ウィッチブレイド –Shadow Gazer-

第9話「速」

 

 

 影路が澪士との話し合いを終えたときには、既に時刻は夕方になっていた。

「それじゃよろしくな。今のオレには、アンタに頼るしかなくなってるから・・」

「あぁ。あとひとつ、これは余計なことになるが、もう少し礼儀正しくしたらどうだ?」

 振り返る影路に、澪士が淡々と言葉をかける。すると影路は苦笑を浮かべて、

「ホントに余計なお世話だな。口や態度が悪いのは生まれつきなんでな。」

「そうか・・・」

 影路の言葉を受けて、澪士も苦笑をこぼした。

「梨穂子、またここに来るからな。そんときはよろしくな。」

「うん。あの・・」

 梨穂子が言いかけて、影路が足を止める。

「影路さん、何だかママに似てるかな・・・?」

「ママに?冗談言うな。オレは男だぜ。」

 梨穂子の言葉に影路が憮然となる。

「そうじゃないの。ただ、性格とか雰囲気とか、ママに似てるかなって・・」

 梨穂子の弁解を聞いて、影路が気を落ち着ける。

「ママ、料理とかうまくないし、たまに子供っぽい行動を取ったりしちゃうけど、私やみんなのために一生懸命になってた・・・それで私が料理とか掃除とかしたりしてるの。」

「まるで親と子が反対だな。」

「そういわれたらそうかな・・でもママは私のために頑張ってたし、私もママのために頑張ってたから・・」

 ぶっきらぼうに言いかける影路に苦笑を見せるも、梨穂子はすぐに物悲しい笑みを浮かべた。あまり触れてはいけないことと思い、影路は深刻さを覚えた。

「今度、メシでも食いに来るよ。聞いた限りじゃ、家事全般が得意みたいだから。」

「うんっ!おいしいものを作って待ってるからね。」

 影路の言葉に梨穂子は笑顔を取り戻し、大きく頷いた。

 

 挑戦カレーをしたために満腹感に襲われ、しばらく動けなくなってしまったルイ。しばらく休憩して、彼女はようやく難なく動けるようになった。

「うわぁ、まさか食いすぎて動けなくなるなんて・・・デュールくん、私を連れて帰ってもよかったのに・・」

「ルイさん、僕はまだ未成年ですよ。そんなことしたら僕たち手痛い目にあってしまいますよ。」

「冗談よ。」

 困り顔を見せるデュールに、ルイが気さくな笑みを浮かべる。

「それにしてもすごかったですね、葉月さん。まさかルイさんに勝ってしまうなんて。」

「多分それは、ブレイド装着者としての特質よ。」

 感心していたところへルイに言いかけられ、デュールが眉をひそめる。

「ブレイドは戦いへの欲望と、それによる快楽をもたらすもの。知らず知らずのうちに体力は消費されていく。そうなるとおなかがすく。こういうわけよ。」

「こういうこともあるんですね・・・」

「ウィッチブレイド装着者の雅音さんも、ブレイドによる戦いで傷ついた後には、すごい食欲振りを見せたって。鷹さんもその食べっぷりに呆れてたみたいだけど。」

 再び感心するデュールに、ルイが気さくな笑みを見せると、車のエンジンをかける。

「さて、些細なことだけど情報の整理をして、それからブレイドリムーバーの捜索の続行。そんでもって、他のブレイドの行方も・・」

「・・・分かっています・・」

 真剣な面持ちになっていくルイの言葉に、デュールも笑みを消して頷いた。彼女が運転する車は、本来の目的地であるアークレイヴ本部へと向かった。

 

 同じ頃、葉月も食べすぎで動けないでいた。横になっている彼女にシエルは笑顔を崩さずに、きぬは呆れた面持ちを見せていた。

「全くお前はしょうがねぇヤツだな。あんだけすごい食いっぷりを見せておきながら、後になってノックアウトかよ。」

 きぬの愚痴に葉月は苦笑いを浮かべた。

「ともかく葉月さん、今日はもう休んでいてください。後は私たちに任せてください。」

「いえ、そんなわけには・・・」

 シエルたちに迷惑をかけたくないと思い起き上がる葉月だが、シエルに制される。

「ムリをさせてまで仕事をさせようとは、私は思っていません。なので明日からまた頑張りましょう。」

「シエルさん・・・」

 シエルの優しさに戸惑いを覚えるも、葉月は微笑みかけて再び横になった。

「さて、カニちゃんもエリナさんも仕事に戻りましょう。」

「分かってるって。」

 シエルはきぬ、エリナとともに店のほうへと戻った。そして店の営業時間が終わりそうなところで、葉月の休んでいる休憩室にエリナがやってきた。

「あらあら、たいそうな食べっぷりだったじゃないの。それでいて店長やカニさんに親切にされて、休みをもらって・・ホント、うらやましい限りよね。」

 エリナが妖しく語りかけると、葉月は笑みを消した。

「あなたは本当にいいわよねぇ。こうしてみんなに好かれてるんだから・・・ホント、うらやましいわよねぇ・・・!」

 エリナの語気が次第に強く鋭くなっていく。

「私は何もしてませんよ。ただ、シエルさんもカニちゃんも本当に親切にしてくれてるだけ・・影路だって・・」

「そう。影路にまで優しくされてるから、私はアンタが気に食わないのよ・・・!」

 呟くように言いかける葉月に、エリナが鋭い視線を向ける。

「私がこれからじっくり苦しめてあげる。そしてアンタの眼の前で、私は影路をものにしてみせる。それが私の望みの達成であり、アンタの最高の苦しみの瞬間でもあるのよ。」

「私を苦しめたいならそれでもいい。でももし他の誰かを傷つけるつもりなら、私は容赦しないから・・・」

 真剣な面持ちで言いかける葉月に、エリナはたまらず眼を見開いた。しかしここで感情をむき出しにするわけにいかないと踏みとどまった。

「あ、葉月さん、どうですか、調子は?」

 そこへシエルがやってきて、葉月に声をかけてきた。

「シエルさん・・はい、何とか・・」

「それはよかったです。では、遅くなりましたが夜ご飯にしましょう。」

 シエルが言いかけると、葉月が顔を引きつらせた。彼女の心境を察して、シエルは笑顔を見せる。

「今夜は葉月さんはデザートに留めておきましょう。何か甘いものを用意しますね。」

「すみません、シエルさん・・・」

 シエルの気遣いに甘えることにして、葉月はベットから降りた。

「おせーぞ!今までどこをほっつき回ってたんだよ!」

 そこへきぬの怒鳴り声が響き、葉月たちが眉をひそめる。休憩室から顔を出すと、帰ってきた影路にきぬが怒鳴り散らしていた。

「別にオレがどこにいてもいいじゃねぇかよ。」

「店ほっぽってどっか行ってんじゃねぇよ!葉月も食いすぎでダウンしちまって、今日はホントに大変だったんだぞ!」

「何?葉月が食いすぎ?・・おい、何やってんだよ、お前は。」

 きぬの話を聞いた影路が、葉月に眼を向けて呆れる。葉月はただただ苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 その翌日、葉月と影路は真っ先に店の準備を始めていた。2人ともシエルたちに対して心密かに責任を感じていた。

 始めてしばらくは黙々と作業をしていたが、葉月が影路に向けて唐突に声をかけた。

「ねぇ、影路・・昨日、どこ行ってたの・・?」

「別にどこだっていいだろ。」

 葉月の問いかけに対し、影路は憮然とした態度で答えるだけだった。

「ここの仕事も始めてからずい分たつね。みんなとも親しくなれて・・」

「オレは馴れ馴れしくするつもりはねぇ。さっさと金を溜めて、ここからおさらばするつもりだ。」

「本当に・・影路はそう考えているの・・・?」

 葉月が沈痛の面持ちで問いかけると、影路は置いた荷物から離そうとしていた手を止める。

「私、何となくだけど分かるよ・・影路は心の中では、みんなのことをとても大切にしている。いつもは表には出していないけど、ホントは・・」

「・・・確かにな・・・」

 言葉をさえぎってもらした影路の返事に、葉月は戸惑いを見せる。

「オレはヤバイことに首を突っ込んでる。下手に仲良くなって、そいつを危険に巻き込むようなマネはしたくねぇんだよ。」

「そんな・・シエルさんもカニちゃんも、きっと受け止めてくれるよ。」

 葉月が励ましの言葉をかけるが、影路は物悲しい笑みを浮かべるだけだった。

「だから、そんな優しさを持った連中だから・・危険に巻き込みたくねぇんだよ・・・」

「影路・・・本当に優しいんだね・・でも、シエルさんたちをもう少し信じてあげてもいいと思うよ・・・」

 互いの自分の正直な気持ちを口にしながらも、すれ違いが起こり、影路も葉月も心にわだかまりを宿していた。

 そのとき、葉月はただならぬ気配を感じて緊迫を覚える。彼女の身に付けている腕輪の宝玉も呼応して輝いていた。

「どうした?何かあったのか?」

「影路、ゴメン・・・」

 影路が問いかけるのを聞かずに、葉月はとっさに飛び出した。押し寄せる気配をたどりつつ、彼女は漆黒の鎧を身にまとった。

 戦いに対する歓喜で笑みを浮かべて、葉月は街を駆け抜けていく。そして彼女がたどり着いたのは、街から外れた森の中だった。

(この前の速いヤツだね。さて、今度はどこからやってくるのかしらね。)

 妖しい笑みを浮かべて、葉月は周囲を見回す。そして彼女が視線を止めたところで、強烈な衝撃が彼女を襲った。

 高速のエクスコンに突き飛ばされ、押されていく葉月。だが彼女は笑みを消してはいなかった。

「やっぱりアンタだったのね。今度もたっぷり楽しませてもらうわよ。」

 葉月が笑みを強めて、右手から突き出した刃を振り上げる。その一閃が機体の頭部をかすめ、火花を散らす。その反動で葉月は機体から弾き飛ばされ、森の中を横転する。

 動きを止めて葉月に振り返るエクスコン。傷つけられた頭部から半透明の液体がかすかにあふれてきていた。

「いいわね。楽しむときはもっとスリリングに、もっと過激にしたほうが満足するというものよ。」

 かすかに口からあふれた血を拭い、葉月がエクスコンに笑みを見せる。エクスコンは再び加速し、葉月に向かって突進を仕掛ける。

 だがいくら速くても、動きが直線的なら対処は困難ではない。葉月はその突進に身を任せながら、再び刃を振り下ろす。

 刃は機体を真っ二つに両断し、突進の勢いのまま横転、木々にぶつかってようやく動きを止めた。

 機体を切り裂いた刃を振り払い、葉月は振り返る。彼女は戦いでの歓喜の笑みを崩していない。

「なかなか楽しい時間だったわ。これからもこんな感じで楽しめたらいいんだけど。」

 葉月はエクスコンに言い放つと、振り返って森を後にする。彼女を包んでいた漆黒の鎧が解除され、腕輪へと戻っていく。

 我に返った葉月が歩きながら瞳を開く。彼女は「シエル」に戻りながら、胸中で呟いていた。

(みんなを守れるなら、私はこの力を受け入れる。だけど、私は生きてみせる。私のせいでみんなが悲しむのは、私にとっても辛いから・・・)

 改めて決意する葉月が、未来を目指して歩き出していった。

 

 明かりのない地下通路にたたずむ1人の少女。その周りを異質の機体3体が取り囲んでいた。

 長身、銀のポニーテール、大人びた雰囲気が特徴的。彼女の名は有坂魅兎(ありさかみと)。

「本当にしょうがないわね。面倒ごとは次々と訪れるものなのかしら・・」

 魅兎はため息をつくと、ゆっくりと右手を掲げる。その腕には漆黒の腕輪があった。

 宝玉に輝きを宿している腕輪が展開され、漆黒の鎧として魅兎を包み込む。

「やはりブレイドの情報は確かのようね。今まで感じたことのない気分で、ゾクゾクしてくる・・」

 魅兎が徐々に快感を覚えて笑みを強めていく。そして周囲の3体の機体を見据えながら、右手から刃を突き出す。

 エクスコンたちが巨大な腕を振りかざして、魅兎に襲い掛かる。魅兎は飛び上がって、その攻撃をかわす。

 そして突き出していた刃を振りかざし、機体たちに斬りかかる。3体の機体のうち、2体がこの一閃で両断される。

 着地して肩の力を抜いた魅兎を、残った1体が両手でつかみ上げた。しかし魅兎は危機感を感じていない。

「このくらいじゃ満足できない・・それだけブレイドがすごいってことなのかしら・・・?」

 魅兎が呟いたところで、彼女の体から無数の刃が飛び出してきた。その刃に突き刺され、機体が彼女から手を離して昏倒する。

 機能を完全に停止させた3体のエクスコン。刃を引き戻して、魅兎が嘆息をつく。

「まるでいがぐりになった気分ね。本当にとげとげしい気分・・・」

 魅兎が呟くと、漆黒の鎧は腕輪へと戻った。肩の力を抜く彼女に、隠れていた男たちが駆け寄ってきた。

「大丈夫か、魅兎ちゃん!?

「えぇ、私は大丈夫・・ただ、少し疲れてしまっただけよ・・」

 男の1人の呼びかけに、魅兎が微笑みかける。だがすぐにその笑みが消える。

「でも、これは大問題ね・・どう報告したら・・・」

 魅兎は深刻さを覚えて、右腕にある腕輪を見つめる。漆黒の腕輪「シャドウブレイド」は彼女の腕に装着されていた。

 

 シャドウブレイドの特徴を再確認しつつ、ブレイドリムーバーの捜索を続行していたアークレイヴの面々。そんな中、ルイに一通の連絡が入った。

“残りのシャドウブレイドの行方が判明しました。”

「何?見つけたのか?」

 隊員からの報告にルイが眉をひそめる。そこへ紅茶を運んできたデュールが部屋に入ってきたが、ルイは通信に気が向いていて気づいていなかった。

「それで、残り2つの行方はどこなの?」

“はい。うち1つは魅兎さんが見つけました。しかし・・”

「しかし、何?」

“しかし・・・それを魅兎さんが身に着けてしまって・・・”

「なっ・・・!?

 その報告にルイは言葉を失った。しばらく沈黙が続いたところで、デュールが声をかける。

「あ、あの、ルイさん・・・?」

「えっ!?うわっ!」

 ようやくデュールに気づいたルイが、驚きのあまりに椅子から転げ落ちる。手放した電話の受話器をデュールがキャッチする。

「だ、大丈夫ですか・・・!?

「イダダダ・・いやはや、大丈夫・・」

 唖然としながら心配するデュールにルイが苦笑いを浮かべて答える。立ち上がり、デュールから受話器を受け取る。

「と、と、とにかく、魅兎ちゃんに代わって。直接話を聞くから。」

“はい、分かりました・・”

 ルイの言葉を受けて、隊員が魅兎へと代わった。ルイも気を落ち着けて、魅兎に声をかける。

「いよう、魅兎ちゃん。とりあえず状況を説明してもらえるかな?」

“はい。ブレイド捜索を情報に基づいて行っていたのですが、その途中でエクスコンの襲撃にあいまして、逃げていくうちに倉庫に飛び込んで、その拍子でブレイドを装着してしまって・・”

「なぬっ?・・なんてこった・・まさか魅兎ちゃんがブレイドを身に付けちゃうなんて・・また面倒なことが増えちゃったね・・」

“申し訳ありません・・私の不覚です・・”

「いいのよ、気にしないで、しょうがないんだから。でも、これからアンタにもブレイドの運命が付いて回ることになる。それは覚悟してちょうだいよ。」

“それならこの仕事に携わることになった時点で覚悟を決めています。今回のことも、全く予測できなかったわけではなかったですから・・”

 魅兎の決意を聞いて、ルイは真剣な面持ちになる。状況を把握したデュールも動揺の色を隠せないでいた。

 

 

次回

第10話「敵」

 

影路、何だか思いつめてるみたい・・

事情はまだよく分からないけど、私は協力したいと思ってる。

でもエリナさんが、影路のために私を倒そうとしてる。

私には、戦いがついて回ってくるんだね・・・

 

 

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