ガルヴォルスBlade 第23話「邪の追憶」

 

 

 双真は幼い頃から母親からの虐待を受けてきた。暴力を振るってくる母親に、彼は怯えていた。

 だが母親への恐怖が大きくなり、憎悪へと変わっていった。

 自我を制御していた歯止めが壊れたように、双真は突然母親を襲った。まるで獣が獲物を狙うように。

 母親を壁や家具に叩き付けていく双真。意識を失っても、彼は暴力をやめようとしなかった。

 この暴行で双真の母親は死んだ。だが警察の判断は証拠不十分による彼の釈放だった。

 なぜこのような判断がされたのか、双真はそれを問う気にもならなかった。このときの彼は、母親から解放されることを実感するだけだった。

 だが双真の苦しみはこれで終わったわけではなかった。

 学校生活の中、双真に関わってくる女子がいた。しかしその多くが自己満足な性格で、その言動が双真の心をさらに追い込むことになった。

 双真は完全に女を敵視し、拒絶するようになった。触れられただけで激高し、すぐに暴力を振るうようになっていた。

 誰も近づこうとしなくなり、孤立していった双真。そんな彼に声をかけてきたのは流星だった。

 

 流星が明るく優しく接しても、双真は女への憎悪を抱いたままだった。そんな彼が世間から迫害されなかったのは、彼を気遣った流星や翔太たちの支えがあったからだった。

 翔太のレストランでの仕事を初めて、双真は表向きには落ち着きを取り戻しているように見えた。だが双真はそれでも憎悪を抱えたままであることを、翔太も流星も気付いていた。

 平穏のようで荒んだ日常を送り、双真と流星は大学生となった。そのときに彼らは華音と出会ったのだった。

 女への暴力を絶やさない双真の前に立ちはだかった華音。暴力的な双真に立ち向かう強さと、彼と向き合おうとする思いを華音は持っていた。流星はそう実感していた。

 いつしか双真にも、異形の存在に狙われることになった。

 隼介の双真への復讐は、病院や大学など、関係のない場所や人々をも巻き込んだ。華音の発揮した力と流星の粛清によって隼介は命を落としたが、流星は双真を追い込んでしまった事態を見過ごすことができなくなった。

 女であることを隠し、双真を追い込む原因となった華音を、流星は憎悪するようになった。同時に双真を守ろうとする気持ちも強まり、それは渇望の領域にまで達していた。

 絶対に守りたい。嫌われても双真を救いたい。流星の心はその願いでいっぱいになっていた。

 そこで流星は、双真にも隠していた自分の異形の力を本格的に使うことにした。双真を苦しめている女に永遠の呪縛を与えて、罪の意識を思い知らせようとした。

 次々に女性を石化して、双真を苦しめさせないようにした流星。双真にこのことを知られることになり、この行為と考えを嫌悪されることになっても、流星はこの意思を貫いていた。

 結果として、華音だけでなく双真も石化させることになった。

 その後も流星は女性への断罪を続けていた。双真のためにしていると考えている彼だが、徐々に人の心を失ってきていることに気付いていなかった。

 

 双真もこれまでの自分、華音や流星たちとの交流と衝突を思い返していた。その記憶は、心を通わせている華音にも伝わっていた。

「これが・・双真が経験してきたこと・・・こんなことを経験してきたことを知らないで、僕は・・・」

「今さら知ってどうなることでもない・・たとえ最初から知っていたとしてもだ・・」

 動揺を見せる華音に、双真が憮然とした態度を見せる。

「オレは陥れられるばかりだった・・どんなに逆らおうとしても、オレは苦しみから抜け出すことができなかった・・・」

「そんなことない・・もしも知ってたら、助けたいって思って、何とかしようとしてた・・」

「そんなきれいごと・・だが情けないことだが、助けてもらえるなら助けてもらいたい、という気持ちはあった・・」

「双真・・・」

 双真が口にする言葉に、華音は動揺を募らせるばかりだった。

「助けてもらおうと思っても、助けれもらいたくても、女はそれを付け込んで利用してくる・・だから助けを求めなかった・・」

 感情がこもり、華音を抱きしめる双真の腕に力が入る。

「オレはそんな女を認めなかった・・自分の罪を棚に上げて、オレを悪くする女を許せなかった・・」

「僕は、そんな双真を最初は嫌っていた・・でも、双真が女を許せなかったのは、もう理屈じゃなかったんだね・・・」

「確かに理屈でまとめられるような気分じゃないな・・女を敵だとオレは思い続けてきた・・オレは女を認めることができなかった・・・」

 互いの気持ちを確かめあっていく双真と華音。

「だけどお前は違った・・・お前が始めは男みたいに振る舞っていたのもあったのかもしれないが・・・」

「これが僕だよ・・家族、僕以外はみんな男だったから、いつの間にか男っぽい性格になっちゃって・・・」

「そうだな・・でも結果的に、オレはお前に入れ込んでしまった・・放っておくことができなくなってしまった・・・」

 双真は皮肉を口にして、華音と軽く口づけを交わした。

「ここまでオレを支えようとしてくれて、さらに自己満足にならなかった・・そんなお前に、オレは真正面から受け止めなかった・・・華音・・オレは、お前が・・・」

「僕も、双真を見捨てるなんてできない・・この傷だらけの心を治せるなら・・体だけじゃなく、心も守れるなら・・・」

 双真の告白を受け止めて、華音は戸惑いを覚えて目に涙を浮かべる。

「僕は、力を求めてきたことを後悔しない・・自分の力を怖がったことを情けなく感じてる・・・」

 描いたイメージに呼応するように、華音の右手の甲から光の刃が出てきた。異形の姿になったときに刃を出すように。

 光の刃は双真に当たっていたが、切れることなくすり抜け、彼自身も何も感じていなかった。

「僕は力がほしい・・双真を支えられるぐらいの力が・・自分の意思を貫ける力が・・・!」

 華音の右手に宿っていた光が強まっていく。

「このまま石から戻って、流星を殺すのか・・・?」

 双真が唐突に口にした言葉を聞いて、華音が躊躇を抱く。彼女の右手の光が少し弱くなった。

「どうすれば元に戻れるのか、戻った後にどうしたらいいのか、分かっていないというのに・・」

「それは・・・」

 双真が投げかけた言葉に、華音は困惑を募らせていく。このまま石化を破ることが正しいのか、どうすれば石化を破れるのかも、彼女は分かっていなかった。

「このまま石になったままなら、苦しい思いをせず、楽になれるだろうな・・・」

「双真・・・そうかもしれない・・流星さんの言う通りなら、壊れることもないし、辛いこともない・・・」

 双真が指摘した自分たちの状況に対して、華音が物悲しい笑みを浮かべた。

「でも、このまま何もできないって思い込まされるよりはいいよね?・・僕は、自分で何とかしたいって思う・・・」

「オレも・・他のヤツに勝手に決められるぐらいなら、自分で決めてやる・・・!」

 互いに強く抱きしめあう華音と双真。2人の体を、華音が宿していた光が包み込んでいく。

「もう1度聞くぞ・・流星をどうするんだ・・・?」

「分かっているのは・・止めないといけないことは確か・・最悪、殺してしまうことにもなるかもしれない・・・」

 改めて問いかける双真に、華音が深刻さを募らせる。

「それでも、ずっと流星さんに間違ったことをさせるぐらいだったら・・双真に恨まれることになるとしても・・・」

「恨まない・・オレも流星の間違いを認める気にはなれないからな・・・」

「双真・・・」

「石化を破って、流星を止めるんだろう?だったらこんなところでグズグズしてられないだろう・・」

 双真が口にした言葉に、華音が頷く。

「元に戻ってやる・・双真と流星さんのため、僕自身のため・・・!」

 華音が双真とともに意識と力を集中させていく。2人に宿っていく光が一気に強まっていった。

「僕たちは戻るんだ!僕たちが真っ直ぐに自分を貫ける時間に!」

 決意を言い放つ華音。彼女と双真の体にひび割れが起こり、全身へと広がっていく。

「オレはもう、他のヤツらに振り回されるのはゴメンだ!」

 双真も言い放ち、2人の心が光となってあふれ出した。

 

 流星の部屋で石化したまま立ち尽くしていた華音と双真。2人に刻まれていたヒビが、突然広がり出した。

 石化されていた華音と双真の体から、石の殻が弾け飛んだその中から2人の生身の裸身が現れた。

 解放感と疲労感で、華音も双真も脱力してその場に倒れ込んだ。しかし2人とも抱擁を解いていなかった。

「・・・元に・・戻れたみたいだな・・・」

「心の中よりも肌寒さを感じてる・・ホントに戻れたみたい・・・」

 石化から解放されたことを実感する双真と華音。

「できればこのまま体を休めたいけど、いつまた流星さんが戻ってくるか分かんない・・・」

「苦しいが・・もっと苦しくならないうちに・・・!」

 2人が疲れ切った体に鞭を入れて起き上がり、近くにあったシーツを体に巻きつける。華音は五感を研ぎ澄ませて、双真と一緒に部屋を飛び出した。

 

 途中、異形の姿になった華音は、双真を連れて素早く外を移動した。彼の案内で、彼女は彼の家に来た。

「ここが、双真の家・・・」

「あぁ・・といっても、親父はずっと前に家を出ている・・一応は仕送りはしてくれていたけどな・・」

 人間の姿に戻った華音に、双真が憮然とした態度を見せる。

「さっさと中に入るぞ。いつまでもこんな格好で外にいるわけにいかないだろう・・」

「それもそうだね、アハハ・・」

 双真が呼びかけると、華音が苦笑いを見せる。2人が暗い家の中に入り、双真が明かりをつける。

「ここ・・1人で住むようなところじゃないよね・・・?」

「あぁ・・親父が出て行って、それからオレは、母親だったアイツから暴力を振るわれた・・アイツもいなくなって、今ではオレだけがここに住んでいる・・といっても、寮に入って、ここに帰ってくるのはほとんどなくなっているが・・」

 華音が不安を口にすると、双真が憮然さを見せたまま語りかける。彼がしばらく帰ってきていなかったため、家の中はところどころにほこりがついていた。

「服を着たら、とりあえず掃除をやっちゃおう・・でないと休めない気がする・・・」

「そうみたいだな・・・」

 華音が言いかけると、双真が肩を落とした。華音は双真から服を借りることにした。母親が使っていたもので、防虫剤のにおいが染みついていた。

「においがするけど、虫食いはないし、サイズで合うのはそのくらいしかないし・・」

「悪かったな・・オレのでは、いくらなんでもサイズが違いすぎるからな・・」

 においを我慢して、華音が双真の前で服を着る。

「ホントにありがとうね・・寮に戻って着替えなおしたら、洗濯してすぐに返すから・・」

「別にいい・・他に着るヤツがいないしな・・」

「そう・・それじゃ、掃除をやらないとね・・」

「オレはあまり好きなほうではないんだけどな・・・」

 華音と双真が言葉を交わして、家の中の掃除を始めるのだった。

 

 女性の石化を続けていく流星が、1度自分の部屋へと戻った。そこで彼は、華音と双真の姿がないことに目を疑った。

「2人が・・いない・・・!?

 血相を変えて2人を探す流星。だが部屋の中にも部屋の周辺にも、華音と双真はいなかった。

「2人が動くことなんてありえない・・自力で石化を解くなんて、それこそありえないことだ・・・!」

 予想していなかったことに、流星が声を荒げる。

「落ち着くんだ・・まずは双真がどこに行ったのかを確かめないと・・感覚を研ぎ澄ませれば、そんなに遠くに行っていなければ分かる・・・」

 流星が目を閉じて意識を集中する。彼は五感を研ぎ澄まして、華音と双真の行方を探る。

(遠くには行っていない・・この場所は・・・)

 2人の気配を感じ取って、流星が目を開いた。

「双真の家・・双真だけじゃなく、華音ちゃんも一緒・・・!」

 華音と双真の居場所をつかんで、流星が憤りを覚える。

「双真の居場所にまで、踏み込んでいるというのか・・華音ちゃんは・・・!」

 込み上げてくる感情のあまり、流星が右手を強く握りしめる。

「どうして移動できたのかは分からないけど、僕はこのまま君たちを放っておくことはできない・・特に華音ちゃん、君はね・・・!」

 流星はすぐに外に飛び出して、華音と双真を追いかけていった。

 

 ひと通りの掃除を終えて、華音と双真はようやく休息を取ることができた。

「ふぅ・・掃除すると気分がよくなってくるね・・」

「オレは逆だ。いちいち面倒だから気分がよくならない・・」

 笑みをこぼす華音に、双真が憮然とした態度を見せる。後片付けを終えた華音が、双真にゆっくりと近づいた。

「もしも双真を傷つけようとする人がいたら、今度は僕が追い返すから・・だから、むやみやたらに暴力を振るったりしないで・・」

「それは約束できないことだな。オレの受けてきた苦しみは、約束で消せるようなものではないからな・・」

 真剣に言う華音だが、双真は素直に聞き入れるつもりはなかった。

「だったら僕は徹底的に見守らせてもらう・・双真が暴走しないように・・双真が苦しまないように・・・」

「お前・・本当に厄介者だな・・」

 ため息をつく双真に、華音が笑顔を見せる。子供のような笑顔を見せていると、彼女自身思っていた。

「そういうならここにいろよ・・そのほうが都合がいいだろう・・?」

「えっ・・?」

 双真の突然の誘いに、華音が戸惑いを覚える。

「お前なら、一緒にいても辛くならなくて済みそうだ・・お前の言うとおり、苦しみがなくなるかもしれない・・」

「双真・・ありがとう・・そう言ってくれて、僕は嬉しいよ・・・」

 双真の双真なりの告白に、華音は動揺を見せる。心の揺れる彼女は、気持ちのままに双真に寄り添った。

「勘違いするな・・お前のためではない・・あくまでオレのためだ・・」

「分かってる・・それでも・・ありがとう・・双真・・・」

 突っ張った態度を見せる双真に、華音は感謝を見せていた。

 そのとき、華音が鋭く突き刺すような感覚を感じて、緊迫を覚える。

「どうした、華音?・・まさか、流星か・・・!?

 双真が声をかけると、華音が小さく頷く。

「家まで押しかけられたら、ここが危なくなる・・僕が出てって、流星さんを止めてくる・・・!」

 華音が双真に言いかけて、家を出ようとする。だが双真が華音の腕をつかんで止める。

「お前だけを行かせて任せきりにすると気分が悪くなる・・オレも行くぞ・・」

「ダメだ、双真・・石にされたり裸にされたりするだけじゃすまなくなる・・最悪、死ぬかもしれない・・」

「そうだとしても、オレはオレ自身のことを誰かに任せる気にはなれない・・オレが納得しないことこそが、最悪のことだ・・」

「双真・・・双真も覚悟を決めてよね・・何にも保障できないから・・・」

 双真の言葉を受けて、華音は改めて家を出る。双真も覚悟を決めて、家を飛び出していった。

 

 

次回

第24話「真の絆」

 

「僕はもう迷わないよ・・流星さん・・・」

「やはり命を奪わないといけないみたいだね・・・」

「お前はとことん、その考えを押し付けるのか・・・!?

「この力と刃を手にしたことを、僕は後悔しない・・・!」

 

 

作品集

 

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