影の束縛

 

 

 雨野狭霧(あめのさぎり)。
 霊能忍者集団「誅魔忍軍(ちゅうまにんぐん)」の一員で、妖怪や邪な霊能者と戦っている。

 この夜、狭霧は不気味な黒ずくめの男と対峙していた。
「何者だ、貴様?ただの人間ではないな・・!?」
 狭霧が構えを取り、男に鋭い視線を向ける。
「正体を明かさないなら、ここで成敗するまでだ・・!」
 彼女がクナイを1本手にして、短刀のように構える。
「私に対する言葉使いではないぞ、女・・・!」
 男が狭霧に向けて、低く鋭い声を掛ける。
「何様のつもりだ・・!」
 狭霧が飛びかかり、クナイを振りかざす。しかし男は彼女の攻撃をかわした。
(かわされた!?)
 一瞬目を見開く狭霧だが、続けて攻撃を仕掛ける。彼女のこの攻撃も、男にかわされていく。
(この格好に見合わぬ動きだ・・ならば・・・!)
 狭霧が素早く動き、男の前から姿を消した。彼女が男の背後に回り込み、持っていたクナイを投げつけた。
 だが男は振り向くことなく、動いてクナイをかわした。
(見抜かれた!?・・この男、ただ者ではない・・・!)
 男の驚異の力に狭霧が警戒を強める。
「私に逆らうことは許さん・・大人しく私に従え・・・」
 男が振り返り、狭霧に命令を口にする。
「お前などに従うつもりは、毛頭ない・・!」
 狭霧が言い返し、新たなクナイを手にした。
「雨野流誅魔忍術・叢時雨(むらしぐれ)!」
 狭霧が円状に並べたクナイを一斉に放った。男はクナイも全て回避してみせた。
「私の技を、全てかわしただと!?・・あのような男が、これほどの力を持っているなど・・・!」
 男の常人離れした動きに、狭霧が憤りを感じていく。
「私と来るのだ・・大人しく私に従え・・・」
「何度も言わせるな。お前のようなヤツには従わない!」
 命令する男に言い返し、狭霧が飛びかかる。次の瞬間、男の髪が伸びて彼女の首に巻き付いた。
「な、何っ!?」
 腕と足を髪に縛られて、狭霧が驚愕する。
「捕まえたぞ、うるさいハエめ・・」
 男が彼女に近づいてあざ笑う。
「それで私を捕まえたつもりか・・!?」
 狭霧が言い返して、持っていたクナイを使って髪を切り裂いた。
「確実に仕留めるには、もはや最大の技を使うしかない・・・!」
 男の力に脅威を感じていた狭霧は、出し惜しみなく倒すことを決める。
(一点集中で攻撃し、敵を仕留める・・少なくとも、動きは確実に止める・・・!)
 狭霧が集中力を高めて、極小のクナイを出現させた。
「雨野狭霧流誅魔忍術奥義!」
 彼女は素早く動き、男の背後に回った。
「雨滴穿石(あめのしたたりいわをもうがつ)!」
 狭霧が極小のクナイを男の体の一点を狙って連続で放った。男が後ろに動いて、クナイが命中したように見えた。
 しかしこの小さなクナイも、男はかわした。
「うっ!」
 その直後、狭霧が男に首をつかまれ持ち上げられた。
「捕まえたぞ、うるさいハエめ・・・」
 男に締め上げられて、狭霧がうめく。
「この私に傷を付けおって・・お前はもういらん!」
 男が笑みを消して、鋭く睨みつける。狭霧がクナイを手にして、男の手を払おうとした。

     カッ

 そのとき、男の目からまばゆい光が放たれた。

    ドクンッ

 眼光を受けた狭霧が、強い胸の高鳴りを覚える。
「な、何、今のは・・・!?」
 狭霧がこの衝動に当惑し、目を見開いた。
「貴様、私に何をした!?」
 彼女が男を問い詰めたときだった。
  ピキッ ピキッ ピキッ
 突然、狭霧が身にまとっていた装束が弾けるように引き裂かれた。あらわになった彼女の左手、左胸、尻、下腹部が固く冷たくなり、所々にヒビが入っていた。
「な・・何だ、これは!?・・私の体が、石に・・・!?」
 自分の左腕を見て、狭霧が驚愕する。石化した体は、彼女の意思を受け付けず動かない。
「私のコレクションに加わる資格もない!終わることのない昼と夜の繰り返しを見守り続けるがいい!」
 男が狭霧に鋭い視線を向けて言い放つ。男が狭霧に石化を掛けたのである。
「貴様、何者だ!?やはりただの人間ではないな!?」
  ピキッ ピキキッ
 狭霧が男に問い詰めたとき、石化が進行してさらに装束が引き裂かれた。
「私にこれ以上逆らうな・・その気になれば、お前を壊すこともできるのだぞ・・・!」
 男に鋭く言われ、狭霧は言葉を詰まらせる。
「ヒッヒッヒ・・美しいオブジェになれるだけでも、光栄に思うことだ・・・!」
「黙れ!・・私に、このような屈辱を・・・!」
 不気味に笑う男に言い返して、狭霧が力を振り絞りクナイで抵抗しようとした。
  ピキキッ パキッ
 石化が手足の先に向かって進み、狭霧は力を入れられなくなり、クナイを落としてしまう。
「石化の進行は私の思いのまま・・その気になれば、一瞬でオブジェに変えることもできる・・・」
 男が狭霧を見つめてあざ笑う。
「くっ・・殺せ・・私に、このような辱めは・・・!」
「お前はここにいるのだ・・それが私に歯向かったお前の罰だ・・」
 屈辱を払おうとする狭霧だが、男はあざ笑うばかりである。
  パキッ ピキッ
 首元や頬、髪も石に変わり、狭霧は力を入れられなくなる。彼女の髪を束ねていた髪留めも、髪形をとどめたまま切れた。
「こんな・・・こんな・・男に・・・」
 悔しさを滲ませ声を振り絞る狭霧。
「ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ・・!」
 男が白い霧を発しながら、不気味に笑う。
  ピキッ パキッ
 口元も石に変わり、狭霧は声を発することもできなくなる。
(このような姿で、このままいるなど・・私が・・このような屈辱を・・・!)
 屈辱と恥辱を募らせていく狭霧。男が消えていくのを見つめることしかできず、彼女は無意識に目に涙を浮かべていた。
    フッ
 瞳にヒビが入ったと同時に、涙があふれて石の頬を伝って落ちた。狭霧の体が完全に石に変わった。
 男は霧をまとうように姿を消した。全裸の石像にされた狭霧は、その場に取り残された。

 その後も狭霧は全裸の石像として、外で立ち尽くしていた。
 男が姿を消してからしばらくしてからだった。
 掛けられていた石化が解けて、狭霧の体が元に戻った。彼女の束ねられていた髪も、この瞬間にほどけた。
「えっ!?・・ここは、どこ・・・?」
 狭霧が動揺しながら周りを見回す。
「私は、何をしていたんだ?・・・なっ!?私、裸!?」
 彼女が自分が全裸になっていることに気付き、顔を赤らめる。
(どういうことなんだ!?外で裸でいたことに今まで気付かなかったとは・・!?)
 狭霧が現状を把握して困惑する。自分に何が起こったのか、今の彼女にその記憶がなかった。
(は、早く帰らないと・・こんな姿、誰かに見られるわけにはいかない・・・!)
 狭霧が慌てて戻ろうとする。しかし彼女は人目を気にして、迂闊に動くことができない。
(私が・・こんな恥ずかしい思いをするなんて・・・屈辱だ・・この上ない屈辱・・・!)
 狭霧が赤面して、物陰でうずくまる。彼女は人に見つからないようにして戻ることになった。

 同じ頃、別の場所でも何が起こったのか思い出せない女性が大勢発見された。その全員が狭霧と同じく全裸の石像にされ、元に戻ったときにそのときの記憶がなくなっていた。
 そして石化した男の正体が何者なのか、狭霧もさらわれた女性たちも分からなかった。
 石化を使った男がどうなったのかも、公にはなっていない。後々、狭霧はその正体について知らされることになった。
 
 
短編集に戻る
 
TOPに戻る
inserted by FC2 system