ウィッチブレイド –Shadow Gazer-

第13話「危」

 

 

 ブレイド装着者たちとの交戦から生還した影路。彼は自力で「シエル」に戻ろうとしていたが、その途中で葉月に呼びかけられた。

「影路!・・よかった、無事だったんだね・・」

「葉月?」

 駆け込んできた葉月に、影路が眉をひそめる。

「私も魅兎さんもルイさんも、みんな心配になって・・」

「悪かったな・・いろいろあったけど、とにかく心配かけちまったみてぇだな・・」

 葉月の言葉を受けて、影路がぶっきらぼうに答える。意外な返答に、葉月は一瞬当惑を覚えた。

「とにかく店に戻るぞ。あのガキに文句を言われるのはウンザリだからな。」

「そんなこといったらカニちゃんに悪いよ、影路・・」

 悪ぶった態度を見せる影路に、葉月は微笑んで言いかける。2人は一路、「シエル」に戻っていった。

 店にはシエル、きぬ、ルイの他に、先に戻っていた魅兎の姿もあった。店内に入った葉月と影路に、きぬが不満の面持ちを浮かべて詰め寄ってきた。

「おい、影路、今までどこに行ってたんだよ!みんな心配してたんだぞ!」

「悪かった、悪かった。みんなに心配かけたのはすまなかった。」

 言い寄ってくるきぬに影路が詫びる。しかし心のこもっていない彼の態度に、きぬはさらに苛立ちをあらわにする。

「影路さん、さっきあなたの携帯電話が鳴っていましたよ。」

「えっ?オレの?」

 シエルが言いかけると、影路は眉をひそめて休憩室に向かった。自分の携帯電話を手にすると、着信が入っていた。

 かけてきたのは鷹山だった。影路はリダイヤルを押して、澪士への連絡を取る。

「もしもし・・何の用だ?」

“何の用だ、はないだろ・・検査の準備が整った。出られるか?”

「あ、あぁ。すぐに行く。しっかり頼む。」

 澪士との連絡を終えて、影路は店を飛び出そうとする。だがそこで、苛立ちが頂点に達しているきぬに止められる。

「おいっ!また勝手にどっか行く気かよ!いい加減きちんと仕事しろよ!」

「うるせぇなぁ。こっちにはこっちの都合があるんだよ。いちいちしゃしゃり出てくんな。」

 きぬの抗議を一蹴して、影路は改めて店を飛び出した。彼を見送った葉月は、不安を感じて沈痛の面持ちを浮かべていた。

 

 澪士からの連絡を受けて、影路はバイクを走らせていた。彼は澪士のいる別荘に向かい、その前でバイクを止めた。

 影路が来たのに気づいたのか、彼が玄関に向かう途中でそのドアが開き、澪士が姿を見せた。

「少し手間取ったが、準備は整った。どんな結果になるか補償はできない。その点は覚悟してもらいたい。」

「今までそれなりに修羅場を潜ってきてんだ。それくらいの覚悟はできてるさ。」

「・・・そうか・・みんな待ってる。急ぐぞ。」

 影路の決意を察した澪士。影路も真剣な面持ちで無言で頷いた。

 澪士が車で移動し、影路がその後についていく。2人は海沿いの埠頭に行き着き、立ち並ぶ建物の一角の前で止まる。

 澪士に案内される形で、その建物へと向かう影路。澪士が門前のパネルを操作すると、固く閉ざされていたドアが開く。

 そのドアを通り、暗い廊下を進んでいく。そして突き当たりのドアを開けると、そこには明かりに照らされた研究施設があった。

 いきなり暗い場所から明るい場所に出たため、影路は一瞬眼がくらんでいた。だがすぐに視線を戻すと、その施設には澪士の部下である研究員たちが迎えてくれた。

「局長、お待ちしてました。」

 その1人が澪士を迎え、握手を交わす。

「オレはもう局長ではない。とっくの昔に導示を辞めた人間だ。」

「それでも我々にとっては、昔も今も局長は局長ですよ。」

 澪士が弁解を入れるが、研究員たちは考えを改めなかった。そこで研究員たちが憮然とした態度を見せている影路に眼を向ける。

「君が雨宮影路くんだね。これから君の身体検査を行う。」

「あぁ。この際だから徹底的に調べてくれ。」

 言いかけてくる研究員に、影路は淡々と言葉を返す。そして、影路への身体検査が行われることとなった。

 

 一方、葉月はカレーを食したルイと魅兎を見送るべく、店の外に出ていた。

「いやぁ、やっぱシエルちゃんのカレーは、何度食べても飽きないわねぇ。」

 ルイが気さくな笑みを浮かべて、シエルのカレーを絶賛する。葉月と魅兎が苦笑いを浮かべると、すぐに真剣な顔を見せた。

「葉月さん、まだまだ問題は山積みです。エリナさんがこれからどんな行動を取ってくるのかも含めて。」

「はい。ですが、エリナさんも本当は悪い人じゃないと思うんです・・」

「あなたの彼女を信じたい気持ちは、分からなくもないです。ですが現に彼女は影路さんをさらい、あなたや私に危害を加えることも厭わなかった。これは楽観視できることではないです。」

 信頼を抱える葉月に対して、魅兎は言いとがめる。魅兎は現状を把握した上で、エリナに疑念を抱いていたのだ。

「とにかく注意してください。私たちアークレイブは、ブレイドリムーバーの行方を引き続き行います。いろいろとコネもありますし。」

「コネ、ですか・・・?」

 魅兎の言葉に葉月が眉をひそめる。するとルイが笑みを見せたまま口を挟む。

「導示重工って知ってるよね?今、私はそこの局長だった人から協力を得ることに成功したのよ。」

「導示の局長・・鷹山・・・まさか、影路が会いに行ったのって・・!?

 ルイの言葉から、葉月は思い立って声を荒げていた。その様子にルイが疑問を投げかける。

「えっ?な、何?何?」

「さっき、影路の携帯電話が鳴っていたって、シエルさんが言ってましたよね。その相手って、その導示の鷹山澪士局長じゃ・・」

 葉月のこの言葉に、ルイが思わず笑みを消した。

「まさか影路くん、鷹さんと連絡取り合ってるんじゃ・・」

 ルイも思い立ち、澪士への連絡を試みようと携帯電話を取り出す。だが電波が届かないのか電源を入れていないのか、澪士とつながらない。

「連絡がつかない・・魅兎ちゃんは先に戻ってて。私が鷹さんに会ってくる。」

「私が行きます!」

 ルイが魅兎に指示を送ったところで、葉月が声をかけてきた。

「鷹山さんと影路が関わってるなら、私も何かしなくちゃいけないんだと思うんです・・・!」

「葉月ちゃん・・・」

 葉月の決意を目の当たりにして、戸惑いを覚えるルイと魅兎。その決意を察したルイが、微笑んで頷く。

「分かった。葉月ちゃんにも協力してもらうとしましょうか。」

「ルイさん・・」

 ルイの判断に魅兎が当惑する。

「葉月ちゃんもシャドウブレイドの装着者なんだよ。いろいろと悩んで、そんで決意した女の子の気持ちを踏みにじるマネは、私はしたくないね。」

 ルイの言葉を聞いて、魅兎も葉月の決意を汲むことにした。ブレイドの運命の中で苦悩しているのは自分だけではない。ブレイドを身に付けている者、そしてその周辺の人、それに関わろうとしている者も錯綜しているのだ。魅兎はそう見解していた。

「分かりました。では澪士さんの別荘と、澪士さんが使っている研究施設の場所を教えます。ただし研究施設は関係者の秘密事項になっていることなので、他言は控えてください。」

 魅兎の言葉に葉月は頷いた。そしてルイたちが示した場所、澪士の別荘に向かって、葉月もバイクを走らせた。

 

 全ての身体検査が終了し、影路のデータがコンピューターにかけられて、さらに精密な分析が行われていた。その体の詳細に対して、澪士は厳しい顔を見せていた。

「局長、影路くんの体は・・・」

 操作パネルを叩いていく研究員に、澪士は小さく頷いた。

「この手法は、アイウェポンの改造に酷似しているな・・・」

 澪士が分析を言いかけたところで、検査を終えた影路が部屋に入ってきた。

「お疲れ様、影路くん。」

「あぁ・・それで、オレの体はどうなってたんだ・・・?」

 研究員の言葉を受けて、影路が問いかけ、モニターに映し出されているレントゲンを眼にする。澪士がそんな彼に説明を入れる。

「やはり普通の人間ではなかった。体内のほとんどが機械的な構造になっていて、いわば改造人間というべきだろうか・・」

「改造人間・・・!?

 澪士が告げた言葉に、影路は慄然となる。

「外見は人間と変わらず区別がつかないが、その身体能力は常人を大きく超えている。お前の所持していた銃も同様に、構造や威力から常人が扱える代物ではない。お前のように、人間を超えた力を持った者を除いて・・」

「なるほど・・これでコイツがオレに使えたのがよく分かったぜ・・・」

 澪士の説明を聞いて納得した影路が、常備していた銃を取り出して、まじまじと見つめる。この銃は自分の意志を貫くための武器であり、自分を覆い隠している謎でもあった。

「けれども、君の体について全てを調べつくしたわけじゃない。まだまだ謎が隠されてるのかもしれない。」

 研究員が説明を付け加えると、影路も無言で頷いた。

「また何かあるかもしれない。発見次第連絡を入れておく。」

「分かった。また厄介になっちまうな・・」

 澪士にも言いとがめられて、影路は苦笑を浮かべた。

 一路、研究施設から外に出る影路と澪士。そこで澪士は切っていた携帯電話の電源を入れた。

 すると電話とメールでそれぞれ着信があった。いずれもルイからのものだった。

「ん?何だ?」

 澪士は眉をひそめつつ、ルイへの連絡を取る。

“あっ!やっとつがったよー。電源切ってたみたいで、それでメール一応送ってみたんですけど、それでもなかなか返信来なくて・・”

「能書きはいい。要点だけを伝えろ、ルイ。」

 ルイの緊張感のない声に呆れながら、澪士が話を振る。

“鷹さん、今どこにいるんですか?”

「ん?何かあったのか?」

 ルイの質問に対して、澪士が問い返す。

“そこに雨宮影路くん、いますか?実はブレイド装着者の1人の咲野葉月ちゃんが、影路くんを探してるんですよ。”

「ブレイド装着者?彼女に何かあったのか?影路ならいるが・・」

“あ、そこにいるんですね。今、葉月ちゃんは鷹さんの別荘に向かってるんですが・・”

「そうか・・分かった。詳しいことは後で聞かせてもらう。すぐに影路に向かわせる。」

 澪士はルイとの連絡を終えて電話を切る。

「何かあったのか?」

「影路、咲野葉月という子がお前を探して動いているらしい。」

「何?葉月が?」

 澪士の言葉に影路が眉をひそめる。

「今、私の家に向かっているらしい。お前も行ったほうがいい。」

「全く、アイツ。いったい何考えてやがるんだ。」

 影路が苛立ちを見せると、葉月を追うべくバイクを走らせた。澪士も影路の身体のさらなる調査のため、研究施設へと戻った。

 

 同じく、影路を追ってバイクで移動していた葉月。ルイから聞いた澪士の別荘へとたどり着き、彼女はその玄関に向かう。

 そのインターホンを押して、人が出てくるのを困惑の面持ちで待つ。すると梨穂子がドアを開けて姿を見せ、葉月を見て一瞬きょとんとなる。

「ここ、鷹山さんの家だよね?」

「はい。そうですけど・・あなたは・・・?」

 互いに訊ね合う葉月と梨穂子。

「私は咲野葉月っていうんだけど・・ここに雨宮影路って人が来てないかな・・?」

「影路さん?・・影路さんならパパと一緒に出かけていきましたよ。」

 梨穂子の答えに、葉月が当惑する。ここに影路はいない。葉月はひとまずルイに連絡を入れようと、携帯電話を入れているジーンズのポケットに手を伸ばす。

 そのとき、その右手にある腕輪の宝玉が淡く光る。その光に葉月だけでなく、梨穂子も気づく。

「葉月さん、それ、もしかして・・・!?

 梨穂子が言いかけたときだった。突如伝わってきた感覚に、葉月がたまらず振り返る。そこには1人の黒髪の女性が立っていた。

「あなたが咲野葉月さんですね?」

「あの、あなたは・・・?」

 妖しく微笑みかける女性に、葉月が当惑を見せる。すると女性は右手を掲げて答える。

「私は有間凛。あなたと同じ、ブレイドの使い手よ。」

「ブレイド装着者!?・・シャドウブレイドは3つだって聞いてる・・・別の種類のブレイド・・・」

 女性、凛が見せた腕輪に、葉月は動揺を覚える。梨穂子も戸惑いを見せているが、怯えずに踏みとどまろうとしている。

「そこのお嬢さん、私は葉月さんに用があるの。危ないからお家に入ってなさい。」

 凛が梨穂子に向けて呼びかける。そして葉月も迷いを振り切って、梨穂子に手を差し伸べる。

「戻ってて、梨穂子ちゃん。あの人は私を相手にしたいみたいだから・・」

「葉月さん・・・うん。分かったよ・・」

 葉月に言われて、梨穂子は戸惑いながら別荘に向かった。彼女が離れたのを確かめてから、葉月は凛に視線を戻す。

「あなたのブレイド、いったいどこから・・・!?

「ウフフフフ。私に勝てたら、教えてあげてもいいわよ。」

 問いかける葉月に対して、悠然さを崩さない凛。その腕輪が蠢き、やがて異質の鎧となって彼女を包み込む。

 ブレイド装着者としての凛の姿は、明らかに漆黒のシャドウブレイドによるものだった。

「そんな・・・シャドウブレイドは、3つしか作られてないって・・・!?

「新しく作ったのを、私が付けてるのよ。さぁ、次はあなたの番よ。せめて退屈しない戦いにしてちょうだいね。」

 凛がさらに妖しく微笑んで、葉月を挑発する。葉月も自身に付けられているシャドウブレイドに駆り立てられて、戦意を見せる。

 その腕輪が起動し、葉月に漆黒の鎧をまとわせる。2人のシャドウブレイド装着者が対峙し、互いに腕から刃を突き出していた。

「アンタは私を十分に楽しませてくれるのかしら?」

「少なくとも、退屈するようなことは私は望んでないから・・」

 葉月も妖しく微笑んで言いかけると、凛も笑みを崩さずに答える。

「それじゃ、早速始めるとするわね・・」

 葉月が言い放つと凛に飛びかかり、刃を振りかざす。凛は軽く刃を掲げて、葉月の一閃を軽々と受け止める。

「どうしたの?こんなもんじゃ私は満たせないわよ。」

 凛は刃を振りかざして、葉月を弾き飛ばす。着地した葉月が笑みを崩さずに、再び凛に飛びかかる。

 凛も刃を振りかざして、葉月の刃を迎え撃つ。2つの刃が衝突し、次々と火花が散る。

「まだまだ。これでは満足するには足りなさ過ぎる。」

 いきり立った凛が前に踏み込み、葉月に迫る。その勢いに葉月は押され気味になっていた。

 凛の攻撃によって、かすかだが体に傷を付けられていく葉月。そして凛が突き出してきた刃に、葉月はついに突き飛ばされて倒される。

「呆れてものも言えないわね。力の優劣以前に、力の使い方がなってないんじゃ・・」

 凛は嘆息をつきながら、葉月に向けて刃を振りかざす。一閃は地面を裂いて、葉月に衝突。破裂して彼女を吹き飛ばした。

 葉月はその衝撃で近くの木の茂みの中に叩き込まれた。それを眼にした凛が呆れ果て、ブレイドの起動を解除して漆黒の鎧を消す。

「とんだ期待外れだったわね。これだったらヘンに期待するんじゃなかったわ。」

 凛はため息をつくと、きびすを返してこの場を後にした。

 

 ルイからの連絡を受けた澪士に言われ、影路は葉月を探して澪士の別荘に向かっていた。その途中、彼は森林のほうで爆発が起こったのを眼にする。

「あの爆発・・・!?

 眉をひそめた影路がさらにアクセルをかける。バイクが加速し、勢いが増す。

 そのとき、さらばる爆発の中から、1つの人影が飛び出してきた。影路がたまらずバイクを止めると、その眼前にその人影が落ちてきた。

 そこにいたのは漆黒の鎧をまとった異質の女性だった。

「お前は・・・!?

 影路はたまらずバイクを降り、その女性に近づく。だがそのとき、女性を包んでいた漆黒の鎧が消失し、人の姿をあらわにする。

 その姿に影路は眼を見開いた。漆黒の鎧をまとった女性の正体、葉月を眼にしたからだった。

 薄らぎかけた意識を保った葉月が体を起こし、振り返る。そこにあった影路の姿に、葉月も同様に眼を見開いた。

「影路・・・!?

「葉月・・・!?

 動揺のあまりに互いに言葉を振り絞ることすらできなかった葉月と影路。彼女が最も恐れていたことが現実のものとなってしまった。

 

 

次回

第14話「家」

 

 

その他の小説に戻る

 

TOPに戻る

inserted by FC2 system