ガルヴォルスBLOOD 第4話「氷」

 

 

 クロスファングの研究室から脱出してから数日がたった。体の傷はすっかりなくなり、小夜は再び日常へと戻っていた。

 詳しいことを咲夜に話してはいない。話せば危険に巻き込むことになると、小夜は思っていた。

(ウソついてしまったけど・・咲夜、気にしているかもしれない・・・)

 咲夜との向き合い方が分からず、小夜は不安を感じていた。

「小夜ちゃーん!小夜ちゃん、待ってー!」

 そこへ咲夜が慌ただしく走り込んできた。その拍子に足をつまずいて、彼女は小夜に支えられる。

「咲夜、大丈夫?・・そんなに慌ててどうしたの・・?」

「大丈夫、大丈夫・・って、慌てるよ!また寝坊して遅刻しそうだっていうのに〜・・!」

 心配する小夜に咲夜が慌てたまま答える。

「それは咲夜が朝きちんと起きないからいけないのよ。これで何度目かな?」

「う〜、小夜ちゃんのいじわる〜・・・」

 小夜に注意されて咲夜がふくれっ面を見せる。

「不満になってもダメ。早くしないと本当に遅刻するわよ・・」

「あっ!だから待ってって、小夜ちゃーん!」

 歩き出す小夜を、咲夜が慌てて追いかけていった。そのすぐ後に学校のチャイムが鳴り響いた。

 

 クロスファングでは現在、ガルヴォルスの犯罪者だけでなく、小夜の行方を追っていた。だが彼女の居場所は発見できず、その手がかりさえもつかめないでいた。

 その中で白夜は、独自に小夜の行方を追っていた。しかしガルヴォルスやクロスファングに詳しいはずもなく、白夜は捜索をするだけでも手を焼いていた。

「アイツは・・アイツはどこにいるんだ・・・!?

「1人で探すのは限界があるよ♪」

 苛立つ白夜に声をかけてきたのはチェリルだった。

「クロスファングの情報網にも引っかからないくらいなんだから、1人で見つけられるなんて奇跡級の難しさだよ。」

「関係ない。オレはヤツを倒す。仇を討つ。それだけだ・・」

 チェリルの言葉に耳を貸さない白夜。しかしチェリルは笑顔を絶やさない。

「あたし、ほっとけないんだよ・・君みたいな人を見たの、少なくないから・・」

「関係ないと言っているだろ・・オレの邪魔をしたいのか・・・!?

 心配の声をかけるチェリルに、白夜が鋭い視線を向ける。彼は苛立ちを隠さないまま、チェリルの前から歩き出していった。

「白夜くん・・・」

「あのようなヤツがオレたちの仲間とは認めたくないものだな・・」

 戸惑いを浮かべているチェリルの前に、丈二が姿を現した。

「個人の感情だけで行動する・・軍や組織に身を置くものとして恥ずべき行為だ・・」

「そういう丈二だって、昔は熱血漢だったじゃん・・」

「言うな!」

 笑顔を見せたまま言いかけるチェリルの言葉を、丈二が怒鳴ってさえぎる。

「そのことを口にするな・・破れば容赦しないぞ・・・!」

 丈二は鋭く忠告すると、チェリルの前から立ち去っていった。

「もう、丈二も白夜くんも明るくなれないんだから・・・」

 チェリルが滅入ってしまい、ため息混じりに歩き出していった。

 

 昼休みになって、小夜と咲夜は昼ごはんを食べていた。この日2人は小夜の作ったお弁当を食べていた。

「小夜ちゃんはすごいね♪勉強も運動もできて、料理もうまいんだから♪」

「咲夜も感心していないで頑張らないと・・でないともっとダメになってしまうよ・・」

 上機嫌になっている咲夜に、小夜が注意を入れてきた。

「そういう小夜ちゃんだって、この前は帰りが遅かったじゃない・・」

「それは・・・」

 ふくれっ面を見せる咲夜の言葉に、小夜が動揺を見せる。すると咲夜が照れ笑いを見せてきた。

「ゴメン、小夜ちゃん・・からかってゴメンね・・でもホントに、何かあったんじゃないかって心配になったんだから・・・」

 謝意と心配を見せる咲夜。友達に何かあるのは辛いと、彼女は思っていた。

「咲夜・・謝るのは私のほうよ・・ごめん、心配かけて・・・」

「いいよ、小夜ちゃん・・無事に帰ってきたんだから・・・」

 頭を下げる小夜に、咲夜が笑顔を見せる。彼女の笑顔に励まされて、小夜も笑顔を取り戻していた。

 そのとき、小夜と咲夜のいる場所に冷たい風が流れ込んできた。

「さ、寒い!」

 あまりの冷たさに、震える咲夜が声を上げる。この冷たい風がすぐに治まった。

「おかしいね・・まだこんな冷たさがあるなんて・・・」

 小夜がこの冷たい風に疑問を感じていた。このときは寒い季節ではなかった。

「そういえばここ最近、またおかしな事件が起こってるみたいだよ・・」

「おかしな事件・・・?」

 咲夜が投げかけた話題に、小夜は当惑を覚える。その事件に彼女はガルヴォルスの犯罪を予感していた。

「人が凍り付いて死んでるって事件なの・・この季節の都会で凍り付くってありえないって・・」

 咲夜が事件のことを話して、怖がって震える。

(人が凍り付く・・もしかして、またあのガルヴォルスが・・・!?

 ガルヴォルスの事件の予感を確信へと変えた小夜。彼女は同時にクロスファングの介入も頭に入れていた。

 

 この日も咲夜は部活のため、帰りが遅くなっていた。先に帰ることになった小夜は、事件について調べることにした。

(あの白熊のガルヴォルスは間違いなく斬った。きっと他の氷のガルヴォルスが動いているということ・・)

 考えを巡らせて事実を把握しようとする小夜。

 白熊のガルヴォルスは小夜によって命を落とした。しかし凍らせることのできるガルヴォルスは1人だけではない。

(ガルヴォルスにもヤツらにも、好きなようにさせるわけにいかない・・必ず・・・)

 ガルヴォルスとクロスファングへの憎悪を募らせたときだった。小夜は右手に刀が握られる感覚を覚えた。

(私にはもう、この力からは逃れられないのね・・・)

 自分自身の力の宿命に皮肉を感じて、小夜は物悲しい笑みを浮かべていた。

 

 昼間は行き交う人々や子供たちでにぎわっていた公園。夜は人気がなくなり、暗闇と静寂が包んでいた。

 その夜の公園を歩く1人の女子がいた。アルバイトで帰りが遅くなってしまったのである。

「急いで帰らないと・・また怒られちゃう・・・それに最近、おかしな事件が起こってるらしいし・・・」

 女子は体を震わせながら、公園を横切ろうとしていた。

「ウフフフ、きれいな子ねあなた・・」

 そこへ突然声をかけられて、女子が足を止めた。彼女の横に1人の女性がいた。

「あなた、誰?・・あたし、急いでるんだけど・・・!」

「急がなくてもいいのよ・・すぐに私が凍らせてあげるから・・・」

 問いかける女子に、女性が妖しく微笑む。すると女子の両足が白く固まりだした。

「えっ!?

 突然のことに驚く女子。彼女の両足は完全に動かなくなっていた。

「いいわね。きれいになっているわ・・この調子でどんどん凍っていってね・・・」

「やめて・・凍り付くなんてイヤ・・・!」

 女子が悲鳴を上げて抗うが、凍結はさらに彼女の体を蝕んでいく。

「やめ・・て・・・た・・す・・け・・・て・・・」

 悲痛さを浮かべたまま、女子は完全に凍り付いてしまった。氷の像となった彼女を見つめて、女性が喜びを募らせていく。

「やっぱりいいわね・・こうしてきれいな子がさらにきれいになるのは・・・」

 凍り付いている女子の頬に優しく手を添える女性。彼女に触れられても、女子は微動だにしない。

「このまま最高にきれいになった自分を、たっぷりと堪能していくといいわ・・永遠にね・・・」

 女子から手を放して女性は立ち去った。公園には白く凍り付いた女子が取り残されていた。

 これが新たに起こっている怪奇な事件だった。

 

 凍結事件がガルヴォルスの仕業であると思った小夜は、新しく事件の起こった公園に足を踏み入れていた。彼女は公園の中の気配を感じ取ろうと、五感を研ぎ澄ませていた。

(ガルヴォルスが現れれば、ヤツらも姿を見せることになる・・どっちにしても、私はガルヴォルスを許すつもりはない・・・)

 ガルヴォルスとクロスファングへの憎悪を抑えながら、小夜は公園の歩道を歩いていた。自分自身がガルヴォルスをおびき出すための囮になることも、彼女は計算していた。

 そして彼女を狙って、女性が姿を現した。

「ウフフフ、またきれいな子を見つけたわ・・・」

「あなたが、この事件を起こしているの・・・?」

 妖しい笑みを浮かべる女性に、小夜が鋭い視線を向ける。

「凍てつかせてあげるわよ・・あなたも・・・」

 女性の頬に異様な文様が浮かび上がる。彼女の姿が氷の結晶を体とした怪物へと変化した。

「やっぱりガルヴォルスだったのね・・ここでお前を斬る・・・!」

 低く言いかける小夜の手元に刀が現れる。彼女は刀を鞘から抜いて、切っ先を女性、アイスガルヴォルスに向ける。

「私はお前たちガルヴォルスを許してはおかない・・・!」

「なるほど。ガルヴォルスを倒したいという気持ちでいっぱいになっているのね・・・」

 憎悪を向けてくる小夜を見て、アイスガルヴォルスが笑みをこぼす。

「私と同じ・・自分に正直なのね・・」

「違う・・私はお前たちとは違うわ・・・」

「そんなことないわよ・・あなたも私も、自分の目的のために行動しているじゃない・・」

「関係のない人を弄んでいるお前たちと一緒にしないで・・・!」

 妖しく微笑むアイスガルヴォルスに、小夜が刀を振りかざした。彼女の一閃はアイスガルヴォルスを切り裂いたように思われた。

 だが小夜が斬ったのはアイスガルヴォルスの姿かたちをした氷の像だった。

「氷の分身を作って、身代りに・・・」

 呟く小夜が視線を移して、横に立っていたアイスガルヴォルスに振り返る。

「使い方次第で面白いこともできるのよ。あなたも十分すぎるくらいに憎しみをぶつけることができて、一石二鳥というところね・・」

「ふざけるな!」

 妖しく微笑んでくるアイスガルヴォルスに、小夜が再び飛びかかる。またアイスガルヴォルスを刀が切り裂いたが、これも氷の像だった。

 小夜はとっさにジャンプして、足を地面から離した。アイスガルヴォルスが冷気を使い、小夜を凍らせようとしてきた。

「動きが速いだけじゃなくて、感も冴えるのね・・まさに才色兼備ね・・」

 語りかけるアイスガルヴォルスに、小夜がさらに刀を振りかざす。今度はアイスガルヴォルスは氷の分身を使わずに、飛び上がってかわした。

 小夜が構えていた刀の刀身の上に乗るアイスガルヴォルス。刀を地面に下ろされて、小夜が刀を振るえなくなる。

「これで斬ることができなくなるね・・私も、私の分身も・・」

 アイスガルヴォルスが小夜に詰め寄って、彼女の体に手を当てた。倒されたと同時に、小夜の体が凍り始めた。

「ウフフフ、このまま凍り付いてきれいになって、血のにおいを消さないとね・・・」

 アイスガルヴォルスが囁く前で、小夜が体を凍らされていく。そのとき、小夜は唐突に焦りの色を消して目つきを鋭くした。

「そうね・・このまま凍り付かせてもいいかもしれないわね・・・」

 小夜は冷淡に告げた瞬間、彼女の持っていた刀がアイスガルヴォルスの体を貫いた。刀は氷の分身ではなく、本物のアイスガルヴォルスを捉えていた。

「私を接近して凍らせようとするなら、身代りにはできないことだからね・・本物が直接来ると判断していたが、正解だった・・・」

「本当に賢いね・・今回は獲物を間違えたわね・・・」

 低く告げる小夜に、アイスガルヴォルスが物悲しい笑みを浮かべた。彼女は刀に刺さったまま固まり、崩壊して消えていった。

 凍てついていた小夜の体は元に戻った。起き上がった彼女は、アイスガルヴォルスの命を奪った刀を振り払う。

(そう・・私はお前たちを許してはおかない・・・)

 小夜は心の中で、ガルヴォルスへの憎悪をさらに高めていた。

(お前たちを全て斬り捨てるまで、私は心を凍らせる・・・!)

 そのとき、小夜は突然飢えと渇きを覚えた。彼女は無意識に血を欲していた。

(ガルヴォルスとの戦いを続けるためには、どうしても血が必要となってくるのね・・・)

 小夜は息を乱しながら歩き出していく。彼女はガルヴォルスへの憎悪だけでなく、血への渇望にも突き動かされていた。

 その後、小夜は別の場所で人を襲っていたガルヴォルスを切り裂き、その血を吸った。

 

 アイスガルヴォルスを含むガルヴォルスが小夜の手にかかったという知らせは、クロスファングにも伝わっていた。

「ターゲットB、ようやく動きを見せたか・・彼女はガルヴォルスに戦いを挑んでいるようだ・・」

 リュウが小夜の行動に目を通していた。

「彼女に斬られたガルヴォルスの何体かは血を抜き取られていた。ガルヴォルスというよりは、ガルヴォルスの血を求めているかのようだ・・」

 呟いていくリュウが小夜について考えを巡らせていく。

「伊達にターゲット“B”と言われるだけのことはあるな・・BLOOD・・血を欲する、ということか・・・」

 皮肉を覚えて笑みをこぼすリュウ。だが彼はすぐに笑みを消す。

「彼女を捕らえることが人類の進化につながる。それが上層部からの極秘指令・・だが・・・」

 リュウは呟きながら、隊員との通信をつないだ。

「日向白夜はどうしている?」

“ただ今自宅に戻っています。まだターゲットBの今後の動きについては把握していない模様です。”

 リュウの問いかけに、応答した隊員が答える。

「ヤツの動きを自力でつかむのも時間の問題だが・・引き続き監視を続けてくれ。」

“了解。”

 リュウは隊員に指示を出して、通信を切った。

「上層部の意向に反して、白夜がターゲットBを殺しにかかるかもしれない・・そうなれば私は首だけでなく、命まで飛ぶことになるな・・」

 皮肉を覚えて思わず笑みをこぼすリュウ。クロスファングの使命のため、彼は小夜の捜索と拘束を急ぐのだった。

 

 小夜への復讐を考えている白夜に、彼女のことを話さないよう、丈二とチェリルは口止めされていた。

「やっぱり白夜くんに話したほうがいいんじゃ・・白夜くんもクロスファングの一員なんだし・・」

「クロスファングに逆らうつもりか?ヤツの耳に入れば、ターゲットBに対して勝手な行動を取る。その忌々しき事態はあってはならない。」

 心配の声をかけるチェリルだが、丈二は考えを改めない。

「いずれにしても、ヤツがターゲットBを見つけ出して攻撃を仕掛けるのは時間の問題となってくる。その前に早急に手を打たなければ・・」

「それはあたしも思うけど・・」

「ならばクロスファングの使命に従うことだ。オレたちには独自で行動する権利は存在しない。」

 丈二に押し切られて、チェリルは押し黙ってしまった。丈二は毅然とした態度のまま歩き出していった。

(日向白夜、お前の勝手にされるぐらいなら、オレがクロスファングの使命の下でターゲットBに鉄槌を下す・・)

 決意と使命感を胸に秘めて、丈二も小夜の打倒と拘束に向けて本格的に動き出すのだった。

 

 

次回

第5話「鮫」

 

「ホントに危ないことしちゃダメだからね・・」

「絶対に咲夜を巻き込みたくない・・」

「ようやく見つけたぞ・・」

「クロスファングの名において、お前を処断する。」

 

 

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