ガルヴォルスDesire 第2話「新たな生活と戦い」

 

 

 突如、異質の怪物、ガルヴォルスへと変貌を遂げてしまった舞華。動揺の色を隠せなくも、彼女は心身の中から湧き上がってくる何かに打ち震えていた。

「どういうことなんだろう・・力が、湧き上がってくる・・・」

 自分の変貌を忘れてしまいそうな心境に陥るほど、舞華は心地よく覚える。当惑を見せている彼女に、カウフィッシュガルヴォルスが不気味な笑みをこぼす。

「さて、あなたはどんな力を持ってるのかな?・・石化?それとも凍結?」

 カウフィッシュガルヴォルスが歓喜をあらわにして、ゆっくりと舞華に近づいていく。

「どうしよう・・あの怪物を何とかしなくちゃ・・って、自分も似たようなものになっちゃってるんだけど・・・」

 苦笑を浮かべるも、この危機的状況に緊迫を感じる舞華。そのとき、彼女の脳裏に自分が戦う様が鋭く切り裂くようによぎった。

「これって・・・!?

 驚きを感じて、舞華は自分の右腕に眼を向ける。彼女が見せられた自分は、右手を刃に変えていた。

 そこへカウフィッシュガルヴォルスが口から白い液体を吐きかけてきた。舞華はとっさに跳躍して、その液をかわす。標的を外した液を浴びた草木が、白く固まっていく。

「ウ、ウソッ!?石になっちゃった・・・!」

 舞華が石化した草木を目の当たりにして、さらに驚愕を見せる。カウフィッシュガルヴォルスが再び舞華に視線を向ける。

「もしもできるっていうなら・・・!」

 舞華はよぎった自分の姿のイメージを強めていく。その思念に呼応するように舞華の右腕が変化し、鋭い刃を形成する。

「へぇ。そんなんで相手をしようっていうの?あなた、転び立てね。そんなもので倒されるほど、私は甘くないわよ・・」

 カウフィッシュガルヴォルスが再び液体を吐きかける。舞華はこれをかわして右手の刃を振りかざし、怪物に向かって飛びかかる。

 舞華の放った一閃はカウフィッシュガルヴォルスの右のわき腹を切り裂いた。鮮血が飛び散り、怪物がたまらず絶叫を上げる。

「やってくれるじゃないの。今度は私があなたに、たっぷりと恐怖を植えつけて・・」

 カウフィッシュガルヴォルスが反撃に転じようとしたときだった。2人は近くに人の気配があることに気づく。

「運がよかったわね・・今回は見逃すわ。でも今度会ったときには、あなたの最高の恐怖を固めてあげるわ・・」

 カウフィッシュガルヴォルスが舞華に告げると、女性の石像を抱えて大きく飛び上がり、その場を立ち去った。

「た、助かったの・・・?」

 危機が去ったと思い、舞華は肩の力を抜く。脱力したことで、彼女の姿が元の人間の姿に戻った。

(すごい・・私に、こんな力が・・・)

 動揺の色が隠せない状態のまま、舞華が街の方向へ振り返る。その先で見たのは、彼女を心配して店を飛び出してきた秋菜だった。

「あ、いたいた・・舞華、どこに行っちゃってたのよ。いくら私が頼んじゃったからって、心配しちゃったよ・・」

「秋菜ちゃん・・・ゴメン、ゴメン。買えたんだけど、帰り道が分からなくなっちゃって・・」

 秋菜が不満そうに声をかけてくると、舞華が苦笑いを浮かべて答える。

「もう、しょうがないんだから・・とにかく店に戻ろう。少し落ち着いてきたから、話を聞いてくれるって。」

「ホント!?うわぁ、よかった〜・・」

 秋菜の言葉に舞華が満面の笑みを浮かべて安堵をあらわにする。そして2人は一路、ミナヅキに戻ることにした。

 だが舞華は今起こったことを秋菜には話さなかった。怪物の正体も自分の身に何が起こったのか、彼女自身分からないことだらけで、整理がついていないためだった。

 

 舞華たちが戻ってきたときには、ミナヅキに集まっていた客の群れは少なくなっていた。

「うわぁ・・大波が引いたみたいだよ・・」

 舞華がきょとんと店を見つめていた。そんなに彼女に気づいて、店内にいた1人の青年が店から出てきた。

 長身と整った顔立ち。秋菜の父親にして、ミナヅキの店長、水無月冬矢(みなづきとうや)である。

「秋菜、今戻ったのか?お、秋菜の新しい親友も、無事に帰ってきたみたいだね。」

 冬矢が気さくな態度で秋菜と舞華に声をかけてきた。その気さくさの中に優しさが込められていると、舞華は感じ取っていた。

「あ、はい!あの、新しい輪ゴム、買ってきました!」

 舞華は緊迫を見せて、冬矢に輪ゴムの入った箱を差し出した。冬矢はこれを笑顔で受け取った。

「ありがとう。今さっき、母さんと君のことで話をしていたところだ。」

「そ、そうですか・・それで、話は・・・?」

「それは中のほうで、秋菜と母さんと一緒に・・」

 舞華が訊ねようとしたところで、冬矢は彼女を店に招きいれた。一途の緊迫を感じながら、舞華は秋菜とともに店の中に入った。

「あっ、秋菜、おかえり。あら、あなたも戻ってきたみたいね。」

 店内にいた女性が笑顔を見せて舞華たちを迎えた。ふわりとしたブラウンの長髪に凛々しい顔立ち。秋菜の母、水無月夏(みなづきなつ)である。

 夏は舞華の前に近づくと、興味津々の面持ちで見つめ始めた。彼女の言動に舞華は再び緊張を覚える。

「かわいいー♪ごーかーく♪」

「えっ!?

 突然笑顔を振りまく夏に、舞華が唖然となる。

「うんうん。うちの秋菜には負けるけど、それでも指折りのかわいさだと、私が断言してあげる。ということで了承♪」

「えっ・・?」

 夏の言動に対して、どのように対応したらいいのか分からなくなる舞華。

「ということだ。剣崎舞華くんだっけ?君を水無月家に迎え入れよう。」

 そこへ冬矢が声をかけ、舞華を家に住まわせることを告げた。一瞬呆然となっていた舞華だが次第に笑顔を見せる。

「やったー♪ありがとうございます!・・えっと・・」

「オレは秋菜の父で、このミナヅキの店長を務めている水無月冬矢。で、彼女は僕の家内で秋菜の母の夏だ。」

「よろしくね、舞華ちゃん♪」

 戸惑う舞華に冬矢が自己紹介をし、夏も紹介する。笑顔を見せる夏に、舞華は笑顔を作って頷いた。

「それで、舞華くんの部屋は、2階の秋菜の部屋の隣が空いてるけど、そこで構わないかい?」

「はい、そこで大丈夫です。住まわせてもらえるだけでも感謝感激です。」

 冬矢の問いかけに舞華は素直に感謝の言葉をかけた。

 

 その日の夜、水無月家では急遽、舞華の歓迎パーティーを開いた。夏はみんなで楽しい夕食ができるよう、ちらし寿司を振舞った。

 だがそれが舞華の食欲と飢えをかき立てることとなった。多めに作ったつもりのちらし寿司でも足りず、昼間に作りすぎたサンドイッチやおにぎりでようやく落ち着いた。その食欲に、秋菜も冬矢も夏も唖然となっていた。

(“花より団子”とはまさにこのことか・・・)

 舞華の食欲ぶりを目の当たりにして、冬矢は胸中で呟いた。

 

 その翌朝から、舞華を中心に多忙な時間となった。

 親戚にひとまず預かってくれていた必要最小限の生活用品の送付をお願いし、また正英大付属高校への転入手続きを行った。だが舞華の問題はまだまだ残っていた。

 その最大の問題は生活費だった。冬矢や夏がまかなってくれると言ったものの、あまり甘えるのはよくないと思い、アルバイトか何かをしてお金を稼ごうと舞華は考えていた。

 しかし学業と両立できる仕事はそうあるものではなく、舞華は悩まされていた。

「ふえ〜・・どうしよ〜。このままじゃ冬矢さん、夏さん、秋菜ちゃんに迷惑かけちゃうよ〜・・・」

 完全に追い詰められ、舞華は途方に暮れていた。そんな彼女のいる部屋のドアがノックされ、舞華が顔を上げる。

「僕だ、舞華くん。」

 外から冬矢の声がかかり、舞華は立ち上がってドアを開けた。

「冬矢さん・・どうかしたんですか・・・?」

「舞華くん、いろいろバイト先を探して困ってるようだけど・・・そのことで話しておきたいことがあるんだが・・・」

 困り顔を見せて告げる冬矢に、舞華が疑問符を浮かべる。

「実はうちの店は連日の繁盛ぶりに忙しくてな。その休む間もない忙しさに耐えかねて、バイトの子たちが何人か辞めてしまって・・・」

「冬矢さん・・・」

「それで、もし都合が悪くなければでいいんだが、うちで働いてみないか?・・もちろん君の勉強に合わせて曜日や時間の調整も考慮するつもりだ・・」

 冬矢の申し出に舞華が当惑する。

「でも、それじゃまた冬矢さんにまた甘えることになるんじゃ・・」

「気にしないでいいよ。僕は一生懸命になっている君にきっかけを与えているだけだよ。君のやる気に僕たちも答えようと思っている。」

「冬矢さん・・・はいっ!よろしくおねがいします!」

 冬矢の気遣いに感謝の意を込めて、舞華は深々と一礼した。

 

 そしてその次の月曜日、舞華の新しい学校生活が始ろうとしていた。

「ちょっと、舞華!起きなさいってば!」

 未だにベットで寝ている舞華を、秋菜が必死に起こそうとしている。だが舞華はまだ夢の中だった。

 舞華は朝起きるのが苦手で、目覚まし時計を使っても起きないほどの筋金入りである。

 たまりかねた秋菜は、ついに舞華の髪を引っつかんで彼女を無理矢理部屋から引っ張り出した。

「イタタタタ、お、起きたって、秋菜ちゃん・・!」

「んもう!いつまで寝てるのよ!転入初日から寝坊だなんて、みっともないでしょ!」

 

 秋菜の強引な方法でようやく眼を覚ました舞華。しかしまだ寝ぼけ眼で、ハッキリしていないまま、秋菜に連れられて学校に向かっていた。

「ホラ!シャキッとしなさい!私にいつまでも甘えてたらカッコ悪いって言ったのはどこの誰!?

「分かってるよ〜・・自分で歩くよ〜・・・」

 不満をぶつける秋菜に、舞華は気のない返事をする。秋菜の手を離して自力で歩き出すが、未だに足取りが覚束ない。

「おい、こんな時間にどうしたんだよ、秋菜?」

 そこへ後ろからジョーが気さくに声をかけてきた。その声に秋菜が不満の表情を見せる。

「何よ、ジョー?今はアンタの相手をしてる暇はないの。舞華を連れてくのに必死なんだから。」

「舞華?・・おっ、お前は昨日のおてんば娘じゃないか。」

 舞華に眼を向けると、ジョーが再び気さくに声をかけた。その態度に舞華が不満を見せる。

「誰がおてんば娘よ!女の子に気を遣わない男はサイテーよ!」

「はっきりしている男っていってほしいもんだな・・って、お前・・ここに入るのか・・・!?

 反論しようとしていたジョーが、舞華の着ている制服に気づいて驚きを見せる。

「今日から秋菜と同じ高校に通うからね。って、その制服・・まさかアンタも・・!?

「生憎だが、オレと同じ高校に通うってことになるな。」

 憮然とした態度を見せるジョーに、舞華が睨み付けながら歯軋りを見せていた。

 

「剣崎舞華です!よろしくお願いします!」

 担任の藤崎(ふじざき)からの紹介を受けて、舞華が笑顔で一礼する。新しい学校生活において、彼女はさほど緊張はしていなかった。

 だが彼女には2つの問題があった。1つはクラスメイトである。秋菜と同じクラスになれたことは素直に喜んだが、ジョーとも同じクラスでもあった。その点から舞華は不満を覚えていた。

 もう1つは勉強だった。元々体育を除いて勉強があまり得意ではない舞華は、この学校の勉強に冷や汗の連続だった。

 そして放課後になり、舞華は机に突っ伏した。

「ふえ〜、やっと終わったよ〜・・」

「お疲れさん。明日は体育があるから、そんなに苦にならないんじゃないかな?」

 秋菜が励ましの言葉をかけるが、舞華が元気を取り戻す様子はなかった。

「何だよ、転入初日からもうへばったのか?その様子じゃ幸先思いやられるな。」

「うるさいわよ、スケベ小僧・・・!」

 そこへ寄ってきたジョーに反論する舞華。するとジョーがムッとして、

「言っとくけどな、オレには葛城ジョーって立派な名前があるんだよ。」

「はいはい、それはよかったですね、スケベジョーくん。」

 舞華の悪ぶった態度に一瞬苛立ちを見せるも、すぐに気さくな笑みを見せる。

「ま、せいぜい恥をかかないように気をつけることだな。」

 ジョーはそういうと教室から出て行った。苛立ちを覚えるも、舞華は疲れを拭えず、抗議の言動を見せることができなかった。

 

 それから学校を後にして家路に着く舞華と秋菜。

「やっぱり転入は楽じゃないよ〜・・いろいろ質問攻めされるのは平気なんだけど・・」

「そういうのは慣れだって。しばらくしたら、そんなに苦にならなくなるわよ。」

 肩を落とす舞華に秋菜が苦笑いを浮かべて答える。

 そのとき、舞華は遠くから悲鳴のような声を耳にした。しかし秋菜には聞こえていないようだった。

「秋菜ちゃん、ちょっと忘れ物しちゃったから、先に帰ってて。」

「えっ?・・う、うん・・」

 呆然となる秋菜を背にして、舞華は声のしたほうに向かって駆け出した。

 

 裏路地に姿を現したカウフィッシュガルヴォルス。ポニーテールの女子高生が恐怖の眼差しで怪物を見つめていた。

 その彼女に向けて、カウフィッシュガルヴォルスが口から白い液体を吐き出す。その液を浴びた女子高生が恐怖の面持ちのままだんだんと動きを見せなくなる。

 液体の効力によって石化された女子高生を見つめて、カウフィッシュガルヴォルスが不気味な笑みを浮かべる。

「これでまたひとつ、恐怖を固めることができたわ・・この瞬間は、他のものとは比べ物にならない心地よさだわ・・」

 怪物が女子高生の顔を間近で見ようと足を踏み出したときだった。

「待って!」

 そこへ舞華が駆けつけ、怪物を呼び止める。怪物は足を止めて、彼女にゆっくりと振り返る。

「おや?この前の・・前に言ったわよね?今度会うときは、あなたの最高の恐怖を固めるって。」

「もう、これ以上・・・」

 微笑をこぼすカウフィッシュガルヴォルスに対して、舞華がいきり立つ。彼女の頬に異様な紋様が浮かび上がる。

「あなたの好き勝手にはさせないんだから!」

 感情が高ぶった瞬間、舞華の姿が異質の怪物へと変化する。そして彼女のイメージに連動して、右手が鋭い刃へと形成する。

「言っておくけど、私に同じ手は2度食わないわよ。」

 カウフィッシュガルヴォルスが言い放つと、全身から触手を伸ばしてきた。舞華は大きく跳躍して、その群れをかいくぐっていく。

 そして舞華はカウフィッシュガルヴォルスに向かって飛びかかり、右手の刃を振りかざす。

「同じ手は食わないって言ったわよね?」

 カウフィッシュガルヴォルスが再び言い放つと、向かってくる舞華に向かって口から液体を吐きかけてきた。奇襲に驚きを覚える舞華が、とっさに刃を振りかざして液体を振り払う。

「いいのかしら?そんなかわし方しちゃって・・」

 カウフィッシュガルヴォルスが笑みをこぼすと、液体の付着している部分から、舞華の刃の刀身の白色が広がり始めた。

「しまった・・このままじゃ・・!」

「そう、その石化は体全体に広がって、あなたの恐怖を永遠のものにするのよ。」

 焦りを覚える舞華を、カウフィッシュガルヴォルスが見つめて哄笑を上げる。石化は舞華の刃の刀身に徐々に広がりだしていた。

 

 薄暗く重苦しい空気の漂う地下の大部屋。そこで1人の男が不敵な笑みを浮かべて、部下から受け取った1枚の写真を見つめていた。

「なるほど、この娘か・・・」

「はい。まだ1度しか確認されていませんが、その中でそのガルヴォルスは、まだその力を発揮したばかりであるにも関わらず、他のガルヴォルスを退けたのです。」

 鋭く呟く男に、部下の青年が淡々と答える。

「それで、その娘の位置はつかめているか?」

「はい。現在、先日に退けたガルヴォルスと交戦中。位置を特定後、娘のデータを分析しております。」

「そうか・・それでいい・・」

 部下の報告に男が笑みを強める。

「いかがいたしましょうか?何名か現場に向かわせましょうか?」

「いや。今回はデータ分析に留めておこう。」

 部下が呈した案を制する男。写真を机の上に置いて、おもむろに席を立つ。

「ありとあらゆるデータを取り入れれば、どんな城壁であろうとたやすく打ち崩せる。勝負の鉄則だ・・」

 男は部下に言いかけると、この大部屋を出た。机に置かれた写真には、舞華が映し出されていた。

 

 

次回予告

 

「バイトもまた苦労の連続だよ〜・・」

「ここでもお前と一緒かよ・・」

「舞華、アンタ・・・!?

「剣崎舞華さんですね?」

「あの娘を我らの尖兵とすれば、我らの制圧も大きく前進するぞ・・」

 

次回・「強大なる脅威」

 

 

作品集

 

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