ガルヴォルスcross 第5話

 

 

 夕美や佳苗たちを守るため、峰家に急ぐ寧々。隆一に凍らされたため、彼女の体は疲弊しきっていた。

 だがみんなを守るため、彼女はこの体に鞭を入れて前に進んでいた。

(夕美ちゃんを悲しませたくない・・静香さんの心を壊させたくない・・だから、あたしは、こんなところで立ち止まってるわけにいかない・・・!)

 決意を強めていき、さらに進んでいく寧々。そしてついに彼女は、峰家のそばにたどり着いた。

 そこで彼女は驚愕を覚える。彼女の眼前に広がる光景は、全てが純白に彩られた冷たい世界となっていた。

「そんな・・みんな・・・!?

 凍てついた刑事や警官たちを目の当たりにして、寧々は絶望する。彼女の心の中に、怒りと悲しみが込み上げてくる。

「アイツが・・アイツがやったに違いない・・・あんなヤツに、静香さんが・・・」

 大きく揺れる寧々の心。彼女は自分を見失わないようにするのに精一杯だった。

「急がないと・・これ以上、みんなを傷つく姿は見たくない・・・!」

 いきり立った寧々は、夕美と佳苗の待つ峰家へと急いだ。

 そんな彼女の様子を、近くの木の上から隆一は見下ろしていた。

「まさかあの氷から抜け出してくるとはね・・でも、その調子じゃ体力の限界みたいだね。」

 隆一はあえて手を出さず、静香に任せることにした。

 

 佳苗の作戦に陥り、一気に追い込まれた静香は、影の触手で彼女を捕まえていた。

「いいですよ・・あなたに宿っている不幸も、私が消してあげますよ・・」

 冷淡に告げる静香に対し、佳苗は覚悟を覚えていた。

 

     カッ

 

 漆黒の影の姿をしている静香の眼から、まばゆい眼光が放たれる。

 

    ドクンッ

 

 その光を受けた佳苗が強い胸に高鳴りを覚える。その衝動に、彼女は一瞬動揺を浮かべる。

  ピキッ ピキッ ピキッ

 その直後、佳苗の衣服が引き裂かれ、あらわになった体が石化を引き起こす。裸になっていくことに、彼女が再び動揺を覚える。

「くっ・・やっぱり裸にされるのはいい気分がしないわね・・自分で裸になるのは構わないけど・・」

 動揺を紛らわそうと、作り笑顔を浮かべる佳苗。その様子を、静香が怪しい笑みを浮かべて見つめる。

「すぐにいい気分になりますよ。あなたが幸せになることが、私の幸せでもあるのです。」

  パキッ

 石化がさらに進行し、体にうまく力を入れられなくなる佳苗。握っていた銃が手から離れ、床を転がる。

「どうやら私の役目はここまでみたいね・・後は、寧々ちゃんに任せることになっちゃうね・・・」

 寧々に自分の全てを託すことを決めた佳苗。静香を止められなかったことへの自分の無力さを感じるあまり、彼女は思わず笑みを浮かべていた。

  パキッ ピキッ

 石化が佳苗の首元にまで迫り、彼女はもはや身動きが取れなくなっていた。

「早苗、ゴメン・・助けて上げられなくて・・・」

  ピキッ パキッ

 早苗への謝罪の言葉を告げた直後、佳苗の唇が石に変わる。声を出せなくなった彼女は、意識がもうろうとなっていく。

    フッ

 瞳さえもひび割れ、佳苗も一糸まとわぬ石像と化した。彼女もまた、ガルヴォルスの本望に駆り立てられている静香の毒牙にかかってしまった。

「それでは、警察のみなさんを何とかしないと。でなければ、夕美も不幸にしてしまうから・・」

 静香は刑事や警官たちを退けようと、部屋から出て行こうとしていた。

 

「夕美ちゃん・・・!」

 峰家に戻ってきた寧々が、その玄関に駆け込んできた。それに気付いた夕美が玄関にやってきた。

「寧々さん・・どうしたの、その傷・・・!?

「あたしなら大丈夫だよ・・それより夕美ちゃん、佳苗さん来てるよね・・・?」

 心配の声を上げる夕美に、寧々が微笑みかけて言いかける。

「う、うん・・佳苗さんなら、家の中に・・あれ・・?」

 言いかけて周囲を見回した夕美が眼を疑う。どこを見回しても、佳苗の姿が見当たらない。

「確かに家の中にいたはずなのに・・・」

「えっ・・・?」

 困惑する夕美に戸惑いを見せる寧々。佳苗がここにいないのは明らかにおかしいことだった。

 そのとき、寧々はかすかに漂ってくる悪臭を嗅ぎ取り、眼つきを鋭くする。

「どうしたの、寧々さん?」

 夕美が不安の声をかけるが、寧々はその声をあえて気に留めなかった。ドッグガルヴォルスに変身し、嗅覚をさらに研ぎ澄ませる。

(やっぱり拳銃の弾のにおい・・それに、佳苗さんのにおいもまだ残ってる・・・)

「もしかして・・・!?

 思い立った寧々がひとまず人間の姿に戻る。彼女はにおいのするほうへと駆け込み、廊下の真ん中で立ち止まる。

「寧々さん・・・?」

「においがしてきたの・・佳苗さんが、この先にいる・・・」

 寧々が真剣な面持ちで夕美に言いかける。叩いたり押したりしてみるが、道が開かれたりしなかった。

「んもう、何か行けそうな感じがするんだけどなぁ・・こうなったら、無理矢理にでも打ち破るしかないかな・・・夕美ちゃん、ゴメンね・・・!」

 毒づいた寧々がその壁に向かって突っ込んだ。その壁が打ち破られ、破片が階段を転がる。

「やっぱり道があった・・この下に佳苗さんが・・もしかしたら、静香さんも・・・」

「待って、寧々さん!」

 思い立って階段に足を踏み入れようとする寧々を、突如夕美が引き止める。その行為に寧々が戸惑いを覚える。

「夕美ちゃん・・・!?

「このまま行っちゃったら、お姉ちゃんや寧々さんが帰ってこない気がする・・だから・・だから・・・」

 悲痛さを込めて言いかける夕美に、寧々が困惑する。夕美は寧々や姉である静香を心から心配しているのだ。

 彼女の気持ちを汲み取りながら、寧々は微笑んで彼女の頭を優しく撫でる。

「ありがとうね、夕美ちゃん。でも夕美ちゃん、あたしは行かなくちゃいけないの。静香さんや夕美ちゃん、みんなのためにも・・」

「寧々さん・・・」

「大丈夫よ。あたしはちゃんと戻ってくるから。でないと夕美ちゃんを悲しませることになっちゃうから・・」

 夕美を励まして微笑みかける寧々。自分の周りにいる人々のために、彼女は全力で立ち向かおうとしていた。

「夕美ちゃんはここにいて。警察もあの白いガルヴォルスにやられた。だから誰が来ても家に入れちゃダメだよ。」

「う、うん・・」

 寧々の呼びかけに夕美が小さく頷く。寧々は佳苗を追いかけて、単身地下へと降りていった。

 下に行くにつれて薄暗くなっていく道。寧々はついに地下の大部屋にたどり着いた。

 そこに広がる光景に寧々は息を呑んだ。全裸の女性の石像が立ち並ぶこの大部屋に、彼女は足を踏み入れた。

「静香さん、いるんだよね・・・?」

 寧々が気持ちを引き締めて言いかける。彼女の嗅覚は、静香の居場所を突き止めていた。

 寧々が振り返った先に静香はいた。その前には、彼女に石化された紅葉の姿があった。

「お姉ちゃん・・・」

「あなたにも、このことは知られたくなかった・・紅葉ちゃんにも、夕美にも・・・」

 戸惑いを浮かべる寧々に、静香も沈痛の面持ちを見せる。静香は紅葉の石の頬に手を添えて、寧々に向けて話を続ける。

「もう私は戻れない。止まることもできない・・たとえあなたが私を許せなくても、私はみんなを救いたい。みんなの不幸を消してあげたい・・寧々ちゃん、あなたのも・・・」

「こうして、みんなを石にすることが、幸せだっていうんですか・・静香さん、あなたは本気で・・・!?

 自分の気持ちを告げる静香に、寧々がたまらず声を荒げる。

「こんなのが静香さんだなんて、あたしは信じられないよ・・だって、静香さんは、いつもあたしやみんなに優しくしてきたじゃない・・・!」

「それは表の顔の私なのですよ、寧々さん・・でも私の願いは、みなさんの不幸が消えてほしいということ。それは分かってほしいの・・」

 必死に呼びかける寧々に、静香が淡々と言いかける。その言葉に、寧々は愕然とも言える動揺を膨らませていた。

「寧々ちゃん、私は夕美に不幸を味わってほしくありません。だから、本意ではありませんが、あなたにも私の力を与えます。」

「あたしも、お姉ちゃんみたいに石にするの・・・それで本当に、夕美ちゃんが喜ぶと思ってるの!?

 静香の言葉に寧々がたまらず叫ぶ。

「静香さんが与えてるのは幸せじゃない!消そうとしている不幸そのものだよ!」

「そんなことはない!そんなことはないです!」

 寧々に言いとがめられるあまり、感情をあらわにする静香。その頬に異様な紋様が浮かび上がる。

「夕美がどれほど幸せを願っているのか・・それは私が1番よく分かっていますよ・・・!」

 いきり立った静香がシャドウガルヴォルスに変身する。彼女が寧々に向けて影を伸ばしてくる。

「静香さん!」

 寧々もたまらずドッグガルヴォルスに変身する。跳躍して影の触手をかわし、静香に向かって飛びかかる。

「やめて、静香さん!あたしはあなたを傷つけたくない!」

「心配しないでください、寧々ちゃん。私もあなたを傷つけるつもりはありませんから。」

 突進を仕掛ける寧々に、静香が妖しく微笑みかける。寧々の突進をかわし、再び影の触手を伸ばしていく。

 寧々はさらなる跳躍で影をかわしていく。だが寧々は静香への敵意を出すことができないでいた。

 次第に困惑を膨らませていく寧々。それで生まれた隙を突かれ、彼女はついに静香の影に足を縛られてしまう。

「しまった!」

 声を荒げる寧々の体にも、無数の影の触手が絡みつく。身動きができなくなった彼女を、静香がじっと見つめる。

 寧々は精神面だけでなく、体も追い詰められていた。隆一に氷付けにされ、そこから脱した際に力を使い果たしていたのだ。

「もう逃げられませんよ、寧々さん・・」

「お願い、静香さん・・もうやめて・・こんなの、夕美ちゃんのためにも、みんなのためにもらないよ・・・!」

 寧々が声を振り絞って呼びかけるが、静香は聞く耳を持たなかった。

「寧々さんもいろいろなことがあって、多くの不幸を体感してきましたね。でもそれも終わりです。私があなたの不幸も取り除いてあげますから・・」

「お願い・・やめて、静香さん・・・」

「これであなたは紅葉ちゃんと一緒にいることもできる・・あなたたちは至福のときを迎えるのです・・・」

 静香が冷淡に言いかけると、困惑している寧々をじっと見つめる。

 

     カッ

 

 その眼からまばゆい光が放たれ、寧々に降り注がれる。

 

    ドクンッ

 

 寧々が強い胸の高鳴りを覚え、その衝動で姿が人間に戻る。その瞬間、彼女はその光が石化の効果を備えていることを痛感した。

「これで寧々ちゃんにも幸せが訪れる・・紅葉ちゃんと一緒に、不幸から解き放たれるのです・・・」

  ピキッ ピキッ

 静香が言いかけた瞬間、寧々の両足がひび割れた。靴と靴下が引き剥がされ、彼女は石の素足をさらけ出す。

「あ、足が動かない・・しかも、靴が・・・!」

 自分に押し寄せる石化に、寧々が声を荒げる。静香が妖しい笑みを浮かべて、寧々に歩み寄ってくる。

「寧々ちゃん、あなたには紅葉ちゃんのそばにいてほしいの。それであなたたちは本当の幸せを迎えるのよ。」

 静香は言いかけると、動けないでいる寧々の体を影の触手で再び縛り上げる。そして寧々を紅葉の前に連れて行く。

「寧々ちゃん、お姉ちゃんよ・・これであなたは寂しくならない・・ずっとあなたたちは一緒だから・・・」

「今は静香さん、あなたに人の心を取り戻してほしい。あたしだけじゃなく、お姉ちゃんもそれを願ってるから・・・」

  ピキッ パキッ パキッ

 静香に反論する寧々の下腹部に石化が侵食する。寧々の心にさらなる動揺が広がっていく。

「私のことなら心配しなくていいんですよ、寧々さん。あなたと紅葉ちゃんの幸せが、私の幸せにもなるのですから・・」

 静香はさらに言いかけると、寧々を背後から抱きしめる。その抱擁に、寧々は冷静さを失っていった。

「この小さな体に襲い掛かってきた大きな不幸。さすがのあなたでも、その全部を1人で消すのは難しいこと。でも、私ならその全部を消せる・・あなたを救いたい。みんなを救いたい・・夕美だって・・・」

 静香に囁きかけられて、次第に脱力していく寧々。その言葉に促されるまま、寧々は紅葉を抱きしめる。

「ゴメン、お姉ちゃん・・・ホントに、いろいろと、ゴメン・・・」

 寧々が紅葉に向けて謝る。だが石化した紅葉は何も答えない。

「お姉ちゃんの気持ちを知ろうともしないで、わがままばかり言って・・そして、お姉ちゃんを助けられなくて・・・」

 自分の無力さと後悔を痛感するあまり、眼から涙をあふれさせる寧々。彼女から腕を離し、体を離す静香。

  ピキッ ピキキッ

 その直後、石化の進行により、寧々の上着までも引き裂かれる。石の裸身をさらけ出し、寧々が頬を赤らめる。

「寧々ちゃん、私に全てを委ねてください・・これからは私が、あなたたちを、みなさんを守っていきますから・・・」

「静香さん・・・お姉ちゃん・・・」

 冷淡に言いかける静香の前で、寧々が紅葉に寄り添う。

  パキッ ピキッ

 首筋、頬、髪が石化していく中、脱力していく寧々。彼女はひたすら、紅葉の顔を見つめていた。

「お姉ちゃん・・夕美ちゃん・・・ホントに・・ゴメンね・・・」

  ピキッ パキッ

 声を振り絞っていた唇が固まり、寧々は声を発することができなくなる。ひたすら見つめ続ける紅葉の姿がぼやけてくる。

    フッ

 その瞳にヒビが入り、寧々は完全に石化に包まれる。彼女もまた一糸まとわぬ石像と化した。

 紅葉に寄り添うような体勢のまま微動だにしなくなった寧々。姉妹寄り添いあったまま石化し、その場に立ち尽くしていた。

「これであなたたちにはもう、不幸が降りかかることはない・・あなたたちに幸せが訪れたことを、私は心から喜びますよ・・・」

 寧々と紅葉を見つめて微笑みかける静香。だが彼女の眼には、喜びとは程遠い濁りが生じていた。

 

 漆黒に彩られた空間。その真っ只中を寧々は漂っていた。

 無重力の宇宙に投げ出されたように、寧々は空間の中を流れていた。一糸まとわぬ姿で。

(・・あたし・・どうしちゃったんだろう・・・何も感じない・・熱くもなく、寒くもなく・・・)

 自分の体と心に対して違和感を感じる寧々。しかし彼女はどうすることもできず、この空間をさらに流れていった。

(結局、あたしは誰も守れなかった・・お姉ちゃんも、静香さんも、みんな・・・)

 寧々の中に悲しみと無力さが去来する。

(ガクト、あたしはアンタみたいに真っ直ぐ進めなかった・・辛いのが、あたしにどんどん押し寄せてくるよ・・・)

 虚無感、絶望、喪失。立ち上がる全てが抜け落ちてしまうような気分に陥り、寧々は意識さえ保てなくなりそうだった。

 そのとき、寧々は突如強く殴られたような衝撃に襲われた。今まで入らなかった力が入り、彼女は頬に手を当てていた。

(ガクト・・・!?

 その衝撃に寧々は戸惑いを覚えていた。直接会っていなくても、ガクトが彼女に活を入れてきていた。彼女はそう思っていた。

(アンタはホントに好き勝手だね・・遠く離れてても悪い態度を見せてくるんだから・・・)

 寧々がガクトに対して苦笑いを浮かべる。これを機に、彼女の中に満ちていた諦めの気持ちが薄らいでいった。

 だが打開の糸口を見出したわけではない。

 寧々は静香に石化され、指一本動かせない状態にあった。この石化を打ち破れるほどの力を発揮しなければ、この事態を脱することはできない。

(何とかしなくちゃ・・でも、どうしたら・・・)

 必死に思考を巡らせる寧々。漆黒の空間を、彼女はさらにさまよっていく。

「・・・寧々・・・」

 そのとき、寧々の耳に紅葉の声が響いてきた。

「お姉ちゃん・・・!?

 寧々が周囲を見回して紅葉を探す。しかしこの広い空間の中から1人を見つけるのは困難だった。

「・・・寧々・・・」

「お姉ちゃん、どこにいるの!?お姉ちゃん!」

 弱々しく声をかけてくる紅葉に向けて、寧々が呼びかける。しばらく探し回ったところで、寧々はついに紅葉を発見した。

「お姉ちゃん・・・!」

 寧々は振り絞ることのできる力を全て出して、紅葉に近寄る。紅葉は完全に脱力し切っている状態で、寧々が来たことにも気付いていない。

「お姉ちゃん!しっかりして、お姉ちゃん!」

 寧々が呼びかけるが、それでも紅葉は反応しない。

「お姉ちゃん、静香さんの力に影響されてるんじゃ・・・」

 寧々は静香の力を思い返し、不安を覚える。

 静香は周囲の人間の幸せを願っている。石化して全裸の石像とすることで、解放感、心地よさを与えれば、これ以上にない幸福がもたらされることになる。

 紅葉もまた、その邪な安らぎに取り込まれようとしていた。

「お姉ちゃん、眼を覚まして!こんなの、ホントの幸せじゃないってことは、あたしよりお姉ちゃんのほうが分かってるはずだよ!」

 寧々が紅葉にさらに呼びかける。寧々はたまらず、紅葉の裸身を抱きしめる。

「お姉ちゃん、あたしはここだよ!ずっと離れ離れかと思ってたけど、やっとこうして会えたんだよ!」

「・・・寧々・・・寧々・・・」

「お姉ちゃん、お願いだから・・・あっ・・・」

 呼び続ける寧々が突如、奇妙な感覚に襲われる。先ほど感じていた虚無感に似た感覚だった。

「いけない・・あたしの感覚が・・・頭が揺れるみたいな・・・」

 押し寄せる解放感に理性を保てなくなる寧々。そして彼女は紅葉に寄り添ったまま脱力し、大きな動きを見せなくなった。

「お姉ちゃん・・あたし・・・あたし・・・」

 紅葉への気持ちを募らせたまま、寧々は自我を失っていった。

 

 寧々までも石化し、その至福を心から喜ぶ静香。

「寧々ちゃん、これからは私が守っていくから・・あなたたちは、もう辛い思いをしなくていいのです・・・」

 寧々の石の頬に手を当てて、静香が妖しく微笑む。

「それでは、そろそろ外にいると思われる警察の方々を何とかしなくては・・」

 静香は思い立ち、部屋から出ようとした。だが振り返った先の光景を目の当たりにして、彼女が驚愕を覚える。

 部屋の入り口には夕美の姿があった。彼女は深刻な面持ちで静香を見つめていた。

「夕美・・・!?

 静香は動揺の色を隠せなかった。今まで隠し続けてきたことが今、夕美に知れ渡ってしまったと思ったのだ。既に夕美がこのことに気付いていたことも知らずに。

「夕美・・これは、その・・・」

「もういいよ、お姉ちゃん・・お姉ちゃんのことは、ずっと前から分かってたことだから・・・」

 弁解しようとする静香に、夕美が物悲しい笑みを浮かべて言いかける。その言葉に静香がさらなる困惑を覚える。

「分かってたって・・・それでは夕美、あなた・・・!?

「本当は悪いことだって、私も分かってる・・でもお姉ちゃんのためと思って、止めようとしなかった・・・」

「夕美・・・」

「お姉ちゃん、みんなを幸せにしたいって、ずっと思ってるみたいだった・・そのためにあんなことをして、みんなの不幸を消そうとしてた・・お姉ちゃんと私が受けた不幸を、他の人が感じないように・・・」

 困惑する静香に向けて、夕美が勇気を振り絞って自分の気持ちを告げる。

「でもお姉ちゃん、私はこうすることが、みんなの幸せになってるとは思えない・・だって、そんな風にしたら自由じゃない・・自由じゃなかったら、幸せとはとても思えないよ・・・」

「夕美・・・あなたは・・・」

 夕美の言葉を聞いて、静香は混乱する。今まで大切な妹のために全てを賭けて行ってきたことが、全て壊れてしまったのではないか。その不安が、彼女の心を蝕んでいっていた。

「夕美、もう心配しなくていいのよ・・あなたの幸せが、私の幸せにもなるのだから・・・」

「もういいよ、お姉ちゃん・・私の幸せは、お姉ちゃんと一緒にいること・・お姉ちゃんがそばにいるだけで、私には全然不幸なんてないから・・・」

 妖しく微笑む静香に、夕美が優しく微笑みかける。

「もう終わりにしよう、お姉ちゃん・・これからも私が、お姉ちゃんと一緒にいるから・・・」

 夕美は囁きかけてると、静香に寄り添った。その接触に静香が戸惑いを見せる。

「石にして不幸を消す・・だったら、私にもそれを行って・・それが、お姉ちゃんの不幸が消えることになるから・・・」

「夕美・・・いいの?・・本当のところ、私はあなたにこのようなことはしなくないの。紅葉ちゃんも寧々ちゃんも、あんなことはしたくなかった。でも、こうでもしなかったら、あなたやみんなが不幸になってしまうから・・」

「いいよ・・でもお姉ちゃん、その代わり、みんなを元に戻してあげて・・私たちのために、みんなを巻き込みたくないの・・・」

 夕美が静香に向けて切実に言いかける。だが静香はそれを素直に受け入れられなかった。

「私もそうしたい・・でも、私の中にある何かが、それをやめさせてくれないの・・・」

「お姉ちゃん・・・」

「もう戻れないの・・みなさんの不幸を消したくて、私はたまらなくなっているのです・・それが過ちだとしても・・・」

 歯がゆさを浮かべる静香に、夕美が困惑を覚える。不安になるあまり、夕美が静香から離れていく。

「お姉ちゃん・・本当のお姉ちゃんなら、こんなに弱くないよ・・・」

「ごめんなさい、夕美・・私はあなたたちが信じているほど、強くはないのです・・・」

 信じ抜く夕美に向けて妖しく微笑む静香。夕美を狙おうと、静香がゆっくりと手を伸ばす。

 だが静香が伸ばした影の触手が向かったのは夕美ではなく、彼女の背後にいる人物だった。

「せっかくの姉妹の会話なんだから、見物ぐらいさせてほしいものだね。」

 部屋の入り口の物陰から、隆一が姿を現した。氷の怪物の登場に、夕美が恐怖する。

「邪魔をしないでください。これは私と夕美の問題。あなたには関わりのないことです。」

「別に邪魔をするつもりはないよ。ただ高みの見物をしているだけ。これから君は、妹さんに石化をかけるんだろう?今まで不幸を消してきた人たちと同じように。」

 冷淡に言い放つ静香に対して、隆一は悠然と言いかける。

「なら、妹さんの不幸も消してあげないとね。でないとかわいそうだからね。君もそう思っているのだろう?」

「静かにしてください・・あなたには関わりのないことだと言ったはずですよ・・・」

「怒らないでよ。僕は君たちの幸せを願っている人の1人なんだから。」

「黙りなさい!」

 隆一の態度に怒り、静香がシャドウガルヴォルスに変身する。彼女が滅多に見せない激昂だった。

「すぐにここから立ち去りなさい・・でなければ、この場であなたの息の根を止めます・・・!」

「僕の息の根を止める、か・・優しさの欠片もないセリフだね・・」

 鋭く言い放つ静香に対して、隆一が笑みを消す。彼の頬に異様な紋様が浮かび上がる。

「さすがの僕も、やっつけに来てる相手と分かって、わざわざやられてやるつもりはないよ・・・!」

 アイスガルヴォルスに変身した隆一が、全身から冷気を放つ。彼を捕まえようとしていた影の触手が、白い氷に包まれる。

「自慢じゃないけど、僕もそれなりに強いから。さすがの君も用心したほうがいいよ。」

 眼つきを鋭くする静香に向けて、隆一も鋭く言い放つ。彼は彼女にではなく、怖さを募らせて震えている夕美に狙いを移す。

 だが冷気を解き放とうとした瞬間、隆一の右肩を影の触手が突き刺さる。氷の膜を張って防御したが、そうでなければ貫通は免れなかっただろう。

「もし夕美を傷つけたなら、ただでは済まさない・・生き地獄を味わわせてから、最後に全力で殺してやる・・・!」

「君、本当に峰静香なのかい・・・?」

 殺気を込めた言葉を放つ静香に、思わず苦笑を浮かべる隆一。

「外に出ましょうか・・みなさんに不快な思いをさせるわけにはいきませんから・・・」

「悪いけど、今の僕は、人の言うことを聞き入れる気分になれないんだよね・・・」

 静香の言葉を隆一が拒み、さらに冷気を放出する。だが次々と伸びてきた影の触手が、彼の体を縛り付けてきた。

 冷気を放って振り切ろうとする隆一。だが触手の力は強く、抜け出ることができない。

「何っ!?

 触手の力の強さに隆一が驚愕する。静香がさらに数本の触手を伸ばし、彼の体に突き刺そうとする。

「今の私も、あまり他人の都合に合わせる気分ではないのですよ・・・ここはあなたの舞台ではない。あなたの道理は、一切適用されません・・・!」

 静香は静かに言い放つと、影の触手を隆一の体に突き刺した。防御のために張った氷の膜さえも貫いて。

 体から鮮血をまき散らし、さらに口からも吐血をもらす隆一。激痛が全身を駆け巡り、彼は力を発揮できなくなる。

「私にはあなたと同様、復讐という概念は持ち合わせていません・・あるのは、みなさんが幸せでいてほしいという願いだけ・・・」

「こんな・・・この僕が・・・」

 言いかける静香に、隆一が愕然となる。彼は影の触手に振り払われ、部屋の外に突き出される。

「私はあなたと同じように、既に人間ではない・・夕美を守るためなら、自分の手を紅く染めることもためらわない・・・」

 静香が低く呟き、自分の両手を見つめる。

「鬼にだって、なってみせる・・殺人鬼にだって・・・」

「お姉ちゃん・・・」

 そこへ夕美が顔を出し、怯えた様子を見せてきた。その様子を見て、静香が戸惑いを見せる。

「夕美・・・ごめんなさい・・あなたにまた、怖い思いをさせてしまって・・・」

「ううん、大丈夫・・・お姉ちゃんが、私を守ってくれたから・・・ただ、あんなお姉ちゃんを見て、驚いちゃっただけ・・・」

 謝る静香に、夕美が微笑みかけて弁解を入れる。そして夕美は再び、静香に駆け込み、寄り添ってきた。

「本当に大丈夫だから・・・本当に・・・お姉ちゃん・・・うう・・・」

 込み上げてくる気持ちを抑えきれなくなり、ついに涙を浮かべる夕美。その小さな体を、静香が優しく抱きとめる。

「もう怖くありませんよ、夕美・・悪い人は、私がやっつけましたから・・・」

「お姉ちゃん・・お姉ちゃんはやっぱり強い・・絶対に弱くないよ・・・」

「夕美・・・やはり、自分を弱いと思い込んでしまっていたのかもしれません・・・」

 夕美に励まされて、静香が微笑みかける。久しぶりに妹の笑顔を見れたと、彼女は感じていた。

「お姉ちゃん・・・最後に、私を石にして・・私の中にある不幸を消して、全部終わりにして・・・」

「夕美・・・」

 夕美が言いかけた言葉に、静香が戸惑いを見せる。

「お姉ちゃんと一緒にいられるだけで、私は幸せになれる・・たとえ、どんなことになったとしても・・・」

「夕美・・あなたは、本当にそれでいいのね・・・?」

「うん・・私も、お姉ちゃんを幸せにしたい・・だから・・・」

 静香の願いが捻じ曲がった感情を、夕美は甘んじて受け入れようとする。その気持ちを汲み取って、静香も意を決した。

「分かりました・・あなたがそこまでいうなら、私ももう迷いません・・・」

 静香の言葉に夕美は小さく頷いた。静香が夕美をじっと見つめる。

(寧々さん、ゴメンね・・でも私、お姉ちゃんのことが大切だから・・・)

 寧々への謝罪の気持ちを抱え、夕美は静香に全てを委ねた。

 

 

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