ウィッチブレイド –Shadow Gazer-
第14話「家」
漆黒の鎧をまとった異質の女性は葉月だった。その事実を目の当たりにして、また自分の正体を見られたことに、影路も葉月も動揺の色を隠せなかった。
「影路、これは・・・!?」
「葉月、どういうことなんだ・・・!?」
何とか声を振り絞ろうとするものの、葉月も影路も言葉にできなかった。
「まさか、お前がオレの家族を・・・!?」
影路が憤りを覚え、たまらず銃を取り出して銃口を葉月に向ける。その行為に葉月が緊迫を覚える。
「ずっと騙してたのか・・オレを・・お前の周りにいるヤツら、みんなを・・・!?」
「影路・・・!」
声を張り上げる影路に対し、葉月がたまらず叫ぶ。その悲痛の叫びに影路が動揺し、手にしていた銃が震えて狙いがぶれる。
さらなる動揺を見せる影路を眼にして、葉月は沈痛の面持ちを浮かべた。
「・・・そうだよね・・・影路にとって、ブレイドを付けて戦っている人はみんな敵なんだよね・・・」
葉月が言いかけると、影路がどうしたらいいのか分からなくなってしまう。眼に涙を浮かべた葉月は、影路に背を向けて走り去ってしまった。
影路は彼女を追いかけることができなかった。彼女への憎悪と彼女に対する気持ちが葛藤し、彼はいたたまれない気持ちでいっぱいになっていた。
葉月との交戦を終えた凛が、腑に落ちない面持ちのまま大広間に戻ってきた。その中心には黒ずくめの男が立っていた。
「どうした?シャドウゲイザー同士の戦いは楽しめたか?」
「全然。もっと本気になれるかと思ったんだけど・・」
男の問いかけに凛がため息をつく。彼らの中ではシャドウブレイド装着者を影の傍観者「シャドウゲイザー」と称している。
「まだ力は解放されていないか。だがいずれ戦いの中で力を解放することだろう・・」
男がシャドウブレイドの力を見据えて、歓喜の笑みを浮かべる。狂気に満ちたその笑みに、凛も笑みをこぼしていた。
「楽しそうね?私にもその楽しみを分けてもらいたいわね。」
「あぁ、もちろんだ。私やお前だけでなく、全てが退屈しないひと時を過ごすことになる。この“フェイツ”を統べる者、ヴォルドーの支配下の中で・・・」
男、ヴォルドーが笑みを強めて、これから起こることを見据えていた。
「さて、私は他のシャドウゲイザーを相手にしてくるわ。」
凛は苦笑を浮かべながら、大広間を後にした。
葉月は漆黒の鎧をまとった女性、家族の仇だった。そう感じていた影路は、様々な感情にさいなまれていた。
これからどうしたらいいのか分からないまま、影路は「シエル」に戻ってきた。
「ただいま・・・」
元気なく声をかけて店に入る影路。するときぬが不満をあらわにして駆け寄ってきた。
「いつものように勝手に出て戻ってきたと思ったら、そんな浮かない顔しやがって。どうしたんだよ?」
「別に・・・」
言い寄ってくるきぬに対し、影路は憮然とした態度で答える。店内を見回して、彼は眉をひそめた。
「葉月はどうした?戻ってきてないのか?」
「ルイと一緒に出てったきり戻ってきてないぞ。それがどうかしたのか?」
影路の問いかけに、きぬが一瞬きょとんとなりながら問い返す。
「まさか、アイツ・・・!?」
思い立った影路がたまらず店を飛び出す。
「お、おい、影路!」
きぬが呼び止めるが、影路は聞かずにバイクで外に出てってしまった。眉をひそめているきぬの肩を、シエルが優しく乗せてきた。
「何かあったのですか?」
「シエル姉ちゃん・・・」
微笑みながら声をかけてくるシエルに、きぬは戸惑いを見せた。
自分の正体を影路に知られてしまったことに、葉月はたまらず駆け出してしまった。人気のない裏路地で、彼女は壁にもたれかかり、辛さのあまり涙をこぼしていた。
「どうしよう・・影路、私を家族の仇だと思ってるよ・・・」
不安を口にする葉月が、体の震えを抑えることができないでいる。
「もしかしたら、私は影路の家族を・・・!?」
葉月はさらに不安を思い返し、たまらず自分の体を抱きしめる。失われた記憶の中で、自分は影路の家族を手にかけたのかもしれない。そう思った彼女はいても立ってもいられなくなった。
「こんなものがあったから・・こんなものがあったから、私は誰かを・・・」
困惑と恐怖を募らせた葉月が、右腕に付けられている腕輪に敵意を向けた。このブレイドが、望んでもいない戦いへと彼女を駆り立てたのだ。
葉月は自分の右腕に左手をかけ、腕輪を外そうとする。しかし腕輪はまるで体の一部になってしまっているかのように付けられていて、強引に外そうとしても外れず、腕に痛みを与えるだけだった。
やがてその痛みに耐え切れなくなり、葉月は腕輪を引き剥がすのをやめる。力の入れすぎで息が荒くなった後、葉月は込み上げてくる悲痛さに耐え切れなくなり、うなだれる。
「どうして・・どうして外したくても外せないの・・・!?」
絶望に陥り、葉月は涙を流していた。どれほど望んでも願っても、腕輪は非情にも外れることはなかった。
「これは、私に何をさせたいの・・どうして私に戦いをさせるの・・・?」
葉月は腕輪をじっと見つめて呼びかける。だが腕輪は何も答えず、何の反応も示さない。
「私はもう戦いたくない・・影路やみんなを辛くしてまで、戦いたいとは思わない・・・!」
葉月は恐怖と絶望感のあまり、シャドウブレイドを完全に否定する。そして彼女は夢遊病者のように歩き出した。
その頃、ルイと魅兎はデュールと合流し、そこから澪士と合流しようとしていた。シャドウブレイドの調査やブレイドリムーバーの捜査を行っていたデュールは、その中である組織の情報を入手していた。
それは「フェイツ」という組織だった。フェイツは闇組織の中で絶大な脅威を誇っている。かつてクローンブレイドの製造とネオジーンと呼ばれる少女の教育を行っていた「NswF(ナソエフ)」は、実はフェイツの下部組織だった。
ナソエフを影で掌握していたフェイツが、ブレイドに関与していないはずがない。アークレイヴはデュールを筆頭に、フェイツの素性の調査も行われていた。
「なるほどね。コイツは厄介なのが出てきたもんねぇ・・」
ルイがフェイツに関する情報を耳にして、ため息をつく。
「もしかしたら、ブレイドリムーバーを保持している可能性も考えられます。デュールくん、もう少し調査を進めてくれない?」
「もちろんだよ。ルイさんや魅兎ちゃんが頑張ってるんだから、僕も頑張らないと・・」
魅兎の呼びかけにデュールも真剣な面持ちで頷く。
「ルイさん、デュールくん、私は葉月さんのそばに付こうかと思います。同じシャドウブレイドの装着者ですし、別れているより一緒に戦っていったほうがいいと思うんです。」
「魅兎ちゃん・・・分かった。何かあったらすぐそっちに連絡入れとくから、葉月にもそう伝えといて。」
「分かりました。ひとまずは鷹山さんと話を交わしてからということで。」
話をまとめたところで、ルイが車のスピードを上げる。そして彼女たちは、澪士の待つ研究施設にたどり着いた。
「お待たせ、鷹さん。こっちもこっちでいろいろあっちゃって・・」
車から降りてきたルイが、澪士に苦笑いを見せる。
「言い訳は言わなくていい。それで、咲野葉月と影路は合流できたのか?」
「あ、確認してなかった・・ちょっと待っててください。すぐ連絡しますわ。」
澪士の呼びかけを受けて、ルイがそそっかしく自分の携帯電話を取り出す。だがいくら連絡をしてみても、葉月からの応答がない。
「あれ?おかしいなぁ。何かあったのかな・・・?」
なかなか出ない葉月に、ルイが首をかしげる。その間に澪士は影路への連絡を試みていた。
“はい。”
「影路か。咲野葉月とは会えたか?」
憮然とした態度で出てきた影路に、澪士が問いかける。
“会えたことには会えたけどな・・・アイツは・・オレの家族を・・・!”
答えながら語気を荒げていく影路に、澪士が眉をひそめる。
「どうした?葉月に何かあったのか・・・!?」
“・・・オレは、これからどうしたらいいのか分からねぇ・・少し時間をくれ・・・”
「お、おいっ!」
澪士が呼び止めるのも聞かずに、影路が電話を切ってしまった。
「ダメ。葉月ちゃん、全然出ませんよ。影路くんのほうは?」
ルイがため息混じりに言いかけると、澪士が憮然とした態度で携帯電話を上着のポケットに入れる。
「出たには出たが、アイツ、かなり感情が高ぶっているようだ・・」
「何だか気まずいことになっちゃってるみたいで・・」
ルイがさらに苦笑を浮かべる。澪士のいたたまれない様子を見て、ルイは影路に起こっている事情も大方察した。
「鷹さん、私が影路くんと話をしてきますわ。魅兎ちゃんは葉月ちゃんをお願い。デュールくんは鷹さんに協力して、情報をリンクさせて。」
ルイが澪士に呼びかけ、魅兎とデュールに指示を出す。そして彼女は車に乗り、影路の捜索に出た。
「それでは鷹山さん、私は葉月さんのところに行きます。デュールくん、鷹山さんをお願いね。」
魅兎も葉月を追い求めて、研究施設を後にした。
もうろうとなりかかっている意識の中、葉月は街中をさまよっていた。だがいつしか彼女は、「シエル」へとたどり着いていた。
「ここは・・・」
葉月が店の前で呆然としていると、彼女に気づいたシエルが店から出てきた。
「葉月ちゃん・・・どうしたのですか、今まで!?・・影路さんが心配してましたよ・・・!」
シエルが普段見せないような深刻な面持ちで、葉月に呼びかける。その声で、葉月はようやく我に返る。
「シエルさん・・私・・・」
いたたまれない気持ちにさいなまれていた葉月が、シエルに戸惑いを見せる。そして全ての辛さから解放されたかのように、葉月はシエルにすがりついた。
「葉月ちゃん・・・」
「シエルさん、私、これからどうしたらいいのか分からないんです・・・このままじゃ影路を・・ううん、シエルさんやカニちゃん、みんなを傷つけてしまう・・・!」
沈痛の面持ちを浮かべるシエルに、葉月は泣きじゃくった。今までにないくらいに自分の弱さをさらけ出していたと、葉月は胸中で囁いていた。
「よかったら、話を聞かせてもらえますか・・・?」
「・・・はい・・・」
優しく言いかけてくるシエルに、葉月は小さく頷いた。
シエルに支えられて店の中に入った葉月は、シエルときぬにこれまでの出来事を話した。シャドウブレイド、エクスコン、アークレイヴ、影路の過去についても。
あまりに現実離れしたことに、シエルもきぬも言葉を切り出せなかった。
「私はこのシャドウブレイドで、みんなを傷つけているエクスコンと戦ってきたんです・・ブレイドに導かれるまま・・・」
沈痛の面持ちで語りかける葉月。事情を知ったシエルが、ここでようやく言葉を切り出した。
「そんな辛い思いをしていたのに、全然気付いてあげられなくて・・・ごめんなさい、葉月さん・・」
「いいんです、シエルさん。私が打ち明けなかっただけですから・・・」
シエルの言葉に葉月が弁解を入れる。するときぬが不満を浮かべながら言いかける。
「全くずるいよな、葉月も影路も。自分たちだけで抱え込んでたんだからな。」
「カニちゃん・・ごめん・・・」
「謝るくらいなら、最初から僕たちを信じろってんだよ。お前にとって僕やシエル姉ちゃんは、そんなに信じらんないもんなのかよ・・・!」
沈痛の面持ちを浮かべて謝罪する葉月に、きぬが言いとがめる。その言葉に葉月が戸惑いを見せる。
「たとえお前がどんなヤツだったとしても、葉月は葉月だろ。僕も姉ちゃんも、そう思ってるんだからさ。」
きぬの言葉を受けて、葉月は今までにない喜びを感じた。ここまで自分が大切にされていたことを実感して、彼女は束縛から解放されたような気分を覚えていた。
「葉月さん、あなたが影路さんに対して何をしたいのですか?」
「影路に・・・?」
シエルの言葉に葉月が戸惑いを見せる。
「私もカニちゃんも、いろいろと助言することはできます。ですが最後に自分がどうするかは自分自身です。」
「シエルさん・・・」
シエルに励まされて、葉月がふと笑みをこぼす。するとシエルが葉月を優しく抱きとめる。
「もう1度戻ってきてください。あなたにとっても影路さんにとっても、ここは家なのですから。」
「家・・・」
「そうです。ここがあなたたち2人の家なのですよ・・・」
シエルの言葉を受けて、葉月は喜びをこらえることができなかった。自分の名前以外の全てを失っていた自分に、家があるはずもなかった。だが今は、こうして自分の帰るべき場所が、家が存在している。
葉月は自分が今、小さな幸せの中にいることを感じていた。
「ありがとうございます、シエルさん、カニちゃん・・・私、必ず帰ってきますから・・・」
葉月がシエルときぬに笑顔を見せる。彼女が元気と勇気を取り戻したことに、2人も喜びを感じていた。
「おいしいカレーを用意して待っていますからね。」
「アハハ・・はい。」
やはりカレーが絡むのだと思い、葉月はシエルの言葉に苦笑いを浮かべた。
シエルときぬからの励ましを受けて、葉月は影路に再び会うことを決意した。彼女は影路を追い求めてバイクを走らせ、街へと繰り出していた。
しかしこの広い街の中、1人の青年を見つけるのは困難だった。それでも葉月は諦めずに捜索を続けた。
そのとき、葉月は突如ブレーキをかけてバイクを止める。その眼の前には妖しい笑みを浮かべるエリナの姿があった。
「エリナさん・・・?」
「久しぶりね、葉月さん。会いたかったわ・・」
戸惑いを見せる葉月に、エリナが妖しく語りかける。
「私、葉月さんと影路さんがいなくて寂しかったわ。影路さんがほしくて・・アンタを弄びたくて・・」
淡々と語るエリナの身に付けている腕輪の宝玉が淡く光る。
「ウズウズしてたのよ!」
眼を見開いて叫ぶエリナのブレイドが起動し、彼女を漆黒の鎧が包み込む。彼女が腕から刃を突き出し、その切っ先を葉月に向ける。
葉月はとっさにこの場を離れ、人のいない森の中に移動する。そこで追ってきたエリナを迎え撃つことにした。
「ここなら文句はないでしょ?さぁ、たっぷり楽しませてもらうわよ。」
エリナが期待に胸を躍らせて、葉月を見据える。葉月は自身のブレイドに意識を傾け、漆黒の鎧をまとうイメージを展開する。これにブレイドが応えるはずだった。
だが葉月がどんなに意識を傾けても、ブレイドが全く反応を見せない。
(えっ・・・!?)
葉月はこの瞬間が信じられなかった。自ら戦いを求め、戦いを察知すれば装着者の否応なくその力を発揮するはずのブレイドが全く動き出さないのだ。
(どうして・・・!?)
愕然となりかかりながらも、葉月はさらにブレイドに呼びかける。だがそれでもブレイドは反応しない。
「動いてよ!どうして動いてほしいというときに動いてくれないの!?」
悲痛さをあらわにしながら叫ぶ葉月。その様子を眼にして、エリナが哄笑を上げる。
「不様ねぇ。まさか自分のブレイドに嫌われちゃったの?でも、私にとっては見物だけどね。」
エリナの態度を前にして、葉月が視線をブレイドから彼女に向ける。
「これならすぐに終わっちゃうとこだけど、じっくりなぶってみるのもいいかもね。」
エリナは言いかけると、愕然となっている葉月を一蹴する。腹部を蹴られた葉月が突き飛ばされ、仰向けに倒れる。
「何もできない・・今の私は、何もできない・・・ブレイドにも見放されて、自分の気持ちを貫こうとしても貫けない・・・」
悲壮感に陥り、葉月は涙をこぼしていた。その彼女の前に、エリナがあざ笑いながら立ちはだかる。
「さて、これから体にひとつひとつ傷を付けていって、アンタの断末魔の悲鳴を聞くの。すばらしいと思うでしょ?」
エリナは自力で動けないでいる葉月の左腕に、ブレイドの切っ先を突きつける。その危機に、葉月は緊迫の色を隠せなかった。
次回
オレはこれからどうしたらいいんだ・・・
このままアイツを撃てばいいのか・・・
オレがどうするかはオレが決める。
誰かの指図を受けるつもりはねぇ。
アイツも、そう思うだろうか・・・