ガルヴォルスBLOOD 第17話「石」
トリスに石化され、さらに心の中で一方的な接触を受けることになった小夜と白夜。2人は突然心の奥の闇の中に落とされた。
一切の抵抗ができないまま、小夜と白夜は液体の中に落ちた。白夜がその液体の中から顔を出してせき込んだ。
「血・・・!?」
白夜は手ですくい取った液体に目を見開いた。彼らが落ちたのは一面に広がる紅い血の海だった。
「ここはどこだ・・ここも、オレたちの心の中だっていうのか・・・!?」
白夜が周囲を見回して、自分たちの居場所を確かめる。そのとき、白夜が抱えていた小夜がふらついた。
「お、おい、何を・・!?」
白夜が声を上げて、小夜を引き上げる。小夜の赤みの入った目は虚ろになっていた。
「しっかりしろ!こんなところで死ぬのは認めないぞ!」
白夜が怒鳴りかかるが、小夜は反応しない。
「くっ・・この血の感触とにおいに当てられたか・・・!」
小夜の様子に毒づく白夜。精神まで崩壊してきている小夜に、白夜は腑に落ちない心境を抱えていた。
「これがお前たちが刻み付けた心の傷か・・やっぱり血塗られていたか・・」
その2人の前にトリスが姿を現した。
「お前・・・!」
「これはお前たちが歩んできた人生が具現化したもの・・まさに血まみれの人生を歩んできたということか・・」
目つきを鋭くする白夜に、トリスが淡々と語りかける。だが小夜の様子を見て、トリスが笑みを消した。
「この血の海で理性を失ってしまったか・・血を力にするガルヴォルスの細胞を移植されているのだから、ムリもないか・・」
「・・そうだったな・・コイツはクロスファングに連れ込まれて、こんな体に・・・」
トリスの言葉を聞いて、白夜は小夜のことを思い出した。
「白夜、お前の親もクロスファングの科学者で、小夜の調整に携わっていた・・だから復讐で彼女はお前の親も殺した・・敵討ちをしただけの彼女だが、お前にはそれが理不尽でしかない・・」
「あぁ・・どんな理由だろうと、オレは家族を殺したコイツを許すつもりはない・・だが、コイツが死ぬことを望んだから、オレはこのまま殺しても復讐にならないと思った・・・」
トリスが投げかけてきた話に、白夜が胸を締め付けられるような気分を覚える。
「だから連れまわしていると・・最終的にこの永遠の中で、ずっと一緒にいることになった・・・」
「それはお前のエゴだろうが!お前までオレを弄んで・・!」
「それは否定しない。だがオレもお前も、自分の考えのままに行動してきた。それも否定できない。」
怒鳴る白夜に淡々と言葉を投げかけていくトリス。
「お前は彼女に復讐するために手段を選ばなかった。オレも彼女をものにするために手段を選ばなかった。結果的にお前も一緒にオブジェにすることになったが・・」
「それは・・それは・・・!」
「誰でも何でもやりたいという感情はある。内容や形は違っても、それは間違いなくある・・」
トリスが口にする言葉を白夜は反論することができなくなった。
「憎しみと復讐の連鎖が、このような血の海を作り出したってことだ・・白夜はともかく、小夜は本能的に血を求めていたからな・・」
「バカな・・そんなバカなこと・・・!」
「小夜は身体能力を高める力を持っているが、これは血を代償にする。血が足りなくなると血への渇きを抑えられなくなって、無意識に血を求めるようになる・・」
トリスと白夜が小夜に視線を向ける。小夜は未だに虚ろな目をしていた。
「血への渇望、絶望、恐怖、悲しみ、苦しみ、いろんなことが小夜の体と心に刻みつけられている・・血の渇望に完全に突き動かされてしまった今、元の心を取り戻せるかどうか・・」
「そんなことは関係ない・・オレはオレの納得する苦しみをコイツに与える・・それだけだ・・・!」
「そうか・・だったら好きにするといい。今なら、ここなら何をやっても許される・・お前が小夜を陥れるのも弄ぶのも・・」
淡々と言いかけていくトリスに、白夜は歯がゆさを募らせる。
「今はとりあえずここから出ていくことにする。あまり2人に時間の邪魔をするのはよくないし・・」
トリスが小夜と白夜から離れていく。
「待て!」
「2人とも、この永遠と苦痛のない時間を堪能するんだな・・」
白夜が呼び止めるのを聞き入れずに、トリスは姿を消した。追いかけようとした白夜だが、脱力している小夜と血の海のために思うように動けなかった。
「くっ・・オレはもう、アイツの石のままなのか・・・」
白夜が絶望感を痛感して、左手を血の海に叩きつける。
「コイツを弄ぶ、か・・今のオレには、それしか術がないのか・・・」
自分の納得できる行動を見出せず、白夜は無気力の小夜を抱き寄せた。白夜は小夜と口づけを交わすと、揺らぐ意識の中で血の海の中に沈んでいった。
小夜と白夜の心から意識を離したトリス。彼は改めて、石化している2人を見つめた。
「お前たちの心の中ものぞかせてもらった・・納得できる形になっていたな・・」
トリスが小夜たちの心と過去に小さく頷いた。
「だが結果的に、お前たちは苦しさから解放された・・体の自由と引き換えに・・」
トリスが2人の石の裸身に触れて、撫でまわしていく。彼に触れられても、小夜も白夜も微動だにしない。
「こうなったお前たちにもう何もできない・・自分たちの世界に入り浸ることしか・・・」
トリスは2人から手を離して満足を実感していた。
「これで、オレの心は満たされた・・・」
彼は振り返って部屋を出ていった。小夜と白夜も同じく石化された美女たちとともに部屋の中に立ち尽くすことになった。
小夜、白夜、トリスの行方を探っていたクロスファング。リュウも自ら彼らの捜索に乗り出していた。
「心当たりは全て調べた・・他に隠れられる場所があるというのか・・・!?」
冷静を装ってきたリュウだが、徐々に焦りを隠せなくなってきていた。はやる気持ちを抑えて、彼は連絡を取った。
「3人は見つかったか?」
“いえ、手がかりも見つけられません・・ターゲットBの通う高校や女子寮にも調査の手を伸ばしましたが、ヤツらの居場所につながる確証には・・”
リュウの問いかけに答えたのは丈二だった。
「そうか・・引き続き捜索を続けろ。我々の目が行き届いていないところがまだあるはずだ。」
“了解しました・・”
リュウの指示に答えて、丈二は通信を終えた。
(もしも総司令官がこちらに出向くことになれば・・私といえど確実に失墜する・・)
最悪の事態を予感して、リュウは焦りを募らせる。
(何としてでも見つけ出さなければ・・命に代えてでも・・・!)
意思を強固にしてリュウは小夜たちの捜索を再開した。
リュウたちと同じく小夜たちの行方を追っていたチェリル。だが彼女はリュウや丈二、他のクロスファングの隊員や兵士たちとの連絡を取ってはいなかった。
今のチェリルは白夜への想いで心を満たしていた。クロスファングを敵に回すことも、彼女にとっては迷いがなかった。
(白夜・・ホントにどこに行ったの・・・!?)
不安と悲痛さを募らせていくチェリル。彼女は事前に調べていた白夜の自宅にやってきた。
「ここが・・白夜が住んでいた家・・・」
チェリルは戸惑いを覚えながら、白夜の家に近づく。家には鍵がかかっていたが、彼女は中に誰もいないことを分かっていた。
「ここに白夜は住んでた・・昔は家族みんなで楽しく過ごしていたんだね・・白夜・・・」
家族との時間を過ごす白夜を想像して、チェリルは物悲しい笑みを浮かべた。
(あたしも家族をガルヴォルスに殺された・・しかも白夜みたいに、あたしもガルヴォルスになって・・・)
白夜と同じ境遇を感じて、チェリルは昔の自分を思い返していた。多くが彼女と白夜が共通していた。
(でもあたしの力は、戦いにあんまり役に立たないものだった・・白夜や丈二をうらやましいと思ったことが何度もあった・・・)
白夜たちと比べて自分を無力だと責めていたチェリル。もしも力があれば、白夜のように敵討ちができたはずだと思っていた。
(白夜がいなかったら、あたしは臆病のままだったかもしれない・・ずっとデスクワークで大人しくしてただけだったかも・・)
チェリルは笑みをこぼしてから、白夜の家から離れていった。
(絶対に見つけ出すんだから、白夜を・・あたしにだって、譲れないものがあるんだから・・・!)
決意を胸に秘めて、チェリルは走り出した。彼女はガルヴォルスとしての高い五感を研ぎ澄ませた。
(お願い、白夜・・どこにいるの・・・!?)
チェリルは感覚を研ぎ澄ませて、白夜たちの居場所を探っていた。彼女はガルヴォルスの中でも感覚をより鋭く研ぎ澄ませることができ、かなり広い範囲の1点を見出すことができる。そのことはクロスファングや白夜を含め、誰にも打ち明けてはいない。
(いた!)
チェリルは白夜の気配を感じ取ることに成功した。想いを馳せて走り出そうとした彼女だが、押し寄せてきた疲労でふらつき、その場に倒れてしまう。
(イタタ・・コレをやると体力が一気になくなっちゃうのが欠点なんだよね・・・)
呼吸を乱しながら、チェリルが心の中で呟く。彼女はのガルヴォルスとしての能力は、体力を大きく消耗する。
(でも、行かないと・・行かないと白夜が・・あたしは・・・!)
疲労を訴える体に鞭を入れて、チェリルが立ち上がる。彼女はふらつきながら、ゆっくりと前に歩いていった。
「チェリルと連絡が取れない?」
兵士からの報告に丈二が眉をひそめる。
「はい・・何度も連絡を取ろうとしているのですが、応答がありません・・」
「それで、チェリルの居場所は?」
「市街付近から森林地帯に向かっています。捜索のための移動速度を超えています・・」
「まさか、ターゲットBの居場所を突き止めたのか・・そうでありながら、連絡を行わずに独自の行動を取っている・・」
兵士からの報告を聞いて、丈二がチェリルへの苛立ちを覚える。
「チェリルの行方を絶対に見逃すな。ヤツの行く先にターゲットBがいる可能性が高い・・」
「了解。」
丈二の指示に答えて、兵士が答える。すると別の兵士が2人に駆け込んできた。
「申し訳ありません!チェリル・ハウを見失いました!」
「何っ!?」
兵士からの報告に丈二が声を荒げる。
「監視の者たちが突然意識を失って・・何者かに襲われた模様です・・!」
「チェリルだ・・ガルヴォルスということは分かっていたが、まだ能力を隠していたとは・・・!」
丈二がチェリルに対してさらなる苛立ちを覚える。
「まさか、チェリル様がやったと・・」
「その可能性が高い。ヤツがクロスファングで指折りの五感の高さの持ち主であるならな・・」
兵士が不安を口にすると、丈二も一抹の不安を感じた。
「一刻も早くチェリルの行方を追え。ヤツの行く先にターゲットBがいるはずだ。ただし下手に接近するな。常に自分たちが感づかれているものだと覚悟しておけ。」
「分かりました・・注意します・・・」
丈二の指示を受けて、兵士たちが動き出した。
(まさかチェリルまでもオレたちに反旗を翻してくるとは・・これではますますクロスファングの崩壊につながる・・・!)
「ガルベルト隊長、チェリルが独自に行動して・・」
丈二は焦りを押し殺して、リュウへの連絡を取った。
白夜たちの気配のするほうに向かうチェリル。その途中、彼女は自分に向けられたクロスファングの監視を返り討ちにして気絶させていた。
(周りの気配を気にして、知らされないようにしてるけど・・疲れがたまってなかなか進めない・・・)
息を絶え絶えにしながらも、チェリルはひたすら前進しようとしていた。
(それでもあたしは行く・・誰にも邪魔はさせないんだから・・・!)
チェリルは力を振り絞って1歩1歩前に進んでいく。彼女は森林地帯の中にある谷にたどり着いた。
「この辺り・・この辺りに白夜がいる・・・!」
チェリルは周りを見回して白夜の姿を探る。しかし周囲に人の姿も見えない。
(いるはずだよ・・ほんのちょっとだけど、白夜の気配を感じてる・・・!)
わずかに感じる白夜の気配を頼りに、チェリルは谷の周りを歩き出した。それでも彼女は白夜たちを見つけることができない。
(こうなったら、また感覚を研ぎ澄ませて・・・!)
チェリルは意識を集中させて、改めて白夜を探した。この谷の周辺に何かがあると彼女は思っていた。
(この谷の中・・空洞ができている・・・!?)
チェリルも谷の中にある隠れ家の存在に気付いた。体力の消耗で彼女が再びふらついた。
(見つけた・・見つけたけど・・すぐに動けない・・・!)
呼吸を乱すチェリルがこの場から動くことができなくなってしまった。しかし彼女は白夜への想いに突き動かされていた。
(動かないと・・2度と白夜に会えない気がする・・・!)
自分に言い聞かせて、チェリルは谷の入り口を探す。
(もしかしてこの下かな・・ちょっと体力が戻らないと、白夜を見つめる前にあたしが参っちゃう・・・!)
「ずいぶんと一生懸命になっているようだな、チェリル・・」
思考を巡らせていたところで声をかけられ、チェリルが緊張を覚える。振り返った彼女の前にトリスがいた。
「トリス・・・!」
「ここまでたどり着いただけじゃなく、オレの隠れ家のことも気付いているみたいだ・・もしかして、ものすごく勘がいいとか・・」
身構えるチェリルにトリスが淡々と声をかけてくる。
「白夜はどこ・・一緒じゃないの・・・!?」
「さっきまで一緒だったさ。だけど他のヤツには教えられないな。アイツも小夜もオレの隠れ家にいるから・・」
「隠れ家・・もしかして、この辺りのどこかに・・!?」
トリスの言葉を聞いて、チェリルがまた周りを見回す。しかしトリスはチェリルに2人のことを話さない。
「当たらずも遠からずだったか。本当に感覚が鋭くて、小夜と白夜がオレの隠れ家にいることを見抜いた・・」
「・・・誰にも話したことはなかったけど、さすがに気付かれちゃうか・・・」
トリスの言葉を聞いて、チェリルが苦笑いを浮かべる。
「このまま放っておいても見つけられるのは時間の問題だからな・・」
トリスが肩を落としながら、チェリルをじっと見つめる。彼から威圧感を感じて、チェリルが緊張を募らせる。
「君もかわいいからね・・引き連れていくことにするか・・」
「ちょっとトリス、何を企んで・・!?」
迫ってきたトリスにチェリルが身構える。だが彼女は逃げきれずに、トリスに腕をつかまれてしまう。
「前から君もものにしておきたいと思っていたんだ・・」
トリスに引き寄せられて、チェリルが谷の壁に入り口のある彼の隠れ家に引き込まれてしまった。その瞬間、チェリルは持っていた発信器のスイッチを入れて、谷の上に落としていた。
次回
「これがオレの欲望さ・・」
「白夜・・そんなことって・・・!?」
「このまま野放しにしておくわけにはいかないな・・」
「あたしの気持ちはもう決まってる・・」
「どんなことをしてでも、あたしは白夜を助ける!」