ガルヴォルスBlade 第8話「刃の継承」
異形の怪物へと変貌を遂げた華音。その姿はつばきが変身していたものと似ており、手からの刃を武器としている点も共通していた。
「つばきさんと同じ力を、手に入れたというのか・・・!?」
華音の姿を見て、秀樹がいら立ちを覚える。
「認めない・・認めるものか・・・」
秀樹がひじの刃をきらめかせて、華音に迫っていく。
「お前のようなか弱い小娘が、つばきさんの力を使うなど、僕は認めない!」
秀樹が華音に向けて右ひじの刃を振りかざす。だがこれも華音は刃で受け止める。
「1度防いで終わりじゃないよ!」
秀樹は続けて左ひじの刃を振りかざす。右の刃を自分の刃で防いでいる以上、華音には防御することはできないと彼は思っていた。
だが華音の左手からも刃が伸びてきた。不意を突かれた秀樹が刃を防がれただけでなく、左の頬にかすり傷を負うこととなった。
「こんなことで・・僕が彼女にやられるものか!」
激高した秀樹がさらに刃を振りかざす。だがその全てを華音の刃で受け止められる。
「僕はお前を許さない・・つばきさんを傷つけたお前を・・・!」
怒りを見せつけて、華音が右の刃を突き出す。秀樹が左腕を切り付けられて、鮮血をまき散らす。
「ぐっ!・・この僕が、こうも簡単に・・・!」
いら立ちを募らせていく秀樹。だが華音に対する攻撃の手段を見出せず、秀樹はやむなく彼女の前から姿を消した。
一瞬秀樹を追おうとした華音だが、つばきが心配になって思いとどまった。人間の姿に戻った華音は、つばきに駆け寄る。
「つばきさん・・・アイツ、追っ払ったよ・・・」
「華音さん・・・とうとう・・なってしまったのね・・・」
微笑みかける華音に対して、つばきが沈痛さを覚える。彼女は華音も怪物になって、血塗られた戦いに足を踏み入れてほしくないと思っていた。
「ごめんなさい、つばきさん・・・つばきさんを裏切った形になってしまって・・・」
「もういい・・・もうどんなに願っても、君は私と同じになってしまった・・・元に戻ることはできなくなった・・・」
謝る華音に対して、つばきが皮肉を口にする。
「今はまだ人の心を失っていないようだが・・憎悪や怒りで自分を見失ってしまうこともある・・そのことは忘れるな・・・」
つばきからの忠告に、華音が緊張を感じて頷く。
「だが私は・・君が人の心を失わないと信じている・・それだけの強さを持っていると信じている・・・」
「つばきさん・・僕は・・・僕は・・・」
気持ちを伝えてくるつばきに、華音が戸惑いを膨らませて涙を浮かべる。そんな彼女の頬に、つばきが手を伸ばして添える。
「怪物たちと戦う道を選ぶとしても、これからは自分自身との戦いだ・・力に溺れる自分の闇との・・・」
「つばきさん・・・」
「華音さん・・あなた自身の思いを、私は信じている・・・これからのあなたを・・・」
戸惑いを募らせる華音から、つばきの手が滑り落ちた。力なく手が地面に落ちて、つばきが瞳を閉じた。
「つばきさん・・・!?」
動かなくなったつばきに、華音は目を疑った。彼女の腕の中で、つばきの体が砂のように崩され霧散していった。
「つばきさん!」
悲痛の叫びを上げる華音。彼女の目の前で、つばきが命を閉ざして消滅していった。
「どうして・・つばきさんがいなくなってから、力を手に入れることになるんだ・・・やっと力を手に入れたのに、どうしてつばきさんを守れなかったんだ・・・!?」
両手を握りしめて、絶望に打ちひしがれる華音。彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「どうしたらいいのか分かんない・・でもひとつだけ分かることがある・・・」
あふれてきている涙を拭って、華音が気持ちを落ち着かせようとする。
「あの人を・・つばきさんを傷つけたあの人と戦い、悪さを止めないといけない・・・」
低い声音で呟く華音。彼女の中で秀樹への怒りが込み上げてきていた。
怪物へと変身した華音に返り討ちにされた秀樹は、憤りを抑えられなくなっていた。
「あの小娘・・つばきさんと同じ力を使ってきた・・しかもつはきさんとの戦いで体力を使っていたとはいえ、僕がアイツにやられるなんて・・・!」
華音への怒りを抑えきれず、秀樹が地面を強く踏みつける。
「僕は思い通りにならないものを認めない・・つばきさんのマネをするあの小娘も、僕は認めるつもりはない・・・!」
いら立ちを抱えたまま、秀樹が哄笑を上げる。
「今度はやられない・・次に切り裂かれるのは君だよ・・・」
華音への憎悪と敵意を胸に秘めたまま、秀樹は歩いていく。森から出ようとしたところで、彼は気配を感じて足を止めた。
「僕は今、虫の居所が悪いんだ・・手を出すと命はないよ・・・」
低い声音で言いかける秀樹。彼の周りを取り囲むように、怪物たちが姿を現してきた。
「5つ数えるまでに僕の視界から消えて・・でないとどうなっても知らないよ・・・」
秀樹が忠告を送るが、怪物たちは聞かずに飛びかかってきた。
「物分かりの悪いヤツは嫌いなんだよ・・・」
怪物の姿になった秀樹が周囲の怪物たちに向かって飛びかかる。彼が足を止めた瞬間、怪物たちが体を切り刻まれて崩れた。
「人の言うことはちゃんと聞いたほうがいいって教わらなかったのかな・・・」
人間の姿に戻って、秀樹がため息をつく。彼は再びゆっくりと歩き出し、森を後にした。
秀樹や他の怪物たちに対抗できる力を手にした華音。だがつばきを失ったことで、彼女は悲しさと自分の無力さを膨らませていた。
「つばきさん、ゴメン・・僕が、もっと早く力を手に入れていたら、つばきさんを助けられたのに・・・」
つばきに対して謝罪の言葉を口にしていく華音。しかしどんなに後悔しても、どんなに自分を責めても、つばきが帰ってくることはない。
力を得たにもかかわらず、どうしようもない気持ちに打ちひしがれていく華音。彼女の苦悩は疲れていた体にも影響を及ぼしていた。
(今、僕がやらなくちゃいけないと思っていることは・・アイツと、つばきさんを殺したアイツと戦うことだけ・・・)
ひとつの決意を胸に秘める華音だが、森を抜けて女子寮に戻る途中の道で力尽きて倒れてしまう。
(ま・・まずは帰らないと・・麻子ちゃんも心配してるし、翔太さんまで心配させてしまう・・・それに・・・)
自分に呼びかけていく華音の脳裏に、唐突に双真の姿がよぎってきた。
(それに?・・・何で、アイツのことを考えてるんだ・・・?)
自分に疑問を投げかける華音。双真のことが頭から離れず、彼女は振り切ろうとして、疲れ果てた体に鞭を入れて立ち上がる。
満身創痍の彼女の前に、双真が立っていた。見間違いと思った彼女だが、双真は間違いなく彼女の前にいた。
「まだこんなところにいたのか・・・しかも、ずい分ボロボロじゃないか・・・」
憮然とした態度を見せる双真に、華音は警戒の視線を送る。すると双真が華音の手をつかんできた。
「ア・・アンタ・・・!?」
「オレの目の前で勝手にくたばられても気分が悪くなる・・せめて病院か住んでるところでくたばりやがれ・・・」
戸惑いを見せる華音を引っ張っていく双真。彼に連れられて、彼女は病院にやってきた。
「病院・・・無事に戻れないとも思えたのに・・・」
病院を見つめて呟いているところで、華音が双真に背中を押される。
「さっさと行け。オレの見えないところでくたばりやがれ・・」
双真は華音に言いかけると、きびすを返して歩き出した。彼の姿が見えなくなる前に、華音は意識を失ってその場に倒れた。
その後すぐに華音は病院に運ばれ、療養を受けることとなった。命に別状はなく過労と診断されたが、彼女は病室での休養を余儀なくされた。
診察の際に体も調べられたが、華音が怪物になったことを怪しむことはなかった。異形の怪物へ変身することができるものの、元々人間であるため、体の構造も人間と変わらないのである。
華音が目を覚ましたときには、彼女が怪物になってから一夜が明けて昼間になっていた。
「華音ちゃん!」
華音が窓から外を見ようとしたとき、麻子が病室に飛び込んできた。
「ま、麻子ちゃん!?」
「華音ちゃん、大丈夫!?倒れたって聞いたから!」
驚く華音に麻子が泣きながらすがりついてきた。すると華音が苦笑いを浮かべる。
「ここ、病院だから、静かにしないと・・・」
「あっ・・・」
華音に言われて、麻子が我に返る。病室の前を通りがかった医師や看護師たちが冷たい視線を向けられて、麻子も苦笑いを浮かべるばかりとなっていた。
平穏が戻ったところで、華音と麻子が同時にため息をつく。
「とにかく無事でよかったよ、華音ちゃん・・」
「ゴメン、麻子ちゃん・・心配かけちゃって・・・」
安心の笑みをこぼす麻子に、華音が笑みをこぼす。今の華音は体の痛みよりも、心の痛みのほうがひどかった。
「華音ちゃん、あの人は・・つばきさんは・・・?」
麻子が唐突に切り出した話に、華音が表情を曇らせる。彼女の反応を見て、麻子はよくないことということは感じ取っていた。
「華音ちゃん、まだ入院することになるの・・・?」
「まだ医者に言われてないから分かんないよ・・多分大丈夫だとは思うけど・・」
質問を投げかける麻子に、華音が戸惑いながら答える。
「そう・・それじゃあたしが呼んでくるね♪」
麻子が笑顔を見せてから病室を出た。彼女がいなくなったところで、華音はつばきを失った悲しみを思い返す。
(つばきさん・・僕が弱かったから、つばきさんを守ることができなかった・・あんなに傷ついていたのに、それでも戦おうとしていたのに・・・)
悲しみと後悔を募らせて、華音が目から涙をあふれさせる。
(もうこんな辛い気持ちになるのはイヤ・・だから僕は強くなる・・つばきさんと同じ力を手に入れたし・・・)
見つめていた右手を握りしめて、華音は決心しようとする。体も心も強くなろうと、彼女は気を引き締めていた。
「気が付かれましたか、神童さん。」
そこへ麻子が呼んできた医師が看護師を連れて病室にやってきた。華音は目からあふれていた涙を拭って、医師たちに振り向く。
「体のほうに異常は確認されません。過労が原因と思われます。あまり無理をするのは避けたほうがいいでしょう・・」
「それじゃ、入院する必要は・・・」
「帰宅しても構いませんが、しばらくは激しい運動は厳禁ですよ。」
医師から注意をされて、華音が苦笑いを見せる。
「ではお大事に。くれぐれも安静にお願いしますよ。」
「はい。ありがとうございました・・」
華音が感謝の言葉をかけると、医師と看護師は病室を後にした。
「よかったね、華音ちゃん♪」
「う、うん・・」
麻子が喜びを見せてくるが、華音は微笑んだまま頷くだけだった。つばきのことを気にしていて、華音は素直に自分の回復を喜べなかった。
それから華音は女子寮に戻った。運動を避ける以外は、彼女は日常へと戻りつつあった。
だがその日常の中で、華音は苦悩を拭うことができずにいた。つばきを失った悲しみと、自分がこれからどうするべきなのかという疑問に、彼女は悩まされていた。
落ち込んだままの華音を、麻子は気になっていた。どういうことなのかを訊ねてみたが、華音から答えを聞くことはできなかった。
そしてその日のレストランでの仕事のときだった。
「あっ・・・!」
華音がコーヒーのカップを手にしたとき、そのカップが突然割れた。カップを持った手を押さえている華音に、翔太が駆け寄る。
「華音ちゃん、大丈夫!?」
「翔太さん・・・は、はい・・・」
心配の声をかける翔太に、華音が弱々しく答える。
「切ってはいないみたいだけど・・・片付けは僕がやっておくから・・」
「いえ、大丈夫です・・片付けは僕がやりますから・・」
心配する翔太だが、華音はすぐに割れたカップの片付けを始めた。翔太は彼女への心配を募らせていた。
(カップは簡単に割れてしまう感じじゃなかった・・僕が力を入れたから・・・)
華音が片付けを続けながら、自分の身体能力について考えていた。
(僕も怪物になってから、普通に生活しているつもりでも、力が入りすぎてしまうことがある・・何事もなく普通に使えていたものを簡単に壊してしまう・・・)
片付けを終えたところで、華音が自分の右手を見つめる。彼女は普段でも、新しく得た力を制御できないでいた。
手加減の利かない力のため、華音は徐々に動揺を深めつつあった。
(落ち着かないと・・落ち着いて慣れていけば、またいつも通りの生活ができるって・・)
自分に言い聞かせて気持ちを引き締める華音。彼女は小休止を挟んでから、仕事に戻っていった。
制御の利かない力のために失敗ばかりしてしまった華音。仕事を終えた彼女は、レストランの前でため息をついていた。
(何とかして力を抑えないと・・僕の周りのものがみんな壊れてしまう・・・)
またまた気持ちを引き締めようとする華音。その彼女の前に双真が現れた。
「アンタ・・・」
華音が双真に対して戸惑いを覚える。彼女は以前に助けてくれたことを気にしていた。
「この前はありがとう・・助けてくれて・・・」
「オレは助けたつもりはない・・オレの目の前でくたばられても気分が悪くなるって言っただろ・・だが生きていたみたいだから、こっちもこっちでいい気分じゃないがな・・」
感謝の言葉をかける華音だが、双真は憮然とした態度を見せる。
「オレは女が許せない・・お前のように女の味方をしようってヤツもな・・」
「そこまで女嫌いのアンタにも、どんな理由であっても他人を助けるなんて・・・」
「くっ・・そんなことを言われるなら、後味が悪くなっても助けるんじゃなかった・・・」
皮肉を口にする華音に、双真が不満を見せる。
「くたばってなかったなら、オレが必ず叩きのめしてやる・・お前もオレは許してないんだからな・・・」
「許してないのはこっちも同じだ・・自分のために女を殴るようなヤツなんかに・・・」
鋭く言いかける双真に、華音も不満の言葉を返す。だが華音は双真と対立することにためらいを覚えた。
今の自分は怪物としての力を得ており、その制御ができていない。双真と対立しても、人間の姿のままで息の根を止めかねない。華音はそう不安がっていた。
突っ張った態度を見せたまま、華音は双真の前から去っていった。
(いくら許せないからって、今の状態でもし何かやらかしたら後味悪いし・・まずは今の自分に慣れておかないと・・・)
複雑な心境のまま、女子寮へと戻っていく華音。
「見つけたよ、お嬢ちゃん・・」
その途中の道で聞き覚えのある声を耳にして、華音が緊迫を覚えて足を止める。彼女の前に秀樹が現れた。
「お前・・つばきさんを・・・!」
「君みたいな小娘が、つばきさんと同じ姿を力を持っていることが我慢ならない・・・!」
憤りを見せる華音と秀樹。秀樹の顔に異様な紋様が浮かび上がる。
「2度と僕が見ることがないように、ズタズタに切り刻んでやる・・・!」
サメの怪物へ変身する秀樹。華音の顔にも紋様が走る。
「つばきさんを殺したお前を、僕は許さない・・・!」
華音も異形の姿へと変身する。右手から刃を発して、彼女は秀樹と対峙しようとしていた。
次回
「僕・・何を考えて・・・!?」
「力はあっても、うまく使えてないみたいだね・・」
「つばきさんとは全然程遠い・・・」
「僕は負けない・・お前を倒さないと、僕の心は晴れない!」