冬の固めシリーズ
「雪女の情意」
ここはとある女子高。
この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。
この出来事も、そんな事件の1つである。
学校からバスで数駅進んだ位置に、冬場に賑わいを見せる山がある。この地域でよく雪が降り積もり、設置されているスキー場は、休日の生徒たちの楽しみの場としても親しまれていた。
しかしその山の中に、決して踏み込んではいけない場所があった。危険だとかよからぬ迷信だとか噂されているが、素性や確信ははっきりとしていなかった。
その噂の中には、雪女の存在も含まれていた。雪女が吹雪の中現れて、人間を凍らせて連れ去っているという噂が流れていた。
それらを信じる信じないの分かれがあったが、山中のその場所への立ち入り禁止の規制を敷いていた。
その山のスキー場は、この日も賑わいを見せていた。楽しくスキーを楽しむ親子。雪合戦を始める子供たち。
そしてこの2人の女子も、スキーやスノーボードを満喫していた。
桃色の髪をツインテールにまとめたミカ。茶髪をツインテールにしているアリカ。仲のいいこの2人は、学校の休みを利用してこのスキー場を訪れていたのだ。
「やっほー♪気持ちいいねー♪」
スノーボードで滑るアリカが喜びの声を上げていた。
「ちょっと待ってよー、アリカちゃーん!」
そんな彼女を追いかけるミカが呼びかける。しかしアリカは満面の笑みを浮かべて、どんどん先に進んでしまう。
慌てて追いかけようとするあまり、ミカがしりもちをつく。それを見ていたアリカが笑みをこぼす。
「もう、アリカちゃんったら、笑ってないで少しは待ってよー!」
アリカに対してふくれっ面になるミカ。するとアリカは笑うのをやめて、微笑みかけながらミカを待った。
「ミカー、待ってるから早くー♪」
「あ、はーい!」
大きく手を振るアリカに向かって、ミカは立ち上がって滑っていった。
それから2人はひと通り滑った後、アリカの好奇心で少し違ったコースを滑ることになった。しかしミカはあまり気の進まない心境だった。
「アリカちゃん、やっぱりやめようよー。ここから先、何だか立ち入り禁止になってるみたいだし。」
「大丈夫だよ、ミカちゃん♪行けるところまで行って、それから引き返せばいいから。」
心配するミカだが、アリカは気にする様子もなく笑顔を振りまいている。
1本の山道を滑り、やがて進入を禁止している地点へと辿り着く。
「へぇ〜。ここがあの噂の山への道ねぇ・・」
「山が危険だとか、雪女が出るとか、確証はないけどとにかく入った人たちが帰ってこないらしいよ。」
きょとんと山道を見つめているアリカに、ミカが解説を入れる。
「何だか気になって入ってみたくなってきちゃったよー。」
「ダ、ダメだよ、アリカちゃん!もし入って出てこられなくなっちゃったら・・!」
いきなり機体の笑みを見せたアリカを、ミカがたまらず呼び止める。
「う〜ん・・ホントはちょっと入ってみたかったんだけど、仕方ないね。それじゃ、そろそろ戻るとしましょうか。」
アリカが少し残念そうな面持ちを見せるも、諦めて戻ろうとする。ミカも笑みをこぼして、彼女に続く。
だが周囲は突然吹き始めた吹雪に視界をさえぎられていた。
「ありゃ〜、いつの間に吹雪いてきちゃったんだろ〜・・?」
アリカが苦笑いを浮かべると、ミカがムッとした面持ちを見せる。
「んもうっ!だから行くのはやめようって言ったんだよー!」
「ゴメン、ゴメン。まさかこんなことになるとは思ってなかったから。天気予報だって晴天だって・・」
弁解するアリカに、ミカは肩を落として呆れるしかなかった。
「山の天気は変わりやすいってことね・・」
「とにかく、ここにいたってしょうがないわね。様子を見ながら下山しましょう。ここにいたら凍えちゃうから。」
ミカは周囲の様子を伺いながら、ゆっくり下山していくことを決める。アリカも彼女の意見に同意する。
そのとき、アリカは吹雪の中からひとつの人影を発見する。
「あれ・・・?」
「どうしたの、アリカ?」
「今、あそこに人がいたように見えたんだけど・・」
「えっ?まさか。だってあっちは崖だよ。人がいるわけ・・」
アリカの指差すほうをミカも眼を凝らして見るが、そこには人影と思えるものさえ見当たらなかった。
そのとき、アリカとミカは突然、背筋が凍りつくような悪寒を感じた。その寒さは、吹雪や山の冷たさだけではなかった。
アリカとミカが周囲を見回し、その正体を探る。すると徐々に吹雪が弱まっていき、スキー道が視界に開けていく。
そこには人らしきものがあった。2人は眼を凝らすが、確かにそれはそこにあった。
しかしそれは雪のように真っ白で、微動だにしていなかった。
「こ、これって・・!?」
「に、人間!?・・こ、凍ってる・・・!?」
アリカとミカは驚愕し、言葉を失くした。そこにいたのは、真っ白に凍りついた人間たちだった。
「ま、まずいよ、これ!とにかく、今は吹雪も弱いし、早く山を降りよう!」
「そうね!早く降りて、誰かに助けを呼ぼう!」
アリカとミカは頷き合って、山を降りようとする。
そのとき、2人は背後に人の気配を感じて足を止める。恐る恐る振り返ると、そこには白い生地の着物を身にまとった女性がいた。
着ているものも白ならば、肌も髪も全てが真っ白だった。一見凍りついているのではないかと見間違えそうだが、実際には白い吐息をもらしていた。
「な、何、この人・・・!?」
アリカが驚愕のあまりに声を荒げる。女性は彼女たちの様子を気にしていないかのように、無表情を崩さず、ゆっくりと眼を開く。
その眼つきと瞳は、見つめたものを凍てつかせてしまうほど冷たく感じられた。その悪寒に、アリカもミカも固唾を呑むばかりだった。
「かわいい子たちね・・ほしくなってしまいそう・・・」
女性は弱々しい声をもらしながら、アリカたちにゆっくりと手を伸ばしてくる。
ミカは外したスノーボードを女性に向けて投げる。威嚇のつもりで投げられたボードだが、女性の吐息に吹かれると無機質な音を立てて真っ白になってしまった。
「うわっ!一瞬で凍っちゃったよー!」
ミカが凍てついたボードを目の当たりにして、さらに驚愕を見せる。
「アリカ、今のうちに逃げよう!」
「う、うん・・!」
ミカに促されながら、アリカも頷く。2人は女性から必死の思いで逃げ出そうとする。
雪の踏み込みでなかなか前に進まないながらも、それでも前へと進んでいく。そしてやっと女性の姿が見えなくなるところまで来た。
アリカ、ミカがともに安堵しようとしていたときだった。
彼女たちの背後から、再び凍りつくような悪寒と視線を感じた。言葉が出ないまま2人が振り返ると、先ほどの女性が平然と立っていた。
「ウソ・・・いくらなんでも追いつくのが早すぎるよ・・・!」
アリカが震えながらも、必死に声を振り絞る。女性は再び右手を彼女たちに伸ばす。
「かわいいねぇ・・私のものにしたいねぇ・・・」
「そんな・・!?」
女性が妖しい笑みを浮かべ、ミカも愕然となる。その直後、女性が白い吐息を彼女たちに吹きかける。
白い霧を吹き付けられたアリカとミカの体が、突如ガラスがひび割れるような音を立てて、白くなっていく。
「な、何!?・・体が、動かない・・・!?」
「凍ってる・・そんなことって・・・!?」
アリカとミカの驚愕が絶頂になる。女性の冷たい吐息によって、2人の体が凍り始めていたのだ。
吐息はまず2人のスキーウェアを凍てつかせ、さらに下半身にまで凍結を及ばせている。その凍結は、徐々に2人の体から自由を奪っていく。
「ホントに・・ホントに体が・・・!?」
「こんなに簡単に凍りつくなんてこと・・・!?」
手足の先にまで及んでいく凍結に、アリカとミカにはもはや怯えや恐れしかなかった。その恐怖のあまり、山の冷気や凍結の冷たさが感じなくなっていた。
「いや・・・助けて・・・」
アリカが必死に声を振り絞るが、凍てついていく彼女の声は弱々しいものになっていた。
やがてその恐怖の表情を留めたまま、アリカとミカが完全に白に包まれた。物言わぬ氷像と化した2人を見つめて、女性が微笑む。
「ウフフフ。またかわいい子が手に入ったわ・・・」
女性は周囲にたたずむ氷像たちを見渡して、満面の笑みを浮かべる。
「それにしても、最近はなかなかかわいい子が来なくなってしまって・・」
女性が突然沈痛な面持ちで首をかしげる。
「この辺りが立ち入り禁止になっているようで、あまり人も通らなくなってしまって・・外に行けば誰かいるはずなんですけど、みんな暖房とか使っているようですので・・」
右往左往しながら考え込む女性。彼女は熱気に極端に弱いため、山の外に出れないでいたのだ。
「でも久しぶりにここに来た人がかわいい子でよかったわ。」
女性は再び笑みを浮かべて、楽しそうに姿を消していった。そこには凍てついて氷像と化した人々がそこにたたずむだけだった。
アリカとミカは命を落としているのか。それともまだ息があるのか。それを確かめる人は誰もいない・・・
ここはとある女子高。
この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。
それらの事件に巻き込まれた人々。その犯人。その真実。
それらは現在も暴かれてはいない。