸に抱いて、秋菜は視線を戻した。

 そこにいたのは舞華とジョーだった。水晶を自らの力と意思で打ち壊し、なおかつ肉体の破壊を引き起こしてはいなかった。

「舞華・・ジョー・・・!?

 秋菜は2人の姿に眼を疑った。だが彼女がおもむろに伸ばした手をつかむ舞華の感触は本物だった。

「本当に・・本当に舞華、なの・・・!?

 夢か幻かと疑った秋菜だが、眼の前にいるのは紛れもなく舞華とジョーだった。

「ゴメンね、秋菜ちゃん・・私、自分のことばかり考えて、秋菜ちゃんが悩んでたことに気づかなかったなんて・・」

 舞華は沈痛の面持ちで屈み込み、秋菜を抱き寄せた。

「もっと早く気づいてたら、秋菜ちゃんをガルヴォルスにすることなんてなかったのに・・・ゴメン・・ホントにゴメンね、秋菜ちゃん・・・」

 舞華は秋菜を想い、悲痛さを覚えて涙を流す。

「もういいよ、舞華・・悪いのは私のほうだから・・・」

 秋菜が舞華の眼からあふれる涙を拭って、励ましの言葉をかける。

「私の気持ちを一方的に押し付けて、舞華やジョーを傷つけて・・だから、悪いのは私のほう・・・」

「気にするなよ。別に悪気があったわけじゃねぇんだろ。」

 自分を責める秋菜に、今度はジョーが弁解を入れる。

「いろいろあったけど、もう別に気にしちゃいねぇよ・・互いに真っ裸を見られてるんだ。もうどんなことがあったって驚きゃしねぇだろ。」

「ジョー・・・」

 ぶっきらぼうに言いかけるジョーに、秋菜は心の淀みが和らいだような感覚を覚えた。彼が差し伸べてきた手を、彼女は笑顔を見せて取った。

「どんなことがあったって、私たちがどんな姿になったって、私たちはずっと一緒だよ・・」

「舞華・・・」

 優しく語りかける舞華の言葉にも、秋菜は勇気付けられる。そして秋菜は舞華の裸身にゆっくりと寄り添う。

「戻ってきたんだね、舞華・・・」

 小さく呟きかける秋菜を、舞華も優しく抱きしめる。

「ただいま・・秋菜ちゃん・・・」

 1度は崩れかけた友情。様々な出来事、経験、想いを経て、再びその絆は強く結ばれた。

 2人の友情を確かめて、ジョーも笑みを浮かべていた。

「さて、とりあえず私は先に行くね。舞華とジョーはしばらくここで休んでて。」

「えっ?秋菜ちゃん?」

 秋菜の突然の言葉に、舞華がきょとんとなる。

「アンタとジョーの2人だけの時間を過ごさせてあげようって言ってんの。今なら私が許可するから。」

「で、でも、秋菜ちゃん・・」

 舞華が困惑を見せていると、秋菜は不満の面持ちを見せる。

「んもう、グズグズしない!でないと私がジョーをものにしちゃうよ!」

「おい、ちょっと待てって。オレはお前らの商品じゃねぇぞ。」

 舞華に不満を言う秋菜に、今度はジョーが反論する。だが秋菜は気に留めずに、舞華を見つめていた。

「それじゃ舞華、ジョーのこと、お願いね。」

「あ、秋菜ちゃん・・!」

 舞華の制止も聞かずに、秋菜は脱いでいた服を着ていた。

「あ、そうだ。ジョー、舞華に服貸してあげて。クレアのときみたいに服破けちゃったから。」

 秋菜は舞華に言いかけると、そそくさに部屋を後にした。玄関のドアを閉めた直後、秋菜は押し留めていた悲壮にうつむき、涙をこぼしていた。

 舞華とジョーが結ばれてほしいと思い、秋菜は自分のジョーへの想いを心の中に留めておくことを決めた。

 

 部屋は舞華とジョーの2人だけとなった。2人は呆然と互いの顔を見つめていた。

「どうしよう・・ジョー・・・」

 戸惑いを見せる舞華。ジョーは肩をすくめて笑みをこぼした。

「せっかく秋菜が取り計らってくれたんだ。アイツの気持ちと覚悟を踏みにじるのはよくねぇ。」

「秋菜ちゃんが・・・?」

 未だに疑問符を浮かべている舞華を、ジョーはおもむろに抱きしめた。

「さっきも言ったけど、オレはお前のことが好きだ。これはウソでもでまかせでもねぇ。」

「それは私も同じ。でも秋菜ちゃんの気持ちを考えると・・・」

 自分の気持ちを正直に告げるジョーに対し、舞華は秋菜を気遣い、素直になれないでいた。するとジョーは舞華の顔をじっと見つめる。

「誰かを大切にするってことは、他の連中を傷つけることにもなりかねねぇ。けど、自分に正直でいてくれるなら、みんな分かってくれるはずだ。」

 ジョーは舞華を抱きしめたまま横になり、抱く腕に力を込める。

「舞華、もう自分にウソはつかないでくれ。オレも正直でいるから・・」

「ジョー・・」

 ジョーの想いを受けて、舞華も彼の体を抱きしめる。2人は抱擁を体感して、安堵の吐息をつく。

 その心地よさに身を委ねて、2人は口付けを交わした。

 

 残された力を振り絞ってエネルギーを放出し、イエティガルヴォルスを吹き飛ばした幸介。力を使い果たした幸介の姿が人間へと戻っていた。

(やっと倒れたか・・・とにかく今は、舞華のところへ・・・)

 思うように動かなくなっていた体に鞭を入れて、幸介は足を前に進める。疲れきった彼の足取りは重く、ふらついていた。

(オレは死なない・・ガルヴォルスを倒すまで・・舞華をものにするまで・・・)

 自身の意思を貫き、舞華を追い求める幸介。もうろうとした意識のまま彼は進み、いつしか学校の寮の近くまで来ていた。

 スティングやイエティガルヴォルスと交戦していた最中、幸介は舞華のガルヴォルスとしての気配を察していた。その気配が学校の周囲の中にあったと彼は察していた。

(待っていてくれ、舞華・・今すぐ行って、オレが・・・)

 幸介は寮を目指して、必死に体を突き動かしていた。

「まさかスティングまでも葬り去るとはな。実に惜しいと思うぞ。」

 そのとき、幸介は突如背後からかかった声を耳にして、顔を強張らせる。彼はその威圧感に振り返ることすらできなかった。

 彼に声をかけたのは、デスピアの支配者、ゼロスだった。ゼロスは不敵な笑みを浮かべて、幸介を見つめていた。

「だが私たちに歯向かう者に、強さなど何の価値もない。私の手で葬られる。それだけだ。」

 ゼロスが近づき始めたところで、幸介はようやく振り返った。満身創痍の幸介に、もはやガルヴォルスに変身することすらできなきあった。

「本当なら今の貴様など、私の手を煩わせるまでもないのだが。剣崎舞華への見せしめにするのも一興だろう。」

「フフ・・オレもずい分甘く見られたものだな・・・」

 ゼロスの言葉に幸介も不敵に笑う。だが次第にその笑みが憤りへと変わる。

「・・オレは、貴様らに妨げられるわけにはいかないんだ!」

 言い放った幸介が身構えるが、ゼロスは笑みを崩さない。

「もう貴様はここで朽ち果てる。それはもう決まっていることなのだ。」

「黙れ!オレは貴様らには屈しない!たとえオレの身にどんなことが起ころうとな!」

「あくまで受け入れがたいものには従わず歯向かうか。いいだろう。その勇気を全開し、そして・・」

 笑みを強めるゼロスの頬に紋様が浮かび上がる。

「華々しく散るがいい、小僧。」

 そしてその姿が異質の怪物へと変化する。その変貌に幸介は戦慄を覚える。

「あの少し先に舞華がいるんだ・・・こんなところで倒れるわけには・・・!」

 幸介がいきり立とうとした瞬間、ゼロスが伸ばした触手が幸介の胸を貫いた。体を射抜かれた感覚を覚え、幸介は眼を見開く。

「もう諦めろ。生きる希望を全て失った貴様に、死を迎える以外に末路はない。」

 ゼロスが淡々と言いかけると、幸介に突き刺していた触手を引き戻した。幸介の体が鮮血が飛び散り、口から吐血がもれる。

「オ、オレは・・こんな、ところで・・・」

 幸介は重くなる体に鞭を入れて踏みとどまる。だがそのとき、彼は体を締め付けるような不快感を覚える。

 掲げた幸介の手から砂のようなものがこぼれ落ちてきた。彼の体が崩壊を引き起こし、石のように固くなっていた。

「その崩れていく体が、貴様の最期を物語っている。どんなに感情で抗おうとしても、それは全て無意味となる。」

「そんなことは、ない・・・!」

 不敵な笑みを見せるゼロスに、幸介が声を振り絞って反論する。

「オレは舞華に会う・・・それまでは、オレは絶対に死なない・・・!」

 幸介はそういうとゼロスに背を向け、寮を目指して再び歩き出した。だが、それを許すゼロスではなかった。

 再び幸介の体をゼロスの触手が貫いた。それは幸介の命を完全に断ち切る攻撃だった。

「全てを失いながら、それでも生きることに執着する・・見苦しいものだ。」

 幸介の行動に対して嘆息をもらすゼロス。前に進もうとするものの、幸介には動くこともままならなかった。

 

 2人だけの時間を過ごし、舞華とジョーは服を着て部屋を出た。舞華はジョーの私服の中から適当に借りて着用していた。

 家に戻ろうとしてジョーと別れようとしたところで、舞華は寮の前でうずくまっている秋菜を眼にする。

「秋菜ちゃん・・・」

「ちゃんと楽しめた、舞華?」

 戸惑いを見せる舞華に、秋菜が顔を上げて作り笑顔を見せる。

「ありがとう、秋菜ちゃん。私のために・・」

「べ、別に誰かのためとか、そういうんじゃないよ。これは私のけじめ。そう、私なりのけじめなんだから・・」

 舞華が感謝の言葉をかけると、秋菜は照れくさそうに答える。すると舞華は秋菜を背後から優しく抱きしめる。

「そのけじめに感謝、だよ♪」

 満面の笑顔を見せる舞華に、秋菜は大きく息を吐く。

「感謝するのは、むしろ私のほうなんだから・・・」

 秋菜の言葉を受けて、舞華は安堵の吐息をついた。

 そのとき、舞華と秋菜が強烈な力を感じて緊迫を覚える。ガルヴォルスである2人は、周囲に発せられた力を察知することができるのだ。

「どうしたんだ、舞華、秋菜・・?」

 ジョーが声をかけるが、舞華も秋菜もなかなか声を出せなかった。

「・・・すごい力・・今まで感じたガルヴォルスの力の中でも1番・・」

「これは・・ゼロス・・・!」

 舞華が呟いたところで、秋菜が声を振り絞る、その言葉に舞華とジョーも息を呑む。

「ゼロス・・・幸介が言ってた・・デスピアの中ですごいヤツだと・・」

「ゼロスはデスピアの支配者で、私にガルヴォルスの力を与えた人よ。」

 ジョーが言いかけて、秋菜が答える。その言葉に舞華とジョーが驚愕する。

「デスピアの支配者・・・!?

「ゼロスは人間をガルヴォルスに進化させる能力を持っている。私もそれでガルヴォルスになったのよ。」

 秋菜の説明を受けて、舞華とジョーが頷く。

「もしそのゼロスがみんなを襲ったら・・・大変!みんな・・!」

 思い立った舞華が寮から飛び出そうとする。そこで彼女は、信じられないものを目の当たりにする。

 それは触手に胸を貫かれていた幸介の姿だった。幸介はもはや生きる力が残されていなかった。

「幸介さん・・・!?

 舞華だけでなく、ジョーも秋菜も幸介の姿に眼を疑った。その後ろには、不敵な笑みを浮かべるゼロスの姿があった。

「ここにいたか、剣崎舞華。思っていたより早く会うこととなってしまったが、まぁいい。」

 ゼロスは淡々と呟くと、幸介を貫いていた触手を引き抜いた。瀕死の幸介からは、血があふれ出ることはなかった。

「幸介さん・・・幸介さん!」

 舞華がたまらず幸介に駆け寄り、体を起こす。だがそこで彼女は、幸介の体から砂のようなものがこぼれていることに気づく。

「幸介さん・・・」

「その男はよくやった。スティングを倒し、力を消費している状態でさらにガルヴォルスを1人倒した。実に惜しいと思っているぞ。」

 困惑する舞華に、ゼロスが悠然と告げる。その言葉に舞華の感情が逆撫でされる。

「水無月秋菜。ここで何をしている?デスピアに属さず、人間を掌握せず、貴様は何をしているのだ?」

「ゼロス・・・」

 秋菜に眼を向けるゼロス。秋菜は困惑を抱えながらも、ゼロスを見据えていた。

「もう分かったのよ、ゼロス。私の想いは、ガルヴォルスの力で叶うものじゃない。自分の気持ちに正直なることが、想いは叶うのよ。たとえ報われなくても、後悔はない。」

 今の自分の気持ちを正直に告げる秋菜。彼女の想いに、ジョーも笑みをこぼして頷いた。

 だがゼロスは彼女の気持ちをあざ笑っていた。

「滑稽だな。それは人間の言い分。ガルヴォルスにとってはくだらん世迷言だ。」

 ゼロスの態度に、ジョーも秋菜も笑みを消す。

「秋菜も舞華も、人間でもなければガルヴォルスでもない。中途半端な存在であると、貴様らは求めてしまっているようだ。」

「そうかもしれねぇな。けどな・・」

 ゼロスの言葉にジョーが言い返す。

「お前のような腐った連中みたいになるくらいなら、中途半端なほうがマシだ!」

 言い放ったジョーに秋菜が再び笑みをこぼす。

「まい・・か・・・」

 そのとき、舞華に支えられていた幸介が弱々しく声をかける。その声に舞華が視線を向ける。

「幸介さん!しっかりして、幸介さん!」

 舞華が必死に呼びかけると、幸介は彼女に手を伸ばしてきた。彼女はその手をおもむろに取る。

「オレ・・は・・・」

 声をかけようとする体が固まる。そして砂のように崩壊し、舞華が握っていた手も崩れ去った。

「幸介さん!」

 舞華が幸介の死に悲痛の叫びを上げる。ガルヴォルスとの戦いの中で、幸介はその命を閉じた。

 

 

次回予告

 

「これより、本格的な攻撃を開始する。」

「お前は、みんなの気持ちを裏切ったんだ・・・」

「これが、ゼロス様の力・・・」

「オレも行くからな、舞華・・」

「もう、みんなを傷つけさせない!」

 

次回・「支配者の進撃」

 

 

作品集

 

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