ウィッチブレイド –Shadow Gazer-

第17話「戯」

 

 

 ブレイドを起動させ、凛とフィーナの前に立ちはだかった葉月、エリナ、魅兎。葉月が凛に向けて妖しく微笑む。

「面白いじゃないの。そうでないと楽しみがいがないってものよ。」

 凛も笑みをこぼして葉月に敵意を見せる。だがフィーナに手を出されて制される。

「待ちなさい、凛。シャドウゲイザーを侮ってはいけないと、さっき言ったばかりでしょう。」

「心配ないわ。いくらブレイドの力を復活させたっていっても、相手は戦闘能力で私たちより下。このくらいのハンデはあげないとね。」

 フィーナの忠告を真剣に聞かずに、葉月たちの前に立ち、刃を構える。

「いいわ。3人まとめて相手してあげる。あなたたちの全力、私が受け止めてあげる。」

 凛が悠然と言い放つと、葉月に向けて刃を振り下ろす。葉月も妖しい笑みを浮かべて刃を構え、凛の一閃を受け止める。

 そこへエリナと魅兎も刃を振りかざし、凛を狙う。凛は跳躍して、飛び込んできた刃の猛襲をかわす。

「アンタだけに楽しい思いはさせないわよ、葉月!」

 エリナが葉月に言い放ち、凛に飛びかかる。エリナが振り下ろしてきた刃を、凛も刃で受け止める。

「いいわね。このくらい攻め気でないと・・」

 凛も笑みを強めて、エリナに反撃を繰り出す。そんな彼女の背後に魅兎が飛翔し、刃を構えて狙いをつけてくる。

 凛はとっさにエリナの右腕をつかみ、投げつける。虚を突かれた魅兎が、エリナに衝突して落下する。

 笑みをこぼす凛に向けて、葉月がさらに飛びかかる。気付いた凛が振り返り様に刃を振り抜き、迎撃する。

 迷いを振り切った葉月の力は、ブレイドに呼応するかのように増していっていた。その威力に凛は余裕を消していた。

(この子、力がどんどん上がってきてる・・・そんなバカなことって・・・!?

 驚愕を募らせていく凛が、ついに葉月の一閃に押された。地上に衝突した凛が、呆然と虚空を見上げていた。

 そんな彼女の前に葉月が立ちはだかる。葉月は妖しい笑みを浮かべて、凛に刃の切っ先を向ける。

「どうしたの?さっきまで退屈してたみたいだけど?」

「言ってくれるじゃないの。それじゃいい加減に本気にならないとね・・」

 葉月の言葉を一蹴して、凛が葉月に飛びかかる。だが葉月は凛の刃を軽々とかわしていく。

 劣勢となった凛を眼にして、フィーナはいぶかしげな気分を感じていた。

(まずいわね。シャドウブレイドの影響での興奮状態で戦っていたために、体力の消費が激しくなっている。凛の体力は底を尽きようとしており、さらにそれが焦りを生んでしまっている・・このままでは・・・)

 不利を悟るフィーナの前で、凛が葉月の一閃で突き飛ばされる。動きが鈍ってきている凛を、さらにエリナと魅兎が取り囲んできた。

 葉月、エリナ、魅兎がそれぞれの刃を構えて凛を見据える。そして3人が同時に飛び出し、それぞれ一閃を凛に繰り出す。

 痛烈な刃の猛襲を受けて、凛が宙に跳ね上げられる。何とか着地してみせようとするが、体が思うようにできず、着地したところでひざをつく。

 歓喜を崩していないものの、凛は明らかに追い詰められつつあった。その彼女に、不敵な笑みを浮かべた凛が歩み寄ってきた。

「ずい分と私をコケにしてくれたわね。お礼をたっぷりさせてもらうわよ。」

 エリナが笑みを強めて、凛に向けて刃を振り下ろす。だがその一閃は、突如乱入したフィーナの刃に阻まれる。

「だから言ったでしょう。シャドウゲイザーを侮ってはいけないと。」

 フィーナは凛に声をかけながら、刃を振りかざしてエリナの攻撃を跳ね返す。後退して着地したエリナが、フィーナに鋭い視線を向ける。

「アンタにもお礼をしておかないとね。今の私は興奮に満ちあふれているのよ・・・!」

「悪いけどここまでよ。私たちはヴォルドーの、フェイツの意思で動いていることは、あなたも十分理解していると思うけど。」

 エリナの言葉に淡々と答えて、フィーナは凛を退けさせる。そしてフィーナもエリナ、葉月、魅兎に視線を向ける。

「シャドウゲイザー、今度は確実に、あなたたちのシャドウブレイドをいただかせてもらうわ。覚悟しておくことね。」

 フィーナは言い放つと、刃を振りかざして砂煙を巻き上げる。砂が治まった先には、既にフィーナたちの姿はなかった。

「逃がしたか・・・まぁいいわ・・・」

 嘆息をつくエリナ。3人はブレイドを解除し、漆黒の鎧が消失する。

「葉月!」

 そこへ影路が声をかけ、葉月たちが振り返る。影路が呼吸を整えながら、葉月の前で立ち止まる。

「葉月、無事だったか・・・」

「影路・・・うん。私は大丈夫。エリナさんと魅兎さんも付いていてくれたから・・」

 影路の言葉に、葉月が安堵の微笑を浮かべて頷く。

「葉月、お前だけにいろいろと背負わせるわけにはいかねぇ。オレも戦う。オレ自身のけじめのためにな。」

「ありがとう、影路。でも私、影路に甘えるようなことはもうしないから・・・」

 互いに決意を告げる影路と葉月。そこへエリナが悩ましい笑みを浮かべて近寄ってきた。

「仲がよろしいですわね。だけど、影路は誰にも渡しませんわよ。必ず私が影路の心を・・・」

「いい加減にしろよ、エリナ。オレはお前に好き勝手にされるつもりはねぇんだよ。」

 エリナの欲求を、影路は憮然とした態度で一蹴する。

「まぁいいわ・・アンタたち、せいぜい後ろからやられないように気をつけることね・・・」

 エリナはねめつけるように言うと、葉月たちの前から立ち去っていった。影路は肩を落としてから、再び葉月に言葉を切り出す。

「とにかく帰ろうぜ。いろいろあったからな、あのガキきっと怒り爆発してるだろうぜ。」

「そうかもしれないね・・帰ろう・・“シエル”に・・・」

 笑みを見せる影路に、葉月が満面の笑みを浮かべる。心身ともに元気を取り戻した彼女を見て、魅兎も安堵の笑みを感じていた。

 

 葉月と影路が気がかりになるあまり、きぬはまだ開店していない店の中で右往左往していた。苛立ちを募らせている彼女の様子を見て、シエルは微笑みながら言いかける。

「朝からそんなに歩き回っていると、後になって疲れてしまいますよ、カニちゃん。」

「何言ってるんだよ、姉ちゃん。体よりも心が疲れそうで、僕はたまんないんだよ・・・!」

 シエルの言葉を受けて、きぬがたまらず口をこぼしていた。

「まったく、葉月も影路も!いったいどこをほっつき歩いてんだか・・!」

「オレがどうかしたのかよ、ガキ。」

 きぬが愚痴をこぼしていたところへ、影路の声がかかる。驚きを覚えながらきぬが振り返ると、その先に影路と葉月の姿があった。

「テ、テメェら・・今までどこで何をしてたんだよ・・・!」

「ま、まぁ、いろいろあってな・・・けどもう大丈夫だ。」

 きぬの声に気さくな態度で答える影路。彼に視線を向けられて、葉月も微笑みかける。

「ごめんなさい、シエルさん、カニちゃん。いろいろと迷惑をかけてしまって・・・でももう平気です。影路とも、きちんと仲直りしたから・・」

 葉月が切実な心境で言いかける。彼女と影路を、シエルは改めて受け入れることを決めた。

「いいんですよ、葉月さん、影路さん・・私たちはいつでも、あなたたちを歓迎します。」

「シエルさん・・・ありがとうございます・・・」

 笑顔のシエルに対し、葉月は深々と頭を下げた。自分を支えてくれる人たちに、葉月は心から感謝していた。

 そのとき、携帯電話の着信音が店の中で響いた。葉月、影路、魅兎がそれぞれ自分のポケットに手を伸ばすが、鳴っていたのは魅兎のものだった。

「はい・・デュールくん・・どうしたの?」

“どうしたの、じゃないよ、魅兎ちゃん。こっちに全然連絡をよこさないで・・”

「あ、ゴメン、ゴメン。いろいろあって・・」

 不満を口にするデュールに、魅兎が苦笑を浮かべる。

「今、影路さんと葉月さんを見つけて、シエルさんのところにいるわ。ルイさんにもこの後連絡を入れるから・・」

“待って、魅兎ちゃん。ルイさんから伝言があるの。ある場所で待ってるからそこに来てって。”

 デュールからの言葉に魅兎が眉をひそめる。

“それと、影路さんと葉月さんも連れてきてほしいって。”

「影路さんと葉月さん?」

 振り向いた魅兎に眼を向けられ、葉月が戸惑い、影路も眉をひそめた。

 

 その後、魅兎はルイに連絡を入れると、ルイはデュールが口にしていたある場所に来てほしいと、改めて申し出てきた。言われた場所にやってきた魅兎、葉月、影路。

 それは少し古びれた雑居ビルであった。その1階のバーの一角にルイがいた。

「いよぅ、魅兎ちゃん。ゴメンね、いきなり呼び出しちゃって。」

「いえ、ルイさん。私たちもいろいろありましたから・・・」

 気さくに声をかけてくるルイに、魅兎が戸惑いを込めた笑みをこぼす。そしてルイは葉月と影路に眼を向けて、さらに笑みをこぼす。

「2人とも、もう大丈夫なのかい?鷹さんも気にはしてたみたいだから・・」

「ルイさん・・はい。私も影路も、もう大丈夫です。心配かけてごめんなさい。」

 ルイの言葉に葉月が謝罪の言葉をかける。

「いいのよ、葉月ちゃん。自分のけじめは、最後は自分でつけるのが筋だからね。」

 するとルイが満面の笑みを浮かべて葉月に弁解する。

「おやおや、ルイの知り合いだったのかい?」

 そこへ1人の女性がルイに歩み寄ってきた。この奈月ビルのオーナーにして、このバーのママ、奈月(なつき)マリ子である。

「いやぁ、私が呼んだんだよ。すまないね、マリ子さん。何だか押しかける形になっちゃって。」

 ルイが気さくな笑みを崩さずにマリ子に言いかける。マリ子は魅兎、葉月、影路に眼を向ける。

「注文は何にするんだい?悪いけど、食べに来たんじゃないなら出てってくれないか?」

 悪びれた態度で言うマリ子に、影路が憮然とした態度を見せる。その横で魅兎が関心を浮かべていた。

「もしかして、この店の料理はあなた自身が・・?」

「まぁ、そうだけど・・」

 魅兎が問いかけると、マリ子が眉をひそめて答える。

「よかったら手伝わせてもらえませんか?私、料理には自信があるんですよ。」

「料理?これはあたしが黙っちゃいないよ。これでもあたしも料理に自信があるんだ。アンタがどれほどのもんか、直に確かめさせてもらうよ。」

 料理に対する自信を見せ合う魅兎とマリ子。それが互いの闘争心に火をつけることとなった。

「あらま。2人とも料理が自慢だからねぇ。こりゃ白黒つけないと治まらないよ。」

 ルイが気さくさを崩さずに、魅兎とマリ子の対立を見守っていた。影路は完全に呆れ果て、葉月は当惑の色を隠せないでいた。

 

 それから、魅兎とマリ子の壮絶な料理対決が始まった。様々な調理技術と事細かな配分に、葉月は唖然となるばかりだった。

「おやおや?何事かい?」

 そこへ1人の老人がバーに入ってきた。陽気な風貌のその老人に気付いて、ルイが気さくな笑みを見せる。

「あ、チョーさん、実はマリ子さんの闘争本能に火か付いちゃって・・魅兎ちゃんと勝負してるってわけ。」

「あー、なるほどね。これは梨穂子ちゃん以来の凄まじい戦いになりそうじゃわい。」

 老人、チョーさんの言葉に影路が眉をひそめる。そこへルイが笑みを崩さずに彼と葉月に言いかける。

「あ、紹介がまだだったね。この人はチョーさん。このビルに済んでて、けっこうな情報通なのよ。」

「うむ・・それにしても君、わしの興味をそそるようなべっぴんじゃのう・・」

 ルイの紹介を受けたチョーさんが、葉月を眼にして鼻の下を伸ばす。その様子に葉月は戸惑いを見せる。

「コラコラ、相変わらずなんだから、このエロジジィは。」

 ルイは呆れながら、葉月に歩み寄ろうとしていたチョーさんの上着の襟をつかみ上げる。

「ゴメンね、葉月ちゃん。チョーさん、けっこうスケベだから気をつけてね。」

「は、はい・・・」

 ルイの言葉に葉月は苦笑いを浮かべる。

「それでその隅にいるのが、占い師のナオミちゃんよ。」

「“ナオミ”じゃないです!“ナォミ”です・・・!」

 ルイが店内の片隅のテーブルを指し示すと、そこにいた長い黒髪の少女、ナォミが反論してきた。

「あぁ、ゴメンゴメン。なかなかアクセントが付けづらくて・・・」

「ひどいですよ、ルイさん・・私、そんなに覚えづらいなまえですか・・・!?

「あぁぁ、これは私が悪いわけで、別にナオミちゃんが悪いわけじゃ・・・あ・・・」

 ひどく落ち込むナォミに苦笑気味に弁解しようとするが、再び間違いをしてしまい唖然となるルイ。

 その頃、丁度魅兎とマリ子、それぞれの調理が終了した。テーブルに並べられたそれぞれの料理を、ルイ、チョーさん、ナォミが試食する。

「お、こりゃなかなかいけるね。マリ子さんのもいいけど、魅兎ちゃんも負けてないよ。」

「うむ。こりゃ甲乙付けがたいのう。」

「とても、おいしいです。何だか元気が出てきそうです・・」

 魅兎とマリ子の料理を口にして、笑みをこぼすルイたち。魅兎もマリ子も互いの料理を口にして、互いを賞賛していた。

「やるじゃないの、アンタ。こりゃあたしだけじゃなく、梨穂子にも負けちゃいないよ。」

「私も本当に自信があったんですけど、ここまでの凄腕とは・・見事でした。」

 互いに笑みをこぼすマリ子と魅兎。そこへ葉月が近づき、2人に笑みを見せてきた。

「おいしかったですよ。魅兎ちゃんのもマリ子さんのも。チョーさんの言うとおり、勝敗が付けられないくらいで・・」

「それはお褒めの言葉として受け取っておくよ。」

 褒める葉月の言葉に、マリ子が淡々とした面持ちで答える。

「お料理のほうもいいけど、わしには美人のたしなめもしてみたいもんじゃのう。」

 そこへチョーさんが歩み寄り、葉月をまじまじと見つめてくる。

「葉月ちゃんもいいけど、やっぱりわしとしてはマサムネちゃんは捨てきれないのう。」

「マ、マサムネ・・?」

 チョーさんのこの言葉に葉月が眉をひそめる。そこへルイが葉月に歩み寄り、耳元で囁いた。

「あぁ、ウィッチブレイドの装着者だった天羽雅音ちゃんのこと。誰かが胸が大きいからってそんなあだ名をつけて、このビルで定着しちゃったってわけ。」

「雅音?」

 葉月に向けてのルイの囁きを耳にして、影路が歩み寄ってきた。

「雅音って、梨穂子の母親のことか・・」

 影路が問い詰めたところで、葉月が沈痛の面持ちを浮かべた。彼女は影路に言おうとして言えないままだったことを思い出していた。

 

 葉月たちと別れ、エリナは単独で郊外を歩いていた。自分が身を置いていたフェイツとも袂を分かち、彼女は敵の殲滅を密かに企んでいた。

「どいつもこいつも、私を利用しようなんてふざけた考えを・・・このままには絶対に済まさない・・・」

 憤りをあらわにするエリナがさらに歩を進めていく。しばらく歩いたところで、彼女はふと足を止める。

 彼女の前に1人の男が立っていた。真剣な面持ちを見せているその男に、彼女は眉をひそめる。

「誰よ、あなた・・・私の邪魔をするなら容赦しないわよ・・・」

 エリナが語気を強めるが、男は顔色を変えない。

「お前もブレイドの装着者か・・それも、シャドウブレイドを・・・」

「それがどうしたのよ・・・あなた、いったい何者?」

 男の言葉にエリナが眉をひそめる。

「私は鷹山澪士。君から事情を聞きたい。」

「鷹山?そういえば導示重工の手腕にそんな名前の人がいたわね・・」

 男、澪士を前に、エリナが妖しく微笑んでみせる。

「いいわ。話し相手になってあげる。ただし、私は敵と見なした相手には容赦ないわよ。」

「その心配はいらん。ブレイドに関わっている時点で、私は覚悟を決めている。」

 エリナの言葉に淡々と答える澪士。彼もシャドウブレイドを巻き込んだ戦いに、本格的に踏み込もうとしていた。

 

 

次回

第18話「進」

 

魅兎ちゃんとマリ子さんの料理、本当においしかった。

シエルさんとカニちゃんはどう思うんだろう・・

これで私は、また新しい一歩を進んでいける。

それが私の願い・・・

そう、進めればいいな・・・

 

 

小説

 

TO

inserted by FC2 system