ガルヴォルスBlade 第12話「暴走の刃」
千佳を手にかけられ、華音は怒りを爆発させた。異形の姿に変身した彼女は、怪物を刃で切り付けていく。
「そんな・・私はたくさんの女の血を吸って、力も若さも美しさを手に入れた・・それなのに、前よりも一方的にやられている・・・!?」
華音が見せた怒りと力に脅威を感じて、怪物が無意識に震える。彼女への敵意をむき出しにして、華音が刃を構える。
「許すもんか・・必ず切り刻んでやる!」
目を見開いた華音が刃を突き立てた。刃は怪物の体を貫き、鮮血をまき散らした。
「そんな・・私はまだ、若さと美しさを取り戻して・・・」
怪物が声を振り絞った瞬間、華音が刃を振りかざした。怪物の体を貫いていた刃は、そのまま彼女を切り裂いた。
体を切り刻まれて、昏倒した怪物は絶命し、崩壊を引き起こして消滅していった。彼女の死に対し、華音は喜びの笑みをこぼしていた。
だがその直後、怒りと狂気で自分を見失っていた華音がここで我に返った。
「あ、あれ?・・・僕・・・」
自分が何をしたのか、一瞬分からなかった華音。だが周辺が血まみれになっているのを目の当たりにして、彼女は恐怖する。
「千佳さんが、あんなことになって・・僕は許せなくなって・・・」
自分のしたことを思い返して、華音が絶望を感じていく。
「千佳さん・・千佳さん・・・イヤアッ!」
千佳の死を痛感させられ、華音が悲鳴を上げた。
1人での買い物を終えて、寮に急いでいた麻子。寮に続く道の途中で、麻子は夢遊病者のように力なく歩いている華音を発見する。
「華音ちゃーん♪」
麻子が華音に明るく声をかける。だが華音は何の反応も示さない。
「華音ちゃん、どうしたの?・・・千佳先輩は・・・?」
麻子がもう1度声をかけるが、華音は震えてばかりになっていた。
「ねぇ、どうしたの、華音ちゃん・・ねえ!?」
麻子が華音の肩をつかんでさらに呼びかける。するとようやく華音が振り向いた。
「麻子ちゃん・・・千佳さんが・・千佳さんが・・・」
「千佳先輩が・・千佳先輩がどうしたの!?」
さらに問い詰める麻子だが、華音はこれ以上答えることができなかった。彼女のこの反応で、麻子は千佳に何かあったのだと悟った。
(言えない・・詳しく言えない・・・言ったら麻子ちゃんを、僕や怪物たちの戦いに巻き込むことになる・・・)
華音は重く口を閉ざした。麻子まで怪物に狙われるようなことになってはいけないと、華音は自分に言い聞かせていた。
「どういうことなの・・どういうことなの、華音ちゃん!?・・・千佳先輩、どこにいるの!?教えて、華音ちゃん!」
麻子がさらに問い詰めるが、華音は答えようとしない。
「教えてよ!先輩に会わせて、華音ちゃん!」
「ダメだ、麻子ちゃん!」
たまらず声を張り上げた華音に驚いて、麻子が思わず後ずさりする。
「見せられない・・千佳さんのあんな姿見たら、麻子ちゃんもどうかなっちゃう・・そんな気がしてならない・・・!」
「華音ちゃん・・・」
声を振り絞る華音に、麻子が戸惑いを覚える。彼女は華音からこれ以上、千佳について聞くことができなかった。
千佳を失って打ちひしがれている華音の様子を、秀樹が物陰から見守っていた。
「あの子の動きをうかがっていたら、またまた面白いことになっているようだね・・」
深い悲しみを感じている華音に、秀樹が喜びの笑みをこぼす。
「それにあの子、お友達もいるみたいだね・・ますます楽しくなりそうだ・・・」
期待を胸に秘めて、秀樹が悠然さを募らせていく。次の手を考えながら、彼は1度華音と麻子のそばを離れた。
麻子に詳しい事情を打ち明けないまま、華音は彼女とともに寮に戻ってきた。2人の心にある悲しみは消えるどころか、膨らむ一方だった。
夜になっても華音と麻子の気持ちは晴れない。麻子は泣き疲れて眠りにつき、華音は窓から夜の空を見つめていた。
(千佳さん・・僕を励ましてくれたのに・・千佳さんのおかげで、何とかできそうって気持ちになってきたのに・・・)
再び心を揺るがしてしまい、華音が目に涙を浮かべる。
(僕にはまだ力が足りないっていうの?・・力を手に入れても、守れるほどには強くなっていないっていうの・・・!?)
自分の無力さを痛感して、華音が震えてうずくまる。
(つばきさん・・僕は、これからどうしていけば・・・)
不安と絶望にさいなまれて、華音は目から大粒の涙をこぼしていく。しばらく涙した後、彼女も泣き疲れて眠りについていた。
千佳の死から一夜が過ぎた。心身ともに疲れていた華音は、昼に麻子に起こされるまで眠り続けていた。
「華音ちゃん、起きて・・もうお昼だよ・・・」
麻子に声をかけられて、華音は目を覚ました。麻子の言うとおり、時計の針は12時を過ぎていた。
「麻子ちゃん・・・僕、こんな時間まで寝てたなんて・・・」
「ううん・・あたしも実はさっき起きたばかりなの・・午前中に授業がなかったからいいけど・・・」
意識をはっきりさせようとする華音に、麻子が微笑みかける。互いが互いに元気になっていないことに気付いていた。
「授業はないけど、あたしも華音ちゃんもバイトでしょ?お客様にはスマイルが大切なんだからね・・」
「麻子ちゃん・・・そうだね・・落ち込んだ顔を見せたら、みんなまで落ち込ませてしまう・・・」
麻子に声をかけられて、華音が自分の頬を両手で叩いて喝を入れる。
「さて、元気を出してやるしかないね・・頑張ろう、麻子ちゃん・・」
「うん・・ありがとうね、華音ちゃん・・」
呼びかける華音に麻子が頷く。2人は気持ちを切り替えて、仕事に向かった。
レストランでの仕事に入った華音。気持ちを落ち着かせて仕事に集中しようとした彼女だが、千佳を失った悲しみを抑えきれず、動揺を隠せなくなっていた。
何度も失敗を繰り返してしまい、翔太や仕事仲間、客たちに平謝りするばかりとなっていた。
「華音ちゃん、どうしたの?また元気がないみたいだけど・・・」
翔太が華音に向けて心配の声をかけてきた。
「何か思いつめているみたいで、仕事に身が入っていなくて・・」
「すみません、翔太さん・・しっかりやりますので・・・」
翔太にも謝る華音だが、元気がなくなっているのが丸分かりだった。
「そんな無様を見せられると気分が悪くなる・・」
落ち込んでいる華音に声をかけてきたのは、憮然とした態度を見せている双真だった。
「さっさと消え失せろ。邪魔なんだよ・・」
「双真くんは気にしないで仕事を続けて・・」
華音に冷たい言葉をかける双真を、翔太がなだめようとする。だが直後、華音が双真の頬を叩いてきた。
「何だよ、その言い方・・ちょっとは他人のことを考えられないのか、アンタは!?」
華音が双真に向けて怒鳴る。すると双真もいら立ちを募らせてきた。
「考えたくもないな・・他の何かに甘えて、自分を弱虫だと泣きついているヤツのことなんかな!」
「僕は甘えても泣きついてもいない!何も分からないくせに、勝手なことを言うな!」
「勝手なのはお前のほうだろうが!自分のことを他に押しつけて!迷惑なんだよ、そういうのは!」
「迷惑の塊のようなもんのアンタが、そんなことを口にするな!」
言い争いをする双真と華音を、他の店員たちが押さえて押さえてなだめる。
「神童さん、落ち着いて!お客様に聞こえるわ!」
「碇くんも構わないで!仕事を続けるんだ!」
呼び止められて大人しくなる華音。不満いっぱいになっていた双真だが、彼女を無視して仕事に戻っていった。
「ハァ・・いきなりケンカをするなんて・・・」
華音と双真の争いに参ってしまい、翔太は複雑な気分になっていた。
それから華音は翔太に促される形で、レストランを早退することになった。その帰り道、気持ちの整理がつかないままの華音は、麻子に電話をかけた。
“もしもし、華音ちゃん・・奇遇だね・・あたしも電話しようって思ってたとこだったの・・・”
「よかった、麻子ちゃん・・まだ仕事中だからつながらないかと思った・・」
麻子の声を聞いて、華音が笑みをこぼす。
“今は休憩中・・・今日はちょっと失敗が多かった・・・”
「僕も、双真とケンカして、みんなに迷惑かけちゃった・・翔太さんに言われて、今日は早退することになった・・・」
“そうなの・・あたしはきちんと時間までやるつもりだけど・・正直自信があるって断言できない、今のあたしじゃ・・・”
互いに物悲しい笑みを浮かべていく華音と麻子。
「今日の夕ご飯は僕が帰りが早くなったから、僕が作るよ・・」
“ありがとう、華音ちゃん・・この埋め合わせは必ずするから・・”
「ううん、いいよ・・僕が麻子ちゃんに迷惑をかけたんだから、その償い・・」
“償いだなんて・・でもありがとうね・・それじゃ、お願いしちゃうね・・”
麻子と会話していくうちに、華音は次第に気持ちを落ち着かせていく。電話を終えた華音は、夕食の買い物に行くのだった。
失敗しながらもこの日のバイトを終えた麻子。その帰り道、彼女は情けない自分に対してため息をついていた。
「ハァ・・今日は失敗ばっかりだったよ・・・」
肩を落としてから、麻子が夕焼け空を見上げた。
「今度はちゃんとやらないとさすがに大目玉だよね・・今日はホントにお情けで何とか助かったようなもんだから・・・」
「ほう?それはラッキーだったね・・」
落ち込んでいたところで声をかけられて、麻子が足を止める。彼女の前に現れたのは秀樹だった。
「あの、あなたは・・・?」
「君の知り合いのこと、気になっているんじゃない?」
戸惑いを見せる麻子に、秀樹が悠然と語りかけていく。
「あなた、千佳先輩のことを知っているの!?」
「まぁ、直接じゃないけど、見てたってだけ・・どういうことになったのか、教えてあげるよ・・」
問い詰める麻子に、秀樹は淡々と言葉を投げかけていく。麻子は緊張を募らせながら、秀樹の言葉に耳を傾ける。
「君の知り合いは死んだよ・・僕の同類に襲われてね・・・」
秀樹の頬に紋様が走る。この変化と彼が口にした非情の言葉に、麻子が驚愕する。
さらに異形の姿に変化する秀樹。怪物となった彼に、麻子は恐怖を膨らませた。
「もっとも、君の知り合いを殺した犯人は死んだけどね・・だからかたき討ちみたいなことをする必要はないよ・・それだけじゃない・・」
秀樹が右手を掲げて、右ひじの刃をきらめかせる。
「君を知り合いのところに送ってあげるよ・・・」
「怪物!?・・人が、あんな姿になるなんて・・・!?」
近づいてくる秀樹から逃げ出す麻子。しかし秀樹は余裕を消さない。
「ただの人間が、僕から逃げられるわけないのに・・・」
秀樹は目つきを鋭くして、麻子を追いかけていった。
買い物を終えて寮の部屋に戻ってきた華音。持っていた荷物を床に下したところで、華音は深くため息をついた。
「ホントにしっかりしないと・・・ホントは誰かに甘えていたし泣きつきたいって思ってもいた・・でも、こんな気分のときに双真に図星だって思われるのがイヤだったから、強がって、ムキになってた・・」
自分に言い聞かせながら、自分の本当の気持ちを確かめていく華音。
「ホントに素直に甘えていればよかったんだ・・そうすればこんなもやもやした気分にもならなかった・・・」
後悔を膨らませて、華音はその場に膝をついた。
そのとき、華音は携帯電話が鳴っていることに気付く。相手は麻子だった。
「もしもし、麻子ちゃん?丁度帰ってきたところ・・」
“華音ちゃん、助けて!怪物が、怪物が現れたんだよ!”
麻子の悲鳴のような声を耳にして、華音が緊迫を覚える。
(怪物・・あの怪物が、今度は麻子ちゃんを・・・!?)
「麻子ちゃん、今どこ!?すぐに行くから!」
“分かんない!もう逃げるので精一杯!”
華音が呼びかけるが、麻子は慌てていて答えることができない。華音は携帯電話を持ったまま、部屋を飛び出した。
「お願い、麻子ちゃん!すぐに行くからとにかく逃げて!無事でいて!」
寮を飛び出した華音が携帯電話をしまうと、すぐさま異形の姿に変身する。
(麻子ちゃん、どこにいるの!?僕が行くまで生きていて!)
心の中で叫ぶ華音。麻子の行方を必死に探る彼女は、無意識に五感を研ぎ澄ませていた。
その中の聴覚が、周囲から入ってくる声や音を拾っていく。その中から華音はついに、逃げ惑う麻子の声と呼吸を捉えた。
「麻子ちゃん!」
目を見開いた華音が速度を上げて、麻子のいる場所へと向かっていった。
秀樹から必死に逃げる麻子。動揺していた彼女は街に飛び込み、人ごみに紛れて逃げ延びようとしていた。
「ハァ・・ハァ・・大勢の中にいれば、いくらなんでも・・・!」
逃げることに必死になっていた麻子。怪物の姿を見られれば騒ぎになり、追うどころではなくなると思ったのである。
逃げ切れると思い、麻子が安心の笑みをこぼしたときだった。
人々の悲鳴だけでなく、何かが切り裂かれたりちぎれたりするような悪寒のする音が響き渡った。
「ま、まさか・・・!?」
再び不安を感じた麻子が、再び走り出す。さらに街中から悲鳴が響いてきていた。
「残念だけど、僕にはこんな小細工は通用しないよ。警察だろうと軍隊だろうと、僕を止めることはできないんだから・・」
悠然さを崩さない秀樹は、必死に逃げる麻子の居場所を把握していた。彼は騒ぎになることもいとわず、逆に人々を刃で切り裂いていた。
街の中は血まみれになり、まるで地獄絵図のようになっていた。
そのことを気に留めることもなく、秀樹は麻子を追って跳躍していく。そして街から出ようとした麻子の前に回り込んだ。
「そ、そんな・・・!?」
恐怖する麻子に向けて、秀樹が笑みをこぼしていく。
「鬼ごっこは終わりにしようか・・では、さようなら・・・」
秀樹は笑みを強めて、麻子を狙って刃を構えた。
(華音ちゃん・・・!)
華音への思いを募らせて、麻子がたまらず目をつぶる。だが秀樹が振りかざした刃は、麻子に届くことなく眼前で止められていた。
ゆっくりと目を開く麻子。彼女と秀樹の間に、異形の姿となった華音が割って入って、刃で刃を受け止めていた。
「何・・また、怪物・・・!?」
麻子はまた新しく怪物が現れたと思い、恐怖を膨らませる。華音が刃を振りかざして、秀樹を引き離す。
「思った通り現れたね・・せっかくだから、2人仲良く切り刻んであげるよ・・」
着地した秀樹が華音に目を向けて悠然と言いかける。華音の異形としての姿に、華音が怯える。
「麻子ちゃん、ここは僕に任せて、急いで逃げて・・・!」
「華音、ちゃん・・・!?」
呼びかけてきた華音の声を聞いて、麻子が動揺を覚える。目の前にいるのが華音であると、麻子は信じられなかった。
「急いで、麻子ちゃん!早く!」
華音に怒鳴られて、麻子が慌ててこの場を離れた。彼女が見えなくなったところで、華音が秀樹に鋭い視線を向ける。
「アンタ・・・僕のために・・麻子ちゃんにまで手を出そうとするなんて・・・!」
秀樹への怒りを募らせていく華音。打ち震える彼女の体から、赤黒いオーラがあふれだしてきていた。
「ほう?・・まさか、こんな形で理想の形に近づいていくなんてね・・・」
華音の異変を見て、秀樹が笑みをこぼす。
「ダメ・・・抑えられない・・自分の中にあるこの怒りを・・・!」
込み上げてくる力と怒りを抑えきれなくなり、華音はふらつく。彼女はまたも力を制御できずに暴走させていた。
次回
「ホントに、華音ちゃんなの・・・!?」
「どうしたらいいんだ・・どうにもならないのか・・・?」
「許さない・・・許さないぞ!」
「もう僕は、戻ることはできない・・・」