ガルヴォルスBlade 第1話「闇夜の刃」
突如手にしてしまった血塗られた刃。
望んでいなかった力と戦い。
恐怖、怒り、絶望。
負につながるものが、力と戦いを呼び込んでいく。
立ちはだかるものを切り裂く刃が今、引き抜かれる・・・
海沿いに点在する街。その街の海に隣接した場所に大学があった。
この日はその大学の入学式だった。新入生が気持ちを新たにして、大学生活を心待ちにしていた。
その入学式の最中のことだった。
「すみませーん!遅くなりまし・・う、うわっ!」
騒々しく式場に飛び込んで、派手に転ぶ1人の女子がいた。茶色がかった黒のショートヘアと男向けの私服から、女子ではなく男子に見える。
神童華音。この大学の新入生の1人だが、寝坊して遅刻して、慌てて式場に飛び込んできたのである。
「えぇ・・静粛に、静粛に・・・!」
話をしていた学長が、華音に不満を向けていた。華音は照れ笑いを見せながら、空いている席に着くのだった。
その後平穏に入学式が終わりを迎えた。式から解放された新入生を待っていたのは、部活動の勧誘だった。
当然華音にも勧誘をしている上級生たちに囲まれることとなった。
「あ・・ぼ、僕、アルバイトしないといけないんだ・・お金がないと生活していけないし・・・」
華音はやんわりと断って逃げ出すが、勧誘はしつこかった。辛くも彼女はキャンパスの裏に逃げ込むことができた。
「ふぅ・・部活をするつもりなんて全然ないのに〜・・・」
安堵を覚えると同時に困り顔を浮かべる華音。そこへまた声が飛び込み、彼女は再び身構えた。
だがその声は勧誘の上級生ではなく、1人の男子を追う女子たちのものだった。
「かっこいいー♪かっこいいよー♪」
「ねぇねぇ、もし時間があったら付き合ってくれない?丁度おいしいお店を見つけたの♪」
女子たちが誘いの声をかけるが、男子は無視して歩いていく。
「ちょっとー、返事ぐらいしてよー・・」
女子がやや不満げになって、男子の腕をつかんだ。
「女がオレに触るな!」
そのとき、男子が振り返ってその女子を殴り飛ばした。突然のことに女子たちは唖然となるばかりだった。
「オレに近づけば容赦しない・・もうオレに声をかけるな・・・!」
男子は鋭く言いかけると、女子たちの前から立ち去っていく。物陰からこの様子を見ていた華音が、見かねて男子を追いかけた。
「ちょっと!女の子に暴力を振るなんてひどいじゃないか!」
華音が声をかけると、男子が足を止める。
「あの女がオレにしつこく迫ってきたからいけないんだ・・痛い目にあわされて当然だ・・」
「いくらしつこいからって、いきなり殴っていいことにならないじゃないか!」
「殴らなくても穏便に終わらせられたとでもいうのか?話し合いで終わらせられると思っているのか?」
怒りの声をかける華音だが、男子は冷徹に言葉を返すだけだった。
「昔は女を殴る男は最低とか言っていたそうだが、今の女は殴られないと理解しないヤツが多すぎる・・まとわりつかれると気分が悪くなってくる・・」
「男も女も関係ない・・悪気のない人にすぐに暴力を振るうなんて、ひどいと思わないの!?」
「ひどいのは女だろうが・・自分のことを棚に上げて、男を弄んで・・」
悪びれた素振りも見せずに、男子が改めて立ち去ろうとした。
そのとき、華音が男子の腕をつかみ、そのまま背負い投げに持ち込んだ。突然投げられた男子がそのまま倒される。
「できればこんなことしたくなかったけど、アンタみたいなのはお仕置きしたほうがいいみたいだね!」
華音が男子を見下ろして言い放つ。男子が起き上がって、彼女を鋭く睨みつけてくる。
「こんなことをしてくるとはな・・そんなにぶちのめされたいのか!?」
憤慨した男子が華音に飛びかかる。だが華音に軽々と拳をかわされ、足払いをされて再び倒される。
手も足も出せずに華音にやられて、男子が苛立ちを膨らませていく。
「もうやめたほうがいいよ。これ以上はケガさせてしまうかもしれないよ・・」
男子に向けて忠告を送る華音。だがいきり立っていた男子は、彼女にまたも飛びかかろうとする。
「先生!こっちです、先生!」
そこへ声が飛び込み、男子が踏みとどまる。面倒なことに巻き込まれたくないと考え、彼はこの場から去っていった。
この後、1人の男子が華音の前に現れた。
「ふぅ・・思った通り暴動になってたよ・・でも君が上手だったみたいで、ちょっと安心したかな・・」
「あの・・どちら様ですか・・・?」
安堵の笑みをこぼすその男子に、華音が疑問を投げかける。
「僕は桂流星。さっき君に突っかかってきたのは碇双真だよ・・」
男子、流星が華音に自己紹介をしてきた。
「僕は神童華音。何だったのかな、アイツ・・いきなり女の子を殴ったりして・・」
同じく自己紹介をする華音が、先ほどの男子、双真への不満を口にする。すると流星が明るかった表情を曇らせた。
「双真、大の女嫌いなんだ・・女の姿や格好を見ただけで怒りを爆発させるくらいにね・・」
「女嫌いって・・何も殴らなくたって・・・その女の人が何かしたわけじゃないのに・・・」
流星から事情を説明されても、華音は納得していなかった。
「みんなから見たら不満を覚えるのは当然だよね。でも双真にとっては、全くの無関係であっても、敵以外の何者でもないんだよ・・」
「敵だなんて・・そこまで女子のことを嫌うなんて・・・」
流星の説明を聞いても、華音は納得できなかった。双真のしていることは結果的に自己満足。彼女にはそう思えてならなかった。
「そういうことだから、君もこれからは注意をしたほうがいいと思うよ。君、女子でしょ?」
「えっ!?どうして分かったの!?・・僕、男みたいな格好だし、自分のことを“僕”だって言ってるし・・!」
流星に声をかけられて、華音が動揺を見せる。男のような口調と容姿をしているため、彼女は男と見られることが多々あった。
「いくら男の子の格好をしたって、男と女の違いは出るものさ。子供から成長していけばいくほどにね・・」
「う〜・・やっぱり女はイヤでも胸が大きくなっちゃうかぁ・・胸が目立たない服を選んでるのに・・」
流星の指摘を受けて、華音が困り顔を見せる。
「またどこかで会うことがあったら、どんな話でも大歓迎だよ。でもハレンチな話はあんまりしないほうがよさそうだ・・」
流星は華音に挨拶すると、振り返って歩き出していった。
「碇双真・・危なっかしい人が通ってるなんて・・・」
女に対して暴力的な双真に、華音は不満を感じていた。その一方で彼女は彼への心配をしていた。
人気のない暗闇の地下道に響き渡る足音。1人の女子が必死に地下道を走っていた。
女子は逃げていた。自分を狙ってきている影から、彼女は必死に逃げていた。
このまま一直線に地下道を抜ければ、人気の多い街中に出られる。そう考えて女子は急いだ。
だがその女子の前に不気味な影が立ちはだかった。彼女を追ってきた影が、追い抜いて回り込んできたのだ。
「イヤッ!来ないで!何なの、アンタ!?」
悲鳴を上げて後ずさりする女子だが、影が伸ばした手に首をつかまれる。息苦しさを感じて、女子が顔を歪める。
彼女の顔を見て、影が不気味な笑みを浮かべる。つかんでいる手から淡い光があふれ、影に吸い込まれるように流れ込んできた。
(ち・・力が・・・)
徐々に力が入らなくなり、女子が影の腕をつかんでいた両手をだらりと下げる。脱力した彼女の体が透明になっていく。
異変が体全体に行き渡り、女子はガラスのような像へと変わり果てた。
変わり果てた姿になって微動だにしなくなった女子を見つめて、影が不気味な笑みを見せる。影はそれから音を立てることなく姿を消した。
その場にはガラスになった女子だけが取り残された。女性の失踪と、彼女たちと瓜二つのガラスの像の多発。奇怪な事件が立て続けに発生し、街中の恐怖として噂されていた。
大学を後にした華音は、知り合いのレストランに立ち寄っていた。そこで彼女はアルバイトをさせてもらえる約束をしていた。
「ありがとうね、おじさん。僕、こういう性分だからバイト探しも苦労するんだよね・・」
レストランの店長、時任翔太に感謝をする華音。翔太が華音に笑顔で弁解を入れる。
「今更それを直せって言っても、直すのは難しいからね。接客にふさわしい言葉遣いと態度を見せてくれれば、僕は問題ないよ。」
「大丈夫です。しっかりと覚えていくので・・よろしくお願いします。」
華音が笑顔を見せて一礼する。
「いきなり接客しろと言われても困るからね。1度基本的なことを発声してみようか。」
翔太に促されて、華音は接客の基本的な言葉を発声して覚え始めた。自信を深めた彼女は、気を引き締めて仕事を始めようとした。
しかし意気込みとは裏腹に、華音の仕事ぶりは芳しくなかった。なかなか手順を覚えられず、華音は失敗を繰り返した。
不甲斐ない自分に、今日の仕事を終えた華音は頭が上がらなくなっていた。
「大丈夫、大丈夫。誰だって最初は失敗の連続なんだから・・」
「う〜、すみません・・」
励ましてくる翔太だが、華音は頭が上がらなくなっていた。
「じっくりきちんと覚えていけばいいんだよ。次は頑張ってね、華音ちゃん。」
「はい・・今日は本当にすみませんでした・・・」
微笑みかける翔太に、華音は謝るばかりになっていた。
「ハァ・・この調子だと、ちゃんと生活できるかなぁ・・」
失敗続きの自分の仕事ぶりに、華音はため息をつくばかりになっていた。
「こうなったら地道に覚えて、慣れるしかないな。うん、そうそう。しっかりしろ、僕!」
自分に喝を入れて、明日に備える華音。そのとき、彼女は歩いてくる双真を発見する。
「アイツ・・こんなところでアイツと会うんだろう・・・」
双真と再会したことに肩を落とす華音。彼も彼女に気付いて、目つきを鋭くする。
「お前・・さっきはよくも邪魔を・・・!」
「だって、暴力を振るうなんて最低じゃない・・それを黙って見ているなんて、僕にはできない・・」
「こうしてもしないと女は理解しない。自分の思い通りにならないと気が済まない。それが悪ふざけになってることを分からせないといけない・・」
「だからって、暴力振るっていい理由にはならない・・僕だってあんなことしたくなかった・・でもこうでもしないと、君はやめなかった・・・」
冷淡に言いかける双真に、華音が困惑を見せながら答える。しかし双真は考えを変えようとしない。
「さっきの落とし前をしたいところだが、今は時間がないからな・・」
双真は低く告げると、華音の前から去っていった。これ以上彼に声をかけることができず、華音はやむなく歩き出した。
まだ日が落ちて夜が訪れる時間は早く、華音が寮に戻る前に外は暗くなっていった。
「ふぅ・・気をつけないとどっかにぶつかっちゃうかも・・・」
暗い所に注意を払いながら、華音はゆっくりと道を歩いていく。
「こういうところでヘンなのがいきなり出てくるもんなんだよね・・まさかね・・」
独り言を口にしながら、華音はさらに歩いていく。
「こんな真っ暗な場所で、いきなりどこかから悲鳴・・って、あるわけないって・・」
「キャアッ!」
そのとき、本当にどこからか悲鳴が響き渡り、華音が緊迫を覚える。
「ま、まさかホントに悲鳴が・・・!」
華音が震えながら周囲を見回す。彼女は危険を避けようと、警戒しながらゆっくりと歩いていく。
「あたっ!」
その途中、華音が何かにぶつかって痛がる。柱か何かにぶつかったものかと思い、彼女は閉じていた目をゆっくりと開く。
目の前にあったのはガラスの像。女性の姿かたちをしたガラスの像だった。
「あれ?・・何でこんなところに、ガラスの像が・・・?」
華音がガラスの像に疑問符を浮かべる。
「誰かの忘れもの?・・でもこんなところにポツンと忘れてくなんて・・・」
「また女性が通ってくるとはね・・・」
呟いていたところで声をかけられ、華音がさらに緊張を覚える。周囲を見回していくが、自分たち以外の人影はない。
「気のせいか・・怖いって思ってるから、空耳とかも聞こえてきたりするのかな・・・」
安堵の笑みをこぼしたとき、華音の眼前に不気味な影が現れた。その非現実的な現象に、彼女の緊迫は一気に高まった。
「お前の美しい命、私がいただく・・・」
影が華音に向けて手を伸ばしてきた。恐怖に襲われた華音は、逃げることができない。
「逃げなさい!」
そこへ声がかかり、我に返った華音が後ろに下がる。直後に影も伸ばしていた手を引っ込めた。
次の瞬間、華音と影の間を一陣の風が通り抜けていった。かまいたちのように切れ味のある風だった。
「この力・・人間業ではない・・・」
影が不気味な声を発して、風の飛んできたほうに振り向く。その先には細い長剣を手にした異形の怪物が立っていた。
「何のつもりだ?・・私の邪魔をするつもりか・・?」
影が怪物に向けて声を発する。怯えている華音に向けて、怪物が声をかけてきた。
「すぐに逃げろ。死にたくなかったらな・・」
「ちょっと・・何を・・・!?」
「早くしろ!」
困惑する華音に怪物が呼びかける。その怒号に突き動かされて、華音がたまらず走り出していった。
「このまま逃げられると思っているのか・・?」
影が華音を追おうとするが、怪物が割って入ってきた。
「邪魔をするな・・あの女は私の獲物だ・・・」
「人を食い物にするヤツの勝手にはさせないぞ・・・!」
影が不気味な声を上げると、怪物が手にしていた剣を構えてきた。
「同じ存在が争うことは滑稽なこと・・だが、裏切り者は別だ・・・」
影は怪物に告げると、音もなく姿を消していった。怪物も華音が走っていったほうに向かって歩き出していった。
影と怪物から必死に逃げてきた華音。誰も追いかけてきていないと思って、彼女はひとまず足を止めた。
「ハァ・・ハァ・・何だったの、あの怪物・・・!?」
漫画や映画で見るような怪物が実際に現れたことが、華音は未だに信じられずにいた。
「いくらなんでも、あれはさすがに夢や幻ってわけにいかないよね・・」
「無事に逃げられたようだな・・」
そこへ声がかかり、華音が振り返る。先ほど乱入してきた怪物が、彼女の前に立っていた。
「怪物!・・僕をどうするつもりなんだ・・・!?」
華音が怪物に怯えて後ずさりする。だが怪物は彼女を襲おうとしない。
「どうもしない。私は他の怪物たちとは違うからな・・」
「えっ・・・!?」
怪物が口にした言葉に、華音が当惑を見せる。すると怪物の姿が長い黒髪の女性へと変わっていく。
「ひ、人・・・!?」
「私は葉山つばき・・今は怪物と戦う怪物ということになるか・・・」
驚くばかりの華音に、怪物に変身していた女性、つばきが微笑みかけてきた。
次回
「ホントにいたんだよ、怪物が!」
「ヤツらは元々人間だったはずが、人間を食い物にしているのだ・・」
「今度は逃がしはしないぞ・・・」
「できることなら、君をこれ以上巻き込みたくはない・・・」