ガルヴォルスBlade 第4話「狙う者」
つばきが告げてきた言葉で、華音は苦悩を深めていた。自分も怪物になるかもしれないことに、彼女は不安を感じていた。
(僕ももしかしたら、あんな怪物になるかもしれない・・そんなこと、あるわけ・・・)
心の中で呟きながら、不安を振り払おうとする華音。しかしその願いとは裏腹に、不安は募る一方だった。
「華音ちゃん・・華音ちゃん・・」
考え込んでいたところで声をかけられて、華音が我に返る。顔を上げた先には麻子がいた。
「どうしたの、華音ちゃん?何か悩んでいるみたいだけど・・?」
「えっ?・・う、ううん、何でもない、何でもない・・」
心配してくる麻子に、華音が作り笑顔を見せて答える。しかし麻子は華音が悩んでいるという気持ちを消せないでいた。
「何かあったら遠慮しないで話して。あたしでよかったら相談に乗るから・・でも勉強はあたしが相談してほしいんだけどね、アハハ・・」
励ましてくるも苦笑いを見せてくる麻子に、華音も思わず笑みをこぼしていた。
「僕も頑張らないと・・勉強もバイトも、プライベートも・・」
自分に言い聞かせて気を引き締めようとする華音。
(そう・・自分のことは自分が何とかしないといけない・・今回は誰かに頼れば、その人を危険に巻き込むことになるから・・・)
自分に言い聞かせて、華音はこれからの講義に気持ちを切り替えようとした。
その頃、双真はレストランでの仕事をしていた。彼はこの時間、大学の講義を選んでいなかった。
「助かるよ、双真くん・・この時間帯、あまりシフト入ってこないから大変で・・」
翔太が双真に感謝の言葉をかけるが、双真は嬉しそうにしていない。
「人が少ないほうが、オレにとっては気分が悪くならないからやりやすい・・それだけだ・・・」
「まぁ、双真くんの性格じゃ、こういう雰囲気のほうが好都合だからね・・・」
憮然とした態度で言いかける双真に、翔太が笑みを見せたまま言いかける。
「男だけの空間にいつまでもいられたらいいけど、そううまくいきそうもない・・女嫌いが治れば話が早いけど・・」
「そっちのほうが可能性がないな。女はどいつもこいつも自分勝手だ。自分の思い通りにしようとする・・」
「あまり邪険にしていると誰からも好かれなくなるよ。」
「その言葉は女に言ってやれよ。聞こうともしないけどな・・」
励ましの言葉をかける翔太だが、双真は女性を信じようとせず、敵対の意思を示すだけだった。
「本当にいろいろあったからね・・これからは気の済むようにやっていけばいいさ・・」
優しく言いかける翔太だが、双真は憮然とした態度のまま、仕事を続けていった。
(華音ちゃんが、うまく支えてくれればいいけど・・)
華音が双真の心を開いてくれることを、翔太は願っていた。双真と同年代の女子の華音。彼女なら双真の女嫌いを治せるかもしれない。翔太はそう思っていた。
双真がこの日の仕事を終えてしばらくしてから、華音がレストランにやってきた。
「こんにちは、翔太さん♪今日も頑張るぞー♪」
華音が翔太の前で意気込みを見せる。
「張り切ってるね、華音ちゃん。今日もよろしくね。」
「はいっ!しっかりきちんとやります!」
翔太に声をかけられて、華音が意気込みを見せた。彼女は着替えをして、この日の仕事を始めた。
「華音ちゃん、双真くんのことをどう思っている?」
翔太に突然問いかけられて、華音が動揺を見せる。
「いきなり何を言い出すんですか、翔太さん!?」
「いや、双真くんのことを気にしているように見えるから・・」
「いくら冗談でも怒りますよ、翔太さん!僕はあんなヤツのことなんか全然いいなんて思っていないんですから!」
翔太の言葉に不満を言い放つ華音。すると翔太が微笑みかけてきた。
「華音ちゃんなら、双真くんの性格を変えてくれるかもしれない・・本当に繊細な双真くんを、うまく支えられるかもしれない・・」
「ムリですよ、そんな・・アイツの女嫌いは筋金入りだって聞いてます・・」
「でも華音ちゃんなら何とかしてくれるって、僕は思えるんだ・・」
「買いかぶりすぎですって・・いくら僕でもできることとできないこと、やりたくないことがありますから・・」
期待を寄せる翔太に、華音が不満の言葉を返していく。ところが翔太は笑顔を絶やさない。
「1度決心したら最後までやりとおす。華音ちゃんはそんな性格だったね・・」
「言い換えれば頑固ってことですよね・・確かにそういうところがあるって、僕も分かっています・・」
翔太の言葉を聞いて、華音が物悲しい笑みを浮かべた。
「最後までやりとおそうとしたことは何度もあります・・その気になればの話ですけど・・・」
華音は低く告げると、気持ちを引き締めて仕事を続けた。
(ムリに発破をかけるのがよくないのは、双真くんだけじゃないみたいだ・・・)
華音の心境を改めて察して、翔太はまた笑みをこぼした。
その日の夜も、つばきは人々を襲う怪物たちと戦っていた。彼女の前には狼の姿に似た怪物が立ちはだかっていた。
「血迷ったヤツめ・・同じ怪物でありながら、人間を襲うどころか守るとはな・・」
狼の怪物がつばきをあざ笑ってくる。だがつばきは冷静さを崩さない。
「私たち怪物も元々は人間よ。怪物と化したからといって人間を襲うなんて、そのことのほうが血迷った行為ではないの?」
「バカなことをいうか・・だったら地獄に落ちて、自分の愚かさを思い知るがいい・・!」
問いかけるつばきに、いきり立った怪物が襲いかかってくる。怪物が突き出してきた爪を、つばきは右手から発した刃で受け止める。
「体だけでなく心まで怪物と化してしまったら、何を言ってもムダということか・・・」
つばきは低く呟くと、刃を振り抜いて怪物を押し返す。しかし怪物は着地するとすぐに飛びかかってきた。
怪物が爪を振りかざすと同時に、つばきが刃を振りかざした。2つの刃は互いにぶつかることなく空を切ったかに見えた。
つばきの頬にかすかな傷がつく。その直後、怪物の胴体が上半身と下半身に切り裂かれ、昏倒した。
「バカな・・こんなヤツに、オレが・・・!?」
断末魔の声を上げて絶命する怪物。その体が砂のように崩壊して消滅していった。
(また私を狙って怪物が企てを仕掛けてきた・・いや、私だけでなく、華音も狙ってきている・・・)
怪物たちの強襲につばきが警戒を強めていく。
(今までの襲撃が、特定の人物の仕業に思えてならない・・いったい誰が・・・!?)
これまでの襲撃の首謀者の存在を模索して、つばきは人間の姿に戻って歩き出していった。
(フフフ、やっと見つけた・・感じることはずっとできていたけど、実際に目にするまで時間がかかった・・)
去っていくつばきを木陰から見ていた1人の男がいた。彼は悠然とした振る舞いで、心の中で呟いていた。
(そろそろ本格的に仕掛けてみるかな・・あまりからかうのは僕もいいとは思えないから・・)
男は悠然さを崩さずに姿を消した。彼こそがつばきを狙う人物だった。
華音がつばきに最後に会ってから数日がたった。華音はそれ以来、怪物に襲われることはなかった。
大学の講義とレストランでのバイトを繰り返す日々を送っていた華音。しかし寮に戻ろうとしていた彼女は、つばきと怪物に関する不安を消せないでいた。
(つばきさんを狙って、僕も狙ってきている・・ホントにそうだというのかな・・・?)
華音が歩きながら、不安を考えていく。
(他の怪物も使ってまで、つばきさんを狙ってきてる・・誰がつばきさんを狙っているんだ・・・!?)
「華音ちゃん・・華音ちゃん?」
考え込んでいたところで翔太に声をかけられ、華音が我に返る。
「す、すみません、店長!僕ったら・・!」
「いや、いいんだけど・・お客様が待ってるよ。」
慌てる華音が翔太から声をかけられて、仕事に戻っていった。
(落ち着いてきたかなって思ったけど・・まだ悩みは尽きないみたいだね・・もっとも、双真くんのことは僕が押しつけたものだけど・・)
落ち着かないまま接客していく華音を見て、翔太は苦笑いを浮かべた。
人を襲う怪物たちと戦ってきたつばき。彼女の休息はいつも束の間のものでしかなかった。
主に夜に暴挙に出る怪物たちだが、白昼堂々と襲撃してくる者も少なくない。人々の目を気にせずに暴走してくる怪物もいることを、つばきも分かっていた。
つばきは休息の瞬間も、怪物の奇襲に備えて警戒心を強めていた。
(怪物でありながらこうして人間を守っている・・元々人間だったからか・・・)
街中を歩いていく人々を見つめながら、つばきが心の中で呟いていた。
だが次の瞬間、つばきは強い気配を感じ取って、警戒をさらに強めた。
(この感じ、今まで感じたことがないほどだ・・これほどの強さの持ち主の気配なら、すぐに感知できたはずなのに・・・!)
緊張感を募らせて、つばきは人ごみから離れた。自分のために人々を巻き込むわけにいかないと、彼女は判断した。
つばきは人気のない裏路地に入ったところで足を止めた。
「ここならお互い話がしやすいだろう?姿を見せろ・・」
つばきが冷静さを保ちながら声をかける。すると1人の青年が彼女の前に現れた。
「久しぶりだね、つばきちゃん・・こうしてまた会えるのを楽しみにしていたよ・・」
青年が声をかけてくるが、つばきは警戒の眼差しを送るだけだった。
「まさか僕のこと、忘れたわけじゃないよね?・・3年前は仲良かったのに・・・」
「お前・・まさか・・・!?」
青年に再び声をかけられて、つばきが緊迫をあらわにした。彼女は青年に覚えがあった。
「そう、僕は西山秀樹。思い出してくれてホッとしているよ・・」
青年、秀樹が悠然とした振る舞いで声をかけてくる。
「まさかここで秀樹くんと再会するとはね・・あまりに突然だったので、すぐに喜ぶことができなかった・・ごめんなさい・・」
つばきが緊張を和らげて、秀樹に微笑みかける。
「でも秀樹くん、どうしてこんなところに?・・私もいつの間にかここに来てしまったのだけど・・」
「君らしく用心深いね・・でも、それが僕の好きなところでもあるんだけどね・・」
当惑を見せるつばきに、秀樹がさらに笑みをこぼしていく。
「ところで秀樹くん、私に何か用があったのではないの?」
つばきが訊ねてくると、秀樹が悠然さを保ったまま答えてくる。
「もちろん君にまた会いに来たのさ。でもその前に多少意地悪をさせてもらったけどね・・」
「まさか、お前が私を狙っていたの・・・!?」
つばきが警戒心を強めて、秀樹との距離を取る。それでも秀樹は余裕を見せていた。
「そう警戒しないでって。僕は君と一緒に楽しく過ごしたいだけなんだから・・」
「残念だがあなたの言葉は信じられない。どういうことかは分かりかねるが、あなたが私を陥れているのが分かってきたから・・」
完全につばきに警戒されて、秀樹が苦笑をこぼす。
「そのことで不満を感じたらゴメンね・・ちょっと気楽になってもらおうと思ったんだけど・・」
「とても気楽になれないわ、あなたが私にしていたことは・・」
秀樹が投げかけた言葉に、つばきがため息混じりに答える。
「もしかしてあなた、私が今どうなっているのかも分かっているの・・?」
「もちろん。君が人間を超えた存在になったことは知っていた。だからこそあんなお遊びをやってみようって気になったんだよ・・」
問い詰めてくるつばきに、秀樹が笑みをこぼしてきた。
「それに、僕も君と同じだから・・・」
「えっ・・・!?」
秀樹が口にした言葉を耳にして、つばきが身構える。彼女の見つめる先で、秀樹の頬に紋様が走る。
そして秀樹の姿が異形の怪物へと変化した。ひじや肩、頭からサメの角のような刃が生えていた。
「僕もなることができたよ・・君と同じ姿にね・・・」
「あなたも人でない姿になっていたとは・・しかもその気配、並外れた力・・」
微笑みかける秀樹から感じられる力に、つばきはさらに緊迫を募らせる。
「でも思い切りこの力を試したことはないんだ。試そうとしたけど、みんな簡単にやられちゃってね・・」
秀樹は笑みをこぼしていくと、両手を強く握りしめる。
「つばきちゃん、君で試させてもらうよ・・・!」
秀樹が目つきを鋭くして、つばきに飛びかかる。彼がひじの刃を振りかざすが、つばきも怪物に変身して一閃をかわす。
「さすが、つばきちゃん。思った通りいい動きだね・・このくらいでないと楽しめないよ・・」
秀樹が笑みをこぼして、つばきに向かって再び飛びかかる。彼が振りかざしてきた刃を、つばきも右手から刃を出して受け止める。
「秀樹くん・・どうしてあなたが怪物に・・どうしてこんなことを・・・!?」
「君と楽しい時間を過ごしたくてね・・これだけの力があるのに、使わないなんてつまらないじゃないか・・」
声を荒げるつばきに、秀樹が淡々と答える。彼と彼女の刃がぶつかり合い、火花を散らしていく。
「少しは攻めてきたらどうだい?これじゃ一方的で逆につまらないよ・・」
「あなた・・そんなくだらないことのために、私や他の人たちを・・・!」
微笑みかける秀樹に、つばきが憤りを募らせていく。今度は彼女が秀樹に向けて刃を振りかざす。
秀樹がひじの刃を掲げて、つばきの刃を防ぐ。
「そんなに怒らないでよ。僕は悪気があってこんなことをしたんじゃ・・」
「悪気がなくてこんなマネができるものか!」
悠然とする秀樹に、つばきが激昂する。冷静沈着な彼女とは違った感情があらわになっていた。
「本当に怖いね。真面目な君は怒らせると本当に怖い・・君と前に会ったとき、君を怒らせてひどい仕打ちをされて、それから今日まで会うことはなかったね。君が避けてたのが大きいけど・・」
「人の命を弄ぶことは許されないこと。それを遊びと思っているあなたと袂を分かったのは、間違いではなかった!」
喜びを浮かべる秀樹に向けて、つばきが左手からも刃を伸ばして、右手の刃とともに振りかざす。刃を掲げる秀樹だが、つばきの刃を受け止めきれずに突き飛ばされる。
「うおっ!」
うめきながらも踏みとどまって、地上に衝突することなく着地した秀樹。笑みを浮かべた彼の前に、つばきも着地した。
「寂しいこと言わないでよ・・ホントに寂しくて寂しくて、仕方がなかったんだよ・・」
物悲しい笑みを浮かべて震える秀樹。悩ましい面持ちを見せる彼だが、つばきは憤りを見せるばかりだった。
「今回はここまでにしておこうか。他にも楽しみ方はあるからね・・」
「まさか・・また誰かを巻き込むつもりなのか・・・!?」
笑みを見せる秀樹に対し、つばきが声を荒げる。秀樹は跳躍して、つばきの前から去っていった。
「待ちなさい、秀樹くん!」
つばきが声をかけるが、秀樹を呼び止めることができなかった。
「秀樹くんが・・私を狙って・・・」
ひどい動揺を抱えたまま、つばきが人間の姿に戻る。旧知の秀樹と対立することに、彼女は少なからず困惑していた。
次回
「もっともっと楽しい気分にならないとね・・」
「必ず秀樹くんを見つけて止めないと・・・」
「あなた、もしかして・・・!?」
「つばきさんと僕のために、君を利用させてもらうよ・・・」