ガルヴォルスBlade 第5話「渇望への策略」
双真との対立に悩まされながらも、華音は段々と落ち着きを取り戻してきていた。レストランでの仕事にも慣れて、今では楽しく真面目に仕事ができるようになっていた。
だが大学の講義についていけないことは否めず、華音はため息をついていた。
「この調子でちゃんと進級できるかなぁ・・・」
「やっぱり難しいよね、ここの勉強は・・」
肩を落とす華音に、麻子が声をかけてきた。
「でも華音ちゃんは何事にも一生懸命だから、このピンチも乗り切っちゃうかもね・・あたしもそんなやる気があったらなぁ・・」
「そんなの大丈夫だって。やる気を出せれば大抵のことはできるようになるよ。僕の場合はやる気を出しても空回りになることが多いけど・・」
「やる気が出て何でもできるようになったら、ホントにいいよねぇ・・・」
励ましつつ苦笑いを見せる華音に、麻子はため息が止まらなくなっていた。
(それにしても、つばきさん、今はどうしているのかな・・・?)
華音が胸中でつばきの心配をする。彼女はつばきとしばらく会っていなかった。怪物の引き起こす事件に巻き込まれることもなくなっていた。
まるでこの前の非現実的な出来事が夢だったのではないのかと、華音は思うようになっていた。
(やっぱり夢だったんだね・・悪い夢を見てたってことかな・・・)
華音が心の中で割り切ろうと自分に言い聞かせていく。
「華音ちゃーん、次の教室に行こうよー!」
そこへ麻子に呼ばれて、華音は駆け足で追いかけていった。
怪物へと転化してから初めてつばきと対面した秀樹。彼はつばきも怪物へと転化していたことを喜んでいた。
「やっぱりつばきちゃんは僕が思った通りになっていたよ。他の怪物たちと比べてレベルが高い・・」
歓喜の言葉を呟いていく秀樹。だが彼はまだ満足していなかった。
「でも僕の本当の目的はつばきちゃん、君と一緒に思うがままにこの力を使って、存分に楽しむことなんだよ・・・」
秀樹が笑みを浮かべたまま、目つきを鋭くしていく。
「もっともっと楽しい気分にならないとね・・そのためだったら僕、どんな手段だって使ってやるから・・・」
秀樹はつばきを思い通りにしようと、策略を巡らせていた。
「そうだ・・この前つばきちゃんと一緒にいたあの子・・彼女を利用させてもらおうかな・・・」
笑みをこぼしていく秀樹が軽やかに歩いていく。彼は華音のことを頭の中に浮かべていた。
秀樹も怪物へと転化していたことに、つばきは少なからず動揺を感じていた。
「まさか私を狙っていたのが秀樹くんだったとはね・・・彼も怪物となり、さらにその力に溺れてしまっている・・・」
自分の目的のために異形の力を使っている秀樹に、つばきは歯がゆさを感じていた。
「今の秀樹くんは、無関係な人を巻き込むことも平気で行う・・必ず秀樹くんを見つけて止めないと・・・」
つばきは一抹の不安を感じていた。秀樹が今度は華音にも手を伸ばしてくるのではないかと、つばきは思えてならなかった。
「本意ではないけど、私から彼女に会いに行ったほうがいいかもしれない・・本当にイヤな予感がする・・・」
華音に手を出させないため、秀樹を止めるため、つばきもまた行動を起こすのだった。
大学での講義を終えて、華音はバイトのためレストランに向かった。その前で華音は双真と入れ違いになった。
「お前か・・お前と一緒に仕事をしなくて気分がいい・・」
「それはこっちのセリフだ。これで気持ちを楽にして仕事ができるってもんだ・・」
互いに不満の声を口にして、双真はレストランを出て行き、華音はレストランに入っていった。
「翔太さん、こんにちはー♪」
「華音ちゃん、今日もよろしく頼むよ。」
明るく声をかけてきた華音に、翔太も微笑んで答える。華音は着替えて接客へと向かった。
仕事に慣れた華音は失敗することなく接客や仕事をこなしていった。その姿に翔太は内心喜んでいた。
「本当に感謝しているよ、華音ちゃん。華音ちゃんがいてくれて助かるよ・・」
「感謝しているのは僕のほうですよ・・こんな僕を受け入れてくれて・・多分、他のところだったらおかしな人と思われるのが普通ですよ・・」
互いに感謝の言葉を掛け合う翔太と華音。
「それに、ここには他のみなさんがいます・・それと一応、双真も・・」
「双真くんのことは悪く思わないでほしい・・双真くんには、双真くんなりの事情があるんだから・・」
「事情・・・?」
「そのことはプライベートだから、第三者の僕が軽々しく言えたことじゃない・・詳しく知りたかったら本人に聞くのがいいとしか言えない・・」
翔太の話を聞いて、華音が戸惑いを覚える。だが双真のことに神経質になるのも釈然としないと思い、華音は仕事に気持ちを切り替えた。
「いらっしゃいませー。」
そのとき、レストランのドアが開き、翔太が声をかけた。入ってきた人物を目にして、華音は息をのんだ。
やってきたのはつばきだった。彼女も華音がここにいたことに驚きを感じていた。
「あの・・あの人とお話をしたんですけど・・よろしいですか・・?」
「神童さんのことですか?構いませんが、中でお話されては?すぐにご注文を伺いますので・・」
訊ねてきたつばきに、翔太が穏和に応対する。
「いえ、外でお話をさせてください。後でコーヒーをいただかせていただきますから・・」
「そうですか・・華音ちゃん、お客様だよー。」
つばきの申し出を受けると、翔太は華音を呼んだ。作り笑顔を見せながら現れた華音は、つばきに連れられてレストランの外に出た。
「つばきさん、どうしてここへ・・・?」
「ここへ来たのは小休止のため。あなたを見つけたのは偶然よ。私もあなたがここにいたことに驚いていたのだから・・」
華音が訊ねると、つばきが事情を説明する。
「それにしても、あなたがそのような格好をしていたことも驚きよ・・」
「それは・・これには僕の事情がありまして・・・」
つばきが投げかけた言葉を聞いて、華音が照れる。笑みをこぼしたつばきだが、真剣な表情に戻って本題に入る。
「私を狙っている者の正体が分かった。彼が君を狙ってくるものと思い、彼と君を探していたのよ・・」
「それじゃ、また僕が狙われるってことですか・・・!?」
つばきの話を聞いて、華音が不安を口にする。
「だから必要なとき以外は極力外へは出歩かないほうがいい・・もしかしたら昼夜問わず狙ってくるかもしれない・・」
「そうは言いましても、僕は学生で、ここのバイトもありまして・・・」
つばきの忠告に対し、華音は苦笑いを浮かべて答える。
「とにかく、注意は怠らないほうがいい・・できるなら私があなたのそばについていてやりたいが、それが逆に危険を増すことにもなりかねない・・」
つばきは深刻さを募らせながら、華音との会話を終えてレストランに入っていった。コーヒーを注文する彼女の近くで、華音は不安を隠しきれなくなっていた。
自分も狙われているという忠告に、華音は困惑を拭えなくなっていた。この日のレストランでの仕事を終えた彼女は、つばきの言うとおり、真っ直ぐに寮に帰ることにした。
「ハァ・・今夜は部屋にあるものだけで我慢しようかな・・明日、明るいときに買い物を済ませよう・・」
ため息混じりに呟きかける華音。彼女は早足で女子寮へと向かった。
「そんなに慌てて・・何か急ぎの用事でもあるのかな?」
そこへ突然声をかけられて、華音が緊迫を感じて足を止める。緊張感を募らせながら、彼女はゆっくりと振り返る。
「そんなに怖がらなくてもいいよ。怖がらせたいわけじゃないから・・」
華音に悠然と声をかけてきたのは秀樹だった。人間の姿をしていた秀樹だが、華音は不安を感じたままだった。
「あなた、誰ですか?僕に何か用ですか・・?」
「“僕”だって。見た目だけじゃないね、かわいいのは・・」
「もしかしてナンパ?僕はそういうのには引っかからないよ・・」
「ナンパしてみたいねぇ、君みたいな子が相手だったら・・でも、僕の用事はそれじゃない・・・」
警戒を示す華音に淡々と声をかけていく秀樹。彼の頬に異様な紋様が浮かび上がっていく。
「まさか・・・!?」
華音が緊迫を一気に膨らませる。秀樹がサメの怪物へと変身を遂げた。
「あなた、もしかして・・・!?」
「君も知っているような姿と力を、僕も持っているんだ。つばきさんと同じようにね・・」
思わず後ずさりする華音に、秀樹がほほ笑みかける。
「つばきさんと僕のために、君を利用させてもらうよ・・・悪く思わないでよね・・・」
「冗談じゃない!もう怪物に付き合うのはイヤなんだから!」
目つきを鋭くする秀樹に対し、華音が叫びながら走り出した。ところが秀樹は華音に逃げられても余裕を崩さなかった。
「鬼ごっこも悪くないかもね・・どこまで僕から逃げていられるか、楽しませてもらおうかな・・・」
秀樹は華音を追って、軽い足取りで前進していった。
秀樹から逃げ出していく華音。彼女は女子寮とは違う方向に進んでいた。寮に向かって生徒たちを巻き込んだら大惨事になりかねないと思ったのである。
(ここはつばきさんに頼るしかない・・でも、どこに行ったらいいんだろう・・・!?)
つばきしか頼ることができないと思いながらも、会える心当たりがない。彼女を探していくあまり、華音はいつしか迷走するようになっていた。
「そんな闇雲に動いても、あまり意味がないと思うんだけど?」
そこへ声がかかり、華音が足を止める。彼女が振り返った先には秀樹がいた。
「普通の人間が、人間を超えている僕から逃げられるわけがない。諦めて僕についてくるんだ。」
「イヤだ!ついていったらムチャクチャにされるのが丸分かりだ!」
手招きをしてくる秀樹の言葉を華音が拒絶する。それでも秀樹は悠然とした態度を消さない。
「無理やりというのはあまり好きじゃないというのが本音なんだけどね・・思い通りにならないよりは・・・!」
目を見開いた秀樹が華音に向かって飛びかかる。華音は反射的に後ろに下がりながら両手を出していた。
だが秀樹が振りかざして右のひじの刃は、怪物の姿となったつばきの刃に受け止められていた。
「だから出歩かないように言っておいたのに・・・!」
「つばきさん・・・!」
言葉を投げかけるつばきに、華音が困惑を見せる。つばきが刃を振りかざして、秀樹を押し返す。
「やはり彼女を狙ってきたか、秀樹くん・・・」
「そうすれば君は必ずやってくると思ったからね。あの子が君と何度か会っていたことは知っていたし・・」
低い声音で言いかけてくるつばきに、秀樹は悠然と答えていく。
「僕は僕の思い通りにならないと気が済まなくてね・・この姿と力を持ってから特にね・・」
「あなたの狙いは私でしょう、秀樹くん!?他の人に手を出すことはないでしょう!」
目つきを鋭くする秀樹に、つばきが叫ぶ。感情をあらわにする彼女を目の当たりにして、華音は困惑を覚える。
「単純に声をかけて話に乗る君じゃないことも分かっているんでね・・こうでもしないと・・」
「・・・これ以上無関係な人に手を出さないで・・でなければ・・・!」
「僕を殺すかい?君だったらためらわないだろうけどね・・」
怒りと敵意を見せるつばきだが、秀樹は悠然さを崩さない。
「僕も本気になったほうが、君としては納得できるだろうね・・・」
秀樹がつばきに向かって飛びかかる。つばきは秀樹の攻撃を真正面から受けようとせず、華音を抱えて彼から離れていった。
「あくまでその子を守ろうというのかい・・いくら君でも、そんなんで僕から逃げられるとは思えないけど・・・」
秀樹は笑みをこぼすと、つばきと華音を追って駆け出して行った。
華音を抱えて秀樹から離れていくつばき。彼女に助けられて、華音は戸惑いを感じていた。
「急いで寮に戻ろうとしてたんですけど、その前にあの人が現れて・・・」
「くっ・・秀樹くんの手が早かったということか・・・!」
華音の事情を聞いて、つばきが毒づく。
「もう街や人に紛れたほうがいいんじゃ?・・そのほうが狙いにくくなって・・」
「いや、逆効果だ。彼だったら私たちをおびき出すために無関係な人に危害を加えることも躊躇しない・・」
華音が呼びかけるが、つばきは苦言を呈した。無関係な人々を巻き込むことは、つばきも華音も快いとは思っていなかった。
「むしろ彼の注意を引き付けて、人のいない場所に向かったほうがいい・・常に最善の選択肢を選ばなければ、秀樹くんの犠牲になる人が出てきてしまう・・・」
「つばきさん・・・僕も、そういうのは辛いです・・イヤです・・・」
つばきの心境を知って、華音も自分の気持ちを口にする。2人は人気のない街外れの林の中に来ていた。
「ここなら人もいないだろうし、隠れられる場所も少ない・・不意打ちをされることはないだろう・・」
華音を下して呟くつばき。だが彼女はいつでも秀樹が襲ってきても迎撃できるように、周囲に注意を向けていた。
「不意打ちだなんて、意地悪なことを言わないでよね、つばきちゃん・・」
そこへ秀樹が声をかけてきた。彼は華音とつばきの前に堂々と現れた。
「もっともっと君を本気にさせないとね。そうすれば僕はもっともっと楽しくなれるから・・・」
笑みをこぼして挑発的な態度を見せる秀樹。つばきが彼を鋭く睨み付け、右手の刃の切っ先を向ける。
「自分の感情だけで戦ったり力を使ったりしても、たくさんの人を傷つけるだけ・・たとえこの姿になったとしても、私はそんな過ちを犯したくはない・・」
「傷つけたからって、それが過ちだって思うことはないよ。僕たちのほうが全然優れているんだから・・」
自分の心境を告げるつばきと、自分のしていることを悪びれる様子も見せない秀樹。
次の瞬間、つばきが素早く飛びかかり、秀樹の横をすり抜けてきた。その後、秀樹の頬にかすり傷がついた。
「ずい分速くなったね・・さすがに防いでなかったら首が飛んでたかも・・・」
「もうあなたを許すつもりはない・・ここであなたの命を止める。それが今のあなたに対する、私の優しさよ・・・」
微笑んで頬を拭う秀樹に、つばきが鋭い視線を向ける。
「怖いね・・でも、それが君の本性なら、僕は嬉しいよ・・」
「黙れ・・同じ姿と力を持っていても、私はあなたとは明らかに違う・・・!」
悠然さを崩さない秀樹に、つばきが再び素早く刃を振りかざす。だが秀樹は刃を掲げて、つばきの刃を受け止める。
「明らかに違う・・それこそが違うことだよ・・・」
秀樹は刃に力を込めて振り抜く。その一閃がつばきの右腕に傷をつけた。
「ぐっ!」
「つばきさん!」
血をあふれさせるつばきに、華音が悲鳴を上げた。
次回
「僕は、つばきさんに守られてばかりだ・・・」
「この力を求めても、何もいいことはない・・・」
「自分の思い通りになるまで、僕は徹底的にやるよ・・・」
「戦えない君の代わりに、私が戦い続ける・・・」