ガルヴォルスBLOOD 第7話「蝕」

 

 

 咲夜がガルヴォルスの存在を目撃してから一夜が明けた。咲夜が眠っているのを見守っていた小夜も、いつしか眠りについていた。

 小夜が目を覚ましたのは、朝日が昇ろうとしていたときだった。

「私も・・いつの間にか眠っていたみたいね・・・」

 意識をはっきりとさせながら、小夜が記憶を思い返す。彼女は不安を抱えたまま、眠っている咲夜に目を向けた。

(咲夜・・ゴメン・・私のために、あなたまで・・・)

 小夜が再び咲夜に謝意を示した。咲夜を危険にさらしたことを、小夜はたまらなくなっていた。

(絶対に守らないと・・私が守らないと・・・)

 小夜は自分に強く言い聞かせた。咲夜をはじめとした、自分の大切な人たちを守ることを。それは小夜が心から願っていることでもあった。

「小夜・・ちゃん・・・」

 そのとき、咲夜が目を覚まして体を起こしてきた。

「咲夜・・起きて大丈夫・・・?」

「・・大丈夫かどうかも分かんない・・気持ちの整理がつかない・・・」

 心配の声をかける小夜と、苦悩を見せる咲夜。彼女の様子を見て、小夜も困惑していた。

「もう大丈夫だから・・悪い夢だと思えばいい・・・」

「悪い夢・・夢なのかな・・ホントに・・・」

 小夜が励まそうとするが、咲夜は不安を消せないでいた。

「今日は学校を休んで・・今日1日、ゆっくり休んだほうがいい・・・」

「ううん・・1人でいるほうがどうかなっちゃいそうだから・・小夜ちゃん、一緒に行こう・・・」

 休むように呼びかける小夜だが、咲夜は首を横に振った。心配を抱えながらも、小夜は咲夜の気持ちを受け入れることにした。

「分かったわ・・でも、少しでも気分が悪くなったと感じたら、保健室に行くなり、早退するなりして・・くれぐれもムリはしないように・・」

「うん・・小夜ちゃんもね・・」

 互いに心配を呼びかけあって、小夜と咲夜は微笑んで頷いた。2人とも自分の気持ちを落ち着かせることに精一杯になっていた。

 

 小夜の捜索を買って出たチェリル。丈二の捜索で範囲を狭めたものの、チェリルは小夜の正確な居場所を発見できないでいた。

 その彼女に不満を抱いて、白夜は苛立ちを募らせていた。

「まだ見つからないのか、アイツは・・!?

「今まで探しても絞り込めてない相手だったんだもん。いくらあたしでもすぐには・・」

 鋭い視線を向けてくる白夜に、チェリルが困った顔を見せる。

「やはり自分で探しに行ったほうが正解だったようだ・・今から行って・・」

「あ、待って!」

 出ていこうとする白夜を呼び止めて、チェリルが通信機を渡してきた。

「どうしても自分で探しに行くっていうなら、せめてコレは持ってって。見つけたらすぐに知らせるから・・」

「受け取りはするが、期待はしない・・」

 白夜はチェリルから通信機を受け取って、改めて外に出ていった。

「相変わらずの様子だな、アイツは・・」

 その入れ違いに丈二がやってきて、チェリルに声をかけてきた。

「ターゲットBの行方もだが、最近新たなガルヴォルスの犯行が確認されている。このガルヴォルスも放置できなくなってきた・・」

 丈二がチェリルに情報を提示してきた。チェリルがその情報に目を通して、コンピューターを操作してデータを出した。

「ターゲットBとは違うみたいだね・・手口が違うし・・」

「そうだな。血が一滴残らず抜き取られているのは共通しているが、抜き取ったときの傷が首筋ではなく体にあった。他のガルヴォルスが別のやり方でやったのだろう。」

 データにも目を通して、チェリルと丈二が声を掛け合う。

「ターゲットBだけでなく、ヤツの行方も追ってくれ。」

「もう、人使いが荒いんだから・・そんなに目も手も動かせないって・・」

「それはオレも他のヤツも同じだ。猫の手も借りたいとはまさにこのことだ・・」

 互いに不満の声を上げるチェリルと丈二。

「にもかかわらず、日向白夜は好き勝手なことをやっている・・呆れてものも言えない・・」

「丈二くん・・仲良くやれば、できないことがなくなると思うんだけど・・・」

「それは世界が滅びることよりもありえないことだ・・」

「丈二くんったら、強情なんだから・・・」

 丈二の言葉と態度に、チェリルが滅入ってため息をつく。

「オレは心を乱すこともくだらない意地を張ることもしない・・してもムダだと理解している・・」

 丈二はチェリルに告げてから外に出ていった。

(丈二くんだって、ホントは白夜くんみたいに感情豊かだったじゃない・・)

 彼の後ろ姿を見送って、チェリルは心の中で参っていた。彼女は気持ちを切り替えて、情報の整理とガルヴォルスの捜索を始めた。

 

 人気のない林道に、1人の女子がいた。彼女は怯えて、大木の幹を背にしていた。

 彼女の目の前には1人の青年が立っていた。逆立った白髪をした長身の青年である。

「逃げるなんてひどいじゃないか・・お前だって苦しい思いをするのはイヤだろう?」

 青年が女子に向けて笑みをこぼす。女子は恐怖で震えていて、言葉を出すこともできないでいた。

「怯えることもない・・すぐに楽にしてやるから・・・」

 青年の頬に異様な紋様が浮かび上がる。彼の姿が異形の怪物へと変貌した。

「キャアッ!」

 悲鳴を上げた女子に向けて、青年が体から触手を伸ばす。その1本が彼女の胸に突き刺さった。

「痛い・・助けて・・・!」

 痛みに顔を歪める女子。彼女の体から触手が吸い取っていく。

「思っていたとおり、おいしい血だ・・やはり血はきれいな女性のものに限る・・・」

 青年が喜びの声を上げる。彼は女子から血を吸い取って、その味を堪能していた。

「助けて・・・たす・・け・・・て・・・」

 力を入れられなくなった女子がうなだれて動かなくなる。怪物、ヒルガルヴォルスは触手を振り払って、女子を茂みに放り投げた。

「また満たされた・・血を吸ったことで力も上がった・・・だがまた満足できなくなる・・・」

 ヒルガルヴォルスが浮かべていた喜びと笑みを消す。

「そういえばここのところ、ガルヴォルスを斬っている子がいるって噂が流れてるな・・」

 人間の姿に戻った青年が、小夜のことを思い浮かべて、再び笑みを浮かべる。

「どんな味がするのか、確かめたくなってきたな・・・」

 期待に胸を躍らせて、青年は林道から去っていった。彼が多くの女性の血を吸い取る犯人だった。

 

 グラスガルヴォルスに襲われてから数日がたった。小夜も咲夜も平穏な学校生活を送っていた。

 咲夜を心配していた小夜だったが、咲夜はだんだんと落ち着きを取り戻してきていた。今では普段見せていた明るさと笑顔を見せるようのもなっていた。

「咲夜、もう大丈夫なのかな・・・?」

「あたしはとりあえず大丈夫・・でもあたし、小夜ちゃんのことが気になっちゃって・・・」

 心配するつもりが、逆に咲夜に心配される小夜。

「私も大丈夫・・どうしても大丈夫に見えないとしたら、きっと咲夜を心配しすぎているからかな・・・」

「小夜ちゃんったら・・でもありがとうね・・・」

 小夜の答えを聞いて少し呆れるも、咲夜は彼女に感謝を見せた。彼女の笑顔を見て、小夜は戸惑いを感じていた。

(こんな時間がいつまでも続いてほしい・・気持ちが落ち着ける、戦いのない時間が・・・)

 小夜は願っていた。咲夜やみんなとの日常を過ごせることを。

 その願いを叶えるための戦いに身を投じて終わらせる。小夜はこの決意を改めて募らせていた。

 

 その日の放課後となり、小夜は寮に帰る支度をしていた。

「小夜ちゃん、ゴメン。今日も一緒に帰れないよ・・」

 そんな彼女に咲夜が声をかけて謝ってきた。しかし小夜は微笑みを絶やさなかった。

「いいよ、気にしなくて・・咲夜も頑張って・・」

「エヘヘ・・それじゃ、頑張ってくるよ♪」

 小夜に励まされて、咲夜は笑顔を見せて教室を飛び出していった。彼女の笑顔に小夜のほうが励まされていた。

 安らぎを感じようとしながら、小夜は学校を後にした。彼女は1人、寮への帰路を歩いていた。

(1人・・・慣れていると思っていたけど、やはり辛い・・・)

 孤独の辛さを感じていく小夜。戦いの中では1人ということを実感しながらも、さみしさや辛さを感じたことはなかった。感じる余裕がなかっただけかもしれない。

 何にしても、1人でいることはいいことよりも悪いことのほうが多い。小夜は今、そのことを実感していた。

(でも絶望的とまではいっていない・・咲夜がいるから・・・)

 友情と大切なものを胸に宿して、小夜は微笑んで小さく頷いた。

 そのとき、小夜は強い気配を感じて緊張を覚える。ガルヴォルス特有の気配を彼女は感じ取ることができるのである。

(近くにいるの!?・・・あるいは強いガルヴォルスが現れたの・・・!?

 思考を巡らせながら、小夜は気配の感じるほうに向かって走り出した。

(もしかして、クロスファングの狼のガルヴォルスじゃ・・・!?

 白夜のことを思い出した小夜。互角の攻防を仕掛けてきた彼の姿を、彼女は頭に焼き付けていた。

 警戒を強めながら、小夜は林道に足を踏み入れた。その真ん中で立ち止まって、彼女は五感を研ぎ澄ませた。

(こんなに強い気配・・でも狼のガルヴォルスとは違う・・・!)

「オレを探しているのかい?」

 見回しているところで声をかけられて、小夜は振り向かずに意識だけを声のしたほうに向ける。彼女のそばに白髪の青年が姿を現した。

「わざわざオレを探しに来るなんて、物好きな子もいたものだ・・」

 笑みをこぼす青年の頬に紋様が走る。

「きれいな子だ・・どんな味の血をしているのか、楽しみだ・・・」

 青年がヒルガルヴォルスへと変貌した。異形の姿となった彼を目の当たりにして、小夜は表情を変えない。

「度胸があるみたいだな・・だがお前もオレの餌食だ・・」

 ヒルガルヴォルスが小夜に向けて触手を伸ばした。だがその触手が切り裂かれた。

 笑みを消すヒルガルヴォルス。彼の眼前にいる小夜の手には刀が握られていた。

「お前があの刀の女子高生か・・ここで会えるとは・・」

「お前たちガルヴォルスのために、日常を壊させはしない・・・!」

 喜びを覚えるヒルガルヴォルスが、小夜に向けてさらに触手を伸ばす。小夜は刀を振りかざして触手を切り裂く。

 切断された触手をかき分けて、ヒルガルヴォルスが自ら飛びかかってきた。彼が突き出してきた爪を、小夜は刀を構えて受け止める。

「見た目によらず、速さも力もある・・高いガルヴォルスに相当する強さだ・・」

 ヒルガルヴォルスがさらに爪を振りかざす。小夜は後ろに下がって爪をかわす。

「どれほどおいしい味の血をしているのか、確かめさせてもらおうか・・」

 小夜は触手を伸ばして小夜の血を狙う。着地した小夜は触手を斬らずにかわし、ヒルガルヴォルスに詰め寄った。

 手にしている刀を力を込めて振り上げる小夜。とっさに後ろに下がったヒルガルヴォルスだが、回避が間に合わず、左肩を切り裂かれた。

「ぐっ!・・オレが、体に傷をつけられるとは・・・!」

 斬られた体を手で押さえて、ヒルガルヴォルスが苛立ちを見せる。彼から悠然さが完全に消えていた。

「お前は何者だ・・クロスファングとは関係ないのか・・・!?

「クロスファング?・・あのルールにうるさいヤツらか・・・」

 小夜が問いかけると、ヒルガルヴォルスがあざ笑ってきた。

「オレをあんな連中と一緒にするな・・オレも気に入ってはいない・・」

「そうか・・だが人間を食い物にしていることに変わりはない・・・!」

 小夜が再び刀を振りかざすが、ヒルガルヴォルスは後ろに下がってかわした。

「このままやられてたまるか・・必ずお前の血をいただいてやる!」

 ヒルガルヴォルスは言い放つと、小夜の前から素早く逃げ出していった。すぐに追いかけた小夜だが、林の中に逃げられてしまい、ヒルガルヴォルスを見失ってしまった。

「逃げられた・・・あのガルヴォルス、クロスファングと同じくらいに厄介かもしれない・・」

 刀を下げた小夜が不安を浮かべる。ヒルガルヴォルスが現時点で強いだけでなく、さらに強くなれる可能性があると彼女は思っていた。

「強くなられたら手に負えなくなるかもしれない・・早く倒さないと・・・」

 ヒルガルヴォルスを倒すことも頭に入れて、小夜はこの林道を去っていった。

 

 小夜から辛くも逃げ出すことができたヒルガルヴォルス。人間の姿に戻った彼は、小夜にやられたことに苛立ちを感じていた。

「まさか、ここまでやられるとは・・まだ力が、アイツより足りない・・・!」

 自分に力が足りないことを痛感して、青年がさらに力を欲するようになる。

「力が足りないなら、力を増やせばいい・・血を吸えば、オレは力を増やすことができる・・・」

 苛立っていた青年の顔に笑みが戻ってきた。

「必ずお前を超えて、お前の血がどんな味をしているのか、確かめさせてもらう・・・楽しみだ・・・」

 期待と喜びに胸を躍らせて、青年は歩き出していく。彼の小夜に対する野心がさらに強まっていた。

 

 女性から血を吸い取っていく青年に関する情報を、チェリルたちは整理していた。彼女は徐々に青年の素性を調べていった。

 その情報に改めて目を通そうと、丈二がやってきた。

「丈二くん、犯人のガルヴォルスのことが分かってきたよ・・」

 チェリルが青年に関する話を丈二にしてきた。

「このガルヴォルスは人の血を吸って力を高めていく能力を持っている。ほっとくと手に負えなくなってくるよ・・」

「そのガルヴォルスの居場所は分かっているのか?」

「場所までは断定できてないけど、犯人のことは分かってきたって言ったよね。」

 丈二の問いかけに答えて、チェリルはコンピューターを操作して、モニターに青年のデータを映し出した。

藤堂(とうどう)知矢(ちや)。高校在学中に行方不明になっている。それからの2年間、手がかりさえも見つけられなかったのだけど、ガルヴォルスになっていたとはね・・」

「ガルヴォルスになり、さらに力を求めようとして、人を襲っているのか。短絡的な考えと行動だ。」

 チェリルの話を聞いて、丈二が肩を落とす。

「藤堂知矢は単独で行動している。自分以外は信じてないってとこだね・・」

「自分以外は敵ということか・・ならばターゲットBと同士討ちさせるのもいいかもしれない・・」

 チェリルの言葉を聞いて、丈二が笑みを浮かべた。小夜と知矢、2人が戦えばお互い無事でいられない。そこを狙えばいいと、彼は思いついていた。

「問題はヤツ、日向白夜の出方か・・割り込まなければいいのだが・・」

「丈二くんったら、また・・・」

 ひとつの危惧を口にする丈二に、チェリルは呆れていた。

(白夜くん、大丈夫かな・・・?)

 白夜への心配を、チェリルは心の中で募らせていた。

 

 

次回

第8話「力」

 

「力がほしい・・血がほしい・・・」

「どこだ・・どこにいる・・・!?

「お前も人を弄んでいるのか・・・!?

「お前の血を奪えば、オレは一気に強くなれる・・・」

 

 

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