ウィッチブレイド –Shadow Gazer-

第16話「愛」

 

 

 フィーナの攻撃から逃れて、影路を抱えたまま海に落ちた葉月。2人は海の中をしばらく流れた後、ヨットハーバーからかなり離れた海岸沿いの岩場にたどり着いていた。

「かはっ!」

 水上に顔を出し、外の空気を吸う葉月。呼吸が整わない状態で、彼女は意識を失った影路に眼を向ける。

「影路・・・しっかりして、影路!」

 葉月が必死に影路に呼びかけるが、意識が戻らない。にもかかわらず、彼は銃を手放していなかった。

(影路・・・絶対死なせない・・私のために、影路が死んでしまうなんて、絶対に許せない・・・!)

 葉月は力を振り絞って海岸まで泳ぎ、彼を引き上げる。そして彼女も海から這い上がり、難を逃れる。

 影路の無事を改めて確認してから、周囲を見回して休める場所を探す。まだ近くにシャドウブレイドの装着者がいないとも限らない。

 探し回っていると、葉月は近くに小さな洞窟があるのを発見する。

「あそこに隠れるしかないみたいね・・・」

 葉月は意識を失っている影路を抱えて、その洞窟に入り、身を潜めた。

 

 葉月たちシャドウブレイドの装着者を探して、街を歩き回る凛とフィーナ。だが眼を凝らす2人は、葉月たちの行方を発見するには至ってなかった。

「もう、逃げ足は速いんだから・・あの子たち、鬼ごっこで世界一になれたりして。」

“ふざけたことをいう余裕があるなら、もう少し真剣に探しなさい。シャドウブレイドはフェイツにとって貴重な戦力になるのだから。”

 携帯電話で連絡を取り合う凛とフィーナ。苦笑を浮かべている凛に、フィーナが注意を促す。

“凛、あなたはもう少し街のほうを調べなさい。私は海岸沿いを調べてみるわ。”

「分かった。1時間後にまた連絡入れるわ。」

 凛はフィーナとの連絡を終えて、携帯電話を切る。そして葉月たちの捜索を続けて、街を疾走した。

 

 その頃、魅兎はエリナを連れてアークレイヴ本部に向かっていた。2人とも満身創痍で、とても戦える状態ではなかった。

「どういうつもりよ・・私を助けようとでも言うの・・・?」

「あなたはシャドウブレイドの装着者。しかもフェイツと何らかの関わりがあるからね。いろいろと聞きたいこともあるから・・それにあなたも薄々感づいているはずよ。私たちが相手にしている装着者は、1人1人で戦っても敵うかどうか分からないと・・」

「冗談でしょ?私はアンタたちと馴れ馴れしくするつもりなんてないわよ。」

「それならそれでもいい。でも話だけは聞かせてもらうわよ。」

 互いに憎まれ口を言い合うエリナと魅兎。2人は傷だらけの体を引きずって、アークレイヴ本部を目指す。

 そのとき、魅兎からの連絡を受けたルイの運転する車を発見する。

「ルイさん!」

 魅兎が声を振り絞って呼びかけると、その声に気付いたルイが車を止める。

「魅兎ちゃん?・・どうしたのよ、エリナちゃんまで!?・・傷だらけじゃないの・・」

「ルイさん、私たちは大丈夫です。それより、葉月さんと影路さんを・・」

 声を荒げるルイに、魅兎が呼びかける。

「葉月ちゃんと影路くん?・・2人に何かあったの・・・!?

「おそらくフェイツのブレイド装着者でしょう・・彼女たちと交戦して、葉月さんと影路さんが海に・・」

 魅兎から状況を聞いたルイが深刻な面持ちを見せる。

「2人はデュールくんに追わせるわ。葉月ちゃんのシャドウブレイドのエネルギーを探れば、すぐに見つかるはずだから・・」

「分かりました。ですが、葉月さんのブレイドが使えなくなってる以上、その捜索は難しいでしょう・・」

「それでもやってみるしかないのよ・・・」

 ルイの言葉を受けて、魅兎は真剣な面持ちを浮かべて頷く。

「私も少し休んでから、捜索に出ます。それまで、2人のことをよろしくお願いします・・」

 魅兎はルイに言いかけると、エリナを連れて本部に向かおうとする。だがエリナは魅兎の手を振り払う。

「どこまでふざけてるつもりよ・・私はアンタたちと仲良しになるつもりはないのよ!」

 苛立ちをあらわにしてルイたちに言い放つエリナ。だがルイは気さくさを崩さずに言いかける。

「別に嫌がってるのに無理矢理お友達になろうなんて、そこまで考えちゃいないよ。ただ、うちらは悲劇を繰り返しちゃいけないって考えてる。そのキーパーソンとなってるのが、アンタたちシャドウブレイドの装着者ってわけよ。」

「そんなきれいごとには私は乗らないわよ。」

「だったら好きにしなさい。けどね、うちらも命がけでやってるんだよ!アンタからは洗いざらいしゃべってもらうからね!」

 エリナに対して、ルイが感情をあらわにして言い放つ。そしてルイは車を走らせ、葉月と影路の捜索を開始した。

 

 凛とフィーナの追跡を警戒しながら、洞窟に隠れている葉月と影路。影路は依然として意識を取り戻さない。

(影路、まだ眼を覚まさない・・どうしたら眼を覚ますのかな・・・?)

 葉月が影路に眼を向けて、不安を募らせる。やがて夕日が落ち、夜の青がそらに広がっていった。

 葉月の不安はさらに膨らむ。このままだと影路は夜の寒さで命が危なくなる。

「影路・・・!」

 葉月は影路に抱きつき、影路の体が冷えないように自分の体であたためようとする。だが2人とも服がぬれていて、それが影路の体を冷やしていた。

(このままじゃ影路が・・・こうなったら・・・!)

 思い立った葉月が、突然自分の着ていた服を脱ぎ始めた。そして影路の着ている服も脱がして、彼女は彼を改めて抱きしめる。

(こうして肌と肌を触れ合わせれば、冷やさずに済むかもしれない・・お願い、影路・・死なないで・・・)

 影路を助けたい一心でひたすらすがりつく葉月。その中で、彼女は奇妙な感覚を覚えていた。

「何だろう・・影路と触れ合っている以上に、あたたかい気分・・・」

 葉月は思わず体を起こし、影路をまじまじと見つめる。そしていつしか、葉月は影路に対して欲求的な感情を抱くようになっていた。

(体の奥から湧き上がってくるような心地よさ・・・でも、初めてというわけじゃない・・・)

 葉月がこの感覚に対して感情を巡らせる。

(まるでブレイドを使ってるときの、戦ってることを楽しんでいるみたい・・・何だか、気持ちよくなってくる・・・)

 葉月が心地よさにさいなまれながら、影路に再び寄り添う。

 彼女が快感を覚えていたのはシャドウブレイドの影響ではない。人としての感情の中にあるものだった。

 しばらく葉月が抱きしめていると、影路がゆっくりと眼を開いてきた。意識を取り戻したのだ。

「・・ぁ・・葉月・・・?」

「えっ・・・?」

 影路がもらした声に、葉月がきょとんとなる。

「影路、気がついたんだね・・・」

「葉月・・・お、おいっ!」

 笑顔を見せる葉月の裸身を目の当たりにして、影路が驚きを見せる。そして自分も裸になっていることに、彼は言葉をかけられなくなる。

「ゴメン、影路・・影路を死なせたくないと思って一生懸命で・・」

「・・・何考えてやがるんだよ・・何でオレが助けられるために丸裸にされなきゃなんねぇんだ・・」

 弁解する葉月に、影路が憤りを見せる。

「それに、オレはお前を倒そうとしているんだぞ・・そんなオレを助けて、テメェに何の得があるって言うんだ・・!?

「そんなの関係ない!助けたいと思ったから助けただけだよ!」

 影路の苛立ちに葉月が感情をあらわにして反論する。

「私のせいで影路が傷つくなんて、私は耐えられない。たとえ間違ってることだとしても・・」

「バカか、テメェは!?そんな情けをかけられたって、胸くそ悪くなるだけなんだよ!」

 切実に語る葉月に、影路が声を荒げる。

「オレはテメェを絶対に認めねぇ!テメェはオレの家族を殺した・・・!」

「だったら影路の手で私を殺して!・・こんなブレイドと一緒に、私を消して・・・!」

 悲痛さをあらわにした葉月。腕輪の付けられている右腕を見せる彼女に、影路が戸惑いを見せる。

「これがあるから、私や影路、みんなが辛い思いをするんだよ・・だから影路、私を・・・!」

 言い放つ葉月に対し、影路がやるせなさを抱える。そして影路は葉月を引き寄せ、強く抱きしめた。

「影路・・・!?

「オレは家族を殺したテメェを許せねぇ・・けどそれ以上に、そのことで自分を責めてるテメェが、もっと許せねぇんだよ・・・!」

 困惑する葉月に、影路が悲痛の面持ちを浮かべて言いかける。彼女を抱く彼の腕に力が入る。

「影路、苦しいよ・・痛いよ・・・でも・・」

 うめき声を上げる葉月を抱いたまま、影路は横たわる。揺れる感情のまま、2人は互いの顔を見つめる。

「葉月・・バカヤロー・・・」

「影路・・・」

 歯がゆさを見せる影路と、戸惑いを見せる葉月。2人はおもむろに互いの唇を重ねた。

 その行為に、2人はかつてないほどの心地よさと安らぎを感じていた。

 

 それから葉月と影路は互いの肌に触れ合っていた。その中で2人は、互いの体の中に刻まれている傷を感じ合っていた。

(痛々しい・・こんなに辛い思いをしていたんだね、影路・・・)

(これがブレイドをつけてるヤツなのか・・・こんなきつい気分を味わってんのに、喜んでるのかよ・・・いかれてるぜ・・いや、いかれてるのはつけてるヤツじゃなく、ブレイドそのものなのかもな・・・)

 互いの傷を舐め合い、さらに寄り添う葉月と影路。影路が葉月の胸に顔をうずめ、葉月がさらに快楽を覚える。

(影路が、私の中に入り込んでくる・・私の心の中に・・・)

 その快楽を堪能して、葉月が倒れ込む。その彼女の胸を、影路が手で撫で回し、揉み解していく。

「く・・くあぁ・・ぁはぁ・・・」

 葉月が声を荒げて快感を募らせる。

(やっぱり・・これはブレイドで戦ってるときに似た感じ・・・だけどブレイドのせいじゃない・・・これは、人だから、人間だから・・・)

 葉月はこの快感が何なのか、徐々に理解しつつあった。同時に彼女は体の中を駆け巡っていく感情を抑えることができなくなっていた。

 彼女の秘所から愛液があふれ出し、地面と影路の下腹部をぬらす。その感触に影路が眉をひそめる。

「葉月・・お前・・・」

「あぁぁ・・・我慢できなかったよ・・でも、嬉しかった・・・」

 頬を赤らめながらも、影路に向けて微笑みかける葉月。彼女が全てをさらけ出しているのを眼にして、影路が改めて彼女を抱きしめた。

「葉月、お前の体、オレに預けろ・・お前の抱えてるもん、全部受け止めてやる・・」

「影路・・・ありがとう・・・」

 影路がかけた言葉を受けて、葉月は彼に体を預けた。

 体のいたるところを影路に舐め回され、葉月はかつてない快感を感じていた。このままどうかなってしまいそうな感覚に陥りながらも、葉月はその接触を快く受け入れた。

 影路のもたらすかつてない快楽と安らぎに抱かれて、葉月はこの一夜を過ごした。

 

 葉月と影路の捜索のため、魅兎は満身創痍の状態のまま、街に出ていた。エリナも影路の無事を確かめるべく、街中を動いていた。

 しかし葉月と影路を見つけることができず、魅兎もエリナも途方に暮れていた。

「影路は必ず見つけ出す・・どんなことがあっても・・・」

 影路への渇望に駆り立てられ、エリナはさらに捜索を続ける。

 そして街中の路地を曲がったところで、エリナは眼を見開いて立ち止まる。彼女の眼前には、同じく葉月と影路を探していた凛の姿があった。

「アンタ・・・!?

「あの2人を探していたら・・まさかあなたと出会うことになるなんてね・・・」

 驚愕するエリナに、凛が悠然とした笑みを見せて言いかける。

「生憎だけど、あなたの探してる人には会えないわよ。この様子だと、あなたは私を素直に通してくれそうもないから・・」

「そういうことよ。私の邪魔をするものは、何だろうと容赦しないわよ!」

 凛の言葉に反論して、いきり立ったエリナが身構える。同時に2人の腕輪が起動して、2人が漆黒の鎧を身にまとう。

 2人が素早く動いたため、周囲の人々は2人の異質の姿に気付かなかった。エリナも凛も突き出した刃を振りかざして、ブレイドの戦いを繰り広げていた。

 だがエリナは徐々に凛に追い詰められつつあった。やがて街から外れた海岸沿いの砂浜に、エリナは凛の一閃で叩き落される。

 うつ伏せに倒れているエリナの前に降り立った凛が、彼女を見下ろして笑みをこぼす。

「言ったでしょ?私とあなたには力の差というものがあるの。感情だけで乗り切るには、壁が高すぎるのよ。」

「ウフフフ・・壁が高すぎる?・・そのくらいじゃないと面白くないってものよ!」

 凛の言葉に再び反論し、エリナが立ち上がり様に刃を突き出す。しかし凛に簡単にかわされ、エリナは一蹴を叩き込まれる。

 そんな浜辺に魅兎が駆けつけ、劣勢を強いられているエリナを目撃する。

「エリナさん!」

 魅兎がたまらずエリナと凛に向かって走り出す。彼女の感情に呼応するかのように彼女のブレイドが起動し、漆黒の鎧となって彼女を包み込んだ。

 

 影路に全てを預け、体を弄ばれた葉月。心身ともに疲れ果てながらも、彼女は感無量の心境だった。

「これで全部、影路に見られちゃったね・・・」

「何言ってやがるんだよ・・最初はお前からじゃねぇかよ・・」

 葉月が小さく言いかけると、影路が憮然とした態度で愚痴をこぼす。

「ゴメン・・でも、これでスッキリしたかな・・・私、影路に素直に答えられる気がしてる・・・」

「葉月・・・?」

 安堵の笑みを浮かべる葉月に、影路が眉をひそめる。心の奥に秘めていたことを打ち明ける決心をした葉月は、影路にそのことを切り出そうとする。

「影路・・影路に言っておかなくちゃならないことがあるの・・ブレイド装着者のあることについて・・・」

 突然物悲しい笑みを浮かべる葉月に、影路が眉をひそめる。

「それは・・・」

 そして葉月が切り出そうとしたときだった。突如腕輪の宝玉に輝きが宿り、彼女は驚きをあらわにする。

「ブレイドが・・・!?

「動いてる・・・どういうことだよ・・全然動かなくなったって言ってたじゃねぇかよ・・・!?

 驚きを見せる影路の前で、葉月はじっと脈動するブレイドを見つめていた。

「もしかして、近くにアイウェポンか、ブレイド装着者が・・・」

 思い立った葉月は、近くに脱いでいた衣服を着込んで、洞窟から飛び出そうとする。

「お、おい、葉月・・!」

 影路が呼びかけると、葉月はふと足を止め、振り向かずに答える。

「影路、私はもう迷わない・・影路が辛くならないように、私も戦う・・・!」

 葉月は自身の決意を影路に告げると、外へと飛び出していった。一瞬心が揺らいだような感覚にさいなまれながらも、影路も彼女を追っていった。

 

 傷ついたエリナに加勢し、凛に向かっていった魅兎。だがそこへフィーナが乱入し、エリナ共々魅兎は追い込まれていた。

「のこのこと出てきて、不様としか言いようがないわ。」

 フィーナが淡々と告げると、右手の刃を振りかざす。その一閃でフィーナの刃の切っ先が、魅兎の胸をかすめる。それでも痛烈な一撃となり、魅兎は横転する。

 同じくエリナも凛の攻撃を受けて突き飛ばされる。エリナと凛のまとっている漆黒の鎧が消失し、元の腕輪に戻る。

「何て強さ・・全然歯が立たないなんて・・・!」

 毒づく魅兎の前に、フィーナと凛が悠然とした態度で立ちはだかる。

「もうおしまいなの?それじゃ全然戦った気がしないじゃないの。」

 凛がため息混じりにエリナと魅兎を軽蔑する。

「もう、とどめを刺す気にもならない。フィーナ、倒したいなら譲ってあげる。」

「最後まで真面目でいなさい、凛。相手は私たちと同じシャドウゲイザー。最後まで侮ってはいけないわ。」

 きびすを返す凛に注意を促すと、フィーナが刃を構える。追い込まれたエリナと魅兎が緊迫を覚える。

「やめて!」

 そのとき、彼女たちの耳に葉月の声が飛び込んできた。たまらず顔を上げるエリナと魅兎。声のしたほうに眼を向けるフィーナと凛。

 その先には、全力で走りこんできたために息を切らしていた葉月の姿があった。

「葉月さん・・・!?

 魅兎は驚きのあまりに眼を凝らしていた。葉月は力を振り絞って、魅兎とエリナに駆け寄ってきた。

「わざわざ姿を見せてくるとは、落ちぶれたシャドウゲイザーは、ここまで落ちるものということか・・」

 フィーナが葉月にあざけりの言葉をかける。その前で葉月は真剣な面持ちを浮かべ、言いかける。

「エリナさん、魅兎ちゃん・・私、戦う・・・影路を守るために・・・」

 葉月の心に呼応するかのように、彼女の腕にある腕輪の宝玉が光りだす。

「そして、私自身のために!」

 葉月が言い放つと、彼女の腕輪が起動を始める。エリナと魅兎も負けじと立ち上がり、戦意を呼び起こす。

 3人の腕輪が漆黒の鎧となって彼女たちをそれぞれ包み込んでいく。今ここに、3人の漆黒の少女が、それぞれの決意を秘めて立ち上がった。

 

 

次回

第17話「戯」

 

オレは決めたんだ。

アイツがオレを守ると決めたように、オレもアイツを守っていくことを。

それにしても、またオレの近くでくだらねぇことが始まったみてぇだな。

ま、たまにはこういうのも悪くねぇかもな・・・

 

 

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