ウィッチブレイド –Shadow Gazer-
第21話「死」
葉月の脳裏によぎったビジョン。それは崩壊の街の中で自分と対峙し、不敵な笑みを浮かべているヴォルドーの姿だった。
「ヴォルドー・・アンタ・・・!?」
「ん?・・・見覚えがあると思えば、お前は少し前に会ったことがあるな。」
いきり立つ葉月を眼にして、ヴォルドーが言いかける。彼も葉月と会ったことを思い出したのだ。
「何とか思い出せてきたわ・・私は大震災のあった日、家族を亡くした・・でもそれは震災に巻き込まれたんじゃなく、それに乗じてアンタがやったこと・・・」
「そうだな・・だがそれはお前の親が、フェイツの一員だったからだ。私はその裏切り者への報復をしたまでだ。」
「それで私の家族にしたことが正当化されると思ってるの?・・・そんな考えじゃ、いい気分にはなれないわね、一生・・」
ヴォルドーの考えに苛立ちながらも、葉月は笑みをこぼしていた。彼女は刃を振りかざして、ヴォルドーに向かって飛びかかる。
だがその彼女の前に影路が立ちはだかる。影路が銃を構えてくるにも関わらず、葉月は立ち止まらず、さらに笑みを崩さずに影路の持つ銃に刃を当てる。
「いい加減に眼を覚ましてもらえる、影路。でないと十分に楽しめないじゃないの。」
「オレなら既に眼を覚ましている。戦いこそがオレの生きがい、オレの楽しみだ!」
影路が淡々と答えると、葉月に向けて発砲する。葉月は即座に後退してその弾丸をかわす。
影路はさらに発砲し、葉月を狙っていく。その弾丸のひとつを受けて地上に叩き落されるが、葉月は笑みを崩していない。
「どうしたの?いつもの影路だったら、あたしにもっとすごいのをぶつけてくるはずなんだけど。」
悠然と言いかける葉月と、顔色を変えずにあくまで彼女に銃を向ける影路。そのとき、その間にブレイドを起動させた魅兎が割り込んできた。
「やめなさい、葉月さん、影路さん!あなたたちが何をしようとしているのか、分かっているのですか!?」
言い放つ魅兎に葉月が眉をひそめるが、影路はそれでも態度を改めず、聞き流している。
「分かっているさ。咲野葉月を倒し、シャドウブレイドを手に入れる。シャドウはそれを望み、彼女と対峙しているのだ。」
その呼びかけに答えたのは、不敵な笑みを浮かべているヴォルドーだった。
「お前たちシャドウゲイザーを含むブレイド装着者が戦いを望み、戦いに恍惚を覚えるように、我々も戦いでの恍惚を追い求めているのだ。いや、強大な力を得て、さらに力を求め、己の力を堪能している者全てに同じことが言える。」
「外野は黙っててくれないかな?何を望んでいるか、影路の口から聞きたいの。」
ヴォルドーを言いとがめて、葉月が影路に視線を戻す。
「影路、アンタはあたしに何をしたいの?あたしにできることだったら、何だって受けて立つわよ。」
「何度も言わせるな・・オレは戦いを望んでいる・・シャドウゲイザーや、他の強い力とぶつかることが、オレの・・・」
葉月の問いかけに答えようとしたとき、影路が突然頭を押さえてうめきだした。その激痛のあまり、彼はたまらずひざをつく。
「・・や、やめろ・・オレは、お前なんかに、いいようにされて、たまるかよ・・・!」
影路が苦痛に顔を歪めながら、必死に声を振り絞る。その異変に葉月と魅兎だけでなく、ヴォルドーも驚愕を覚えていた。
「どういうことだ・・・シャドウに、こんなことが・・・!?」
「オレはシャドウじゃねぇって言ってんだろ・・・くだらねぇ催眠なんかかけやがって・・・!」
眼を見開くヴォルドーに対して言い放つ影路。だが影路は押し寄せる激痛にさいなまれて、ついに倒れて横たわる。
「影路!」
葉月が鎧を解除して影路に駆け寄ろうとする。だがその間にヴォルドーが割って入ってきた。
「外野は黙っててって言ったわよね?」
「シャドウは我々の同胞。本来なら、お前が手を触れていいような存在ではないのだ。」
ヴォルドーは葉月に言い放つと、苦痛で意識を失った影路を抱える。そして葉月に向けて右手を向けると、その腕が突然伸びてきた。
虚を突かれた葉月が、その手に捕まれてその先の壁に叩きつけられる。強烈な衝撃に彼女が吐血する。
「覚えておくがいい。シャドウは我々の同胞。“影路”という存在こそが虚像であることを。」
ヴォルドーは言い放つと、影路を連れてこの場から姿を消した。ブレイドを起動させていなかったため、葉月はなかなか苦痛を拭うことができなかった。
「葉月さん、しっかりしてください!」
魅兎も鎧を解除して葉月に駆け寄る。葉月は歯がゆさを覚えていたが、それは体を駆け回る苦痛よりも影路に対する葛藤のほうが強かった。
その様子を、駆けつけたエリナもこの一部始終を目の当たりにしていた。影路がヴォルドーに利用されていることも。
「ヴォルドー・・・影路に、よくもあんな・・・!?」
影路を利用しているヴォルドーに、エリナは憤りを募らせていた。彼女は困惑している葉月と魅兎に歩み寄り、見下ろした。
「立ちなさい、葉月さん。影路がフェイツに捕まっているのに、こんなところで休んでいる場合じゃないでしょう?」
「エリナ、さん・・・」
低い声音で言いかけるエリナに、葉月が戸惑いを見せる。傷ついた体に鞭を入れて、葉月は立ち上がる。
「この際だから、あなたたちにも教えておくわ。ヴォルドーはこのことは私に教えてくれたのよ。」
「教えてくれたって・・・?」
真剣な面持ちで語りかけるエリナに疑問を投げかける葉月。
「正直信じていないのが私の本音だけど・・影路は普通の人間じゃない。改造人間なのよ。」
「・・改造人間・・・!?」
エリナの言葉に葉月と魅兎が固唾を呑む。だが葉月はすぐに落ち着きを取り戻す。
「影路から聞かされてた・・普通の人間じゃない。あの銃が使えるのがその証拠だって・・」
「・・・影路は強さを求める存在として、フェイツの科学力で改造されたのよ。でも戦いの日々の中で行方不明になっていたとか・・」
「おそらく、そこで影路さんはシャドウとしての記憶を失ったのね・・・」
葉月とエリナの言葉に魅兎が続ける。
「とにかく影路を探さないと・・このままじゃ、影路が・・・」
「悪いけど、影路は私が助けに行くわ。あなたのような甘い人がいると、助けられるものも助けられなくなるわ。」
影路を探そうとする葉月をエリナが呼び止める。
「何を言っているのですか!?相手はフェイツ!単独で相手をして敵う相手じゃないことは、あなたが1番よく分かってるはずでしょう!?」
「私は誰かと馴れ合うつもりはない!影路がいればそれでいい!他の連中にうろつかれると、うざったんだよ!」
呼び止める魅兎に言い放つと、エリナはきびすを返して駆け出した。困惑を覚えながら、葉月と魅兎はエリナの後ろ姿を見送るしかなかった。
異変を起こして意識を失った影路を連れ戻したヴォルドー。大広間の中心に影路を横たわらせ、ヴォルドーは疑念を抱いていた。
(どういうことだ・・シャドウは本来の意識と記憶を取り戻したはず・・なのに、“霧雨影路”という虚無の意識が介入してきている・・・)
影路に起こった異変に対して、ヴォルドーが考えを巡らせていた。そこへフィーナが姿を見せて、影路を見下ろす。
「どうしたのですか、ヴォルドー?シャドウに何か起きたのですか?」
「フィーナ・・突然のことだ・・・おそらく、シャドウの中に“霧雨影路”としての意識が残っているのだろう。ここは彼の様子をうかがうしかなさそうだ・・」
フィーナが問いかけると、ヴォルドーが淡々と答える。
「彼が意識を取り戻すのが先か・・それとも、シャドウゲイザーがここにたどり着くのが先か・・」
「その心配は無用だ。シャドウゲイザーの中でここを知っているのはエリナだけだ。それにたとえ他の人間に知れ渡ったとしても、我々が恐れることはない。」
微笑んで言いかけるフィーナに、ヴォルドーも悠然と答える。
「では、私も準備にかかりましょうか。」
「あぁ。ところで凛はどうした?」
「凛?見かけてないですけど・・・」
凛がいないことにヴォルドーが眉をひそめる。
「まぁいい・・我らのすべきことは、強靭な力を手に入れ、再び戦いの地に赴くこと・・」
「その手始めがブレイド。そしてそのブレイドを簡単に手に入れられるのが、ブレイドリムーバー・・でも、強引に引き剥がしてしまっても、こっちには問題はないんですけどね。場合によっては腕ごと・・」
ヴォルドーの野心に同意して、フィーナが頷く。
「ではシャドウゲイザーの迎撃の準備に入ります。ヴォルドー、シャドウをお願いします。」
「あぁ。分かった。」
フィーナはヴォルドーに言いかけて、大広間を後にした。ヴォルドーもシャドウブレイドを狙うべく、遅れて大広間から姿を消した。
葉月と魅兎は影路の捜索を行うため、ルイと澪士と話し合っていた。
「バカな・・・本当なのか、それは・・・!?」
「まさか影路くんが、フェイツの仲間だったなんて・・・!?」
葉月が話した先ほどの出来事に、澪士もルイも驚愕を覚える。
「私も正直信じられません・・影路はフェイツに操られて・・でも、そこから自分を取り戻そうとしていているようにも見えましたし・・・」
葉月が沈痛の面持ちを浮かべ、影路を心配する。するとルイが笑みを見せて、葉月の肩に手を添える。
「影路くんは必死に戦ってる。フェイツという連中と自分自身と・・だから葉月ちゃんが信じてあげて、支えてあげないと・・」
「ルイさん・・・そうですよね・・私が信じてあげないと、また影路に文句を言われちゃいますよね・・・」
ルイに励まされて、葉月が微笑んで頷く。
「まずは影路くんを探すことに専念しましょうか。そうすれば、フェイツの情報がもっとつかめるかもしれないし。」
「分かりました。私、外を探してみます。」
ルイが気さくな態度のまま言いかけると、葉月が真剣な面持ちになって頷く。
「私も葉月さんと一緒に行動します。ルイさん、澪士さん、デュールくん、情報をつかめたら連絡を。」
魅兎も続けて言いかけると、ルイたちも頷いた。葉月と魅兎が、影路を追い求めてアークレイブ本部を後にした。
影路が眠り続けている大広間。そこへ戦闘準備を整えたフィーナが戻り、彼の横たわる姿を見下ろして微笑んできた。
「早く眼を覚ましなさい、シャドウ・・私たちとあなたの、退屈しない時間が待っているのだから・・」
フィーナが呟くように言いかけるが、影路は眼を覚まさない。
そのとき、フィーナが身につけている腕輪の宝玉が淡く光りだす。その反応に彼女は眉をひそめる。
「侵入者・・これはシャドウゲイザー?・・それも、彼女・・・」
フィーナは眉をひそめて大広間から周囲を伺う。姿は隠してはいるが、近くに気配がある。彼女はそう感じ取っていた。
そしてその気配の正確な位置を彼女は特定する。
「そこにいるのは分かっているわ。姿を見せなさい。」
フィーナが微笑を浮かべて呼びかける。すると彼女の見つめる先の柱の影から、エリナが姿を見せてきた。
「やはりあなただったのね、エリナ。あなたのことだから、目的は彼ね。」
フィーナがエリナに言いかけて、横たわっている影路に眼を向ける。するとエリナは妖しい笑みを浮かべて答える。
「その通りよ。よく分かったわね。」
「冷静沈着に見えるけど、彼が絡むと単純に見えてくるからね。」
互いに淡々と言葉を掛け合うエリナとフィーナ。だが影路に眼を向けた瞬間に、エリナの表情に感情が浮かび上がる。
「影路から離れなさい。そうすれば命だけは助けてあげるわ。」
「悪いけど、それは聞けないわ。彼はもはやあなたが考えている人間ではない。フェイツを統べるシャドウなのよ。」
エリナの呼びかけをフィーナは聞こうとしない。エリナ眼つきを鋭くすると、彼女が付けている腕輪の宝玉が淡く輝く。
「影路が誰だろうと私には関係ない・・影路は私のもの。誰にも渡さない・・・!」
感情をむき出しにした瞬間、エリナのブレイドが蠢く。そのとき、エリナの脳裏に澪士の警告が蘇る。
“このままブレイドを使えば、お前自身が滅びることになるだろう・・”
その言葉に、エリナはブレイドの起動を一瞬躊躇する。だが彼女は影路への想いが、彼女を戦いへと駆り立てた。
彼女が意識を傾けると、ブレイドが起動し、漆黒の鎧となって彼女の体を包み込む。恍惚と欲情を感じて、彼女が妖しく微笑む。
「やはりシャドウゲイザー、いいえ、ブレイド装着者といったところね。もはや私たちに言葉は意味を持たない・・」
「意味があるのは体のぶつかり合いと、自分の心だけ・・・!」
いきり立ったフィーナとエリナが言い放つ。フィーナもブレイドを起動させて、エリナに向けて飛びかかる。
フィーナが振り下ろしてきた刃を、エリナも刃を振りかざして受け止める。2人とも一歩も引かず、全力で一閃を繰り出していく。
(今までにないくらいに、力があふれてくる・・・ここまで自分が強く感じられたのは、生まれて初めてかもしれない・・・)
かつてない恍惚を覚えて、エリナが笑みを強める。だがそれは風前の灯が最後に見せる一瞬の大火を意味していた。
影路を救い出したい。たとえ自分の身に何が起ころうと。エリナの頭の中には、影路のことしかなかった。
「どうしちゃったの?今日はえらく力が入ってるじゃない。」
フィーナも歓喜の笑みを浮かべて、エリナに声をかける。その声に対し、エリナも歓喜の笑みを返した。
だがそのとき、エリナの体を崩壊を示唆する激痛が走る。エリナはその痛みに顔を歪め、一瞬体を思うように動かせなくなる。
(ぐっ!・・こんなときに体が・・・言うことを聞きなさい!アンタは私の体なんだから!私の力なんだから!)
必死に自分の体に言い聞かせようとするエリナ。呼吸を荒げる彼女に、フィーナが悠然とした態度で歩み寄ってきた。
「今日はおかしいわよ、あなた。いつも以上に元気になったり、急に疲れたり・・」
フィーナが淡々と言いかける先で、エリナが呼吸を整えようとしている。
「まぁいいわ。反撃してきなさい。でないと私は、あなたにとどめを刺してしまうから・・」
フィーナはそういうと、エリナに向けて刃の切っ先を向ける。エリナは眼つきを鋭くして、視線をフィーナから影路に向ける。
(私は影路のために存在している・・通り過ぎていくその姿を見たとき、私はときめきで胸が張り裂けそうになった・・まるで今、ブレイドを使って戦っているときのように・・・だから私は、影路しかいらない・・影路がいれば、それでいい・・・!)
影路への一途な想いを強めて、エリナはフィーナに向かって一歩を踏み込む。彼女と同時に、フィーナも刃を振りかざしてくる。
フィーナの刃がエリナ左肩を貫く。だがエリナが突き出した刃は、フィーナの胸を貫いていた。
フィーナは一瞬何が起こったのか理解できなかった。視線を降ろすと、自分の体に食い込んでいる刃物が見えた。
「こ、こんなことって・・・!?」
愕然となるフィーナから、刃が引き抜かれる。疲弊しきっていたエリナには、刃の刀身に付いている血を舐め取る余裕もなかった。
「何度も言わせないでよ・・・私と影路の邪魔をする者は、容赦しないって・・・」
「まさか私が、あなたのような人に負けるなんてね・・・でも私を倒してもムダよ・・ヴォルドーはいくつもの修羅場を潜り抜けてきている・・・たとえシャドウゲイザーでも、絶対に敵わない・・わ・・・よ・・・」
エリナに向けて弱々しく言いかけた直後、フィーナの体が崩壊を起こした。結晶化した体が砂のように崩れ去っていく。
エリナも自分の体が崩れようとしていることを感じていた。その中で彼女は、横たわっている影路に眼を向ける。
すると影路が意識を取り戻し、おぼろげに体を起こそうとしていた。
「影路・・眼を覚ましたのね・・・」
「オレは・・・エリナ・・・!?」
安堵を見せるエリナを眼にして、影路が当惑を見せる。
「影路、あなたはヴォルドーにここに連れてこられたのよ・・・でももう大丈夫。私がここから連れ出すから・・・」
「エリナ・・・お前、ボロボロじゃねぇかよ・・もうムチャすんじゃねぇ!オレが連れ出してやる!」
疲れ果てているエリナを眼にして、影路が驚愕する。そしてすぐに彼女の体を支えて、この大広間を出ようとする。
「・・・影路を助けるつもりが・・まさか私が助けられることになるなんて・・・」
「もう何も言うな。後はオレに任せとけばいいんだよ・・・」
物悲しい笑みを浮かべるエリナに、影路が憮然とした態度で言いかける。
「そう・・このまま真っ直ぐ行けば、外に通じる下水道に出られるわ・・・」
廊下を進んでいく2人。エリナの呼びかけを受けて、影路がさらに進んでいく。
そのとき、エリナは自分の体に違和感を覚えた。彼女と影路がふと眼を向けると、彼女の体を鋭い何かが貫いていた。
「なっ・・・!?」
「私から逃げられると思っていたのか、エリナ・・・滑稽だな。」
驚愕する影路に向けて声をかけてきたのはヴォルドーだった。ヴォルドーは右手を変化させて、エリナの体を貫いたのだ。
「影路・・・あなたは私のもの・・他の人には、絶対渡さない・・・!」
エリナは声を振り絞ると、影路を眼前の下水へと放り込んだ。突然のことに、影路は眼を疑った。
(エリナ・・・!?)
水の中に落ちようとする影路の眼に、エリナの笑顔が飛び込んでくる。
「影路・・・あなたと過ごした時間・・忘れないから・・・」
影路を想うエリナの体が透き通る結晶へと変化していく。そしてヴォルドーの刃が引き抜かれた瞬間、彼女の体は砂のように崩れ去っていった。
様々な想いと欲情を抱えたまま、エリナはその命を閉じた。
次回
もう、何もかも失いたくない・・・
もう、私の大切なものを奪わせたりしない・・・
たとえこの先に何もないとしても、私は戦う。
影路のことが、何よりも好きだから・・・