ガルヴォルスBLOOD 第5話「鮫」
日常の高校生活を過ごす傍ら、ガルヴォルスとの戦いを続けている小夜。彼女は戦いのことを悟られないように振る舞っていた。
この日も小夜はいつものようにきちんと目を覚ましたが、咲夜は相変わらずの寝坊をしていた。
「待ってって、小夜ちゃーん・・!」
咲夜が涙目になりながら、小夜に追い付いてきた。
「どうして小夜ちゃんはいつもきちんと起きれるの〜?」
「逆に聞き返すよ。どうして咲夜はいつもきちんと起きれないの?しっかりとしていれば、寝坊しないで起きることができるはずなのに・・」
不満を言う咲夜に、小夜は呆れて肩を落としていた。
「そういう咲夜ちゃんも、夜遅くなることがあるじゃない・・」
咲夜が口にしたこの言葉を耳にして、小夜が動揺を覚えた。事実を知られていないものの、咲夜に迷惑をかけてしまっていることを、小夜は痛感していた。
「ゴメン、咲夜・・気をつけてはいるんだけど・・・」
「謝るくらいならホントに気を付けてほしいって・・・」
謝る小夜の両手を咲夜が取った。
「危ないこととかに首突っ込んでないよね、小夜ちゃん・・?」
「咲夜・・・」
悲しい表情を見せる咲夜に、小夜が戸惑いを募らせていく。
「それだけは気を付けてね、小夜ちゃん・・ホントに危ないことしちゃダメだからね・・」
「ありがとう、咲夜・・分かっているよ・・・」
念を押す咲夜に、小夜は小さく頷くしかなかった。
クロスファング本部に来た白夜は、間を置かずに小夜の捜索を始めようとした。
「おはよう、白夜くん。今日もターゲットBを探すんだね。」
チェリルが声をかけるが、白夜は憮然とした態度を見せるだけだった。
「丈二くんから口止めされてるんだけど、やっぱり言ったほうがいいって思って・・」
チェリルのこの言葉を耳にして、白夜がようやく視線を彼女に向けた。
「丈二くんもターゲットBの捜索に出たよ。自分たちでターゲットBを捕まえるって・・」
「何だと・・!?」
「白夜くんは何かの事情があるみたいだけど、丈二くんたちはクロスファングの任務として・・」
チェリルの言葉を聞いて、白夜が憤りを浮かべる。
「ヤツをやるのはオレだ・・他のヤツらなどに・・・!」
「あっ!待ってよ、白夜くん!あたしも行くよ!」
走り出した白夜をチェリルを追いかけていく。2人も小夜と丈二を探すことに集中するのだった。
クロスファング本部の外で、丈二は小夜の捜索を続けていた。彼は小夜が現れた場所をチェックしていた。
「この地点か。間違いない。ターゲットBはこの地点を円とした中心にいる。断定には至っていないが、かなり絞れた・・」
小夜を追い詰めることができて、丈二が笑みを浮かべる。
「だがターゲットBのことは公にできない。夜に拘束するのが効率がいいが、日向白夜に介入される可能性が高くなる・・」
懸念を口にして、丈二は互い策を考えていく。
「ここはポイントをさらに数ヶ所に絞って、監視を行っていくしかないようだ。お前が高い戦闘力を備えていようと、数ではこちらが圧倒的に有利なのだからな・・」
策を提案した丈二が部隊に連絡を入れた。絞られたポイントは小夜の住む朱島。それも朱島高校を中心としていた。
「これから提示するポイントを監視しろ。ターゲットBを発見次第、こちらに報告しろ。
“了解。”
この日の授業が終わり、小夜と咲夜は下校していた。小夜と一緒に帰れて、咲夜は喜んで背伸びをする。
「んー!こうして小夜ちゃんと一緒に帰るのって久しぶりな気がするよ。いつも部活があって、なかなか一緒に帰れないから・・」
「その代わり、私が先に帰って夕ご飯の支度をしているんだけどね。でもこうして一緒に帰るんだから、咲夜にもちゃんとお手伝いさせないとね・・」
「う〜、小夜ちゃんのいじわる〜・・」
小夜に言われて咲夜がふくれっ面を見せる。
(こういう時間を過ごせることが、本当に幸せに思えてくる・・あの人たちもガルヴォルスも、見境なく私の時間を壊していく・・)
小夜が心の中で、切なさと敵への憎悪を募らせていく。同時に彼女は、咲夜に対する感情も抱いていた。
(絶対に咲夜を巻き込みたくない・・咲夜に何かあったら、耐えられない・・・)
小夜は一抹の不安を心の奥に押し込めるのに必死になっていた。
「そうだ。せっかく一緒に夜ご飯作るんだから、買い物も一緒に行っちゃおうよ♪」
「咲夜・・そうね。何を作るか考えながら、買い物をしましょう。」
咲夜が持ちかけた提案に小夜が頷く。2人は寮への道を外れてスーパーに向かうことにした。
咲夜と一緒にスーパーに向かう小夜。彼女の行動はクロスファングの兵士たちに監視されていた。
「ターゲットB、発見。これより捕獲に・・」
“オレが行くまで手出しするな。このまま監視を続けろ。”
連絡する兵士に丈二からの指示が入る。
“それにヤツの正確な居所を把握すれば、ヤツの捕獲に有力になる上、ヤツの行動範囲が一気に狭まることになる。”
「了解です。このままターゲットBの監視を続けます。」
丈二の指示を受けて、兵士は小夜の監視を続けるのだった。
街の中にあるデパートのショッピングロード。平日であるにもかかわらず、行き交う人々がにぎわいを見せていた。
だが突然、その中の1人の女性が突然ガラスの像へと変わっていった。
「キャアッ!」
周囲にいた人々が、この突然の出来事を目撃して、悲鳴を上げて逃げ出す。その中の数人もガラスの像へと変わっていって動かなくなっていった。
「フッフッフ。みんなきれいになっていく・・」
この悲劇を物陰から見つめている視線があった。その人物が人々をガラスに変えていた犯人だった。
「この調子でもっとみんなをきれいにしていこう・・」
影は次の標的を狙って、ショッピングロードを立ち去った。デパートの近くにあるスーパーを目指して。
夕食の材料を買うため、小夜と咲夜はスーパーを訪れた。商品を見回して、2人は献立を考えていた。
「今日は野菜炒めでもいいかな?お肉やお魚ばかりなのもあれだし・・」
「いいわね。今夜はそれでいこう。」
咲夜の提案に小夜が頷く。2人は野菜を手に取って、いい野菜を選ぼうとする。
「ん〜、どれを使っていったらいいかな〜・・?」
野菜選びに悩んでいる咲夜。彼女のそばで、小夜はトマトジュースの缶を手にしていた。
小夜が欲していたのはトマトジュースではなかった。トマトジュースから連想していた血だった。
「小夜ちゃん?・・小夜ちゃん、どうしたの・・?」
そこへ咲夜に声をかけられて、小夜が我に返る。
「大丈夫、小夜ちゃん?具合でも悪いの?」
「う、ううん、何でもない・・ちょっとボーっとしていただけ・・」
心配する咲夜に、小夜が作り笑顔を見せる。
「ホントに大丈夫?・・今夜はあたしが夜ご飯作ろうか・・?」
「それには及ばないよ・・咲夜に任せたら、本当にいためてしまうから・・」
「もう、小夜ちゃんったら〜・・・」
小夜にからかわれて、咲夜がまたふくれっ面を見せた。彼女の反応を見て、小夜は笑みをこぼしていた。
「キャアッ!」
そのとき、スーパーの店内で突然悲鳴が上がった。小夜は和らげていた緊張を再び膨らませた。
「な・・何なの、あれ・・・!?」
咲夜が見ている光景に目を疑った。スーパーにいた人数人が、突然ガラスの像へと変わって動かなくなっていった。
(あれ・・もしかして、ガルヴォルス・・!?)
小夜はこの出来事がガルヴォルスの仕業であると即断した。だがそばに咲夜がいることに、小夜は不安に感じていた。
(咲夜を巻き込むわけにはいかない・・まして咲夜の前で戦うなんて・・・!)
「咲夜、すぐに避難したほうがいいみたい・・!」
小夜が呼びかけるが、咲夜は緊張と恐怖に襲われて動けなくなっていた。
「咲夜!」
小夜は声を上げて、咲夜の腕をつかんで引っ張った。2人はガラス化の被害が出ているスーパーの表の出入り口とは反対にある裏口から外に出た。
「咲夜、しっかりして!咲夜!」
小夜に呼びかけられて、咲夜が我に返る。
「とりあえずあそこから逃げよう、咲夜・・おかしいのは間違いないから、関わらないほうがいいよ・・!」
「小夜ちゃん・・・」
呼びかける小夜に咲夜が戸惑いを見せる。
「もう今日は寮に帰ったほうがいいわね・・家にいたほうが少しは落ち着けるかもしれな・・!」
小夜が咲夜を連れて女子寮に戻ろうとしたときだった。
「自分たちだけ逃げるなんてずるいじゃない・・」
横から声をかけられて、小夜と咲夜が足を止めた。2人の前に長い黒髪の青年が現れた。
「そういう意地悪をする君たちには、お仕置きしないといけないね・・」
微笑む青年の頬に異様な文様が浮かび上がる。彼のその変化を見て、小夜の緊張が一気に膨らんだ。
青年の姿がガラスの体質をした怪物となった。
「バ、バケモノ・・!?」
青年が変身したグラスガルヴォルスの姿を見て、咲夜が驚愕と恐怖を見せる。
「別々にやったほうがいいかな・・それとも2人一緒のほうがいいかな・・?」
「咲夜、もう1度逃げるよ!」
さらに笑みをこぼしてくるグラスガルヴォルスから、小夜が咲夜を連れて逃げ出そうとする。
「何度も逃げられるもんじゃないよ・・」
グラスガルヴォルスの両足から液状のガラスが伸びてきた。そのガラスをよけようとして、小夜と咲夜は茂みに飛び込んでしまった。
「うぅ・・・咲夜・・・!」
小夜が痛みに耐えながら、咲夜に呼びかけた。咲夜は意識を失っていて、倒れたまま動かなくなっていた。
(咲夜・・・咲夜には悪いけど、今はこのほうが都合がいいかもしれない・・・)
後ろめたい気持ちを感じながら、小夜は茂みから外に出る。同時に彼女は意識を集中していた。
(これは私自身の戦いのためじゃない・・咲夜を、みんなを守るために・・)
「この力を!」
言い放つ小夜のかざした右手に刀が現れた。彼女の使っている刀は、彼女の闘争本能に呼応して呼び寄せられるのである。
「そんな物騒なもので私を斬るつもりかい?危なっかしいね・・」
「関係のない人を自己満足のために襲い、咲夜まで狙ったお前を、私は生かしてはおかない・・・!」
妖しく微笑むグラスガルヴォルスに対し、小夜が鞘から刀を引き抜いて構える。彼女は素早く飛び出して、グラスガルヴォルスに刀を振りかざす。
だがグラスガルヴォルスの体は切り裂かれるどころか傷ひとつつかない。
「私の体は簡単には斬れないよ。私もガラスだからね・・」
微笑むグラスガルヴォルスに、小夜がさらに刀を振りかざす。だが何度斬りかかっても、刀とガラスのぶつかる金属音が響くだけだった。
「そろそろこっちが仕掛ける番だよ。」
グラスガルヴォルスが小夜を突き飛ばして、足から液状のガラスを伸ばしていく。小夜は素早く動いてガラスをかわして、ガラスにされるのを避けていく。
小夜は速さを駆使してグラスガルヴォルスの背後に回り込む。そこから刀を振りかざす彼女だが、これもグラスガルヴォルスを斬れない。
「素早いみたいだけど、それでも私を斬ることはできない。」
「くっ・・!」
悠然と振る舞うグラスガルヴォルスに、小夜が焦りを見せる。
「そういう物騒なことをやるよりは、きれいになることのほうが女らしくていいじゃないかな・・」
「自己満足な美談など聞く価値もないな・・」
そのとき、グラスガルヴォルスに向けて声が返ってきた。彼と小夜の前に、丈二が兵士たちを伴って現れた。
「お前たち・・こんなときに・・・!」
「ようやく見つけたぞ・・ターゲットB・・」
さらに焦りを見せる小夜を、丈二が冷静に見据える。
「クロスファングの名において、お前を処断する。」
丈二が告げた瞬間に、兵士たちが小夜を狙って発砲してきた。小夜は素早く動いて弾丸をかわしたが、グラスガルヴォルスは弾丸を受けても全く効いていなかった。
「せっかくあの子をきれいにしようとしていたのに・・邪魔をされると困るな・・」
グラスガルヴォルスが笑みを消して、両腕を振りかざしてきた。彼の両腕が伸びて、鞭のようにしなった。
「ぐおっ!」
ガラスの鞭に叩きつけられて兵士がうめく。さらに鞭からさらにガラスが生えてきて、兵士たちの体を貫いてきた。
血まみれになっていって倒れていく兵士たち。両腕を1度元に戻して、グラスガルヴォルスがため息をつく。
「醜い男は何をしても醜いものだ・・呆れてものが言えない・・」
「やはりオレがやるしかないようだ・・」
グラスガルヴォルスの前に丈二が出てきた。
「悪いけど醜い男には興味が湧かないんだよ・・」
「その余計なお世話はもうする必要はない・・」
冷徹に告げる丈二の頬に紋様が走る。彼の姿がサメのような怪物へと変わった。
「へぇ・・君もガルヴォルスだったのか・・」
「ターゲットBから手を引け。出なければお前から処断する。」
「手を引くのは君たちのほうだよ。先に見つけたのは私なんだから・・」
「罪人に選択も決定もない。断罪以外の末路はない。」
グラスガルヴォルスの悠然とした態度を気に留めず、丈二は冷淡に告げる。
「まずは君から始末したほうがいいかもしれないね・・」
「オレには時間がない。苦しむことなく地獄に逝けることを感謝するのだな。」
グラスガルヴォルスが両手を伸ばし、丈二が素早く走り出す。丈二は肘にある角で切り裂こうとするが、グラスガルヴォルスの腕を切り裂くことができない。
「私の体はどんなことをしても切れないよ。」
グラスガルヴォルスが悠然と言いかけると、丈二が距離を詰めて刃を振りかざす。しかし立て続けに刃をぶつけても、グラスガルヴォルスの体は切れない。
「何度やってもムダだよ。その切れ味じゃ私を切ることはできな・・」
グラスガルヴォルスが悠然さを保っていたところだった。丈二が振りかざした刃が、グラスガルヴォルスの体に傷をつけたのだった。
「何っ!?」
傷ついたことに驚愕するグラスガルヴォルスが、その場に膝をつく。丈二がグラスガルヴォルスに向けて鋭い視線を投げかける。
「まだ生きていたとは・・頑丈というのは確かだったな。」
冷徹に告げる丈二に、グラスガルヴォルスが焦りを見せる。
「今度こそお前だ、ターゲットB。お前を拘束する。」
丈二が小夜に振り返り、刃を構える。小夜も刀も構えて丈二を見据える。
そのとき、丈二の上を人影が通り過ぎた。その姿に丈二が目を見開いた。
「今度こそ・・今度こそお前を倒す!」
小夜に向かって飛びかかってきたのは、ウルフガルヴォルスになった白夜だった。
次回
「なぜオレたちの邪魔をする?」
「クロスファングとしての自覚が、お前にはない。」
「オレはオレの目的のために戦うだけだ・・」
「やはりお前も、ここで処罰しなければならないようだな・・」