ガルヴォルスBlade 第7話「薄幸の椿」
私の名はつばき。
椿の花言葉は「誇り」。
でも椿は赤い椿と白い椿で花言葉が違っている。
さらに椿の花は無残に落ちる。
華やかに散ることなく、花丸ごと落ちる。
醜く儚く終わりを迎える椿。
それは私の命の儚さを示唆していた。
椿の花のように儚く命を終える。
私はいつもそう思っていた。
華音に襲いかかった秀樹。彼が振りかざした刃を、つばきが手で受け止めていた。
「つ、つばきさん・・・!?」
動揺を見せる華音の前で、つばきが秀樹を蹴り飛ばす。彼を引き離したが、彼女右手からは血があふれてきていた。
「華音さん、あなたは戦わなくていい・・戦わなくていいから・・・」
つばきが呼びかけるが、困惑する華音は体を震わすばかりとなっていた。
「今は逃げなさい、早く!」
つばきは華音に呼びかけると、秀樹に向かって飛びかかる。刃を振りかざすと見せかけて、彼女は彼に組み付いて華音から離れていく。
「つばきさん!」
悲鳴を上げる華音がつばきを追いかける。だがつばきと秀樹の速さに華音は追い付けなかった。
華音から秀樹を引き離そうとするつばき。2人は森の外れの崖の上まで移動していた。
「あの子のためにずい分と必死だね、つばきさん・・ホントに感情的になってしまったようだ・・」
つばきの突進を受け止めながら、秀樹がため息をつく。
「その感情を自分のためだけに使えれば問題ないんだけど・・・」
秀樹が刃を振りかざし、つばきが左の脇腹を切り付けられる。
「ぐっ!ぐあっ!」
痛みを感じて顔を歪めるつばき。彼女はその弾みで崖から足を踏み外し、崖下に落下していった。
「つばきさん・・終わりを迎えるのは、次の機会になっちゃったね・・・でも、今度こそ・・・」
人間の姿に戻った秀樹が崖から去っていった。生死を確認していなかったが、秀樹はつばきが生きていると確信していた。
華音を追いかけて森の中を歩いていた双真。彼は何も話さずに走り出した華音に我慢がならなかった。
「アイツ・・どこに行ったんだ・・・!?」
華音を探して森の中を見回す双真。彼はいつしか崖下のほうに来ていた。
そこで目撃したのは、倒れていたつばきだった。秀樹との戦いで崖下に落ちたつばきは、気絶したことで人間の姿に戻っていた。
「女・・・!」
女であるつばきを目にして、双真が怒りをこみ上げる。怒りのままにつばきに近づき、双真が殴りかかろうとした。
だが彼の敵意を直感したつばきが意識を取り戻し、右の拳を受け止めた。拳を止められたことに驚き、双真が目を見開く。
「この重み・・普通の人間か・・・」
起き上がったつばきが双真に目を向ける。秀樹との戦いで受けたダメージや傷は残っていた彼女だが、双真の拳を軽々と受け止めていた。
「無闇に攻撃を仕掛けるのは感心しないな・・藪をつついて蛇を出すことになりかねない・・」
「女がオレに説教するな!自分さえよければそれでいいと思い込んでいる女のくせに!」
注意をするつばきに激高し、双真が再び殴りかかる。だがつばきに腕をつかまれて、その勢いで背負い投げをされる。
「ぐっ!」
仰向けに倒れてうめく双真を、満身創痍のつばきが見下ろしてくる。
「君は怒りや憎悪のままに飛びかかってくる狼も同然だ。攻め方が単調になり、対処するのは簡単だ・・」
「うるさい!・・女がオレを勝手に決めるな・・・!」
言葉を投げかけるつばきに言い返し、双真が立ち上がる。
「聞く耳を持たない・・痛い目を見なければ自覚しない、か・・・仕方がない・・・」
つかみかかってきた双真の懐に入り、つばきが右手を叩き付ける。痛烈な一撃を受けて、双真がたまらずその場にうずくまる。
「君に何があったのかは知らない・・せめて話を聞かせてほしいところだ・・有無を言わさずに殴られるのは、君もいいとは思わないのだろう・・?」
さらに忠告を送るつばき。反発しようとする双真だったが、痛みのあまりに声を出すことがままならなくなっていた。
「私は君に危害を加えるつもりはなかった・・それどころか、私は狙われている身だった・・今は何とかその危険から生き延びることができたが、いつまた危険に巻き込まれるか分からない・・」
自分の置かれている状況を話すと、つばきが双真に手を差し伸べてきた。だが双真は彼女の手を取らずに振り払う。
「オレは女は信じない・・自分の思い通りになるためならどんなこともする女なんか・・・!」
「なぜそこまで女性を嫌う?・・その理由が分からなければ、私も君にどのように対応すればいいのか分からなくなる・・」
拒絶の意思を示す双真に、つばきが疑問を投げかける。
「オレは女の身勝手に苦しめられてきた・・だからオレは女を受け入れるつもりはない・・全員がそうじゃないと言われても、オレは信じない・・・」
「相当嫌っているようだな・・ならばもう、自分のことは自分で決めるしかないな・・」
「お前に言われるまでもない・・女に言われる筋合いはない・・・!」
つばきへの敵意を消さない双真。するとつばきが振り返り、双真に背を向ける。
「戦うこと、守ること、決めること・・それ自体に老若男女の差別はない・・私も君も、自分のことは自分で決めてきた・・」
「黙れ・・オレのことを決めるのはオレだけだ・・・」
自分の気持ちを口にするつばきに、双真は鋭い視線を向ける。
「最後にこれは言っておく・・私に近づくな・・命を失いたくなければ・・・」
「待て・・逃げるな・・ここでお前を叩き潰す・・・!」
歩き出すつばきを追いかけようとする双真だが、痛みに耐えられずに再び倒れる。彼が起き上がったときには、既につばきの姿は見えなくなっていた。
「くそ・・くそっ!」
憤りのあまりに右腕に力を込める双真。つばきの姿はそこになく、怒りを発散できずに双真は声にならない絶叫を上げていた。
つばきを追って森の中を駆け回っていた華音。息を絶え絶えにしながらも、華音はつばきを探すことしか頭に入っていなかった。
(つばきさん・・どこにいるんだ!?・・・どうか・・どうか無事でいてくれ・・・!)
心の中で必死に呼びかける華音。彼女は小休止しようともせずに、ひたすらつばきの行方を探していた。
「つばきさん!」
そして華音はようやく、森の中を歩いていたつばきを発見した。倒れそうになったところで、つばきは駆け込んできた華音に支えられた。
「つばきさん、しっかりして!・・無事でよかった・・ホントに・・・」
華音がつばきに向けて呼びかけ、微笑みかける。
「華音さん・・さすがの私も、全く無事だったとは言えないな・・・」
つばきも痛みに耐えながら微笑みかける。
「もう1度・・もう1度寮に戻ろう・・迷惑をかけていいから・・死ぬようなことはしないで・・・!」
「華音さん・・・そんなことをしたら、君が秀樹くんに狙われることになる・・秀樹くんだけではない・・他の怪物たちからも標的にされる・・・!」
悲痛さを込めて呼びかける華音に、つばきは胸を痛めていた。だが華音の考えは揺るがない。
「構わない・・構うもんか・・・僕は、辛くなってる人を見殺しにするような人にはなりたくない・・・!」
「華音さん・・・」
華音の言葉を耳にして、つばきは戸惑いを浮かべる。華音との出会いと交流が、つばきに自ら押し殺していた感情、心を呼び起こさせていた。
「追い付いたぞ・・女・・・!」
そこへ声がかかり、つばきが緊張を覚え、華音が彼女を守ろうと身構える。2人の前に現れたのは双真だった。
「アンタ・・何でこんなところに・・・!?」
「お前もここに来ていたのか・・・どいてろ・・オレはそこの女を叩き潰さないといけないんだ・・・!」
驚きを込めた言葉を口にする華音に、双真が声を振り絞る。
「つばきさんはケガをしてるんだ!それなのに暴力を振るうなんて!」
「女は思い上がった連中ばかりだ!どんなことになってようが、オレは女に気を許すつもりはない!」
怒りの声を上げる華音と双真。
「自分勝手な女なんて、いなくなってしまえばいいんだよ!」
激高した双真がつばきに迫るが、華音に組み付かれて止められる。
「アンタ、ホントに最低だ!男として、人として!」
憤慨した華音が押し倒そうとするが、双真は押されずに踏みとどまる。
「何度もやられてたまるか・・オレは、許せないものを受け入れるつもりはない!」
力を込める双真に対し、華音も踏みとどまる。
「つばきさん、逃げて!寮に行って隠れて!」
「華音さん・・・すまない・・・」
華音に呼びかけられて、つばきは謝意を感じながら離れていった。
「待て!逃げるな!」
双真が怒鳴るが、つばきは止まらない。
「お前が・・お前が邪魔をするから!」
双真が怒りを膨らませて、華音に殴りかかる。だが華音に拳を受け止められて、逆に殴られる。
「僕たちは、こんなことをしてる場合じゃないんだ!一生懸命になってる人の気持ちが分かんないほど、アンタは人の出来が悪いのかよ!?」
「何が一生懸命だ・・女は自分のことしか考えていないくせに・・・!」
怒鳴る華音に双真がさらに怒りを見せてくる。その彼に華音がつかみかかる。
「自分のことしか考えず、周りのことを全然考えようともしてないのはアンタだろうが!ちょっとでも良心があるならよく考えろ!」
華音は双真を突き放すと、つばきを追って駆け出して行った。双真は我慢がならず、華音を追って歩き出した。
華音に呼びかけられて、つばきは森から出ようとした。だが森から外に出る手前というところで、彼女は足を止めた。
「さすがに勘は働くね、つばきさん・・」
つばきの前に秀樹が現れた。彼と対峙するつばきは、まだ戦いの痛みが癒えていなかった。
「あんまりゴチャゴチャするのはお互いイヤだよね・・そろそろ心に決めたら?自分の思うがままに力を使うことを・・」
「私の考えは以前から変わっていない・・自分の思うように力は使ってきている・・あなたのように暴走する怪物を止めることが、私の考えよ!」
「・・ホント・・こうもガンコだと、逆に嫌気がさしてくるよ・・」
頑なな意思を示すつばきに対し、秀樹が笑みを消す。彼の姿が異形の怪物へと変貌する。
「どうしても思い通りにならないというなら、好きにさせられない・・ここでひと思いに切り刻む・・・!」
いきり立った秀樹がつばきに飛びかかる。満身創痍の体を突き動かして、つばきも怪物へと変身する。
2人が振りかざす刃がぶつかり合い、衝撃を巻き起こす。だが傷ついているつばきはその衝撃に完全に耐えることができなくなっていた。
「やっぱり僕の攻撃が効いているようだね・・我ながら、改めてすごいよ思うよ・・」
秀樹が笑みを強めて、つばきに向けてさらに刃を振りかざしていく。つばきは反撃もままならず、徐々に追い込まれていく。
余裕を崩さない秀樹と、ついに息も乱すようになったつばき。
「残念だけど、もうここまでだ・・君がこれ以上、僕の理想からかけ離れてしまう前に・・・」
秀樹はため息をひとつつくと、つばきに向かって飛びかかる。つばきは力を振り絞って、刃を突き出して迎え撃つ。
「いい形のまま、君を打ち砕く!」
秀樹が振りかざした刃が、つばきの右の刃を打ち砕いた。多くのものを切り裂いてきた自分の刃を折られて、つばきは目を見開いた。
さらに振り下ろされた秀樹の刃。この一閃がつばきの体を切り裂き、胸から鮮血が飛び散った。
血しぶきをまき散らしながら倒れるつばき。自分の意思を切り開くための刃を折られ、命さえも切り裂かれ、彼女は立ち上がる力も失ってしまった。
「つばきさん・・つばきさん!」
つばきを追って駆けつけた華音が、血まみれのつばきを見て悲鳴を上げる。
「また君か・・もう終わってしまったよ・・つばきさんも、僕たちの楽しい時間も・・・」
秀樹が華音に悩ましい笑みを見せてきた。しかし華音は気に留めず、つばきを抱き起そうとする。
「お願い、つばきさん!死なないで!」
「華音さん・・・私のことは気にしないで・・戦いのない時間を過ごしていてほしい・・・」
呼びかける華音に、つばきが声を振り絞る。
「しゃべらないで!すぐに病院に連れて行くから!」
「いいと言っている・・自分が助からないことを自覚してしまった・・・」
連れて行こうとする華音だが、つばきは首を横に振る。
「私は人知れず戦いを続けてきた・・同じ怪物と戦い続けてきた・・・賛美も安息も求めていたわけではなかった・・」
つばきが華音に向けて、自分の気持ちを口にしていく。
「だが・・君に支えられたことを、私は悔やんでいない・・君に助けられて・・私は喜びを感じていた・・・」
「つばきさん・・・」
「だから・・君がこのような戦いに足を踏み入れてしまうことが・・私には我慢がならない・・・」
困惑を募らせる華音に向けて、つばきが必死に呼びかけていく。
「君は人として生きてくれ・・それが私の願い・・・」
力を出せなくなり、つばきは物悲しい笑みを浮かべていた。彼女のこの笑顔が、華音にはとても辛かった。
「ゴメン、つばきさん・・つばきさんの心からのお願い、聞いてあげられない・・・」
目からあふれてくる涙を拭って、華音が秀樹に目を向ける。
「人間も怪物も関係ない・・僕はアンタを、絶対に許さない!」
秀樹への怒りを膨らませる華音。だが秀樹は華音をあざ笑ってきた。
「人間の君じゃ僕は止められないことが分からないわけじゃないだろう?さっさと逃げちゃうのが賢明だと思うけど?それでも僕から逃げられないけどね・・」
「もう逃げない!つばきさんが傷ついているのに、自分だけ逃げるわけにいかないだろ!」
声を張り上げる華音の頬に異様な紋様が浮かび上がる。彼女のこの異変に秀樹が眉をひそめる。
「力がほしい・・つばきさんを守れず、何もできなくなる自分が・・イヤだ!」
叫び声とともに、華音の姿が変化する。つばきが変身していたものと同じく、人に近い姿となっていた。
「その姿・・ここに来て君も力を手に入れるとはね・・・」
異形の姿となった華音を見つめて、秀樹が笑みをこぼす。
「でもなり立てじゃ思うように力を使うことはできない・・僕も最初からうまく使えてたわけじゃないんだから・・・」
華音に向かって歩いていく秀樹。彼は右のひじの刃を彼女に向けて振りかざす。
だが素早く振られた秀樹の刃は受け止められていた。華音の右手からは刃が伸びてきていて、秀樹の刃を防いでいた。
「これは・・つばきさんと同じ・・・!?」
秀樹は目を疑った。華音の姿だけでなく、武器さえもつばきと酷似していたのである。
後ろに下がって距離を取る秀樹。華音の姿を改めて目にして、彼は驚きを感じていた。
「つばきさんと同じ力を、手に入れたというのか・・・!?」
いら立ちをこみ上げる秀樹。つばきの力と意思を受け継いだかのように、華音は秀樹に刃に切っ先を向けていた。
次回
「認めない・・認めるものか・・・」
「つばきさん・・僕は・・・僕は・・・」
「華音さん・・あなた自身の思いを、私は信じている・・・」
「つばきさん・・・ありがとう・・・」