ガルヴォルスBLOOD 第19話「命」
クロスファングの総司令官はトリスだった。彼の正体を知らされて、クロスファングの兵士たちも動揺を隠せなくなっていた。
「みんなを驚かせてしまったな・・だが気負うことはないぞ。いつも通りの心構えでやっていけばいいのだから・・」
トリスが気さくに声をかけるが、兵士たちは動揺を拭えなかった。
「ターゲットB、紅小夜はオレが掌握している。日向白夜も同じだ。2人のことはオレの管理下に置く。詮索は無用だ。」
「納得できるはずがないだろう・・たとえ総司令官の立場にあろうと越権行為に他ならない・・」
トリスの指示に反論してきたのは丈二だった。
「それにお前は総司令の器ではない。これ以上クロスファングを愚弄することは許さない・・ここでお前を・・!」
丈二がトリスに敵意を向けたとき、周りにいた兵士たちが丈二に銃を向けてきた。
「何をする・・狙うはトリスだぞ!」
「我々はクロスファング総司令官の命令を最優先に行動します。神谷さん、あなたの今の行為はクロスファングへの反逆につながります。」
声を荒げる丈二だが、兵士たちはトリスを総司令官と認めて行動を起こしていた。
「よせ、お前たち・・丈二の処分が私が行う。全員総司令官の指示を仰ぐのだ。」
「ガルベルト隊長・・了解しました。」
リュウが呼びかけると、兵士は答えて銃を下ろした。
「丈二の処分は私が行います。申し訳ありませんが、ここの事後処理をお願いします・・」
リュウはトリスに告げてから、丈二を連れてこの場を離れた。
「丈二だけでなく、ガルベルト隊長も納得していないようだ・・ここまで理不尽な流れになると、嫌気がさすのもムリはないか・・」
2人が立ち去っていくのを、トリスは気さくな笑みを浮かべたまま見送っていた。
トリスがクロスファングの総司令官であることに、丈二は納得していなかった。だが彼はリュウに反抗を止められていた。
「こらえろ・・こらえろ、丈二・・オレも納得はしていない・・・」
「ですが隊長・・これは明らかにヤツの・・・!」
「分かっている・・何が真実であるにしろ、総司令官を語れるほどの力までは偽りのないものだろう・・」
丈二を強く呼び止めるリュウ。丈二はようやく踏みとどまり、この場に立ち尽くす。
「お前は私の部下だ。私の指示に従え。」
「隊長・・このままトリスを野放しにするわけには・・・!」
「私の命令を聞け・・当然、トリスの言葉よりも優先だ・・!」
「隊長・・・!」
リュウに言いとがめられて、丈二は渋々大人しくすることにした。
「近いうちに指示を出す。それまで決して軽率な行動に出るな・・」
リュウは丈二に念を押して、彼のそばを離れた。
(このままでは・・このままでは済まさないぞ、トリス・・・!)
しかし丈二はリュウの言葉を聞き入れることができず、トリスへの反旗を心に秘めていた。
トリスの手にかかり、全裸の石像にされてしまったチェリル。彼女は同じく石化された小夜と白夜に寄り添う形で、部屋の中に立ち尽くしていた。
チェリルも小夜、白夜と同じく、意識を失ってはいなかった。彼女の意識は自分たちの心の中さまよっていた。
「あれ・・・あたし、石にされたはずじゃ・・・?」
自分の身に起きたことを思い返すチェリル。彼女は自分の意思に反して、暗闇の中を漂っていた。
「あたし、白夜を連れ出すこともできなかった・・どうしてあたしに力がないの・・・?」
自分の無力さを呪うチェリル。揺れ動いていく彼女の感情は、白夜への想いに変わっていく。
「白夜、どこなの?・・・白夜・・・」
白夜のことしか考えられなくなったチェリル。その想いに呼応するかのように、彼女の意識の流れが方向を変える。
「えっ・・・!?」
そのとき、チェリルは突然下に引っ張られる感覚を覚えた。彼女は落下して、紅い血の海に落とされた。
「な、何っ!?・・・血!?」
見渡す限り広がる血に、チェリルは緊迫を膨らませた。
「何で・・何でこんなところに・・・!?」
チェリルが困惑しながら、血の海を進んでいく。彼女は自分の思うように動けるようになっていた。
「こうなったら白夜を探すしかない・・白夜なら・・白夜なら・・・!」
白夜を求めて血の海を進んでいくチェリル。進む先に白夜がいることを、彼女は信じて疑わなかった。
しばらく血の海を進んだときだった。
「いた・・!」
チェリルが血の海にいる小夜と白夜を発見した。
「白夜!」
チェリルが急いで白夜たちのところへ向かう。
「白夜!」
チェリルが声をかけると、白夜が小夜を抱えたまま振り向いた。
「お前・・お前もいたのか・・・!?」
驚きの声を上げる白夜に、チェリルが寄り添ってきた。
「白夜・・よかった・・見つけられた・・・」
白夜に会えたことを喜ぶチェリル。だが彼女は小夜がそばにいることに気付いて戸惑いを覚える。
「ターゲットB・・・一緒に石にされていたんだよね・・一緒にいてもおかしくないよね・・・」
チェリルが小夜を見つめて物悲しい笑みを浮かべる。小夜は未だに血の海に影響されて、自分を見失ったままでいた。
「彼女、どうしたの?・・何があったの・・・?」
「この一面の血の感覚にやられた・・心が壊れかかっている・・・」
チェリルの問いかけに白夜が歯がゆさを見せて答える。
「コイツ、吸血鬼のガルヴォルスの細胞を植え付けられているんだろう?・・この吸血鬼の本能にやられて、小夜は自分を取り戻せなくなっている・・」
「小夜・・紅小夜って立派な名前があったね・・・」
白夜の話を聞いて、チェリルが小夜に目を向けて物悲しい笑みを浮かべた。
「小夜ちゃん・・あたしの声が聞こえたら頷いて、小夜ちゃん・・・」
チェリルが小夜に向けて呼びかける。しかし小夜は反応せず、目も虚ろのままである。
「ゴメン・・・あたしたちが、小夜ちゃんを追い込んじゃったんだよね・・あたしもクロスファングの一員だから・・・」
チェリルが悲しさを見せて、小夜を優しく抱きしめた。
「きれいな体・・いいスタイル・・うらやましくなっちゃうよ・・・あたしも、小夜ちゃんみたいないい体になりたいな・・・」
「おい、何を言い出しているんだ・・・?」
小夜にささやきかけるチェリルに、白夜が眉をひそめる。
「あなたもすごく辛いことを経験してきたのに・・あなたも白夜も、イヤなことに逆らうだけの力があるのに・・あたしは・・・」
小夜と白夜の前で自分の無力さを呪うチェリル。彼女は無気力の小夜を強く抱きしめていた。
「元気づけることもできないのかな・・あたし・・・?」
「そうやって自分に何もできないと思っているうちはな・・」
涙ながらに小夜に言いかけるチェリルに、白夜が口を挟んできた。
「たとえ力がなくても、ガルヴォルスになっていなかったとしても、オレはオレの敵を倒すために行動していた・・今ではその全部がムダになってしまったが・・・」
「白夜・・・力がなくても、やろうとした・・・」
白夜の考えを聞いて、チェリルが戸惑いを見せる。彼女の中に抗おうとする気持ちと勇気が湧き出してきた。
「もしかしたら・・あたしの力で、小夜ちゃんに活力を戻すことができるかもしれない・・・」
「何っ・・・!?」
チェリルが口にした言葉に白夜が声を上げる。チェリルは小夜を抱き寄せて、意識を集中させる。
「小夜ちゃん・・もう1度自分を取り戻して・・・!」
チェリルが全身に宿していた力を小夜に送り込んだ。電気ショックを受けたように、小夜の体が突き動かされた。
「小夜ちゃん、目を覚まして!」
チェリルに強く言われて、小夜がようやく自分を取り戻した。
「わ・・私・・・」
小夜が白夜とチェリルに目を向けて、記憶を巡らせる。
「小夜ちゃん・・気が付いたんだね・・・」
動揺を隠せないでいる小夜に、チェリルが笑顔を見せてきた。
「あなたは・・・?」
「はじめましてになるかな・・ちゃんとお話しできるね・・・」
震えている小夜にチェリルが自己紹介をする。
「あたしはチェリル・ハウ・・って、敵の名前を教えられても困っちゃうよね・・・」
「私は紅小夜・・・あなたもクロスファングの一員だけど・・悪い気がしない・・私の友達みたいな明るさがある・・・」
苦笑いを見せるチェリルに小夜が微笑んだ。
「違う出会い方をしてたら、友達になれたかもしれないね・・・」
「うん・・・でももう、私には何もない・・自分を貫いても、何も残らない・・・」
小夜がチェリルの前で悲しさをあらわにする。
「咲夜もいない・・あなたたちを倒しても何にもならない・・・もう私には何も・・・」
「そんなことないよ・・白夜が、あなたを引っ張りまわしてるじゃない・・!」
絶望している小夜にチェリルが呼びかける。彼女のこの言葉を聞いて、小夜が戸惑いを見せる。
「そこまで注目してくれるなんて・・あたしなんて、あたしから声をかけても全然気に留めてくれなかったのに・・・」
「チェリルさん・・・」
「あたしだって恋心を持ってる乙女なんだからね。その恋心を押しのけて、何もないなんて思わないことだよ・・」
小夜に自分の気持ちを告げてから、チェリルが白夜に視線を移す。
「白夜・・お願いしたいことがあるの・・あたしがどうして叶えたい願いが、1つだけ・・・」
チェリルが真剣な表情を見せて、白夜に話をかけてきた。
「あたし、白夜のことが好き・・たとえ白夜に嫌われても、あたしは白夜を好きでいたい・・・!」
「お前・・・」
チェリルの告白に白夜が戸惑いを覚える。しかし白夜はチェリルの想いを受け止めることができないでいた。
「オレは強引や理不尽が嫌いだ・・でなければきっと、オレは家族が死んでしまったと割り切っていただろう・・」
「・・・そうだね・・そうでなくちゃ、白夜らしくないよね・・・」
自分の考えを正直に言う白夜に、チェリルが笑顔を見せる。だが彼女の笑顔に悲しみが宿っていた。
「いいよ・・気にしないで・・あたしがあなたに気持ちを伝えられただけでもいい・・ただ・・・」
チェリルが白夜を見つめたまま、首を横に振った。
「白夜が幸せならそれでいい・・・白夜が満足できたなら、それで・・・」
「お前・・・」
「白夜が納得できなかったら、あたしも納得しないからね・・」
戸惑いを募らせていく白夜に、チェリルが寄り添う。そしてチェリルは、同じく動揺を見せている小夜に視線を向ける。
「小夜ちゃん・・白夜をこれ以上苦しめるようなことをしたら、あたし、怒るからね・・それだけは覚えておいて・・・」
「チェリルさん・・もう、苦しめるだけの強さは、私にはない・・・」
「そんなことない・・小夜ちゃんも白夜と同じ、どんなことにも逆らおうとする強さがあるじゃない・・・」
自分を無力だと思っている小夜に、チェリルが励ましてくる。
「悔しいけど、あたしには白夜と小夜ちゃんの間に割り込むことはもうできない・・だからあたしは、あなたたちに全てを託す・・」
「お前・・何を・・・!?」
チェリルが切り出した言葉に白夜が眉をひそめる。
「あたしのガルヴォルスとしての能力は、高い五感の他に、人の体力の回復をさせること・・でもあたしの体力を誰かにあげるような形になるから・・」
「でも、私たちはトリスに石化されて・・もう力を使うこともできない・・・」
自分の力を説明するチェリルだが、小夜は自分たちが置かれている状況を痛感する。小夜たちはトリスたちに石化されて、動くこともできない。
「大丈夫・・あたしのこの力は、疲れやケガだけじゃなく、こういった呪いとかも治せるのよ・・でも・・」
「でも・・・?」
「トリスの石化は強力で、きっと白夜と小夜ちゃんを元に戻したら・・あたしは・・・」
説明していくチェリルの表情が曇っていく。彼女の心境を察して、小夜と白夜が息をのんだ。
「お前、まさか・・!?」
「あたしは無事に石から元に戻ることはできない・・あたしの命を、2人にあげるから・・・」
白夜が目を見開くと、チェリルが物悲しい笑みを浮かべた。
「チェリルさん、そんなことをしたらあなたが・・!?」
「いいよ・・白夜が無事で、白夜が納得してくれるなら、あたしは命をささげても構わない・・・」
動揺を見せる小夜だが、チェリルは笑みを消さない。
「それに消えてなくなるわけじゃない・・あたしは白夜と1つになる・・白夜の中で、あたしは生き続けることになる・・・」
チェリルが小夜から白夜に視線を移す。彼女は白夜の頬に手を添える。
「白夜は、ずっと石のままじゃイヤなんでしょ?・・ならあたしの力を受け取って・・白夜の納得する生き方をして・・・」
「チェリル・・それでいいのか・・オレが満足するなら、お前は命を投げ出しても構わないというのか!?・・お前の命がけの行為がムダになると分かっていてもか・・・!?」
「そうだよ・・だってあたしの命は、白夜がいなかったらないのと一緒だったよ・・・」
白夜に言い返して、チェリルが昔の自分を思い返していく。
「白夜と会わなかったら、あたしはきっと諦めていた・・ずっとクロスファングの言いなりの人形同前だった・・その操り人形の糸を斬ることを教えてくれたのが、白夜だった・・・」
「オレが、お前を動かしたというのか・・・!?」
「うん・・だから白夜は、あたしがどうなっても気にすることは・・」
「ふざけるな!勝手なことを言って!」
自分の命を捨てることも厭わないチェリルに、白夜が怒鳴ってきた。予想していなかった彼の言動に、チェリルは驚きを覚える。
「敵と見なしたヤツに容赦しなくても、そうじゃないヤツの命を利用するつもりはオレにはない!だから自分の命を渡されても、オレが納得することはない!」
「白夜・・あたしにそこまで言ってくれるなんて、とっても嬉しいよ・・・」
白夜に心配されたことがものすごく嬉しく感じて、チェリルが目に涙を浮かべてきた。
「白夜のその気持ちを受け取れただけで、あたしはホントに嬉しい・・・」
「チェリルさん・・・!」
満面の笑顔を消さないチェリルに、小夜は困惑するばかりとなっていた。
「小夜ちゃん・・白夜を幸せにしてよね・・ううん・・2人で幸せになってね・・・」
小夜と白夜に全てを託すチェリルの体から光があふれ出す。光は優しく小夜と白夜に流れ込んでいく。
「ホントに・・ホントにありがとうね・・・」
「やめて!やめて、チェリルさん!」
呼び止めようとする小夜の前で、チェリルが光となって消えていった。光は小夜と白夜の体に入り込んでいった。
「力が湧いてくる・・チェリルが、オレの中に・・・!」
チェリルの力を実感していく白夜。彼と小夜がさらに広がっていく光に包まれていった。
次回
「クロスファングも、もうオレのための駒だ・・」
「邪魔するならオレは容赦しない・・」
「このままには・・絶対にしておかない・・・!」
「今まで話を付き合ってくれて、ありがとうな・・」