ガルヴォルスBlade 第3話「狩人の刃」
狙ってきた影が消滅し、華音は気持ちを今までの平穏な日常に戻していた。だが大学の講義の難しさに、彼女は悩まされていた。
「ハァ・・少しは気楽に勉強できると思ってたけど、全然頭に入らない・・・」
「そうだね〜・・あたしもついていけないよ〜・・・」
華音と麻子が机に突っ伏して、ため息をついていた。
「勉強もだけど、バイトも頭が痛くなることが・・・」
「えっ?そんなに難しいの、バイト?」
「最初はそうだったけどすっかり慣れたって感じ・・・ってそうじゃなくて・・」
麻子に訊ねられて、華音が肩を落とす。
「バイト先に碇双真がいた・・・」
「えっ!?あの女殺しが!?」
華音が口にした言葉を聞いて、麻子が大声を上げる。
「仕事はきちんとやってるからって、翔太さん、クビにしないし・・他にバイト先の当てもないから、もう我慢するしかないんだよなぁ・・アイツが何かやらかさなければいいんだけど・・・」
「うわぁ・・こんな理不尽はそうそうないよね・・・」
華音の話を聞いて、麻子も気まずくなっていた。
「あたしのバイト先は明るい雰囲気で楽しいよ・・華音ちゃん、よかったらあたしのとこで働けるように頼んであげるよ・・」
「ううん、いいよ・・翔太さんに悪いから・・・」
麻子の気遣いに対し、華音が作り笑顔を見せて答えた。
「そう・・でももし不安になったらいつでも声かけてね♪」
「うん・・ありがとうね、麻子ちゃん・・・」
明るく声をかけてくる麻子に、華音は小さく頷いた。
もう怪物が現れることはない。少なくても自分を狙って襲いかかってくることはない。華音はそう言い聞かせて、気持ちを日常へと戻そうとしていた。
同じ頃、大学に来ていた双真が憮然とした態度を振る舞っていた。講義の勉強はしっかりしていた彼だが、女から話しかけられるのが我慢ならないため、講義中は居眠りを決め込んでいた。
「双真、終わったよ。もう寝たフリしなくても大丈夫だよ・・」
そこへ声をかけられて、双真が体を起こす。彼に声をかけたのは流星だった。
「流星・・わざわざ声をかけなくてもいいってのに・・・」
「すまない、すまない・・でも本当に寝ていたらまずいことになると思って・・」
不満を見せる双真に、流星が苦笑いを見せる。講義が終わったところで、双真はいつも流星に声をかけられている。
「女嫌いは相変わらずだね。まぁ、理由も事情も僕は分かっているけどね・・」
「だったら何も言うな。女なんか自分勝手なヤツらばかり。自分が悪いことをしていると少しも思っていない・・」
「だからいつも、鉄拳制裁で思い知らせてるってことかい?無関係な人も含めて・・」
「無関係だと思って優しくしたら勝手なマネをされた・・全員が身勝手じゃないと言われても信じられるか・・・」
声をかけていく流星だが、双真は女性への敵対心は強まる一方だった。
「これは嫌いを通り越してトラウマになっているね・・まぁ、女と過ごすだけが人生じゃないんだけどね・・」
「女もだが、オレの邪魔をしてくるアイツも鬱陶しい・・」
「アイツ?・・もしかして華音ちゃんのことかな?華音ちゃん、元気で優しいじゃないか・・」
「どこかだ・・女と同じで、自分が満足すればそれでいいと思ってる、思い上がったヤツだ・・オレのバイト先にまで現れて・・」
「バイト先?華音ちゃん、双真と同じレストランで働いているんだ・・」
苛立ちを見せる双真の言葉を聞いて、流星が興味を覚える。
「今度行ってみようかな・・翔太さんにも挨拶しておきたいし・・」
「やめろ・・余計調子が狂うだろうが・・・」
興味津々になる流星に、双真が不満を口にする。
「それじゃ、僕は次の講義があるから、そろそろ行くよ・・」
流星は双真に声をかけて、次の講義のある教室に向かう。不満を抱えたまま、双真も別の教室に移動していった。
華音と双真の不満は、翔太のレストランでのバイトの時間で膨らんだ。2人は険悪な気分を抱えながらも、表向きに営業スマイルを続けていた。
(せめてアイツと違うシフトにしてもらわないと・・これじゃ慣れても調子が狂ってしまう・・・)
バイトの時間だけでも双真と一緒にいないようにしたいと、華音は心の中で願っていた。
そんな気分のままの華音が、レストランのドアが開く音を耳にする。
「いらっしゃいま・・流星さん!?」
接客のために顔を出してきた華音が驚きの声を上げる。レストランに来たのは流星だった。
「こんにちは、華音ちゃん。ここの店長と知り合いで、君たちのことを聞いてね・・」
「えっ?・・翔太さんと知り合いだったんですか・・?」
挨拶をしてきた流星に、華音が当惑を見せる。すると流星が彼女のウェイター姿に視線を巡らせていく。
「その格好の君も、かわいくていいね。中性的で、男女問わず声をかけられるかも・・」
「そ、そんな・・僕は・・・」
微笑みかけてきた流星に、華音が戸惑いを見せる。男のように振る舞ってしまう彼女を気遣って、翔太は彼女に貸した制服はウェイトレスではなくウェイターのものにしていた。
「ご、ご注文は・・!?」
「ではホットコーヒーを・・すぐに戻ってくるから。翔太さんと双真に顔を見せてくるから・・」
慌てながら注文を聞く華音に、流星が優しく呼びかけてキッチンのほうに向かった。
「コ、コーヒー、ホットでー・・」
華音が赤面しながら注文を伝える。だがキッチンに向かう彼女の動きは、ものすごくぎこちなかった。
「こんにちは、翔太さん。」
キッチンに顔を出した流星が、翔太に声をかけてきた。
「お、流星くん、こんにちは。双真くんの様子を見に来たのかい?」
「それと華音ちゃんもね。本当にウェイターの格好をしていたのはビックリだったけど・・」
翔太が微笑んで訊ねると、流星が答えて、皿洗いをしている双真に目を向ける。
「ちゃんとやっているみたいだね、双真・・」
「来るなって言ったはずなのに、お前ってヤツは・・・」
微笑みかけてくる流星に、双真がため息をつく。
「その様子だと、何も問題は起こしていないみたいだ。翔太さんが気を遣ってくれているということだね・・」
「双真くんの女嫌いは侮れないからね。させる仕事はきちんと選んでおかないとね・・」
流星が安堵を見せると、翔太が笑顔を見せて声をかけてきた。
「これでも最初のほうがとがっていたくらいだよ。今ではきちんとした働き者さ・・」
「これも翔太さんが気を遣ってくれたからですよ。接客させたらクビにしておしまいというだけでは済まないですからね、絶対・・」
翔太の話を聞いて、流星が苦笑いを見せた。2人の話が耳に入って不満を感じていた双真だが、無視して仕事を続けた。
「それじゃ、僕はコーヒーを飲んだら帰るとします。」
「もう少しゆっくりしていったら・・って言いたいけど、流星くんにも都合があるからね・・」
翔太と言葉をかわすと、流星はキッチンを後にした。コーヒーを飲んでレストランを後にする彼を、華音は笑顔で挨拶して見送った。
暗闇が広がりつつある森の中、1人の女性が走り込んできた。彼女は自分を狙う不気味な存在から必死に逃げていた。
「ゲヘヘ・・ムダだ、ムダだ・・どんなに逃げても逃げられないぞ・・・」
女性の耳に不気味な声が入ってくる。森全体から発せられているかのように、声は響き渡っていた。
伝わってくる声をさえぎるように、女性は必死に走り続けていく。だがどれだけ走っても声が遠ざかることはない。
女性の恐怖が最高点に達したときだった。
巨大な口が上から落下し、女性を加えてきた。突然のことに驚愕し、抜け出そうと暴れる女性だが、口の吸引力に逆らえずに吸い込まれていく。
口は異形の尻尾の先についており、伸びて女性をのみ込んでいった。尻尾の中を女性が吸い込まれていき、ついにその異形の胴体の中に取り込まれていった。
「やった・・うまい、うまい・・実にうまい・・またいい女をたいらげた・・・」
暗闇の中から異形の怪物が姿を現した。蛇ともトカゲともいえる怪物である。
怪物は口のある尻尾から女性をのみ込み、体に取り込んで栄養にしているのである。特に美女であるほど、怪物にとっては美味だと感じられた。
「さ〜て・・今夜は贅沢して、もっと女をいただかせてもらうぞ・・ゲヘヘヘ・・・」
興奮を膨らませていく怪物が、次の獲物を求めて暗闇の中に紛れていった。
この日のバイトを終えて寮に戻っていく華音。流星との楽しいひとときと双真の悪ぶった態度の板挟みにあって、彼女は満足とも不満ともいえない気分を感じていた。
「ハァ・・全くいい気分っていうのは、なかなかなれないもんなのかなぁ・・・」
肩を落としてため息をつきながら、華音は寮にゆっくりと向かっていった。
だがその途中の小道の真ん中で、華音は突如発せられた不気味な笑い声を耳にして足を止めた。
「何、この声・・・!?」
華音が声に対して警戒を強めていく。どこから何かが出てきてもすぐに逃げられるように、彼女は用心した。
次の瞬間、何かが迫ってくるのを感じて、華音がとっさに動く。伸びてきた口を彼女は辛くもかわした。
「よけちゃったぞ〜・・意外にすばしっこいじゃないか・・・」
不気味な声を続けて発しながら、華音の前に蛇の怪物が現れた。
「バ、バケモノ!?また!?」
「ゲヘヘヘ・・うまそうな女だ・・・次の獲物はコイツで決まりだ・・・」
声を荒げる華音を見つめて、怪物が不気味な笑みを見せる。
「じっとしていれば苦しむことはない・・一気に吸い込んで、丸のみにしてやるんだからな・・・」
怪物が目を見開いて、華音に向けて尻尾を伸ばしてきた。のみ込もうとしてくる怪物の尻尾から、華音は慌てて逃げ出す。
(あの怪物、本当に何なんだ・・・1人や2人じゃない・・何人もいるって感じになってる・・・!)
必死に逃げながら心の声を上げる華音。全力で走る彼女だが、徐々に怪物に距離を詰められていく。
「どうして・・・どうして僕ばかり狙われるの!?」
たまらず悲鳴を上げる華音。ついに彼女は怪物に回り込まれた。
「あんまり逃げるなって・・追いまわすのは好きじゃないんだから・・・」
「イヤだ!逃げないと僕はお前に食べられてしまう!」
不気味な笑みを浮かべる怪物に、華音が悲鳴を上げる。
「怖がらなくても、すぐにのみこんであげるって・・別に痛くも辛くもないんだから・・・!」
いきり立った怪物が、華音に向けて尻尾を伸ばす。その尻尾の口が開き、華音をのみ込もうとする。
だが突然、怪物の尻尾が動きを止めて、すぐに引っ込んだ。次の瞬間、華音と怪物の間を一条の風が通り過ぎていった。
「また巻き込まれてしまったか・・今回も君の不本意ではあるが・・・」
続いて華音と怪物に向けて声がかかってきた。2人の前に、怪物の姿をしたつばきが現れた。
「つばきさん・・ここに来てたんだ・・・!」
たまらず声を上げる華音。だが怪物に対する恐怖は膨らんだままだった。
「邪魔しないでくれよ・・ちょっと待ってくれたらすぐに食べ終わるから・・」
「すぐに消え失せろ・・でなければ今度は外さないわよ・・・!」
不気味な声を発する怪物に、つばきが低く告げてくる。
「せっかくの獲物なのに、見逃すなんてできないって・・・」
「そうか・・ならば仕方がないな・・・!」
立ちはだかってくる怪物に対し、つばきが刃をきらめかせる。怪物がつばきをのみ込もうと、尻尾を伸ばしてきた。
だが怪物の尻尾は、つばきが振りかざした剣に切り刻まれた。
「えっ・・!?」
一瞬のことに怪物が動揺する。怪物はつばきの刃の動きが見えていなかった。
「忠告はきちんと聞き入れたほうがいいぞ・・今更聞き入れても手遅れだが・・・」
つばきが怪物に飛びかかり、その体を刃で切りつけていく。血しぶきをまき散らして、怪物が昏倒する。
刃についた血を振り払って、つばきが吐息をひとつつく。困惑したままの華音に振り向いてから、彼女が人間の姿に戻る。
「また巻き込まれてしまったか・・狙われるような何かがあるのではないのか・・・?」
「そ、そんなのあったら僕は迷惑だって!」
苦言を呈してきたつばきに、華音が不満の声を上げた。
「すまない、失礼なことを言って・・・しかし、こうも立て続けに狙われるとは、相当運が悪いか・・・」
つばきが華音に謝ると、深刻な面持ちを見せて思考を巡らせる。
「何者かによる企みがあるのかもしれない・・」
「企みって・・僕、そんな大それたことに巻き込まれてるってこと・・!?」
「あくまで予測の範囲よ。でもそういう最悪の場合も考えられるということよ・・」
さらに抗議の声を上げる華音に、つばきは冷静に答えていく。
「いや・・狙われているのは、もしかしたら私かもしれない・・・」
「つばきさんが・・・!?」
つばきが口にした言葉に、華音が当惑を見せる。
「何者かが私を狙い、陥れるためにお前を狙ってきている可能性も捨てきれない・・怪物でありながら人間の味方をしている私だからな・・」
「もしかして僕、あなたのとばっちりを受けているんじゃ・・・!?」
つばきが語りかけてくる言葉を聞いて、華音が不安を膨らませていく。
「あなた、本当に誰なんだ・・自分も怪物なのに、どうして同じ怪物と戦っているんだ・・・!?」
不安を膨らませていくあまり、華音がつばきに問い詰める。つばきは深刻さを浮かべたまま、言葉を切り出す。
「前にも話したが、私は怪物へと変化を遂げていながら、人間を守るために他の怪物と戦っている・・敵視しているだけで私を恨んでくる怪物は後を絶たなくなる・・私が置かれている現状はそれなのだ・・・」
「どうして、人間を守ろうと?・・人間を守ることは1番大事だけど、怪物が人間を守るなんて・・・」
「私たちのような存在も、元は人間だからな。人間らしい怪物がいてもおかしくはないということだ・・」
「人間・・人間が怪物に・・・」
つばきが語りかけていく言葉を聞いて、華音が不安を膨らませていく。そして彼女は最悪の不安を脳裏によぎらせた。
「さほど心配することはない。私の知る限りだが、人間が怪物に変化する可能性は高くはない。」
つばきが華音に向けてさらに説明を入れていく。
「ただ、怪物になるのは激しい感情の高まりがきっかけとなっているようだわ。怒り、悲しみ、憎しみ、そういった感情で怪物となるケースがほとんどよ・・」
「激しい感情・・僕も、そんな感情を、怪物になるくらいの感情を持ったりするのかな・・・?」
つばきが投げかけた言葉を耳にして、華音が困惑を膨らませる一方となっていた。
「もう自分から関わりにいかないことが賢明よ・・最悪なのは、身も心も怪物と化してしまうことだから・・・」
つばきは悲しみを込めて言葉を投げかけると、華音の前から去っていった。
自分も怪物になってしまうかもしれない。その不安が、華音の中で膨らみ出していた。
次回
「誰がつばきさんを狙っているんだ・・・!?」
「そろそろ本格的に仕掛けてみるかな・・」
「お前・・まさか・・・!?」
「僕もなることができたよ・・君と同じ姿にね・・・」