闇夜の二人

 

 

それはとある場所で起こった連続美女誘拐事件。

被害にあった女性は数十人に上り、警察も深刻の度合いを深めていた。

これはその事件の中で起きた、ある2人の男女の物語である。

 

 

 ある街の片隅にある小さな雑居ビル。そのひとつの部屋に2人の男女が住んでいた。

 少しはねっ毛のある黒髪と長身が特徴の青年、シンと、首元で切りそろえた藍色の髪と整ったボディスタイルが特徴の少女、アヤである。

 シンとアヤは数日前にこの街で同居を始めた。今では誰の眼からも明らかなほど、2人は愛に満ちあふれていた。

 その日の夜も、シンとアヤはベットでの時間を過ごしていた。

「やっぱりアヤちゃんと一緒にいると、イヤなことみんな忘れちゃうよ。」

「それはあたしも同じだよ。シンと一緒にいると、心が安らぐ・・・」

 互いの体を寄せ合って、喜びを分かち合うシンとアヤ。

「そういえばこの街には怪盗が出るんだよね?」

「うん、そうだよ。警察の包囲網もなんのそのなんだから。」

 シンが持ち出した話題にアヤが気さくに答える。

 この街にはある怪盗が世を騒がせていることで有名化している。警察も奮起しているが、怪盗の身軽な動きに手を焼いていた。

「この前、その怪盗に挑戦したのがいたんだっけ?」

「うん。かなりいい動きとすごい武器で追い詰めていったんだけど、結局服を破られちゃったの。まるで負けのさらし者みたいになっちゃって・・」

「だけど、警察でも捕まえられないでいるその怪盗を追い詰めたんだよね?すごいじゃないか。」

「今度また挑戦するのかな?ちょっと楽しみになってきちゃったかな・・」

 薄明かりと月明かりに照らされた部屋の中で、屈託のない会話をするシンとアヤ。2人はそれから体を寄せ合い、一緒の夜を過ごした。

 

 ここ最近、街ではある事件が騒がれていた。

 1週間の間に約20人もの美女が行方不明になっていた。警察は誘拐事件と見て警戒網を敷いていたが、犯人の手がかりも美女たちの行方も分からないままだった。

 女性たちも自分が次に誘拐されてしまうと不安になり、出歩くのを控える人も出てきていた。

 そんな中、アヤはアルバイト先の店の前でシンが迎えに来るのを待っていた。誘拐事件において不安を感じていると彼女が言うと、彼は店に迎えに行くと約束してくれたのだ。

 時計の針が6時を指そうとしていたときだった。シンがアヤを迎えに駆け込んできた。

「ゴメン、アヤちゃん!・・待ったかな・・?」

「ううん、少し前に終わったばかりだから。」

 シンが声をかけると、アヤが笑顔で答える。

「ここんところ、美女がさらわれる事件が続発してるからね。君までさらわれちゃったら、僕はホントに参っちゃうよ。」

「それはあたしも同じだよ。シンと離れ離れになっちゃうなんて耐えられないよ。」

 互いに不安と心配の声をかけるシンとアヤ。

「さて、そろそろ行かないと。あんまり遅くなっちゃうと、警察に補導されちゃうから。」

「そうだね。警察に捕まっちゃうのもあれだから、アハハハ・・」

 シンの呼びかけにアヤが笑顔を浮かべる。2人は急いで自宅に戻ることにした。

 帰路を進む中、シンとアヤは警官の姿を散見していた。誘拐事件の対応で警戒しているのだ。

「やっぱりすごい警備だね・・」

「うん・・これだけやんないと危険だってことなのかな・・」

 シンとアヤが不安を覚えて囁きかける。2人は進むに連れて、その警戒の少ないほうに踏み込んでいく。そこを通らなければ自宅につけないのだ。

「もう少しだよ、アヤちゃん。僕が君を守るからね。」

「ありがとうね、シン。でもあたしも守られてばかりじゃないからね。」

 意気込みを見せるシンと自分の心境を正直に告げるアヤ。

 そのとき、アヤは足元に霧が立ち込めてきたのを目撃する。その霧に対して彼女は疑問を覚える。

「ねぇ、この霧・・」

「えっ・・?」

 アヤが声を上げると、シンも疑問符を浮かべる。

「ヘンじゃない?・・こんな街中で霧なんて・・天気も全然いいのに・・・」

 アヤが不安を募らせると、シンは緊迫を覚えた。この近くに誘拐犯が潜んでいるのではないのだろうかと。

「逃げよう、アヤちゃん!」

 シンはアヤの手を取って、とっさに駆け出した。自宅に駆け込んでしまえばとりあえずは安心だと踏んだのだ。

 そして自宅に通じる路地を曲がったときだった。眼の前に黒い影が立ちはだかっており、シンたちは足を止める。

「いつの間に!?

「ま、まずい!」

 アヤとシンがたまらずその路地を直進する。影との距離を突き放しながら、2人は別の路地を曲がる。

 そして2人はすぐのビルに駆け込んだ。そこは廃屋であり、取り壊しのめども立たずに放置されている。

 そのビルを上に向かって駆け上がっていくシンとアヤ。2人はその最上階の奥の部屋にたどり着いた。

「ハァ・・ハァ・・ハァ・・・慌ててたけど、僕たちがここに入ったのは見られてないはずだよ・・多分・・・ハァ・・」

「・・とりあえず、ここまで来れば大丈夫のはずだよ・・・」

 絶え絶えになっている呼吸を整えながら、シンとアヤが安堵を浮かべる。

「とにかく、見計らって警察に知らせよう・・」

「そうだね。このままじゃいつ捕まっちゃうか分かんないよ・・」

 シンとアヤが深刻な面持ちで頷きあう。彼らは外の様子を伺い、安全になったのを見計らって飛び出そうと考えていた。

 そのとき、2人のいる部屋の中に白い霧が立ち込めてきた。取り囲むこの霧にシンとアヤが緊迫を覚える。

「ヒッヒッヒッヒ・・」

 その背後から不気味な声が響いてきた。シンとアヤが振り返ると、黒ずくめの男が笑みを浮かべてきていた。

「い、いつの間に!?・・そっちは外だよ・・!?

「信じられない・・ビルの外を上ってきたっていうの・・!?

 シンとアヤが驚愕の声を上げる。2人は男に追い込まれ、部屋の壁に追いやられる。

「どうしよう、シン・・このままじゃ・・・」

「こうなったら・・・アヤちゃんには指一本触れさせないぞ!この誘拐犯!」

 不安を浮かべるアヤを守ろうと、シンが躍起になる。だが向かってきた彼に、男が繰り出したと思われる一撃が叩き込まれた。

 痛烈な一撃を受けて、その場に倒れ込むシン。

「シン!」

 悲鳴を上げるアヤ。何とか立ち上がろうとするシンだが、体が言うことを聞かない。

「追いかけっこは終わりだ。私から逃げることはできんぞ。」

 男が不敵な笑みを浮かべて、アヤに迫る。その手が彼女の首をつかみ、そのまま持ち上げる。

「う・・うく・・く、苦しい・・・!」

 首を絞められる形となり、アヤが苦痛を覚えて顔を歪める。

「ア、アヤちゃん!」

 シンが力を振り絞って立ち上がろうとしながら、男に飛びかかる。男が笑みを消してシンに眼を向ける。

「うるさいハエめ。私に触るな。」

「僕だって触りたくないよ!でもこのままお前にアヤちゃんを連れて行かれるくらいなら!」

 鋭く言い放つ男に言い返すシン。だがシンは男にしがみつくのが精一杯だった。

「シン・・こ、このっ!」

 アヤも必死の思いで、男がつかんでいる手に噛み付いた。男が気を散漫にしている間に、アヤは男の手を払う。

 シンが何とか立ち上がり、アヤを抱えて部屋の隅に駆け込む。

「アヤちゃん、大丈夫!?

「シン・・うん、あたしは大丈夫・・」

「よかった・・・もう僕は君を放さない。さらわれるときも君と一緒だよ!」

 互いに呼びかけあうシンとアヤ。そのとき、そんな彼らを黒い何かが取り巻いてきた。

「キャッ!」

「うわっ!」

 体を締め上げられて悲鳴を上げるアヤとシン。2人を捕まえていたのは、伸びてきた男の髪だった。

「逃がさんと言ったはずだ。これで今度こそ終わりだ。」

 男が不敵な笑みを浮かべて、自分の眼前にシンとアヤを近づける。

「ぐっ!・・全然動けない・・!」

「こ、こんなの人間じゃないよ・・・!」

 男の不気味な力を目の当たりにしながら、シンとアヤがうめく。男の顔から笑みが消え、憤りが浮かび上がる。

「私に傷を付けるとは・・お前はもういらん!」

 低く鋭い声を発する男。周囲を取り巻く不気味さがさらに膨らんでいく。

 

     カッ

 

 そのとき、男の眼からまばゆいばかりの光が放たれた。

 

    ドクンッ

 

 その光を受けたシンとアヤが強い胸の高鳴りを覚える。眼を見開いている2人から、男の髪が離れる。

  ピキッ ピキッ ピキッ

 その直後、シンとアヤが来ていた上着が突如引き裂かれた。あらわになった上半身が、人の体と違う硬いものへと変わっており、ところどころにヒビが入っていた。

「何、コレ!?・・体が、動かない・・・!」

 体を思うように動かせなくなり、アヤが動揺を浮かべる。シンが恐る恐るアヤの体に眼を向け、彼女の背中に触れる。

「この感触・・石になってるよ・・・!」

「えっ!?

 シンの声にアヤも驚く。男の放った眼光を受けて、2人の体は石化を始めていた。

「私のコレクションに加わる資格もない!この廃墟で終わることのない時間を過ごすがいい!」

 男が2人に向けて鋭く言い放つ。

 男が美女を次々と誘拐していったのはこれだった。さらった女性に衣服を全て引き剥がす効果を備えた石化をかけ、全裸の石像に変えていたのだ。

  ピキッ ピキキッ

 シンとアヤにかけられた石化が進行し、ジーンズとスカートを引き裂いた。下半身もさらけ出し、2人はほとんど裸にされていた。

「イヤッ!・・もしかしてあたしたち、このまま丸裸にされちゃうの・・・!?

「それも全然動けず、その格好のままずっと・・・!?

 驚愕と恐怖を浮かべながら、裸の石像と化していくことに赤面するアヤとシン。

「ヒッヒッヒ・・美しいオブジェになれるのだ。感謝してほしいものだ。」

 不気味な笑みを浮かべる男。だがシンとアヤは男を気にする余裕はなかった。

「アヤちゃん、ゴメン・・君にこんな思いをさせちゃって・・」

「ううん・・あたしこそ、シンまで巻き込んじゃって・・」

 互いに自分を責めるシンとアヤ。2人はたまらず互いの体を強く抱きしめた。

「たとえどんなことがあったって、僕たちはずっと一緒だよ・・」

「そうだね、シン・・・」

 互いに向けての愛を確かめ合うシンとアヤ。2人は薄らいでいる意識の中、互いの唇を重ねた。

  ピキキッ パキッ

 石化がシンとアヤの手足の先まで及び、2人の抱擁は不変のものとなった。それでも2人は口づけをやめない。

  パキッ ピキッ

 その間に石化は2人の首元、髪、頬を固めていた。

「ヒッヒッヒッヒ、ヒッヒッヒッヒ・・」

  ピキッ パキッ

 不気味な哄笑を上げる男の前で、2人の唇が石化し、口付けさえも不変となる。互いの顔を見つめる2人の瞳が薄らいでいく。

    フッ

 その瞳さえもひび割れ、シンとアヤは完全に石化に包まれた。2人は一糸まとわぬ姿の石像と化した。

 男は2人を連れ去ることなく、体から発する白い霧に紛れて姿を消した。この廃屋の部屋には、全裸のまま微動だにしなくなった2人の男女だけが取り残されていた。

 

 その後、男は次々と美女を誘拐しては石化し、全裸の石像にしてコレクションしていった。

 街を騒がせている怪盗を追い詰めた美少女も、その誘拐犯を止めるべく勇敢に立ち向かったが、逆に捕まってしまい、顔を傷つけられて憤った男の眼光を受けてしまう。

 美少女の体が石化し、衣服と装備が崩壊して崩れ落ちていく。体の自由が利かなくなっていくことと裸にされていくことに毒づきながらも、彼女は男に発信機を付けることに成功する。

 だが全身に石化が及び、美少女も一糸まとわぬ石像にされて、街の真ん中に置き去りにされてしまった。

 警察も正義の味方さえも手が付けられないこの誘拐事件だが、忽然と終止符が打たれることとなる。

 とある実業家の邸宅から、さらわれた美女たちを発見した。その直前、彼女たちは男からかけられた石化を解かれ、解放されていた。だが同時に事件に関する記憶を消されていたため、なぜそこにいるのか、なぜ裸になっているのか分からなかった。

 置き去りにされていた美少女も同じく石化から解放されていたが、わけも分からず夜の街で凍えることとなった。そして彼女と同じく、焦りを覚える2人がいた。

 廃屋の最上階で数日間、男に裸の石像にされたままとなっていたシンとアヤ。だが美女たちとともに、2人も石から元に戻った。

「あれ・・僕は・・・?」

「あたしは・・・シン・・・?」

 何が起こったのか分からず、きょとんとするシンとアヤ。すると2人は自分たちが裸になっていることに気付き、赤面する。

「う、うわっ!な、何で!?

「あたしたち、裸!?・・しかもここ、家の近くのビルじゃない・・・!」

 たまらず互いを抱きしめあって激しく動揺する2人。事件の記憶を失っている2人は、なぜ自分たちがこの廃屋で全裸になっているのか分からなかった。

「それにしても・・これからどうしたらいいの・・・?」

「えっ!?

 アヤが口にした問いかけにシンはぎょっとなった。

 ここから自宅までは距離は離れていないが、いったんは通りに出なければならない。その間に誰かに見られたら、さらにとんでもないことになってしまう。

「でも、このままここにじっとしているのはもっとまずいよ・・」

「そうだね・・とにかくここを急いだほうがいいよね・・・」

 不安の言葉をかけて、アヤとシンが頷きあう。2人は急いでこの場を離れ、人目に付かないように細心の注意を払いながら、ようやく自宅に戻ることができた。

 自分たちの部屋に駆け込んだ途端、シンとアヤは勢い余って倒れ込む。アヤは仰向けになり、その上にシンが馬乗りになっていた。

 さらにその拍子でシンはアヤの胸に手を当てていた。2人ともその接触に動揺を浮かべていた。

「ゴ、ゴメン、そんなつもりじゃ・・!」

「う、ううん、シンなら別にあたしは・・それに・・」

 互いに弁解をするシンとアヤ。アヤが頬を赤らめながら微笑みかける。

「いつの間にか裸になってたからね・・今さら、なんて思っちゃうよ・・・」

「そうだね・・・それにしても、どうしてあんなところで裸になってたんだろ、僕たち・・・?」

 互いの愛を確かめ合いながら、アヤとシンは自分たちの身に起きた謎を気にしていた。しかしそのときの記憶のない彼らは、この答えを知ることはなかった。

「シン・・これからも一緒に頑張っていこうね・・・」

「アヤちゃん・・・うん。そうだね・・・」

 アヤに囁かれて、シンは微笑んで頷いた。愛に満ちた2人に、この謎も些細なことでしかなかった。

 

 誘拐犯によって石化され、人気のない廃屋に置き去りにされていたシンとアヤ。だが2人が石になっている間、全裸の石像が街中にて発見されたというニュースはなかった。

 人気のない廃屋にて石化されたことが不幸中の幸いだった。誰にも発見されることなく、2人は石化から解放されたのだった。

 多くの謎に包まれた今回の美女誘拐事件。その真相を知る者は、一部の人物しかいなかった。

 

 

短編集に戻る

 

TOPに戻る

 

inserted by FC2 system