ガルヴォルスBlade 第6話「異形への渇望」

 

 

 秀樹の刃に切りつけられて、つばきが右腕から血をあふれさせる。つばきは傷ついているはずの右腕を振りかざして、秀樹に刃を突きつけようとする。

「おっと。」

 秀樹がつばきから離れて刃をかわす。その間につばきが距離を取る。

「つばきさん!」

 右腕を押さえるつばきに華音が駆け寄る。つばきの右腕からはまだ血があふれてきていた。

「傷ついても諦めずに戦おうとする。ますます君に心を動かされていくよ、つばきちゃん・・」

 秀樹がつばきを見つめて悠然さを見せる。

(このままでは秀樹くんにやられるしかない・・華音さんにも危害が及ぶ・・・!)

 焦りを感じたつばきが左手からも刃を突き出す。彼女はその刃で地面を切り付け、砂煙を巻き起こした。

「おっ!?

 予想していなかったつばきの行動に、秀樹が思わず声を荒げる。彼はすぐに煙を突き破って飛びかかるが、そこに華音とつばきの姿はなかった。

「こんな形で逃げられるとは・・でも追い込んでいるのは僕のほうだということは変わっていないよ・・」

 2人を見失っても余裕を崩さない秀樹。彼はつばきへのこだわりをさらに強めていた。

 

 負傷しながらも、つばきは華音を連れて秀樹から逃れることができた。つばきが傷ついたことに、華音が不安を隠せなくなっていた。

「つばきさん・・僕のためにこんな傷を・・・」

「心配しなくていい・・このくらいの傷なら慣れている・・・」

 心配する華音につばきが弁解する。するとつばきの右腕の傷が見る見るうちに消えていく。

「これって・・・!?

 驚きの声を上げる華音の前で、つばきが受けた傷は完全に消えた。

「程度によっては時間がかかるが、自然に回復する。普通の人では手術が必要な重傷でも、高い回復力で治ってしまうのだ・・」

「すごい・・これが、つばきさんみたいな人たちの力・・・」

 つばきが見せた力に、華音が戸惑いを募らせていく。彼女の目の前で、つばきが人間の姿に戻る。

「僕にも、こんな力があれば・・・」

「それはいけない・・このような力、望むものではない・・・」

 力を求める華音を、つばきが呼び止める。

「確かにこの力はすさまじい・・明らかに常人を超えている・・だが結局は破壊しかもたらさないもの。守れたとしても、何かを壊すこととなる・・最悪、力に溺れて理性や自制心を失い、本能や衝動の赴くままに暴れまわることになりかねない・・」

「でも・・・!」

「もうこの力を手にしようとは考えるな・・この力を求めても、何もいいことはない・・・」

 抗議の声を上げる華音だが、つばきに言いとがめられてしまう。

(僕は、つばきさんに守られてばかりだ・・・恩返ししようと思っても力がない・・何もできない・・・)

 自分の無力さに打ちひしがれて、華音は歯がゆさを募らせていた。

「今のうちに寮に行きましょう・・あの人に見つからないうちに・・・」

「それしかないようだ・・このまま外にいても危険だ・・私たちにとっても、他の人たちにとっても・・」

 華音の呼びかけをつばきが渋々受け入れた。秀樹や他の怪物たちに悟られないように、2人は慎重に女子寮に向かった。

 夜遅くに寮に戻ってきたため、華音は寮長にも気づかれないようにして、つばきと一緒に自分の部屋に入った。

「ふぅ・・寮長、門限にはうるさいからな・・どっちもおっかないし・・・」

「おっかない寮長か・・私は寮生活はしていなかったが、親は厳しかったな・・」

 肩を落とす華音に、つばきが微笑んで言いかける。

「つばきさんも厳しい環境を経験していたんですか?・・今も厳しいでしたね・・」

「確かに厳しかったな・・その割に私は泣き虫弱虫で、叱られてはいつも泣いていた・・」

「信じられない・・全然そういう風に見えないですよ、つばきさん・・」

「本当よ。今思い出しても、ここまでしっかりできている自分が信じられないくらい・・」

 自分の思い出を語るつばきに、華音が当惑を見せる。普段のつばきとは想像できないような人柄ということに、華音は少なからず驚きを感じていた。

「本当に情けない子供だったと我ながら思うよ・・ここまで冷静沈着になれるとは思わなかった・・・」

「あの・・聞いてもいいですか・・・?」

 自分のことを振り返るつばきに、華音が質問を投げかける。

「答えられることなら構わないが・・・」

「つばきさんは、いつ怪物になったのですか・・・?」

「いつ・・あの姿になったのは数ヶ月前だろうか・・最初はなったのかどうか自覚がなかったから・・怒りでカッとなったら、あの姿に完全に変わったことを自覚した・・」

 華音の質問に答えて、つばきは自分のことを思い返していた。

「私の家族は怪物に殺された・・秀樹くんではないが、自分が満足するためには手段を選ばないヤツだった・・・この力で命を奪った相手がヤツだった・・・」

 語りかけていって、つばきが自分の右手を見つめて強く握りしめる。

「自我を取り戻したとき、私は感情のままに力を使い、怒りだけで命を奪ったことを悔やんだ・・人殺しも復讐も、仮にその場で満足できたとしても、結局は後味の悪いものでしかない・・・」

「つばきさん・・・」

「力を手にしたとき、その力を制御できなくなり、自分が本来望んでいなかった行為に及んでしまい、後悔の念に駆られることもある・・だから、無闇に力を求めるものではない。それでも求めるのであれば、揺るぎない理由と覚悟が必要になってくる・・・」

 つばきの話と忠告を聞いて、華音が困惑を募らせていく。どうすることが自分のためになるのか、つばきを助けることになるのか、華音は迷いを膨らませていた。

「ともかく、今夜は君のお世話になろうと思う・・ここまで来てしまったのもあるしな・・」

「つばきさん・・・つばきさんだから大丈夫ですけど、お静かにお願いしますね・・・」

 笑みをこぼすつばきに、華音が苦笑いで答える。

「あれ?華音ちゃん、帰ってきたの・・?」

 そのとき、自分のベッドで寝ていた麻子が目を覚ましてきた。声をかけてきた彼女に、華音が焦りの色を膨らませる。

「ま、麻子ちゃん、起きてたのか・・・!?

「・・華音ちゃん、その人、誰・・・?」

 声を荒げる華音に、麻子が質問を投げかける。迂闊に答えることができず、華音が口ごもる。

「華音ちゃん・・何が・・・んぐっ!」

「麻子ちゃん、何も聞かずにこの人をかくまって・・見つかったらいろいろと大変なんだ・・・!」

 麻子の口を手で押さえて、華音が念を押す。麻子は声を出せないまま、無言で頷いた。

 華音が手を放すと、麻子が息苦しさから解放されて大きく深呼吸する。

「せ、せめて名前ぐらいは教えてほしいよ・・」

 麻子が動揺を見せながら、つばきに目を向けてきた。

「葉山つばきよ。よろしく・・えっと・・」

「佐倉麻子です♪よろしくお願いします♪」

 つばきとともに自己紹介をして、麻子が笑顔を見せる。無邪気な彼女を見て、つばきだけでなく華音も笑みをこぼした。

 

 華音と麻子の部屋でひっそりと一夜を過ごしたつばき。彼女が秀樹にも寮長にも見つかることなく、夜が明けた。

 目を覚ましたつばきが窓から外を眺める。秀樹や他の怪物たちが狙ってきている様子は見られず、平穏な日常が流れているように彼女は感じた。

(平和のように見えるこの時間の裏で、誰かが誰かを襲っている・・秀樹くんも、私を狙ってたくさんの人を利用して手にかけて・・・)

 非常な現実を心の中で嘆くつばき。

(それを嫌っている私も、関係のない華音さんたちを巻き込んでいる・・このことに文句を言う資格は、私にはないな・・・)

 華音と麻子に目を向けて、つばきが物悲しい笑みを浮かべる。ここまで助けられて守られていることに、彼女は優しさを感じていると同時に、そんな自分を情けないと思っていた。

「あ・・つばきさん、起きてたんですね・・・?」

 続いて目を覚ました華音が、つばきに声をかけてきた。

「しばらくはここに隠れていてください。寮長に内緒なんで、窮屈になるかと思いますけど・・」

「ありがとう・・だがいつまでもここに厄介になるわけにはいかない・・落ち着いたと思ったら出ていくつもりだ。そのほうが君たちにかける迷惑も最小限で済む・・」

「いえ、いいんです。僕はもうこれ以上、つばきさんに傷ついてほしくないだけなんです。」

 弁解するつばきに対して、華音が首を横に振る。

「気にせずに休んでいてください!あなたに何かあったら悲しむ人がいるってこと、忘れないでください・・・!」

「華音さん・・・」

 必死に呼びかけてくる華音に、つばきが戸惑いを覚える。

 家族も親友も失い、自分は1人で戦ってきたとつばきは思っていた。だが自分を心から信じてくれている人がいることを、彼女は今実感した。

「華音ちゃん・・もう少し寝かせてって・・・」

 そのとき、麻子が声をかけてきた。呼び声とも寝言にも聞こえる彼女の言葉に緊張が和らいでしまい、華音とつばきは笑みをこぼした。

「今日も大学の講義があったんだ・・麻子ちゃんも・・・」

 華音が声を上げて困り顔を見せる。彼女も麻子もこの日も大学に行かなくてはならなかった。

「私のことは気にしなくていい。行って構わない・・ただ注意は怠らないほうがいい・・」

「つばきさん・・・何かあったら必ず連絡をください。そして必ずここにいてください・・」

 注意を促すつばきに華音も呼びかける。

 大学に行くため寮を出た華音と麻子。部屋の中にはつばきだけが残っていた。

(華音さん、麻子さん・・すまない・・やはりあなたたちにこれ以上、迷惑をかけるわけにはいかない・・・)

 決意を固めていたつばきも、遅れて部屋を出た。彼女は改めて、秀樹との決着をつけようとしていた。

 

 大学での講義を受けていた華音と麻子。しかし華音はつばきのことが気になってしまい、講義に集中できなくなっていた。

「華音ちゃん、つばきさんのそばについてあげたら?」

 そんな華音に麻子が小声で言ってきた。

「ホントにどんな事情か分かんないけど、ここは華音ちゃんがそばにいてあげたほうがいいんじゃないかなって、あたしは思うんだけど・・・」

「麻子ちゃん・・・いいのかな、それで・・・?」

「大丈夫、大丈夫♪何かあったらあたしが何とかごまかしとくから♪」

 不安を口にする華音に、麻子が明るく答える。

「麻子ちゃん・・・ありがとう・・ホントにゴメン・・・」

 華音は麻子に感謝すると、講師に気付かれないように講義室を出ていった。

 華音は全速力で大学を飛び出し、つばきを待たせている女子寮に向かっていった。

(つばきさん、絶対に無茶なことをしないでよ・・・!)

 つばきへの信頼と心配を胸に秘めて、華音は寮に急ぐ。彼女は寮にたどり着き、自分の部屋のドアのノブに手をかけた。

(開いてる・・・!?

 その瞬間、華音は違和感と不安を感じた。ドアを開けて部屋の中に目を向けたが、つばきの姿がなかった。

「つばきさん!・・つばきさん、どこ!?

 たまらず大声を上げて呼びかける華音。だがつばきからの返事はない。

「ホントに出ていったってこと!?・・ここにいてくれって言ったのに・・・!」

 歯がゆさを感じながら、華音が部屋を、寮を飛び出す。寮の前の道に飛び出し、彼女は左右を見回してつばきがどの方向に向かったのかを考える。

(どこに行ったんだ・・どこに・・・!?

 考え込んでいたところで、華音がさらに緊張を覚える。彼女の前に現れたのは双真だった。

「お前・・こんなところで何をやっている・・・?」

「・・関係ないだろ・・お前には・・・」

 問いかけてくる双真に、華音が歯がゆさを見せて答える。彼女のこの態度が双真の感情を逆撫でする。

「またオレの邪魔をしようと考えているのか・・・!?

「・・関係ないって言ってるだろ・・・!」

 目つきを鋭くする双真に、華音が語気を強める。双真が迫ってきて、華音も迎え撃とうとした。

 だが以前は投げつけることができた双真を今回は投げつけることができず、華音は突っかかられた勢いのまましりもちをつく。双真も彼女に違和感を覚えて眉をひそめる。

「どういうつもりだ・・・この前のような勢いがないぞ・・・!」

「・・僕には今、やらなくちゃならないことがあるんだ・・だから、アンタに構ってる場合じゃないんだよ!」

 華音が強引に双真を突き飛ばすと、感情のままに走り出していった。

「あのヤロー・・ふざけたことを・・・!」

 憤りを募らせて、双真が華音を追いかけていった。

 

 華音と別れて、つばきは人気のない森の中を進んでいた。彼女は自分を狙ってきている秀樹を迎え撃とうとしていた。

「そろそろ出てきたらどうだ、秀樹くん?・・決着をつけようか・・・」

 森の真ん中で立ち止まったつばきが声をかける。彼女の前に秀樹が姿を見せた。

「君から僕に会いたがるなんて・・まぁ、僕としては嬉しい限りだけど・・」

「あなたを止めることで、怪物たちの暴挙は収束に向かう。少なくとも私のために誰かが傷つくことはまずなくなる・・」

 悠然とした態度を見せる秀樹に、つばきが真剣な面持ちで言いかける。

「君にしてはずい分と楽観的な考え方だね・・でもその考えが実を結ぶことはないよ・・」

 目つきを鋭くする秀樹の頬に、異様な紋様が浮かび上がる。

「僕がその実を切り取るからね・・・」

 サメの怪物へと変身する秀樹。つばきも怪物へと変身して、臨戦態勢に入る。

「自分でもしつこいって思えるよ・・自分の思い通りになるまで、僕は徹底的にやるよ・・・」

「ならばあなたか私、どちらかが死ぬことは避けられなくなったな・・・」

 笑みを強める秀樹と、戦意を募らせるつばき。2人が同時に飛び出し、互いの刃をぶつけ合う。

「相変わらずの強さ・・と言いたいところだけど・・」

 秀樹が右足を突き出して、つばきを蹴り飛ばす。つばきは地面に手を付けて、体勢を整えて着地する。

「冷静のようで結構焦ってるよ・・・」

「焦っている・・そうかもしれないな・・他の人のために躍起になっているのは、私にとっても焦りでしかないな・・・」

 秀樹の指摘を聞いて、つばきが苦笑を浮かべる。

「だが、昔よりも焦っている今の自分が、私は好きだ・・・」

「ホント・・つばきさんにしては矛盾だらけだよ・・・」

 自分の気持ちを口にするつばきに対し、秀樹がため息をつく。

「どっちにしても、僕が君を思い通りにすることに変わりはないんだけどね・・・!」

 いきり立った秀樹がつばきに迫る。彼が振りかざした刃を防ごうとするつばきだが、対処が間に合わず、刃が彼女の体をかすめる。

「私は、あなたの思い通りにはならない!たとえ朽ち果てることになろうとも!」

 つばきが力を込めて刃を突き出す。刃が顔をかすめ、秀樹がとっさに後ろに下がって距離を取る。

(早く終わらせたほうがいい・・でなければ、華音さんたちを危険に巻き込みかねない・・・!)

「つばきさん!」

 思考を巡らせていたところで聞き覚えのある声を耳にして、つばきが緊張を一気に膨らませる。彼女と秀樹の前に華音が走り込んできた。

「華音さん、どうしてここに!?・・早く逃げなさい!」

「ダメだ!僕はつばきさんを放っておくことはできない!」

 呼びかけるつばきだが、華音は逃げようとしない。

「わざわざ君が来てくれるとはね・・君をやったら、つばきさんはどんな反応するのか、確かめてみるかな・・・」

 目を見開いた秀樹が華音に飛びかかる。身構える華音だが、秀樹のスピードに反応できていない。

 秀樹が振りかざした刃は、割って入ってきたつばきの手につかまれて止められていた。刃が手の平に食い込んで血があふれてきていた。

「ムリして戦わなくていい・・・戦えない君の代わりに、私が戦い続ける・・・」

 戸惑いを見せる華音に、つばきが自分の決意を伝える。彼女は自分以外の人を守るための戦いを望むようになっていた。

 

 

次回

第7話「薄幸の椿」

 

「戦うこと、守ること、決めること・・それ自体に老若男女の差別はない・・」

「オレのことを決めるのはオレだけだ・・・」

「つばきさん、逃げて!」

「君は人として生きてくれ・・それが私の願い・・・」

 

 

作品集

 

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