ウィッチブレイド –Shadow Gazer-
第7話「突」
澪士と梨穂子との談話を終えて、ルイとデュールは別荘を後にしようとしていた。車に向かうルイとデュールを、澪士と梨穂子が見送ろうとしていた。
「ルイ、あまりムリをするな。危険だと察知したら、すぐに研究を中断して、私に連絡をよこすんだ。」
「分かってますよ。でも、私はやれるだけやってみたいんです。ギリギリまで可能性を突き詰めていきますからね。」
忠告する澪士に対し、ルイは気さくな態度で答える。その気さくさの中に真剣さが込められているのを、澪士は分かっていた。
「・・相変わらずだな。昔からお前は頑固で、1度のめり込むとなかなか止まらなかった・・」
「鷹さんだって私に負けず劣らずの頑固でしょうに。」
互いに苦笑を浮かべる澪士とルイ。
「梨穂子ちゃん、またね♪・・あ、そうだ。梨穂子ちゃんのあだ名、何にしようか考えてなかった。」
ルイが唐突に梨穂子のあだ名を考え出す。彼女の様子に梨穂子は唖然となるが、すぐに口を開いた。
「ママは私のことを“リコ”って呼んでたよ。」
「リコかぁ・・・よし。これからはリコちゃんって呼ぶことにしよう♪」
梨穂子に言われて、ルイは気さくに答える。その気さくさに、デュールも苦笑いを浮かべていた。
「それじゃリコちゃん、またね。ご飯、おいしかったよ。」
ルイは利穂子に挨拶して、デュールとともに別荘を後にした。
「心強い味方がつきましたね。まさかルイさんが導示の鷹山さんと知り合いだったなんて。」
その帰り、デュールが感嘆の声をもらす。
「確かに高さんの協力は心強いわよ。けどね、さっきも言ったけど、私はギリギリまでやってみるつもりよ。助けてもらうのと甘えるのとは違うのよ。」
「それはそうですが・・」
気さくさを保っているルイの言葉に、デュールが口ごもる。
「ま、うちらでやれるとこまでやってみよう。そんでもって、葉月ちゃんを三途の川から引き戻すのよ。」
彼に言いかけるルイから徐々に笑みが消える。
「ブレイドを身に着けている限り、死の運命は刻一刻と近づいてる。ブレイドリムーバーを見つけて、葉月ちゃんを助けないと。」
真剣さを浮かべて、ルイが心境を告げる。デュールも無言で頷き、これからの自分たちがすべきことを模索していた。
「シエル」でのバイトが決まった少女、エリナ。彼女の仕事の手際のよさに、シエルもきぬも感心していた。
調理、接客など、初めてとは思えないほどであった。
だがエリナは時折、影路を注視することがあった。彼女の心は彼に惹かれていたが、彼は全く気にしておらず、皿洗いや荷物運びをこなしていた。
「ありがとうございます、エリナさん。何でもこなせて、本当に助かります。」
「そんな、褒めすぎですよ。私は私なりに仕事をしているだけです。」
笑顔を見せて賞賛するシエルに、エリナが苦笑を浮かべて弁解する。
「まさかここまでやるとはな。褒めてやるぞ。」
「ありがとうございます、きぬさん。」
「あと、ひとつ言っとくぞ。僕のことはカニって呼ぶように。」
「はい・・分かりました、カニさん。」
きぬの注意を受けたエリナが微笑んで一礼する。彼女たちのやり取りを、葉月も影路も眼にしていた。
「すごいね、エリナさん。仕事ができて、礼儀正しい。完全無欠っていうのはああいう人を言うんだね。」
「かもな。けどアイツ、何か気にくわねぇ。」
微笑んで言いかける葉月に対し、影路は憮然とした面持ちで答える。その言葉に彼女は疑問符を浮かべる。
「アイツ、時々オレをヘンな眼で見てくんだよな。それにアイツ、何か企んでる気がすんだよな。」
「企んでる?」
影路の言葉に葉月は疑問を感じていた。2人の会話を一瞬眼にしたエリナ。その瞬間、彼女の表情が曇ったが、あまりに一瞬だったため、誰にも分からなかった。
店の仕事の休憩に入り、葉月は休憩室にて束の間の休息を取っていた。そこで彼女は、右腕にある腕輪を見つめていた。
強靭な力と最高の快楽を与えてくれるブレイド。だがこの武器には、装着者に死の代償を払わせるのである。ブレイドを外す術は、現時点ではブレイドリムーバーを見つけ出す以外にない。
未だに拭えない不安と死の恐怖に、葉月の心は揺れていた。
しばらく思いつめていたところへ、エリナが入ってきた。
「私も少し休ませてください。いいですか?」
「え?はい、構いません。」
声をかけるエリナに葉月が頷く。するとエリナは葉月のそばまで行くと、近くのロッカーに背を預ける。
「葉月さん、あなたは影路さんと一緒にここで働き始めたんですよね?」
「はい、そうですが・・」
葉月が質問に答えると、エリナは笑みをこぼした。
「ということは、影路さんのことを、いろいろ知ってるんでしょう?」
「そんなことないですよ。偶然出会って、そこから縁ができただけですから・・影路、なかなか自分のことを話さないから。私もそうなんですけど・・」
「なるほど・・では、あなたのことを気にせずに、影路さんに告白できるわけね。」
エリナのこの言葉を耳にして、葉月は思わず赤面する。だがエリナが今まで見せたことのない妖しい笑みを浮かべていることに気づき、葉月は緊迫を覚える。
「葉月さん、私は影路さんに惚れているの。彼を振り向かせるためなら、私は何だってやるつもりよ。もし私の邪魔をするなら、私はあなたを傷つけることも厭わない。」
「エリナさん・・・!?」
突然野心とも取れる自分の心境を告げるエリナに、葉月は威圧感を覚えていた。
「おい、カニが仕事に戻れってわめいてたぞ。」
そこへ影路が葉月とエリナに声をかけてきた。エリナは笑顔を取り戻し、影路に近寄る。
「分かりました、影路さん。すぐに仕事に戻りますね。」
エリナは影路に笑顔を見せて言いかけると、接客のために休憩室を後にした。その後しばらく、葉月はエリナの一変した態度に困惑していた。
一触即発の瞬間が密かに起こったものの、この日の「シエル」の店内も平坦な日常を送っていた。そして日が沈もうとしているときだった。
「あちゃー、制服汚しちゃったよー・・」
皿や食器の後片付けをした際にカレーのルーが制服に付いてしまい、きぬが困り顔を浮かべていた。その声を耳にして、エリナが彼女に歩み寄った。
「んー・・これなら洗えば一晩で乾きます。少し貸してもらえます。洗濯しますので。」
「そ、そうか?じゃお任せするぞ。」
エリナの言葉を受けて、きぬが笑顔を見せた。
「店長、先に上がります。カニさんも。」
「はい。お疲れ様です。」
エリナはシエルに声をかけると、きぬを連れて更衣室に向かった。その様子を見ていた影路が葉月に言いかける。
「アイツ、洗濯もできるのか?」
「分からないけど、あの感じだと本当に洗濯しそう・・」
葉月の返事を聞きつつ、影路は憮然とした面持ちを浮かべた。
その夜、エリナはきぬの制服に付いたしみを、ぬれたふきんで丁寧にふき取っていく。洗剤をほんのわずかだけ使っただけなのに、しみは普通に見ただけでは分からないほどに薄くなっていた。
「すごい。ホントに汚れが分かんなくなっちまったぞ・・」
「こういうのは洗濯機にかけるような大まかなやり方より、集中した丁寧なやり方のほうが効果があるんです。」
感心するきぬに、エリナが優しく説明する。しみや汚れが残っていないか確かめると、エリナは数分乾かし、アイロンを使って本格的に乾かす。
洗濯を終えたエリナが制服を丁寧にたたみ、きぬに手渡した。
「明日も頑張りましょう、カニさん。」
「お、おう・・お前、いいヤツだな、エリナ。今度海軍カレーをおごらせてやるぞ。」
笑顔で言いかけるエリナに、きぬがいつもの強気な態度を振舞う。
「新人にずうずうしいこと言ってんじゃねぇよ、ガキが。」
そこへ影路が声をかけると、きぬはムッとなって彼に詰め寄る。
「何だとっ!?食い逃げ常習犯の分際でエラソーにすんな!」
「誰が常習犯だ。食い逃げをしたのはあんとき1回だけだ。」
「食い逃げしたことに変わりはねぇだろ!眼をつぶってやってるんだからありがたく思え!」
「勝手なことぬかすな!どこまでもエラソーにしやがって!」
苛立ちをあらわにするきぬと影路。影路は憤慨してきぬの頬をつねると、彼女の眼から涙が浮かぶ。
「な、なぐもんがー!おまえなんがに、ないでだまるがー!」
必死に抵抗するきぬだが、影路の前になす術がなかった。そんな2人を見つめて、エリナは笑みをこぼしていた。
「ところで影路さん、何か用があったのではなかったのですか?」
そこへエリナが声をかけると、影路がきぬから手を放して振り向く。
「そうだ、そうだ。シエルを知らねぇか?明日オレ出かけるから。」
「そうですか・・残念です・・シエルさんなら調理場のほうにいましたよ。新しいカレールーの調味をするとか・・」
影路の問いかけにエリナが淡々と答える。すると影路はきびすを返し、そそくさにその場を後にした。
その翌日、影路は「シエル」を後にして、バイクを走らせていた。彼は自分の体についての知識があると思われるある人物に会おうとしていた。
(ずっと調べてて、やっと居場所を見つけた・・・アイツなら、オレに隠れてる何かを知ってるはずだ・・)
ひとつの思惑を胸に秘めて、影路はバイクのスピードを上げた。彼は店での仕事の後、その人物の行方を調べていた。そしてついに、その居場所を見つけたのである。
その真実を確かめるため、影路はその場所へと向かった。
その場所とは別荘。そしてその人物とは鷹山澪士だった。
その頃、葉月たちは「シエル」での仕事をこなす中、ニュースを耳にしていた。それは猟奇殺人についてだった。
被害者は今回も女性。いずれもものすごい衝撃を受けて肉体が微塵に粉砕されていた。その殺人の犯人を見つけられないばかりか、被害者の身元を割り出すだけでも困難を極めていた。
「怖いですね。これでは夜もうかうか歩けないですね。」
エリナがシエルに対して不安を口にする。するとシエルはエリナに微笑みかけて答える。
「心配要りません。早々事故や事件に遭遇することなんてありません。気をつけていれば、どんなことも乗り越えられるはずです。」
シエルの言葉を聞いて、エリナは安堵の笑みを見せた。
そのとき、その傍らにいた葉月が奇妙な感覚を覚える。彼女の右腕にある腕輪の宝玉も淡く輝いていた。
(もしかして、またエクスコンが・・・!?)
思い立った葉月がたまらず店を飛び出した。
「あっ、おい、葉月!」
きぬが呼び止めるが、葉月は立ち止まらずに走り去ってしまった。
「私が追いかけます。」
エリナがシエルときぬに言いかけて、続いて店を飛び出した。
気配を感じ取って、葉月は街の片隅にある廃工場に来ていた。そこで彼女は腕輪の起動によって漆黒の鎧を身にまとう。
戦いに対する高揚感を覚えつつ、葉月は妖しく微笑んで周囲を見渡す。
「出てきたらどう?隠れていても、私には分かってるんだから。」
葉月が工場の広場の中心で言い放つ。その直後、彼女の背後の壁が弾け飛び、強烈な衝撃が彼女を突き飛ばした。その衝撃で彼女はダンボールの山に叩き込まれる。
倒れ込んでいた葉月がゆっくりと立ち上がり、再び周囲を見回す。だが衝撃の正体の姿が見当たらない。
「鬼ごっこが趣味なわけ?だったら付き合ってあげる。そして捕まえて、たっぷり遊んであげる。」
葉月はさらに微笑んで、右手から出した刃の切っ先を広場の中心に向ける。だが未だにその正体は明らかになっていない。
そんな彼女にさらに痛烈な衝撃が襲う。見えない敵の攻撃に彼女はなす術がなかった。
「へぇ。すごいのをぶつけてくるじゃないの。その調子でもっとぶつけてちょうだい。」
葉月が歓喜をあらわにして挑発を言い放つ。すると彼女に三度衝撃が襲い掛かってきた。
その瞬間、葉月はその衝撃に対して手を伸ばし、つかみ取る。それは両足に車輪を搭載している機体だった。
「捕まえた。さて、今度はこっちがアンタを遊ぶ番よ。」
葉月は右手で機体の腕をつかんだまま、機体を大きく振り回す。その巨体を壁や床に思い切り叩きつけていく。
だがその攻撃を繰り返すうち、葉月のつかむ機体の腕が引きちぎれる。機体は葉月から離れ、ドラム缶の山に叩き込まれる。
葉月は笑みを崩さずに機体のほうに近づいていく。するとその先で噴煙が起こり、またも彼女に衝撃が襲う。
機体は足の車輪を駆使して超高速を可能としていた。その速さで多くの女性を粉砕殺人し、葉月をも襲撃していた。
機体の突進に押されながらも、葉月は刃を振りかざして迎撃しようとする。だがこの一閃は機体をかすめるだけで、葉月から逃れた機体は突進の勢いのまま壁を突き破り、どこかへと去っていった。
獲物を仕留めそこなったことに嘆息をもらし、葉月が刃を下げる。
「あらあら。アンタもシャドウブレイドの装着だったのね。」
そこへ葉月は声をかけられ、笑みを消して振り返る。そこには妖しい笑みを浮かべているエリナの姿があった。
「でも見るに耐えない戦いだったわ。そんな弱い装着者が影路とひとつ屋根の下で暮らしてるなんて・・」
エリナが葉月の戦いをあざ笑い、右手を掲げる。その右腕には、葉月が身に着けているものと同じ漆黒の腕輪が装着されていた。
「馬鹿馬鹿しさにもほどがあるってものよねぇ・・・」
エリナが言い放つと、彼女の腕輪の宝玉が光り輝く。そして葉月と同様に腕輪が展開し、鎧として彼女を包み込む。
「ア、アンタ・・・!?」
変貌したエリナに葉月は驚きを覚える。その姿は、先日葉月の眼の前でエクスコンを掃討したシャドウブレイドの装着者だった。
「驚いた?でもね、私はアンタとは違う。アンタのようなヤツと一緒にされたんじゃ、迷惑もいいところよ・・・」
エリナは妖しく微笑みながら、右手から刃を突き出す。
「ホント、ムカつくわ・・・!」
笑みを消したエリナが葉月に向かって飛びかかる。彼女は刃を振りかざすが、葉月も刃を構えてその一閃を受け止める。
「どうやら私のことが気に入らないみたいだけど、それでもいいわ。私は楽しめればそれで構わない。」
「そう?だったらとことんイラつかせてあげる。アンタのはらわたが煮えくり返るところを見るのが、私の楽しみだからね!」
互いに歓喜とも狂気とも取れる笑みを浮かべる葉月とエリナ。エリナは葉月を押し切って、さらに刃を振りかざす。一閃は葉月の体をかすめ、さらに床を切り裂いた。
「どうしたの?シャドウブレイドの力はこんなもんじゃないでしょ!」
エリナは叫びながら、葉月にさらに刃を振り下ろしていく。葉月は笑みを保っているものの、次第に追い込まれていった。
やがて一閃一閃が葉月の体を捉えていく。傷とダメージが蓄積され、ついに葉月は壁に叩きつけられる。
くず折れて壁にもたれかかる葉月に、エリナが妖しい笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「つまんない。こんなんじゃ満足するどころか、ストレスがたまる一方じゃないの。」
「そう?私は十分に楽しんでるけど?」
笑みをこぼす葉月の返事に、エリナは笑みを消して、彼女に刃の切っ先を突きつける。
「アンタって、つくづく私をバカにしてくれるわね。ホント・・」
エリナは言いかけて、葉月を蹴り飛ばす。葉月の体が宙に舞い、そして横転する。
攻撃を受けすぎた葉月をまとっていた漆黒の鎧が消滅し、元の腕輪へと戻った。
「あら?もうおしまいなの?これじゃとどめを刺す気にもならないじゃない。」
嘆息するエリナが、意識を失った葉月を見下ろした。2人のブレイド装着者の錯綜が、一途の感情により、ついに幕を開けた。
次回
エリナさん、私の何が気に入らないんだろう?
影路が好きで、影路を求めているのは分かるんだけど・・
そんなときに、ルイさんが「シエル」に来て、いきなり早食い対決を始めてしまって・・
そっちもそっちでいろいろ大変になりそう・・・