ガルヴォルスDesire 第3話「強大なる脅威」

 

 

 カウフィッシュガルヴォルスの吐き出した白い液体を振り払ったために、舞華の右手の刃が徐々に石化し始めていた。

「さぁ、どうする?右手がそれじゃまともに戦えないし、このままじっとしてても石になるだけよ。」

 カウフィッシュガルヴォルスが笑みをこぼして、舞華が石化に包まれるのをじっと見つめていた。

(そうだ・・このままじゃどっちみち、私にはあの怪物をどうにかできない・・・!)

 胸中で必死に打開の策を考える舞華だが、徐々に焦りが強まっていく。そのとき、彼女は自分に関することに気づく。

(右手が変化するなら、左手も・・・!)

 思い立った舞華は、とっさにカウフィッシュガルヴォルスに向かって走り出した。

「ついに血迷ったかい?だったら一気に恐怖させて、そこを石にしてやるわよ。」

 カウフィッシュガルヴォルスがさらに液体を吹きかける。舞華はその液をかわして、怪物の懐に詰め寄る。

「そんな切れ味のない石の刃物なんて、私の体を傷つけることもできないわよ!」

 勝利を確信しているカウフィッシュガルヴォルス。だが舞華は右手ではなく、左手を怪物に向けて振りかざした。

 その瞬間、カウフィッシュガルヴォルスの胴体が斜めに切り裂かれ、鮮血が飛び散った。

「バカな・・左手は素手のはず・・どうして私を・・・!?

 驚愕するカウフィッシュガルヴォルス。その眼光が捉えたのは、右手と同じように左手が鋭い刃へと変わっていたことだった。

「左手も・・・そんなことまで、いつの間に・・・!?

 愕然となるカウフィッシュガルヴォルスの姿が人間に戻り、そしてその体が石のように固くなる。

「えっ・・・!?

 その異変に舞華は驚き、その拍子で彼女も人間の姿に戻る。微動だにしない女性に恐る恐る手を伸ばす。

 だがその手が触れる前に、女性の体が砂のように崩れ、原型が留まらなくなる。

「これって・・・!?

 崩壊した女性を目の当たりにして、舞華がさらに驚愕する。砂になった女性は、風に吹かれて霧散していった。

(もしかして、人間が怪物に・・・ま、まさかね・・怪物が人間に成りすましてただけだよね・・・)

 錯乱するあまりに、自分でも何を考えているのか分からなくなる舞華。

「だ、大丈夫だよね・・私は、大丈夫・・多分・・・」

 自分に必死に言い聞かせて、舞華は家へと向かった。怪物が引き起こす事件の中で、彼女は次第に不安を募らせ始めていた。

 

 地下の巨大なモニタールーム。そこでは十数人の研究員が、ブレイドガルヴォルスとなった舞華の能力をはじめとしたデータの収集と分析を行っていた。

 そこへ1人の男が数人の部下を連れて入ってきた。すると研究員たちが作業を中断し、席を立って一礼する。

「状況はどうなっている?簡潔で構わん。」

 男、ブルース・バニッシャーが研究員の1人の問いかける。

「戦闘、終了しました。娘が女を撃退しました。女は死亡。娘はその後しばしの間を置いてから現場を離れました。」

「そうか・・・娘のデータを収集し、私に転送しろ。そして常に所在地を把握しておくのだ。」

「了解しました。」

 ブルースの指示に研究員が答え、再びデータ分析を始める。彼らの作業を見渡して、ブルースが笑みを強める。

「すばらしい潜在能力の持ち主のようだ・・あの娘を我らの尖兵とすれば、我らの制圧も大きく前進するぞ・・」

 ブルースは一抹の期待を覚えて、その喜びを込めた哄笑を上げた。

 

 冬矢と夏が経営しているミナヅキ。舞華はそこでバイトを始めることとなった。

 主な仕事は接客。男子は調理と清掃、女子は接客が主な仕事内容とされているが、申告次第で男子が接客をしたり、女子が調理、清掃をしたりすることもある。

 その中で接客業に励む舞華。楽しい業務と実感していたが、思っていた以上に厳しい業務とも感じて、彼女は疲労感を覚えつつあった。

「ふえ〜、バイトもまた苦労の連続だよ〜・・」

 肩を落としてため息をつく舞華。だが仕事に関して手を抜くつもりはなかった。

「頑張ってるみたいだね、舞華くん。だがあまりムリをしてもいけない。羽休めをするのも、立派な仕事のひとつだ。」

「ありがとうございます。でもまだまだ平気です。」

 冬矢が呼びかけるが、舞華は笑顔を見せて元気さをアピールする。そして一段落したところで、彼女は休憩に入った。

「お疲れさん。大変じゃない、この仕事?」

 厨房の奥の休憩室に戻った舞華に、秋菜が声をかけてきた。

「秋菜ちゃん・・うん、大丈夫。ちょっと大変だけど、けっこう楽しいよ。秋菜ちゃんもそう思うでしょ?」

「えっ?う、うん。親が経営者っていうのもあるんだけど、なかなか退屈しなくていいよ。」

 互いに仕事に対する感想を述べる舞華と秋菜。

「ホント、退屈しなくてオレにはもってこいの仕事だぜ。」

 そこへ聞き覚えのある声が聞こえ、舞華はゆっくりと振り向く。するとそこにジョーの姿があった。

「ち・・ち、ち、ち、ちょっと!なんでアンタがここに!?・・しかもそれ、ミナヅキの調理スタッフの制服じゃない!」

「うえっ!?・・ここでもお前と一緒かよ・・」

 突然驚きの声を上げる舞華に気づき、ジョーが憮然とした面持ちを見せる。

「オレもここでバイトしてんだよ。自給もいいしな。それにしても、お前もここでバイトするとはな。」

「まさかアンタがここでバイトしてたなんて・・どうしてアンタは私に付きまとってくるんだか・・」

 互いに不満を言い合い、そっぽを向く舞華とジョー。2人のやり取りを見かねて、秋菜がため息をついた。

 

 そしてその日のバイトが終わりを迎えた。更衣室の壁にもたれかかって、舞華が大きく深呼吸をする。

「ふう。やっと終わったよ〜・・疲れたけど、明日も明後日もしっかり張り切って頑張るぞーっ!」

 意気込みを見せる舞華を見て、秋菜が笑みをこぼす。

「お疲れ様。けっこう頑張ったじゃない。父さんも母さんも、舞華の活躍を絶賛してたよ。」

「そう言われるとまたやる気が出るよ〜・・・」

 秋菜の言葉に舞華が笑みをこぼす。そんな彼女に向けて、秋菜は唐突にジョーについて切り出した。

「ジョーはああ見えていいヤツなんだよ、ホントは。」

「・・いきなり何なの、秋菜ちゃん・・?」

「アイツは考えるより先に口から言葉を出してしまう性格だから、あんな風に悪口を言ったりすることもあるけど、それはアンタへの心配の裏返しなんだよ。」

 ジョーについて弁解を入れようとする秋菜だが、舞華は信じていない様子だった。

「・・それでも・・人を思いやれないのはサイテーだよ・・・」

「舞華・・・」

 舞華の呟くような返答に、秋菜は困惑の面持ちを見せた。

 

 ガルヴォルスとしての能力を含め、舞華の情報を細大漏らさず収集、分析した研究員。その1人がブルースのいる大部屋に入ってきた。

「ブルース様、データ分析、全て完了いたしました。名前は剣崎舞華。最近、英野町に移住してきた模様。水無月家に居候しています。」

 研究員はデータを記した書類をブルースに提示する。ブルースはその書類を手にして、その文面に眼を通す。

「よし。チャールズを向かわせろ。剣崎舞華を生きたまま捕獲するのだ。」

「チャールズ?チャールズ・マウンティ様ですか?」

 ブルースの命令に研究員が逆に問い返す。

「チャールズ様は我々の中でも指折りのガルヴォルス要員です。いきなりあの方に先陣を切らせるなど・・」

「力の差異はデータや情報だけで理解しきれるものではない。戦いに身を置く者でなければ、戦う者の力量は計り知れぬ。」

 研究員の言葉に、ブルースが淡々と見据える。その眼は戦いや力を見据えている眼だった。

「仮に私の思い過ごしだったとしても、取るに足らん存在だと割り切るだけだ。それに、そろそろ上位の連中にも運動をさせてやったほうがいいのでな。」

 一途の歓喜を覚えて哄笑を上げるブルース。その野望の矛先が今、舞華に向けられようとしていた。

 

 その翌日、舞華は秋菜に起こされて、学校での勉学に励んだ。勉強では混乱気味だった昨日を払拭するかのように、体育でのバレーボールで眼を見張るような活躍を見せて、注目を集めた。

 その体育で張り切りすぎたのか、その後の授業では居眠りをしてしまい、先生から大目玉を食らってしまった。

 いろいろな疲れを覚えつつ、舞華は秋菜とともに下校することとなった。

「お疲れ様。体育のとき、けっこうすごかったじゃない。私も球技は自信があったんだけど、あんなの見せられちゃうとねぇ・・」

 秋菜が舞華の活躍に感心の言葉をかける。

「運動だけだよ。運動はできるけど、それ以外の勉強は全然ついていけないよ〜・・」

 それに対して舞華が照れ笑いを浮かべて弁解を入れる。

「まぁ、分かんないとこがあったら遠慮なく聞いてよ。私が分かる範囲でだけど。」

「うん。ありがとう、秋菜ちゃん。ホント、恩に着る。」

 秋菜の優しさに舞華が感謝の言葉をかける。2人は日ごとに友情を深め、次第に無二の親友へと近づきつつあった。

 そんな2人の前に、1人の男が立ちはだかった。黒ずくめの服装を身にまとい、いかにも怪しげな雰囲気を放っていた。

「剣崎舞華さんですね?」

「あ、あの、あなたは・・・?」

 男の問いかけに舞華が逆に問い返す。そこへ秋菜が不満げな面持ちで前に出てきた。

「ちょっとアンタ、人に用があるなら、まずは自分が誰なのか明かすのが常識でしょ?」

「もちろん私に関しては告げるつもりです。ですがそれは舞華さんに対してだけの話です。」

 苛立ちを込めて言い放つ秋菜に、男は淡々と告げる。

「私だけ蚊帳の外ってわけ・・そう言われて、はいそうですかって聞き入れると思ってんの?」

 苛立つ秋菜が完全と男と舞華の間に割って入る。

「それだとお互い困ることになりますよ。私はこれでも、部外者を危険に巻き込まないよう努めているのですよ。」

「勝手なこと言わないでよ!そんな手に怖がる私じゃないんだから!」

 憤慨する秋菜の態度を見て、男が呆れる。

「そこまで言うなら、後はどうなっても知りませんよ。」

 男はそういうと全身に力を込める。その表情に異様な紋様が浮かび上がる。

「まさか・・・!?

 驚愕の言葉を呟く舞華の見つめる先で、男がマンモスを思わせる怪物へと変身する。

「な、何なの!?・・いきなり、怪物に・・!?

「私はデスピアのガルヴォルス、チャールズ・マウンティ。剣崎舞華さん、あなたの身柄を、我々の基地へと連行します。」

 驚愕する秋菜をよそに、男、チャールズが舞華に言い放つ。その太い腕を舞華に伸ばす。

「舞華、こっち!」

「えっ!?

 秋菜は舞華の腕をつかんで、この場を離れようとする。チャールズは2人を追って歩き出す。

 秋菜は舞華を連れて、ひたすら人気のあるほうを目指す。しかしなかなかその大通りにたどり着かない。

「秋菜ちゃん、2手に分かれよう!私があの人を引き付けるから!」

「そんなマネ、私は絶対に許さないよ!」

 舞華がかけた言葉を、秋菜はきっぱりと否定する。

「アンタは私を助けるために、自分が犠牲になろうって考えてるんでしょ!?そんなの、私には後味悪いことなのよ!」

「秋菜ちゃん、だけど・・!」

「大丈夫!2人じゃきついけど、2人でなら何とかなるって!」

 困惑する舞華に、秋菜は笑顔を見せる。どこからそんな自信が来るのか、秋菜自身分からなかった。

 そしてようやく大通りへの道に出ようとしたときだった。2人の前にチャールズが立ちはだかり、行く手を阻んでいた。

「鬼ごっこはおしまいですよ、お二方。」

「な、何て速さなの!?・・近づいてくる様子じゃなかったのに・・・!」

 淡々と語りかけてくるチャールズに、秋菜が驚愕を覚える。

「この際です。2人ともご案内してあげますよ。あなたはガルヴォルスではないようですが、その運動神経、何かの役に立つでしょう。」

「ガルヴォルス・・!?

 2人をいざなうチャールズの言葉に、秋菜がさらに疑問を投げかける。

(このままじゃ、私も秋菜ちゃんも・・・だけど、ここで変身したら秋菜ちゃんは・・・!)

 舞華はガルヴォルスになることにためらいを覚え、毒づいていた。もしも変身すれば、秋菜が自分をどう思うのか。舞華はそのことを不安に感じていた。

「心配しなくてもいいいですよ。少し冷たいですが、次に目覚めたときには、我々の基地の中ですから。」

 チャールズは言いかけると、口から白く冷たい息を吹きかけてきた。舞華と秋菜はとっさに横に飛びのくと、息を吹きかけられた地面が白く凍てついていく。

「よけないでください。あなた方を凍らせるだけです。心配しないでください。冷凍睡眠のようなものですから、死ぬことはありません。」

 チャールズが淡々と舞華たちに告げる。追い詰められた舞華は、ついに覚悟を決める。

「秋菜ちゃん、あの人が私を狙うのは、多分これだから・・・」

 舞華は物悲しい笑みを浮かべて秋菜に言いかけると、全身に力を込める。その彼女の頬に異様な紋様が浮かび上がる。

「秋菜ちゃんに手を出すなら、私はあなたを許さない!」

 叫ぶ舞華の体が、異質の怪物へと変化する。舞華はチャールズに眼を向けて、右手を刃に変える。

「舞華、アンタ・・・!?

 変貌した舞華の姿を目の当たりにして、明菜が再び驚愕する。

「秋菜ちゃん、早く逃げて・・私なら、すぐに追いかけるから・・・」

 舞華は動揺している秋菜に言いかけると、チャールズに向かって飛び出していった。彼女が振り下ろした一閃を、チャールズは巨体とは思えぬ身軽さで回避する。

 そこへ舞華が再度飛びかかり、チャールズを抱え込んだまま跳躍していく。

「舞華!」

 秋菜がたまらず叫ぶが、その声は舞華には届いていなかった。

 

 チャールズを抱えて場所を変える舞華。そこは人気のない草原の真っ只中だった。

「いつまでもしがみつかれるのは、あまりいい気分ではありませんね。」

 チャールズはつかんでいる舞華の腕を取り、勢いよく地上に向けて投げつける。舞華はとっさに刃を振りかざして、その疾風の反動を駆使して、地上への激突を回避する。

 冷や汗を感じながら、舞華は立ち上がって振り返る。その先には着地したチャールズの姿があった。

「やはり上級のガルヴォルスのようですね。ですが覚えておきなさい。上には上がいることを。」

 チャールズが淡々と言い放つと、長い鼻から氷の刃を発射する。舞華はこれもとっさにかわすが、刃は速く、彼女は紙一重で何とかかわしていた。

「なかなかやりますね。ですがそう長く持ちますかな?」

 チャールズは淡々と告げると、さらに複数の氷の刃を放つ。舞華は刃を駆使して回避していくが、その氷の1本が彼女の左肩を貫いた。

「ぐっ!」

 激痛を覚えて舞華が顔を歪める。彼女の動きが鈍り、その場にうずくまってしまう。

「ようやく当たりましたか。でもそんなに痛みをあらわにするとは、まだまだというべきでしょうか。」

 チャールズが微笑みながら舞華に近づく。危機感を覚える舞華がとっさに刃を振りかざすが、チャールズはこれを簡単にかわす。

 愕然となる舞華を、チャールズの痛烈な一蹴が襲う。その威力ある攻撃に突き飛ばされた舞華が大木に叩きつけられる。

 倒れた舞華が脱力して、姿が人間へと戻る。傷だらけの彼女に、チャールズが再び近づいた。

「心配は要りません。今は殺しはしません。ただ逃走を図るなら凍結させてでも連れて行きますよ。」

 チャールズの言葉を受けて、舞華が満身創痍の体に鞭を入れて立ち上がる。

「逃がさないと言いましたよね?」

 きびすを返した舞華に向けて、チャールズが口から白い息を吹きかける。その息に包み込まれて、舞華が顔を歪める。

(冷たい!・・このままじゃ体が・・・!)

 胸中で呟く舞華の体が、白い息の影響で徐々に氷に包まれていく。

(帰らなくちゃ・・秋菜ちゃんが、私の帰りを待ってるんだから・・・)

 秋菜のところへ帰ろうという願いも虚しく、舞華の体が完全に氷塊に包まれた。同時に彼女の意識も途切れた。

「その年頃の女性はおしとやかなほうがかわいげがありますよ。」

 チャールズは微笑んで呟くと、舞華を閉じ込めている氷塊をつかみ上げ、その場を後にした。打ちのめされた舞華はついに、デスピアの手中に落ちたのだった。

 

 

次回予告

 

「ようこそ、デスピアへ。」

「お前は我らの尖兵として働いてもらう。」

「私には、帰る場所がある!」

「服従か死か、我らの糧か、好きな末路を選ぶがいい・・」

 

次回・「デスピア」

 

 

作品集

 

TOP

inserted by FC2 system