ウィッチブレイド –Shadow Gazer-
第8話「食」
突然店を飛び出していった葉月と、それを追っていったエリナ。2人を気にかけて、きぬは心配になっていた。
「葉月もエリナも大丈夫かな?なかなか戻ってこないけど・・」
「あれ?心配なのですか、カニさん?」
きぬが呟いたところへ、シエルが笑顔で声をかけてきた。
「べ、別に心配なんかしてねーぞ!葉月と影路にはまだ海軍カレーのお代を払ってもらってねぇんだからな!」
きぬは照れながらもその気恥ずかしさを認めたくなく、そそくさにその場から離れていく。彼女の心境を察していたシエルが、微笑みながら彼女を見送った。
そのとき、店のドアが開く音がして、シエルが振り返る。そこで彼女は、葉月を抱えて店に戻ってきたエリナを眼にする。
「エリナさん、葉月さん・・どうしたんですか!?」
シエルが慌しく2人に駆け寄ってきた。
「店長、私が来たときには、葉月さんが倒れてて・・!」
「エリナさん・・・ともかく、ベットまで運びましょう!エリナさん、手伝って!カニさんも!」
エリナの説明を受けて、シエルが彼女ときぬに呼びかける。意識を失った葉月は、彼女たちに介抱されることとなった。
一方、影路は鷹山の別荘へと到着した。バイクを止め降りると、彼は別荘をじっと見つめていた。
(大企業のお偉いさんなんて堅物ばっかだけど、今はそいつに頼らなくちゃいけねぇみてぇだな・・)
影路は腑に落ちない心境のまま、別荘の玄関に赴いた。そしてインターホンを押して、誰かが出るのを待つ。
しばらく待ったところで玄関のドアが開く。影路に顔を見せたのは、小さな少女、利穂子だった。
「あの、どちら様でしょうか?」
「あ、あぁ・・ここに導示重工の元局長がいるって聞いてきたんだけど・・」
梨穂子が声をかけると、影路はぶっきらぼうに答える。
「それなら私だ。」
そこへ姿を見せたのは澪士だった。彼の登場に影路は眼つきを鋭くする。
「私に何の用だ?今の私は、導示から手を引いた人間だぞ。」
「表向きには、だけどな・・」
澪士の質問に影路は淡々と答える。その言葉に澪士は眉をひそめる。
「アンタに、導示の特殊機局の局長だったアンタに話があって来た。」
影路の言葉に澪士も眼つきを鋭くする。だが影路の真剣な眼を見て、張り詰めた緊迫を和らげる。
「ウソかくだらないお遊びと思ってるなら・・」
影路は上着の内ポケットから、常備している銃を取り出す。その銃を目の当たりにして、澪士と梨穂子が緊迫を覚える。
影路はその銃口を背後の大木に向けて、2人から距離を取ってから発砲する。強烈な反動を伴って放たれた弾丸は、標的の大木の中心を吹き飛ばした。
木の先端が轟音を立てて倒れるのを見送ってから、影路は澪士に視線を戻す。
「アンタなら分かるだろ。コイツは普通の人間に扱える代物じゃねぇってことが・・」
「あぁ・・しかしこれはどういうことだ・・そんなものを扱えるお前は・・・!?」
張り詰めた空気を感じながら、影路と澪士は見据え合っていた。すると影路は心配そうに見つめてきていた梨穂子に気づき、おもむろに笑みをこぼした。
「悪かったな、脅かしちまって。どうやら場所を変えたほうがよさそうだな・・」
影路は梨穂子に謝罪して、澪士に視線を戻す。そこへ梨穂子が声をかけてきた。
「私もそういうことは何となく分かります。ママもそういう仕事をしてたから。」
「ママ?」
梨穂子の言葉に影路が眉をひそめる。
「梨穂子の母親、天羽雅音は、エクスコンやアイウェポン、他のブレイド装着者と戦ってきたウィッチブレイドの装着者なんだ。」
そこへ澪士が説明を入れる。彼が口にした言葉に、影路は眼つきを鋭くする。
「ブレイド・・鎧みたいな姿のヤツのことか!?・・腕から刃物を突き出して、戦うことに喜びを感じている・・・!」
影路はたまらず声を荒げて澪士に問い詰める。だが梨穂子が困惑を見せているのに気づいて、影路は我に返る。
「ワリィ・・けど、ちょっとわけありでな・・」
「そのようだな・・中で話を聞こう。こういう話はあまり力を入れてするものではないからな。」
影路の言葉に澪士は頷き、影路を招き入れた。影路は渋々頷き、別荘へと入っていった。
エリナとの交戦の末、意識を失っていた葉月。彼女はシエルたちの介抱を受けた後、ベットの上で眼を覚ました。
「私は・・・?」
もうろうとしている意識を覚醒させながら、葉月は体を起こす。するとそこへシエルときぬが部屋に入っていた。
「おっ!やっと眼を覚ましやがったか。」
きぬが笑みを浮かべて葉月に近寄ってきた。
「心配しましたよ、葉月さん。エリナさんがあなたを抱えて店に戻ってきて、それからテキパキとした行動をしてくれたおかげで、本当に助かりましたよ。」
「エリナさんが・・・」
シエルの説明を耳にして葉月が戸惑いを覚える。
「とにかく、エリナにはちゃんとお礼言っときな。お前の面倒をしっかり見たんだからな。」
「うん・・後で言っておく・・・」
きぬが言いかけると、葉月は微笑んで頷いた。
「少し待っていてください。今、カレーを用意しますね。」
シエルが笑顔で葉月に告げると、調理のために部屋を出た。相変わらずのカレーかと思い、葉月は内心苦笑した。
きぬも部屋を後にして1人きりになってしばらくすると、エリナが部屋に入ってきた。
「やっと眼が覚めたみたいね、葉月さん。」
「エリナさん・・・」
妖しい笑みを浮かべて声をかけてくるエリナに、葉月は戸惑いを覚えつつも、安堵の笑みを浮かべた。
「ありがとう、エリナさん。私をここまで運んできてくれたの、エリナさんなんでしょう・・・?」
感謝の言葉をかける葉月だが、エリナは彼女をあざ笑う。
「勘違いしないで。あのとき言ったはずよ。アンタが苦しむ姿を見るのが私の楽しみだって。ホントはあのままほっぽいてもよかったんだけど、あえてそうはしなかった。」
エリナは淡々と語りかけながら、葉月に近づいていく。
「アンタにはひとりぼっちになってもらう。そんでもって私が影路をものにするのを見せ付けて、アンタには絶望してもらうんだから・・」
「どうして、そこまで私を追い詰めようとしてるの・・・?」
「気に入らないからよ。アンタと影路が一緒にいるのが・・私と影路の邪魔はさせない。邪魔をするのだったら、たとえ店長でも・・」
「やめて!」
あざ笑うエリナを、葉月はたまらず突き飛ばす。その拍子でエリナはしりもちをつき、葉月が当惑を見せる。
そこへきぬがやってきて、この様子を目の当たりにして2人に視線を巡らせる。
「おい、何があったんだよ・・・!?」
「カ、カニさん、葉月さんがいきなり・・・」
問いかけるきぬに、エリナは立ち上がりながら答える。
「ち、違う・・私は・・・」
葉月が反論しようとするが、きぬから疑いの眼差しを受けて言葉を詰まらせる。
「おい、葉月・・まさか、本気で・・・!?」
きぬが言いかけたところで、葉月はたまらず駆け出し、部屋を飛び出した。動揺の色を隠せない葉月をきぬは追うことができず、その傍らでエリナは微笑を浮かべていた。
澪士との話を終えて、アークレイヴ本部に戻ろうとしていたルイとデュール。街に差し掛かろうとしたところで、ルイはデュールに声をかけた。
「ちょっと寄り道していくよー♪」
「えっ?どこへですか?」
「うちらが何気に馴染みのあるとこ。」
デュールの疑問をよそに、ルイは帰路を外れた。向かったのはカレー店「シエル」だった。
店に到着する直前のことだった。ルイは悲痛さをあらわにしながら店を飛び出していく葉月を眼にして、たまらず急ブレーキをかける。その拍子でデュールが前のめりになりかかり、シートベルトに支えられる形となった。
「葉月ちゃん!」
ルイが呼びかけると、その声に気づいた葉月が足を止めて振り返る。
「ルイさん・・・」
「何かあったの、葉月ちゃん?いきなり店から飛び出してきちゃって。」
困惑を見せている葉月に、ルイが窓から顔を出して問いかける。我に返った葉月が徐々に気持ちを和らげていく。
「ううん、大丈夫です。何でもないです・・」
「そ、そう・・それじゃ、うちらはちょっとシエルちゃんに用があるから、案内してもらえるかな?」
ルイが声をかけると、葉月は笑顔を取り戻して一礼した。
「・・はい。かしこまりました。」
葉月はルイとデュールに連れられて、「シエル」へと戻ってきた。シエルときぬが安堵の笑みを浮かべて迎えていたが、エリナは影で歯がゆさを押し殺していた。
「いよぅ、シエルちゃん。今日もここでランチだよ。」
「分かりました。ご注文は何にいたしましょう?」
気さくに声をかけるルイに、シエルが笑顔でメニューを手渡す。だがその中でデュールがあるものに眼を留めていた。
「あの、何ですか、あれは?」
「え?はい。あれは挑戦カレーですよ。」
デュールの問いかけに答えるシエル。その言葉にルイも眼を向ける。
「挑戦カレーねぇ・・おもしろそうじゃないの。詳しく聞かせてよ。」
期待の笑みをこぼすルイに、シエルは笑顔を崩さずに話す。
「量は普通のカレーの5倍。辛さはお好み。30分以内に食べ切れれば賞金5000円。」
「失敗したら?」
「罰金2000円。」
「水は?」
「いくらでも。」
淡々と問いかけるルイと、それに笑顔で答えるシエル。
「よし、のった!30分以内で見事食べきってみせるよー♪」
その挑戦を受けることにしたルイ。デュールは彼女の言動に思わず唖然となる。
「その代わり、誰か一緒にやってくれないかな?競争感覚でやったほうがやる気が出るから。」
「そうですか・・でも私は時間の挑戦は得意ではないのです・・カレーをたくさん食べるのは得意なんですが・・」
ルイの申し出にシエルが困り顔を見せる。海軍カレーの好きなきぬもこの挑戦カレーに成功したことはない。
そのとき、シエルときぬの視線が、きょとんとしている葉月に向いた。
「そういえば葉月さん、よくカレーをおかわりしてましたよね?」
「えっ?あ、はい・・」
シエルの問いかけに葉月が小さく頷く。するとルイが笑みを強め、それが何かの企みを抱いているものと思い、葉月が顔を引きつらせた。
結局、ルイとともに挑戦カレーをさせられる羽目となった葉月。気が進まない葉月の隣で、ルイは自信満々の様子を見せていた。
そんな2人の前に、大盛りのカレーが運ばれてきた。
「さぁ、どこまでやれるか試してみますか。」
ルイが意気込みを見せて、カレーをじっと見つめる。
「それじゃいくぞー。」
きぬが葉月とルイに呼びかけ、ストップウォッチをスタートさせた。2人はスプーンを手にして、カレーを口に運んでいく。
葉月もルイも速いペースでカレーを口に入れていく。その食べっぷりに周囲は唖然となっていた。
だが食べ始めて10分後、2人のペースが落ち始めた。葉月もルイも水を飲むのが目立ってきた。
「遅くなってきましたね。」
「ホントの勝負はここからだぞ。満腹感が一気にのしかかってくるんだ。」
デュールの声にきぬが普段見せないような真剣な面持ちで説明する。満腹感を見せ始めるルイに対し、葉月はその様子を見せずに黙々と食べ続けていく。
(葉月ちゃん、思ってた以上にやるじゃないの。まさかここまでお腹に入れられるなんて・・)
胸中で葉月に脅威を覚えながらも、ルイも負けじと食べ続けた。2人の挑戦は大詰めに向けて拍車をかけていった。
2人ともカレーがわずかとなってきた。だがそのわずかをなかなか口に運べないでいた。
こうしている間にも、時間は1分を切っていた。
(思ってたよりきついじゃないの・・だけどあと少し。やってやろうじゃないの。)
ルイは思い切って、残りのカレーにスプーンを伸ばす。葉月も同様にカレーを捉えていた。
そして2人が同時にカレーを口に入れようとした。そのとき、ルイが息が詰まるような気分を覚え、すぐに食べることができなかった。
その間に葉月がカレーを口に入れて完食。その直後、きぬが終了の合図を出した。
結果、挑戦カレーに成功したのは葉月であり、ルイはあと一歩というところで失敗に終わった。
「ふえ〜、いけると思ったんだけどなぁ〜・・」
それからしばらくしてから、ルイはテーブルに突っ伏してため息をついていた。先ほどの大食いがウソのように平然としていた。
「それにしてもすごいじゃないの、葉月ちゃん。まさかここまで入るなんてね・・」
同じく落ち着いている葉月に、ルイが感心の言葉をかける。
「そんなことないです。最近、よくお腹がすくようになってしまって・・でもたくさん食べているのに、太らないんです。」
「へぇ。なるほどねぇ。」
照れ笑いを浮かべる葉月に、ルイは笑みをこぼしながら頷いた。
(ブレイドの力を使うと、体の崩壊への負担とは別に、体力を大きく消費する。鷹さんの情報も頼りになるじゃないの。)
ルイは胸中でブレイド装着者に関する情報を整理していた。ほんの些細な情報でも、答えに結びつく重要な要素になりうる。それが彼女の考えだった。
「さて、今回は私の負け。ということでちゃんと払わせてもらいますよ。」
「えっ?いいですよ、そんな・・私の賞金でここは払いますよ。」
観念を見せるルイに、葉月が弁解を入れる。
「あー、いいのよ、いいのよー。賞金は葉月ちゃんの戦利品。私はお金を払っておさらば、おさらば。」
「でもこれはルイさんが誘ってくれたから・・・」
あくまでお金を払おうとする葉月に、ルイはついに本当に観念する。
「分かったよ。それじゃ葉月ちゃんのお言葉に甘えることにしますか。」
苦笑気味に言いかけるルイに、葉月も笑みをこぼした。シエルもきぬもデュールも、2人を見て笑みをこぼしていた。
その影で、エリナは葉月の喜びに対して、不快さをあらわにしていた。
澪士に促されて、影路は別荘に招かれた。梨穂子が2人に紅茶の入れたカップを運んできた。
「ありがとな。しっかりしててさ・・・あのガキにアンタの爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだぜ・・」
感謝の言葉の後に、影路はきぬに対しての愚痴を小さく呟く。その呟きの意味が分からず、梨穂子はきょとんとしている。
「では、改めて聞こう。お前はいったい何者だ?お前が言ったとおり、普通に見ても常人とは思えないが・・」
澪士が影路に問いかけると、影路は真剣な面持ちで答える。
「オレも、ここの大震災に巻き込まれたんだ・・」
この言葉に澪士も梨穂子も深刻さを覚える。
「オレの家族はその震災の場所にいた、おかしな格好をしたヤツに殺された。多分、アンタのいうブレイドを身に着けた誰かだと思うが・・」
「それはママじゃないよ。ママは大震災のときに記憶がなくなってるから・・」
澪士に説明する影路に、梨穂子が口を挟む。
「オレもそいつが誰なのかハッキリ分かってるわけじゃねぇ。けど、そのブレイドをつけたヤツだっていうのは間違いねぇんだ・・・」
語りかける影路に次第に苛立ちがあらわになっていく。憤りのあまり、彼は拳を握り締めていた。
「それで、お前のその体はどうなっているんだ?」
澪士に問いかけられ、影路は我に返って話を続ける。
「大震災で重傷を負っていたオレは、何とか一命を取り留めた。それからなんだ。オレの体が他のヤツらと違ってきたのは・・」
影路は自分の手を見つめて深刻な面持ちを見せる。今、彼は他の人と違っていることを噛み締めていた。
「旅している間に事故ったことがあってな、そこで検査してもらったら、何か特別な治療を受けた跡があるって。」
「特別な治療?」
「しかも、普通の人間の医学じゃないとか・・・」
影路の説明を聞いて、澪士が眉をひそめる。影路の体の中にいったい何があるのか、彼自身のためにも、今自分が扱える技術で精密な検査を行う必要がある。澪士はそう判断した。
「分かった。だが他のメンバーとの連絡や準備とかある。完了次第連絡する。」
「そうか・・・分かった・・」
澪士の言葉を受けて、影路は小さな笑みを浮かべてから頷いた。
次回
何だか店のほうじゃ、おかしなことやったみたいじゃねぇか。
ま、オレにはどうでもいいことだけどな。
それよりも、オレの体がどうなってるのか、確かめなくちゃならねぇ。
真実が知りてえぇんだ。
たとえ、これからどんなことが起きても・・・