ガルヴォルスBLOOD 第1話「刀」
あの出来事が起こるまでは、私は普通の人間だった。
しかし私は血塗られた事件に巻き込まれることになった。
全てを奪われた私の中に、自分でも抑えられない殺意と戦意が膨らんでいた。
湧き上がる感情に突き動かされて、私は戦いに駆り出されていた。
街と森林地帯の間に点在している朱島高校。平穏と活発さが織り交ざった雰囲気の高校である。
その高校に通う1人の女子。長い黒髪をひとつに束ねている長身の女子。
紅小夜。朱島高校の3年生である。
「小夜ちゃーん、おっはよー♪」
登校してきた小夜に、1人の女子が飛びついてきた。レモン色のツインテールと小柄が特徴の女子である。
葵咲夜。小夜とは中学からの親友である。
「咲夜、そんなにつっくかれたら歩けないって・・」
「あ、ゴメンゴメン・・エヘヘ♪」
小夜に引き離されて、咲夜が苦笑いを浮かべる。
「珍しいわね、咲夜・・今日は遅刻しなかったね・・」
「そうなのよ〜♪今日は珍しくきちんと起きれたんだよ〜♪目覚ましかけても起きれなかったのに・・」
小夜が声をかけると、咲夜が笑顔を見せて答える。いつも寝坊して遅刻をよくする咲夜だが、今日は寝坊せずに登校できたのである。
「普段からその調子で起きたらいいのに・・・」
「小夜ちゃん、いじわる言わないでよ〜・・」
小夜が投げかけた言葉に、咲夜がひどく落ち込んだ。そのとき、学校のチャイムが鳴り出した。
「急がないと本当に遅刻になるわ!急ごう、咲夜!」
「あっ!待ってよ、小夜!置いてかないでー!」
走っていく小夜を咲夜が慌てて追いかけていった。
この日の授業の合間の休み時間。落ち着いていた小夜のそばで、咲夜は授業についてこれずに落ち込んでいた。
「ハァ〜・・全然答えが分かんないよ〜・・・小夜ちゃん、完璧に覚えてるんだもん・・小夜ちゃんの才能、あたしにちょこっとだけ分けてくれないかな〜・・」
「私も勉強の才能はないわよ・・いつも授業に集中して、予習と復習をやっているからこそよ・・」
助けを求めてくる咲夜に、小夜が注意を促す。
「うう〜・・・ところで小夜ちゃん、最近起こってる事件、知ってる?」
咲夜が気持ちを切り替えて、小夜に話題を振る。
「事件?何の事件が起こっているの?」
「小夜ちゃん、知らないの?この辺りで人がいなくなったり、おかしな殺人をされたりしてるんだよ・・もしかしたら、いなくなった人たちももう・・」
小夜が問い返すと、咲夜が真面目な顔で事件について説明する。
街とその周辺で奇怪な事件が多発していた。人が体を石にされたり氷付けにされたりして発見されており、警察もこの現象が何なのか、また何者の仕業なのか、手がかりさえも見つけられないでいた。
「事件のことはよく分からないけど、これだけは言えるわね・・お互い注意したほうがいいということね・・・」
「そうだね、小夜ちゃん・・事件に巻き込まれないとも言えないし・・」
小夜が投げかけた言葉に、咲夜は小さく頷いた。
「それよりも、咲夜が注意しないといけないことは別にある。それを忘れないように。」
「ええ〜!?いじわる言わないでよ、小夜ちゃ〜ん・・!」
小夜に注意されて、咲夜がさらに落ち込むことになった。机に突っ伏している彼女のそばで、小夜は事件のことを気にしていた。
この日の放課後となり、小夜は下校の準備をしていた。準備を終えたところで、彼女は咲夜に声をかけられた。
「ゴメン、小夜ちゃん。いきなりミーティングが入っちゃって、一緒に帰れなくなっちゃった・・先に帰ってていいよ・・」
「いいよ、咲夜・・終わるまで待っているよ・・」
「ううん。いつ終わるか分かんないから・・あたしのことは気にしなくていいから・・」
「そう・・それなら私は先に帰るよ・・咲夜も気を付けて・・・」
咲夜と挨拶をして、小夜は教室を出た。彼女は学校を後にして、夕暮れに照らされた帰路についていた。
(騒がれている事件・・もしかして、また・・・)
小夜には事件について思い当たる節があった。それだけでなく、彼女は事件に深く関わっていた。
夕日の光が消えて、小さな通りは街灯の小さな明かりしか差し込んできていなかった。その通りを、1人の女子高生が必死になって走ってきた。
女子高生が背にした通りに、冷たい風が流れ込んでいた。その冷たさで壁や電柱が凍り付いていた。
「何なの・・・何なのよ、いったい・・・!?」
悲鳴を上げながらさらに逃げ惑う。しかし押し寄せてくる冷たい風は、治まるどころか強くなっていた。
やがて風の冷たさに耐えられなくなり、女子が走れなくなって震えてしまう。さらに彼女の体に氷が張りついていく。
「イヤッ!やめて!助けて!」
悲鳴を上げて暴れる女子だが、張り付いていく氷で思うように動けなくなる。さらに氷は彼女の体をどんどん包み込んでいく。
「助けて・・・たす・・け・・・て・・・」
声を出すこともできなくなり、女子は完全に氷に包まれた。氷付けにされた彼女は微動だにしなくなった。
「これでまた、かわいい子の氷付けができあがった・・・」
白く冷たい霧の中、氷付けになった女子を見つめる不気味な視線があった。
「こうして見ると、本当にきれいだよ・・たまらない・・・この調子で、他のかわいい子もきれいにしていかないと・・・」
氷付けの女子を見つめて、不気味な視線の持ち主が喜びを覚える。
次の獲物を求めて冷気の霧は消えた。この怪奇な事件が数日の間に立て続けに起こっていた。
明かりが消えかかっている地下道を歩く1人の女性。地下道の暗闇と静寂に、彼女は不安を感じながら歩いていた。
「こうして暗いと、何が出てくるか分からないわね・・・」
女性が周りを見回しながら、ゆっくりと地下道を歩いていく。
「うう〜・・急に寒くなってきたわね・・急いで帰らないと・・・」
女性が寒気を覚えて足早になる。だがその寒気は夜だからではなかった。
女性を取り囲むように白く冷たい霧が流れ込んできていた。その寒さに彼女はついに走るのもままならなくなってきていた。
「本当に寒い・・こんなに寒くなるなんてありえない・・・」
自分の体を抱きしめて震える女性。彼女を囲む白い霧はさらに濃くなっていく。
そのとき、突如飛び込んできた一条の風が、女性を囲んできた霧を吹き飛ばした。彼女は身構えて、風に吹き飛ばされないようにした。
「何、今の・・・!?」
何が起こったのか分からず、女性が動揺を見せる。
「すぐにここから逃げて・・立ち止まったら瞬く間に氷付けになってしまうわ・・」
女性が声をかけられて、その声に突き動かされて走り出した。彼女の後ろには1人の少女が立っていた。
女子制服に身を包み、右手には1本の刀が握られていた。目つきを鋭くしており、彼女の瞳は血のように紅く染まっていた。
「姿を現せ・・いるのは分かっているぞ・・」
少女が目つきを鋭くして声をかける。すると彼女の前に1体の怪物が現れた。白クマに似た姿の怪物だった。
「せっかくの獲物が逃げてしまったではないか・・まぁいいや・・お前もかわいい子だから、代わりにお前を狙うとしようか・・」
怪物が少女に目を向けて、不気味な笑みをこぼす。
「お前を氷付けにしたら、どんなにきれいになるだろうか・・楽しみだなぁ・・!」
怪物が口から吹雪を吹き出した。少女が吹雪に巻き込まれて、一瞬にして氷の中に閉じ込められた。
「あっという間だった・・やっぱりかわいい子の氷付けはきれいだ・・・」
怪物が凍り付いた少女を見つめて、喜びの笑みを浮かべる怪物。だが突然彼女を包んでいた氷が粉々になった。
「何っ・・!?」
氷を砕かれたことに驚く怪物。刀を構えた少女は平然と怪物の前に立っていた。
「お前たちのような存在を、私は許さない・・・!」
少女、小夜が低い声音で怪物に向けて言いかけた。
「こうなったら無理やりにでも押さえつけて、氷付けにしてやる!」
怪物がいきり立って、小夜に飛びかかる。小夜は目つきを鋭くすると、怪物が伸ばしてきた両手から素早く抜け出した。
「速い!?」
驚く怪物の背後に、小夜は素早く回り込んだ。彼女が怪物に向けて刀を振り上げた。
風を切る音が響いた瞬間、怪物の体から紅い鮮血があふれ出した。
「ギャアッ!」
血しぶきをまき散らす怪物が絶叫を上げる。返り血を浴びても、小夜は顔色を全く変えない。
「よくも・・よくもやったな!」
怪物が絶叫を上げて、小夜に飛びかかった。小夜が刀を構えて、怪物の横を素早くすり抜けた。
突然のことに一瞬驚く怪物だったが、後ろに回った小夜を再び狙う。
だが次の瞬間、怪物の体が突然真っ二つに切り裂かれた。紅い鮮血をまき散らしながら、怪物は小夜の前で倒れていった。
刀身に怪物の血の付いた刀を振り払う小夜。彼女は顔色を変えることなく、怪物を刀で両断してみせた。
「ヤツらを倒していけば、いつか行き着くことになるのだろうか・・・」
小夜が吐息をついてから呟きかける。彼女は振り返って地下道を立ち去ろうとした。
そのとき、暗闇に包まれていた地下道にまばゆい光が照らされた。突然のまぶしさに小夜はとっさに手で光を視界からさえぎった。
「そこまでだ、ターゲットB!」
小夜の前後を数人の兵士たちが囲んできた。兵士たちが銃を構えて、銃口を彼女に向けてきた。
「武器を捨てて我々の指示に従ってもらおう。抵抗するなら即座に発砲する。」
兵士の1人が小夜に警告を送る。小夜は彼らに対して鋭い視線を向けていた。
「お前たち、クロスファングの者たちか?・・ならば全員、私が切り伏せる・・・!」
小夜が兵士たちに向かって飛びかかり、刀を振りかざした。回避が間に合わず、兵士2人が斬られて倒れた。
「構わん!発砲しろ!」
兵士たちが即座に発砲するが、小夜は刀を振りかざして弾丸を弾き返した。
「何っ!?」
驚きの声を上げる兵士たちを、小夜が刀で次々に斬り付けていく。彼女の速さと力に、兵士たちが後ずさりしていく。
「つ、強い・・思っていた以上の力を備えているというのか・・・!?」
「下がっていてください。ここからはオレがやります・・」
毒づく兵士たちに向けて、1人の青年が声をかけてきた。兵士たちのような軍服ではなく動きやすい私服を着た、少し逆立った茶髪の青年だった。
「何だ、小僧!?部外者が首を突っ込むと、命がいくつあっても・・!」
「同じ言葉を返しておこうか・・お前らではムダに命を落とすだけだ・・」
声を荒げる兵士に、青年が冷徹に告げる。彼に凄まされて、兵士たちは緊張を浮かべて後ずさりしていく。
「刀のような剣と紅い瞳・・お前だけは、オレの手で必ず倒す・・・!」
小夜に鋭い視線を向ける青年の頬に、異様な紋様が浮かび上がる。彼の変化に小夜が緊張を募らせる。
青年の姿が異形の怪物へと変化した。月に照らされたその姿は、銀色の体毛をした狼に酷似していた。
「お前もガルヴォルスだったか・・ならばお前も倒す・・・!」
小夜も敵意を見せて、青年に飛びかかる。素早い動きで刀を振り下ろす彼女だが、その先に青年の姿はなく、刀は空を切っていた。
小夜は五感を研ぎ澄まして、青年の行方を追う。彼女は青年の早く動く気配を捉えようとしていた。
小夜が感じ取った気配に向けて刀を振りかざす。だがまたも刀は空を切っていた。
次の瞬間、小夜は背中に激痛を覚えた。彼女の背中から紅い血があふれ出していた。
「速い・・ガルヴォルスの中でも、この速さは・・・!」
「お前を倒すため、オレはこの速さに磨きをかけてきた・・・」
うめく小夜の後ろから青年が声をかけてきた。彼が振りかざした爪が、小夜の背中を切り付けたのである。
「いくらお前の刀でも、オレの体を斬ることはできない・・・!」
青年が再び素早く動き出す。小夜は五感を研ぎ澄まして、青年の動きを捉えようとする。
「ガルヴォルスは絶対に許さない・・1人残さず斬り捨てる・・・!」
小夜は声と力を振り絞って走り出す。彼女が振りかざした刀が、青年の爪に命中する。
「くっ!」
衝撃を痛感してうめく青年。彼の爪と小夜の刀が立て続けにぶつかり合っていく。
「ここまで速くできるか・・だが!」
青年が言い放つと、小夜の視界から消えた。小夜は続けて五感を研ぎ澄ませて、青年の行方を追った。
だが気配を感じ取る前に、小夜の体が突然切り裂かれた。
「何っ!?」
激痛を覚えて小夜が驚愕の声を上げる。膝をついた彼女のそばに、青年が立っていた。
「オレはお前よりも速く動いて、お前を倒す・・・!」
青年が小夜を見下ろして鋭く言いかける。しかし倒れた小夜はまだ意識を失っていなかった。
「これだけの攻撃を受けて、これだけの傷を負っても意識を保っているなんて・・・だが、それでもオレが、お前を許さない気持ちは変わらない・・・!」
青年が小夜にとどめを刺そうと、右手を構える。
「日向、やめろ。」
だがそこへ声がかかり、青年が右手を止める。彼の前に別の青年が姿を現した。黒く長い髪をひとつに束ね、白を基調とした制服を着ていた。
「この娘には調べることがある。とどめを刺すのはその後だ。」
「邪魔をするな・・ヤツはオレの仇だ・・・!」
「これは隊長からの命令だ。逆らうことは許されない。」
「関係ない・・オレはオレの戦いをしているだけだ・・!」
「我々クロスファングに逆らうつもりか?その気になれば、我々の前では、お前の復讐の炎は簡単に消し飛んでしまう。」
黒髪の青年、神谷丈二からの忠告に逆らい切れず、怪物、ウルフガルヴォルスになっていた青年、日向白夜が受け入れる。
「連れて行け。反撃されないよう、拘束は徹底するのだ。」
丈二の指示で兵士たちが小夜を捕まえる。彼女は捕まったときには意識を失っていた。
「このまま仇を取られる気はない・・たとえクロスファングでも・・・!」
憎悪をむき出しにしたまま、白夜はこの場を後にした。
小夜との戦いを終えて、白夜は自分の家に戻ってきた。家の中は暗く、彼以外に誰もいない。
家には今は白夜しか住んでいない。彼の家族は全員亡くなっているのである。
「父さん・・母さん・・アイツを見つけたよ・・だけど、倒せなかった・・・」
今は亡き両親に対して、白夜が歯がゆさを見せる。
「今度こそ倒してみせるよ・・どんなことをしてでも・・・」
決意を口にする白夜が右手を強く握りしめる。
「やはりクロスファングであっても、アイツの命を奪うことは許さない・・許されるのは、オレだけだ・・・!」
小夜への怒りを胸に秘めて、白夜は家を出た。自分の家族の仇を討つために。
次回
「何もできなかったのが悔しかった・・」
「この姿と力を手にしたのは、不幸中の幸いだった・・・」
「オレはもう、何にも振り回されない・・」
「オレのこの手で、お前を地獄に叩き落としてやる!」