ウィッチブレイド –Shadow Gazer-
第15話「揺」
自分の呼びかけにブレイドが反応しない。
その現実に葉月は愕然となるしかなかった。どれほど呼びかけても、自分がどれほど望んでも、ブレイドは全く動き出す気配を見せない。
力を失った彼女を、漆黒の鎧を身にまとったエリナが襲いかかる。突き倒された葉月の体を、エリナがブレイドの切っ先を突きつける。
「その体に切り傷をたくさん付けてあげるわ。どんな反応を見せてくれるか、楽しみねぇ。」
眼を見開くエリナを前に、葉月は緊迫を覚える。だがエリナの力に抗うことができず、振り払うことができない。
そのとき、エリナが強烈な衝撃を受けて突き飛ばされる。苦悶の表情を浮かべながらも、エリナは体勢を立て直して踏みとどまる。
葉月とエリナが向けた視線の先には、銃を構えている影路の姿があった。
「影路・・・」
葉月が影路に眼を向けたまま、動揺をあらわにする。影路は同じく動揺しているエリナに鋭い視線を向けている。
「勘違いすんな、葉月。オレにとってブレイド装着者は全て敵だ。これ以上、オレと同じようなヤツを作りたくねぇんだ。」
「影路、違う・・ブレイドを身に付けている人が全員悪いってわけじゃ・・」
低い声音で告げる影路に葉月が言いかける。だが影路は聞く耳を持たない。
「私は敵じゃないわよ、影路。ただ私はあなたのことが・・」
「テメェらが敵かどうか決めるのはテメェらじゃねぇ。オレだ。」
エリナの言葉をさえぎって、影路が銃の引き金を引く。銃口から弾丸が飛び出し、エリナを狙う。
「くっ!」
エリナは毒づいてその弾丸をかわす。そして影路に背を向けて、林の中へと姿を消した。
影路は毒づきながら銃を下げ、倒れたまま動けないでいる葉月に振り向く。
「エリナは逃がしちまったけど、そんな状態のテメェを逃がすことはなさそうだな。」
影路が言い放って再び銃を向けると、葉月がさらに動揺を見せる。
「ブレイドを持ったヤツは危険だ。いつまたオレみたいなヤツを生み出しちまうか分からねぇ。だからオレは、テメェを撃ちぬく・・・!」
影路は葉月を撃とうと、狙いを定める。だが影路は感情の揺らぎを覚えて、狙いを定めることができないでいる。
「何で・・何でコイツを撃てねぇんだよ・・・!」
込み上げてくる苛立ちにさいなまれ、影路が声を上げる。
「コイツをやらなきゃ・・コイツを・・・!」
家族の仇を討つ気持ちと葉月を想う心。2つの感情が錯綜し、影路は苦悩と葛藤に陥っていた。
「影路・・・いいよ・・私を撃って・・・」
「葉月・・・!?」
物悲しい笑みを浮かべる葉月の言葉に、影路が困惑する。
「シャドウブレイドを身に付けている私がいるから、影路が辛い思いをするんだよね。だから私がいなくなれば、影路は満足するんだよね・・・」
葉月に促されるまま、影路は銃を構える。だが深まっていく動揺が、彼に引き金を引かせることをためらわせていた。
「あらあら。ずい分と情けなくなっちゃったわね。」
そのとき、影路の背後から声がかかってきた。振り返った彼の視線の先には、妖しく微笑んでいる凛の姿があった。
「テメェ、誰だ・・・?」
「とりあえず名乗っとこうかな。私は有間凛。そこの子と同じ、シャドウブレイドの装着者。」
影路が声をかけると、凛は悠然さを崩さずに自己紹介をする。
「何だが面白そうなことになってるみたいだけど・・ちょっとだけ待っててあげるから、とどめを刺すなら刺しちゃって。」
凛が笑みを浮かべて、影路に葉月のとどめを刺すよう促す。影路は銃を握り締めて、葉月に鋭い視線を向ける。
だが影路の心は未だに葛藤にさいなまれていた。銃を向けるも、その引き金を引くことができない。
「どうしたの?まさかいまさらになってできなくなっちゃったとか?」
凛が妖しく微笑んで言いかける。すると影路が銃を振りかざして、迷いを振り切ろうとする。
「うるせぇよ・・オレは・・オレは!」
感情をむき出しにした影路が、凛に銃を向ける。
「どういうつもり?あなたが倒したいのは私じゃないでしょう?」
「オレがこれからどうするかはオレが決める。テメェに指図されるいわれはねぇよ。」
疑問を投げかける凛に、影路が鋭く言い放つ。
「それにテメェもブレイドをつけてるんだろ?だったらテメェも、オレが倒さなくちゃならねぇ敵だ!」
「なるほどね。私も何気に嫌われてたということか・・」
ため息混じりに言いかける凛の腕輪が起動し、彼女を漆黒の鎧が包み込む。そして彼女は右手から刃を突き出して、その切っ先を影路に向ける。
「悪く思わないでね。私はやられるくらいならやるほうだから。」
凛が言い終わると、影路が焦りを覚えて発砲する。強烈な勢いで放たれた弾丸だったが、凛は素早い動きでこれをかわしていく。
「これでも速さには自信があるの。まぁ、それを受けてみても私はいいんだけどね。」
凛が妖しく微笑むと、その素早い動きで影路の懐に一気に詰め寄った。そして眼を見開く影路の眼前に刃の切っ先を向ける。
「これだけの至近距離よ。ちょっとでも私に何かするような動きを見せたら、あなたの体をバッサリ切り裂いちゃうから。」
警告を送る凛を前に、影路が毒づく。
「影路!」
そこへ葉月が飛び込み、虚を突かれた凛を突き飛ばす。体勢を崩された凛を前で、葉月が影路の腕を取る。
「影路、こっち!」
葉月が影路を引っ張って、この場から離れる。一瞬追いかけようとした凛だが、それをやめて漆黒の鎧を解除する。
「あの子までやる気になっちゃって・・おかげでこっちのやる気がなくなっちゃったじゃないの・・」
「不満を口にするなんて、よほどイヤなことがあったのかしら?」
そこへ声をかけられ、凛が振り返る。そこには黒いコートを着た女性がいた。
「もう、何しにきたのよ、フィーナ?」
凛が呆れながら女性、フィーナ・サウザンズに声を返す。
「私もそろそろ他のシャドウゲイザーを相手にしてみたくてね。わざわざ外に出てきたってわけよ。」
「なるほどね。でも今私が相手にしようとした装着者は、ブレイドが使えなくなってるみたいなのよ。」
事情を説明するフィーナに凛が淡々と告げる。その言葉にフィーナが疑問を投げかける。
「ブレイドが使えない?どうしたのかしらね。ブレイドは戦う意欲がみなぎっているもののはずなのに・・」
「そんなの私に聞かれても分かんないって・・それよりどうするの?使えるようになるのを待つの?」
「まさか。私たちの目的のひとつは、シャドウブレイドの奪取よ。相手が弱ってるなら、そこに付け込まない手はないわね。」
からかうように言いかけてくる凛に、フィーナは悠然と答える。
「今度は私が彼女を追うわ。凛、あなたは他のシャドウゲイザーの相手をしていてもらえる?」
「まぁ、ブレイドを使えない装着者を相手にしてもつまんないし、私は構わないわよ。」
言いかけてくるフィーナに、凛はため息混じりに答える。2人はそれぞれの標的を狙って動き出した。
影路を連れてひたすら逃げていた葉月。だがヨットハーバーに行き着いたところで、影路が葉月の手を振り払った。
「放せ、葉月!オレはテメェを憎んでるんだよ!」
影路が憤りをあらわにして言い放つと、葉月が戸惑いを見せる。そして気持ちのすれ違いを感じて、彼女は沈痛の面持ちを見せる。
「分かってる・・だけど私は、影路に死んでほしくなかった・・」
「それで償いをしようって魂胆かよ・・!」
「そうじゃない。私は本当に、影路に生きていてほしいと思ったから・・そのためだったら私、影路に殺されてもいい・・・」
切実な心境の葉月の言葉に、影路が当惑を覚える。
「葉月、テメェ、本気で・・・!?」
一瞬迷いを覚える影路。葉月は自ら影路が呈した罪とその償いを受け入れようとしていた。
影路は迷いを振り切って、銃を手にして銃口を葉月に向ける。
「これで全てが終わるんだ・・テメェを倒して、オレは・・オレは・・・!」
憎悪と激情に駆られながら、影路が銃の引き金を引こうとする。だがかけた指が引き金を引くことを否定する。
「何で・・何でこんな・・・!」
倒したいと願っていた仇に対して刃を突き刺せない。葛藤にさいなまれた影路の眼から涙が零れ落ちる。
「何であのとき、テメェに会っちまったんだよ・・あのとき会わなければ、すぐにテメェを撃てたはずなのによ・・・!」
「影路・・・」
歯がゆさを見せる影路に、葉月も困惑を隠せなくなる。たまらなくなった彼女は、悲痛の面持ちで影路に呼びかける。
「影路、撃って!私を撃てば、影路は辛くならなくて済むんでしょ!?」
「葉月・・・!?」
「今の私はブレイドが使えない。生きようと力を使うこともできない。だから影路、今のうちに早く・・!」
葉月が影路に向けて呼びかけるが、影路は銃を放つことができないでいた。
「お願い、影路!このまま私を・・!」
「葉月、オレは、テメェを・・・!」
感情を振るうことができず、影路はついにひざをつく。
「全く、見下げたてたものね、あなた・・」
そこへ声をかけられ、葉月と影路が振り返る。その先には黒い衣服に身をまとった女性がいた。
「テメェ・・・テメェもブレイドの装着者か・・・!?」
影路が女性の腕にある漆黒の腕輪を眼にして、女性に問いかける。すると女性は不敵な笑みを見せて答える。
「私はフィーナ・サウザンズ。フェイツに所属するシャドウゲイザーよ。」
女性、フィーナが意識を傾けると、漆黒の腕輪が起動し、彼女を漆黒の鎧が包み込む。
「ぼうや、ずい分情けないわね。せっかく彼女がとどめを刺させてくれてるのに、その期待に応えられないなんて。」
「うるせぇ・・オレがどうするかはオレが決める!どいつもこいつも、オレのやることを勝手に決めやがって!」
あざ笑ってくるフィーナに反論する影路がついに発砲する。強烈な威力を備えた弾丸だが、フィーナは軽々と回避する。
「強力だけど、私の速さには追いつけないみたいね。」
フィーナが妖しく微笑んで、右手から突き出した刃を影路に向けて振りかざす。影路がとっさに銃を構えるが、フィーナの刃に狙いを外される。
「影路!」
葉月が叫ぶ前で、フィーナが影路に刃を向ける。だがその刃が、飛び込んできた別の刃に阻まれる。
フィーナはひとまず影路から離れ、攻撃を阻んできた相手を見据える。それは漆黒の鎧を身にまとったエリナだった。
「エリナさん、どうして・・・!?」
呆然となっている葉月に、エリナが妖しく微笑んで答える。
「勘違いしないで。別にアンタを助けるつもりなんてないわよ。私が助けたのは影路だけ。」
エリナは刃を突き出して、その切っ先をフィーナに向ける。
「私と影路の邪魔をする者は、誰だろうと叩き潰すだけよ!」
エリナが感情をむき出しにして、フィーナに飛びかかる。フィーナも刃を構えて、エリナの一閃を受け止める。
「どういうつもり?そのぼうやのために、私たちフェイツに歯向かうつもり?・・馬鹿げてるわね。」
フィーナがエリナの言動をあざ笑い、刃を振りかざす。跳ね除けられたエリナが後退し、身構えてフィーナを見据える。
「影路こそが私の全て。私がこうして戦える原動力なのよ・・影路がいなかったら、私は死んだのと同じなのよ!」
言い放ったエリナが再びフィーナに飛びかかり、刃を振りかざす。フィーナはこの一閃を身を翻してかわし、軽やかに刃を振るう。
「ぐっ!」
その攻撃をかすめて、エリナが顔を歪める。だがすぐに歓喜の笑みを見せる。ブレイドを使う者は、戦うことが快感を思えてくるのだ。それが自分が振りに陥っていようと。
「私はあなたと違って、ブレイドの力を十二分に発揮させている。それにあなたよりも戦いの経験を積んでいる。あなたが私に敵う理由はないわよ。」
「好き放題に言ってくれるじゃないの。経験や力が上の相手でも、私は負けないのよ!」
あざけるフィーナにさらに言い放つエリナ。だがエリナの攻撃はフィーナにことごとくかわされてしまっていた。
フィーナは刃を振りかざし、エリナを突き飛ばす。鮮血を散らすエリナが横転し、苦痛をあらわにする。
「だから言ったでしょう?あなたでは私には勝てない。気持ちだけで勝てるほど、戦いは甘くはないのよ。」
フィーナはエリナに言いかけると、一蹴を見舞ってエリナを蹴り飛ばす。横転したエリナから漆黒の鎧が消失する。
「エリナさん!・・このままだと・・!」
葉月がエリナの危機に立ち上がり、腕輪に意識を傾ける。しかし腕輪は何も答えようとしない。
「どうして!?こんなときでも、あなたは私に力を貸してくれないの!?私が望まなかったときには、無理矢理私を戦わせたくせに!」
悲痛さをあらわにして、葉月が腕を押さえて腕輪に呼びかけ続ける。その様子を眼にして、フィーナが呆れる。
「あなたもつくづく呆れるわね。これでは勝負以前の問題ね。」
フィーナがゆっくりと葉月に近づき、刃の切っ先を向ける。葉月が怯え、徐々に後ずさりする。
そこへ再び黒い影が飛び込み、フィーナの前に立ちはだかる。それは葉月たちを探していた魅兎だった。
「葉月さん、影路さん、大丈夫ですか!?」
「魅兎さん・・・」
フィーナの攻撃を防ぎながら呼びかける魅兎に、葉月が呆然となる。
「あなたと影路さんを探していたら、ブレイドが反応しまして・・ここは私が食い止めます!葉月さんたちは・・!」
葉月と影路に促そうとしていた魅兎。そのとき、フィーナを食い止めていた魅兎を、割り込んできた凛が突き飛ばしてきた。
「うあっ!」
魅兎が横転して倒れ込む。すぐに立ち上がった彼女の前に、漆黒の鎧を身にまとった凛が立ちはだかる。
「フィーナ、この子の相手は私がするわ。その2人は好きにしていいわ。」
「割り込んできてそれはないんじゃないの?・・・まぁいいわ。好きにするといいわ。」
凛の声に一瞬不満を見せると、フィーナは改めて葉月に眼を向ける。
「とにかく邪魔者がいなくなったみたいね。それじゃ続きをしましょうか。」
フィーナが妖しく微笑むと、刃を構えて葉月に迫る。そこへ影路が銃を構えているのに気付いて、フィーナは立ち止まる。
「あなたはブレイドの装着者を憎んでるんでしょ?だったらあなたのその行為は、あなた自身に矛盾しているのでは?」
「ブレイド装着者はオレにとって全員敵だ。アイツも、そしてテメェもだ!」
疑問を投げかけるフィーナに向けて、影路が言い放つと発砲する。だがフィーナは軽々とかわし、影路に膝蹴りを見舞う。
「ぐっ!」
一蹴を受けて影路がうめき、突き飛ばされる。攻撃を当てられないでいる彼を、フィーナが一瞥する。
「実に滑稽。失望の極みだわ。そんな中途半端な考えでは、私はおろか誰にも勝てないわよ。」
言いかけて刃を振りかざすフィーナ。影路はとっさに銃を撃つが、彼女の一閃の威力のほうが強く、逆に彼が弾き飛ばされる。
満身創痍に陥った影路に、冷淡な眼差しを向けるフィーナ。その様子に葉月が困惑するばかりだった。
「これでチェックよ。切り刻んだ後、海の藻屑にしてあげるわ。」
「影路!」
刃を振り上げるフィーナと立ち上がれないでいる影路の間に割って入ろうとする葉月。フィーナの刃から放たれたかまいたちの先にある影路を、葉月が飛びついてかばおうとする。
フィーナの放った一閃は葉月の右肩をわずかにかすめた。だがそれでも肩から鮮血が飛び散り、彼女は苦悶を浮かべる。
そして葉月と影路はこのまま海の中へと落ちていった。笑みを消したフィーナが海を見据えるが、彼女は2人を確認することができなかった。
「逃がしてしまったようね・・でも私が確認できないところにいるなら、もう無事ではすまないでしょうね。」
フィーナは笑みをこぼすと、視線を海から凛と魅兎に向ける。凛の攻撃に押されていた魅兎が、葉月と影路が海に落ちたことに気付き、撤退を決め込んだ。
相手を逃がしたことに落胆を見せると、凛はフィーナに振り返る。
「ゴメン。逃がしちゃった。」
「私も逃がした。助からないと思ってあえて追求しなかったわ。」
苦笑いを浮かべる凛と、淡々と告げるフィーナ。そこでフィーナが、周囲にエリナの姿もなくなっていることに気付く。
「エリナまで消えたか・・もはや彼女は、裏切り者として抹殺の対象にすべきね。」
「そうね。ま、私には楽しむ相手が増えていいんだけどね。」
フィーナの言葉に、凛が笑みをこぼして言いかける。2人はそれぞれ漆黒の鎧を解除して、人の姿を見せる。
「とにかく3つのシャドウブレイドの回収に向かうわよ。ブレイドのデータは、私たちフェイツの支配を促進させるわ。」
「分かりました。でも少しぐらい楽しませてもらわないと、退屈しちゃうから、その点はよろしくね。」
言葉を交し合うと、凛とフィーナは葉月たちシャドウブレイドの装着者の行方を追うため、手分けして歩き出した。
日は傾き始めており、蒼かった海の色が次第に茜色に染まりつつあった。
次回
ブレイドが使えなくなった私に、いったい何ができるんだろう?
力が使えなくても、私は影路を助けたい。
昔の思い出のない私には、今の気持ちしかないの。
今の私には、影路を見過ごすことはできない。
たとえ私がどうなっても・・・