ガルヴォルスcross 第2話
女性凍結事件が発生してから2度目の朝を迎えた。
その日も寧々は犯人を見つけようと躍起になっていた。出かけようとしたとき、紅葉が声をかけてきた。
「寧々・・・この前は、ちょっと言いすぎたね・・ゴメン・・・」
「お姉ちゃん・・・」
謝って頭を下げる紅葉に、寧々が戸惑いを見せる。
「でもこれだけは信じて・・お姉ちゃんは、あなたのことを大切にしてることを・・」
「お姉ちゃん・・・あたしこそ、ゴメン・・いくら夕美ちゃんのためとはいえ、わがままを言っちゃって・・・」
紅葉の言葉を受けて、寧々も謝る。
「あたしもお姉ちゃんを信じたい・・いつまでも、どこまでもお姉ちゃんと一緒にいたい・・・」
「あたしもだよ、寧々・・いつまでも、一緒にいようね・・・」
自分の気持ちを率直に伝えて、微笑みかける寧々と紅葉。姉妹としてのこの絆を大切にしたい。2人の気持ちは同じはずだった。
「大変!大変だよー!」
そこへ美衣が血相を変えて、紅葉と寧々に駆け込んできた。
「どうかしたんですか、美衣さん?」
「あ、紅葉ちゃん!大変なのよ!舞がいなくなっちゃったのよ!」
紅葉が訊ねると、美衣が慌てた様子で答える。その言葉に紅葉と寧々が緊迫を覚える。
「どこかに行くとか言ってませんでしたか?」
「う、ううん!昨日の夜はどこかに出かけるとは言ってなかったし・・」
紅葉の質問に美衣が説明する。
「とにかく警察に知らせたほうがいいですよ。早苗さんたちなら・・」
「ダメだよ。今、早苗さんたちは別の事件の犯人を探してるから・・」
紅葉が呼びかけたところへ、寧々が口を挟む。
「今はまだ、あたしたちだけで探したほうがいいよ・・あんまり早苗さんたちに頼るのはどうかなって・・・」
「・・そうね・・・今はあたしたちだけで探してみよう・・・」
寧々の言葉に紅葉が頷く。美衣も同意して、舞の捜索を行おうとした。
「どうかしたのですか?」
そこへ静香が現れ、寧々たちに声をかけてきた。
「あ、静香さん。実は、舞が・・」
美衣が静香に事情を説明する。それを聞いて、静香が真剣な面持ちを浮かべる。
「舞さんが・・・分かりました。手分けして探しましょう。ただし、危ないところへは行かないように。」
静香の言葉に寧々たちが頷く。彼女たちは舞を探して、神社の中をくまなく駆け回った。だが舞はどこにもおらず、手がかりさえも見つけることができなかった。
「ふぅ。いったい、どこに行っちゃったんだろう、舞さん・・」
寧々が肩を落として大きくため息をつく。神社の中の廊下を進み、ある部屋のふすまを開けようとしたときだった。
「あ、ここは・・・」
寧々はその部屋に対して当惑を覚える。そこは夕美の部屋だった。
「いきなり入ったら、まずいかな・・・」
「大丈夫ですよ。」
気まずそうな面持ちを浮かべたところで、寧々は通りがかった静香に声をかけられる。
「夕美は大勢のところでは驚いてしまうけど、そうでないと落ち着いて話ができるみたいだから・・」
「そうなんですか・・だけど、そういう分け目なく話すことができるのが1番いいと思うんです・・」
優しく語りかける静香に、寧々が自分の考えを切実に告げる。寧々は夕美の心を開いてあげたい気持ちでいっぱいだった。
「寧々ちゃんは優しいね。夕美をこんなにも大切にしてくれるなんて・・」
「もしもあたしが優しいとしたら、それは多分、お姉ちゃんと静香さんのおかげかな・・お姉ちゃんも静香さんもいなかったら、あたしもひとりぼっちになってたと思う・・・」
感謝する静香に、寧々も感謝の気持ちを正直に告げる。すると静香が寧々の頭を優しく撫でる。
「あなたたちがいてくれたことが、私や夕美の支えになっていますよ・・本当に、ありがとうね、寧々ちゃん・・」
「静香さん・・・」
静香の言葉を受けて、寧々が戸惑いのあまり、涙をこぼす。その涙をすぐに拭って、寧々は微笑みかける。
「ではそろそろ夕美に声をかけましょう。寧々ちゃんたちの支えがあれば、夕美もみんなに顔を見せられるようになるわ・・」
「そうですね・・・夕美ちゃん、いる?」
静香の言葉に頷くと、寧々は夕美に向けて声をかけた。
「う、うん・・・」
すると夕美は頷いてからふすまを開ける。彼女は寧々と静香に不安の面持ちを見せてきた。
「お姉ちゃん・・どうかしたの・・・?」
「夕美、実は舞さんがいなくなってしまったの・・何か聞いていない?」
訊ねる夕美に静香が問い返す。すると夕美は無言で首を横に振る。
「困っちゃったなぁ。手がかりさえ見つからない・・・」
「やはり、警察に連絡したほうがよさそうですね・・」
ため息をつく寧々に静香が言いかける。そこへ紅葉がやってきて、静香に声をかける。
「ダメです、静香さん・・見つかりません・・・」
「そうですか・・・やはりここは警察に・・」
紅葉の言葉に静香が深刻さを込めて言いかける。
「仕方ない・・あたし、早苗さんたちに話してみるよ・・・」
寧々がようやく、早苗たちに呼びかけることを決めた。彼女は紅葉とともに、神社の外に出て行った。
「えっ?神社で働いている巫女さんの1人が?」
寧々と紅葉から事情を聞いた早苗が眉をひそめる。
「はい。みんなで神社の中を探してみたんですけど、どこに行ったのかさえ・・」
「なるほどね・・じゃ早苗、寧々ちゃんたちに協力してあげて。私が捜査を続けていくから。」
紅葉の説明を受けて、佳苗が口を挟む。
「でもお姉さん、それでは・・・」
「いいのよ、早苗。あなたは寧々ちゃんと紅葉ちゃんと仲良しなんだから。それに、調査なら私や他の刑事や警官でもできるから。」
反論する早苗に、佳苗が気さくに言いとがめる。
「お姉さん・・・仕方がないですね。ですが、軽はずみな行動は慎んでくださいよ。」
「分かってる、分かってるって。私も伊達に場数踏んでないんだから。」
納得した早苗に、佳苗は気さくさを崩さずに言いかける。半ば呆れた態度を見せながらも、早苗は佳苗の意見を受け入れた。
「それで、その舞さんの特徴は?」
早苗の質問に寧々と紅葉は説明した。それを受けて早苗は思考を巡らせる。
「・・まさかとは思うけど、今回の事件に巻き込まれた可能性は否定できないわね。」
その言葉に寧々が不安を覚える。
「みんなにもそういった子を事件の犯人と併せて探してみるわ。」
「うん。私は紅葉ちゃんと寧々ちゃんについているから。」
佳苗が言いかけると、早苗も呼びかける。寧々と紅葉は早苗とともに、佳苗と別れて舞の捜索を再開するのだった。
だがそれでも舞を発見することはできなかった。
ひとまず神社に戻ろうとした寧々たち。紅葉が先行する中、早苗が寧々に声をかけてきた。
「寧々ちゃん、紅葉ちゃんとは仲直りできた?」
「えっ?う、うん・・」
唐突な問いかけに一瞬戸惑うも、寧々は小さく頷く。
「ケンカするほど仲がいいというから。こういったこじれも、仲がいいからこそでしょうね。」
「そうなんでしょうか・・・そう考えたほうが、気分がよくなるかもしれないですね、アハハ・・」
早苗が言いかけた言葉に、寧々が思わず笑みをこぼした。姉妹2人が仲のいいままでいたい。それが寧々の心からの願いだった。
「ちょっとー!のんびりしてると置いてくよー!」
そこへ紅葉が遠くから呼びかけてきた。寧々と早苗は微笑み合うと、紅葉を追って駆け出していった。
犬神家に戻ってきた寧々、紅葉、早苗。その神社の正門で、早苗は別れることになった。
「それでは、私は戻るから。2人はみなさんと一緒に、大人しくしてるのよ。」
「分かりました、早苗さん。いろいろとありがとうございました。」
呼びかける早苗に、寧々が感謝の言葉を返す。すると早苗が寧々の頭を優しく撫でて微笑みかける。
「感謝するのは私のほうよ、寧々ちゃん。成果は出なかったけど、あなたたちの協力はとても喜ばしいことだと思ってるわ。」
「早苗さん・・・そういってもらえると、あたしも嬉しいです・・・」
早苗の言葉を受けて、寧々が喜びのあまりに涙を浮かべる。彼女の気持ちを胸に秘めて、早苗は微笑んで頷いた。
「それじゃ私はこれで。もし舞さんが見つかったら、すぐにあなたたちに知らせるから。」
「分かりました。気をつけてください、早苗さん。」
早苗が言いかけると、紅葉が言葉を返す。2人に微笑みかけると、早苗は犬神家を後にした。
「それじゃ、そろそろ行くよ、寧々。」
屋敷に戻ろうとしていた紅葉が、足を止めていた寧々を呼びかける。しかし寧々は外を気にしていた。
「寧々・・・?」
「お姉ちゃん、ゴメン。やっぱり早苗さんのことが!」
寧々が突然外へ飛び出していった。
「あ、寧々!」
紅葉も慌てて寧々を追いかけ、外に飛び出していった。
舞を探して外を駆け回っていた美衣。いつしか夕暮れになっていたことに気付き、彼女は慌てていた。
「いけない、いけない。すっかり時間を忘れてたよ。」
1人呟きながら、犬神家に向かう美衣。周囲は夜になり、重苦しい静寂が包み込んでいた。
だがこのときの空気は、いつも以上に重く感じられた。
「何だか寒くなってきたな・・こんな急に寒くなることなんてなかったのに・・」
寒気を覚えて、震える自分の体を抱きしめる美衣。その直後、彼女の周囲を白い霧が立ち込めてきた。
「おや、こんなところにかわいい子が1人でいるなんて。」
そこへ1人の青年が現れ、美衣に声をかけてきた。
「あ、あなた・・・?」
「気にしなくていいよ。君は僕から永遠を手渡されるのだから。」
疑問を投げかける美衣に淡々と言いかけたところで、青年の頬に異様な紋様が浮かび上がる。そしてその姿が、白色の怪物へと変わる。
「えっ!?バ、バケモノ!?」
「すぐに氷に包んであげるよ。そうすれば痛みも苦しみもない、すばらしい時間が訪れるのだから。」
悲鳴を上げる美衣に、怪物がゆっくりと接近する。その口から白い冷気がもれ出していた。
そのとき、突如銃声が響き渡り、怪物が足を止める。怪物と美衣が振り向いた先には、銃を構えている早苗の姿があった。
「やめなさい!少しでも危害を加えようものなら、容赦なく撃ちます!」
早苗が言い放って、銃口を怪物に向ける。だが怪物は悠然さを崩していない。
「逃げなさい!ここは私が食い止めるから!」
「は、はいっ!」
早苗の呼びかけを受けて、美衣は慌てて駆け出した。だが怪物は美衣を追わず、早苗に標的を移していた。
「君もいい。君にも永遠を与えてあげるよ。」
「悪いけど、私は終わりのないことは嫌いなの。」
互いに淡々と言葉を掛け合う怪物と早苗。
「早苗さん!」
そこへ早苗を追ってきた寧々と紅葉が駆けつけてきた。
「あなたたち!?」
「すいません!早苗さんのことが心配で・・・やっぱりガルヴォルスが・・!」
声を荒げる早苗の前で、寧々が言いかける。2人の姉妹の登場を目の当たりにして、怪物が笑みを強める。
「今夜はついている。こんなにも永遠を与えられるとは・・」
「あたしたちの町で好き勝手して・・これ以上みんなを傷つけさせない!」
哄笑をもらす怪物に言い放った紅葉の頬に紋様が走る。彼女の姿がハリネズミの怪物へと変化する。
「おや?君もガルヴォルスだったのか。だが僕が君に永遠を与えることに変わりはないけど。」
怪物は悠然さを崩さずに言い放つと、口から白い冷気を放つ。紅葉は跳躍してそれをかわし、寧々も早苗を抱えてよける。
「早苗さんはここにいて!」
「寧々ちゃん!」
早苗に呼びかけた寧々が飛び出していく。その姿が犬を思わせる怪物へと変化する。
駆け抜ける寧々の前で、紅葉が怪物に向けて針を飛ばす。回避してかわそうとする怪物だが、針の1本が左肩に突き刺さる。
痛みを覚えて怯む怪物に、寧々が飛び込んできた。その突進を受けて、怪物が横転する。
「くっ・・・!」
毒づいた怪物が危険を察し、きびすを返して逃亡する。
「あっ!」
「待ちなさい!」
声を荒げる寧々と、怪物を追う紅葉。寧々も一瞬早苗を気にしてから、怪物を追っていった。
早苗の救援によって難を逃れ、犬神家に向かって急いでいた美衣。神社に戻れば警察へ連絡が取れる。そう思い立って、彼女はさらにスピードを上げていた。
だが神社を目前にしようとしたところで、彼女は再び重苦しい空気を覚えて足を止める。彼女の周囲を漆黒の霧のようなものが漂っていた。
「こ、今度は何だっていうのよ・・・!?」
不安を覚えた美衣が声を荒げる。彼女の眼前に、霧が徐々に人の形となっていく。
「見つけた・・・」
不気味な声を発する影に、美衣がさらに不安を募らせる。
「もー!どうなってるのよー!」
たまらず悲鳴を上げて、反対方向へ逃げる美衣。だが伸びた影が彼女を捕まえ、触手のように絡みつく。
「悪いけど逃がさない。あなたからも不幸の感じがするから・・」
影が美衣を見つめて淡々と言いかける。必死に逃げ出そうとする美衣だが、影から抜け出すことができないでいた。
「それでは行きましょうか、美衣さん・・舞さんやみなさんも待ってますから・・」
「その声・・まさか・・・!?」
突如澄んだものとなった影の声に聞き覚えがあり、美衣は驚愕する。
「美衣さん!」
そこへ怪物を追ってきた紅葉が駆け込んできた。彼女は影に捕らわれている美衣を目の当たりにし、驚愕する。
「静香、さん・・・」
「えっ!?」
美衣がもらした言葉に紅葉が眼を疑う。同時に影の表情に一瞬揺らぎが生じた。
直後、影が一気に広がり、美衣を飲み込んでいく。
(・・紅葉ちゃん・・・)
影が胸中で沈痛の言葉を呟く。
「美衣さん!」
紅葉が慌てて手を伸ばすが、影は美衣を連れて姿を消してしまった。
「美衣さん・・・静香、さん・・・」
人間の姿に戻った紅葉が、困惑を覚える。美衣をさらっていった影の正体が静香という言葉に、彼女は半ば混乱していた。
そこへ寧々が遅れて駆けつけてきた。だが紅葉の様子を眼にして、彼女は思わず人間の姿に戻る。
「お姉ちゃん・・・?」
姉の異変に寧々も戸惑いを覚える。悲劇の幕が、徐々に開かれようとしていた。
その後、早苗や佳苗、警察が決死の捜索を行ったが、怪物や影、美衣の行方は全く分からなかった。人々が途方に暮れたまま、夜が明けた。
その日の朝、紅葉は早々に静香のところに行った。昨晩の真偽を確かめるためだった。
「紅葉ちゃん、大変なことになってしまいましたね・・・」
「静香さん、ちょっと聞きたいことがあります。」
いつもと変わらない笑顔を見せる静香に、紅葉が問いかける。
「静香さん、昨日の夜はどこにいたんですか・・・?」
「昨日ですか?昨日の夜は1人で過ごしていましたけど・・」
「つまり、誰もあなたのアリバイをしてくれる人はいないわけですね・・・!?」
紅葉の問いかけに答える静香が笑みを消す。彼女も事態の深刻さを感じたのだ。
「昨日、美衣さんがさらわれたことはあなたも聞いていますね。連れて行かれる直前、美衣さんはあなたの名前を呼んだ。もしかしたら、あなたが美衣さんを連れて行ったんじゃないかって・・」
「それは・・・」
紅葉の質問に静香が答えようとしたときだった。
「お姉ちゃん!」
そこへ寧々が現れ、その声に紅葉と静香が振り向く。寧々は切羽詰った面持ちで紅葉に眼を向けていた。
「寧々・・・」
「どういうことなの、お姉ちゃん!?静香さんを疑うなんて!」
困惑を浮かべる紅葉に、寧々が鋭く問い詰める。
「お姉ちゃんも分かってるはずだよ!静香さんが、誰かを傷つけるような人じゃないってこと!それなのに、静香さんを犯人呼ばわりするなんて!」
「待ってよ、寧々・・あたしは美衣さんの言葉を聞いたのよ。自分をさらおうとした人が静香さんだって・・」
「ふざけないで!静香さんがそんなことをするはずない!いつもあたしたちを励ましてくれる静香さんが、あんなことをするはずがないってことは、お姉ちゃんも分かってるはずだよ!」
「だけど、あたしは確かに美衣さんの声を聞いた!こんな状況でウソを言うなんてとても思えないわよ!」
「うるさいっ!」
呼びかける紅葉の声を、寧々が悲鳴染みた声で一蹴する。その叫びに紅葉が言葉を詰まらせる。
「もういいよ・・そこまでお姉ちゃんが静香さんを悪者扱いするなら、あたしはもうお姉ちゃんを信じない!」
寧々は紅葉に悲痛の叫びを言い放つと、涙を浮かべたままこの場を飛び出していった。その言葉が脳裏に深く突き刺さり、紅葉は愕然となり、その場にひざをついた。
「寧々ちゃん・・紅葉ちゃん・・・」
2人が気がかりになり、静香は困惑を募らせていた。彼女も体を震わせている紅葉に声をかけることができず、その場に立ち尽くすしかなかった。
姉の紅葉に裏切られたと思い、いても立ってもいられなくなった寧々は、神社を飛び出して外の道を駆けていた。その途中、彼女は調査を続けていた早苗にぶつかった。
「えっ?寧々ちゃん?・・・どうしたの・・・?」
「あっ・・早苗さん・・・」
声をかける早苗に、寧々が戸惑いを見せる。頬を伝う涙を拭って、寧々は気持ちを落ち着かせようとする。
「すいません、早苗さん・・こんな顔、見せちゃって・・・」
「大丈夫ですか、寧々さん?・・・もしかして、紅葉ちゃんと・・・?」
謝る寧々に早苗が問いかける。すると寧々は小さく頷いた。
「どうしたの、早苗?・・・えっ?寧々ちゃん・・・?」
そこへ佳苗が現れ、寧々の様子を眼にして戸惑いを覚える。彼女の説明を受けて、早苗と佳苗がさらに戸惑いを覚えていた。
「なるほどね。その静香さんという人が誘拐犯だって言ってきたのね。」
「お姉ちゃんも静香さんのことを信じてたはずなのに・・それなのに・・・」
頷く佳苗に寧々が不満を口にする。
「とりあえず一緒に戻りましょう。私も一緒に行くから・・後はお願い。」
「あ、うん・・ここは任せといて、早苗。みんなをお願いね。」
早苗が呼びかけ、佳苗が頷く。寧々は早苗に連れられて、一路犬神家に戻ることにした。
犬神神社の正門前にたどり着いた寧々と早苗。だが寧々は神社に入ることを躊躇する。
「やっぱり、お姉ちゃんと顔を合わせられないよ・・・あんなこと言っちゃった後だもん・・・」
寧々がもらした言葉に、早苗が戸惑いを見せる。
「寧々ちゃんは、お姉さんのことが好きなのよね?なら、最後の最後まで、お姉さんと話し合ってみたほうがいいわ。」
早苗の呼びかけに寧々は頷く。
「なら、必ず分かり合える。姉妹なのだから・・信じようとする気持ち、信じたいという願いがあれば、悪くなってしまった仲もすぐによくなるから・・」
「早苗さん・・・ありがとう・・ありがとうね・・・」
早苗に励まされて、寧々が笑顔を取り戻す。同じ妹であることから、早苗には寧々の気持ちが理解できたのだ。
「紅葉ちゃん!紅葉ちゃん、どこ!?」
そのとき、静香が寧々たちのいる正門前に飛び出してきた。その慌しい様子に、寧々と紅葉が緊張を覚える。
「静香さん・・?」
「あっ!寧々ちゃん、大変なの!紅葉ちゃんが飛び出していっちゃったのよ!」
静香が口にした言葉に、寧々が一気に緊迫する。
「今、愛さんと一緒に探してるんだけど、屋敷の中にはいないみたいなの・・!」
「そんな!?・・あたしのせいだよ・・あたしがお姉ちゃんにあんなこと・・・」
寧々が自分のしたことに後悔を覚える。自分のしたことが姉の紅葉を追い込んでしまったのではないかと、彼女は思ってしまっていた。
「あたし、お姉ちゃんを探してくる!あたしが探さないといけないから!」
寧々は紅葉を探しに慌てて駆け出す。
「寧々ちゃん!・・私は寧々ちゃんを追いかけます!」
「分かりました。私は紅葉ちゃんを探して、反対側のほうに行ってみます。」
互いに呼びかけあう早苗と静香。2人は別方向へ駆け出し、寧々と紅葉を追いかけていった。
寧々の言葉が痛烈に思えて、紅葉は途方に暮れていた。寧々に対してこれからどうしていけばいいのか分からず、彼女は混乱していた。
「寧々・・・あたし、寧々を傷つけるつもりなんて・・・でも・・・」
寧々に対する気持ちに困惑し、1人呟く紅葉。
「美衣さんは確かに静香さんの名前を・・・あたしの見たのも間違いなかったし・・・」
何が正しくて何が間違いなのか、それも分からず、自分を正しいと信じ込もうとしてもそれが間違いに思えてきてしまい、彼女は疑心暗鬼に囚われてしまっていた。
「こうなったら・・もう1度真実を確かめるしかないみたいね・・・静香さんが犯人であることを突き止めるにしても、静香さんの無実を証明するにしても・・・!」
迷いを払拭しようと、紅葉は真実の追究を決意する。それは自分を囮にして犯人をおびき出すことだった。
「美衣さんをさらった犯人は、消える瞬間にあたしに見られてる・・このままあたしを見逃すつもりはないと思うから・・」
思い立った紅葉は、人気のないほうへと歩き出していった。しばらく進んだ彼女は、寂れた神社跡にたどり着いた。かつて犬神家の分家として栄えていた氷河神社のあった場所である。
氷河神社は2年前の火事で屋敷が全焼。犬神家との確執も相まって、再建は行われずそのまま放棄されていた。
「ここなら人が来ないし、目印になっていいかな・・・」
紅葉は言いかけると、近くの大木に背を預ける。そこで犯人が狙ってくるのを待つことにした。
(寧々なら大丈夫よ。だってあの子、あたしが思ってた以上にしっかりしてたんだから・・・)
寧々に対する信頼を胸に秘めて、さらに時間を費やす紅葉。空はいつしか夕暮れ時を迎えて日が落ちようとしていた。
そのとき、紅葉は何かが近づいてくるのに気付き、眼つきを鋭くする。彼女の周囲に黒い霧のようなものが立ち込めてきた。
「この感じ・・あなたもガルヴォルスなの・・・!?」
紅葉は影の気配を感じ取り、思わず声をもらす。影は徐々にせり上がり、人の形を取っていく。
「静香さん・・・静香さんなんでしょ!?答えて!」
紅葉が影に向けて呼びかける。すると影が一瞬動揺を浮かべる。
「どんなに姿を消しても、あたしには分かる。寧々にもすぐに分かると思う・・その眼は間違いなく、静香さんだよ・・・」
「紅葉ちゃん・・言わないで・・・」
紅葉の切実な言葉を受けて、影が答える。その声は紛れもなく静香だった。
「私の中にあるこの感情、抑えることができないの・・みんなの不幸を消してあげたいこの感情を・・」
「だから、舞さんと美衣さんをさらったっていうの・・それが不幸を消すことだって言うの!?」
静香の言葉に紅葉がたまらず叫ぶ。だが静香の中に渦巻く感情は弱まることはなかった。
「あなたには知られたくなかった・・紅葉ちゃん・・・」
「静香さん・・・!?」
「このまま不幸に包まれてしまうくらいなら、あなたを手にかける罪も背負う・・・!」
驚愕をあらわにする紅葉に向かって、静香が右手を伸ばす。その腕が影のように伸び、紅葉に迫る。
「静香さん!」
紅葉がとっさにヘッジホッグガルヴォルスになり、静香の腕をかわす。だが静香はさらに影を伸ばし、紅葉を狙う。
紅葉はとっさに針を飛ばし、影の触手をなぎ払う。そして怯んだ静香に攻撃の矛先を向ける。
だが紅葉は静香に向けて針を飛ばすことをためらう。これまで親しくしてきた相手に牙を向けることは、紅葉にとって心苦しいことだった。
そこへ、体勢を整えた静香が影を伸ばしてきた。紅葉はとっさに身を翻して、その黒い触手をかわして地上に着地する。
(できない・・静香さんを傷つけるなんて・・・だって、静香さんはまだ、人間の心が残ってるから・・・)
紅葉の心に悲しみが去来してきていた。その動揺が彼女の戦意にも揺さぶりをかけていた。
「紅葉ちゃん!大丈夫!?」
そこへ早苗が駆けつけ、静香に向けて銃を向けてきた。この状況に、紅葉は早苗が危険に巻き込まれたものと感じる。
「大人しくしなさい!すぐに人間の姿に戻り、こちらの指示に従うなら発砲はしません!」
「ダメ、早苗さん!危ない!」
静香に忠告を送る早苗に、紅葉がたまらず呼びかける。静香が早苗に対して冷徹な視線を向けてきた。
「私に銃は効きませんよ・・私は影・・どんな物理的な手段は、私には一切通用しません・・・」
静香は言いかけると、早苗に向けて影を伸ばす。早苗は毒づきながら発砲するが、その弾丸は影を通り抜けてしまった。
「早苗さん、逃げて!」
紅葉の悲痛の叫びも虚しく、早苗が影の触手に捕まり、体を締め付けられてしまう。またその隙を突かれて、紅葉が足を影の触手に縛り付けられてしまう。
「捕まえましたよ、2人とも・・・」
静香が普段見せないような妖しい笑みを、紅葉と早苗に見せ付けていた。
紅葉を探して一昼夜駆け回っていた寧々。だが紅葉と合流できず、彼女は夜の道をゆっくりと進んでいた。
「お姉ちゃん・・どこに行っちゃったのよ・・・お姉ちゃん・・・」
姉を追い求めて、寧々が悲痛の面持ちを浮かべる。
「話し合って謝りたい・・・それなのに、そういうときなのに、会えない・・・そんなことって・・・」
悲しみをこらえきれず、寧々の眼から涙がこぼれ落ちた。
「悲しむことはないよ。君も永遠に抱かれれば、その悲しみもすぐに消えることになるから。」
そこへ青年に声をかけられ、寧々が振り返る。
「あなたは・・・?」
「僕のことは気にしなくていいよ。これから君は永遠を得るのだから・・・」
問いかける寧々の前で、青年の頬に紋様が浮かぶ。そしてその姿が異様な怪物へと変貌する。
「あなた、この前の氷のガルヴォルス!」
「久しぶりだね。ここで再会したのも何かの縁。すぐに永遠の氷に包み込んであげるよ。」
身構える寧々に向けて、怪物が淡々と告げる。その口から白い冷気が放たれる。
寧々はドッグガルヴォルスに変身し、跳躍して冷気をかわす。彼女は落下の速度を利用して、怪物に突進する。
「ぐっ!」
うめく怪物が突き飛ばされ、しりもちをつく。寧々が怪物に向けて鋭い視線を向ける。
「今のあたしはものすごく機嫌が悪いの・・そのあたしにこんな邪魔をしてくるなら、容赦しないから!」
怒りをあらわにした寧々が、怪物に向かって再び飛びかかる。すると怪物が口を細め、鋭い冷気を吹きつける。
矢のように鋭い冷気が、寧々の右肩を射抜く。貫通の効果はなかったが、一気に彼女の肩を凍てつかせた。
「ぐあぁっ!」
肩に押し寄せる激痛に悲鳴を上げる寧々。その場にうずくまる彼女を見つめて、怪物が笑みをこぼす。
「あまり痛い思いをさせるのは僕としても心苦しいよ。でも心配しなくていいよ。永遠を受けることで、君のその痛みも取り除かれるのだから。」
怪物は悠然と言いかけて、寧々に向かってゆっくりと歩き出す。寧々は激痛に耐えて、肩に張り付いている氷を打ち破る。
自由を取り戻したものの、寧々の体力は低下していた。さらに焦りを覚えていたため、彼女は怪物に対して劣勢を強いられていた。
そのとき、遠くのほうから轟音が鳴り響いた。寧々が眼を見開き、怪物がその方向へ振り返る。
「あっちは・・氷河神社のあるほうだよね・・・」
寧々が呟きかけると同時に、怪物が笑みを消して眼つきを鋭くする。
「もしかしたら、あっちにお姉ちゃんが・・・!」
思い立った寧々は戦いを放棄し、怪物の横をすり抜けて氷河神社に向かった。
「僕の元実家で、派手に暴れてるみたいだね・・・」
怪物は一瞬笑みを浮かべると、寧々に続いて氷河神社のほうへ向かっていった。