ガルヴォルスcross 第3話

 

 

 漆黒の影の姿をしたシャドウガルヴォルスとなった静香に捕まってしまった紅葉と早苗。静香は紅葉を自分の眼前に移動させる。

「あなたは私と同じガルヴォルス。暴れられたら困るから、この場でかけさせてもらうわ。」

「静香さん、何をするつもりなの・・・とにかく、まず早苗さんを放して!あの人はあたしたちの味方だよ!」

 淡々と告げる静香に呼びかける紅葉。だが静香はそれを受け入れない。

「あの人も私の姿を見てしまっただけでなく、正体まで知ってしまった。このまま返すわけにいかないのよ。」

「ダメ・・このまま早苗さんに手は出させない!・・たとえ、静香さんでも・・・!」

 必死に抵抗しようとする紅葉だが、影の触手はしっかり彼女の体を絡め取っている。

「あなたにはこの場で教えてあげる・・私が連れて行った人がどうなったのかを・・・」

 静香が冷淡に告げると、紅葉に鋭い視線を向ける。その視線に紅葉が息を呑む。

「漆黒の影も闇も、一瞬だけ光を放つ。その輝きは何よりもまぶしく、そして何もかもつかみ取ってしまう・・・」

 

    カッ

 

 静香が言いかけた直後、彼女の眼からまばゆいばかりの光が放たれる。

 

   ドクンッ

 

 その光を受けた紅葉が強い胸の高鳴りを覚える。その衝動に息が詰まりそうになり、彼女の姿が人間に戻る。

「な、何が起こったの・・急に、胸が・・・」

「これをあなたにかけたくなかった・・あなたは本当は不幸ではなかったから・・・」

 動揺の色を浮かべる紅葉の前で、静香が物悲しい笑みを浮かべる。

  ピキッ ピキッ ピキッ

 そのとき、紅葉の体に異変が起きた。彼女の着ていた衣服が引き裂かれ、あらわになった体が白く冷たくなり、ところどころにヒビが入っていた。

「紅葉ちゃん!」

「な、何なの、コレ!?・・体が、動かない・・・!?

 早苗と紅葉が驚愕の声を上げる。異変が生じた紅葉の体は、彼女の意思をまるで受け付けなくなっていた。

「体が石になってる・・体だけを石化し、身につけているものを全て破壊してしまう・・そんな力を持っているなんて・・・!?

 早苗は静香がもたらした石化に脅威を感じていた。

 ガルヴォルス対策本部の指揮を行っている早苗には、数々のガルヴォルスの情報を得ている。彼女はガルヴォルスの能力の中で、全裸の石像へと変える石化は指折りの威力を備えていると見ていた。

(いけない・・紅葉ちゃんはこのまま石化されて、自由を全て奪われてしまう・・・!)

 早苗がこの状況を何とかしようともがくが、影の触手から逃れることができない。

  ピキッ ピキキッ

 その間にも紅葉の体を蝕む石化が進行し、衣服がほとんど引き剥がされてしまった。

「じ、冗談じゃないって・・このまま丸裸の石にされちゃうってことなの・・・!?

 裸の石像となっていくことに毒づく紅葉。再びガルヴォルスに変身しようとするが、浮かび上がった紋様がすぐに消えてしまう。

「変身、できない・・・!?

「ムダよ。私の力を受けた人は不幸が消える。ガルヴォルスという不幸も・・だからあなたはもう、ガルヴォルスになれない・・」

 愕然となる紅葉に、静香が妖しく微笑む。ガルヴォルスになることもできず、打開のための手を封じられた紅葉が脱力する。

「全然力が入らない・・意識が遠くなってくる・・・」

  ピキキッ パキッ

 弱々しく呟きかけたところで、石化が紅葉の手足の先まで到達する。

「お姉ちゃん!」

 そのとき、そこへ轟音を聞きつけて寧々が駆け込んできた。だが寧々は紅葉の変わり果てた姿を見て、眼を見開く。

「お、お姉ちゃん・・・!?

「寧々・・・」

 愕然となる寧々の声を耳にして、紅葉が声を振り絞る。寧々は半ば混乱しながら、紅葉の前に立つ。

「寧々・・・ゴメンね・・・寧々のこと、考えられなくて・・・」

  パキッ ピキッ

 声を振り絞る紅葉にかけられた石化が、彼女の頬と紅いショートヘアが石に変わっていく。

「もう1度・・ゆっくり・・話した・・かった・・・よ・・・」

  ピキッ パキッ

 紅葉の唇が固まり、彼女は声を発することができなくなる。寧々に対する後悔を感じるあまり、彼女は涙を浮かべる。

    フッ

 その瞳にヒビが入り、紅葉は完全に石化に包まれる。彼女は静香によって、物言わぬ全裸の石像と化した。

「お姉ちゃん・・・お姉ちゃん!」

 寧々の悲痛の叫びがこだまする。変わり果てた紅葉を眼にして、早苗も愕然となる。

 そのとき、静香が放っていた影が一気に広がり、紅葉を飲み込んでいく。その衝動に寧々が弾き飛ばされ、横転する。

「寧々ちゃん!」

 早苗が呼びかけるが、広がる影に飲み込まれてしまう。

(寧々ちゃん・・・本当にごめんなさい・・でも、この感情を邪魔されるわけにいかないの・・・)

 寧々に対する悔恨を胸中で呟きながら、静香が姿を消した。影の触手に縛られている早苗と、石化して微動だにしなくなった紅葉を連れて。

 漆黒の闇が晴れたその場所には、倒れたままの寧々だけが取り残されていた。彼女が佳苗に発見され保護されたのは、それから数分後のことだった。

 その様子を、女性たちを氷付けにしてきた青年が大木の上から見下ろしていた。

「まさかここで、彼女を目撃することになるとはね・・しかも彼女、ガルヴォルスに転化していたとは・・」

 この場での犯行を行った静香に対し、青年は神妙な面持ちを浮かべた。彼の中にはこれまでにない好奇心が膨らんでいた。

 

 悲劇が起こった日から一夜が明けた。佳苗の保護を受けていた寧々だが、今も完全に意気消沈していた。

 佳苗と愛がどんなに励ましても、寧々は元気を取り戻すことはなく、言葉を発しようともしなくなっていた。

「これは本当に深刻ね。お姉ちゃんと信頼できる人を同時に連れてかれちゃったんだから・・・」

 佳苗が寧々を見つめて、深刻な面持ちを浮かべて呟く。

「私も早苗が連れ去られて、何も感じてないといったら全くウソになる・・だけど、ここで落ち込んでたって、きっと早苗は喜ばないから・・・」

 佳苗は自分に言い聞かせて、紅葉や早苗を見つけ出すため、調査を再開した。寧々を今励ましても効果がないと思い、彼女はあえて声をかけなかった。

 それからしばらくして、寧々は唐突に歩き出していった。彼女のひどい落ち込みようから、周囲にいた刑事や警官たちも声をかけられなかった。

 自然に満ちた道を夢遊病者のように歩く寧々。彼女はいつしか、自分のせいで紅葉があんなことになったという自暴自棄に陥ってしまっていた。

 自分が責めて傷つけてしまったから、姉は石化されて連れて行かれてしまった。自分の真っ直ぐな気持ちが、周りを傷つけ、自分自身にも孤独を与えてしまったのだ。

(あたしのせいで・・あたしのせいでみんな・・・)

 考えを巡らせるほど、自分が許せなくなっていく。寧々の心を絶望感が満たしていく。

(今までは自分を貫くことで、何とか道が開けると思ってた・・今までだって、その気持ちで切り抜けてきたし・・だけど、その気持ちを持つと、逆に何もかも壊れてしまいそうで・・・)

 悲しみを膨らませるも、枯れてしまったかのように涙が出ない。まさに今の寧々は、生きながら死んでいるのと同じだった。

 しばらく歩いたところで、寧々の前に夕美が現れた。突然の夕美の登場に、寧々は戸惑いを見せる。

「夕美、ちゃん・・・?」

「家に来る?・・私とお姉ちゃんの家・・・」

 夕美が寧々に向けて呼びかけてきた。心の整理がつかない寧々は、夕美に導かれるまま歩き出していった。

 

 紅葉とともに静香に連れ去られた早苗。意識を取り戻した彼女は、疲弊した体を起こす。

 そこで彼女は驚愕を覚える。彼女がいる部屋の周囲には、何体のも全裸の石像が立ち並んでいた。

「これは・・・!?

 その異様な光景に早苗は息を呑んだ。そしてその石像たちが、さらわれて石化された女性たちであることを、彼女はすぐに理解した。

 そして早苗は、同じように石化されて立ち尽くしている紅葉を目の当たりにする。

「紅葉ちゃん・・・」

「眼が覚めたようですね・・・」

 戸惑いを浮かべる早苗が声をかけられる。彼女が振り返った先には、巫女服に身を包んだ静香の姿があった。だが普段着ている白装束ではなく、影のような黒装束だった。

「静香さん・・やはりあなただったのですか・・・」

 早苗が動揺を押し殺して問いかけるが、静香は答えない。

「この中に、舞さんと美衣さんもいるのでしょう?・・服を剥ぐ石化をかけられて・・・なぜこのようなことを!?どうして紅葉ちゃんまで!?

「みんなから不幸を消すためです・・もっとも、紅葉ちゃんにこのようなことはしたくなかったのですが・・・」

 感情をあらわにして問いかける早苗に、静香が物悲しい笑みを浮かべる。

「ここにいる人は全員、私の力で不幸が消えた人たち。全ての荷を降ろし、幸せに身を委ねて解放を果たしているのです

「裸の石像になることが、不幸が消えることだというの!?

 淡々と言いかける静香に憤り、早苗が銃を取り出す。すると静香が再び物悲しい笑みを浮かべる。

「それが私に通じないことは、あなたも十分承知しているはずですよ。」

「それでも、このままあなたの暴挙を許すつもりはありません・・・すぐにみなさんの石化を解きなさい!でなければ、容赦はしませんよ!」

 冷淡に告げる静香に忠告する早苗。だがそれでも静香は石化を解こうとしない。

「それが、あなたの答えだというの・・・覚悟は、いいのですか・・・!?

 早苗が言いかけた直後、静香の頬に異様な紋様が浮かび上がる。早苗はたまらず静香に向けて発砲するが、シャドウガルヴォルスとなった静香の体を、弾丸はすり抜けてしまう。

「何度も言わせないでください。私にそのような攻撃は効かないと。」

 低く告げる静香に向けて、再び発砲しようとする早苗。だが伸びた影が彼女の手首を縛り、さらに体を締め付ける。

「くっ!・・ま、また・・!」

「本当はあのとき、紅葉ちゃんと同じように石化することができたのです。ですがあまり明るみにさせたくなかったので、あえてしませんでした。抵抗されて妨害されることはなかったですから・・」

 影の触手に縛られてうめく早苗に、静香がさらに言いかける。

「警察に知られてしまえば、退けることができても、私の居場所がなくなってしまう。そんなことになったら、みんなから不幸が消えなくなってしまう・・・」

「あなた、神か天使にでもなったつもりでいるの?・・思い上がらないで・・あなたは絶対に、神でも天使でもない・・ガルヴォルス。人の進化でしかないのよ・・・」

「それは分かっていますよ。でも、それでも、私はみんなの不幸を消してあげたいのです・・・!」

 早苗の反論を一蹴して、静香が鋭い視線を向ける。

「あなたは刑事。あなたも少なからず、悲しみや苦しみを抱えているはずです・・ですが、これも今日までです。私がそれを取り除いてあげます・・・」

 静香が低く告げると、早苗を鋭く見据える。

 

    カッ

 

 その眼からまばゆい光が早苗に向けて放たれる。

 

   ドクンッ

 

 その光を受けた早苗が強い胸の高鳴りを覚える。彼女は眼を見開き、息が詰まるような感覚を覚えていた。

「これであなたからも不幸が消えました・・・」

  ピキッ ピキッ

 静香が呟いた直後、早苗の上着が引き裂かれた。静香がもたらした石化が、早苗の上半身を蝕んでいた。

「か、体が石に・・わ、私も・・・!」

 自分も静香の毒牙にかけられたことに、早苗が毒づく。

「あなたもきれいな体をしていますね。刑事であるのがウソみたいな・・」

 静香が早苗の石の裸身を見つめて、妖しく微笑む。

「なぜ・・あなたのような人が、こんなことを・・・!?

 早苗が頬を赤らめながら、静香に問いかける。だがそれは精神的に揺さぶりをかけるための策略だった。

 静香が感情的に不安定になっている間に、スカートの後ろポケットに入れている発信機を取り出し、気付かれないように落とす。それが早苗のとっさに狙いだった。

「これは今では犬神家でも一部の人しか知らないことで、他言無用とされていることです・・」

 静香が沈痛の面持ちを浮かべて、早苗に語りかける。

「私たち峰家は、かつて犬神家の分家として栄えていた氷河家の暗殺を受けました。私と夕美は一命を取り留めましたが、お父様とお母様は・・」

 悲しみのあまり、静香の眼から涙があふれ出す。

「氷河家はその後、火災によって事実上の壊滅を被りましたが、私たちが不幸に陥ったことに変わりはありません・・」

「まさか、氷河家への復讐を考えて・・・」

「そんなことは考えていません。ただ、他の人たちに、私たちと同じ不幸を感じてほしくないのです。だから、この力でみなさんを・・・」

「そのためにみなさんを・・紅葉ちゃんまで!」

 静香の見解に早苗が反論する。その間にも、彼女はポケットから発信機を取り出し、落としていた。

「そんなことをして、夕美ちゃんが悲しむと思わないのですか!?・・紅葉ちゃんを奪われた、寧々ちゃんがどれだけ辛い思いをすると思ってるの!?

  ピキッ パキッ パキッ

 静香に向けて言い放った直後、早苗にかけられた石化が進行し、スカートを引き裂いた。下半身もあらわになり、早苗が眼を見開く。

「言いましたよね?あれは不本意だったのです。紅葉ちゃんも寧々ちゃんも、不幸を跳ね返せる強さを持っている。だから私が手を出さなくてもよかったのです・・」

「ならば早くみなさんを元に戻しなさい!みなさんのことを大切に思っているなら!」

  ピキッ ピキッ

 なおも静香に呼びかける早苗が、さらに石化に侵食されていく。彼女の手足の先まで石に変わり、首元も脅かされようとしていた。

「大切に思っているからこそ、このようなことをしているのですよ・・・」

 静香が脱力していく早苗に冷淡に継げる。

「あなたも少なからず分かっているはずです。不幸に苦しめられる人の気持ちを・・その気持ちがあるからこそ、私はそれを取り除こうとしているのです・・・」

 静香がさらに語りかけてくるが、石化のために力を入れられず、早苗は反論できなくなっていた。

「お姉さん・・寧々ちゃん・・・後は・・・お願い・・・」

  ピキキッ ピキッ

 声を振り絞った早苗の唇が石に変わり、意識さえももうろうとなっていく早苗。

「楽にしてください、早苗さん。後は私に任せてください・・・」

    フッ

 静香が言いかけた瞬間、早苗が完全に石化に包まれる。彼女も一糸まとわぬ石像と化し、その場に立ち尽くすこととなった。

「では私はそろそろ戻ります。夕美を心配させるわけにはいきませんから・・」

 静香は小さく言いかけると、きびすを返して部屋を後にした。だが彼女は、早苗が最後の力を振り絞って残した発信機の存在に気付いていなかった。

 

 静香に石化され、部屋の中心で立ち尽くしていた紅葉。だがガルヴォルスであった彼女は、意識を失ってはいなかった。

(参った・・体が全然動かない・・・)

 胸中で自分の置かれている状況に毒づく紅葉。

(これが石化っていうものなのね・・しかも裸にされて・・・静香さん、こんな大胆な力を・・・)

 静香に対する気持ちを巡らせる紅葉。だが今の彼女には、ガルヴォルスになることさえできなかった。

(早苗さんまで・・このままじゃ、寧々と夕美ちゃんが・・・)

 予測される悪化の事態に、紅葉がさらに毒づく。

(動きたいのに動けない・・こんな気分の悪いのは、生まれて初めてかもしれない・・・)

 歯がゆさばかりが心の中で膨らんでくる。今の無力な自分を、紅葉は許せなくなっていた。

(寧々・・ゴメン・・・ゴメンね・・・寧々・・・)

 紅葉の謝罪の言葉が、彼女の心の中を駆け巡っていた。

 

 夕美に導かれて、寧々は峰家を訪れた。峰家は物静かな森と隣接しており、穏やかな日常を過ごすには申し分ない場所であった。

「前に来たときと変わってないね・・ホントに静かで、心が落ち着く・・・」

 寧々が峰家の家を見つめて、安堵の微笑みを浮かべる。

「私もお姉ちゃんも、ここが1番落ち着ける・・」

 夕美も微笑んで頷きかける。顔見知りのために人前ではよく不安の面持ちを見せる彼女があまり見せない、彼女の笑顔だった。

「ここで立ち話するのもなんだから、中に入れてもらえないかな?」

「うん・・いいよ・・・入って・・・」

 寧々の呼びかけに夕美が頷く。2人はひとまず家に入り、リビングにて腰を下ろした。

「和洋折衷っていうのは、こういうことを言うんだね・・不便がないっていうか、何というか・・」

「寧々さん、面白いこというんだね・・」

 照れ笑いを浮かべる寧々につられて、夕美も思わず笑みをこぼす。

「紅葉さんのこと、私も聞いてるよ・・」

 夕美が唐突に言いかけた言葉に寧々が笑みを消す。

「お姉ちゃんがいなくなるのは、やっぱり辛いことだよね・・・私のお姉ちゃんも、もういなくなっちゃってるから・・・」

「夕美ちゃん・・・!?

 夕美が口にした言葉に驚くあまり、寧々が眼を見開く。

「お姉ちゃんは、昔は優しかった・・でも、今はその優しさが本当に優しくないの・・・」

「もしかして夕美ちゃん、静香さんのこと・・・!?

「うん・・お姉ちゃん、人じゃなくなっちゃった・・でも、お姉ちゃんに聞けなかった・・お姉ちゃんに嫌われたくないから・・・」

 沈痛の面持ちを浮かべて語りかける夕美。夕美は静香がガルヴォルスであり、紅葉や多くの女性を連れ去っていることを知っていた。

「夕美ちゃんもウソついてるんだよね?・・静香さんが、お姉ちゃんやみんなを・・・」

「私も信じたくないけど、間違いないよ・・悪いことだと私にも分かるけど、お姉ちゃんを信じたかった・・・私にとって、1人だけのお姉ちゃんだから・・・」

 夕美の言葉に寧々が胸を締め付けられるような不快感にさいなまれる。静香に対してどうすることがいいことなのか。寧々もその答えを見出せないでいた。

「ところで、静香さんはどうしてるの・・・?」

「今は犬神神社に行ってるはずだよ・・寧々さんのほうが詳しいと思ったんだけど・・・」

 寧々の質問に夕美が答える。寧々は混乱のあまり、周囲のことがまるで見えていなかったのだ。

「あたし、頭の中が真っ白になってたんだね・・・」

 自分の混乱に対して、寧々が物悲しい笑みを浮かべていた。

「静香さんは、夕美ちゃんが知ってるのを・・・」

「多分知らないはずだよ・・あれでもお姉ちゃん、隠してるみたいだから・・・」

「・・・夕美ちゃんは、お姉ちゃんにどうしてほしいのかな・・・?」

 気持ちの整理をして言いかける寧々に対し、夕美はうつむいてしまう。夕美もどうしたらいいのか分からないでいたのだ。

「あたしは、みんなが笑顔でいられればいいなと思ってる・・みんなから、悲しさが消えればいいなって・・・」

「悲しさが消えれば・・・」

 微笑んで口にした寧々の言葉に、夕美が戸惑いを見せる。

「あたし、家出して都会に出たとき、ある人に会ったの。口は悪くてホントに自分勝手で・・だけど、みんなのことを大切にしてるって言う気持ちは人一倍で、自分が生きることと自分の大切な人を生かすことを強く願ってる・・」

 夕美に語りかける寧々の脳裏に、ガクトの姿が蘇る。彼の一途な想いと願い、信念があったから、今の自分がいる。寧々はそう思っていた。

「あの人の真っ直ぐな気持ちがあったから、今のあたしがいる。そんな気がしてる・・・」

「寧々さん・・・ならその人と、寧々さん自身を信じてあげないといけないね・・」

「アハハ・・全くもってその通りで・・」

 夕美の言葉を受けて、寧々が照れ笑いを浮かべる。彼女の心にあたたかさが戻りつつあった。

「やはり彼女が転化したのは本当のようだね。」

 そのとき、天井から突如声が聞こえ、寧々と夕美が見上げる。すると1人の青年がリビングに降りてきた。以前に寧々を襲ってきたアイスガルヴォルスである。

「アンタ、この前の!?

「久しぶりだね。まさか君が犬神家の人間で、しかもガルヴォルスになってたとはね。」

 声を荒げる寧々に、青年が気さくに微笑みかける。

「何でアンタがここにいるのよ!?もしかして、まだあたしを狙ってるの!?

「それもあるんだけどね。今回の本題は違うよ。狙いはこの家の人間。いや、もう人間じゃなかったんだ。」

 問い詰める寧々に対して、青年がはぐらかすような態度を見せる。

「この際だから自己紹介しておこうか。ここまで来て名前も分からないんじゃ、君たちも不憫だろうから。」

「別にいいわよ、ストーカーの名前なんて。」

 名乗ろうとする青年に対し、寧々が呆れる。だが青年は気に留めずに語り始める。

「僕の名は氷河隆一(ひょうがりゅういち)。氷河家の人間だった、というのが正しいか。」

「氷河家って・・アンタ・・・!?

 青年、隆一の言葉に寧々が声を荒げ、夕美も驚きのあまりに動揺の色を隠せなくなる。

「まさか、犬神家の復讐をするために・・・!?

「復讐?そんな茶番に興味はないさ。ただ純粋に、美女に永遠を与えてやりたい。それだけだよ。」

 寧々の問いかけに隆一は淡々と答える。彼にとって復讐は俗なことでしかなく、あくまで彼はガルヴォルスの本能の赴くままに行動していた。

「ただ、今はこの峰家の人に興味を持ってね。なぜなら、彼女も僕と同じく、ガルヴォルスとなって自分のために力を使ってるのだからね。」

「それって、静香さんのことじゃ・・・!?

「そう。君たちも十分に分かってると思うのだがね。」

 困惑を見せる寧々に、隆一が気さくに微笑みかける。

「だけど、彼女は未だに人であることに未練を感じているようだね。その甘い考えを、僕が凍らせて、彼女の至福を永遠のものにしてあげる。」

「やめて!お姉ちゃんにヘンなことしないで!」

 そこへ夕美が叫び、隆一に向かって飛びかかってきた。しかし隆一に軽々とかわされ、夕美は前のめりに倒れる。

「残念だけど、君の姉さんは、もう君の知っている姉さんではなくなっているんだよ。」

「違う!お姉ちゃんは人間だよ!あなたの言ってることはウソ!」

 言いかける隆一の言葉を否定しようとする夕美。

「君がどんなに信じたくなくても、現実は非情なものなのさ。ガルヴォルスは人間の進化系だけど、怪物と大差ないものを人間と同じと見る人はいないだろうね。少なくとも人間はそれを認めようとしない。化け物染みた力で、いつか自分たちを殺しに来るかもしれないってね。」

「そんなことはない!」

 夕美の願いを一蹴しようとする隆一に、寧々が反論する。

「確かに最初、みんなはあたしの姿を見て、驚いたり怖がったりしてた。だけど、最後はみんな、あたしやお姉ちゃんのことを受け入れてくれた・・・」

「寧々さん・・・」

 切実に言いかける寧々の言葉に、夕美が戸惑いを見せる。

「ガルヴォルスも人間も関係ない!人の心をなくしていなければ、みんな絶対分かってくれる!」

「きれいごとを言っても、みんなが受け入れてくれるわけではない。きっとこじれてくるよ。結局は回りの考えていることは気にしない。本当にしなくてはいけないことを、自分自身で決めていけばいいだけのことだから。」

「きれいごとなんかじゃない!みんなに伝わると信じて、みんなに伝えていく!」

 隆一の言葉に食い下がっていく寧々。あくまで考えを曲げない彼女に、彼は呆れてため息をつく。

「こうなったら仕方ないね。君はいわゆる裏切り者だからね。僕も君の好きなようにさせるのはいい気分がしない。」

 寧々に言いかける隆一の頬に紋様が走る。

「夕美ちゃん、隠れてて!」

 すると寧々が夕美に呼びかけ、隆一に飛びかかる。窓ガラスを突き破って外に飛び出した2人が、同時にガルヴォルスに変身する。

「せめて、君は僕の与える永遠の氷の中にいるといいよ。」

「冗談じゃないって、そんなの!」

 悠然と言い放つ隆一に対し、言い返す寧々。隆一の口から白い冷気が放たれる。

「同じ手は何度も食わないって!」

 寧々が飛び上がって冷気をかわす。続けて飛んできた氷の刃も、身を翻して回避する。

「今度はこっちが仕掛ける番だよ!ホントはアンタと遊んでる暇はないんだけどね!」

 寧々が隆一に向かって飛びかかる。力を振り絞って、彼女は彼に突進を仕掛ける。

「うっ!」

 突進が命中し、隆一がうめく。寧々が追い討ちをかけようと、右手を突き出して爪で引き裂こうとした。

 だが隆一はとっさに氷の壁を作り出し、追撃を防ぐ。凍らされることを危険視し、寧々は距離を取る。

「アンタに壊させない!あたしたちの幸せも、静香さんと夕美ちゃんの絆も!」

「怒っても何にもならないよ。僕が手を出さなくなって、峰家は今度こそ終わりになるんだからね。」

 いきり立つ寧々に、隆一が淡々と言いかける。その言葉に寧々が驚愕を覚え、夕美が沈痛さを募らせる。

「やっぱり、アンタが静香さんと夕美ちゃんの家族を・・・!」

「全部峰家が悪いんだよ。僕たち氷河家の考えを全面否定するから、報復を受ける羽目になったんだよ。まぁ、僕が思うに、今となってはこっちも馬鹿げたことをしたわけだけど。」

 寧々に対して淡々と語りかける隆一。その悲劇の過去を思い返して、夕美が体を震わせる。

「やめて・・やめてよ・・・お父さん・・お母さん・・・!」

「夕美ちゃん!・・夕美ちゃんにイヤなこと・・・!」

 混乱している夕美を心配しつつ、寧々は隆一に鋭い視線を向ける。だが隆一は悠然さを崩さない。

「苦しめてしまったなら謝るよ。だけどこれは事実だ。僕でも変えられない。だけど・・」

 隆一は寧々に言いかけると、夕美に右手を向ける。

「その苦しみを取り除くことはできるよ。」

「やめて!」

 夕美に矛先を向ける隆一。寧々が悲痛の叫びを上げながら、夕美を守ろうと飛び出す。

 だが、放たれた隆一の冷気のほうが、寧々が入り込むよりも速い。

 そのとき、突如夕美の前に黒い影が飛び出し、冷気を阻んだ。突然の出来事に寧々が驚き、隆一も眉をひそめる。

「お姉ちゃん・・・」

 だが、夕美はその影の正体を理解していた。感付いた隆一が振り返った先には、黒装束に身を包んだ静香が立っていた。

「静香さん・・・!?

 寧々が静香を見つめて驚愕していた。静香がガルヴォルスであることを、寧々は確かめていた。

 

 

 

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