ウィッチブレイド -Shadow Gazer-
最終話「心」
フェイツの浮遊艇にて、影路が訪れるのを待っていたヴォルドー。そして影路と葉月が侵入したことに気付き、大広間の中央にいた彼は扉に振り返る。
「ついに来たか、シャドウ・・だがもう1人、シャドウゲイザーと一緒だな・・」
影路の登場に笑みをこぼすも、葉月との同行に眉をひそめるヴォルドー。
「手土産を持ってきたのか・・それとも・・・」
憶測を立てるヴォルドーの眼つきが鋭くなっていく。出方次第では瞬殺もやむを得ない。彼はそう目論んでいた。
そして彼の見つめる先の扉がゆっくりと開かれる。彼は右手をかざして、攻撃の準備を整えていた。
だが扉の先から飛び込んできたのは、鋭い刃だった。ヴォルドーは右手から衝撃波を放つも、力を相殺されて後方に押される。
平然と踏みとどまるヴォルドーの視線の先に、葉月と影路が姿を見せてきた。葉月は刃を出している右手を掲げて、妖しく微笑んでいた。
「もしや、それがお前たちの答えということか?」
ヴォルドーが不敵な笑みを浮かべて、葉月と影路を見据える。
「分かっているはずだ。お前たちの体は限界に達していると。」
「分かってるさ。オレも葉月も、そのことを先刻承知でここに来てんだよ。」
忠告を送るヴォルドーに、影路が憮然とした態度で答える。
「シャドウ、お前は度重なる戦闘で、肉体の状態が減退している。咲野葉月、お前はシャドウブレイドの多用で、後わずかで死に行き着くことになる。」
「だから分かってることを、いちいち説明してんじゃねぇよ・・・!」
忠告を続けるヴォルドーに、影路が鋭い視線を向ける。
「ではこれだけは言っておこう。我々フェイツなら、お前たちの肉体を治癒することができる。死から逃れることができるのだ。」
「その代わり、お前の仲間になれってんだろ?そんなのゴメンだな。」
「そうね。アンタの言いなりになってたんじゃ、いろいろと楽しめなくなっちゃうしね。」
ヴォルドーの言葉に対し、影路だけでなく、葉月も妖しく微笑んで反論する。
「では我々との協定よりも、運命ともいえる死を選ぶというのか?」
「死?それも冗談じゃないわね。あたしには帰る場所がある。帰りを待っててくれてる人がいる。」
ヴォルドーの言葉に反発して、葉月が刃の切っ先を彼に向ける。
「だからアンタと組むのも死ぬのもゴメンなのよ!」
葉月は言い放つと、不敵な笑みを崩さないでいるヴォルドーに向かって飛びかかった。
葉月と影路を止められず、ルイは自分の無力さを責めながら「シエル」へと入った。そこで彼女は、沈痛の面持ちを浮かべてシエルときぬが立っていたのを目の当たりにする。
「シエルちゃん、カニちゃん・・・ゴメン・・私、あの2人を止められなかった・・・」
ルイが沈痛の面持ちを浮かべて、シエルときぬに言いかける。するときぬが悲痛さを強めてルイに言い放つ。
「どうして・・・どうして葉月と影路を止めなかったんだよ・・・!」
「カニちゃん・・・」
「2人がもう死にかけだってこと分かってるんだろ・・・だったら無理矢理にでも止めろよ!何であのまま行かせちまったんだよ!」
きぬがルイに詰め寄って責める。きぬの眼から大粒の涙が零れ落ちてきていた。
「止めろよ・・止めろってば!」
「私だって止めたかった!たとえ殺されても、2人を無理矢理にでも引き止めたかった!・・でも、たとえ私が死んでも、2人はもう止まらない・・2人の決意はそれだけ強かったのよ・・・!」
涙ながらに訴えるきぬに、ルイがついに悲痛さを込めて反論した。その言葉と態度にきぬが困惑を覚える。
「もう誰にも、2人を止められない・・私たちができるのは、あの2人が無事に、ここに戻ってくることを信じてやるだけ・・・」
「ルイの姉ちゃん・・・シエルの姉ちゃん・・・」
きぬが涙を流しながら、シエルに振り向く。シエルの眼にも涙が浮かび上がっていた。
「2人を信じましょう、カニちゃん・・葉月さんと影路さんは、必ずここに帰り、私の作ったカレーを食べてくれますよ。」
辛い心境に陥りながらも、ルイときぬに笑顔を見せるシエル。
「・・そうね・・ここまで来たら、もう信じるしかないよね・・・」
ルイも気さくな笑みを取り戻して頷いた。
凛との戦いで負傷した魅兎は、アークレイヴの医療班による治療と介抱を受け、何とか動けるまでに回復していた。そんな彼女は、ルイからの連絡を受けていた。
「すみません、ルイさん・・心配をかけてしまって・・」
“いいよ、気にしないで。魅兎ちゃんも必死になって頑張ったんだから・・”
謝罪する魅兎の耳に、ルイの気さくな声が響いてくる。
“むしろ謝るのは私のほうだよ。私にもっと力があったら・・魅兎ちゃんの力になれたし、葉月ちゃんと影路くんを止められたし・・・”
「ルイさんも謝らないでください・・ルイさんが躍起になってくれなかったら、私たちも戦えなかったですし・・・」
“魅兎ちゃん・・・ありがとうね。しばらくはじっくり体を休むように。デュールくん、魅兎ちゃんがムチャしないように、ちゃんと見張っててよ。”
「もう、ルイさんったら。アハハハ・・」
電話の受話器からルイの声がもれ、それを聞いたデュールが苦笑いを浮かべる。
“それじゃ、いったん切るね。くれぐれも安静にしているように、有坂魅兎くん。”
屈託のない会話を交わすと、ルイは電話を切った。苦笑を浮かべてから、魅兎も電話の受話器を置いた。
「葉月さんと影路さん、フェイツに行ったようです・・」
魅兎が物悲しい笑みを浮かべて言いかけるが、デュールは動揺を見せなかった。
「死ぬことを承知で向かったのでしょうね・・・私たちにはもう、信じるしかないということですね・・・」
デュールの言葉を聞いて、魅兎は頷く。2人も葉月と影路の無事帰還を信じることにした。
フェイツの浮遊艇の大広間にて、ヴォルドーと交戦する葉月。ヴォルドーを追い込んでいる手ごたえをつかんでいないにもかかわらず、彼女は戦いの喜びを感じて笑みをこぼしていた。
「やはりシャドウゲイザー・・いや、ブレイドの力を行使する者というべきか。望まずとも戦いの歓喜と恍惚を堪能している・・我々のように・・」
ヴォルドーは葉月が振り下ろしてくる刃を受け止めながら、不敵な笑みをこぼす。
「だから、私も影路もアンタとは違うって。戦いでしか喜びを感じられないアンタとは。」
葉月も笑みを消さずに刃を振りかざし、ヴォルドーを突き飛ばす。しかしヴォルドーは、全く追い込まれている気配が感じられない。
「あたしは帰る。みんなの待っている家に・・」
「戯言を。お前たちの帰るべき場所はここしかない。我が同胞となるなら、風前の灯となっているその命、私が救ってやろう。」
真剣な面持ちを見せる葉月を、ヴォルドーがあざ笑う。
「何度も言わせるなよ。オレたちはテメェの仲間になるつもりはねぇ。テメェの仲間になるくらいなら、死んだほうがマシだ!」
そこへ影路が言い放ち、ヴォルドーに向けて発砲する。強烈な勢いで放たれた弾丸を、ヴォルドーは右腕を変質、硬質化させて受け止める。
不敵な笑みを保って平然としているヴォルドーに、影路は驚愕を覚える。
「その銃は生身の人間では扱える代物ではない。だがそれでも、真正面から撃たれて対処できないことはない。」
「この弾を受けて、右腕が傷つくだけかよ・・・バケモノが・・・!」
脅威的な身体能力を見せるヴォルドーに、影路が毒づく。
「バケモノ?ならばお前もそんなバケモノと同類ということになるな。シャドウゲイザー、咲野葉月も。」
「どこまで勝手なことぬかすつもりだ!オレも葉月もテメェとは違う!テメェをブッ倒せば、人間としての暮らしが待ってんだ!」
「人間としての?滑稽だな。人間は弱く愚かな存在。力を得ることのできない哀れな存在だ。だが我々は違う。戦いの日々に身を置き、力を掌握することを許された存在へと昇華している。」
影路の思いをあざ笑うヴォルドー。すると今度は葉月がヴォルドーをあざ笑う。
「力、力って。力に振り回されてるアンタのほうがよっぽど弱いわね。」
「フフフフ。その言い回しでは、お前も弱いということになるぞ。シャドウブレイドを制御できず、心の奥底の戦いに対する渇望と恍惚に支配されているではないか。」
「そう。あたしは弱い。弱いから戦うことを喜んでいる。でもね、そんなあたしにも、あたしをあたしとしている確かなものがある。」
哄笑を上げるヴォルドーを前にして、葉月は切実な心境で答える。
「あたしは帰る・・シエルさんやカニちゃん、ルイさん、デュールくん、魅兎ちゃん、みんなのところに・・影路と一緒に!」
葉月はヴォルドーに飛びかかり、刃を振り下ろす。ヴォルドーは右腕を刃に変えて、その一閃を受け止める。
「あくまで己の意思のままに戦うというのか・・人として、人間として・・・ならばもはやご託を並べるのはよそう。理屈をこねるのもよそう・・」
ヴォルドーは刃を振り抜き、葉月が後退して着地する。
「もはやお前たちが我が同胞に戻るつもりが一片でもないというのなら、私はお前たちを敵として葬り去る。私の持てる全てをもって、徹底的に!」
ヴォルドーが眼を見開いて、葉月に向かって飛びかかる。彼から放たれた覇気は、まさに戦いを望み、戦いに明け暮れる者の象徴だった。
強烈な一閃が、葉月の刃を叩き折る。その光景に彼女だけでなく、影路も驚愕する。
ヴォルドーが葉月に向けて追撃を繰り出す。だがそれは刃ではなく、一蹴だった。蹴り飛ばされた葉月が横転する。
刃を折られた葉月を見下ろして、ヴォルドーが不敵な笑みを見せる。
「さぁ、次を見せろ。シャドウブレイドの力はまだ消えてはいないだろう。」
ヴォルドーの言葉を受けて、葉月が右腕に眼を向ける。シャドウブレイドの宝玉は光を失っていなかった。
「言われなくても見せてやるわよ・・この力に負けず、あたしは生きて帰ってやる・・・!」
葉月が眼を見開いた瞬間、ブレイドが輝きを増す。彼女を待とう鎧と髪が変化し、白髪と白銀の鎧へと変貌する。
バージョンアップを果たした葉月の姿を目の当たりにして、ヴォルドーが笑みを強める。
「そうだ。戦いとは力が強ければ強いほど、その喜びも高まるもの。最高の力のお前を粉砕したとき、その恍惚は実にたまらない!」
ヴォルドーが再び葉月に向かって飛びかかる。だが彼が振り下ろした刃は、葉月が掲げた刃に受け止められる。
ヴォルドーは左腕を変化させて振りかざすが、葉月も左手から刃を突き出してこれも受け止める。
「今のあたしに同じ手は通じないわよ。」
「そうか。それは失礼なことをしたな。」
互いに笑みを見せ合う葉月とヴォルドー。2人の体から同時に、無数の針が飛び出し、全てが相殺される。
「さぁ、内に秘めた全てを解き放て。闘争本能の赴くまま、その力を私に向けて解放するのだ。」
「あたしはアンタのような戦士でも殺人鬼でもない・・ただの、人間よ!」
葉月がヴォルドーに反論し、左腕の刃の切っ先を彼に向ける。
「あたしには、あたしを支えてくれる人たちがいる・・戦いと力しか求めていないアンタなんかに、絶対負けない!」
「ほざくな、小娘。弱さの言い訳を口にするくらいなら、いっそのこと、私の手にかかり、華々しく散るがいい。」
葉月の言葉を一蹴し、ヴォルドーが飛びかかる。そのとき、強烈な衝撃が右肩を襲い、ヴォルドーが足を止める。
影路が銃の引き金を引き、ヴォルドーの右肩を撃ち抜いていた。ヴォルドーの中に、わずかながら動揺が走っていた。
「お前も手段を選ばなくなったな。だが私にはむしろ至福の心地だ。」
ヴォルドーが影路に向けて眼を見開いた瞬間だった。
ヴォルドーの懐に葉月が飛び込んできていた。彼女が突き出した刃は、彼の腹部に突き刺さり体を貫いていた。
「油断したらダメじゃないの・・だから言ったでしょ?あたしを支えてくれる人たちがいるって・・」
葉月が低く言いかけると、刃をヴォルドーから引き抜く。ヴォルドーの体が力なく倒れる。
刀身に血のついた刃を下ろして、葉月がヴォルドーを見下ろす。そこへ影路が歩み寄り、彼女が振り向く。
「やったのか・・・?」
「多分・・・何だか、あまりにあっさり終わりすぎて、腑に落ちないっていうか・・・」
影路が訊ねると、葉月が不満げに答える。
「まだブレイドで戦い足りねぇってのか?ホントは戦いなんて望んでねぇってのに・・」
「ホント・・自分でもおかしく感じてる・・これがブレイドなのね・・・でも今は・・」
影路の愚痴に答えて、葉月が突然微笑みかける。そして彼女は彼に顔を近づけた。
「影路やみんなと一緒にいたい・・・」
「・・オレもだ・・葉月・・・」
互いに想いを告げる葉月と影路。
そのとき、2人は体に何かが貫通したような感覚を覚える。葉月と影路が視線を下に向けると、一条の刃が体を貫いていた。
「なっ・・・!?」
「何だよ、こりゃ・・・テ、テメェ・・・!?」
驚愕の声を上げる葉月と影路。影路が視線を移した先には、不敵な笑みを浮かべたヴォルドーの姿があった。
「ヴォルドー・・・!?」
「油断するとは、実に滑稽だな。これでお前たちは致命的な攻撃を受けた。」
眼を見開く影路に、ヴォルドーが淡々と言いかける。
「私は闘いの中に身を置く者だ。この体も、それにふさわしいものへと施しを受けている。心臓が無傷ならば、私の命も力も無尽蔵なのだよ。」
「だから、心臓が無事だったから、他の急所を突かれても・・・!」
「そうだ。あそこから私にとどめを刺しておけば、こんなことにならなかったものを。」
葉月がうめくように言いかけると、ヴォルドーが眼を見開く。すると影路が突然笑みをこぼしてきた。
「何がおかしい?絶望的になって気でも触れたか?」
影路の態度をあざ笑うヴォルドー。
「心臓が無傷なら不死身なんだろ?・・だったらよ!」
影路が言い放つと、手にしていた銃をヴォルドーの胸元に突きつけた。その一瞬に、ヴォルドーが驚愕を覚えて眼を見開く。
「心臓を撃ち抜きゃ、テメェは終わりなんだよ!」
影路は怒号とともに、銃から弾丸を放つ。強烈な発砲をゼロ距離で食らい、ヴォルドーの体に穴が開く。
ヴォルドーの体から鮮血が飛び散り、口から吐血があふれ出す。彼が後退することで、葉月と影路から刃が引き抜かれる。
「アンタも人のこと言えないじゃないの・・こういうのを墓穴を彫るっていうのよ!」
葉月がヴォルドーに叫ぶと、力を振り絞って刃を振りかざす。その刀身がヴォルドーの体を貫く。
この攻撃に激痛を覚え、うめくヴォルドー。葉月はそこから刃を振り上げ、ヴォルドーの上半身を真っ二つに両断する。
ヴォルドーから飛び散った鮮血が、葉月と影路の体をぬらす。致命的な状態であるにもかかわらず、ヴォルドーが哄笑を上げる。
「私をこれほどの高みへと昇らせたお前たちの力、まさに光栄の極みだ・・だがそのお前たちの命は風前の灯・・私と同じ末路は避けられない・・・」
ヴォルドーが葉月と影路に言いかけた直後、絶命して体が崩壊を引き起こす。ブレイド装着者のように、肉体が結晶の粉になって崩れ去る。
ついにフェイツの統率者、ヴォルドーを倒した葉月と影路。だが2人は喜びを感じてはいなかった。
2人ともヴォルドーによって致命傷を負わされていた。その苦痛にさいなまれて、葉月も影路も立ち上がることすらできなくなっていた。
「影路・・私・・・」
「葉月・・・」
苦痛に顔を歪めながら、葉月と影路が寄り添いあう。力を失っていく影路の手から銃が落ちる。
「やっと・・やっと終わったっていうのに・・全然、力が入らねぇ・・体が、言うことを聞かねぇ・・・」
「これで、シエルさんやカニちゃん、ルイさんたちのところに帰れるはずなのに・・また楽しい時間を過ごせるはずなのに・・・」
影路と葉月が悲痛さを噛み締める。2人の体は彼らの意思に反して自由が利かなくなっていた。
「・・イヤ・・・帰りたい・・みんなのところに帰りたい・・・」
葉月の眼から大粒の涙が零れ落ちる。
「イヤッ!帰りたい!死にたくないよ!」
悲しみをこらえきれず、葉月が影路を抱きしめる。影路も葉月の体を抱きとめ、運命の非情さを歯がゆく感じた。
「オレだって死にたくねぇ・・死にたくねぇよ・・・!」
影路も悲痛の叫びを上げる。そして葉月と影路は互いの顔を見つめあい、顔を近づける。
そして2人の唇が重なり合う。2人の体と心を、これまでにない恍惚と快楽が駆け巡っていた。
(いろいろ、ありがとな・・葉月・・・)
(私も、とても感謝している・・・ありがとう・・影路・・・)
口付けを交わしながら、互いの想いを交錯させる影路と葉月。2人の体から徐々に色が消えていく。
生気が消失しているのを示すかのように、2人の体が色を失い、結晶の像へと変わり果てていった。
その2人の眼から涙の雫が零れ落ちる。その涙が地面に落ちた瞬間、2人の体が風に吹かれて霧散していった。
葉月のシャドウブレイドの反応が消失したことを、デュールはすぐに察知していた。そして葉月と影路が命を落としたことも。
デュールが浮かべた表情から、魅兎もすぐにそのことを察した。2人とも、込み上げてくる涙をこらえることができなかった。
そしてその訃報をデュールから受けたルイ、シエル、きぬも悲しみを覚えていた。きぬはしばらく、デュールからの報告を必死に拒み続けていた。しかしシエルに諭されて、きぬは歯がゆさを噛み締めるしかなかった。
こうして、シャドウブレイドによって繰り広げられた戦いは終止符を打った。
それからひと月が流れようとしていた。
アークレイヴは武力廃止へと目的を変更して、現在も活動を続けている。澪士も陰ながらルイたちに助力を与えていた。
その活動の日々の最中、ルイはデュールと、ケガを治した魅兎を連れて「シエル」を訪れていた。
「いよぅ、シエルちゃん、カニちゃん。久しぶりだねぇ。」
「あ、久しぶりですね、ルイさん。」
ルイが気さくに声をかけると、シエルが笑顔で出迎える。
「今夜はシエルちゃんのカレーでも食べていこうかなって思ってね。デュールくんと魅兎ちゃんを連れて来ちゃった。」
「そうですか。分かりました。ご案内しますよ。」
ルイから事情を聞いて、シエルは彼女たちを空いているテーブル席に案内する。きぬも注文を取るために、ルイたちの前にやってくる。
「ホントに久しぶりだぞ。仕事で忙しかったのか?」
「まぁねぇ。カニちゃんやシエルちゃんも繁盛で大変だったって聞いてるけど、うちらもうちらでいろいろあって大変だったんだから。」
きぬが訊ねると、ルイがため息混じりに答える。
「これから僕たちアークレイブは、また新しく一歩を踏み出していくわけです。もう悲劇を繰り返さないためにも、僕たちが躍起になって頑張っていくわけです。」
デュールがこれからの自分たちの方針について説明する。しかしきぬは難しく思えて顔をしかめるばかりだった。
「ご注文は?ここはおしゃべりするだけの場所じゃないぞ。」
「あ、ゴメン、ゴメン。せっかくシエルちゃんたちが作ってくれるってのに、待たせるのは悪いよね。」
きぬが不満げに言いかけると、ルイが苦笑いを浮かべる。
「私はソーセージカレー。」
「僕は、えっと・・ハヤシライス。」
「おっ。ハヤシライスとは渋いねぇ。」
魅兎とデュールが注文すると、ルイが口を挟む。
「そういうルイさんは何を頼むんですか?」
「私?私はねぇ、納豆カレー。」
ルイの答えを聞いて、デュールと魅兎が唖然となる。
「な、納豆カレーって・・」
「な、なかなか独創的な・・・」
デュールと魅兎がそれぞれ弁解を入れる。それを真に受けてか、ルイは気さくな笑みを浮かべていた。
そのとき、ルイが突然笑みを消して、眼前の一点をじっと見つめる。その先で、葉月と影路がいるように見えたのだ。
「どうしたんですか、ルイさん?」
デュールに声をかけられて、ルイは我に返る。
「う、ううん、何でもないよ・・・」
ルイは作り笑顔を浮かべて弁解を入れる。そんな彼女たちのテーブル席にカレーが運ばれてきた。だが運んできたのはきぬではなく、シエルだった。
「今日は私のわがままで、私が運んできました。」
「えっ?でも、それじゃカニちゃんは?」
「こうなったら調理に力を入れてやるって、キッチンに行きましたよ。」
「えっ・・・!?」
シエルの言葉にデュールと魅兎の顔が蒼白になる。きぬの料理が絶望的であることを痛感していたのだ。
そのことを知りつつも、ルイは気さくさを崩していなかった。
「まぁ、カニちゃんも、みんな頑張ってるわけだからさ。みんなこれから。これからなんだから。」
ルイが励ましを込めた言葉をかけると、シエルもデュールも魅兎も微笑んで頷いた。
(そう思ってるよね・・葉月ちゃん、影路くん・・・)
ルイは天井を見上げて、葉月と影路を想っていた。
賑わいを見せている「シエル」を見下ろしていた葉月と影路。魂となっていた2人は、ルイたちの決起に安堵していた。
「みんな、それぞれの道を進もうとしてるね・・・」
葉月が微笑んで頷くが、影路は一瞬やるせなさを浮かべていた。
「けど、みんなと一緒にいたかったんじゃねぇのか・・・?」
「・・・そうじゃないっていったらウソになるね・・みんなと一緒にいたかった・・・でも寂しくはないよ。影路が一緒だから・・・」
葉月の答えを聞いて、影路も安堵を感じていた。
「ありがとな、葉月。こんなオレを好きになってくれて・・・」
「ううん。感謝するのは私のほうだよ。影路と出会わなかったら、勇気を持てなかったし、シャドウブレイドに振り回されたままだった・・」
互いに感謝の言葉を掛け合う影路と葉月。2人は一糸まとわぬ体を抱きしめあった。
「もう辛い思いをすることはない・・・これからはずっと一緒だよ・・影路・・・」
「そうだな・・・このまま、お前と一緒に流れていくのも悪くないよな・・葉月・・・」
かすかに伝わってくるあたたかさを感じながら、唇を重ねる葉月と影路。2人は流れ行く風に身を委ね、いずこかへと消えていった。
葉月・・ありがとな・・・
私も、感謝しているよ・・影路・・・