ガルヴォルスDesire 第5話「格差の重圧」
デスピアから何とか脱出することができた舞華。だが彼女は冬矢から、一家を心配させたことで、秋菜とともに叱られることとなった。
それから2人はいつものように登校し、普段どおりに授業を受けた。だがその中で、秋菜は舞華から何から聞けばいいのか分からず、舞華もいつ話を切り出せばいいのか分からないでいた。
そして昼休みとなり、舞華と秋菜はようやく2人だけの時間を作ることができた。屋上を訪れた2人。しばらくの沈黙を置いてから、先に舞華から言葉を切り出した。
「昨日は、ホントにゴメン・・秋菜ちゃんやみんなを心配させて・・・」
当惑を隠せないでいる秋菜に、舞華は謝罪の言葉をかけた。
「・・ううん。私こそ、舞華があんなことに関わっていたのに、何もしてあげられなくて・・・」
「気にしないで、秋菜ちゃん・・秋菜ちゃんには、驚きの連続だったもんね・・・」
自分を責める秋菜に、舞華が弁解の言葉をかける。そして舞華も思いつめる面持ちを見せる。
「正直、私自身も驚きの連続で、何を、何から信じていけばいいのか分かんないのが本音なんだけどね・・・」
「舞華・・・」
物悲しい笑みを見せる舞華に、秋菜は戸惑いを浮かべる。舞華はこれまでの身に起こったことを秋菜に話した。
ガルヴォルスという怪物に遭遇したこと。そして自分もガルヴォルスになってしまったこと。ガルヴォルスの能力。そしてデスピアの存在。
舞華は未だに把握し切れていないことを、何とか秋菜に伝えようとした。
「ガルヴォルス・・デスピア・・・!?」
秋菜も現実離れしている現実に動揺の色を隠せないでいた。
「信じられないことばかりだよね・・・こんなことを受け入れちゃってる自分が怖いと思うときがあるよ・・・」
笑顔を作って秋菜に言いかける舞華。
「いろいろおかしなことが多くて、よく分からないことだらけだけど・・これだけははっきりしてる。デスピアって人たちと悪いガルヴォルスに、みんなを傷つけさせちゃいけないって・・」
舞華は自分の決意を秋菜に告げる。その言葉に返事をしようとした秋菜だったが、困惑を覚えて答えることを躊躇する。
秋菜は自分の無力さを感じていた。突如現れた怪物に対して何もできなかった。それどころか、同じく怪物になりながらも、親友を守るために奮起する舞華の足手まといになる形となってしまった。そんな自分に、舞華を支えてあげることさえできるだろうか。秋菜は不安に思えてならなかった。
「秋菜ちゃん、私、やれるだけやってみるつもりだよ・・みんなを守りたいから・・・」
「舞華・・・」
自身の願いを告げる舞華。だが秋菜は彼女のその願いと決意を素直に喜ぶことができなかった。
秋菜は舞華に対して、無力感による溝を感じていた。
基地のひとつを崩壊へと追いやられたデスピア。だがブルースはその損害を深く考えてはいなかった。
彼は脱出した兵士たちを伴って、本拠地へと赴いていた。
日本国内にあるデスピアの本拠地。基点を日本に置いているのは、デスピアに属している者の大半が日本人であり、基点を置くには日本が都合がいいということだった。
帰還した司令官を、兵士たちや研究員たちが一礼して迎える。
「先ほど転送されてきました戦闘データを解析いたしました。剣崎舞華・・手放すには惜しい人材でした・・」
「捨て置け。もはやあの娘に未練などない。」
報告する研究員に対して言いとがめるブルース。
「ただ、あれほどの力、我々にとって侮れない危険分子となるだろう・・・」
彼のその言葉に、周囲は騒然さを覚える。
「では、早急に粗末に向かわなければ・・下手をすれば、デスピアのかつてない脅威に・・」
「だろうな。だが攻を焦ったところで同じことだ。少し様子を見るのも一興だろう・・」
兵士たち、研究員たちをなだめて、ブルースは止めていた足を進めた。
街のデパートの女性服売り場。女性向けの衣服がそろえてあるその場所は、いつも賑わいを見せていた。
この日も下校途中の女子高生たちが下見に来ていた。
「今度はやっぱり女もジーンズの時代だと思うんだよね。」
「ジーンズ?」
「女もジーパン、ジージャンを着用するのが当然の時代にね。」
「ちょっとぉ、いくらなんでもそれは時代っていわないよ。むしろ時代遅れ。」
屈託のない会話が売り場の中で響いてきていた。そこへもう1人、少女が現れ、売り場を見回していた。
「あの、何かお探しでしょうか?」
そこへ女性店員がその少女に声をかけてきた。すると少女は店員をまじまじと見つめだした。
「あの、何か・・・?」
「・・決めた・・・私がほしいのは、あなた・・」
少女が呟き指差すと、店員が疑問を投げかける。そのとき、少女の眼に不気味な光が宿り、それを目の当たりにした店員が恐怖を覚える。
次の瞬間、少女の眼光が店員を束縛した。店員の開いていた口が閉まり、微動だにしなくなっていた。
そして呆然と立ち尽くしている店員の眉間から、プラスチックの粒が密集したような塊が現れる。塊はさらに店員の体に広がり、その変化が無機質な音を立てて制服の中を駆け巡っていく。
やがて体全体をその変化が包み込み、店員は人でない別のものへと変わり果てた。
「うん。やっぱりマネキン人形はいいよね。大きな着せ替え人形って考えもできるし。」
少女が店員を見つめて笑みをこぼす。マネキンになった店員を眼にして、近くにいた女子高生たちが恐怖を覚える。
たまらず悲鳴を上げて、その場から逃げ出す女子高生たち。少女は喜びを感じたまま、ゆっくりと振り返る。
「あの服もいいよね。あの人もマネキンにしてあげないと・・・」
少女は再び微笑んで、女子高生たちのうちの1人、紫の長髪の女子を見据える。少女の眼から眼光が放たれたとき、その女子が足を止める。
その女子の体も、店員と同じようにプラスチックに包まれてマネキンと化していく。
これが少女、マネキンガルヴォルスの能力だった。視線に入れた相手1人に向けて力を込めると、その相手はマネキンと変わってしまうのである。
「マネキンと着せ替え人形は、やっぱりきれいな髪と、いろいろな服を着せていくことに楽しみがあるんだよね。」
少女は満面の笑みを浮かべて、マネキンとなって棒立ちとなっている女子高生を見つめていた。
自分の無力さと舞華との格差を拭えないまま、秋菜は放課後まで動揺を感じていた。その様子を、ジョーは薄々気づいていた。
「なぁお前、ちょっといいか・・・?」
帰宅準備をしている舞華に、ジョーが声をかけてきた。すると舞華が不機嫌そうに答える。
「何よ、アンタ、いきなり?また私の悪口でも言いにきたの?」
「そう邪険にすんなよ。アイツの、秋菜のことなんだけど・・」
ジョーの指摘を受けて、舞華も秋菜の様子を気にかける。
「今朝からずっとあの調子だからよ・・何かあったのか?」
「えっ?・・わ、分かんない。私は、聞いてないけど・・」
ジョーの質問に舞華が答える。が、ジョーをガルヴォルスの引き起こす事件に巻き込まないようにと、彼女は嘘をついた。
「それにしても、アンタみたいに気遣いのしない人が、珍しいことするじゃない。」
「知り合いが困ってんのに、指くわえてる場合じゃないだろ。それにお前は勘違いしている。相手の顔を立てたり花を持たせるような気遣いなんて、結局はその場しのぎにしかなんねぇ。だったら互いにモヤモヤしねぇように、はっきり自分の気持ちをぶつけてやりゃいいんだよ。」
「そんなのはバランスとケースバイケースじゃないの。そんな押し付けがましくしてたんじゃ、それこそ・・」
ジョーと舞華の口論は次第に口喧嘩へと変わっていった。その声は、話題の当人にされている秋菜の耳にも届いていた。
「はいはい。2人ともケンカはおしまい。お子様じゃないっていうなら、そこでケンカを終わらせる。」
仲裁に入る秋菜の前で、舞華とジョーがそっぽを向く。秋菜を心配していた2人を、結果的に彼女が仲裁する形となっていた。
「それじゃ、私はそろそろ帰るね。ジョー、舞華を借りてくからね。」
「オレにわざわざ許可取ることでもないだろ。」
笑顔を見せる秋菜に、ジョーが憮然となりながら答える。すると秋菜は舞華の腕を取り、彼女を連れて教室を飛び出した。
「ち、ち、ちょっと、秋菜ちゃん!?」
校舎を出たところで、舞華が慌てて秋菜の腕を払う。
「どうしちゃったの、秋菜ちゃん?・・秋菜ちゃん、何かあったんなら話して。私がしっかり受け止めるから・・」
舞華が必死の思いで秋菜に呼びかける。だが秋菜は素直に自分の気持ちを話すことができなかった。
(言えない・・下手したら、自分のことで精一杯の舞華に余計な悩みを与えることになる・・・)
秋菜も舞華に対して気遣いをしていた。みんなのために戦おうとしている舞華を邪魔しないように、秋菜も無意識に努めていたのだ。
「ありがとう、舞華・・私は大丈夫だから・・」
秋菜は舞華に笑顔を見せて、心配かけまいとした。
そのとき、舞華は複数の悲鳴を耳にして、緊迫を覚える。
「どうしたの、舞華?」
秋菜が声をかけてくるのを横目に、舞華がその悲鳴に耳を傾ける。
「街のほうで、誰かが悲鳴を上げてる・・・もしかして・・!」
「あっ!舞華!」
突然駆け出していった舞華を呼び止めようとする秋菜。そのとき、秋菜は困惑と不安を思い返していた。
自身の無力さ、自分の理解を超えた出来事への介入。それらが彼女の心に重くのしかかってきていたのである。
その困惑にさいなまれながらも、秋菜は舞華を追いかけていった。
デパートで奇怪な現象が発生し、街は騒然となっていた。押し寄せる波に逆らうように、舞華と秋菜は逃げ惑う人々をかき分けて進んでいった。
そしてそのデパートの前に行き着き、2人は足を止める。
「何かあったんですか!?」
「マネキンだ!いきなり女性服売り場にいた人がいきなりマネキン人形になったんだ・・!」
舞華が逃げる男から状況を聞く。彼女は眼を見開いて、デパートに視線を戻す。
「秋菜ちゃん、私、ちょっと行ってみるね。」
舞華は秋菜に言いかけると、混乱のデパートに入っていった。
「舞華、私は・・・」
彼女に対する不安を抱えたまま、秋菜も中に飛び込んでいった。
賑わいを見せているはずのデパートも、混乱のために静寂が訪れていた。一歩踏み込んだだけでも、その足音がその階全体に響き渡るほどだった。
その建物の中を駆け抜けていく舞華と秋菜。2人はその中で不審を感じていた。
「秋菜ちゃん、ちょっとおかしくない・・!?」
「えっ・・!?」
「ここ、やけにマネキンが多くない!?・・やっぱりホントに、人がマネキンにされてるんだよ・・!」
舞華と秋菜が声を掛け合いながら、周囲に眼を向ける。周囲にはマネキン人形が何体も立っており、売り場ではない場所にも立っていた。
「もしかしたら、ガルヴォルスが・・!」
思い立つ舞華たちが、ついに女性服売り場にたどり着く。周囲にはたくさんのマネキン人形が立ち並んでいた。
(この近くに、みんなをマネキンにしたガルヴォルスがいるはず・・・どこにいるの・・・!?)
周囲に視線を巡らせて、ガルヴォルスの行方を探る舞華。秋菜も当惑しながらも、周囲を警戒している。
そして秋菜が数歩下がったところで、マネキンたちの中からかすかに不気味な光が灯る。
「秋菜ちゃん!」
その気配に気づいた舞華が、振り向きざまに叫ぶ。その声に一瞬きょとんとなる秋菜も後ろに眼を向ける。
そこへ駆けつけた舞華が秋菜を横に突き飛ばし、自分もその反対へ飛びのく。秋菜がいた場所へ一条の光が飛び込んできていた。
「秋菜ちゃん、大丈夫!?」
舞華が呼びかけるが、秋菜は動揺してしまい、答えることができなかった。しかし彼女の安否を確かめて、舞華は安堵を見せた。
「あれ?よけちゃったの?」
声をかけながら、1人の少女がマネキンたちをかき分けて姿を現した。
「おんなの、こ・・・!?」
秋菜がその少女を見て困惑を覚える。その先にいる舞華は少女の正体に気づいており、緊迫した面持ちを見せていた。
「もしかして、みんなをこんなにしたのは、あなた・・・!?」
舞華がおもむろに問いかけると、少女は微笑みかけてきた。
「あなたもかわいい格好してるね・・あなたもマネキンにしてあげる。」
舞華に言いかけた少女の眼が不気味に光る。その眼光に脅威を覚えた舞華がとっさに移動を始める。
「逃げないでよ。あなたをマネキンにしたら、きっと楽しくなると思うから・・」
「それは違うよ!こんなことしたって、楽しいと思ってるのはあなただけ!ほら、みんな悲しんでるよ!辛くなってるよ!」
言いかける少女に、舞華が悲痛さを込めた叫びを上げる。だが少女は自分の欲望に囚われていた。
「着せ替えは楽しいよ。お姉ちゃんは違うの?」
「人は人形とは違うよ!自分で着替えるけど、誰かに着替えさせられるのは・・!」
「もういいよ。私はお姉ちゃんをマネキンにして、着せ替えをして遊ぶから。」
少女は舞華の説得を聞かず、再び眼を輝かせる。
「舞華!」
そこへ秋菜が少女に向かって飛び込んできた。突き飛ばされた少女の発した力は、舞華をかばった秋菜にかけられた。
倒れそうになって何とか踏みとどまったところで、強い束縛を覚える秋菜。次第に脱力感にさいなまれて、棒立ちになっていく。
「秋菜ちゃん!」
「ま、舞華・・私、舞華の力に・・・」
眼を見開く舞華に、必死に声を振り絞る秋菜。微動だにしなくなったとき、秋菜の体をプラスチックの塊が包み込んだ。
少女の力を受けて、マネキンと化してしまった秋菜。変わり果てた親友を目の当たりにした舞華が、憤りを覚えて感情を高まらせる。
「どうして分かってくれないの・・・私の声に耳を貸さないだけじゃなく、秋菜ちゃんまで・・・」
「間違えちゃった。でもいいや。お姉ちゃんをマネキンにすればいいだけなんだから。」
声を荒げる舞華に対し、少女はあくまで自分の欲望に忠実だった。
「私の大切な人を傷つける人は許さない・・・たとえどんな人であっても!」
叫ぶ舞華がブレイドガルヴォルスへ変身する。右手を刃に変えて、その切っ先を少女に向ける。
「これが最後だよ・・秋菜ちゃんやみんなを元に戻して。でないと私は・・」
「殺すの?私を・・」
忠告を告げる舞華に対して、少女が顔色を変えずに問い返す。
「子供である私を殺すの?そんなことしたら、お姉ちゃんも私みたいになっちゃうよ。誰かを支配する人に・・」
「・・私はそんなのにはならない。みんなを守るためなら鬼にも悪魔にもなってみせるけど、心までそんな風にはならないから・・」
脅迫するような少女の言葉を、舞華は鋭く一蹴した。
「無茶苦茶なこと言うね・・いいよ。マネキンにしてしまえば、そんなこと言えなくなるから。私の思い通りになるから・・」
少女は嘆息をつくと、再び眼を光らせた。だがその力が発動させる前に、舞華の刃が少女の体を貫いていた。
「ゴメンね・・・ホントは私、こんなことしたくなかったんだよ・・・」
呟くように少女に声をかける舞華。彼女が刃を引き抜いたところで少女は微笑んだ。
そしてその少女の体が石のように固まり、さらに砂のように崩壊した。その最期を見つめる舞華が人間の姿に戻る。
いいわけみたいなことを口にしたと思い、舞華は物悲しい笑みを浮かべていた。
少女の死によって、マネキンにされていた人々からプラスチックの体が剥がれ落ち、元に生身の体が現れた。秋菜もマネキンから解放されて、一瞬呆然となった。
「あれ・・元に、戻ったの・・・?」
秋菜が自分の現状を確かめていると、舞華が微笑んで駆け寄ってきた。
「秋菜ちゃん、無事だったんだね・・よかった・・・」
「舞華・・私、結局、何の役にも立てなかったね・・・」
笑顔を見せる舞華に、秋菜は沈痛の面持ちを浮かべる。すると舞華は首を横に振って、
「そんなことないよ・・秋菜ちゃんがあのとき私をかばってくれなかったら、私たち、助からなかったよ・・・」
「舞華・・・」
「1人だったら、多分負けてた・・秋菜ちゃんがいてくれるだけで、私は頑張れる・・・だから秋菜ちゃん、ありがとうね・・・」
眼を閉じて感謝の言葉をかける舞華。その言葉に秋菜は心の淀みが晴れたような感覚を覚えた。
あふれてきていた涙をこらえることができず、秋菜はたまらず舞華に泣きじゃくった。舞華に対して初めて自分の弱さを見せたと思った秋菜は、自分の気持ちを打ち明けられる親友を見つけたと悟った。
次回予告
「遊園地?オレも一緒にか?」
「けっこうロマンチックね、このシチュエーション。」
「ずい分きれいになったじゃない。」
「危ない!」
「ジョー、ホントは私のこと、どう思ってるの?」