ガルヴォルスDesire 第4話「デスピア」

 

 

 デスピア基地内のモニタールーム。舞華とチャールズの戦闘を映し出していたこの部屋に、ブルースが入ってきた。

「あの娘を捕まえたか?」

「はい。チャールズ様が剣崎舞華を凍結させて捕獲。この基地内への収容を完了しています。」

 ブルースの問いかけに研究員が答える。モニターのひとつが、眠りについている舞華の姿を映し出していた。

「よし。私が自ら話を持ちかけよう。どれほどの娘か、私が直接確かめよう。」

「ブルース様が手を下すことではないでしょうに。」

「気にするな。ただの戯れも兼ねている。それに、娘が反旗を翻し続けることも考慮している。」

 研究員の心配を受け止めつつ、ブルースは自身の決意を貫いた。

 

 研究員が告げた部屋を訪れたブルース。そこには氷塊に閉じ込められていた舞華がいた。チャールズの力の調整によって、彼女は死なないように顔と心臓部だけ氷から解放されていた。

 ブルースが眼前に近づくと、舞華は深い眠りから眼を覚ました。

「あれ・・ここは・・・えっ!?これって・・!?

「ようこそ、デスピアへ。」

 自分の体が凍り付いていることに気づいて驚愕する舞華に、ブルースが淡々と声をかける。

「私はブルース・バニッシャー。このデスピアの最高司令官だ。」

「デスピア・・・!?

 ブルースの言葉に舞華が緊迫を覚える。

「ここはデスピアの基地のひとつ。お前はチャールズに敗れ、ここに連れてこられたのだ。」

「それじゃ、まさか・・・!?

「お前をわざわざ殺さずにここまで連れ込んだのは、お前が上位レベルの力を持ったガルヴォルスだからだ。」

 愕然となる舞華に、ブルースが淡々と告げる。

「我々デスピアはこの混沌とした世界に安寧を呼び戻すため、ガルヴォルスの繁栄を視野に入れている。その早い達成のため、剣崎舞華、お前は我らの尖兵として働いてもらう。」

「冗談じゃない!」

 ブルースのいざないを、舞華は感情的に拒む。

「ガルヴォルスの繁栄って、あなたたちみたいなのがいっぱいの世界になるってことでしょ!?そんなの、受け入れられるわけないでしょ!」

 言い放つ舞華の言葉を耳にして、ブルースはあざけるように笑みをこぼす。

「何がおかしいの!?

「お前、何か勘違いしていないか?確かに我々は、お前のいう怪物の集団といっても過言ではない。だがお前も、その怪物の1人なのだよ。」

 ブルースのその言葉に舞華は愕然となった。自分が変身した姿も、自分が対峙してきた2人の怪物たちと同質のものである。それは人間の域を明らかに超えていたと考えざるを得ない。

「お前が我々の同胞になるにしろ、我々に敵対するにしろ、お前には教えておこう。ガルヴォルスについてだ。」

 語り始めるブルースに、舞華が固唾を呑む。

「まだ曖昧で明確にはされていないが、ガルヴォルスは人間の進化系だ。」

「人間の、進化・・・!?

「ガルヴォルスへの進化は大きく分けて2つ。1つは何らかの経緯で、誰の力も借りずにガルヴォルスとして覚醒すること。もう1つは一部のガルヴォルスによって、体内にあるガルヴォルスの因子を刺激されることだ。お前や大方の者は、前者に当たる。」

 ブルースが語りかけていく中で、徐々に笑みを強めていく。

「そしてガルヴォルスには特殊能力が備わっている。その効果は個々によって違うが、対象を変質させる効果は共通している。石化、凍結、あるいは他の何かか。」

「そんな力が、私にも・・・」

「お前や私が答えたり考えたりするよりも、体のほうが覚えている。始めは無意識に使用しているが、徐々に認識していくことだろう。」

 ブルースは哄笑を上げると、反論できずにいる舞華に背を向ける。

「ガルヴォルスはその凶暴性と本能から、人間を渇望の糧としている。お前もお前の渇望のために、存分にその力を使うがよい。」

「私にあなたたちみたいな欲求不満はないよ!ただ私は、みんなの笑顔のある場所へ帰りたいだけ!」

 舞華が必死に反論するが、ブルースはさらにあざ笑う。

「そんな少女の儚い夢は、我々の前では羽虫を払うほどにたやすい。あくまで我々に敵対するのなら、お前は我々の力の前にねじ伏せられることになる。」

「そんなの、やってみなくちゃ分かんないじゃない!」

「分かるさ。私やチャールズといった上位のガルヴォルスは、常に戦いと渇望の中に身を置いてきている。お前のような、偽りの平和に浸っていた者とは格が違う。」

 言い放つブルースの頬に一瞬、異様な紋様が浮かび上がる。その強烈な威圧感を感じて、舞華は緊迫を覚える。

「お前にしばらく猶予を与える。しばらく考えておけ。服従か死か、我らの糧か、好きな末路を選ぶがいい・・」

 ブルースはそういうと、部屋から去っていった。必死に抗おうとする舞華だが、体を氷塊で拘束されているため、その場を動くことができなかった。

 

 舞華の呼びかけで難を逃れた秋菜は、1人自宅前に戻ってきていた。しかし舞華のことが気がかりとなり、彼女は家に入ることができなかった。

(舞華、大丈夫だろうか・・私を助けるために・・・)

 舞華を心配する秋菜だが、彼女は同時に一抹の不安を感じていた。それは舞華が人でない姿に変身したことだった。

 容姿、変化、能力、それらは明らかに人間の域を超えていた。その人外の出来事に、秋菜は動揺の色を隠せなかった。

(舞華、アンタにいったい何が起きてるっていうの!?・・今度会ったら、話してもらうから・・知ってること、分かってること、全部・・!)

 意を決した秋菜は家を離れ、舞華を追い求めて走り出した。

 

 氷塊の冷気と束縛で、身動きが取れないでいる舞華。意識がもうろうとしている彼女の前に、チャールズが姿を現した。

「お久しぶりですね、剣崎舞華さん。」

「あ、あなたは・・・」

 淡々と声をかけてくるチャールズに、舞華が意識をはっきりとさせる。

「少しは頭が冷えましたか?あなたが我々に誘われることはむしろ光栄の極みというものですよ。」

「何が光栄よ・・言っておくけど、私はあなたたちの言いなりにはならないから・・!」

 舞華の反論に、チャールズが満面の笑みを浮かべる。

「そんな状態でもまだそんな元気を見せるとは。やはり侮れませんね、あなたの底力は。」

 チャールズは淡々と告げると、動けない舞華の頬に優しく手を添える。

「でもあまりわがままが過ぎると、最悪、命に関わることになりますよ。」

 だがチャールズが絶やさずに見せていた笑みがここで消える。

「気に病むことはありませんよ。周りの人間は我々の心を満たすための糧に過ぎません。家族だろうと親友だろうと、ためらわずにその力で掌握してしまえばいいのです。心配しなくていいですよ。あなたを理解してくれる方々なら、あなたに掌握されても受け入れてくれるでしょう。」

 再び笑みを見せるチャールズ。だが彼のその言葉が舞華の感情を逆撫でする。

「冗談じゃ・・冗談じゃないよ、そんなの!」

 舞華のこの言葉に、チャールズは再び笑みを消して眉をひそめる。

「秋菜ちゃんは、冬矢さんと夏さんは、ダメダメな私を助けてくれた優しい人たちだよ!私はそんなみんなに、恩をあだで返すようなことはできない!」

「・・・あくまで家族や親友は手にかけない、と・・・甘いですね。」

 舞華の意思をあざ笑うチャールズだが、舞華はその意思を曲げようとしない。

「甘いとか辛いとか関係ない!私は大切な人を傷つけたりしない!もしもみんなを傷つけようとするなら、私はあなたたちを倒す!」

 いきり立つ舞華の頬に紋様が走る。彼女は自分を押さえつけている氷塊を強引に打ち破ろうとしていた。

「ムダですよ。私の氷は生半可な強度ではありません。ちょっとやそっとでは亀裂ひとつ付けることも・・」

 チャールズが悠然と告げていたときだった。舞華を包み込んでいる氷塊に突如亀裂が生じた。

「これはどういうことですか・・・私の氷が・・・!?

 自分の力を打ち破ろうとしている舞華に、チャールズが驚愕を覚える。

「私には、帰る場所がある!」

 叫ぶ舞華がついに、氷塊を打ち破る、同時に彼女の姿がブレイドガルヴォルスへと変化する。

 動揺をあらわにするチャールズの前に、舞華が轟音を響かせて着地する。

「あなた、何をしたのですか・・私の強靭な氷を破るなど・・・!?

「どうしてこの氷を壊せたかなんて、私にも分からない。ただ私は、みんなのところに帰りたいと思ったから・・・!」

 チャールズに対して、舞華が低い声音で言い放つ。今の彼女を突き動かしていたのは、秋菜たちを想う気持ちと、高ぶった感情だった。

「とりあえず私は家に帰る。邪魔するなら、あなたたちを倒していく。どんなことをしてでも・・・!」

 舞華は満身創痍の体を突き動かして、部屋から出ようとする。我に返ったチャールズが、立ち去ろうとしている彼女を呼び止める。

「このままあなたを逃がすことになれば、私のこれ以上ないほどの失態となります。」

 いきり立つチャールズの頬に紋様が浮かぶ。その敵意を察して、舞華は足を止める。

「敵対の意を示すなら、その息の根、止めるしかないようですね!」

 声を荒げるチャールズの姿がマンモスの怪物へと変貌する。冷たくも荒々しい冷気が、部屋の中に渦巻く。

「言ったはずだよ。邪魔する人は倒すって・・」

 舞華はチャールズに告げると、右手を刃に変えて、振り向きざまに振りかざす。チャールズは後退してかわすが、横の徹の壁に切り傷が付けられる。

 舞華は間髪置かずにチャールズに飛びかかり、さらに一閃を繰り出す。チャールズは舞華の頭上を飛び越えて、着地すると同時に冷たい息を吹きつける。

 それを舞華が刃を振りかざし、冷気を振り払う。チャールズが息の強さを向上させるが、舞華はさらに刃を駆使して振り払っていく。

 チャールズは今度は氷の刃の群れを、舞華に向けて解き放つ。

「この前以上の威力と数です!あなたにこれを防げますか!」

 チャールズが舞華に向けて高らかに言い放つ。だが舞華の頭の中には、秋菜たちの待つ家を遠く見据えることだけだった。

 氷の刃のいくつかが彼女の体をかすめ、突き刺さる。だが彼女は怯むことなく、チャールズに向けて飛び込んでいく。

「何ということだ・・・あなたは、いったい・・・!?

「私は、剣崎舞華!」

 愕然となっているチャールズの体を、舞華が突き出した刃が貫いた。その刃は以前にも増して鋭く強力になっていた。

 マンモスガルヴォルスを穿った舞華の刃の刀身を、紅い血が伝い、床へと零れ落ちる。

「まさか、新米の娘が、この私の息の根を止めるとは・・・」

 チャールズが弱々しく言いかけた瞬間、舞華は刃を振りかざす。さらなる鮮血が飛び散り、絶命したチャールズの体が固まり、前のめりに倒れた衝撃がその肉体が砂のように崩壊する。

 上位のガルヴォルスを葬ったブレイドガルヴォルスを目の当たりにして、駆けつけた研究員と兵士たちが動揺を見せる。

「あなたたちも邪魔しないで。私はただ帰りたいだけだから・・・」

 舞華が低く言いかけると、周囲の人たちは金縛りにあったように動けなくなる。その間に、彼女はゆっくりと歩き出し、部屋を出て行った。

 兵士の1人がブルースへの連絡をしたのは、舞華の姿が見えなくなってからのことだった。

 

「何!?剣崎舞華が逃げただと!?

 舞華の脱走を聞きつけたブルースが声を荒げる。

「はい・・チャールズ様を倒し、現在第2ブロックから第3ブロックへ移動中です。」

 兵士が緊迫を覚えながら、ブルースに報告する。

「怯まずに足止めをしろ。私が現場に向かうまでで構わん。」

 ブルースは兵士たちに低く告げると、自ら混乱の地下通路に赴いた。

(チャールズを凌駕する資質を持ちながら、あくまで我々に敵意を見せるか・・・もはや同士に迎えるには値しない。全力をもって葬るのみ・・・!)

 ブルースは舞華を完全な敵と認識し、彼女を完膚なきまでに打ちのめすことを決意した。

 

 外への脱出のため、基地内を駆け巡っていた舞華。だが基地内の構造が全く分からず、さらにデスピアの兵士による包囲網によって、彼女はやむなしに壁を切り裂いて突き破っていくしかなかった。

 そして彼女はついに、1つの大部屋へとたどり着いた。それはこの基地における情報を収めているコンピュータールームだった。

 だが舞華がその場所が基地内のデータを保管している場所だと気づかずに、なりふり構わずに刃を振りかざす。切り裂かれた機械が爆発を起こし、損傷を被る。

「しまった!コンピューターをやられた!」

 駆けつけた兵士たちが、舞華の行動を目の当たりにして声を荒げる。舞華がその声を耳にして、ゆっくりと振り返る。

 その視線の先には、デスピアを指揮するブルースの姿も映っていた。

「私が少し眼を離している間に、ずい分と派手に暴れてくれたようだな。」

 ブルースが舞華に向けて鋭く言い放つ。そこへ1人の兵士が報告のために駆け寄ってくる。

「ブルース様、ダメです!消火、破損修復、間に合いません!このままでは、この基地は、崩壊します!」

 兵士のこの報告を受けても、ブルースは顔色を変えない。

「データの転送は完了しているか?」

「はい。必要最低限のものは全て、本部に転送済みです。」

 ブルースの問いかけに兵士が気を落ち着けて答える。

「そうか・・・総員に告げる。直ちに基地を脱出せよ。この基地は放棄する。」

「はっ!」

 ブルースの命令に兵士たちが答え、脱出のための行動を開始した。その中で舞華とブルースは慌てる様子を見せずに、互いを見据えていた。

「お前を葬るのは後日に送ろう。お前のような者はその場で叩きのめすよりも、別の苦痛を与えたほうが効果があるようだ。」

「もしも秋菜ちゃんやみんなを傷つけようっていうなら、私はあなたたちを許さない・・・!」

 不敵な笑みを浮かべるブルースに、舞華が鋭く言い返す。

「たとえ我々が手を出さなくとも、世界に点在しているガルヴォルスは常に渇望のために暗躍している。その何者かが、お前やお前の関わりのある者たちに牙を向けんとは限らん。お前の言動は、全てのガルヴォルスへの反逆を意味しているのだ。」

 ブルースは舞華に忠告を送ると、哄笑を上げながら、崩壊する基地の中から姿を消した。舞華も脱出のため、天井を切り裂いて、そこに開いた穴から抜け出した。

 

 デスピアの基地のひとつは壊滅した。だがデスピアの脅威が人々から去ったわけではない。

 さらに、デスピアに属さない、本能と欲望の赴くままに行動しているガルヴォルスも、この世界に潜んでいる。

(私はこれから、そんな人たちと戦っていかなくちゃなんないんだね・・・)

 運命の残酷さに歯がゆさを感じて、舞華は沈痛の面持ちを浮かべて、燃え上がる炎を遠くから見つめていた。

(でも、私がやんないと、秋菜ちゃんやみんなが傷つくことになっちゃう・・・そんなことになるくらいなら、私は何でもやってやる・・・!)

 決意を胸に秘める舞華が、拳を強く握り締める。その直後、彼女の姿が人間に戻る。

「でも、秋菜ちゃんにいろいろ話しておかないと・・どう話したらいいのかな・・・」

 秋菜のことを思うと、舞華はふと苦笑いを浮かべた。そしてそこで、彼女はもうひとつの問題に気づく。

「あれ・・・ここから、どうやって帰ったらいいんだろ・・・」

 周囲を見回してそわそわする舞華。彼女は自分が今どこにいるのか、そこからどうやって英野町から帰ればいいのか分からなかった。

「と、とにかくどこか道に出ないと・・そうすれば、誰か通りがかると思うし・・・」

 舞華は必死に自分に言い聞かせながら、そそくさにその場を立ち去った。

 それから途方に暮れていた舞華を秋菜が見つけたのは、次の朝が昇ろうとしていたときだった。

 

 

次回予告

 

「ガルヴォルス・・デスピア・・・!?

「少し様子を見るのも一興だろう・・」

「あなたもマネキンにしてあげる。」

「舞華、私は・・・」

「秋菜ちゃんがいてくれるだけで、私は頑張れる・・・」

 

次回・「格差の重圧」

 

 

作品集

 

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