ガルヴォルスDesire 第10話「心、求めて」

 

 

 フレディの死。それはデスピアのブルースの耳にも届いていた。

「まさかフレディが倒されるとは・・剣崎舞華、何という娘だ・・」

「我々も信じられません。フレディ様は、デスピアの中でも指折りのガルヴォルスでしたのに・・」

 淡々と呟くブルースに、部下たちは動揺を見せていた。その中でブルースは、ある決断をした。

「ドラス・ジェネラルと、スティング・シュバインに呼びかけてくれ。」

「えっ!?あのデスピア最高位のお二方を、ですか・・!?

 ブルースのこの言葉に部下たちに動揺が走る。

(ブルース様を含めた、デスピア最高位のガルヴォルス。その3名が一堂に集結するとは・・あの剣崎舞華という女は、そこまで忌々しき敵なのか・・・!?

 部下の1人が胸中で驚愕の言葉を呟いていた。

「もはや剣崎舞華を野放しにしておくことはできん。今すぐ引導を渡してくれよう。」

「わ、分かりました。すぐに連絡いたします。」

 ブルースの命令を受けて、部下が通信回線を開いた。

 

 数々の思いを胸に秘めながら命を閉ざした忍。彼女の死は舞華、ジョー、秋菜の心に重くのしかかっていた。

 その深い沈痛は日常にも影響を及ぼしていた。学校では授業に集中できず、バイトにも身が入らない始末である。

 その様子を見かねた冬矢と夏。3人の仕事が終わる時間を見計らって、冬矢は舞華たちを呼びつけた。

「あの・・何でしょうか、冬矢さん・・・?」

 舞華が戸惑いを見せながら問いかけてくる。少し沈黙を置いてから、冬矢は口を開いた。

「お前たちが今どういう心境でいるかは分からないし、あえて聞こうとは思わない。だがあまり思いつめてしまっても、自分たちだけではない。周りの人まで辛くなってしまうのではないか?」

 冬矢の言葉に舞華たちは動揺を覚えた。

 忍の死に心を沈め、その悲しみから抜け出せていない。だがそれは忍にもその悲しみを与えかねないことといえる。

 この悲しみを乗り越えて、これからを明るく生きていくこと。それが忍のためにもなる。

「少し気晴らしでもしてくるといい。いつもみんなの頑張りに大助かりだから。」

「冬矢さん・・・」

 冬矢からの励ましの言葉を受けて、気持ちが和らいだ舞華が微笑んで頷いた。それを見て秋菜もジョーも安堵を込めた笑みをこぼしていた。

 

 夜の裏通りは物静かで、通りがかる人に恐怖を与えていた。だがその通りに踏み込む人が全くいないわけではなかった。

 この夜も、岐路に着くのが遅くなった1人の少女が通りがかってきた。彼女は帰宅しようと急いでこの道を進んでいた。

 だがその通りの途中で、少女はふと足を止めた。自分が進もうとする先に、何かがいるような気がしたからだった。

 その予感どおり、少女の視線の先には1つの人影があった。だがその影が人ではないものへと形が変わっていく。

「これは固めがいのある女だ。私の力で包んでやろう・・」

 男のものと思える不気味な声が響き渡る。その声に少女が不安の面持ちを浮かべる。その直後、彼女の眼前から液状の何かが飛び込んできた。

 粘り気のある液体は少女の体に絡みつき、彼女を捕まえる。彼女は恐怖を覚えながら必死に液体から逃れようとするが、液体は強い吸着力を備えており、引き剥がすことができない。

 それどころか、液体は少女に向かって流れ込み、少女の体を包み込むべく広がっていく。そして液体は少女の体を包み込んだところで凝固し、彼女の動きを封じていく。

「イヤッ!何よ、これ!?や、やめて・・!」

 悲鳴を上げる少女を、液体はさらに包み込んで固めていく。やがて液体は少女の体を完全に包み込んだ。

 街灯の薄明かりに照らされて、ガラス付けにされた少女が通りの真ん中でたたずんでいた。困惑の面持ちのまま動かなくなった少女を見て、影は不気味な笑みを浮かべた。

「ガラスに包まれた美女というのは、いつ見ても感服するものだ・・」

 少女の姿をまじまじと見つめて呟く影。

「そういえば、この辺りに強力な力を持った娘がいるらしいが・・本領発揮される前に、不意を突いて一気に固めるのもいいかもな・・」

 影は一人呟くと、音もなく姿を消した。通りにはガラスに包まれた少女が取り残された。

 

 悲しみの1日から翌日。舞華、ジョー、秋菜は気晴らしのつもりで街に繰り出していた。舞華と秋菜が気ままな買い物を行い、ジョーがその荷物持ちをさせられて顔をしかめていた。

「ねぇ、これなんていいんじゃないかな?」

「そうねぇ・・こっちのほうがいいと思うんだけど?」

 彼の心境を気にとがめているのか、舞華と秋菜は買い物に夢中になっていた。

「ハァ・・まだ買い物するつもりなのかよ・・・」

 買って箱詰めにしてある荷物を抱えて、ジョーがため息をついた。それから買い物はしばらく続き、その後、近くの喫茶店で休憩を取ることとなった。

「ふぅ・・張り切って買いすぎちゃったかな・・」

「買いすぎだ。おかげでえらい量の荷物を持ち運ぶことになったんだぞ・・」

 安堵の笑みを見せる秋菜に、ジョーが愚痴をこぼす。

「私、あんまりお金持ってないから、いいものに手が出なかったよ〜・・」

 舞華がテーブルに突っ伏してため息をつく。

「そうがっかりしないで。ここの舞華の分は私が払ってあげるから。」

「ホ、ホント!?

 秋菜が声をかけると、舞華が顔を上げて元気を取り戻す。

「ちょっと懐があったかくなってきたからね。だけど舞華がお金を持つようになったら、ちゃんと返してもらうからね。」

 言いとがめる秋菜に、舞華が肩を落としつつも渋々頷いた。

 しばらく団らんを交わし、舞華たちは和やかな雰囲気作りに努めた。そして唐突に、舞華が深刻さを込めて語りだした。

「ねぇ、2人とも・・ガルヴォルスって、いったい何なんだろうね・・」

 舞華のこの言葉に、秋菜とジョーも笑みを消した。

「私がデスピアって人たちから聞いた限りだと、ガルヴォルスっていうのは人間が進化したものだって・・でもみんなを襲ってる怪物が人の進化だっていうなら・・」

 言いかけて、舞華は一抹の不安を覚えた。もしかしたら、秋菜もジョーもいつかガルヴォルスになってしまう可能性もあるかもしれない。

「やめろ・・!」

 そこへジョーが苛立ちを込めて言い放つ。

「アイツは・・忍は怪物なんかじゃない!アイツはどんなことが起きても、最後まで人間でいた!」

「ジョー・・」

「オレは、忍の気持ちを大切にしたいと思ってる・・・だからオレは、これからを一生懸命に生きてやるんだ・・」

 ジョーの決意に舞華が動揺を覚える。彼女は彼を傷つけかねないことを口走ってしまったことで、自分を責めていたのだ。

「ゴメン、ジョー・・私は・・」

「気にすんな。お前だって、忍のことを気にかけてたんだろ。」

 謝る舞華に、ジョーが気さくな態度を見せて答える。2人の笑顔を見て、秋菜も笑みをこぼしていた。

 

 束の間の休息を過ごしたそのまた翌日、舞華とジョーは再び公園を訪れていた。忍に自分たちの決意を示すためだった。

 秋菜は学校行事の準備に借り出されていたため、2人だけで公園に来ていた。

「忍は真っ直ぐなヤツだった・・真面目すぎて、冗談が通じないくらいに・・・」

「でも、そんな忍さんだったから、私たちも素直になれて、忍さんも素直に答えてくれた・・・」

 ジョーの呟くような言葉に舞華も小さく頷いた。

「私、少し前までは自分は正直者だって信じてた。でも、忍さんの姿を見たら私、まだ自分に正直でいられなかったなって思えて・・」

「舞華・・・」

「自分ことは自分が1番よく分かってるはずなのに・・誰かに気づかされることのほうが多かった・・・」

 戸惑いを見せるジョーの横で、舞華が眼に涙を浮かべる。

「どうして・・どうして手遅れになってから気づくんだろう・・もっと早く気づいてたら、忍さんを・・・」

「そんなに自分を責めるな・・悪いのはオレのほうだ・・」

 涙をこぼす舞華に、ジョーがたまらず言いとがめる。

「オレがアイツより強かったら、アイツを守れたはずなのに・・・」

 今度はジョーが自分を責める。彼の気持ちを汲んで、舞華もたまらなくなる。

「そんなこと・・」

「元々は・・」

 舞華とジョーの言葉が重なる。言葉を続けることができなくなり、2人は思わず笑みをこぼしていた。

「ダメだね、私たちは。なぜか反発しちゃってる。」

「こんなんじゃ忍に笑われちまうな・・」

 舞華に言いかけて、ジョーがため息をひとつついた。

 そのとき、公園内の草むらから突如何かが飛び出してきた。それは振り返った舞華の左腕に付着した。

「舞華!」

 ジョーが驚愕し、舞華に駆け寄ろうとする。彼女に付着しているのは粘り気のある液体だった。

「な、何なのよ、コレ・・全然、取れないよ・・・!」

 舞華が必死に液体を引き剥がそうとするが、液体は完全に彼女を捕まえて離さない。

「ムダだ。私のスライムは粘着質で、捕まえた相手を絶対に放さない。」

 そこへ声がかかり、ジョーが振り返る。その先の草むらから、1人の男が姿を見せてきた。舞華を捕まえている液体は、男の右手から発せられていた。

「お前が、舞華にこんなことを・・!?

「えぇ。私は体からスライムを生み出すことができ、それで美女を包んで固めているというわけさ。」

 苛立ちを見せるジョーに、男が淡々と答える。

「悪趣味なヤツが!コイツを取り外せ!」

「何を言っている。この娘もきれいに飾り付けてやるのさ。そう、きれいなガラスにね。」

 言い放つジョーをあざける男の頬に紋様が浮かび上がる。その変動にジョーが驚愕する。

「ガルヴォルス・・!?

 思わず声をもらしたジョーの眼前で、男が異質の姿へと変わる。人間に近いように見えるが、全身から液状のものがあふれ出てきていた。

「私は体からスライムを出せる。だから迂闊に手を出すと、スライムに取り込まれてしまうよ。」

 不敵な笑みを浮かべて言いかけるスライムガルヴォルス。舞華を気にかけながらも、ジョーは焦りを覚えていた。

「安心することだ。私は美女にしか興味はない。だがさっきも言ったように、迂闊に手を出すと、お前も固めることになってしまうよ。」

「ふざけるな!何もせずに黙ってるなんて、オレには似合わねぇんだよ!」

「荒療治しか対処法がないようだな、お前は。」

 立ちはだかるジョーに呆れると、怪物は分泌した液体を丸く凝固させ、それをジョーに向けて放つ。鉄球のような硬さと衝撃がジョーの腹部に叩き込まれる。

「ジョー!」

 舞華がたまらず声を上げる。激痛を受けたジョーがうずくまり、嗚咽する。

「お前はそこで黙っているといい。さて、そろそろお前をガラス付けにしなければ。」

 スライムガルヴォルスは視線を舞華に向けて、体からスライムを放つ。粘着質の液体が、再び彼女を包み込むべく迫る。

(このままじゃやられちゃう・・だけど、力が・・・!)

 必死に抗おうとする舞華だが、液体は徐々に彼女の体を包み込み、固めていく。

「こんな・・こと・・・忍さん・・・」

 弱々しく呟く唇さえも覆われ、舞華は凝固した液体に完全に飲み込まれた。

「やはり先手を打っておいてよかった。デスピアが狙っていると聞いたからな・・」

 スライムガルヴォルスが笑みをこぼす。

(う、動けない・・スライムが固まって、指一本動かせないよ・・・)

 まだ意識が残っていた舞華が胸中で呟く。だが全身をガラスに包まれて、体の自由が利かなくなっていた。

「さて、自力で脱出されると困るから、念には念を。」

 スライムガルヴォルスが右手を掲げ、液体を充満させあふれさせていく。

 そのとき、一条の閃光が飛び込み、気づいたスライムガルヴォルスが後退してかわす。着地した怪物が振り返り、光が飛び込んできたほうに振り返る。

 そこにはカブトムシを思わせる姿の怪物だった。

「その人を傷つけるなら、オレが許さない・・・」

 怪物、ビートルガルヴォルスが低い声音で言い放つ。スライムガルヴォルスがその声に思わず笑みをこぼす。

「後から出てきて、私の報酬を横取りするとはあまりに調子のいいことと思うが。」

「関係ない。死にたくなければ彼女を解放するんだ。」

「それはできない申し出だと言っているだろう。」

 顔色を変えずに言い続けるビートルガルヴォルスに、スライムガルヴォルスが液体を吹きかける。するとビートルガルヴォルスが頭部の角から閃光を放ち、液体を蒸発させる。

「何っ!?

 驚愕するスライムガルヴォルスが後退する。ビートルガルヴォルスが巨大な斧を具現化させて、高らかに振り上げる。

「最後の警告だ。その人を解放しろ。出なければ貴様は瞬殺だ。」

 ビートルガルヴォルスが鋭く言い放つ。だがスライムガルヴォルスは笑みをこぼしていた。

「分からない人だ。この娘はもはや私のものだと・・」

 スライムガルヴォルスが言い終わる前に、ビートルガルヴォルスが斧を振り下ろした。痛烈な一撃が怪物を真っ二つにし、即死させた。

「バカなヤツだ・・・」

 ビートルガルヴォルスは嘆息をついて、斧を地面に下ろす。そしてその姿が人間へと戻った。整った体格と顔立ちの青年である。

 スライムガルヴォルスが絶命したことで、凝固したスライムが砕け散り、閉じ込められていた舞華が解放される。力なく倒れそうになった彼女を、青年が受け止める。

 すぐに意識を取り戻した舞華が、自分を支えている青年に気づく。

「あの、あなたは・・・?」

 もうろうとする意識を覚醒させようとしながら、舞華が声をかける。すると青年は彼女に笑顔を見せる。

「気がついたようだね・・思った以上に回復が早いから安心したよ。」

 青年は舞華を起こして、再び笑顔を見せる。

「僕は猪木幸介(いのきこうすけ)。今度、新しく正英大付属高校に入ることになったんだ。」

「えっ?私たちの学校に?」

 青年、幸介に舞華が当惑を見せる。そのとき、スライムガルヴォルスの攻撃を受けて意識を失っていたジョーが眼を覚まし、立ち上がってきた。

「ジョー、無事だったんだね・・」

「あ、あぁ・・・アンタは・・?」

 舞華に答えるジョーが、幸介に気づいて声をかける。

「僕は猪木幸介だ。彼女は僕が助けた。」

「助けたって・・アンタ、まさか・・!?

 幸介の紹介に驚くジョー。すると幸介は笑みを見せて答える。

「うん。僕もガルヴォルス。だけど僕は人を襲うなんてことはしない。むしろ僕はガルヴォルスを何とかしたいと考えてる。」

「それじゃ、学校に転入してくるっていうのは・・」

「表向きの口実さ。でも授業は真面目に受けるつもりだから。」

 舞華が声を荒げると、幸介は頷きながら答える。

「とにかく、2人ともよろしく。えっと・・」

「私は剣崎舞華。」

「オレは、葛城ジョーだ・・」

 幸介に対して舞華が笑顔で、ジョーがぶっきらぼうに自己紹介をする。こうして幸介を巻き込んだ、新たな生活と戦いが始まるのだった。

 

 デスピア本部の作戦室。ブルースと数人の研究員たちのいるこの場所に、1人の男が入ってきた。

 その男の登場に研究員たちが緊迫を覚える。ブルースと同様の威圧感を放つ巨体の黒髪の男だった。

「ついに来たか・・」

 ブルースは落ち着いた様子でその男に振り返る。男はブルースの前で立ち止まり、不敵な笑みを浮かべる。

「久しぶりだな、ブルース・バニッシャー。」

「こちらこそ、ドラス・ジェネラル。」

 男、ドラスに対して答えるブルース。

「早速だが、この私をわざわざ呼び出した理由。その詳細を聞かせてもらおうか。」

「先ほども言ったとおりだ。この娘、剣崎舞華を始末してほしいのだ。」

 問い詰めるドラスにブルースが舞華の写真を手渡す。その写真に眼を通して、ドラスは不敵に笑った。

「彼女はガルヴォルスの中でも力が群を抜いている。やってくれるな?」

「任せてもらおう。この私がいる限り、あの娘は終わりだ。」

 ブルースの指示を受けてドラスが不敵に笑う。デスピアの真の脅威が、舞華たちに迫ろうとしていた。

 

 

次回予告

 

「カッコいい人・・でもジョーには負けるかも・・」

「舞華は僕のものだ。君には渡せない。」

「何だか気に入らなくなってきた。」

「つ、強い・・!」

「小娘、ここが貴様の墓場となるのだ。」

 

次回・「恋の大激突」

 

 

作品集

 

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