ガルヴォルスBlade 第2話「異形の異端」
華音が女子寮に戻ってきたときは、日付が変わろうというときだった。寮長が門限に厳しくないことが、彼女にとって不幸中の幸いだった。
自分の部屋に戻った直後、華音は就寝や着替えの間もなく、部屋の真ん中に座り込んでしまった。彼女の脳裏には、あまりにも現実離れしていたと思うような出来事が蘇ってきていた。
突然現れた不気味な影と異形の怪物に、華音はたまらず逃げ出した。息を絶え絶えにした彼女の前に、その怪物が再び現れた。
怪物、つばきは人間の姿に戻り、華音に自己紹介をした。
「あの・・あなたはホントに何者なの!?・・人間じゃないの・・・!?」
華音が不安の表情のまま、つばきに問い詰める。
「確かに今は人間ではない・・だがあの姿になる前は普通の人間だった・・少なくとも、それ以前に常人離れしていると感じたことはなかった・・」
「それって、どういうこと・・・!?」
「なぜこの姿になったのか、今でも私には分からない。調べてみたが、決定的な理由を見つけられていない・・・」
華音が疑問を投げかけるが、つばきは明確な答えを出すことができなかった。
「だが心までは怪物になってはいなかった・・怪物から弱いものを守る心までは、失っていなかった・・・」
「それじゃ、他の怪物と戦ってるの・・・?」
「ヤツらから裏切り行為だろうが、人が食い物にされるのは、それ以上に許せないと思うから・・」
つばきが語りかける言葉に、華音は困惑するばかりだった。
「それで、あの影は何なの?・・怪物の仲間なの・・・?」
「そう見て間違いないだろう。能力なども怪物と同種といえる・・」
華音が投げかけた問いかけに、つばきが真剣な面持ちのまま答える。
「ヤツらは体だけでなく、心まで怪物になってしまっている・・ヤツらは元々人間だったはずが、人間を食い物にしているのだ・・」
「そんな・・人間が、人間を・・・!?」
「馬鹿げていると思うか?・・私はその馬鹿げたことが許せないために、怪物と戦っている・・同じ怪物と・・・」
困惑を膨らませていく華音に、自分の心境を口にしていくつばき。
「できることなら、今夜のことは忘れたほうがいい・・私のことも・・・」
つばきは忠告を投げかけると、華音の前から去っていった。今回のことを全て受け入れていないまま、華音も寮に戻るしかなかった。
衝撃的な夜が過ぎて朝を迎えた。体に重みを感じながら、華音は目を覚ました。
「おっはよー♪」
直後に上機嫌な挨拶が飛び込んできた。何がどうなっているのか分からず、華音は混乱する。
「昨日は遅かったね〜・・まぁ、バイトしてるんだからしょうがないかも♪」
華音の上に乗っかっていたのは1人の女子。藍色のツインテールの女子だった。
「会うのは初めてになっちゃうかな?あたしは佐倉麻子。君のルームメイトだよ♪」
「そ、そうだったんだ・・昨日は帰りが遅くなってゴメン・・僕は神童華音っていうんだ・・」
上機嫌に振る舞う女子、麻子に華音も挨拶を返す。
「アハハ♪何だか男の子みたいだね♪“僕”って言ってるし・・」
「うん・・僕のお母さん、僕が生まれてすぐに亡くなって・・」
興味津々の麻子に、華音が物悲しい笑みを見せてきた。
「ご、ごめん・・そんなことになってたなんて知らなくて・・・」
「いいって・・これはしょうがないことだから・・」
沈痛の面持ちを浮かべる麻子に、華音が弁解を入れる。
「それで、僕たちの家は僕以外が全員男で、男感覚の育て方をされたみたいで・・」
「だから、男みたいなしゃべり方や格好をしてるんだね・・納得。」
華音の話を聞いて麻子が頷いていく。
「それで、昨日はホントに遅かったね。いくらバイト可能で、寮に門限をつけてないっていっても、さすがに遅すぎじゃないかなぁ・・」
「それは・・実は昨日、怪物と出くわして・・」
改めて昨日のことを聞く麻子に、華音が正直に自分の身に起きたことを打ち明ける。
「怪物?そんなまさか・・きっと暗い道で物音がして、見間違えたとかじゃないの?」
「見間違いじゃないよ!ホントにいたんだよ、怪物が!」
「エヘヘヘ。華音ちゃんって、いろんな意味で面白いねぇ♪」
声を上げて呼びかける華音だが、麻子は明るく笑うばかりで信じていなかった。
「ホントだって・・信じてくれても・・・」
困り顔で訴える華音だが、昨晩の出来事を信じてもらうことができなかった。
(やっぱり、あれは見間違いだったのかな・・・)
気持ちの整理を付けられず、華音は肩を落とすしかなかった。
昨晩の出来事が頭から離れず、華音は複雑な気分から抜け出せないまま大学に登校した。その途中、華音は倒れて自分の頬に手を当てている女生徒を見つけた。
「この行為・・・もしかしてまた・・・!」
表情を険しくした華音が駆け出していく。その先には不機嫌になっている双真がいた。
「お前、また女を殴ったね!?」
双真の肩をつかんで怒鳴る華音。すると双真が彼女を睨みつけてきた。
「またお前か・・女みたいに鬱陶しいヤツだな・・」
華音に苛立ちを見せつける双真。男の格好をしていたため、華音が女であることを双真は気付いていなかった。
「いくら女嫌いだからって、何もしていない人に暴力を振るっていいことにならないよ!」
「そんなきれいごとは女に言ってやることだな。女のほうがよっぽど自分勝手だろうが・・」
怒鳴る華音だが、双真は苛立ちを見せるだけだった。
「こうでもしないと女は理解しない・・自分のわがままが、どれだけ他のヤツの気分を悪くしているのかを・・・」
双真は低く告げると、華音の不満を気に留めずに歩き出していった。
「ホント、最低だ、アイツ・・今度またやったらちゃんとお仕置きしてやらないと・・・!」
不満いっぱいでふくれっ面を浮かべる華音。そのとき、大学のチャイムが華音の耳に入ってきた。
「いけない!急がないと遅刻する!」
華音が慌ただしく大学に急ぐのだった。
この日の講義のほとんどで、華音は麻子と一緒に受講することになった。華音が受けようとしている講義の多くを、麻子も受けていた。
「何だか気が合っちゃってるね、あたしと華音ちゃん♪」
「そうみたい・・寮の部屋も一緒だったし・・」
笑顔で声をかけてくる麻子に、華音は苦笑いを見せて答える。
「それにしても、あの碇双真、ホントに最低だよ。まさに女の敵って感じそのままだ・・」
華音が双真のことを思い出してふくれっ面を浮かべる。
「碇双真?あぁ、あの女殺し、あたしも聞いたことがあるよ・・」
すると麻子も双真のことを思い出していく。
「あたしはまだ会ったことがないんだけど、みんな迷惑がってるみたいだよ・・」
「そうなんだよ・・女を殴るなんて、男として恥ずかしいと思わないのかな・・・!?」
「でも最近、肉食系女子が増えてきてるし、不満になる男の子が出てくるのも納得できないことじゃないかな・・」
「そういうもんなのかなぁ・・・まぁ、世の中にはいろんな人がいるから・・」
「華音ちゃんみたいなのもいるしね・・」
「えっ!?・・僕、そんなにおかしいかな・・・」
話をしていくうちに麻子にからかわれて、華音が苦笑いを浮かべる。
「でもあたし、そういうの気にしないよ♪あたしもおかしいってよく言われるから♪」
「それ、言われて喜んでていいのかな・・・?」
明るく振る舞う麻子に、華音は半ば呆れていた。
この日の受ける講義が終わり、華音は翔太のレストランに向かった。今度はしっかりと仕事をしようと意気込むあまり、彼女は仕事を始める時間より早くレストランについてしまった。
「張り切り過ぎるのもよくないってことかな・・・」
空回りになっていると思って、華音が肩を落とす。何とか気持ちを切り替えて、彼女はレストランに入る。
「いらっしゃい、華音ちゃん。今日もよろしくね。」
「はい。こちらこそよろしくお願い・・」
挨拶をしてきた翔太に返事を仕掛けたとき、華音が表情を強張らせる。レストランの厨房に、双真の姿があった。
「ああっ!何でアンタがここに!?」
華音が大声を上げると、振り向いた双真が彼女を睨みつけてくる。
「お前・・何でここにいるんだ・・・!?」
「何だい?君たち知り合いだったのかい?」
華音に声を上げる双真に、翔太が当惑を見せる。
「翔太さん、何でアイツがここに!?」
「双真くんかい?知り合いから働かせてほしいって言われてね。あの性格じゃ接客はムリだろうから、皿洗いと開店時間以外の清掃をさせてるんだよ・・」
問い詰めてくる華音に、翔太が淡々と説明していく。
「最初はもっと荒れてて失敗ばかりだったけど、今はしっかり者になってるよ・・」
「おい、コイツに余計なことを言うな!」
翔太が評価の言葉を口にすると、双真が不満の声を上げた。しかし翔太は笑顔を絶やさなかった。
「それじゃ、華音ちゃんもよろしくね。」
お気楽な翔太に言葉を返せず、華音は肩を落とすしかなかった。双真も憮然とした態度で洗い場に戻っていった。
それから華音も双真も黙々と仕事を行った。前回の失敗を教訓にしていたため、華音は失敗が格段に少なくなっていた。
双真は黙々と皿洗いと調理をしていた。彼の調理の腕前は手慣れたものだった。
「まさかお前がここで働いていたとはな・・」
「そのひねくれた性格でバイトができたもんだよ・・」
顔を合わせた途端、不満を込めた言葉を投げかける双真と華音。互いの言葉に2人ともさらに目つきを鋭くする。
「金がないと暮らせないことも分かんないのか、お前は・・?」
「それは僕も同意する。頑張らないと生活できないって・・」
「お前がいると調子が狂う・・せいぜいオレの邪魔はするな・・」
「それはこっちのセリフだっての!僕の邪魔したら承知しないって!」
冷たい態度を取る双真に、華音は不満の声を上げた。
この後も双真は黙々と仕事をこなし、華音も丁寧な仕事をこなしていった。コツをつかんだ華音は、いつしか時間を忘れていた。
「ウソ・・もうこんなに時間がたってたなんて・・それだけ一生懸命だったのかな・・・」
時計を見たときに時間がずい分経過していたことに、華音は驚いていた。
「でも今日はそんなに失敗しなかったかな・・・」
自信がついたことを実感して、華音が笑顔で頷いた。だが彼女の笑みがすぐに消える。
(問題なのは碇双真・・アイツもここでバイトしてたってこと・・・)
双真と同じバイト先で働いていることに、華音は不満を感じていった。
「碇双真を即刻クビにしてください!」
仕事の時間が終わったと同時に、華音が翔太に訴えてきた。
「あんな女の敵を置いていたら、何をするか分かったもんじゃないです!すぐに手を打ったほうが・・!」
「でも今のところ、ここでは何も問題は起こしてない。きちんと仕事をこなしているしね。それなのにクビにできるわけないって・・」
「でももし何か起きたら・・!」
「そのときに考えればいいさ。今はきちんと仕事をしているし、信じてやるのも悪くない・・」
抗議するも翔太に悠然と返答をされて、華音はこれ以上言葉をかけられなくなってしまった。腑に落ちないながらも、彼女は双真に対して手を打つことができなかった。
双真をレストランから追い出すことができず、華音は不満を抱えたまま寮に向かっていた。
「もう・・よりによって何で碇双真が僕のバイト先にいるんだよ・・これじゃ安心して仕事ができないじゃないか・・」
不満を抑えることができずに文句を口にする華音。気持ちが落ち着かないまま、彼女は帰路を進んでいく。
「見つけた・・・今度は逃がしはしないぞ・・・」
そこへ不気味な声がかかり、華音が足を止めた。
「この声・・まさか・・・!?」
緊張しながらゆっくりと振り返る華音。その先には昨晩現れた影がいた。
「今度こそ、お前の命をいただくぞ・・・」
「冗談じゃないって!しつこいのはイヤなんだから!」
迫ってくる影に華音が悲鳴を上げる。しかし影はその声に耳を傾けることなく、彼女に手を伸ばしてきた。
「また巻き込まれてしまったか・・・」
そこへ別の声が飛び込み、影が手を止める。2人の前につばきが現れた。
「獲物をものにするためにしつこくなるからな、獣というものは・・・」
呟きかけるつばきの頬に、異様な紋様が浮かび上がる。彼女の姿が異形の怪物へと変化する。
「また邪魔をするのか・・そこまで邪魔をするつもりなら、お前の命からいただかせてもらう・・・!」
影がつばきに向けて手を伸ばしてくる。つばきの右手の甲から一条の刃が出現した。
「体から剣を出してくるなんて・・ホントに人間業じゃない・・・!」
人間離れした姿と能力を見せるつばきに、華音は緊迫するばかりだった。
「お前はここで始末しておいたほうがよさそうだ・・何度も私や彼女の前に出て来られても厄介だ・・」
「その心配はしなくていい・・命をよこせばそれで終わる・・・」
敵意を見せるつばきに、影が右手を伸ばしてきた。だがつばきが振り上げた刃が、影の右腕を切り裂いた。
「ぐおっ!」
腕を切られて影が絶叫を上げる。その後、つばきは容赦なく影の体に刃を突き立てた。
「命をよこす・・お前の命をよこせば、ということか・・・」
「違う・・お前の命をよこせば、ということだ・・・!」
低く告げるつばきに、影が声を振り絞る。影の体が変化して、貫いているつばきの刃に絡みつく。
「このまま・・このままお前の命を・・・!」
刃を通じてつばきの命を奪い取ろうとする影だが、体を貫いていたつばきの刃が振り上げられた。この一閃が影の体を切り裂いた。
「なっ・・・!?」
「何度も言わせるな・・お前の命はこれで終わりよ・・・」
驚愕する影に鋭く言いかけるつばき。彼女の目の前で、事切れた影が霧のように消滅していった。
影を切り裂いた刃を振り下ろしてから、つばきは人間の姿に戻った。異形の存在が切り裂かれて倒れた瞬間を目の当たりにして、華音は怖がって言葉が出なくなっていた。
「これでこの怪物が現れることはない・・これで少しは安心できるだろう・・」
「でも、あなたも怪物なんですよね・・・?」
安心させようと声をかけたつばきだが、華音は不安を感じたままだった。
「だが、誰かを自分のために襲ったりしてはいないだろう・・?」
「それはそうですけど・・やっぱり怖いです・・・」
微笑みかけるつばきに、華音が苦笑いを見せる。
「ならばもう忘れたほうがいい・・お前を狙うあの敵は倒れた・・」
つばきが真剣な面持ちで華音に声をかけていく。
「今度こそ、あまり深く関わらないほうがいい・・深追いすれば、私でも連れ戻せなくなるぞ・・・」
華音に忠告を送ると、つばきはゆっくりと歩き出していく。彼女の後ろ姿を、華音はただじっと見送ることしかできなかった。
つばきの言葉通り、華音は日常に意識を戻そうとして、夜道を歩きだしていった。明日もいつもと変わらない平和な日常がやってくると、彼女は信じていた。
だがこの悲劇は終わっていなかった。華音に押し寄せる悲劇の幕開けに過ぎなかった。
次回
「あの怪物、本当に何なんだ・・・」
「その格好の君も、かわいくていいね。」
「ゲヘヘヘ・・うまそうな女だ・・・」
「どうして・・・どうして僕ばかり狙われるの!?」