冬の固めシリーズ

「雪女、町へ」

 

 

 ここはとある女子高。

 この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。

 この出来事も、そんな事件の1つである。

 

 冬場になれば、山や森だけでなく、町や海にも雪や寒波がやってくる。真冬の真っ只中、街にも雪や寒さが訪れていた。

 今回の冬は特に寒さが厳しく、人々は重ね着や防寒具に余念がなかった。

 そんな冬の街に、あまりに場違いともいえる格好の女性が歩いていた。白を基準とした色合いの着物を身にまとい、肌も髪も白い女性だった。

 そんな女性の様子を気にして、女性警察官が2人近寄ってきた。

「どうしたのですか?」

「何かあったのですか?」

 女性警察官たちは女性に対して心配と質問を呼びかける。女性はか細い眼を2人に向けて微笑みかける。

「きれいな人ですね、あなた方は。体つきがよくてけがれのない肌をして・・」

 女性の言葉に、女性警察官たちが照れ笑いを浮かべて戸惑いを見せる。だがその一途な喜びが一瞬にして消えた。

 突如、女性が吹きかけた白い吐息を受けて、女性警察官2人が氷に包まれた。2人は当惑の面持ちのまま、凍りついて動かなくなっていた。

 あまりに非現実的な出来事を目の当たりにした人々が、女性から次々と逃げ出していく。それを見た女性は、きょとんとした面持ちを浮かべる。

「ダメですよ。何の理由もないのに人前から突然逃げ出すなんて・・」

 女性は瞳を閉じて意識を集中する。すると彼女の周囲で冷たい風が渦を巻き、逃げ惑う人々を凍りつかせてしまった。

 彼女のいるこの街は、彼女の冷気を受けて氷の世界へと変わり果てていた。その銀世界を見回して、彼女は微笑む。

「やはりこのような銀世界はいいですね。心が落ち着きます。」

 女性は笑みをこぼすと、ゆっくりと凍りついた街を後にした。

 

 街に現れた白い着物の女性。それは山に密かに住んでいる雪女である。

 雪女は夏においても暑さの行き渡らない山の奥に住んでいて、街や海に降りてくることはない。しかし今回の寒い冬のため、雪女は街へと降りてきていたのだ。

 雪女が街に降りてきた目的。それは1度ある場所へ行ってみることだった。

 それは学校だった。

 街の学校では何が行われているのか。どんなことを学び、どんなことを語り合っているのか。1人で山で暮らしている雪女にとって、学校は興味を持たせる存在となっていた。

 

 この日は平日。雪は降り積もっていたが休校にはならず、開始時間を少し遅らせて授業が行われていた。

 学校が休みにならないばかりか下校が遅くなる危険が見えていたため、女生徒の中にはウンザリしている人も少なくなかった。

 それでも女生徒たちはいつもと変わらない、屈託のない学校生活を送っていた。

 そんな学校の校舎の中を歩く白い着物の女性がいた。彼女の様子に生徒たちが気にはなっていたが、うかうかと声をかけられないでいた。

 その女性こそ、街に降り立っていた雪女だった。

 雪女は女生徒たちの落ち着かない様子を見て、活気があると思い込んで微笑んでいた。

「そこのあなた、ここの生徒ではないようですね。ここで何をしているのですか?」

 雪女の前に、1人の女生徒が立ちはだかった。この学校の執行部の生徒である。

 しかし雪女はきょとんとした面持ちのまま、その生徒に振り向く。

「ここは少し暑いですね。私には少し辛いかも。」

「えっ?」

 雪女のこの言葉に生徒が眉をひそめる。彼女に向けて雪女が軽く息を吹きかける。

 するとその生徒の体が、息を吹きかけられた胸の辺りから白くなり始めた。ガラスが割れるような音を上げながら、彼女の体が白く凍てついていく。

「な、何なの、コレ!?・・あなた、何を・・・!?

 微笑む雪女に抗議を上げようとしたところで、女生徒は完全に凍結に包まれた。

「こうしたほうが涼しくて、私はいいと思いますけど・・」

「キ、キャアッ!」

 雪女の囁きの直後、悲鳴とともに女生徒たちがいっせいに逃げ出した。離れていく生徒たちを見回して、雪女はきょとんとなる。

「いけませんよ。廊下でそんなに大騒ぎしたら・・・」

 雪女が囁きかけると、周囲に冷気があふれる。逃げ惑う女生徒たちが、廊下とともに白く凍てついていく。

 きょとんとした面持ちを浮かべて周囲を見回す雪女。まるで自分が生徒たちを凍らせたことに気付いていないかのように。

「やっぱりあまり暑すぎるのはいけませんね。少し涼しいくらいが丁度いいと思いますよ。」

 雪女は凍てついた女生徒たちに笑顔を見せると、そのまま廊下を進んでいった。

 

 この日はあるクラスによる調理実習が行われた。課題はスパゲッティである。

 数人1組の各班がそれぞれ個性的なスパゲッティを作ろうと奮闘している。中には失敗をして肩を落とす生徒もいた。

 そんなにぎやかな調理室にやってきたのは、白い着物の雪女だった。

「あれ?どうしたんだろ、あの子?」

 雪女であることを知らずに、生徒の何人かが彼女の姿を見て騒ぎ出す。

「コラコラ。あんまりヘンに騒がないの。調理に集中、集中。」

 そんな女子たちに注意を入れてから、家庭科の女性教師が雪女に寄っていく。

「どうしたの、あなた?ここは今授業中なんだけど・・」

「授業?何の授業をしているのですか?」

 教師が声をかけると、雪女が疑問符を浮かべる。その問いかけに頷くと、雪女は笑みを浮かべた。

 だが調理室に漂っている、スパゲッティをゆでているために出ている熱気を、雪女は不快に感じていた。

「あまり暑くしすぎると体に毒ですよ。」

 そういうと雪女は調理室の中に吹雪を放った。冷気が部屋の中に満たされ、調理中の料理や生徒たちが次々と白く固まり、動けなくなってしまう。

 賑わいを見せていた調理室も、白く冷たい氷の世界へと変貌してしまった。その光景に雪女が微笑む。

「これで少しはよくなると思うんですけど・・」

 1人喜びを感じている雪女が、凍てついた調理室を後にした。

 

 寒い風が吹く校庭では、その寒さに負けない勢いを見せて、女子たちが体育の時間にてドッチボールを行っていた。

 相手にボールを当てて喜んだり、当てられて痛がったりと、いろいろな様子を見せて楽しんでいた。

 その校庭の脇に、雪女が姿を現した。

「またまた楽しそうなことが・・でも・・」

 雪女が活発に振舞っている女子たちを見て満面の笑みを浮かべるが、すぐにその笑みが消える。

「私には熱くて少し辛いかな・・・」

 雪女は周囲の空気を集めて校庭の温度を下げていく。しかし雪女の体感温度で下げられているため、普通の人には極寒に感じられるものだった。

 ドッチボールに励んでいた女子たちの動きが冷風を受けて止まる。そして彼女たちの体が足元から徐々に凍てつき始める。

 自分の体が凍っていることに動揺をあらわにする人。冷風にあおられて自分が凍っていることでさえ気が向かないでいる人。反応は様々だが、いずれも吹雪に巻き込まれて凍り付いていた。

 やがて吹雪は治まると、校庭は完全な白銀の世界となり、女子たちも白く凍てついていた。その光景を見つめて、雪女が笑みをこぼした。

「これでまた涼しくなったね・・さて、十分楽しんだところで、そろそろ帰らないと。」

 雪女は喜びと充実さを胸に秘めて、学校を後にした。

 学校でのひと時を満喫した雪女。しかし学校が本来どういうものなのかを彼女は勘違いしたままであり、学校で奇怪な出来事を引き起こしたことに彼女は気付いていなかった。

 

 ここはとある女子高。

 この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。

 それらの事件に巻き込まれた人々。その犯人。その真実。

 それらは現在も暴かれてはいない。

 

 

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