ウィッチブレイド –Shadow Gazer-
第18話「進」
奈月ビルを後にした葉月と影路は、ルイから改めて話を聞こうとしていた。
「あのビルの人たちは知っているんですか・・そのウィッチブレイドの装着者だった、天羽雅音さんのことを・・・」
葉月は思い切ってルイに問い詰めた。するとルイは間を置いてから答える。
「知ってるよ。といっても、知ったのは彼女が死ぬ直前のことだったけど・・」
ルイの言葉を受けて、葉月が沈痛の面持ちを浮かべる。押し寄せる沈黙をさえぎって、影路が声をかけてきた。
「ウィッチブレイドといい、シャドウブレイドといい、ブレイドっていったい何なんだよ・・・」
「影路・・・」
「ブレイドを身につけたヤツは、戦いになると人が変わったみてぇに戦いを楽しんでやがる・・葉月だって、普段はあんな笑いを見せねぇってのに・・」
ブレイドについて考えを巡らせるうち、影路は歯がゆさをあらわにし、葉月は沈痛の面持ちを浮かべる。そんな影路に向けて、ルイは言葉を切り出した。
「影路くん、ブレイド装着者である葉月ちゃんについて、あなたに言っておきたいことがあるのよ・・」
「いいえ・・私が話します・・・」
ルイが話そうとしていたことを、葉月が代わりに話そうとする。それは葉月が影路に話そうと心に決めていたことだった。
「影路、ブレイドを身につけた人は、受け入れられない最後が待ってるの・・」
「最後・・・!?」
葉月が言い出した言葉に、影路が緊迫を募らせる。
「ブレイドはすごい力と戦いでの喜びを与えてくれる代わりに、装着者の体を崩壊させてしまうの。命を落とした装着者は、結晶の粒になって消えてしまうの・・・」
「何だと!?・・・つまり、死んじまうってことなのかよ・・・!?」
影路が驚愕すると、葉月が小さく頷いた。
「ブレイドはつけてるヤツでも外せないって聞いてる・・このまま戦って、死に急ぐっていうのかよ・・・!?」
「そういうことになるわね。ただひとつ、ブレイドリムーバーを使う以外はね。」
苛立ちをあらわにする影路に、ルイが言いかける。
「ブレイドリムーバー?」
「自力でも外せないブレイドを外すことのできる唯一のツール。それを使えばブレイドを外すことができ、死の宿命から抜け出すことができる・・・」
「そんなものが・・けど、いったいそいつはどこに・・・!?」
影路が問い詰めると、ルイは首を横に振りながら答える。
「まだどこにあるかは分かんない。けど目星は付いてる。もしかしたら、あのフェイツって連中が鍵を握ってるかもしれない・・」
「フェイツ・・・?」
ルイが口にした言葉に影路と葉月が眉をひそめる。
「ナソエフを影から操っていた闇の組織のことよ。裏社会でもかなり上の組織で、彼らはブレイドを狙ってるみたいなのよ。」
「ナソエフを!?・・そこまですごいんですか、そのフェイツというのは・・・!?」
「すごいなんてもんじゃないね。並の人間じゃ手出しさえできないくらいにね。」
愕然となる葉月に向けて、ルイが淡々とした面持ちで答える。
「もっと詳しく話を聞くって言うなら、アークレイヴに来て。データとかも見せられるからさ。」
ルイのこの言葉に葉月と影路は頷いた。3人は一路、アークレイヴ本部に向かった。
エリナとの邂逅を果たした澪士。エリナは澪士に、自分の素性を話すことを決めた。
「私はこのシャドウブレイドを使って戦うために、フェイツという組織に属していたのよ。もちろんかりそめの所属だったけどね。」
「フェイツ?・・ナソエフを影で支配していた闇組織のことか・・・」
澪士が言いかけると、エリナはさらに笑みを見せて続ける。
「フェイツはブレイドをはじめとした強い力を求めてる。それがブレイド以外に何があるのかは分かんないわ。」
「そうか・・・分かった。まずはフェイツを徹底的に調べることにしよう。ルイくんたちアークレイヴも、おそらくそうするだろう。」
澪士が答えると、エリナがあざけるように微笑みかける。
「言っとくけど、私は誰とも手を組むつもりはないわよ。私は私の目的のためだけに戦うのよ。」
「それなら構わん。だがお前もブレイドを身につけているなら分かっているはずだ。ブレイドを使い続けた先に待っているのは、消滅という死だ。」
「私は死なないわ。たとえこのブレイドでも、私を止められない・・・」
澪士の忠告に耳を貸さず、エリナは歩き出した。立ち去っていく彼女を、澪士は落ち着いた面持ちで見送った。
エリナも澪士を背にしたまま、自分の手のひらを見つめる。自身のブレイドが、徐々に自分の体を死に導こうとしていることに、彼女は少なからず苛立ちを覚えていた。
(私は死ぬわけにはいかないのよ・・せめて影路を手に入れるまでは・・・)
ルイに導かれて、葉月と影路はアークレイヴ本部を訪れた。3人を迎えてくれたのはデュールと、先に本部に戻っていた魅兎だった。
「おかえりなさい、ルイさん。葉月さんも影路さんも無事でよかったです。」
「ゴメンね、デュールくん。また迷惑かけちゃって。」
挨拶をしてくるデュールに、ルイが気さくな態度で答える。そしてルイはすぐに真剣な面持ちを浮かべて、話を切り出す。
「デュールくん、フェイツのデータを葉月ちゃんと影路くんに見せてあげて。多分2人は、連中と深く関わっていくかもしれないから。」
「ルイさん・・・分かりました。葉月さん、影路さん、ついてきてください。」
ルイの申し出を受けたデュールが、葉月と影路を案内する。4人がやってきたのはデュールの私室。そこでデュールは自分のパソコンの電源を入れる。
「本当に苦労しましたよ、フェイツのデータを入手するのは。裏社会でも恐ろしすぎて詳しく知っている人は少ないですから・・」
微笑を浮かべたまま、デュールがとんでもないことを口にする。
「どうやって入手したんだよ、そんなデータ・・・」
影路が憮然とした態度で呟くが、デュールは聞いていないようだった。
「フェイツはナソエフ以上の科学力と兵力を備えた、まさに絶対的な組織といっても過言じゃないです。彼らは今はシャドウブレイドをはじめとしたブレイドの力を完全に掌握しようとしています。」
デュールは葉月たちに説明しながら、パソコンの画面にデータを映し出す。そこにはいくつかの企業の規模が棒グラフで表されていた。
「これは各企業の、武器や兵器などの武力の製造指数を比較したものですが・・」
デュールが説明をしながらパソコンのキーボードを操作する。すると画面に新たな2本のグラフが伸び、他のグラフを抜く。
「そしてこれが導示重工とナソエフ。アイウェポンやブレイドが大きく影響していますね。」
デュールが淡々と説明していくと、葉月が無意識に頷いていた。
「そして、これがフェイツ・・・」
デュールがさらにキーボードのボタンを押す。すると画面に新たに伸びてきたグラフが、他のグラフをごぼう抜きにする。
「フェイツはあまりにも勢力が大きすぎるんですよ。ナソエフや導示でも、フェイツには敵わないってことです。」
「そこまですげぇっていうのかよ・・ふざけるのにもほどがあるってもんだろうが・・・」
データ画面の比較にならないフェイツの勢力に、影路が嘆息をもらす。フェイツのグラフはナソエフや導示の追従を許さないほどの長さだった。
「これからうちらやあなたたちが相手にするのは、そこまですごい連中なわけよ。といっても、このぐらいで逃げ腰になるほど、あなたたちの覚悟は生半可じゃないでしょ?」
ルイが尋ねると、葉月は真剣な面持ちになって頷く。
「私はこのブレイドに導かれて、命を賭けて戦ってきたんです。これからも・・ううん、これからは私の意思で、私自身の運命に立ち向かっていきます・・・」
「葉月ちゃん・・・分かった。もうあなたと影路くんを止めたりしない。ただ、うちらもいろいろとサポートさせてもらうから、改めてよろしくね♪」
葉月の気持ちを汲んだルイが、いつもの気さくさを見せて頷く。葉月も微笑んで、ルイたちの協力に感謝した。
その後、葉月と影路は、ルイから情報が入り次第連絡することを告げられた。そして2人はルイの運転する車に乗った。
3人に加えてデュールと魅兎も乗り込み、5人は「シエル」に向かっていた。
「さて、今夜はこれからの奮起を祝って、カレー三昧としゃれ込みますか。」
「もう、ルイさんったら、こういう状況だというのに不謹慎ですよ。」
気さくな笑みをこぼすルイに、魅兎が呆れる。すると葉月が突然、魅兎に声をかける。
「魅兎ちゃん・・魅兎ちゃんも、ブレイドの運命を知っているんだよね・・・?」
「葉月さん?・・・はい。分かっています・・」
葉月の問いかけに一瞬眉をひそめるも、魅兎は小さく頷いた。
「私もブレイドを身につけてしまったときから、死ぬことは覚悟していました。でもそれはブレイドだからというわけではないのかもしれません。」
「えっ・・?」
「力を使えば、必ず体に何らかの負担がかかる。その力の度合いが強ければ、負担も比例して大きくなる。それはブレイドに限ったことではないのです。」
「そういうものなのかな・・・?」
魅兎の言葉を受けて、葉月は微笑みかける。2人の会話を聞いて、影路が一抹の不安を脳裏によぎらせる。
自分も常人でない肉体と力を備えている。もしも力を使えば、体に何らかの影響が及ぶはず。
(オレの体も、葉月たちみてぇに死に近づいてるってことかよ・・・)
迫ってきている死とともに、影路は手を強く握り締めていた。
そのとき、葉月と魅兎が突然、奇妙な感覚を覚えて緊迫する。その異変に気付いたルイが、車のスピードを落とす。
「どうしたの、葉月ちゃん、魅兎ちゃん?・・もしかして・・」
ルイが2人に言いかけたときだった。車の前に凛が立ちはだかっていたのに気付き、葉月たちが車から降りる。
「この前はよくもやってくれたわね。でも今度は、あなたたちが痛い目にあうのよ・・」
凛が悠然と言いかけると、彼女の腕にある漆黒の腕輪が蠢き、鎧となって彼女を包み込む。葉月がとっさに身構えると、影路が手で制する。
「テメェは戦うな。このまま戦ったら死んじまうんだろ・・?」
「影路・・分かってる。でも私は戦う・・これはブレイドの意思であり・・」
影路の制止を振り切って、葉月が凛の前に出る。
「私の意思でもあるから・・・!」
彼女の意思に呼応するかのように、彼女の腕輪も起動して鎧へと変化する。凛と葉月、2人のブレイド装着者が妖しく微笑む。
「影路は傷つけさせない。影路の代わりに、私があなたと遊んであげる。」
「私は誰が相手でも構わないんだけどね・・なんだったら、まとめて相手してきても・・」
互いに言い放つと、葉月と凛が同時に飛び出す。振りかざした2つの刃がぶつかり、火花を散らす。
「この前は3人相手で刺激が強すぎちゃったけど・・あ、でも1人じゃ緩めすぎかな・・」
「あたし1人でも刺激は強いわよ。覚悟してちょうだいね。」
言葉をこぼして、凛と葉月がさらに刃を振りかざす。その戦いを見据えて、影路が銃を構えて、凛に狙いを定めていた。
常人を超えた五感と洞察力で凛を捉えようとする。だが葉月と交戦する凛の動きが定着せず、影路はなかなか引き金を引くことができない。
(くそっ!・・これじゃ葉月を援護してやることもできねぇじゃねぇかよ・・・!)
毒づきながらも、さらに狙いを定めようとする影路。
「私が援護します!その隙を突いてください!」
そこへ魅兎が声をかけて、ブレイドを発動させ、凛に向かって飛びかかる。魅兎が振り下ろしてきた刃を、気付いた凛が刃で受け止める。
「私はあの子の相手をしてるのよ。邪魔をしないでくれる?」
凛は言い放つと刃を振りかざし、魅兎を突き放す。
「今です、影路さん!」
その瞬間の魅兎の呼び声に、凛が眉をひそめる。その視線の先には、引き金を引いて発砲する影路の姿があった。
強烈な勢いで放たれた弾丸が、凛の体を突き飛ばす。そして突き当たりの壁にそのまま叩きつけられる。
巻き起こる爆煙を見据える葉月たち。だがその煙の中から姿を現した凛は、口元から血を流していたものの、妖しく微笑んでいた。
「強烈な一発だったわ。それじゃ、今度は私が強烈なヤツで楽しませてあげるから・・」
凛は言いかけると、影路に向かって飛びかかる。振り下ろされた刃を銃身で受け止めるも、影路は凛の勢いに押されて突き飛ばされる。
「影路!」
葉月が凛に向けて刃を振りかざすが、凛はその一閃を刃で受け止める。
「ちょっと待っててね。この子の後に、あなたと遊んであげるから・・」
凛は刃で葉月を跳ね除けると、一蹴を繰り出して突き飛ばす。そして凛は影路を突き倒すと、その体に刃の切っ先を突きつける。
「さて、これからじっくりと楽しませてあげる。小さな傷をひとつひとつ・・」
「なに、気色ワリィこと言ってやがるんだよ・・・!」
妖しく語りかける凛に、影路が抗う。しかし凛の力が強く、彼女を振り払うことができない。
追い込まれている彼を眼にして、葉月が歯がゆさを覚える。
(強くなりたい・・影路を守れるだけの力が、ほしい・・・!)
葉月は心から力を欲し、傷ついた体に鞭を入れる。
「私に力を!」
葉月が叫んだときだった。彼女のシャドウブレイドの宝玉がまばゆいばかりの光を放つ。そして彼女を包んでいる漆黒の鎧が変化し、黒だけでなく白銀が体色に織り込まれ、黒髪も完全な白となっていた。
「その姿・・・もしかして、ブレイドが・・・!?」
ルイも葉月の新たな姿を目の当たりにして驚きを見せる。ブレイドのバージョンアップ、装着者の進化である。
葉月は凛に向かって飛びかかり、刃を振りかざす。その動きや攻撃力が今までを凌駕しており、凛は対応できずに右肩を射抜かれる。
「ぐっ!」
激痛を覚えて凛が顔を歪める。だがブレイドの影響からか、凛はすぐに笑みを取り戻す。
「すごいじゃないの。さっきの一発以上の速さと威力ね。これなら私も本気でやれるわね・・・!」
凛がさらに感情的になって、身構えている葉月を見据える。満身創痍であるにもかかわらず、凛は戦いを続けようとする。
「そこまでだ、凛!」
そのとき、覇気のある声が飛び込み、凛が笑みを消して踏みとどまる。この場にいた全員が振り返った先には、1人の黒ずくめの男が立っていた。
「ヴォルドー・・!?」
「えっ・・・!?」
凛が声を荒げると、葉月と影路も驚きを覚える。男、ヴォルドーは慄然とした態度のまま、視線を凛から葉月に向ける。
(これは・・シャドウブレイドが進化を遂げている・・やはりウィッチブレイドに勝るとも劣らないようだな・・)
進化を遂げた葉月の姿に、ヴォルドーはふと笑みをこぼしていた。だが影路に眼を向けた瞬間、ヴォルドーから笑みが消えた。
(あの男・・まさか・・・!?)
驚愕を覚えるもそれを表に出さなかったヴォルドー。その様子に、影路が眉をひそめる。
その傍らで、葉月は呆然と立ち尽くしていた。彼女は自分自身の変化に少なからず戸惑いを覚えていた。
そのとき、葉月は何かが壊れる音を捉えた。その音に彼女は違和感を感じていた。
それは彼女の周囲から聞こえたものではない。彼女の体の中から響いてきたものだった。
次回
あの男、いきなり何だっていうんだ?
オレに向かってワケ分かんねぇこと並べやがって。
それにシャドウって何なんだよ。
ふざけすぎてて頭が痛くなってきやがる。
葉月・・オレは・・・