ウィッチブレイド -Shadow Gazer-

第23話「滅」

 

 

 突然意識を失った葉月は、影路、シエル、きぬの介抱によって、ベットで横になっていた。彼らが深刻さを隠せないでいるところへ、シエルから連絡を受けて、ルイとデュールがやってきた。

「葉月ちゃん・・・どうしたの、シエルちゃん・・・!?

 ルイも深刻さをあらわにして、シエルに訊ねる。

「突然倒れて・・・その直前に食事を取っていたのですけど、カレーの味が分からなくなったといって・・」

「味が分からない・・・これって・・死が近づいてるってことじゃ・・」

 シエルの説明を聞いて、ルイが不安の言葉を口にする。するときぬが怒ってルイに言い放つ。

「バカなこというなよ!葉月が死んじまうことなんて、あるはずねぇだろ!」

「味が分からないだけじゃない・・感覚そのものがおかしくなっちゃってるのよ・・・」

 その怒鳴り声に、ルイは歯がゆさを押し殺して答える。

「これも、シャドウブレイドの影響なのでしょうか・・・?」

 シエルの心配に、ルイは小さく頷いた。

「ブレイドは力と戦いの喜びを与える代わりに、その人の体に大きな負担をかける。その死が今、葉月ちゃんに押し寄せてる・・フェイツからブレイドリムーバーを取り戻したけど、破損してすぐには使えない状態なんだ・・」

「そんな・・・それじゃ、葉月は助からねぇっていうのかよ・・・!?

 きぬが悲痛さをあらわにしてルイに詰め寄る。しかしルイは沈痛の面持ちを浮かべるしかなかった。

「このまま戦わない。ブレイドを絶対に起動させないこと・・それが、葉月ちゃんを長生きさせる1番の方法だよ・・・」

「くそっ!・・葉月が、そんな・・・!」

 死から逃れられない葉月の宿命に憤りを抑えきれず、拳を壁に叩きつける影路。彼は眼から悲痛の涙があふれそうになるのを必死にこらえていた。

「ワリィけど、2人きりにさせてくれねぇか・・コイツの面倒はオレが見てる・・・」

 眠りについている葉月を見つめて、影路が言いかける。

「心配すんなって。何かあったらすぐに呼ぶからよ。」

 影路が真剣に言いかけると、ルイはその心境を察して小さく頷いた。

「さーて、私たちはとりあえず退散、退散。2人は見せ物じゃないんだからね。」

「おい、何だよ、いきなり!?僕にも看病させろよ!」

 ルイがシエル、きぬ、デュールを部屋から出そうとすると、きぬが不満の声を上げる。だがそこへシエルに制される。

「さて、食事の途中でしたね。また温めなおさないといけませんね。」

「お、カレーね。いいじゃないの。私も今夜はカレーにしちゃおうかな。」

 微笑むシエルにルイが気さくな笑みを見せる。4人はひとまずこの部屋を後にする。

「影路さん、あとでお二人の分も持って行きますね。」

「あぁ・・すまねぇ・・・」

 部屋を出る直前にデュールが言いかけると、影路は葉月に眼を向けたまま答えた。

 

 しばらく時間がたったところで、葉月は眼を覚ました。彼女が視線を移すと、影路が安堵の吐息をついていた。

「やっとお目覚めかよ。ったく。食事の途中でいきなりブッ倒れやがって。」

「影路・・私・・・?」

 悪ぶった態度を見せる影路に、葉月がきょとんとなる。

「お前のためにルイやデュールまで来たんだぞ。マジではた迷惑なことだぜ、全く。」

「・・そうか・・・もしかしたら、もう私、終わりかもしれないね・・・」

 物悲しい笑みを浮かべる葉月に、影路が眉をひそめる。

「影路、ずっと言おうとしてたことなんだけど・・実は私・・・」

「言うな。どうせもうすぐ死んじまうなんて、くだらねぇこと言おうとしてるんだろ?」

 言いかけたところで影路に言いとがめられて、葉月が戸惑いを見せる。

「知っていたの・・・?」

「直接は知らなかった。けど、気付いてはいた。おめぇ、すぐに顔に出るからな。」

 憮然とした態度を見せる影路だが、葉月は安堵を込めた微笑みを浮かべた。

「何だか嬉しくなっちゃうかも・・影路とここまで通じ合えるなんて・・・」

「それに比べて、おめぇは鈍いよな。オレのことはあんまり分かってねぇんだからな。」

 ため息をつくも、影路は深刻な面持ちを浮かべて続ける。

「葉月、驚かねぇで聞いてくれ・・オレの体も、ボロボロになっちまってるんだ・・・」

「えっ・・・!?

 影路が告げた言葉の意味が飲み込めず、葉月は当惑する。

「オレはフェイツの改造人間。ヴォルドーと同じように、戦うことを生きがいとしている連中の1人・・らしいぜ。」

 言いかけて突然笑みを見せる影路に、葉月が当惑を見せる。

「オレはフェイツの一員だともシャドウとかいうワケの分かんねぇヤツとも思っちゃいねぇ。オレは雨宮影路。それだけなんだよ。」

「影路・・・」

 影路の言葉に、葉月は安堵を感じていた。その直後、影路は笑みを消して深刻な面持ちを見せる。

「けど、このままじゃ助からねぇっていうなら、このまま無視するわけにもいかねぇ。どっちみち、アイツのとこに行く必要があるな。」

「・・・どうして、そんなに明るいの・・・?」

 影路の振る舞いに対して、葉月が深刻な面持ちを浮かべる。

「もうすぐ死んじゃうんだよ、私たち・・・逆らうこともできず、運命に振り回されて死んじゃうんだよ・・・」

「いうな、葉月・・・」

「私はあなたのように開き直れない!私は生きたい!この楽しい生活を放り出して、死にたくはない!」

「オレだって死にたくねぇよ!」

 互いに悲痛の叫びを上げる葉月と影路。2人は互いを強く抱きしめ合っていた。

「生きるんだよ・・・生きる希望がないとしても、生き抜いてやるんだよ・・このままお陀仏なんて真っ平ゴメンだ!」

「影路・・・私も生きていない・・・でも、味が分からない・・あたたかいのも、冷たいのも分からない・・・」

 次第に失われていく自分の感覚に、葉月は死の恐怖を感じていた。このままでは自分が自分でなくなってしまう。彼女はそんな不安も感じるようになっていた。

 すると影路が葉月を強く抱きしめてきた。あまりに強い抱擁のため、葉月が顔を歪める。

「い、痛い・・痛いよ、影路・・・!」

「葉月、オレはここだ・・たとえ感覚がなくても、これだけそばにいれば、オレがここにいるのが分かるだろ・・・」

 影路の振り絞るような呼びかけに、葉月は戸惑いを覚える。そして彼女は真剣な面持を見せている彼を眼にして、動揺の色を隠せなくなる。

「お前は生きてる・・こうして、オレと一緒に生きてるんだぞ・・・」

「影路・・・うん・・そうだね・・ちゃんと生きてる・・私も、あなたも・・・」

 言いかける影路と葉月が、互いの唇を重ねる。2人は抱擁の中で互いの気持ちを確かめ合い、ベットに横たわった。

 

 それから、葉月と影路は衣服を全て脱いで、肌と肌の触れ合いをしていた。それは2人にとっては、生きていることを確かめることでもあった。

 影路が葉月の胸を優しく撫でる。かすかに感じる触感に、葉月が快感を覚える。

「ほんの少しだけど、感じる・・・影路が触れてきているのが・・・」

 葉月が込み上げてくる快楽に弱々しく吐息をもらす。影路がさらに寄り添い、彼女の胸を揉み解していく。

「葉月、感じるだろ・・こうして何かを感じていられる・・その感じを理解できるなら、お前はまだ生きてるんだ・・・」

「影路・・うん、感じる・・・影路の気持ちが、私の中に入り込んできてる・・・」

 影路の呼びかけに、葉月が微笑んで頷く。そして影路が葉月に顔を近づけ、2人は唇を重ねた。

 葉月も影路も心地よさを感じて快楽に心身を沈めていく。

 唇を離したところで、葉月と影路が互いを見つめあい、頬を赤らめる。

「影路、もっと踏み込んできていいよ・・・私も、影路やみんなと一緒に生きたいから・・・」

「葉月・・・」

 全てを委ねようとする葉月に、影路は一瞬戸惑いを見せる。だが彼女の気持ちを汲んで、彼は両手を広げた彼女の胸に顔をうずめる。

「葉月・・オレ・・こんなにも、お前のことを求めていたのか・・・」

「そうだね・・・影路が、私の中に入り込んできている・・・」

 呟きかける影路。弱々しく吐息をもらす葉月。

「こうして葉月に触れていると、オレの中のイヤなものが薄まっていく気がする・・・」

「私もだよ、影路・・・影路が、私に安らぎを与えてくれる・・・」

 互いの呟きかけると、影路がさらに葉月の胸を揉み解していく。あえぎ声を上げる葉月は、シャドウブレイドを使用としているときに似た解放感を感じていた。

「影路、ダメ・・我慢できないよ・・・」

「我慢しなくていい・・今なら、ここなら我慢することはねぇ・・・」

 声を荒げる葉月に、影路は振り絞るように声をかける。押し寄せる快感に耐え切れなくなり、彼女の秘所から愛液があふれ出てくる。

 全ての束縛から解放された感覚を覚えて、葉月が吐息をもらす。

「お願い・・吸って・・・私の気持ちを、吸い取って・・・」

 弱々しく言いかける葉月。その言葉に促されて、影路は彼女の下腹部に顔を近づけた。

「あ・・ぁぁぁ・・・」

 影路に秘所を舐められて、葉月があえぎ声を上げる。さらに快楽を覚えた彼女の秘所からさらに愛液があふれ、影路の顔にかかる。

 それでも影路は構わずに葉月の秘所を舐め続ける。彼自身も葉月に対する欲情と快楽を感じていた。

「ぁはぁ・・・影路・・ありがとう・・・」

「葉月・・感じてるだろ・・・これが、生きてるってことなんだよ・・・」

「生きてる・・・私、生きてていいんだよね・・・」

「何言ってやがる・・いいんだよ、生きてて・・ここまで辛い思いをしているお前を死んでいいなんていうヤツは、オレが許さねぇ・・・」

 葉月に答えて、影路は体を起こして彼女に再び寄り添う。2人は互いを抱きしめ合い、唇を重ねる。

 唇の重なりの中で、2人の舌が絡みつく。快感が、恍惚が、生の輝きが、2人の心身を駆け巡っていた。

 

 肌の触れ合いの中で「生」を確かめ合った葉月と影路。ベットの中で、2人は体を寄せ合って横たわっていた。

 解放感を実感した2人は、心身ともに疲れ果てていた。

「すっかり無茶苦茶になっちゃったね・・」

「そうだな・・もうやるとこまでやっちまったって感じだな・・・」

 葉月が微笑んで呟きかけると、影路が苦笑を浮かべて答える。そして影路はふと、葉月に問いかけた。

「そういえば、ブレイドを使うと、戦いの中で気分がよくなったりするんだろ・・それって、今とどう違うんだ?」

 その唐突な問いかけに葉月は少し戸惑った。だがすぐに微笑んで答える。

「あまり変わらないよ・・ブレイドで戦ってるときも、影路に触れられてるときも、体の中を刺激が駆け抜けていって、とても気持ちよかった・・・」

「そうか・・そんなもんなのか・・・」

 葉月の答えを聞いて、影路は再び苦笑を浮かべた。

「いや、ちょっと気になったもんだから・・・」

「・・ううん、分かるよ・・ブレイドは女性にしか使えないのがほとんどみたいだから・・・」

 影路の言葉に、葉月は微笑んで答える。

「ブレイドは戦いの中で、身に付けている人の命を燃やして、力を最大限に引き出してる。それが刺激、快感となって喜びを与えている。それは、人が肌に触れ合うことと同じかもしれない・・・」

「じゃ、オレはおめぇの“ブレイド”になれたのか・・・?」

 影路の言葉に葉月は微笑むだけで答えなかった。だが彼女の心境を察して、影路も微笑んだ。

「葉月、オレはヴォルドーのところに行く・・もちろんアイツの仲間になるためじゃなく、アイツとの戦いにケリをつけるためにな。」

「うん・・私もヴォルドーのところに行く・・死ぬためじゃなくて、生きるために・・・」

 影路と葉月が互いに決意を告げる。そしてその決意と想いを確かめるため、2人は体を寄せ合った。

「私は死なない・・死にたくない・・ヴォルドーなんかにも、ブレイドにも・・・」

「そうだな・・このままお陀仏になってたまるかよ・・・絶対に勝って、絶対に帰るんだ、ここに・・・!」

 決意と生への執着を告げて、葉月と影路は互いを強く抱きしめあった。

 

 その翌朝。日が昇り始めようとしているときだった。

 眼を覚ましていた葉月と影路が、店の前に立っていた。2人はこれから踏み入れようとしている最後の戦いに向けて、気持ちを整理していた。

「これが最後の勝負だな・・」

「うん・・全部終わらせないとね、影路・・」

 影路と葉月が言いかけて、「シエル」に眼を向ける。この店が2人の在るべき場所、帰るべき家となったのだ。

「ケリつけて帰るぞ、葉月・・あんまりあのガキの文句を言われるのは我慢なんねぇからな。」

「もう、影路ったら・・」

 影路の憮然とした態度に葉月が苦笑いする。

「悪いけど、アンタら2人を行かせるわけにはいかないよ。」

 そのとき、そんな2人に向けてかかってきた声。2人が振り返った先には、ルイの姿があった。

「ルイさん・・・」

「いよう。やる気になってるとこ悪いけど・・アンタらをフェイツに行かせるわけにはいかないよ。」

 戸惑う葉月に気さくさを見せたルイが、真剣な表情を見せて言いとがめる。

「葉月ちゃんも影路くんも、もうこれ以上ムチャできる状態じゃない。次に戦ったら、確実に死ぬことになるよ。」

「分かっています。」

 警告を送るルイだが、葉月は動揺の色を一切見せずに答える。

「でも、私たちはやらなくてはならないことがあります。そして私たちは、必ず生きてここに帰ります・・必ず!」

「そんな確証はどこにあるのよ!アンタらの状態はたくさんの精密検査で出た結果、かなり危険なのよ!そんなアンタらを、黙って行かせるわけにはいかないね!」

 決意を告げる葉月だが、ルイは全く引き下がらない。普段の気さくさは、今のルイにはまるで感じられない。

「私はアンタらに死んでほしくない・・だからアンタらを行かせない・・噛み付いてでも引き止めるから・・・!」

 ルイが両手を広げて、葉月と影路が進むのを阻止する。2人を死なせるくらいなら、ここで2人に殺されることも覚悟する。彼女はそう思っていた。

 だが葉月も影路も思いとどまらず、逆にルイに殺意を向けていた。その眼光を目の当たりにして、ルイは覚悟を揺さぶられてしまう。

「ゴメンなさい、ルイさん・・・でも私たち、どうしても行かなくちゃいけないんです・・・!」

「ダメ・・お願い・・・みんなのことを想ってるならさ・・行かないでよ・・・」

 言いかける葉月を、声を振り絞って必死に呼び止めようとするルイ。だが葉月も影路も、ルイの横をすり抜けていってしまった。

「ゴメンなさい、ルイさん・・・ゴメンなさい・・・」

 すれ違い様に、葉月がルイに謝罪する。その眼から涙があふれてきていたことを、ルイは目撃していた。

 だがルイは歩き出していった葉月と影路に振り返ることができず、それを確認することができなかった。

(ゴメン、シエルちゃん、鷹さん・・私、止められなかったよ・・・今のあの2人を、止められるはすがないじゃない・・・!)

 胸中で謝罪の言葉を繰り返すルイは、しばらくその場を動くことができなかった。

 

 暗雲の中に潜むフェイツの浮遊艇。確認することができないはずの船を、葉月も影路も確認していた。

「あの船の中にフェイツが、ヴォルドーがいるんだね・・」

「あぁ。きっとヴォルドーのヤツ、オレたちが来てることに気付いてんだろうな。」

 葉月が言いかけると、影路が憮然とした態度で答える。

「それで、どうやって中に入るつもりなんだ?オレも入ったことがあるって言っても、連れてこられたっていうのが正解なんだけどな。」

「そんなの決まってるよ・・・」

 影路が問いかけると、葉月は笑みをこぼしていた。彼女の右腕に付けられている腕輪の宝玉が紅く光りだす。

「もう私に迷いはない・・どんなものにも逆らい続ける・・この力にも、死にも!」

 いきり立った葉月の体を、起動した腕輪が変化した漆黒の鎧に包まれる。シャドウブレイドを発動させた彼女が、妖しい笑みを浮かべる。

「影路、あたしにつかまって。あそこまで一気に跳ぶから。」

「おい、大丈夫なのか?オレにつかまられて・・」

 葉月が呼びかけるが、影路はため息混じりに答える。

「あたしを気持ちよくさせといて、こんなことで恥ずかしがることなんてないんじゃないの?」

「分かったよ。後で文句とか言うなよ。」

 影路は憮然とした態度を見せて、葉月を背後からしがみついた。

「それじゃ、振り落とされないでよね!」

「お、おわっ!」

 葉月は言い放つと、影路を連れて、フェイツの浮遊艇に向かって飛び上がった。

(これがあたしの・・あたしたちの・・最後の大勝負よ、ヴォルドー!)

 

 

次回

最終話「心」

 

葉月・・ありがとな・・・

 

私も、感謝しているよ・・影路・・・

 

 

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