ウィッチブレイド –Shadow Gazer-
第12話「迫」
影路が葉月に向けて発砲し、弾丸が勢いよく放たれる。葉月は妖しい笑みを浮かべたまま、その弾丸を見据えていた。
「危ない!」
そこへ魅兎が前に立ちはだかり、葉月の代わりに弾丸を受ける。強烈な衝撃が魅兎を突き飛ばし、眉をひそめた葉月をも巻き込み、草むらの中に叩き込まれた。
その衝撃の中、エリナは呆然と影路を見つめていた。銃を下げた影路が、エリナに振り向く。
「次はテメェの番だ。アイツらと同じように一気にフッ飛ばしてやるよ。」
言い放つ影路に対して、エリナは歯がゆさを覚える。だが自分が満身創痍に陥っていることに気づいていたため、彼女は跳躍してその場から姿を消した。
「チッ!」
影路は舌打ちをして、構えていた銃をしまう。そして苛立ちを隠せないまま、この場を後にする。
(ブレイド・・・オレはテメェらを許しちゃおけねぇ・・必ず、オレが・・・!)
憎悪を抱えた影路が、拳を強く握り締めていた。
影路が放った弾丸の衝撃で吹き飛ばされた葉月と魅兎。先ほどの場所からかなり離れた森林の真ん中で、葉月が体を起こした。
2人とも漆黒の鎧が解除され、人としての姿に戻っていた。
「また、影路が、シャドウブレイドを身に付けている私たちを・・」
困惑しながら呟く葉月。その横で魅兎も体を起こしてきた。
「今の、影路さんでしたよね・・彼が手にしていた銃は・・」
魅兎が記憶を巡らせて呟きかける。すると葉月が沈痛の面持ちを浮かべて答える。
「分からない・・影路、ブレイドの装着者に家族を殺されたって言ってた・・・」
「殺されたって・・・もしかして影路さん、あなたがブレイドの装着者であることを知ってるのでは・・・?」
「いいえ。知らないはずです。もし知っていたら、一緒にいられないですよ・・」
驚愕する魅兎に、葉月は物悲しい笑みを浮かべて答える。
「そうですよね・・・まだまだ謎が謎を呼ぶ事態は深まっていくばかりですね・・・」
魅兎の言葉に葉月も小さく頷く。シャドウブレイドを中心に、事態はさらなる深みへと向かいつつあった。
その翌日、「シエル」ではいつもと変わらない穏和な始まりを迎えた。しかし葉月は影路に対して、自分から声をかけることができないでいた。
落ち込んでいるように見える彼女を見かねて、影路が憮然とした態度で近づいてきた。
「おい、何なんだよ。」
「えっ・・・?」
突然言いかけられて、葉月が呆然となる。
「何そんなシケたツラ見せてんだよ。そんな顔されちゃ、こっちのやる気まで消え失せちまうだろうが。」
「ゴメン、影路・・ちょっといろいろあって・・でも大丈夫。影路が気にすることじゃないから・・・」
「・・・そうかよ。けどいつまでもそんなツラ見せないでくれよな。」
「うん、ゴメン・・・」
憮然さをあらわにする影路に、葉月はこれ以上声をかけることができなかった。
それから店の営業時間となり、本格的な仕事が始まった。そして正午に差し掛かった頃、
「いよぅ。」
デュールと魅兎を連れて、ルイが店にやってきた。シエルが笑顔で迎える中、影路は憮然とした面持ちを見せていた。
そんな彼に気づいたルイが、気さくな笑みを浮かべて近づいてきた。
「おやおや、何だか不機嫌そうね。そういうときはスマイルを浮かべるのが1番よねぇ。」
「ふざけたこと言うな。アンタは普通にカレーを食べに来るだけじゃなく、暇つぶしにも来てるみたいだけどな。そんなふうにちょっかい出されると、迷惑なんだよ。」
影路が苛立ちをあらわにして、ルイがきょとんとした面持ちを見せる。だがすぐに気さくな笑みを浮かべて、ルイは話を続ける。
「まぁ、とりあえず言っとくよ。今日は昼飯だけじゃない。魅兎ちゃんが葉月ちゃんと楽しい時間を過ごしたいって言ってきてね。」
ルイは影路に言いながら、視線を葉月と魅兎に向ける。魅兎は微笑みながら、葉月に眼を向けていた。
「というわけでシエルちゃん、今日も葉月ちゃん借りてくね♪」
「いい加減にしろよ、アンタ。葉月はここのバイトで、アンタのおもちゃじゃねぇんだよ。」
シエルに言いかけるルイに、影路が不満を口にする。するとルイは影路に視線を戻す。
「だって魅兎ちゃんが話をしたいって言ってきてるんだもん。それに部外者ぶってる君にいろいろ言われる筋合いもないと思うんだけどなぁ。」
「じゃ勝手にしろ。オレは仕事をこなすだけだ。」
影路は肩をすくめながら、厨房へと向かった。彼の言動に苦笑をもらして、ルイは葉月と魅兎に眼を向ける。
「けっこうへそ曲がりな性格みたいねぇ。」
「そんな意地悪言ったら悪いですよ。影路はそういう性格ですけど、本当は優しい人ですから・・」
ルイに弁解を入れて、葉月が微笑みかける。そのことに最初から感づいていたルイは何度も頷きかけていた。
「それじゃ、若い女性だけのお話をしましょうかね。」
ルイは葉月と魅兎を連れて、店を後にした。
「おいおい、僕だってその若い女性なんだぞ。」
3人が出て行ったところで、きぬが不満を口にしていた。
その間、影路は仕事を見つけようとして、結局皿洗いを始めていた。そしてしばらくしたところで、彼はふと窓に眼を向ける。
その先には、昨晩帰ってこなかったエリナの姿があった。彼女は窓の外で影路に微笑みかけていた。
「エリナ・・・?」
影路は眉をひそめて、厨房から直接外に行ける裏口に向かう。そして外に出てみるが、エリナの姿はなくなっていた。
周囲を見回して見る影路だが、エリナの姿どころか、人のいる気配すらなかった。見間違いと思って引き返そうとした影路。
そのとき、影路は背後から首を強打され、その場に倒れる。意識を失った彼を、エリナは妖しい笑みを浮かべて見下ろしていた。
「シエル」を出た葉月、ルイ、魅兎は近くの公園に来ていた。その広場にたどり着いたところで、ルイは葉月に話を切り出した。
「そういえば葉月ちゃん、エリナちゃんは帰ってきたの?」
「エリナさんですか?・・いいえ。昨日は帰ってきませんでしたが・・」
ルイの質問に、葉月は沈痛の面持ちを浮かべて答える。
「困ったわねぇ。あのまま暴走して破滅の道を進まないとも限んないし・・・」
ルイも深刻な面持ちを浮かべて考えあぐねる。困惑している葉月に、魅兎が唐突に声をかけてきた。
「葉月さん、あなたはブレイドを身に付けて、どんな気分ですか?」
「魅兎さん・・どんな気分って・・・」
魅兎の問いかけに、葉月が腕輪に眼を向けて記憶を思い返す。
「コレに包まれたとき、戦いたいという気持ちと、戦うことの喜びを感じるようになる。それだけはちゃんと分かっています。」
「なるほど・・私は元々気が小さかったのですが、ブレイドを身に付けてしまってからは、平穏になれた気がしています。」
「それは、どういうことですか?」
「ブレイドは装着した人に快楽を与え、戦いに喜びを感じる狂戦士に変えるのです。ですが私は気が弱かったせいか、それほどブレイドの影響を受けずに冷静さを守っているようだと、ルイさんたちに言われました。」
魅兎の説明を受けて、葉月は半ば呆然に頷く。元々気の小さかった魅兎だが、ブレイドの影響下で、その気の強さが常人ほどになり、結果的に相殺されたこととなった。
「ブレイドという強い力は、その人の心まで犯してしまう。結局は、力に溺れてしまうかどうかは、その人の心の強さということになるでしょう。」
「そう、なのでしょうか・・そうですね・・」
魅兎の話を聞いて、葉月は少し安心していた。ブレイドの赴くままに狂ってしまう危険が薄らいだと彼女は思っていたのだ。
そのとき、突然携帯電話の呼び出し音が鳴り出した。鳴っていたのはルイのものだった。
「はい、もしもし?・・デュールくん、何かあった?」
ルイが気さくな態度を崩さずに電話に出る。相手はデュールからだった。
“ルイさん、大変です!たった今、越水エリナのブレイドの反応を確認しました!”
「えっ!?エリナちゃんの!?それで、彼女はどこにいるの!?」
“はい!シエルさんのお店で反応を感知!現在街から離れる形で移動しています!”
デュールからの報告を受けて、ルイが毒づく。彼女の様子を目の当たりにして、葉月と魅兎も緊迫を覚える。
「分かったわ。何か動きが変わったらまた連絡して。」
ルイはデュールに指示して電話を切った。
「エリナさんが、どうかしたんですか?」
「詳しくはまだ分かんない。だけど、何かやらかしそうな予感がするわね。」
葉月が訊ねると、ルイが深刻な面持ちを見せる。3人はエリナを追って、公園を出発した。
しばらく進んだところで、葉月と魅兎の付けているブレイドの宝玉が淡く輝いた。
「ブレイドが反応してる・・本当にエリナさんが・・・」
その感覚を覚えた葉月。裏路地に入ったところで、葉月と魅兎は起動した腕輪に包まれて漆黒の鎧を身にまとった。
昼間でも薄暗い建物の中。そこで眼を覚ました影路は、自分が柱で縛られていることに気づく。
「な、何だ、コレは・・・!?」
必死にもがく影路だが、自分を縛っている縄を振りほどくことができない。
「眼が覚めたのね、影路。ゴメンね。できることならこんな手荒なことはしたくなかったのよ。」
そこへ現れたエリナに、影路は眼を見開く。
「エリナ・・これはどういうことだよ・・・!?」
「影路、私はあなたが好きなの。好きで好きでたまらない。手に入れないとホントに気がすまないの。」
緊迫を見せる影路に、エリナは微笑みかけて淡々と答える。すると影路が憤りをあらわにする。
「どこまで勝手なマネをしてんだよ、テメェは!そんなことをして、オレがテメェの思い通りになると思ってんのか!?」
言い放つ影路だが、エリナは妖しい笑みを浮かべて眼つきを鋭くする。
「思い通りにしてやるわよ。影路、私はあなたがほしい。あなたは私の全て。あなたを手に入れるためなら、どんなことでも受け入れてみせるわ。」
エリナが言いかけると、彼女の腕輪が蠢き始める。その鼓動に影路が眼を見開く。
「ものすごい力も快楽も、死という運命も・・」
そして腕輪が形を変え、漆黒の鎧となって彼女を包み込む。驚愕する影路の前で、彼女はひとつ吐息をもらす。
「その姿・・テメェ、まさか・・・!?」
影路は大震災での出来事を思い出していた。事切れた家族の前で慄然と立っていた異様な姿をした人物と、エリナの変身した姿が酷似していた。
「その姿・・オレの家族を・・・!?」
「影路の家族?・・残念だけど知らないわ。影路に会ったのは仕事させてもらえるよう了承を得たあの日だもの。」
声を荒げる影路に対し、エリナは正直に答える。だが影路は彼女の言い分を鵜呑みにしていなかった。
「何か辛いことがあったみたいだけど、私が辛いもの全部忘れさせてあげる。これからは私が影路を守っていくから・・」
エリナが憤りをあらわにしている影路に対して手を伸ばす。抵抗の意思を見せる影路だが、体を縛っている縄を振りほどくことができない。
だがそのとき、エリナは影路に伸ばしていた手を唐突に止める。彼女は笑みを消して、視線を背後に向ける。
「せっかくいいとこだったのに、アンタはいつも私の邪魔ばっかするんだから・・」
エリナが振り返りながら背後に振り返る。そこには漆黒の鎧を身にまとっている葉月と魅兎の姿があった。
「あんまりつまんないことされると、こっちの気分が萎えちゃうんだけど。」
「ウフフフ。それは失礼なことをしたわね。じゃ失礼ついでに、アンタをズタズタにしてやるわ・・・!」
妖しく微笑む葉月に哄笑をもらすと、エリナはいきり立って飛びかかる。葉月とエリナ。2人はそれぞれ刃を突き出して振りかざす。
2つの刃が激しくぶつかり合い、その衝動が彼女たちのいる部屋の中を揺るがした。2人は同時に刃を振り抜くと、それぞれ間合いを取って身構える。
「アンタはいつも邪魔なのよ・・アンタの存在が、私をイラつかせる・・アンタさえいなければ、私は影路を手に入れられる!」
感情をむき出しにしたエリナが、葉月に向かって飛びかかる。そこへ魅兎が割って入り、刃でエリナの繰り出した一閃を受け止める。
「エリナさん、あなたの考えを見過ごすことはできません!影路さんは誰のものでもない!彼自身のものです!」
「言ってくれるじゃないの!そんな綺麗ごとは私には通用しないわ!影路は私のもの!邪魔するものは何だろうと叩き潰すだけよ!」
言いかける魅兎に、エリナが言い放って力押しを仕掛ける。だが魅兎は踏みとどまり、エリナを鋭く見据える。
「あなたはあまりにも身勝手ですね・・自分がよければそれでいい、他の人のことなど何とも考えていない・・影路さんのことも!」
魅兎は怒りをあらわにして、刃を振りかざしてエリナを弾き返す。そして刃を突き出して、エリナの左肩を突いた。
「ぐっ!」
痛みに思わず顔を歪めるエリナ。だがブレイドの影響からか、彼女はすぐに笑みを浮かべた。
「実におかしなことね。アンタたちにやられてムカついてるっていうのに、戦うことへの喜びのほうが強くなってるなんて・・・」
エリナは小さく呟くと、葉月に向けて鋭い視線を向ける。
「絶対に私のものにする。アンタたちの好きにはさせないわよ・・・!」
エリナはそういうと刃を振りかざし、風を巻き起こす。そして飛び上がって天井を突き破り、この部屋から姿を消した。
魅兎はあえてエリナを追おうとはしなかった。彼女は束縛されている影路の縄を刃で切り、彼を解放する。
体の自由が利くようになったことを確かめる影路を見て、魅兎は安堵の笑みを浮かべた。だが影路は銃を取り出し、魅兎と葉月に銃口を向けた。
「助けてもらったことには一応礼を言っとく。けどテメェらはやっぱり、オレの家族の仇なんだよ!」
言い放つ影路が銃の引き金を引く。発射された弾丸を葉月と魅兎は回避する。
標的を外した弾丸は部屋の壁を撃ち抜いた。その衝撃で部屋の崩壊が起こり、中を揺るがす。
「ちくしょう・・・!」
影路は毒づくと、崩れていく建物から脱出した。彼とブレイド装着者たちの錯綜は、まだ終わりを迎えていなかった。
魅兎に打ちのめされ、建物から逃げ延びたエリナ。だが彼女は体の痛みよりも心の痛みのほう強く感じていた。
「どいつもこいつも私の邪魔を・・許さない・・絶対許すものか・・・!」
漆黒の鎧を解除したエリナは、湧き上がってくる怒りをこらえることができなかった。
「あらあら、これまた派手にやられたわね。」
そこへ妖しく微笑みかける女性がやってきた。エリナは眼を見開いて、その女性に振り返る。
「何しに来たのよ、凛・・アンタの出番は来ないわよ・・」
エリナが女性、有間凛(ありまりん)に鋭く言い放つ。だが凛は悠然さを消さない。
「いい加減待つのに飽きてきてね。今度は私があのブレイド装着者の相手をしようと思うの。」
「勝手を言うんじゃないよ!葉月の相手は私なのよ!誰にも私の邪魔は・・!」
エリナが反論すると、凛が彼女の頬を叩く。叩かれた頬を押さえて睨むエリナの見つめる凛は、笑みを消して冷淡は視線を向けていた。
「勝手を言ってるのはアンタのほうよ。私たちはこれ以上、アンタのままごとに付き合うつもりはないの。」
「コイツ・・・!」
「今度、その咲野葉月の相手をするのは私よ。私も少しくらいは楽しませてもらわないと。」
苛立つエリナの前で、葉月への挑戦を告げる凛。彼女の右腕にも、漆黒の腕輪が装着されていた。
次回
まさかエリナが、ブレイドを持ってるヤツの1人だったなんてな。
けどまだオレの仇が誰なのかハッキリしちゃいねぇ。
オレは絶対にそいつを見つけ出して、倒してやる。
だけど、何か胸くそ悪いんだよな。
これからどうなっちまうんだ・・・