ウィッチブレイド –Shadow Gazer-
第10話「敵」
ブレイドの1つを発見したものの、それを自身に装着してしまった魅兎。彼女からの報告を受けて、ルイは落胆を感じずにはいられなかった。
「分かったわ・・とにかく、この連絡が終わったらすぐにこっちに戻ってきてちょうだい。」
“はい・・分かりました。”
ルイの言葉に魅兎は戸惑い気味に頷いた。
「それで、確かもう1つブレイドの行方が分かったって言ってたよね?」
“あ、はい。残る1つは本部の近く。しかもある人物が既に装着している模様です。”
「こっちもか・・それで、その到着者っていうのは?」
ルイが質問すると、魅兎は情報を確かめてから答える。
“越水エリナ。現在はシエルというカレー店で働いているようです。”
「エリナちゃんが?」
魅兎のこの報告にルイが眉をひそめる。
(まさかあの子がブレイドを身に着けてたなんて・・ブレイド装着者が2人、同じシエルちゃんの店で働いてたなんて・・・)
「分かったわ。エリナちゃんのほうはこっちに任せて。魅兎ちゃんたちはこっちに戻ってきてちょうだい。」
ルイは魅兎に呼びかけてから連絡を終えた。そして受話器を置くと、ルイは肩を落として大きくため息をつく。
「もしかして魅兎さん、ブレイドを・・!?」
「えぇ。成り行きで身に着けちゃったみたい・・」
問いかけるデュールに、ルイはため息混じりに答える。
「またシエルちゃんのとこに行くわよ。彼女にも話を聞いてみないと。デュールくんはここで魅兎ちゃんを待ってて。」
「はい。」
ルイはデュールに告げると部屋を出て、再び「シエル」へと向かった。
高速のエクスコンとの戦いを終えて、葉月が店に戻ってきた。
「おせぇぞ。どこに行ってたんだよ。」
「ゴメン、影路・・すぐにやるから・・」
影路の愚痴に答えながら、葉月も仕事に戻る。仕事を進めながら2人のこの様子を見て、エリナは一瞬だけ妖しい笑みを浮かべた。
それから時間がたって正午が過ぎた頃、休憩室に戻ってきた影路にエリナが声をかけてきた。
「あの、影路さん、ひとつ私のお願いを聞いてもらえますか・・?」
「内容によるな。オレはしたくねぇことは聞き入れられねぇ。」
照れながら言いかけるエリナに、影路は憮然とした態度で答える。
「影路さんも午後は休みでしたよね?よろしければ、お買い物に付き合ってもらえますか?」
「は?何でオレが女の買い物に付き合わなくちゃなんねぇんだよ。葉月とかシエルとか、女の誰かと行けよ。」
エリナの申し出を影路は一蹴する。だがエリナは引き下がらない。
「休みのときは大きく羽を伸ばして、外に出てみてもいいと思うのですが・・」
「余計なお世話なんだよ。そんなにオレを外に引っ張り出したいのかよ。」
不満を口にする影路に、エリナは困惑をあらわにする。そこへ休憩のために葉月がやってきて、2人のやり取りを把握する。
「エリナさん、あまり影路を困らせるのはよくないですよ。エリナさんも、強引に誘われたら困りますよね?」
葉月が微笑んでエリナに言いかける。するとエリナは笑みを消し、葉月を視線で促すと休憩室を後にした。
「・・大丈夫、影路・・・?」
「別に助けてほしいなんて頼んでねぇぞ。」
「分かってる。ただ心配しただけだよ。」
「それが余計なお世話だってんだよ。」
影路は苛立ちをあらわにすると、葉月が呼び止めるのも聞かずに休憩室を後にした。葉月もエリナに促されて、遅れて外に出た。
エリナとの接触を試みるため、ルイは「シエル」へと向かった。しかし既に葉月、影路、エリナの姿はなかった。
「えっ?午前中で今日は終わりなの、あの子?」
「ごめんなさい。丁度終了してしまって・・でも、エリナさんに何の用ですか?」
「え、あ、ううん、ちょっと挨拶しとこうかなって思っただけで・・・どこに行ったか、分かんないよね・・?」
シエルの指摘にルイが苦笑いを浮かべる。周囲を見回すルイに、シエルは思い当たる節を考える。
「そういえばエリナさん、いつもどこにいるのか分からないんですよね・・店での仕事と食事以外は外出することが多いんです・・」
「そうなの・・・でも仕事が終わってそんなに時間がたってないから、遠くには行ってないわね・・」
シエルの言葉を受けて、ルイが推測を立てる。
「ありがとね、シエルちゃん。エリナちゃんとの話が終わったら、ここに来て食べに来るから。」
ルイはシエルに言いかけると、そそくさに店を飛び出し、エリナを追っていった。
(まさか葉月ちゃんと戦ってるなんてこと・・・バカなことしてないでよ・・・!)
ブレイドを発見し本部に帰還した魅兎。迎えてきた隊員たちに挨拶を交わしたところで、彼女はデュールと対面する。
「今戻ったよ、デュール。」
「おかえり、魅兎。大変なことになってしまったね。ブレイドが・・」
互いに挨拶を交わした魅兎とデュール。2人は幼馴染で、このアークレイヴにおいても親しい間柄であった。
デュールの指摘を受けて、魅兎は右腕を掲げる。その腕には漆黒の腕輪が装着されていた。
「覚悟の上だったわ。ブレイドリムーバーもまだ発見されていない。でも3つのブレイドはこうして全て見つけ出すことができたんだから・・」
「魅兎・・・僕もできるだけのことはするよ。親友同士、この難関を乗り越えていこう。」
互いに自分の気持ちと決意を告げる魅兎とデュール。2人のやり取りを見て、他の隊員たちも意気込みを見せていた。
「ところでデュール、ルイさんはまだ戻ってきてないの?」
「あ、うん・・まだ、エリナさんと話をしてるのかな・・・?」
「もしかしたら、ブレイドを発動させてるんじゃ・・・!?」
魅兎のこの言葉に、この場に緊迫が走った。
「デュール、私はルイさんを追いかける!だから近くにいる人たちに、迂闊に手を出さないよう呼びかけて!」
「あっ!魅兎!」
魅兎はデュールに呼びかけると、ルイを追って本部を飛び出した。彼女の腕にある腕輪の宝玉が紅い輝きを放っていた。
「前にも言ったはずよね?私の邪魔をするなって。」
エリナは葉月を店から少し離れた林の中に連れてきて、彼女に妖しい笑みを浮かべて言いかけていた。エリナの言葉に葉月は困惑の面持ちを浮かべていた。
「アンタ、どういうつもりなの?私はただ、影路が好きなだけなのに。アンタには関係のないことでしょ?私と影路の問題なんだから。」
「そうかもしれない・・でも影路が困ってるように見えて、放っておけなかった・・・」
「余計なお世話ね。」
「うん。影路にもそう言われた・・・」
物悲しい笑みを浮かべて答える葉月。彼女のこの態度を目の当たりにして、エリナは次第に憤りをあらわにする。
「やっぱアンタ、目障りな存在だわ・・・滑稽よ。滑稽すぎて反吐が出るわね!」
感情をむき出しにしたエリナが右腕を掲げる。その腕に付けられている腕輪が鼓動し、漆黒の鎧となって彼女を包み込んだ。
「この前の続きをしようか。前は拍子抜けしちゃったから、今度は楽しませてちょうだいよ。」
エリナが笑みを強めて葉月を挑発する。だが葉月にはブレイドの意図的な発動をしたことがない。
「シャドウブレイドはエクスコンや他のブレイドに反応するけど、装着者の意思で発動させることができるのよ。さぁ、早くブレイドを発動させるのよ。でなきゃまた拍子抜けになっちゃうからさ。」
エリナがさらに挑発の言葉をかける。その言葉を駆り立てられるように、葉月は腕輪に意識を傾ける。
(あなた、私の気持ちに応えてくれるの・・・?)
葉月の胸中での問いかけに答えるかのように、腕輪の宝玉に光が宿る。
「ちょーっとストーーップ!」
そこへルイが駆けつけ、葉月とエリナを呼び止める。振り向いた葉月の頬には、悪魔を連想させるような紋様が浮かび上がっていた。
「ルイさん、どうして、ここへ・・・!?」
「悪いけど装着者同士の争いは却下よ。ただでさえブレイドにはすごい力が備わってるのに、そのブレイド同士がぶつかったらどうなると思ってるのよ。」
声を荒げる葉月の前で、ルイが2人に呼びかける。だがエリナは妖しい笑みを崩さない。
「それがいいんじゃない。ブレイドの力はすごい。私の気持ちに応えてくれるすばらしい力なのよ。」
「アンタが越水エリナちゃんね・・アンタ、そのブレイドがどういうものなのか分かってるの?ブレイドを使い続ければ、肉体は崩壊して、命を落とすことになるのよ。」
「それがどうしたの?このブレイドで最高の気分が味わえるのよ。それで死ねるんだったらそれで本望だわ。」
ルイの忠告を聞いても、エリナは考えを改めない。
「だけどそこの咲野葉月より先に死ぬつもりはないわ。葉月に地獄の苦しみを味あわせて、息の根を止める。それが私の最高の喜びなのよ!」
いきり立ったエリナが右手から刃を突き出し、葉月に飛びかかる。そこへルイが銃を発砲し、エリナの刃の刀身を叩く。
足を止めたエリナが笑みを消して、銃を構えているルイに振り返る。この銃はあくまで護身用に所持しているものだが、アイウェポンやブレイドには通じないことはルイも百も承知のことだった。
「やめなさい、アンタ!ブレイドは始めは快感を与えるけど、最後は破滅を呼び込む!アンタはそれを受け入れようというの!?」
いつもの落ち着いた様子から一変、必死の思いで呼びかけるルイ。するとエリナは彼女に冷たい視線を向ける。
「アンタにも言っておくわ。私の邪魔をすると、早死にすることになるから・・」
エリナは刃の切っ先をルイに向ける。歯がゆさを覚えつつも、ルイは引き下がろうとしない。
「ルイさん!」
たまらず葉月が駆け出し、腕輪に意識を集中させる。
(動き出せ・・ルイさんを、影路を、みんなを守りたいから・・・!)
彼女の決意に呼応するかのように、腕輪が起動し、彼女を包み込む。そして振り下ろしてきたエリナの刃を、葉月も刃を突き出して受け止める。
「私も前にアンタに言ったわよね?他の誰かを傷つけるなら容赦しないって。」
「そんなこと私には関係のないことよ。私の邪魔をするヤツも血祭り確定なのよ。」
鋭く言い放つ葉月に、エリナが笑みを強めて刃に力を込める。一閃を繰り出し、葉月を突き飛ばす。
「私は影路がほしい。ブレイドを手にしていなかったら、ただの願いでしかなかった。でもブレイドがあれば、この力でほしいものを全部手に入れてみせる!」
「自分の願いのためなら、他の誰かが傷ついても構わないっていうの!?」
「構わない!っていうか、私の知ったことじゃないわよ!」
葉月の言葉に耳を貸さず、エリナはさらに刃を振りかざす。葉月も負けじと刃を突き出し、2つの刃が火花を散らす。
エリナだけでなく、葉月も歓喜を見せていた。自我が失われていないものの、ブレイドの力に感化され快楽を堪能していることに変わりはなかった。
葉月が猛攻を仕掛け、エリナを圧倒していく。そしてついに、葉月の刃がエリナの左肩をかすめる。
エリナは毒づきながら後退し、距離を取って葉月を見据える。葉月のエリナの動きを伺いながら、刃を構える。
「そうよ。そのくらいの張り合いを見せてくれないと。それを徹底的に叩き伏せるのが、私の最高の喜びよ!」
エリナが歓喜の笑みを強めて、葉月に向かって飛びかかる。葉月も刃を振りかざして迎え撃つが、エリナの力強い一閃に押される。
さらにエリナは刃を振りかざして葉月に追撃する。2人の刃は互いの体を裂き、かすかに傷を付けていく。
一進一退の攻防を繰り広げる葉月とエリナ。やがて2人は攻撃の手を止め、再度互いの動きを見据える。
「いいわね。やっぱり楽しむなら、ここまで気分を高めとかないとね。」
「言ってくれるじゃないの。その高みから、私が一気に奈落の底に突き落としてやるわ。」
対立しながらも歓喜の笑みを浮かべる葉月とエリナ。この2人の姿に、ルイは固唾を呑むしかなかった。
(止めないと・・このまま2人を戦わせたら、2人だけの被害じゃ済まなくなる・・けど、今の私じゃ、どうすることも・・・!)
ルイは胸中で最善策を模索するが、それは自分の無力さを痛感することとなってしまった。見つめるしかない彼女の前で、葉月とエリナ、シャドウブレイドの装着者同士の戦いは続く。
「そろそろおしまいにしてあげる。アンタのペースに合わせるのはウンザリだからね!」
「もうおしまいにするの?まだまだ楽しみたいと思ってるんだけど!」
互いにいきり立ち、刃を構えるエリナと葉月。快楽と感情の赴くまま、2人は刃を振りかざして飛びかかる。
そして2人の刃が衝突しようとしたときだった。
「そこまでよ!」
この一閃を受け止め、2人の戦闘を止めに入ってきたのは、ブレイドを発動させて漆黒の鎧をまとった魅兎だった。
「魅兎ちゃん!?」
魅兎の乱入にルイが驚きを見せる。攻撃を阻まれた葉月もエリナも、割って入ってきた魅兎に眉をひそめる。
「装着者同士の戦闘は、思っている以上の危険が巻き起こることになる。2人とも、ここは手を引きなさい!」
魅兎は言い放つと両腕の刃を振りかざす。弾き飛ばされる葉月とエリナが後退し着地する。
「待って、葉月ちゃん!魅兎ちゃんはうちらアークレイヴのメンバーなのよ!」
「えっ・・!?」
ルイの呼びかけに葉月も驚きを見せる。魅兎を見据えているエリナは、苛立ちをあらわにしていた。
「どういうつもりなのよ、アンタ!せっかくいいとこだったのに!」
「ブレイド同士の衝突は、想像以上の被害をもたらすことになる。それはルイさんも何度も言ってきたことよ。」
「そんなこと私の知ったことじゃないわよ!そこにいる咲野葉月を始末できればそれでいいのよ!」
魅兎の忠告を聞かずに、エリナが刃を振りかざして飛びかかる。魅兎は毒づきながら、やむなく刃を構えた。
異様な雰囲気と創りの大広間。その中心には1人の男が立っていた。黒ずくめの格好をしたその男は、その中心から真上の天井を見上げていた。
その先のガラスには、ある光景が画面のように映し出されていた。その光景とは、葉月たちブレイド装着者の対立だった。
「これで3つの漆黒の刃が集ったか。これで我々の制圧の第一歩が踏み出されることとなる。」
男は葉月たちを見つめて、歓喜の笑みを浮かべる。そこへレモン色のドレスに身を包んだ1人の女性が入ってきた。腰まで伸びている黒髪と大人びた容姿の女性だった。
「やっと私たちの戦いが始まるのね。少し待ちくたびれたってところかしら。」
女性が妖しい笑みを浮かべると、男は振り返って彼女に笑みを見せる。
「いや。我々が直接戦いに赴くのはまだ少し早いようだ。」
「まだなの?待つのはいい加減飽きたんだけど。」
女性の愚痴をあえて気に留めず、男は天井の交戦に眼を向けた。
「まだヤツは失態を犯し切ったわけではない。だが待つのは私の性分でもないのも確かだ。次が最後の機会だ。それ以降は、お前たちにも戦場に赴いてもらうぞ。」
「ホントだね?もう待機ってのはナシだからね。」
男の言葉に女性が歓喜の笑みを見せる。
「それじゃ、軽くウォーミングアップでもしてくるわ。本番で恥をかくのはもっとゴメンだからね。」
そして彼女は軽い足取りで大広間を後にした。男は不敵な笑みを崩さずに、葉月たちの持つシャドウブレイドを見据えていた。
「いよいよだ。我々の喜びに満ちた日々が再び始まるのだ・・・」
男が笑みを強めて大広間を後にする。彼らの最大の策略が今、始まろうとしていた。
次回
またおかしなヤツが紛れ込んできたぜ。
有坂魅兎。
落ち着いてるように見えて、けっこうおかしな様子を見せてるんだよな。
そんでもって、恋やら愛やらの話になってきた。
オレにはさっぱりな話だけどな・・・