ガルヴォルスcross 第6話

 

 

 夕美の意思を受け入れた静香が意を決し、彼女をじっと見つめる。

(寧々さん、ゴメンね・・でも私、お姉ちゃんのことが大切だから・・・)

 寧々への謝罪の気持ちを抱え、夕美は静香に全てを委ねた。

 

     カッ

 

 静香の眼からまばゆい光が放たれ、部屋を満たした。

 

    ドクンッ

 

 その光を受けた夕美が強い胸の高鳴りを覚える。幼く小さな体に押し寄せた衝動に、静香も戸惑いを見せる。

「夕美・・・」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん・・ちょっと、ドキってなっただけだから・・・」

 微笑みかけた夕美が、静香に弁解を入れる。しかし静香に込み上げてくる動揺は拭えなかった。

「お姉ちゃん・・これで、私も石になるんだよね・・・」

  ピキッ ピキッ ピキッ

 夕美が言いかけたときだった。彼女の体が石化し、それに巻き込まれて上着が引き裂かれた。

 その変化に動揺を覚える夕美。だが静香を想い、彼女は気持ちを落ち着かせようとする。

「何だか、気分がよくなってくるみたい・・・これが、石になるってこと・・不幸が消えるってことなんだね・・・」

「夕美・・・」

 感嘆の言葉を呟く夕美に、静香が困惑する。

「幸せになってくる・・お姉ちゃんが、私を包み込んでくるみたいな・・・」

「夕美・・・ごめんなさい・・私のために・・・」

 静香が夕美に向けて謝罪の言葉を送る。すると夕美は首を横に振る。

「謝らなくてもいいよ・・みんな、お姉ちゃんのためを思ってのことなんだから・・・」

「夕美・・・本当にありがとうね・・私のために・・・」

  ピキッ ピキキッ

 静香と言葉を交わす夕美のスカートが引き裂かれる。石の裸身をあらわにした夕美が、静香をじっと見つめる。

「夕美・・・私が気付かないうちに、こんなに大きくなってしまっていたのですね・・・」

 夕美の小さな体を優しく抱きしめる静香。石の感触を感じながらも、静香は夕美のぬくもりを確かめていた。

「お姉ちゃんが、お姉ちゃんがそばにいる・・・」

「夕美・・もう離れないから・・絶対に、あなたを放さないから・・・」

 互いに思いを口にする夕美と静香。

  ピキキッ パキッ

 夕美にかけられた石化が、彼女の手足の先まで到達する。彼女は脱力し、半ば呆然となる。

「これが、不幸が消えて、幸せになるってことなんだね・・・」

「そうよ・・あなたもこれから幸せになるの・・私が、ずっとあなたを守っていくから・・・」

 静香は言いかけると、夕美からゆっくりと離れていく。

  パキッ ピキッ

 石化が夕美の首、頬、髪さえも固めていく。その影響で、彼女は体の自由を失いつつあった。

「ゴメンね、お姉ちゃん・・・それから・・ありが・・とう・・・ね・・・」

  ピキッ パキッ

 声を振り絞っていた唇が石になり、声を出せなくなる夕美。彼女の脳裏には、姉の静香のことしかなかった。

    フッ

 夕美の瞳にヒビが入った。静香の力によって、夕美も物言わぬ石像へと変わり果てた。

 静香が石化した夕美をじっと見つめる。人間の姿に戻った静香は、再び夕美を抱擁する。

「こういうことをしたくなかったのが私の本音・・・でも夕美、これであなたとずっと一緒にいられるなら、私は・・・」

 夕美を抱きしめたまま、静香は離れようとしない。彼女は妹のために、自分の全てを捧げていた。

 

 静香の石化の影響によって、放心状態に陥っていた寧々。彼女は紅葉を抱きしめたまま、虚無の時間を流れていた。

「・・お姉ちゃん・・・お姉ちゃん・・・」

 そのとき、寧々の耳に夕美の声が響いてきた。寧々が自我を失ったまま、小さく顔を上げる。

「・・お姉ちゃん・・・私はいつでも、お姉ちゃんと一緒だよ・・・」

 再び夕美の声が届いた。その声が寧々の心に揺さぶりをかけてくる。

 姉と一緒にいられるというこの上ない幸せ。だがその幸せが虚飾でしかないのではという疑念が、寧々の心に宿ってきていた。

「・・・夕美、ちゃん・・・」

 寧々の口からもれた言葉。彼女の脳裏に、幼い頃の思い出が蘇ってきていた。

 

 その日、紅葉は父、和郎に叱られて家を飛び出した。それを見かねた寧々も、たまらず彼女を追いかけた。

 日が暮れそうになるのも気にせず、寧々はひたすら紅葉を探した。途中で転んでひざをすりむいても、構わずに探し回った。

 しばらく探し回ったところで、寧々はついに紅葉を見つけた。紅葉は木陰に座り込んで泣き続けていた。

「お姉ちゃん・・・」

 寧々が声をかけると、紅葉が顔を上げてきた。その顔は涙ですっかり赤くなっていた。

「お姉ちゃん、帰ろうよ・・お父さんとお母さんが心配してるよ・・・」

「・・お父さんなんて嫌いだよ・・いくらなんでも、あんなに怒んなくたって・・・」

 手を差し伸べる寧々だが、紅葉はその手を取ろうとしない。

「お父さんはいつも厳しいけど、今日は厳しすぎるよ・・いつもだったら、あそこまで怒んなかったのに・・・」

「お姉ちゃん・・・お父さんもいろいろと大変だったんだよ。それでお姉ちゃんに当たっちゃったって・・お父さんも悪いと思ってたみたい・・・」

「寧々・・・」

「帰ろう、お姉ちゃん・・お父さんやお母さん、みんなが待ってるから・・・」

 優しく言いかける寧々に励まされる紅葉。紅葉は寧々の手を取って立ち上がる。

 いつもは紅葉が寧々に手を差し伸べてきていた。励ましてきたのも紅葉だった。そのため、逆に寧々が紅葉を励ましてきたことは、紅葉にとってものすごく重くのしかかることだった。

「ありがとう、寧々・・まさか寧々に元気付けられるなんて・・・」

「お姉ちゃんがあたしに元気をくれる・・それと同じことをしただけだよ・・・」

 感謝の言葉をかける紅葉に、寧々は笑顔を見せる。

「あたしにもこういうことができるんだね、お姉ちゃん・・・」

「寧々、あなたはあたしの妹だからね・・でも寧々、あなたはあたしのできないことをやってみせて・・」

「お姉ちゃん・・・?」

 紅葉が微笑みかけて言いかけた言葉に、寧々が疑問符を浮かべる。

「その代わり、あたしもあたしにしかできないことをやってみせるから。そうすればあたしたちは百人力よ。」

「お姉ちゃん・・そうだね♪そうなったらあたしたち、無敵だよね♪」

 紅葉の言葉を受けて、寧々がはしゃぎ出す。その無邪気な姿を見て、紅葉も笑顔を見せた。

「それじゃ帰ろう、お姉ちゃん。みんな待ってるから・・・」

「そうね・・ゴメンね、寧々。あなたやみんなに迷惑かけちゃって・・・」

 寧々の呼びかけに紅葉が頷く。2人は家に戻るため、夕暮れの光のさす道を進んでいった。

 

「そうだね・・・あのとき、あたしは珍しく、お姉ちゃんを励ましたんだよね・・・」

 自分が姉に元気を与えたことを思い返し、寧々は微笑んでいた。今まで泣いてばかりで姉に甘えていた自分が、自分のできることをやってみせた瞬間だった。

「あの勇気を、今もう1度呼び起こさないといけないみたいね・・・そう思うよね、お姉ちゃん?・・そして・・・」

 寧々が見つめる先に現れたガクト。ガクトは寧々に向けて笑みを見せ、自信を付けようとしていた。

 だがそれが自分が見ている虚像でしかないと寧々は思っていた。だが同時に、幻でも励ましてきたとも思っていた。

「ホント、アンタはどこまで行っても・・・」

 半ば呆れながらも、感謝を感じていた寧々。彼女が眼にしていたガクトが、霧のように姿を消していった。

「やってやるわよ・・いつまでも甘えてるわけじゃない・・あたしにだって、やれることはあるんだって、みんなに教えてあげる!」

 決意を見せた寧々が意識を集中する。この石化という殻を破ろうと、彼女は力を高めていた。

「静香さん、あなたの力を破るよ。でないと、誰もが不幸になっちゃうから・・・」

 静香、夕美への思いを募らせながら、寧々はさらに力を込める。どのようにすれば石化を破れるのかは分からない。それでもどうしても破り、前に進まなければならない。

 だが、どんなに強く願っても、どんなにイメージを描こうとしても、彼女はこの空間から脱することができなかった。

「何で・・あたしの力だけじゃ、この袋小路を破れないっていうの・・・!?

 次第に歯がゆさを覚え、その心苦しさのあまりに顔を歪める寧々。

「力がほしい・・この殻を破ることのできる力が・・・」

 この現状を打破するため、力を求める寧々。

「あたしはみんなと一緒にいたい・・本当の意味でみんなと幸せになりたい・・・たとえその力が間違いにつながるものだとしても・・・!」

 その願いは怒りへと変わり、寧々の体を震わせる。その怒りのあまり、彼女は叫び声を上げた。それはまるで獣の雄叫びのようだった。

 激情に打ち震える寧々に紋様が走る。頬だけでなく、体全体にその紋様は広がっていた。まるで幼虫が成虫になるための脱皮のように。

(凄い力が、あたしの中で膨らんできてる・・抑え切れない・・・)

 押し寄せる力に痛みを覚え、苦悶の表情を浮かべる寧々。だがそれでも力を求めた彼女は、その痛みに耐える。

「負けない・・みんなのためにあたしは戦う・・たとえあたしに、何が起こっても!」

 決意を強めた寧々の体に変化が起きる。それは従来のドッグガルヴォルスとは異なっていた。

 耳や体毛が鋭利な形となっており、牙も爪も研ぎ澄まされていた。寧々の新たなる姿、ヘルドッグガルヴォルスである。

「感じる・・ものすごい力があふれてきてるのを・・それに、攻撃的になってくる・・まるで本物の獣みたいに・・・」

 自分の中で膨らみ蠢いている衝動をひしひしと感じる寧々。ここまで攻撃手になったのは初めてだと、彼女は思っていた。

「それじゃ、ここから出なくちゃ・・今のあたしなら、静香さんの力を破れそう・・・」

 寧々は意識を高めて、力を収束させていく。そして大きく息を吸い込み、一気に解き放つ。

 放たれた雄叫びが彼女と紅葉のいるこの空間を大きく揺さぶる。その声の衝動は、紅葉の心に活力を与えた。

 我に返った紅葉が、雄叫びを上げている寧々の姿を見て驚きを覚える。

「寧々!?・・その姿・・・!?

 紅葉が声を荒げる間にも、寧々は叫び続ける。その咆哮が空間に亀裂を生じさせた。

 その亀裂から、空間の壁がガラスのように破砕される。その穴から光が差し込み、空間の暗闇を打ち消した。

「・・お姉ちゃん、気がついたんだね・・・」

「寧々・・本当に寧々なの・・・!?

 微笑みかける寧々の前で、紅葉が困惑する。これほどの殺気を寧々が出したことは今までなかったからである。

「どういうことなのかはあたしにも分かんない・・けど今は、静香さんを止めなくちゃ・・・」

「そ、そうだね・・急がなくちゃ、寧々・・・」

 寧々の言葉に紅葉が真剣な面持ちを浮かべて頷く。

「お姉ちゃん、あたしに捕まって。あたしがこの石化を破るから。」

「できるの、寧々・・・?」

「できるよ。今、何でもできそうな気がするの、あたし・・・!」

 戸惑いを見せる紅葉に、寧々が不敵な笑みを浮かべる。ヘルドッグガルヴォルスの体が光に包まれる。

「行くよ、お姉ちゃん!」

 いきり立った寧々が、紅葉を連れて光の穴へと飛び込んでいった。

 

 石化した夕美を抱きしめたまま、その場を動こうとしない静香。彼女の心は今、妹への想いでいっぱいになっていた。

「夕美・・私はもうどこにも行きませんから・・・」

 夕美の石の体を優しく抱きしめる静香。

 そのとき、部屋の中でまばゆい光が巻き起こった。それに気付いた静香がその光のほうへ振り返る。

 その光は寧々と紅葉から発していた。石化した体に刻まれているヒビから光があふれてきていた。

「これは・・・どうなっているのですか・・・!?

 その現象に驚愕する静香。シャドウガルヴォルスの眼光を受けた人は石化され、幸せの中に身を委ねたまま動かなくなるはずだった。

 寧々と紅葉の体にあるヒビが広がり、光が強さを増していく。そのまぶしさに、静香が思わず眼を手で守る。

 しばらくして光が弱まり、静香が細めていた眼を開く。そこには異形の人物が立っていた。

 彼女はその人物が誰なのか、すぐに理解した。それが寧々であることを。

「元に戻れた・・石化が解けてる・・・」

「あたしの力が、ホントに石化を破ったんだね・・・」

 紅葉と寧々が戸惑いを見せる。紅葉の裸身は人のものへと戻っており、自由となっていた。

「どういうことなのですか・・・私の石化を自力で破るなんて、そんなこと、今までありませんでしたよ・・・!」

 眼の前で起こった現象が理解できず、静香が声を荒げる。寧々はかつてないほどの力を発揮し、彼女の石化を打ち消したのだった。

「この石化の殻を打ち破りたいと強く願った。それだけだよ、静香さん・・・」

「だからって、そう簡単に打ち破ることなんて、できるはずが・・・!?

「そんなのあたしにも分かんないよ・・だけど、今は・・・」

 寧々は静香に言いかけると、抱えていた紅葉を放す。

「静香さんや夕美ちゃん、みんなを助けたい!今のあたしは、それだけを願う!」

 寧々は言い放ったところで、石化された夕美を目の当たりにする。彼女もまた静香の毒牙にかかったのである。

「夕美ちゃん・・・」

「夕美もそうなることを願った。その願いのために、私は夕美から不幸を消したのです・・・」

 困惑する寧々に、静香が沈痛の面持ちで言いかける。彼女とて夕美を石化することは不本意だったのだ。

「静香さん、みんなを元に戻して・・でないとあたし、今度こそ静香さんを・・・」

「何度も言っているはずです。わたしにはもう、戻ることはできないのです・・・!」

 呼びかける寧々に対して強く言い放つ静香。彼女の姿がシャドウガルヴォルスへと変貌する。

「静香さん・・・!」

 いきり立った寧々が全身に力を込める。その体から淡い光が霧のようにあふれ出す。

「寧々ちゃん、私はあなたが不幸を背負おうとしていることを、快く思いません・・・」

 静香も寧々の言動に対して不快感を覚える。彼女は数本の影の触手を伸ばして、寧々を捕まえようとする。

 だが、寧々は右手を振りかざし、その爪で影の触手を全て切り裂いた。

「えっ・・・!?

 この突然のことに静香だけでなく、紅葉も驚きを見せる。寧々の力は、今までよりも格段に上がっていた。

「静香さんなら分かってるはずだよね・・石化が破られた時点で、あたしは静香さんを超えてるって・・」

「それでも、私は負けられない・・みなさんの幸せのために、私は・・・!」

 小さく言いかける寧々に、静香が感情を込めて言い返す。寧々に向けて石化をかけようと、静香が彼女をじっと見つめる。

 だがその瞬間、寧々が静香の視界から消える。眼を見開いた静香が、寧々の行方を追う。

「もう受けないよ、静香さんの石化は・・」

 そのとき、静香の背後から声がかかった。驚愕した静香の後ろには、寧々が立っていた。

「いつの間に・・・」

「もうやめて、静香さん。あたしはあなたを傷つけたくない・・夕美ちゃんやみんなを悲しませることになるから・・・」

 愕然となる静香に向けて、寧々が沈痛さを込めて言いかける。もはや2人の優劣は火を見るより明らかだった。

「何度も言わせないで・・私は、もう戻れないって・・・!」

 静香が感情をあらわにして、寧々につかみかかろうとする。寧々が歯がゆさを浮かべて、構えた右手を振り上げる。

 寧々が放った一閃が、迫った静香の左肩を切り裂いた。傷が付けられた肩から、血飛沫があふれ出す。

 激痛にさいなまれ、その場に昏倒する静香。その彼女を、寧々はじっと見下ろしていた。

「同じことを言っちゃうけど・・あたしも、静香さんにこんなことをしたくなかった・・でも、でも・・・」

 声を振り絞ろうとするものの、悲痛さをこらえきれなくなる寧々。たまらず人間の姿に戻った彼女の眼から、大粒の涙がこぼれてきていた。

「みんなのホントの幸せを、あたしは信じてるから・・・静香さんよりも、ずっと・・・」

「寧々・・・」

 寧々の姿を見て、紅葉が戸惑いを見せる。彼女も寧々の心境を察していた。

 みんなの幸せのために、誰かを傷つけてしまうこともある。その中で、最善手を見つけてそれをやり遂げなくてはならない。それでも、心に押し寄せる悲しみや苦しみは否定できない。

 寧々のその心苦しさを、紅葉も感じ取っていた。

「もういいよ、寧々・・・寧々の気持ち、静香さんや夕美ちゃん、みんなに伝わってるはずだから・・・」

「お姉ちゃん・・・そうだね・・もう、きっと・・・」

 紅葉の言葉を聞いて微笑みかける寧々。押し込めていた感情があふれ、寧々は紅葉にすがりついた。

 紅葉に抱かれたまま、泣きじゃくる寧々。あふれてくる涙をこらえることができず、紅葉も涙を見せた。

 そのとき、倒れていた静香がゆっくりと立ち上がってきた。気付いた紅葉が身構え、寧々を庇おうとする。

「寧々ちゃん・・紅葉ちゃん・・・私は・・・」

「静香さん、もう心配いりませんよ・・あたしも寧々も、押し寄せてくる不幸を跳ね返せる強さを持ってるから・・・」

 声を振り絞る静香に向けて、紅葉が寧々に変わって言いかける。姉妹の決意を聞いて、静香は戸惑いを見せる。

「不幸ならあたしと寧々で消してみせる。不幸がどういうものなのか、あたしたちは十分分かってるから・・・」

「紅葉ちゃん・・寧々ちゃん・・・」

 紅葉の言葉に静香は動揺を隠せなくなる。

 寧々と紅葉はこれまで起きた大きな苦難を乗り越え、本当の強さを身につけている。どのような苦境に立たされようと、2人は諦めることはない。

「静香さん、みんなを元に戻して・・静香さんは夕美ちゃんの言うとおり、強くて優しい人だよ・・・」

 そこへ寧々が涙を拭って言いかける。その涙を目の当たりにして、静香は完全に戦意を失った。

「本当に大丈夫なのですか、2人とも?・・・私がいなかったら・・・」

「大丈夫だよ、静香さん。あたしたちは、どんなことがあっても負けないんだから♪」

 静香の問いかけに寧々が笑顔を見せる。その勇気と元気を目の当たりにして、静香は笑みを浮かべた。

 そのとき、静香は胸を貫かれるような激痛を覚え、笑みを消す。彼女の体を氷の刃が貫いていた。

「静香さん・・・!?

 この光景に寧々が愕然となり、紅葉も眼を疑う。胸を刺された静香が吐血し、その場にひざを付く。

「やれやれ。様子を見に戻ってきたら、ずい分と見下げ果てたことになっていたようだね。」

 そこへ声をかけてきたのは隆一だった。静香に撃退されたはずの彼だったが、彼女の様子を見るために戻ってきたのである。

「せっかく僕がお膳立てまでしてあげたというのに、人間に戻ろうとするなんて・・・」

 淡々と言いかける隆一だが、突然笑みを消す。

「愚の骨頂ですよ、全く・・・!」

 憤りを見せた隆一がアイスガルヴォルスに変身する。寧々と紅葉が構える前に、隆一が2人に向けて氷の刃を放つ。

 だが、その刃の群れを浴びたのは、2人を庇った静香だった。彼女の体と口から紅い血があふれる。

「静香さん!」

 寧々と紅葉が悲痛の叫びを上げる。

「アンタ・・・アンタ!」

 怒りを爆発させた寧々がドッグガルヴォルスになり、そこからさらにヘルドッグガルヴォルスへと変身する。

「その姿・・・!?

 隆一が寧々の新しい姿を見て驚愕する。だがすぐに冷静になり、彼女に向けて冷気を放つ。

 だが寧々は叫び声を上げて、その冷気を吹き飛ばす。

「バカな!?・・僕の力が、こうも簡単に・・・!?

 この出来事が信じられず、隆一がさらに驚愕する。そこへ寧々が突進を仕掛けて、隆一とともに部屋を飛び出した。

 

 地下の部屋、そして峰家から外に飛び出した寧々と隆一。寧々の爆発的な力に危機感を覚えた隆一が、たまらず近くの木陰に隠れる。

(まさか彼女がこれほどまでに力を上げてくるとは・・ここはこの地形をうまく使って、隙を狙うしか・・)

 体力の回復とともに攻撃の機会をうかがう隆一。そのとき、彼は頬を傷つけられたことに気付く。

 彼が隠れている大木の裏に寧々がいた。

「いつの間に・・どうして・・・!?

「アンタのムカつくにおいは、イヤでもにおってくるのよ・・・!」

 愕然となる隆一に、寧々が鋭く言いかける。

「アンタは絶対に逃がさない・・夕美ちゃんを苦しめて、静香さんを傷つけたアンタを、あたしは絶対に許さない!」

 寧々は怒りを込めて叫ぶと、隆一に飛びかかる。とっさに跳躍して距離を取る隆一が、氷の刃を放つ。

 だが寧々の放った咆哮が、氷の刃を全て弾き飛ばす。全ての攻撃を跳ね返され、隆一は戦意を揺さぶられた。

「これで終わりよ・・すぐに終わらせてやるから!」

 いきり立った寧々が飛びかかり、爪を振りかざした。その一閃が隆一の体を斜めに両断した。

「こ、こんなことが・・・」

 絶望感にさいなまれたまま、隆一が事切れる。斬られた体が地面に倒れるまでに、砂のように崩壊して霧散する。

「・・・どうして・・・どうしてこんなことに・・・」

 歯がゆさを募らせる寧々が、そのやるせなさを抱えたまま人間に戻る。たとえ隆一を手にかけても、悲劇が消えることはない。その歯がゆさが、彼女の心の中で駆け巡っていた。

 そのとき、寧々は奇妙な違和感を覚えた。自分の右手をかざしたとき、その中から砂のようなものがこぼれ落ちてきていた。

「これは・・・」

 その砂に疑問を抱く寧々。隆一の亡骸は風に吹かれてつかむこともままならなくなっている。

「もしかして、これがあの力の代償ってヤツなのかな・・・」

 込み上げてくる疑念と不安に押しつぶされそうになる寧々。だが多くの人々の信頼を思い出し、彼女は自信を取り戻す。

「大丈夫だよね・・・あたしたちは死ねない・・あたしがいなくなったら、みんなが不幸になっちゃうから・・・だから・・・」

 寧々は呟きかけて、自分の右手を強く握り締める。

「たとえどんなことがあっても、あたしたちは生きる・・・そうだよね、ガクト・・・」

 決意を告げる寧々が再び、ガクトの幻を見る。ガクトは不敵な笑みを浮かべて、頷いてみせていた。

 その決意を胸に秘めて、寧々も微笑む。そして紅葉と静香のいる峰家の地下部屋に戻った。

 

 寧々と紅葉を庇って隆一の攻撃を受けた静香。瀕死の重傷を負った彼女の体から血があふれ、止まらない。

「静香さん・・静香さん、しっかりして!」

 紅葉が悲痛の面持ちで静香に呼びかける。

「紅葉ちゃん・・・よかった・・無事だったのですね・・あなたたち・・・」

 すると静香が微笑みかけ、紅葉の頬に手を添える。

「そんな顔をしないでください・・あなたも寧々ちゃんも、笑顔が1番似合ってますから・・・」

「ダメですよ、静香さん・・このまま死んじゃったら、夕美ちゃんも、寧々も・・・!」

 言いかける静香に、紅葉がたまらず叫ぶ。そこへ戦いを終えた寧々が戻ってきた。

「静香さん・・・お姉ちゃん、静香さんは!?

「血が止まんない・・あたしの力じゃ、傷を治すことはできない・・・!」

 声を荒げる寧々に、紅葉も悲痛さを込めて答える。非情な現状に愕然となり、寧々はその場でひざを付く。

「そんな・・・こうなったら、あたしがガルヴォルスの力を注いで・・・!」

「いいですよ、寧々ちゃん・・・もう、私は・・・」

 ガルヴォルスの力を注ごうとした寧々に対し、静香が首を横に振る。

「私が死ねば、石化された人たちも元に戻ります・・これは、私が犯した罪で、この死はその償い・・・」

「違う!あたしやみんなが願ってるのは、償いでも罪滅ぼしでもない!静香さんが生きていてほしいことなんだよ!」

 弱々しく言いかける静香に、寧々が必死に呼びかける。

「夕美・・・ごめんなさい・・あなたにまで、私の気持ちを、押し付けてしまって・・・」

 静香が夕美に向けて微笑みかける。石化された彼女は一糸まとわぬ姿で立ち尽くしたまま、何の反応も見せない。

 そのとき、静香は夕美の姿が浮かび上がったのを目撃する。それは石になっていない夕美だった。

「夕美・・・!?

「お姉ちゃん・・・私、お姉ちゃんのこと、ずっと信じてるから・・・」

 戸惑いを見せる静香に、夕美が微笑みかけて手を伸ばしてきた。その手を取ろうとする静香だが、傷ついた体に力が入らない。

「お姉ちゃん・・・私、もうお姉ちゃんに迷惑をかけたくない・・だから、勇気を出す・・人の前でも怖がったりしないよ・・・」

「夕美・・・本当に、強くなりましたね・・・」

「そんな言い方しないで・・お姉ちゃんがいなくなっちゃうみたいでイヤだよ・・・」

「心配しないで・・私はどんなことがあっても、夕美のそばにいるから・・・」

 不安を浮かべる夕美に、静香が笑顔を見せる。

 その瞬間、静香は本当の幸せを見出したような気がした。自分が求め続けてきたものは、本当はこの光明だったのではないか。

 頑なになっていた静香の心が解け出していく。夕美を抱くと同時に、彼女はあたたかく真っ白な光に抱かれていた。

 

 

 

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