ガルヴォルスcross 第1話
これまで結びつきを強めてきた絆。
この関係が壊れて、初めてそのすばらしさと大切さに気付いた。
どうして最初から気付けなかったんだろう・・・
どうして1度壊れてからでないと気付けないんだろう・・・
この絆、絶対守りたい・・・
かつて祈祷師や巫女の栄えていた犬神家。都心から離れた平地に点在する犬神家は、現在はその土地で有数の大規模な神社となっていた。
そこに住む2人の姉妹がいた。
犬神寧々(いぬかみねね)。幼さを象徴するかのような感情的な性格で、不平や不条理を嫌っている。だが心優しい性格も持ち合わせており、涙もろい。
犬神紅葉(いぬかみくれは)。寧々の姉で、彼女のよき相談相手となっている。子供っぽい一面が表面化しているが、グループのまとめ役に徹することも多い。
2人は「ガルヴォルス」と呼ばれる種族に属している。ガルヴォルスは人間の進化で、人間とそれとは違う異形の2つの姿を兼ね備えている。異形の姿となったガルヴォルスは、人知を超えた驚異的な力を発揮する。
先にガルヴォルスに転化したのは寧々だった。変わり果てた寧々の姿と脅威に畏怖した周囲の人々に迫害され、寧々は家を飛び出した。
その寧々を追いかけた紅葉も、その最中でガルヴォルスとなった。上京した2人は、不動(ふどう)たくみ、竜崎(りゅうざき)ガクトたちとの交流を経て、心身ともに強くなって家に帰ってきたのである。
けじめの意味を込めて、寧々は家族に深々と頭を下げて謝った。父、和郎(かずお)と母、音羽(おとは)は寧々を許すと、迫害から子供たちを守れなかった自分の無力さを謝った。
周囲の人々も寧々と紅葉を受け入れた。寧々の異形の姿に恐怖したものの、彼らは寧々を迫害してしまったことを悔やんでいた。
人々に受け入れてもらえて、寧々は安堵を感じていた。落ち着いた様子の彼女を見て、紅葉も安心感を抱いていた。
寧々、紅葉が帰郷して数日後のことだった。
昔に戻ったというよりかは新しく感じられる日々を過ごしていた2人。屋敷の廊下の真ん中から青空を見上げている寧々を、紅葉が声をかける。
「どうしたのよ、寧々?ずっと空を見つめてるみたいじゃないの。」
「あ、お姉ちゃん・・ちょっといろいろと考え事をしちゃってね・・」
微笑みかけて答える寧々に、紅葉が疑問符を浮かべる。
「もしかして、ガクトさんたちのことを考えてたの?」
「えっ!?・・べ、別にあんなヤツのことなんて・・お姉ちゃん、買いかぶりすぎだって・・!」
紅葉の指摘に寧々が必死に否定する。しかし頬を赤らめているところから、動揺が丸分かりだった。
「だけど確かに、たくみさんたちにはお世話になったよ・・みんながいなかったら、寧々もあたしもどうなってたか・・」
「そうだね・・楽しいこともあったけど、辛いこともあった・・・」
紅葉と寧々が語り合いながら、物悲しい笑みを浮かべる。
ガルヴォルスの策略によってたくみとガクトは互いを憎み、衝突した。それはそれぞれの過去と心の傷を浮き彫りにすることとなった。この激しい衝突は沈静化したものの、2人は心の底から分かち合うことはなく、それぞれの決意を胸に抱いて歩き出していった。
「ガクトとたくみさん、大丈夫かな・・心配でたまらなくなってくるよ・・・」
「確かにあの戦いを見せられた後じゃ、心配にならないほうがどうかしてるよ・・・だけど大丈夫だと思うよ。2人ともしっかりしてるから・・」
心配の声を上げる寧々に、紅葉が励ましの言葉をかける。その言葉に勇気付けられて、寧々が安堵の笑みを浮かべる。
「そうだね・・ガクトは生意気だけど、しっかり生きようとしてる・・それなのに、信じてあげないのはどうかなってね・・」
笑顔を見せて信頼を告げる寧々。元気な彼女を目の当たりにして、紅葉は安心感を抱いていた。
「おや?紅葉ちゃんと寧々ちゃんじゃない。こんなところでどうしたの?」
そんな2人に向けて、装束に身を包んだ1人の女性が声をかけてきた。
峰静香(みねしずか)。犬神家の巫女として働いている女性。長い黒髪、優しく穏和な性格をしており、周囲から信頼されている。寧々と紅葉のことを気にかけており、2人が家を飛び出したときには心配でたまらなかったという。
「静香さん・・ちょっとお姉ちゃんとお話を・・エヘへ・・」
寧々が静香に向けて笑顔を見せる。すると静香も優しく微笑みかけてきた。
「おや?静香さん、また紅葉ちゃんと寧々ちゃんとお話ですか?」
そこへ巫女のバイトをしている3人の女子高生がやってきた。蒼い長髪の愛(あい)、金のポニーテールの舞(まい)、茶のツインテールの美衣(みい)である。
「うん。2人が仲良く空を見ながらお話をしてたからね。」
静香が愛たちにも微笑みかけて優しく答える。
「そういえば静香さん、よく紅葉ちゃんたちによく声かけてますね。」
舞が唐突に静香に問いかけを投げかける。
「もしかしてみなさん、2人が怪物だからといって敬遠しているの?」
「別にそういうわけじゃないですよ。ただ、そのことを気にしないにしても、度が過ぎるくらいに親身になってるかなって思ってしまっただけですよ。」
優しく答える静香に、美衣が笑みをこぼして弁解を入れる。気を悪くしてしまったと思った美衣だが、静香は笑顔を崩さなかった。
「ありがとう、美衣さん。でも私は大丈夫よ。私は純粋に紅葉ちゃんと寧々ちゃんのことを気にかけているのだから・・」
「静香さん・・・」
静香の言葉に紅葉が安堵の笑みをこぼす。
静香は紅葉と寧々のよき相談相手となっていた。2人が揃って落ち込んでいるときは、静香がよく励ましていた。
「夕美ちゃん、みんなの前に顔を出して。」
そのとき、静香が後ろに振り返って声をかけた。寧々たちが眼を向けたその先の柱の影に、1人の少女が隠れていた。
峰夕美(みねゆみ)。静香の妹。黒のショートヘアとふくらみのある胸が特徴だが、子供の頃から人見知りが激しく、なかなかにぎやかな場所に顔を出そうとしない。
「大丈夫だよ、夕美ちゃん。みんなと一緒のほうが楽しいから。」
寧々が笑顔で呼びかけるが、夕美は怖がって逃げていってしまった。その後ろ姿を見つめて、ただただ唖然となる寧々。
「ダメだって、寧々。夕美ちゃんの人見知りは筋金入りなんだから。」
「だって〜・・」
紅葉が苦言を呈し、寧々が困り顔を浮かべる。
「ごめんなさいね、寧々ちゃん、紅葉ちゃん。夕美は今も人見知りが激しくて・・5人以上人がいるところでは怖がってしまって・・」
「5人って、ホントに激しいですよ・・」
寧々と紅葉に謝罪する静香の言葉に、愛が思わず口を挟む。
「でも、そういうところも夕美ちゃんのかわいいところでもあるんだよね。」
「そうだけど・・やっぱりみんなの中に夕美ちゃんを混ぜてあげたいよ。」
舞と美衣が言葉をもらす。寧々はなかなか会話に加われないでいる夕美を気にかけていた。
それから数日間、寧々は夕美が気がかりになっていた。なかなか輪に加わることができないでいる夕美と、自分を重ねていたのである。
初めてガルヴォルスになったとき、人とかけ離れた異様な姿に人々から迫害された。ひとりぼっちの寂しさを、寧々は強く感じていたのだ。
だからこそ放っておけない。自分と同じ悲しみを他人に味わってほしくない。それがこれまでの経験から得た寧々の考えだった。
「また考え事をしてるの、寧々?」
廊下で空を見上げていた寧々に、紅葉が声をかける。
「うん・・やっぱり夕美ちゃんのことが気になっちゃって・・・」
「そうだね・・でも、これは夕美ちゃん自身が何とかしなくちゃいけないことだと思うよ。」
苦笑いを浮かべる寧々に、紅葉が深刻さを込めて言いかける。その言葉に寧々が笑みを消す。
「お姉ちゃん・・・」
「あたしだって夕美ちゃんを助けてあげたい。だけど夕美ちゃんがそうしたいっていうのを見せてくれない限り、あたしたちが何をやっても意味はないんだよ。」
「そんなの・・何もしてあげないのと変わんないよ・・・」
言いとがめる紅葉に、寧々が反論する。その態度に紅葉が当惑を覚える。
「何かをすることできっかけが生まれることだってあるよ。あたしたちも何もしなかったら、何も変わんないよ。」
「そうだけど・・甘やかしたって、それこそ何にもならないよ。やっぱり自分でやろうと思ってこそ・・」
「そんなの、何もしてやりたくないいいわけだよ・・」
寧々の反発に紅葉が言葉を詰まらせる。ここまで反発をされたことは、紅葉にとって初めてのことだった。
「どうしたの、紅葉ちゃん、寧々ちゃん?」
そこへ通りがかった静香が2人に声をかけてきた。振り返った2人が戸惑いを浮かべる。
「静香さん・・いえ、何でもないです。大したことじゃないんです・・・」
「そう?それならいいんだけど・・何かあったら、私でよければ相談に乗るから。」
弁解を入れる寧々に、静香が笑顔を見せて答える。
「ありがとう、静香さん・・でもホントに大丈夫だから・・」
「分かったわ、寧々ちゃん・・ところで寧々ちゃん、紅葉ちゃん、お客様が来ているわよ。」
「お客様?」
「何でも警視庁の方とか・・」
疑問符を浮かべる寧々の前で、静香が不安の面持ちを浮かべる。家を飛び出した後に寧々と紅葉が何かやらかしたのではないかと思ってしまったのだ。
「確か名前は、尾原早苗(おはらさなえ)さんと・・」
「早苗さんが・・!?」
静香が口にしたこの言葉に、寧々と紅葉が驚いて眼を見開いた。
犬神家の正門の前で、1人の女性が待っていた。長く鮮明な黒髪を束ねてポニーテールにしており、大人びた雰囲気をかもし出していた。
尾原早苗。警視庁所属の警部で、現在はガルヴォルス事件の対策本部の指揮官を任されている。寧々と紅葉とも面識があり、よき協力者でもある。
しばらく待っていた早苗のところに、寧々と紅葉が駆けつけてきた。
「あっ!やっぱり早苗さんだよー。」
寧々が早苗を見て、笑顔を見せる。寧々と紅葉の元気そうな姿を見て、早苗も微笑みかける。
「早苗さん、どうしてあたしたちの家に?・・もしかして、またガルヴォルスが・・!?」
早苗に声をかけた紅葉が、思い立って声を荒げる。
「今回は違うわ。休暇で近くのホテルに宿泊しているの。それであなたたち犬神家のことを聞いてね。」
「そうだったんですか・・・ようこそ、犬神神社へ。といっても、今あたしたちは巫女らしくない格好ですけど。」
事情を説明する早苗に、紅葉が微笑みかける。
「へぇー。彼女たちが早苗の言ってたあの2人ねぇ。」
そのとき、早苗の後ろから気さくで明るい声がした。正門から1人の女性が姿を見せてきた。
尾原佳苗(おはらかなえ)。早苗の姉。警視庁所属の警部であるが、早苗とは部署が違う。真面目な性格の早苗と違い、佳苗は天真爛漫な性格をしている。が、早苗は妹ながら姉のその過度ともいえる明るさに半ば呆れているという。
「はじめまして、お二人さん。私は尾原佳苗。警視庁警部にして、早苗の姉をやらせていただいております♪」
「もう、お姉さん、少しは真面目にやってください・・」
明るく自己紹介をする佳苗の態度に、早苗が呆れた様子を見せる。
「何言ってるのよ、早苗。こういうときこそスマイルでいかないでどうするのよ。」
明るく振舞おうとする佳苗のやり取りに、早苗は不満を浮かべていた。
「早苗さんにお姉さんがいたんですか?初耳ですよ。」
そこへ紅葉が疑問符を浮かべて訊ねてきた。
「初耳で当然よ。お姉さんのことはまず他人には話しませんから。」
「もー。ひどいじゃないのよ、早苗ちゃーん。お姉ちゃんをそんな邪険にしてー。」
「そういうお姉さんだからよ。本当に子供っぽくて・・警部に見えないって声まで耳に入ってきてるよ。」
不満の声を上げる佳苗に、早苗は呆れるばかりだった。そのやり取りに寧々も紅葉も苦笑いを浮かべるしかなかった。
「早苗さん、佳苗さん、あたしでよかったら案内しますよ。あまり高級そうなところは行ったことないから勘弁だけど・・」
「お気遣いありがとう。でも私たちはちゃんとプランを立てて来てるの。旅行は事前の準備次第で2倍3倍にも楽しめますからね。」
紅葉の言葉に早苗が微笑んで答える。
「でも、またここに立ち寄らせてもらうわ。神社であるこの場所で、お守りなどを買っておきたいから。」
「ありがとうございます。でも安くはしないからそのつもりで。」
早苗の言葉に対して、紅葉が気さくな笑みを見せる。
そのとき、佳苗が眼を凝らし、その様子に早苗も眉をひそめる。2人の見つめる先の木の陰に、夕美が隠れていた。
「あれ?あの子・・」
佳苗が言いかけると、夕美は怯えて屋敷に向かって逃げ出してしまった。佳苗は手を伸ばした体勢のまま唖然となる。
「私、何か悪いことしちゃったかな・・・」
「夕美ちゃん、人見知りで・・ゴメンね、気を悪くさせちゃって・・」
苦笑いを浮かべる佳苗に、寧々が弁解を入れる。
「そうなの・・でも、寂しくないのかな・・・?」
「うん・・あたしもそのところが心配なんだけど・・・」
佳苗の心配に、寧々も沈痛さを募らせる。
「でもあたし、夕美ちゃんの力になれればと思ってる。夕美ちゃんも、心の中じゃみんなと一緒にいたいって思ってるはずだから。」
「力を貸しても、夕美ちゃんがそうしようとしなかったら・・・」
寧々が言いかけた言葉に否定的な意見を口にする紅葉。その返答に寧々が不満を抱く。
「寧々、あなたの気持ちは分かってる。だけど、やっぱりこれは夕美ちゃん自身が・・」
「そんな言い訳じゃ、誰も助けらんないよ!」
言いとがめる紅葉の言葉を、寧々が感情をあらわにして一蹴する。その悲痛さに紅葉が押し黙る。
「困ってる人に手を差し伸べなくていいの?・・そんな身勝手な考えじゃ、逆にもっと辛くなっちゃうよ!」
「寧々・・・」
「認めない・・・あたしはそんなの、絶対認めないから!」
困惑する紅葉に言い放つと、寧々は屋敷に向かって駆け出していった。
「あっ!寧々ちゃん!」
早苗が慌てて寧々を追いかける。2人の後ろ姿を見つめたまま、紅葉は困惑を浮かべていた。
「うーん・・これは、いろいろとワケありのようね・・・」
佳苗が真剣な面持ちで呟くと、紅葉の肩に手を添える。
「寧々ちゃんは早苗に任せましょう。」
「ですが・・・」
「妹は妹の気持ちが、お姉さんにはお姉さんの気持ちが分かるものよ。大丈夫。早苗は私よりしっかりしてるから。」
戸惑いを見せる紅葉に、佳苗が微笑みかける。その笑顔を見て、紅葉も笑みを取り戻した。
紅葉とすれ違った寧々が、屋敷内の自分の部屋に駆け込み、泣きじゃくっていた。そこへ彼女を追いかけてきた早苗が部屋に入ってきた。
「寧々ちゃん・・大丈夫・・・?」
早苗の呼びかけを受けて、寧々が顔を上げる。彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「ごめんなさい、勝手に入ってきてしまって。でも寧々ちゃんのことが心配になってね・・・」
「早苗さん・・・」
早苗の言葉に寧々が戸惑いを見せる。早苗に励まされた寧々が、顔をぬらしていた涙を拭った。
「何かあったのか、話してもらえるかな・・・?」
早苗の声に頷いた寧々が、これまでの事情を話した。姉の紅葉と気持ちがかみ合わず、すれ違っていき、やるせなさを膨らませていったことを。
「なるほど。お姉さんとケンカしてしまった、ということなのね・・」
「うん・・お姉ちゃんとケンカしたことなんて、今まで全然なかったのに・・初めてだから、どうしたらいいのか分かんなくなっちゃって・・・」
話を聞いた早苗が頷くと、寧々が沈痛の面持ちで言いかける。そんな彼女と、早苗は自分を重ねていた。
「実は私、ケンカをしないあなたたち姉妹をうらやましく思っていたのよ。」
「早苗さん・・・」
「私と姉さんはいつもケンカしていたわ。というよりも、私が姉さんに食って掛かってただけなんだけどね。」
早苗は寧々に幼い頃の自分と佳苗について語り始めた。
「姉さんは無邪気で天真爛漫で、全く恥らうことを知らないって感じで・・私のほうが恥ずかしくなってしまって・・・」
「アハハ・・ホントに、天真爛漫なお姉さんで・・・」
苦笑いを浮かべて弁解を入れる寧々に、早苗は話を続ける。
「ある日、ついに我慢の限界が来て、お姉さんと大ゲンカをしてしまったことがあるの。泣いて泣いて、泣きつかれて自分の部屋に閉じこもっていた私を励ましてくれたのは、お姉さんだった・・そのときのお姉さんは、普段見せているような子供っぽいお姉さんではなく、優しさいっぱいで包み込んできてくれた・・・」
「・・・やっぱりお姉ちゃんというのは、妹とか弟とかを大切にしているものなんですね・・・」
早苗の話を聞いて、寧々が徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
「お姉さんに励まされて、私は考え直したわ。私、どうしてこんなわがままになっていたんだろうって・・それから私はお姉さんに謝った。するとお姉さんも謝ってくれた。未熟なおねえちゃんでゴメンねって・・だから、寧々ちゃんと紅葉ちゃんも、必ず仲直りできるよ・・」
「早苗さん・・・ありがとうね、早苗さん。あたし、また元気になれた気がするよ・・」
早苗に励まされて、寧々が笑顔を取り戻す。
「少し休んでからのほうがいいわ。気持ちの整理をつけてから、話し合いをすればいいから。」
早苗の言葉を受け入れて、寧々は小さく頷いた。
同じ頃、紅葉は佳苗と話をしていた。寧々の気持ちが分からなくなってしまい、どうしたらいいのかも分からなくなっていたことを紅葉は告げた。
「なるほどね。やっぱりお姉ちゃんというものには、そういうときがあるもんだよね・・」
「佳苗さんも、そういうときがあったんですか・・?」
「まぁね・・私って、あんまり緊張感がないって見られがちな性格だから、それで早苗を怒らせちゃうことが何度かあったの。その度に、早苗の気持ちが分からなくなってた。そのときはひたすら謝って、あの子の気持ちを確かめようとしてるの。私のために早苗がイヤな思いをするのが我慢ならないからね。」
「そんなことが・・あたしもまだまだですね。こんなことでへこたれちゃうなんて・・」
佳苗の話を聞いて、紅葉が微笑んで頷く。自分の顔を叩いて、彼女は自分に喝を入れる。
「佳苗さん、ありがとうございます。あたし、自信を取り戻すことができました。」
「私は別に大したことはしてないって。私もまだまだなところだらけなんだから。」
感謝の言葉をかける紅葉に、佳苗が照れ笑いを浮かべる。
「誰だってケンカすることはあるよ。そこから立ち直って、仲直りすると、前よりも仲良くなれるから。」
「佳苗さん・・・本当に、ありがとうございました・・」
佳苗に感謝して、紅葉が頭を下げる。彼女は佳苗との絆を結ぶと同時に、寧々とのすれ違いを解消しようと決意したのだった。
物静かな小さな通り。昼夜問わず人通りの少ないこの道は、常に静寂に包まれていた。
だがその静寂に紛れて、ひとつの暗躍が行われていた。
恐ろしさを痛感して、怯えながら後ずさりする1人の女性。それを白を基調とした怪物がゆっくりと接近する。
「イヤ・・何なのよ、あなた・・・!?」
女性が声を震わせるが、怪物が悠然とした態度で迫ってくる。
「逃げることはない。君も僕の氷に包まれて永遠を手にするのだから。」
「イヤッ!助けて!殺さないで!」
「殺さないさ。ただ、君を氷に閉じ込めるだけだから。」
叫ぶ女性に向けて、怪物が口から冷たい息を吐き出す。その冷気を浴びて、女性が恐怖に満ちたまま、一気に氷に包まれていく。
アイスガルヴォルスの吹雪を受けて、氷付けにされてしまった女性。その姿を見つめて、怪物が黒髪の青年の姿に戻る。
「やはり氷の中の美女というものは実にすばらしい。この永遠、君も十分に堪能するといいよ。」
青年は淡々と言いかけると、きびすを返してこの場を後にした。そこには氷付けにされた女性が取り残されていた。
町では奇怪な事件の発生で騒然となっていた。女性が氷付けにされて死亡しているものだった。
地元の警察が調査を行ったが、このような現象が自然に起こるはずがなく、変質者の犯行によるものだと断定した。
そしてその事件を聞きつけて、旅の気分を切り替えた人たちが事件の調査に加わった。
「あ、あなた方は・・・」
「警視庁の尾原早苗です。休暇でこちらに立ち寄っていたのですが、現状につき、調査に参加させていただきます。」
当惑する警官に、早苗が手帳を見せて自己紹介をする。彼女の隣には佳苗の姿もあった。
「被害者は氷付けにされ、その低温によって凍死。目撃者は現時点でなし。犯人を特定する手がかりも同じ。」
「は、はい。その通りです。」
早苗の自己調査の的確さに唖然となりながら、警官は頷く。
「付近の警戒を行ってください。それと住民のみなさんには、外出の際には十分注意を。特に夜間の外出は極力避けるよう、呼びかけてください。」
「了解しました。直ちにそのように。」
早苗の指示を受けて、警官が駆け出していった。
「おかしな事件が起こったわね。でも早苗にとっては慣れっこかな。」
「こういう事件に慣れてしまったら恐ろしいわよ。」
佳苗が気さくに声をかけてくると、早苗が呆れた態度で答える。だが2人はすぐに真剣な面持ちになって、検証が行われている現場を見回す。
「早苗、この手口、ガルヴォルスの仕業の可能性はあるの?」
「その可能性は強いわ。この気候で人間が凍結するのは自然ではありえない。ガルヴォルスが関与していると見たほうがいいわね。」
佳苗の問いかけに早苗が答える。しばし考えを巡らせたところで、早苗が言葉を切り出す。
「私たちはまずは、ガルヴォルスの線で調べていきましょう。それと、寧々ちゃんと紅葉ちゃんには関わらせないほうがいいわね。ガルヴォルスとはいえ2人は民間人。事件に首を突っ込ませるわけには行かないわ。それに、今の2人は普段とは少し違った心境になってるから・・」
「そうね。でも、噂で耳にしちゃう可能性は無きにしも非ずだけどね。」
早苗が言いかけた決断に、佳苗が口を挟む。
「事件に、私情は挟めないわ・・・」
早苗は佳苗に言いかけると、調査のために身を乗り出した。だが今口にした言葉が苦し紛れのものであることを、彼女自身痛感していた。
寧々と紅葉の耳にも、昨晩起きた奇怪な事件のことは耳に入っていた。寧々は1人で事件の調査に乗り出していた。
早苗と同様に、寧々もこの事件の裏にガルヴォルスの存在を推測していた。
(この近くにいるかもしれないからね。何か見つけられれば、においで追いかけることもできるし。)
胸中で呟きかけて、寧々は捜索を続ける。ドックガルヴォルスである彼女は、常人離れした嗅覚を備えている。特定の人物の居場所をにおいで探り出すことができるのだ。
だが外は多くの人が行き交うため、また時間が経過していてにおいが風で流されているため、寧々は犯人の居場所を特定することができないでいた。
「ハァ。やっぱり1人だけで探すのはムリがあるのかなぁ・・・」
「やはりあなたも犯人を探しているのね。」
ため息をついたところで、寧々が声をかけられる。事件の調査に乗り出していた早苗である。
「早苗さん・・・」
「民間人であるあなたに調査に加わってほしくないのが本心なのですが・・・無理矢理押さえ込んでも意味がないみたいね。」
戸惑いを見せる寧々に、早苗が半ば呆れ気味に答える。
「だって、家の周りであんなおかしなことが起こるなんて、納得できないよ・・」
「・・仕方がないわね・・私と一緒に行動するなら・・・」
早苗が渋々頷きかけると、寧々が笑顔を見せた。
だが長時間の捜索を行っても、2人は事件や犯人の手がかりさえ見つけることはできなかった。途方に暮れるように、2人は犬神家にやってきていた。
「見つかんなかったよ・・・どこ行っちゃったんだろう、犯人・・・」
「調査には的確な判断力と推理力、根気が必要不可欠よ。このくらいのことで音を上げていては務まらないわ。」
肩を落とす寧々に、早苗が落ち着きを払って言いかける。
「寧々ちゃん、今日はここまでにしておきなさい。これ以上は、お姉さんや家族のみんなを心配させてしまうから。」
「早苗さん・・・うん・・・」
早苗の呼びかけに、寧々は渋々頷いた。寧々が帰っていくのを見送ってから、早苗もこの場を離れていった。
漆黒に彩られた地下の大部屋。その中央には2人の人物がいた。
1人は巫女3人組の1人、舞。だが彼女に今、異変が起きていた。彼女の着ている巫女装束がボロボロに引き裂かれており、あらわになっている上半身が白く冷たくなり、ところどころにヒビが入っていた。
「これって・・何がどうなってるの・・・!?」
自分の身に起きている出来事が不可解で、動揺の色を隠せないでいる舞。そんな彼女を見つめている不気味な影。
その姿は部屋の暗闇以上の暗さに満ちており、その正体をうかがうことはできない。
「あなた、いったい何なの!?・・私の体、いったいどうなっちゃったの・・・!?」
「今起きている通り・・あなたはオブジェへと変わっていっている・・・」
問い詰める舞に、影が妖しく微笑みかける。
ピキキッ パキッ
すると舞を蝕む石化が進行し、付けていた袴が引き裂かれる。あらわになった彼女の裸身を、影がじっと見つめる。
「あなたは私のコレクションに加わることになる・・私のものになっている限り、あなたは不幸を味わうことはない・・」
「これのどこが不幸じゃないのよ!・・お願い!私の体、元に戻して!」
「どうして元に戻す必要がある?不幸がなくなる。これ以上の幸せはないと思うのだけど?」
助けを請う舞に対し、影が哄笑をもらす。
ピキッ ピキキッ
石化が舞の手足の先まで到達し、首筋にまで及んでいた。石となっていく体で、彼女は次第に脱力していっていた。
「楽になりなさい。あなたは私が守っていくから・・・」
影に言われるまま、舞は心まで石化に浸っていった。
パキッ ピキッ
やがて舞の頬や髪の先まで白みがかった灰色の石へと変わっていく。
ピキッ パキッ
弱々しく声がもれていた唇が固まり、舞は声を発することができなくなる。
フッ
ついに瞳にもヒビが入り、舞は完全に石化に包まれた。彼女は影の力によって物言わぬ全裸の石像と化した。
「これでまた、私のコレクションが増えた・・・」
影が舞の石の裸身を見つめて、妖しく微笑む。
「もっと・・もっとみなさんの不幸を取り除いてあげたい・・オブジェにすることで、みなさんの心を解放してあげたい・・・」
高揚感を募らせて、影は漆黒の中へと身を潜めていく。
「ではまた、次の標的を探すとしよう・・不幸を消し去るために・・・」
影はそう呟くと、闇に紛れて姿を消した。その大部屋には舞だけでなく、多くの全裸の女性の石像が立ち並んでいた。