ガルヴォルスBlade 第10話「絶望の過去」
怪物を狂気と凶暴性の赴くままに手にかけた華音。自我を失ったまま力を暴走させていく自分に、彼女は不安を募らせていた。
心身ともに疲れ切っていた華音は、講義にも仕事にも集中できなくなっていた。
「華音ちゃん、本当に元気がないみたいだけど・・」
心配になった翔太が、接客から戻ってきた華音に声をかけた。
「大丈夫です、翔太さん・・僕なら平気で・・・」
作り笑顔を見せる華音だが、翔太の目にも彼女が疲れを隠せなくなっているのが見え見えだった。
「華音ちゃん、今日はここまでにしよう。こっちは大丈夫だから・・」
「でも、やっぱり翔太さんやみなさんに迷惑が・・」
「給料はちゃんと出すから、今は僕の言うことを聞いて・・この前も倒れて病院で診てもらったそうじゃない・・」
「翔太さん・・・分かりました・・・」
翔太に言われて、華音は渋々仕事を中断することにした。
「さぁ、みんなは仕事を続けて。華音ちゃんは大丈夫だから・・」
翔太は呼びかけると、彼自身も仕事に戻っていった。
翔太に促されてレストランを後にした華音。だが帰る途中でも、彼女は暴走に対する不安と恐怖に苦悩していた。
寮に戻る前に、華音は途中の道で立ち止まった。
「僕は・・・ホントにどうかなってしまうんだろうか・・・」
「あぁ、本当にどうかしているぞ、今のお前・・」
呼吸を整えながら呟いていたところで声をかけられ、華音が身構える。だが彼女の前にいたのは双真だった。
「アンタ・・こんな気分のときに、アンタと会うなんて・・・」
「女を守ろうとするお前も気に入らなかった・・だが今のお前には、怒りも何も感じない・・腹を立てる価値もないって感じだ・・」
歯がゆさを見せる華音に対し、双真が憮然とした態度を見せる。
「散々痛い目にあわされたが、今のお前なら簡単に仕返しができる。だがそうしてもオレの気は治まらない・・」
「なんだかんだ言って、勝手なんだから・・・」
双真が口にした言葉に、華音がため息をつく。彼女の言葉に不満を感じたが、双真はここで突っかからなかった。
「オレは女を信じない・・男が何でもいうことを聞くものだと本気で思い込んでいる・・・」
「それは偏見だって。女全員がそんな身勝手だけじゃない。心優しい人だっている・・それに男の中にだって身勝手な人はいる・・」
「信じられるか・・女はお前が言うような気のいいヤツらではない・・もしもいいというなら、オレは女のために地獄を見ることもなかったんだ・・・」
あくまで女を敵視する双真は、華音の言葉を聞き入れようとしない。
「そこまで言うなら、せめてこれは教えて・・アンタに何があったんだ?・・なぜそこまで女を憎むんだ・・・?」
華音が落ち着きを取り戻そうとしながら、双真に問いかける。双真はいら立ちを募らせながらも、いら立ちを抑えて言葉を切り出した。
「落ち着けるところで話してやる・・本当は話すのも腹が立つことだ・・・」
近くの広場にやってきた華音と双真。2人はそこにあるベンチに腰を下ろした。
「ここなら落ち着いて話ができるだろう・・・」
双真はひと呼吸おいてから、華音に話を切り出した。
「オレは子供の頃から母だったヤツに弄ばれてきた・・おやじが死んでから、アイツはすっかり変わった・・本性を現したと言ってもいい・・」
双真が昔のことを華音に向けて語りかけてきた。
「子供だったオレは、自分がいたずらや間違いをしたら怒っているものかと思った・・だがどんなに時間がたっても、アイツは怒鳴るばかりで、1度も褒めようとはしなかった・・」
「双真・・・」
「オレの中で我慢できないものが膨らんでいた・・少しでも考えるだけで気分が悪くなってくる・・そして何度目か、アイツから暴力を振るわれたときだった・・・」
記憶を呼び起こしていく双真が、右手を強く握りしめる。
「オレはあの女を殴り殺していた・・怒りで我を忘れたかのように、オレはあの女を敵として叩きのめした・・・」
「双真・・アンタ・・・」
双真の話を聞いて、華音が困惑を覚える。
「あれだけ徹底的に痛めつけていたんだ・・正当防衛とか、我を忘れてやったとか言っても聞かないだろう・・それでもオレは、あの女から解放されて気が楽になったと思った・・実際、少年院での時間も思っていたよりも苦にはならなかった・・」
一瞬安堵を見せた双真だが、すぐに目つきを鋭くした。
「少年院から出たオレは、普通の生活をしようと思った・・だがオレはまた、女の身勝手に振り回されることになった・・」
「もしかして、双真はまた・・・」
「オレに近づいてくる女は、どいうもこいつも思い上がったヤツばかりだった・・オレの言うことをまるで聞かず、自分だけで無理やり決めてくる・・その態度が、またオレの感情を逆撫でしてきた・・・」
双真がいら立ちを我慢できず、ベンチに右手を打ち付けた。
「だからオレは決めた・・女はオレの敵。オレに近づいてくる女がいたら、何もさせずに叩きのめすと・・」
「それは横暴だ、いくらなんでも・・!」
決心を口にする双真に、華音がたまらず言い返してきた。
「確かに今までアンタを苦しめてきた女性が悪いとは僕も思う・・でも女全員がそうだと思い込んで、有無を言わさずに暴力を振るうのは・・」
「こうしなければ女たちは理解しない!自分が何様のつもりでいるのか、ヤツらは理解しようともしない!」
華音の言葉を一蹴するように、双真が怒鳴り声を上げる。
「オレは女と仲良くするつもりはない。もちろんお前のように、女を守ろうとするヤツにも気を許すつもりはない・・」
「そこまでさせるなんて・・・何が正しくて、何が間違っているのか、分かんなくなってくる・・・」
怒りをむき出しにする双真に、華音は困惑を募らせていた。彼女は無意識に、双真に感情移入し始めていた。
「今の僕には、自分自身さえも敵に思えてきている・・自分自身を抑えられなくなっている・・・」
「お前、何があった・・・?」
「・・・それは言えない・・言うのは僕にとってもアンタにとってもためにならない・・・」
眉をひそめる双真だが、華音は困惑を募らせるだけで答えようとしない。答えれば双真を血塗られた争いに巻き込むことになると思ったのだ。
「・・オレには関係のないことだったな・・首を突っ込んでもその首を絞めるだけだ・・オレとしたことが、こんなことを気にするとは・・・」
双真が自分への皮肉を口にして、ベンチから立ち上がった。
「やはりお前とは気が合わなかったな・・・」
「待て・・これからも、女を見つけたら一方的に暴力を振るうのか!?・・それで満足できると本気で思っているのか・・・!?」
「さぁな・・少なくても、女に弄ばれるよりはマシだ・・・」
華音の呼びかけを聞こうとせず、双真は憤りを抱えたまま歩いて行ってしまった。困惑を払拭することができず、華音は双真を呼び止めることができなかった。
街から離れた山奥を、長い黒髪の女性が走り続けていた。彼女は後ろに振り返ろうともせずに、ひたすら山の中の道を走り抜けていた。
走りすぎたために、女性は道の途中で立ち止まり、呼吸を整える。彼女が後ろに振り返るが、追ってくるものの姿は見られなかった。
「逃げ切れたのかな・・・」
女性が安堵を感じ始めたときだった。幾本の触手が飛び出してきて、彼女の体を縛りつけてきた。
「キャアッ!」
悲鳴を上げる女性。暴れる彼女だが、触手から抜け出ることができない。
さらに触手の先端が女性の体に突き刺さる。
「イヤアッ!」
悲鳴を上げる女性。激痛を覚える彼女の体から触手が吸い取っていく。
「イヤ・・やめて・・・はな・・し・・・て・・・」
女性が上げる声が弱々しくなり、彼女の手がだらりと下がる。やがて彼女の体が徐々にしぼんでいく。
触手が吸い取っていたのは血液。血液を吸い取られたことで、女性はミイラ化してしまったのである。
血を吸い切った触手が女性の死体を放す。彼女のミイラ化した死体はバラバラになりながら山の崖の下に転がっていった。
「やっぱり美女の生き血はおいしいわね・・」
触手を出していた怪物が、白髪の女性の姿となった。
「美女の血を吸うのは、味がいいだけじゃない・・体を若返らすのにも効果的・・・」
女性が自分の手の指を軽くなめて、血の味を確かめていく。
「でもまだ足りない・・まだ全然血が足りない・・若さを取り戻すまでには、全然・・・」
笑みを消した女性が野心を口にする。彼女は怪物に転化する前に事故で白髪になってしまい、それが美しさからかけ離れたものだと嫌悪した。怪物となったことで美女の生き血を吸い、失われた若さと美を取り戻そうと考えていた。
「もっと来ないかしらね・・私を満足させてくれる美女は・・早く若さと美しさを取り戻したいわ・・・」
再び笑みを浮かべて女性は歩き出す。次に山奥に新たな美女が入ってくるのを願って。
自分のことだけでなく、双真のことも気にして苦悩を深めていた華音。不安と恐怖を膨らませるあまり、彼女は夜もなかなか寝付けなかった。意識がなくなっている間に、誰かを手にかけてしまうのではないかと思っていた。
(華音ちゃん、まだ悩んでる・・もしかして、あのつばきさんのことを気にして・・・)
麻子は華音が安心して眠れていないことに気付いていた。これまで何度か心配の声をかけた麻子だが、華音は詳しいことを話さなかった。
(悔しいよ・・こういうときに何にもできない自分が・・・)
自分の無力さを痛感して、麻子も悩みを募らせていた。
2人が悩みを抱えたまま、一夜が明けた。目を覚ました華音と麻子のいる部屋のドアがノックされた。
「はい、どうぞ・・」
華音が寝癖のついた髪を整えながら声をかけた。
「おはよう、麻子ちゃん。いきなり来ちゃってゴメンね・・」
部屋のドアを開けて、1人の女性が気さくに声をかけてきた。オレンジがかったやや長めの茶髪をした長身の女性である。
「山吹先輩、わざわざここに来たんですか!?」
女性を見た麻子が驚きの声を上げる。
「久しぶりだね、麻子ちゃん。時間はたっても明るさは健在だね。」
「麻子ちゃん、知り合いなのかい・・?」
笑みをこぼす女性と、麻子に問いかける華音。
「山吹千佳先輩。あたしの前のバイト先の先輩だったの。」
「ちょっと、麻子ちゃんがこっちを辞めて1年もしてないのに、昔の人扱いはないじゃない・・」
自己紹介をされた麻子に、女性、千佳が冗談混じりの不満を返した。
「はじめまして。神童華音といいます。」
「よろしく、華音ちゃん。久しぶりに後輩の元気な顔を見たくなってね・・」
華音が自己紹介をすると、千佳が表情を曇らせた。その彼女の様子に、麻子が不安を覚える。
「あの、何かあったんですか・・・?」
「うん・・・実はこないだまでずっとあそこの仕事続けてたんだけど・・・」
麻子の問いかけを聞いて、千佳が戸惑いを見せながら答える。
「新しく入ってきたリーダーとそりが合わなくて、ついにはケンカしてやめてきたってわけ。」
「そんな・・それじゃ先輩、これからどうしていくんですか・・・!?」
「いやぁ、その心配はいらないよ。もう次の仕事先決まって、もう頑張ってるから。今日は休みだったんで来てみたってわけ。」
「そうだったんですか・・ビックリしちゃいましたよ〜・・・」
千佳の事情を聞いて、麻子が安堵の吐息をついた。
「それで麻子ちゃん、今度はどんなバイトしてるの?」
「今度もレストランの仕事です。華音ちゃんもレストランですけど、店が違います。」
「へぇ、華音ちゃんもレストランかぁ・・ウェイトレス姿を見てみたいものね・・」
麻子の答えを聞いて、千佳が笑みをこぼして華音に視線を移す。
「いえ・・僕、こんな性格だから、ウェイターの格好で接客をやっているんです・・」
「えっ!?ウェイターの格好で!?・・君、変わっているね。何というか、男っぽいところが強いというか・・」
華音の言葉を聞いて驚くも、千佳は笑みをこぼした。
「でも仕事はきちんとやっているのよね?それも仕事仲間と仲良く・・」
「もちろんです・・と言いたいところなんですけど・・・」
千佳の言葉に答えるも、華音は物悲しい笑みを浮かべてきた。
「えっ?もしかして誰かとケンカして・・」
「いえ、そうじゃないんです・・みなさん、とても親切にしてくれています・・」
千佳が投げかけた言葉に返事をするも、華音は彼女にも自分のことを打ち明けようとしなかった。
「まぁ、ケンカとかじゃないならそんなに問題にはならないかな。自分がしっかりしてればいくらでも立て直しができるから・・」
「そういうものなのでしょうか・・それならいいんですが・・・」
気さくに声をかける千佳だが、華音から不安が解消されたわけではなかった。
「これでも仕事経験短くないから・・本当は誰かに相談してスッキリさせるのがいいんだけど、1人で抱え込むなら自分できちんと解決させようって気にならないと・・」
「千佳さん・・・その通りですね、本当に・・・」
千佳の励ましを受けて、華音が苦笑いを見せた。
(ホントにこれは僕自身が解決しないといけない・・僕の周りで、この力を打ち明けることのできる人はいないのだから・・・)
心の中で自分に言い聞かせる華音。彼女は麻子たちを怪物の血塗られた戦いに巻き込みたくないと必死になっていた。
それから麻子と千佳は久しぶりの休日を楽しむこととなった。華音は2人の邪魔をしてはいけないと思い、同行するのを断った。
寮の部屋で休養を取ることとなった華音。だが静寂の漂う部屋の中は、彼女が抱えている不安を募らせていった。
(僕がしっかりしないといけない・・何とか自分を保って、力をコントロールしないと・・・)
自分に言い聞かせていく華音。彼女の脳裏につばきの姿がよぎってくる。
(つばきさんもきっと、扱いの難しい力に苦しんでいたはず・・自分がここまで願って求めた力を、自分が制御できなくてどうするんだ・・・!)
両手で頬を叩いて自分に喝を入れる華音。気を引き締めようとする意味も込めて、彼女は寮の部屋を出た。
麻子と千佳を追いかけていく華音。
だが道を走っていた最中、彼女は突然体を捕まえられた。彼女の体を数本の触手が絡みついていた。
「えっ!?何っ!?」
驚きの声を上げる華音が触手に持ち上げられる。もがく彼女だが触手から抜け出ることができず、人のいない茂みの中に引きずり込まれてしまった。
「おいしそうなにおいがする・・次の獲物はあなたね・・・」
引き込まれた華音の前に、白髪の女性が現れた。
「あなたのその美しさ、いただかせてもらうわよ・・・」
女性が異形の怪物へと変貌を遂げる。怪物の奇襲に、華音の緊迫は一気に高まった。
次回
「あなたも私と同じだったのね・・」
「何をしたら、僕自身やみんなのためになるのでしょうか・・・?」
「頭より体を動かして、ガムシャラにいくのがいいんじゃいかな?」
「もらうわよ・・あなたの血・・・」