ガルヴォルスBLOOD 第3話「対」
クロスファングによって地下施設に運び込まれた小夜。身体調査をされていた彼女は、実験室のベッドの上で意識を取り戻していた。
(ここは?・・・そうか・・私はヤツらに・・・)
小夜は目を閉じたまま、自分がどこにいるのか、自分がどういう状況にあるのかを探っていた。
(体が思うように動かない・・刀も手元にない・・これで抵抗しても成功しない・・・)
脱出の手段を見出せず、小夜は眠っているふりをしてチャンスのときをうかがうことにした。
地下施設の入り口の前で、トリスは車を止めた。彼と白夜がその入り口を見つめていた。
「ここだ・・すぐに飛び込もうとは思うなよ。猪突猛進で突破できる場所じゃないんでな。」
トリスが白夜に注意を入れて、車から降りた。白夜も彼に続く。
「ちゃんとパスワードを入力しないと、穏便に事が進まないからな・・」
トリスは入り口の横にあるボタンを押してパスワードを打ち込んでいく。さらに目、顔、指紋のチェックを経て入り口のドアの開けた。
「着くまでに騒動を起こさないでくれよ。あの子に会う前に牢屋に強制送還になっちまうから・・」
トリスが注意を入れるが、白夜は聞いていなかった。2人は廊下を進み、研究室に続くエレベーターに乗った。
「このエレベーターは研究室に直通だ。あの子が研究室に連れてかれたんなら、次にドアが開いたら会えるぜ。」
「・・やっと・・やっとアイツを・・・!」
トリスの言葉を聞いて、白夜が笑みを浮かべていた。
時雨の指示の下、研究班は小夜の調査を続けていた。その結果に目を通して、時雨は喜びを膨らませていた。
「このまま作業が進めば、研究は完成する・・ガルヴォルスも人間も、新たな境地へと足を踏み込むことができる・・」
小夜に自分たちの野心の希望があると見出して、時雨は哄笑を上げる。
「彼女を調べ尽くせば、人類はさらなる進化を遂げることができる・・お前はそのための栄えある人柱として選ばれたわけだ。光栄と思いたまえ・・」
「そうか・・自分たちの私欲のために、私を・・・」
呟いていたところで言葉を返され、時雨が眉をひそめる。彼が移した視線の先にいた小夜が目を開けていた。
「お、お前・・!?」
「私の体も人生も、ムチャクチャにしたというのか・・お前たちは・・・!?」
時雨が驚きの声を上げた瞬間、小夜が全身に力を込めて、体を締め付けていた拘束具を引きちぎった。研究員たちが驚く中、小夜が飛び上がってベッドの上に立った。
「絶対に・・絶対に許さない・・・!」
「お前、もう動けるのか・・!?」
怒りをむき出しにする小夜に、時雨が驚きの声を上げる。
「大変です、司令室!ターゲットBが・・!」
研究員の1人が外への連絡を取ろうとした。
「ぐあっ!」
だが素早く飛び込んできた小夜の膝蹴りを後頭部に受けて、研究員が気絶して倒れた。
「このままではやられる!ここは・・!」
「よせ!貴重な実験材料だぞ!」
手にした銃を小夜に向ける研究員だが、時雨に止められる。
「絶対に死なせるな・・ここまで手にしてきた進化への道、そんな形で閉ざさせてたまるか!」
苛立ちをあらわにする時雨。研究員が数人小夜を押さえ込もうと詰め寄るが、彼女に簡単に突き飛ばされる。
「班長、ムリです!我々ではターゲットBを止めることはできません!」
研究員が口にした弱音を耳にして、時雨は苛立ちを募らせていた。
そのとき、地上をつないでいるエレベーターのドアが開いた。白夜とトリスが研究室にやってきた。
「おっ!もうパーティーが始まってるのかよ!」
驚きの声を上げるトリス。小夜の姿を捉えた白夜が、目つきを鋭くしていた。
「ここにいた・・オレの敵が・・・!」
声を振り絞る白夜に気付いて、小夜が彼に振り返る。
「今度こそ・・今度こそお前を!」
怒りをあらわにした白夜の頬に紋様が走る。彼はウルフガルヴォルスになって、小夜を鋭くにらみつける。
「あのときのお前・・ここでまた会うことになるとは・・・」
小夜も白夜に対して怒りをあらわにする。
そのとき、小夜が使っていた刀が彼女の右手に握られた。手元から離れて行方が分からなくなっていた刀が、彼女の手元に突然出現した。
「今度はそうはいかない・・この前の借り、ここで返してやる・・・!」
小夜が刀を構えて白夜に飛びかかる。彼女が振りかざしてきた刀の刃を、白夜が爪で受け止める。
「おわっ!」
刀と衝撃に驚くトリス。小夜と白夜が素早く動き、激しい攻防を繰り広げる。
ぶつかり合う刀と爪。その衝撃が研究室の壁と機材にも飛び火していた。
「やめろ!ここを壊すつもりか!?我々の研究の成果を踏みにじるつもりか!?」
時雨が怒鳴るが、小夜も白夜も戦いをやめようとしない。小夜と距離を取った白夜に、時雨が駆け寄る。
「やめろと言っているのが分からんのか!?」
「邪魔だ!」
白夜が怒りのままに放った衝撃波で、時雨が吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
「班長!」
研究員たちが時雨に駆け寄る。彼は気絶しているだけだった。
「班長には申し訳ないが、ここを破棄する以外にない・・!」
研究員の1人が、時雨を連れて研究室の脱出を考える。
「ですが、このままターゲットBを手放すわけには・・!」
「このままでは全員ここで死ぬことになる!班長からのお咎めのほうが安いだろう!」
抗議の声をはねのけて、研究員たちは時雨を連れて地上への非常用エレベーターに乗り込んだ。
(逃がすものか・・!)
脱出していく時雨たちを追おうとする小夜だが、その行く手を白夜に阻まれる。
「逃げるな!オレに倒されろ!」
「逃げるつもりはない・・私はいつも追っている・・敵を!」
怒鳴る白夜に言葉を返して、小夜が刀を振りかざす。彼女の一閃を白夜が爪を振りかざして相殺させる。
「敵はお前だ!お前はオレの敵!」
白夜が前進して、爪を刀に叩きつけて小夜を押していく。反撃を狙おうとする小夜だが、白夜の力と速さに対応するだけで精一杯になっていた。
「私は・・お前たちに、人としての時間をムチャクチャにされた・・・!」
声と力を振り絞って、小夜が刀を構える。
「お前が私を許せないとしている以上に、私はお前たちを許せない!」
小夜は刀を振りかざすと同時に、白夜の横をすり抜けた。彼女の一気に増した速さに、彼は驚きを覚えた。
さらに次の瞬間、白夜の左わき腹から鮮血があふれ出した。
「ぐっ!」
斬られたわき腹を押さえてうめく白夜。振り返った小夜が刀を振り上げ、彼にとどめを刺そうとした。
「お前!」
そのとき、トリスが小夜に向かって飛び込み、彼女が持っていた刀を突き出した右手で弾いた。
「何っ!?」
「君みたいな好みのタイプに暴力は振るいたくないんだけど・・!」
驚きの声を上げる小夜に、トリスが苦笑いを見せた。横転する彼女を見据えながら、トリスが白夜に駆け寄った。
「ここは脱出したほうがいいぞ!」
「ふざけるな・・オレはヤツを倒すんだ・・この手で仇を討つんだ・・!」
呼びかけるトリスだが、白夜は小夜との戦いを続けようとする。
「死んだら復讐も何もできなくなるんだぞ!倒したいならそのケガを治してからにしろ!チャンスはいくらでも作れる!」
「くっ・・・!」
トリスに言いとがめられて、白夜は渋々引き上げることを受け入れた。2人が地上に向かうエレベーターに乗っていった。
「待て!逃げるな、お前たち!」
刀を拾って構える小夜だが、もう研究室には彼女しかいなかった。憤りを抱えたまま、彼女もエレベーターで脱出した。
このエレベーターの地上への出口は、既にクロスファングの兵士たちが銃を構えて包囲していた。
(早く来い・・このドアが開いて出てきた瞬間、貴様はハチの巣になる・・)
兵士たちを指揮する隊長が不敵な笑みを浮かべる。エレベーターが地上に到着し、ドアが開いた。
「撃て!」
隊長の命令で兵士たちが一斉に銃を発砲する。弾丸が次々にエレベーターの中やドアに命中していく。普通にいれば回避できずにほとんどの弾を受けることになっただろう。
「待て!撃ち方やめ!」
隊長の命令を受けて、兵士たちが発砲を中断する。エレベーターの中は灰色の煙に包まれて、壁やドアに着弾の跡が残っていた。
隊長が目を凝らして、エレベーターの中にいると思われる小夜の姿を探る。
「何っ!?」
隊長が驚きの声を上げる。エレベーターの中には誰もいなかった。
「ターゲットB・・いったいどこへ・・・!?」
隊長が毒づく中、兵士2人がエレベーターの中をのぞき込む。エレベーターの床に円状の穴が開けられていた。
「穴・・・床を切って脱出したようです・・・!」
「いつの間に・・だがこのエレベーターはかなりの長さの感覚で配置されている・・抜け出せても、無事に出るのは至難・・!」
兵士たちが驚きの言葉を口にしていたときだった。エレベーターに開いた穴から小夜が飛び出してきた。
小夜が刀を振りかざし、エレベーターの前にいた兵士たちを斬りつけた。
「ぐあっ!」
鮮血をまき散らしながら倒れていく兵士たち。
「おのれ・・姑息なマネを・・・!」
苛立ちを募らせる隊長。兵士たちが再び発砲するが、小夜は刀で弾丸を弾いて兵士たちを斬りつけていく。
(状態が万全じゃない・・ここは退くしかない・・・!)
昏倒する兵士たちを横目に決断し、小夜は兵士たちから逃げ出していく。
「このまま逃がしてなるものか・・!」
「やめなさい。」
追撃しようとした隊長を、丈二が呼び止めてきた。
「バカを言うな!このまま逃がしては恥にしか・・!」
「ヤツの後を追っても返り討ちにされ、犬死するだけです。それがお望みでしたらこれ以上は止めませんが・・」
怒鳴る隊長に、丈二が忠告を送る。反論できなくなり、隊長が押し黙るしかなかった。
「負傷者の手当てと被害の収拾を。私たちはターゲットBの行方を追います。」
丈二が兵士たちに告げると、小夜の行方を追うために走り出していった。
クロスファングの研究室から脱出した小夜。疲弊した体を引きずって、彼女は夜の森の道を進んでいた。
「ハァ・・ハァ・・もう歩くだけでも精一杯・・・足りない・・体力が・・・」
呼吸を乱す小夜が声と力を振り絞る。その彼女の前に、ヒョウに似た怪物、パンサーガルヴォルスが現れた。
「ヘッヘッヘ・・丁度獲物がやってきたぞ・・」
パンサーガルヴォルスが不気味な笑みを浮かべながら、小夜に近づいていく。
「血が・・・」
「ん?」
小夜が口にした言葉の意味が分からず、パンサーガルヴォルスが眉をひそめた。次の瞬間、パンサーガルヴォルスの胸に小夜の刀が突き立てられた。
「ぐあっ!」
絶叫を上げるパンサーガルヴォルスが昏倒する。倒れて動かなくなったパンサーガルヴォルスから、小夜は刀を引き抜いた。
「血を・・血を・・・!」
小夜がパンサーガルヴォルスをつかみあげて、首筋にかみついた。彼女はパンサーガルヴォルスから血を吸っていた。吸血鬼のように。
首からも血をあふれさせながら、パンサーガルヴォルスが事切れた。小夜が血を吸い終わると、パンサーガルヴォルスの体が崩壊を引き起こして霧散していった。
「満たされた・・やっと血が足りた・・・」
血を吸ったことで小夜は満足していた。だが次の瞬間、彼女の紅くなっていた瞳の色が元に戻った。
「あれ・・・私は・・何を・・・?」
今自分が何をしたのか分からず、小夜が困惑を浮かべる。その拍子で、彼女は手にしていた刀を落とす。
「私は・・ヤツらの基地から抜け出して・・・」
記憶を巡らせる小夜だが、自分がガルヴォルスに噛みついて血を吸っていたことを覚えていなかった。
そのとき、小夜の耳に複数の足音が入ってきた。クロスファングの追跡だと思い、小夜は混乱を振り切って、刀を手にして走り出していった。
小夜の捜索が行われる中、白夜は彼女を倒せなかったことを憤っていた。
「また逃がした・・今度はこの本部からも・・・!」
「まだチャンスはあるさ。そのチャンスが転がったときに備えて、今は休んでおくことだ。」
壁に拳を打ち付ける白夜に、トリスが気さくに言いかける。
「急がなければ、そのチャンスがなくなる・・・!」
「そう慌てるなって。急いては事をし損じる。急いでも逆効果だぞ。」
敵意を募らせる白夜をトリスが言いとがめる。そこへ小夜を捜索していた丈二がやってきた。
「ターゲットBの行方を見失った・・捜索隊は何をしているというのだ・・・」
不満を見せる丈二だが、彼以上に白夜は憤りをあらわにしていた。
「やはりオレがやるしかないみたいだ・・どんなことがあっても、オレはヤツを、この手で・・・!」
白夜は怒りと決意を口にして歩き出していった。彼の後ろ姿を見て、トリスは肩を落としていた。
「やれやれ。頭に血が上りすぎてるヤツは手が付けられないな・・」
部活のため、小夜より帰りが遅くなるはずだった咲夜。だが小夜より先に咲夜は寮の部屋に帰ってきていた。
(小夜ちゃん、どうしたんだろう・・こんな遅くなるなんてこと、なかったのに・・・)
小夜を心配する咲夜は、寝ることができないでいた。
「やっぱり何か事件に巻き込まれたんじゃ・・・!?」
咲夜が一気に不安を膨らませたときだった。寮の部屋の玄関のドアが開く音がした。
「もしかして、小夜ちゃん・・!」
咲夜がベッドから飛び起きて玄関に向かった。そこで彼女が見たのは、うつ伏せに倒れていた小夜だった。
「小夜ちゃん!」
咲夜が小夜の体を起こして呼びかける。
「小夜ちゃん、しっかりして!小夜ちゃん!」
「んん・・・私は・・・?」
咲夜の声を耳にして、小夜が意識を取り戻した。
「小夜ちゃん・・大丈夫なの・・・!?」
「ここは・・寮の部屋・・・う、うん・・ちょっと派手に転んじゃって・・帰るのも大変になっちゃった・・・」
笑みを浮かべる咲夜を見て、状況を理解した小夜が苦笑いを見せてごまかした。彼女は咲夜を巻き込まないようにと考えていた。
「ホントに大丈夫?・・病院に行ったほうが・・・」
「ううん、平気・・私、ケガや体力の治りが早いみたい・・」
心配する咲夜に小夜が笑顔を見せる。虚勢ではなく、彼女の体は本当に治癒されていき、完治に向かっていた。
「でも疲れているのは同じみたい・・今日は休むことにする・・」
小夜が咲夜にそう告げて着替えようとしたときだった。小夜の腹の虫が突然鳴り出し、彼女は頬を赤らめた。
「エヘヘ・・簡単なものだけど、すぐに作るね・・」
「作るなら私が・・私のほうが料理は・・」
「いくら小夜ちゃんに敵わないって言っても、簡単なのもできないわけじゃないんだから・・」
咲夜が意気込みを見せて、小夜に料理を作りに台所に向かった。彼女を見送って、小夜が笑みをこぼした。
(咲夜のために傷つくのはよくないわね・・でもガルヴォルスが私に安らぎを与えてくれない・・・)
自分に課せられている宿命に胸を痛める小夜。彼女の手には、ガルヴォルスを斬るために使っていた刀が握られていた。
(この刀・・私自身の力も・・・)
自分自身にも責める小夜。彼女のこの気持ちに呼応するように、彼女の手に握られていた刀が消えていった。
次回
「凍てつかせてあげるわよ・・あなたも・・・」
「私にはもう、この力からは逃れられないのね・・・」
「自分の目的のために行動しているじゃない・・」
「お前たちを全て斬り捨てるまで、私は心を凍らせる・・・!」