ガルヴォルスcross 第4話
寧々、夕美、隆一の前に現れた静香。普段の彼女とは明らかに違う雰囲気に、寧々は息を呑んでいた。
「これはこれは、峰静香さん。久しいですね。」
「夕美に手を出すというのでしたら、私は誰であろうと許しませんよ・・・!」
悠然と声をかける隆一に、静香が鋭く言いかける。この態度もまた、普段の彼女とは違ったものだった。
「でもいいのかい?本気になったなら、君は妹さんに、正体を知られてしまうことになるよ。」
隆一のこの言葉に静香は息詰まる。このまま夕美を守ろうとすると、彼女に正体を知られることになってしまう。
静香は迷いを抱いてしまっていた。夕美が既にその正体に気付いていることを知らずに。
「さて、君とはゆっくりと話をしてみたいと思っていたんだよ。ちょっといいかな?」
隆一が静香に向かっていく。力を振るうことができず、静香が困惑して後ずさりする。
「静香さん!」
そこへ寧々が飛び込み、隆一につかみかかる。隆一はとっさに冷気を放って、寧々を引き離す。
「うぐっ!」
体に氷が張り付き、寧々がうめく。彼女は横転することで、その氷を引き剥がす。
「ふぅ。今回はここまでにしておこうか。あまり邪魔ばかりされるのもいい気分がしないし。」
隆一はため息混じりに言いかけると、きびすを返して立ち去ろうとする。だがふと足を止めて、彼は静香に眼を向ける。
「君とはゆっくりと話をしてみたいものだね。2人きりとか。」
隆一の言葉に静香が不安を浮かべる。その顔を見つめて微笑みかけると、隆一は駆け出していった。
「ま、待ちなさい!」
寧々が追いかけようとするが、隆一の姿は消えてしまっていた。逃げられたことに毒づいた彼女は、人間の姿に戻る。
「寧々ちゃん・・あなた・・・」
戸惑いを見せる静香に、寧々が振り返り視線を向ける。
「静香さん・・話してもらえますか?・・静香さんが、本当に・・・」
寧々が言いかけると、静香が怯えた様子で突然駆け出してしまった。
「静香さん!」
「お姉ちゃん!」
寧々と夕美がたまらず叫ぶ。だが2人の声は、静香を止めることはできなかった。
「静香さん・・・」
逃げるように離れていく静香に、寧々は困惑を浮かべていた。
たまらず寧々と夕美の前から逃げ出してしまった静香は、道の真ん中で立ち止まっていた。彼女の心は荒波のように大きく揺さぶられていた。
(夕美・・寧々ちゃん・・・私・・私は・・・)
寧々と夕美に対する気持ちにさいなまれるも、何とか自分に言い聞かせようとする静香。
(大丈夫・・大丈夫ですよね・・・私のこと、知られてないよね・・・?)
自分の正体が夕美に知られていないと思い込もうとする静香。しかし思えば思うほどに不安が募り、彼女は疑心暗鬼に陥りそうになる。
(知られてない・・知られてない・・知られてないよね・・・?)
「あらら。ずい分と焦っているようだね。」
そのとき、静香が背後から声をかけられて驚きをあらわにする。恐る恐る振り返った先には、人間の姿の隆一が立っていた。
「あなた、は・・・!?」
「この姿で会うのは本当に久しぶりになるね。あの時、氷河家の暗部を返り討ちにして皆殺しにしたのは君だね?」
愕然となる静香に、隆一が淡々と言いかける。その言葉に、彼女は悲劇を思い返していた。
それは今から1年前にさかのぼる。
犬神家の分家として存在していた氷河家。だが犬神家の影でいることに不満を抱いた氷河家は、暗躍を企てていた。
その中で氷河家は、犬神家と親交のあった峰家に声をかけていた。ともに戦い、犬神家に取って代わろうと持ちかけたのである。
だが峰家頭首であった静香の父親は、これを野心的なものと見て拒否。
業を煮やした氷河家は、峰家の暗殺を謀った。静香と夕美の両親をはじめ、多くの人間が殺害され、念を入れて屋敷に火を放った。
だがそのとき、悲しみと激情に駆られた静香がガルヴォルスに転化。氷河家の暗殺者を逆に皆殺しにした。
全ては夕美を守ろうとしたがために起こった殺戮だった。夕美を守るためなら、自らの手を血で汚すことも厭わない。それが静香の想いだった。
そのとき、意識を失っていた夕美は、静香の正体に気付いていなかった。殺された氷河家の人間も、体が崩壊して死体が発見されなかったため、警察も火事と判断した。
だがその真相は、犬神家の頭首である寧々、紅葉の父親の耳に伝わっていた。その暗躍を食い止めるため、犬神家は氷河家を追放した。
荒れた状況の中での屋敷の火事も相まって、氷河家は事実上壊滅となった。
だが氷河家には生き残りがいた。静香と同じくガルヴォルスに転化していた隆一だった。
隆一は自らが氷河家であることを切り捨て、ガルヴォルスとして暗躍してきた。自分の中にある本能の赴くまま、彼は行動を続けてきたのだ。
一方、静香も自分の中にあるガルヴォルスの力にさいなまれていた。体の奥から湧き上がる衝動を抑えきれず、あの事件から抱えてきた願いも相まって、彼女も暗躍に手を染めてしまった。
女性を連れ去っては石化して全裸の石像に変え、彼女はそれを不幸からの解放とした。全てを拭い去り、押し寄せる不幸から解き放たれれば、その人はこれ以上ないほどの幸せになれる。いつしか彼女はそう思うようになっていた。
だがそれが夕美や寧々、紅葉に対しては邪な行為であるとも思っていた。もしも自分がこのことをしていると知られれば、自分が不幸になり、それがみんなの不幸につながってしまうと思ってしまっていた。
過去の悲劇を思い出していた静香が、恐怖のあまりに体を震わせる。その様子を見つめて、隆一が笑みをこぼす。
「君にとっても、忘れられない出来事だったようだね。まぁ、僕にとってはもう些細なことでしかないけどね。」
「些細なことって・・あの悲劇を・・・」
「なぜなら、僕はもう氷河家であるとは思ってないから・・何にしても、あれは君にとって死ぬことよりも辛いことだったようだね。」
声を震わせる静香に、隆一が淡々と語りかける。
「あの時、君はガルヴォルスの仲間入りをした。そして君はそれから、自分の願いのままにその力を使っている。」
「やめて・・・」
「別に隠す必要はないと思うけど?仮に隠そうとしても、いつかばれてしまう。だったら知られることを気にせずに、思い切ってやっていけばいいだけ。」
「やめて・・言わないで・・・」
「君もいつまでも未練を残さないでやっていけばいいよ。君の願いがあったから、みんなに手を出していったのだろう?あの犬神のお嬢さんも・・」
「言わないでって言ってるでしょう!」
静香がたまらず声を張り上げて、隆一の言葉をさえぎる。だが隆一は悠然さを崩さずに、話を続ける。
「君自身の気持ちに従っていればいいんだよ。それが正しいと思ってるから、君は犬神のお嬢さんを助けようとさえしていない。」
隆一のこの言葉に静香が眼を見開く。自分の中で、ガルヴォルスとしての本能に対する正しさを認めていた部分がある。彼女はそう考えていた。
「妹さんを守りたいと思ってるならそれでもいいよ。どんな理由でも、自分の本能に従っていくことが、ガルヴォルスにとっては1番なんだから。」
「・・守りたい・・夕美を守りたい・・・夕美を・・・」
隆一の言葉に導かれるまま、静香は奮い立つ。大切な人たちを守るため、彼女はさらなる闇の中に踏み入れようとしていた。
静香を探して峰家の周辺を探し回る寧々。しかし静香を発見することはできず、突然の雨のために、においによる位置の特定もままならなくなっていた。
どうすることもできなくなり、寧々はやむを得ず、夕美の待つ峰家に戻ることにした。
「寧々さん・・おねえちゃんは・・・?」
「ゴメン、夕美ちゃん・・見つけられなかった・・・」
声をかけてくる夕美に、寧々が沈痛の面持ちを浮かべて答える。
「寧々さんが謝らなくていいよ・・寧々さんが悪いわけじゃないから・・・」
夕美が寧々に弁解を入れて、物悲しい笑みを浮かべる。
「悪いのは、お姉ちゃんと、私だから・・・」
「夕美ちゃん・・・」
夕美の言葉に困惑を覚える寧々。だが夕美は我に返り、首を横に振る。
「ゴ、ゴメンね・・すぐに、シャワーを浴びたほうがいいよ・・・」
「そうだね・・ありがとうね、夕美ちゃん・・・」
夕美の言葉に甘えて、寧々は家の中に入った。ぬれた服を脱衣所で脱ぎ、間を置かずに風呂場に入る。
雨を洗い流すため、シャワーを浴びる寧々。頭から湯を受ける中、彼女は深く考え込んでいた。
紅葉をきちんと謝れなかったこと、早苗を守れなかったこと、静香の悲しみ。寧々の中で様々な思いが駆け巡っていた。
(あたしがしっかりしなくちゃいけないんだよね・・でなきゃ何も守れないし、誰も助けられない・・そう思うよね、ガクト・・・!?)
胸中で呟きかける寧々が決意を秘める。彼女の脳裏にガクトの姿が蘇る。
(アンタがやってみせたんだから。生きるっていうのを・・いつまでもメソメソしてたら、アンタに笑われちゃう・・・)
考えていくうちに思わず笑みをこぼす寧々。迷いを吹っ切ろうと、彼女は自分の頬を両手で強く叩く。
(さて、気を引き締めなおしたところで、まずは体を休めますか。)
寧々はシャワーを止めると、入浴して体を休めた。
隆一の言葉が引き金となり、静香はさらに暗躍に手を染めていた。
彼女の手にかかり、誘拐された愛も両足から石化を被っていた。その場から動くことができず、ただただ困惑するばかりの愛を、静香は怪しい笑みを浮かべて見つめる。
「ど、どういうことなの・・どうなってるのですか、静香さん・・・!?」
「それほど驚くことのほどでもないですよ、愛さん。私はあなたの不幸を消してあげたいだけ・・」
動揺を浮かべる愛に、静香が淡々と言いかける。
「不幸を消すって・・私の足、石になってるんですけど・・・もしかして、このまま私・・・!?」
「そう。あなたは石になる。舞さんや美衣さんのように・・でも、それは不幸からの解放なのですよ。全ての重圧から解放された人は、この上ない至福を受ける・・」
さらに不安を覚える愛に、静香はさらに語りかける。
「さて愛さん、そろそろ進めていきましょうか。あなたが抱えている不幸、私が取り除いてあげます。」
ピキッ ピキキッ
静香が言いかけた直後、愛にかけられた石化が進行する。彼女が着ていた巫女服が一気に引き剥がされ、石の裸身をあらわにする。
「か、体が石に・・や、やめてください、静香さん!私、このまま裸でいるなんて!」
愛が頬を赤らめて叫ぶ。しかし静香は笑みを消さない。
「気にしなくていいですよ、愛さん。ここにいるみなさんも裸ですし、誰にも見られているわけでもありませんから・・」
「もうやめてください!こんなの、静香さんじゃないです!」
「フフフフ。これが本当の私ですよ、愛さん。みなさんに幸せになってほしいと願っている。私の本当の願い、あなたにもじっくりと教えてあげますよ。」
ピキッ ピキッ
愛の呼びかけを受け流す静香。さらに石化に蝕まれた愛が、愛が次第に脱力していく。
「もう怖がることはありませんよ、愛さん。私が、あなたを幸せにしていきますから・・・」
「静香さん・・・静香さん・・・」
ピキッ ピキキッ
優しく語りかける静香に戸惑いを見せる愛が、石化で唇が固まり、声を出せなくなる。静香を見つめる愛の視界がぼやけてくる。
フッ
その瞳もひび割れ、愛も一糸まとわぬ石像と化した。その裸身を見つめて、静香がさらに笑みをこぼす。
「愛さんの不幸も消えました・・それが、私があのときから願い続けてきたこと・・・」
静香が歓喜の笑みを浮かべてみせる。だが表に出している喜びとは裏腹に、彼女の中には悲しみが去来していた。
「では行きましょうか。不幸を抱えている人は、まだまだいるのですから・・・」
静香は呟きかけると、次の標的を求めて歩き出していった。
風呂から上がり、タオルで体を拭く寧々。彼女のいる脱衣所に夕美が入り、着替えを持ってきた。
「今、服を洗って乾かしているところだから、代わりにこれを着て・・」
「夕美ちゃん、ありがとうね。それにしても、夕美ちゃんも洗濯できるなんて・・」
夕美からの着替えを受け取る寧々が、彼女に感心する。すると彼女は微笑んで答える。
「お姉ちゃんから教えてもらったから・・料理も掃除もできるけど、いつもはみんなお姉ちゃんがやっちゃうから・・」
「すごいなぁ・・あたしもちゃんと家事をやらないといけないかなぁ・・」
夕美に凄さを覚えると同時に、自分が不甲斐ないと思い、寧々は肩を落とす。そんな彼女を見て、夕美が笑みをこぼしていた。
そのとき、携帯電話の着信メロディが鳴り出した。寧々は服を入れるためのかごの横に置いていた自分の携帯電話に手を伸ばした。
「あ、メール・・これ、佳苗さんから・・・」
寧々が着信履歴を見て、当惑を見せる。初めて会ったときにアドレスを教えてくれた佳苗からのメールだった。
“内緒のお話をしたいから、すぐに来て。犬神神社の西裏門の前にいるから。”
(内緒のお話?何だろう・・?)
メールによる呼び出しに寧々が疑問符を浮かべる。だが事の重要性を察して、彼女は気持ちを落ち着かせた。
「夕美ちゃん、ちょっとでかけてくるから、この服貸して。」
「寧々さん・・・?」
寧々が言い出した言葉に夕美が当惑を見せる。
「ゴメンね。すぐに戻るから、ここで待ってて。」
寧々は夕美に言いかけると、ようやく雨のやんだ外に飛び出していった。
メールでの呼び出しを受けた寧々は、佳苗の待つ西裏門前にやってきた。2人は人気を避けて、氷河家の近くの裏山の入り口に向かった。
「それで佳苗さん、内緒の話って・・?」
「うん。そのことだけど・・あの誘拐犯の居所が分かったの。」
訊ねる寧々に、佳苗が真剣な面持ちで話を切り出す。
「早苗が発信機を仕掛けたみたいで、そこから居所が分かったの。」
佳苗は言いかけて、早苗が持っていた発信機の位置を示すレーダーを見せた。
「この位置関係からして、峰家の辺りね。これから詳しく調べてみようと・・」
「その犯人ならもう分かってるよ・・」
言いかける佳苗に、寧々が悲しみを押し殺して言いかける。その言葉に佳苗が当惑を覚える。
「犯人は静香さん・・夕美ちゃんもこのことを知ってた・・それでも、お姉ちゃんである静香さんを信じて・・」
「寧々ちゃんの気持ちは私も分かる。だけど、これは事件。私情を挟めることじゃないの。」
「でも、それじゃ夕美ちゃんが・・!」
「仮に私情が挟めるとしても、私にも私情はあるわ。私も早苗を彼女に奪われている。だから、彼女の犯行はすぐに止める必要があるの。」
「佳苗さん・・・」
佳苗の言い分に寧々はこれ以上反論できなかった。公私ともに、佳苗は静香の暴挙を許してはならないと考えていたのだ。
「ところで、夕美ちゃんは?まさか、家にいるの?」
「え、あ、はい。あたしだけ出てきて、家で待ってますよ・・」
「えっ!?それじゃ、夕美ちゃんが!」
寧々の言葉を聞いて、佳苗が慌しさをあらわにして駆け出した。
「あっ!佳苗さん!」
寧々も慌てて佳苗を追いかける。道の途中で追いついたところで、寧々が佳苗に呼びかける。
「待って、佳苗さん!夕美ちゃんなら大丈夫だよ!」
「えっ!?それ、どういうこと!?」
寧々の言葉に佳苗が声を荒げて立ち止まる。
「静香さんは、夕美ちゃんに自分がガルヴォルスであることを知られたくないみたいなの。夕美ちゃんはもう気付いてるんだけど、静香さん、必死に隠そうとしてるみたいだから・・」
「静香さんが・・・?」
寧々の言葉を受けて、佳苗が眉をひそめる。
「静香さんは夕美ちゃんやみんなを守ろうとして、それであんなことを・・・」
「でも、それが本当だとしても、どうしてみんなを、早苗や紅葉ちゃんまで・・・」
寧々が切実に語りかけると、佳苗はさらに疑問を覚える。
「多分、自分が怪物だと知られたら、夕美ちゃんに嫌われてしまうと思ってるんじゃないでしょうか・・静香さん、いつもは明るくて優しくて、すごいけど、いろいろ抱え込んじゃうっていうのもあると思う・・だから・・・」
「なるほどね。みんなのことを大切にしてる。その願いが強いあまり、その願いが捻じ曲がってしまったのね・・」
寧々の言葉を聞いて、佳苗も納得する。だが、静香の犯行を見過ごすわけにいかないのも確かだった。
「とにかく、何にしても、静香さんを見つけないと・・そうしないと、何も解決しないから・・」
「分かってます・・夕美ちゃんのところに行きましょう。」
佳苗の言葉を聞いて、寧々も言いかける。頷く佳苗とともに、彼女はひとまず峰家に向かうことにした。
「残念だけど、君たちはここで足止めだよ。」
そのとき、寧々と佳苗は声をかけられて足を止める。振り返った先には、悠然としている隆一がいた。
「アンタ、いい加減にしてよね!アンタに構ってる暇なんて全然ないんだから!」
寧々が抗議の声を上げるが、隆一は悠然さを崩さない。
「せっかく彼女が調子を取り戻してきているんだ。悪いけど邪魔はさせないよ。」
隆一は寧々に言いかけると、アイスガルヴォルスに変身する。
「もうっ!しつこいんだから!」
不満を言い放つ寧々も、ドッグガルヴォルスに変身する。
「佳苗さん、あたしがコイツの相手をするから、先に行って!」
「寧々ちゃん!?」
寧々の呼びかけに佳苗が声を荒げる。
「あたしなら大丈夫!佳苗さんは夕美ちゃんをお願い!」
「寧々ちゃん・・・分かった。こっちは任せて・・でも、絶対に追いついてきて。」
寧々の言葉を受け入れて、佳苗が頷く。そして静香の発見と夕美の保護のため、峰家へと急いだ。
「邪魔はさせないと言ったはずだよ!」
隆一が佳苗を狙い打とうとするが、寧々の突進を受けて阻まれる。
「アンタの相手はあたしだって!」
寧々が言い放ち、すかさず隆一に一蹴を見舞う。だが隆一は体をひねってこれをかわす。
「猪突猛進は何度も通じるものではないよ。」
隆一は言いかけると同時に、吹雪を放って寧々を吹き飛ばす。
「おっと、君は猪じゃなくて犬だったね。」
横転する寧々を見つめて、隆一が微笑みかける。立ち上がった寧々が、隆一に鋭い視線を向ける。
「あまり反抗的な犬はかわいげがないよ。もう少しおしとやかでいないと。」
「ストーカーにどうこう言われたくないんだけど・・・!」
悠然と言いかける隆一に、不満を込めて言い返す寧々。寧々は全身に力を込めて、衝撃波を放つ。
虚を突かれた隆一が、その衝撃波で突き飛ばされる。だが横転しながらも、彼はすぐに体勢を立て直した。
「まさかこんな芸当をみせてくるとはね。それは遠吠えの一種になるのかな?」
悠然さを崩さずに隆一が寧々に言いかける。だが彼の心の中で、闘争心が増大していた。
「君には特別に、僕の本気を少しだけ見せてあげるよ。」
隆一は言いかけると、一気に寧々に駆け寄る。背後に回りこんだ彼は、彼女に手を伸ばす。
その手から冷気が放たれ、寧々が一気に氷に包まれていく。抵抗も声を上げることもする暇もなく、氷塊の中に閉じ込められてしまう。
「やはり氷の中の永遠はすばらしい。だがつい本気になりすぎてしまった。時間が短すぎて達成感に欠ける・・」
氷付けにされた寧々を見つめて、隆一が喜びと同時に物足りなさを覚える。
「さて、あの刑事さんを追うとするか。あまり水を差されるのは不愉快だからね。僕にとっても、彼女にとっても。」
隆一は振り返ると、峰家に向かった佳苗を追うべく、跳躍してこの場を離れた。彼の姿が見えなくなったところで、寧々が氷塊を打ち破って脱出してきた。
しかしそこで寧々は体力を使い果たしてしまう。人間の姿に戻った彼女が、その場でひざを着いて息を絶え絶えにする。
(なんてヤツなのよ・・ストーカーのくせに、氷はすごく硬いじゃない・・)
胸中で隆一の能力に毒づく寧々。前に進もうとするも、疲弊したからだが言うことを聞かない。
(急がないと・・このままじゃ佳苗ちゃんが、夕美ちゃんが、静香さんが・・・!)
傷ついた体に鞭を入れて、寧々が立ち上がる。再びドッグガルヴォルスとなり、彼女も峰家へと急いだ。
寧々と静香の帰りを待つ夕美。大切な人たちが自分のそばからいなくなっていくような気がして、彼女は不安を募らせていた。
(お姉ちゃん、寧々さん・・みんな、帰ってきて・・・)
みんなが戻ってくることを強く願い、家で待つ夕美。そのとき、家のインターホンが鳴り、夕美は急いで玄関に駆け込んだ。
「お姉ちゃん!?寧々さん!?」
「夕美ちゃん?私は寧々ちゃんの知り合いの尾原佳苗。寧々ちゃんに言われて来たの。」
声を上げる夕美に答えたのは佳苗だった。なじみのない声に戸惑うも、夕美は玄関の扉を開いた。
「寧々さんは?・・寧々さんはどうしたの・・・?」
玄関の前に立つ佳苗に、夕美が訊ねる。
「寧々ちゃんは戦ってるわ。夕美ちゃんやみんなを守るために。私と、すぐにここに来るって約束してくれたから。」
「寧々さん・・・私たちのために・・・」
佳苗が微笑んで説明すると、夕美も微笑んで自分の胸に手を当てる。
「私は寧々ちゃんに頼まれたの。あなたを守るようにって。」
「寧々さんが・・?」
「ところであなたにはお姉ちゃんがいたわよね?今、どうしてるの?」
「お姉ちゃん?まだ、帰ってきてないよ・・」
佳苗の問いかけに夕美が困惑を浮かべながら答える。
(静香さんが・・しらべるなら今しかないか・・・)
「とにかく家に入りましょう。中に入ってもいい?」
「うん、いいよ・・」
佳苗の言葉に夕美が頷く。2人は一路家の中に入ることにした。
「今、飲み物を用意しますね。緑茶と紅茶、どちらがいいですか?」
「えっ?じゃ、緑茶で。」
夕美がかけた声に佳苗が答える。夕美がキッチンに向かったのを見てから、佳苗は捜索を開始した。
(あれだけの人を隠せるんだから、必ず地下への部屋があり、その入り口がある。)
佳苗は思考を巡らせながら、家の中を探っていく。
早苗が石化される直前に落とした発信機は、この家の地下を指し示していた。どこかに地下への入り口が存在している。そう判断した彼女は、その場所を探っていった。
そして彼女は、不審な凹みのある壁を発見する。あまりに小さいため、普通に過ごしていては気付かないものである。その凹みに指をかけてその中にあるスイッチを押して引くと、引きドアのように開かれる。
(ここにあったわね・・このまま行けば、私も誘拐されることになっちゃうけど、早苗やみんなのためにも、行くしかない・・・!)
思い立った佳苗が、地下への階段を駆け下りる。彼女の手には銃が握られていた。
階段の奥の扉を開けて、大部屋に踏み込む佳苗。その中の光景に彼女は息を呑む。
部屋の中には全裸の女性の石像が立ち並んでいた。
(もしかして、みんな、静香さんにさらわれた人たち・・・!?)
思い立った佳苗が、周囲を警戒しながら奥に進む。そこで彼女は、同じように石化された紅葉と早苗を発見する。
(早苗・・紅葉ちゃん・・・あなたたちまで・・・!?)
「まさかここに入り込まれるなんて・・」
そのとき、佳苗は背後から声をかけられ、緊張を膨らませる。振り返ると同時に銃を向けた先には、黒装束を着た静香が立っていた。
「峰静香さん、やはりあなただったんですね・・・」
動揺を押し殺して、佳苗が言いかける。静香は妖しい笑みを浮かべたまま、佳苗に語りかける。
「なぜ入れたのですか?あの隠し扉には、夕美にも分からないような細工をしてあったのですが・・」
「自慢じゃないけど、トラップとかにはいろいろと詳しいの。だからあの扉にも気付けたのよ。」
静香の質問に、佳苗が淡々と答える。
「言ってもムダだと思うけど言っておくわ。すぐにみんなを解放しなさい。ここに入る前に連絡を入れておいた。あなたと夕美ちゃんに気付かれないように周囲に集まるようにね。」
佳苗が口にした言葉に、静香が一瞬眼を見開く。峰家の周辺には刑事たちが包囲網を敷いていたのだ。夕美を不安にさせないため、秘密裏での行動ではあるが。
「ここまで来たのよ。私も本気ってわけ。本意じゃないけど、最悪の場合、射殺もありうるから・・・」
「本気なのですね・・・でも無意味です。たとえ包囲網を敷いても、私を捕まえることはできません・・」
佳苗の忠告に対して、静香は落ち着きを崩さない。
「それに、あなたにも分かっているはずですよね?妹を想う姉の気持ちが・・」
「分かってる。だからこそ、あなたをこのまま野放しにするわけにはいかないの・・これが最後の警告よ。すぐにみんなを解放しなさい!でなければ発砲も辞さない!」
鋭く言い放つ佳苗が銃の引き金に指をかける。それでも静香は妖しい笑みを消さない。
「ムダですよ。早苗さんの銃でも、私に傷さえ付けることもできなかったんですから・・」
「ムダかどうかはあなたに決められるものじゃない。みんなの道さえも・・・!」
静香が言いかけると、佳苗が反論して発砲する。だがシャドウガルヴォルスに変身した静香の体を、弾丸はすり抜けてしまう。
「だから言ったでしょう。早苗さんもあなたも、私を捕まえることはできない。」
「・・確かに通じなかったようね。でもこの部屋と上への扉は全て開かれている。銃声が響けば、イヤでも上にまで届くわ。」
妖しく微笑む静香に、佳苗が笑みを浮かべて言いかける。その言葉に静香が眼を見開く。
「夕美・・夕美が・・・!」
夕美にこのことが知られてしまう。静香の中に恐怖が一気に広がっていく。
「私を石にしたいならそれでいいわ。でも、これであなたは確実に追い込まれたわ。」
佳苗が語りかける前で、静香がすぐに影を伸ばした。地下に通じる全ての扉を閉め、同時に佳苗を影の触手で縛り上げた。
「やってくれましたね、あなた・・そんなにまで不幸を広げたいのですか、あなたは・・・!?」
静香の笑みが混乱と不気味さのこもったものへと変貌していく。不幸を取り払うこれまでの行為を無意味にされることに、彼女は普段見せない怒りを覚えていた。
「扉を閉めてもムダよ・・寧々ちゃんなら、必ずここを見つけられる・・あなたも分かってるはずよ・・寧々ちゃんの、ガルヴォルスとしての力を・・」
佳苗のこの言葉に、静香がさらに不安を覚える。
ドッグガルヴォルスである寧々は、嗅覚が鋭い。佳苗、弾丸の火薬。彼女ならこれらのにおいですぐにここを探り当ててしまう。
静香の中に、絶望の闇が広がってきていた。
佳苗からの連絡を受けて峰家の周囲にて待機していた刑事たちは、気付かれないように待機していた。だが佳苗からの連絡が一向にないため、彼らは事態をさらに重く見るようになっていた。
「どうしましょう、警部・・そろそろ突入したほうが・・・」
「くっ・・やむをえんか・・全員突入準備。ただし慎重な行動を重視せよ。」
緊迫を募らせる警官たちに向けて刑事が指示を出す。峰家への突入と静香の逮捕に向けて、彼らは準備を整えた。
そのとき、周囲で警官たちの悲鳴が上げる。その声を耳にした刑事がその方向に眼を向けると、そこにはアイスガルヴォルスの姿があった。
「バケモノ!?・・こんなところに・・・!?」
「他にもいろいろと邪魔者が出てきたみたいだけど、水差しはやめてもらえるかな?」
声を荒げる刑事に、隆一が悠然と言いかける。隆一は一気に吹雪をまき散らし、刑事や警官たちを一気に氷付けにした。
「ま、こんな相手、彼女ならすぐに切り抜けられるんだけどね。念には念を入れておいてもいいよね。」
氷塊に閉じ込められた刑事や警官たちに眼を向けて、隆一が笑みを浮かべる。
「さて、後は高みの見物としゃれ込むかな。」
隆一は呟きかけると、静香の動向を伺うべく、峰家のそばの木の上に身を潜めた。彼女の逮捕のために駆けつけていた刑事たちは、彼に手にかかって全滅した。