ウィッチブレイド –Shadow Gazer-
第6話「翔」
祭りでの楽しいひと時から一夜が明け、葉月たちは起床した。そして葉月、影路、きぬは眠気を覚ますため、揃って歯みがきをしていた。
「朝っていうのはどうしてこうかったるいんだ?」
「それはこっちが聞きたいことだ。」
歯みがきを続けながら、影路ときぬが愚痴をこぼす。
「ところでシエルさんは?まだ姿が見えないみたいだけど・・?」
「えっ?あぁ。今日は特性のカレー粉が海外から入荷する日なんで、ねーちゃん、朝早くに売り場に直接行って、ソッコーで買ってくるってさ。」
葉月の問いかけに、きぬが淡々と答える。
「シエルもけっこう物好きだな。わざわざ入荷の日に入荷した場所に行くんだから。」
「ねーちゃんのカレー好きは僕以上なんだ。カレーの悪口なんてマジでご法度。この前カレーをバカにした客がいてな。僕が文句を言うより早く、ねーちゃんがフォークやら包丁やら投げつけて、その客を壁に磔にしちまったくらいなんだから。」
影路のもらした言葉にきぬが答える。その言葉に葉月と影路が驚きを覚える。
「筋金入りっていうのは、まさにこのことなんだろうな。」
影路はシエルに改めて感心する。3人は口をゆすぎ、開店への準備に取り掛かった。
その朝、デュールを連れてアークレイヴ本部を出発したルイ。2人は今、車で大通りを走っていた。
「ルイさん、本当に誰なんですか?ルイさんの話を聞く限りでは、縁の深い方としか・・」
デュールが問いかけると、車を運転しているルイが気さくな笑みを浮かべて答える。
「まぁ、仕事上の間柄の関係なんだけどね。導示重工の元局長で、いっつも私の言ったことにケチつけるような反応見せてたのよ。」
「元局長、ですか・・・」
ルイの説明を受けても、デュールは疑問を解消できていなかった。
「導示の不祥事は君も知ってるわよね?導示が兵器開発に着手して、その事件の証拠の隠滅を行ったことが発覚したけど、特殊機局局長が辞任することで事なきを得た。これから会うのはその局長さんってわけ。」
「なるほど。よくいますよね。一部の人間だけに責任取らせて自分たちは安泰っていう会社や上層部。でもルイさんとアークレイヴは違いますけど。」
「アハハハ。お褒めの言葉として受け取っておくよ。」
頷くデュールに、ルイは苦笑いを浮かべていた。
「あの人が導示を辞任してから、あの人と全然連絡取ってないのよ。あの人、ああ見えて結構繊細だからねぇ。私が発破かけてやるのもいいかも。」
「でもあまりムチャしないでくださいよ、ルイさん。あなたはお偉いさん相手でも物怖じせずに食って掛かるんですから。」
「度胸があるって言ってほしいもんね。」
困り顔を見せるデュールに、ルイは気さくに笑ってみせた。こうして談話を繰り返しているうちに、車は街から離れた別荘にたどり着いていた。
いつものように店の仕事を行っていく葉月たち。だが店にはシエルの姿はない。カレー粉の売り場からまだ戻っていないのである。
「何やってんだ、シエルは?もう開店時間過ぎちまったぞ。」
「よほどいいカレー粉でも見つかったんじゃないかな?」
愚痴をこぼしながら皿洗いをする影路に、厨房で小休止していた葉月が微笑んで答える。
「ところでよ、いきなりでわけ分かんねぇことなんだけどさ・・」
皿を洗う手を止める影路の唐突な声に、葉月が戸惑いを見せる。
「お前、昨日見たみたいな怪物をどう思う?」
「怪物・・どうって・・・」
影路の質問に葉月が口ごもる。
「ここ最近、ああいったバケモンが関わっている事件が立て続けに起きてる。何か裏があると思わねぇか?」
「私にもよく分からない。いろいろなことがありすぎたっていうのもあるけど・・・でも、それがどうかしたの・・・?」
葉月が聞き返すと、影路は深刻な面持ちを浮かべる。
「・・これは誰にも話してねぇことだけど・・・オレの家族は、あのバケモンの仲間に殺されたんだ・・・」
影路のこの言葉に葉月は驚愕を覚える。
「記憶のねぇお前には分かんねぇかもしれねぇが、オレも6年前の大震災の被害者なんだ。重傷を負ったけど、何とかこうして生き延びることができた。」
「それと、影路のいう怪物と・・・?」
「傷だらけで瓦礫の上を歩いてたオレは、おかしなヤツと会ったんだ・・右手から刃物を出していたそいつは、あの悲惨な場所で笑って喜んでいた・・そしてそいつの前には、息のねぇ親父とお袋、姉貴がいた・・そんときオレは確信した。家族を殺したのはその怪物だって・・」
洗い終えた皿をしまった影路が、拳を強く握り締める。
「それからオレはずっと探してきた。オレの家族を殺したアイツを・・・けど今事件を引き起こしてるバケモンと関わりがあるぐらいしか、手がかりは全然ねぇ・・」
「それってもしかして、復讐ってこと・・・?」
影路の過去を耳にした葉月が唐突に言いかける。その言葉に影路はさらに深刻さを強める。
「そうかもしれねぇ・・とにかくオレが今したいのは、そいつの正体を知ることだ。せめてそのツラを拝まねぇと、オレの気がすまねぇんだ。」
歯がゆさを噛み締めて、自分の心境を告げる影路。彼の後ろ姿を見つめて、葉月は困惑を感じていた。
「おい、お前ら!いつまでもそこで休んでねぇでしっかり動け!」
そこへきぬが不満の面持ちで2人に呼びかけてきた。葉月は慌てて厨房を後にして仕事に戻り、影路も皿洗いを続けた。
鷹山澪士(たかやまれいじ)。導示重工特殊機局局長を務めていた男である。導示が抱えていた不祥事の責任を取り、彼は局長を辞任した。
現在、澪士は天羽梨穂子(あまはりほこ)とともに安息の生活を送っていた。
梨穂子はウィッチブレイドの装着者、天羽雅音(あまはまさね)の娘である。といっても、この親子関係は母子手帳だけによるものだが、その絆はまさに親子そのものだった。雅音はウィッチブレイドの運命に導かれるように体の崩壊を向かえ、ブレイドとともに最後を迎えている。今は梨穂子は澪士とともに生活を送っていた。
導示を退職した後も、澪士はウィッチブレイドやアイウェポンに関する情報整理を続けていた。そんな中、彼らのいる別荘にインターホンが鳴り響いた。
「あ、はーい!」
梨穂子が玄関に向かい、ドアを開ける。その先には気さくな笑みを見せる女性と、真面目な態度を見せている少年がいた。
「えっ?家、間違えたかな?ここが鷹さんが今住んでる別荘だって・・」
梨穂子を見るなり、その女性、ルイが唖然となる。
「あの・・ここは鷹山ですけど・・・?」
梨穂子もルイを見つめて困惑を浮かべている。
「どうした、梨穂子・・・お前は・・・」
梨穂子の様子が気になった澪士が顔を見せると、ルイを眼にして眉をひそめる。
「いよぅ、鷹さん。久しぶりですねぇ。」
ルイが気さくな態度で挨拶すると、澪士は呆れ顔を見せる。
「それにしても、どうしたんです、鷹さん?子育ての仕事でも始めたんですか?」
「実はな・・オレの娘なんだ・・・」
「へぇ、娘さんねぇ・・・って、ええーーー!?」
澪士の言葉を聞いて、ルイが驚きの声を上げる。デュールも驚きを覚えつつも、声を上げるのを耐えていた。
「はじめまして。天羽梨穂子です。」
梨穂子が動揺しているルイたちに挨拶して一礼する。
「・・え、あ、うん・・私は夢野ルイ。鷹さんとは仕事上の付き合いでね。今、久しぶりに顔を拝みに来たってわけ。」
何とか気を落ち着けて、ルイが自己紹介をする。
「僕はアークレイヴ所属、デュール・ペッパーです。」
続いてデュールも自己紹介をして一礼する。
「あの、ここで立ち話もなんですから、中に入ってください。今、紅茶の用意をしますから。」
「あ〜、別にいいわよ。別にお客さんのつもりで来たわけじゃないから・・」
梨穂子はルイの呼びかけを聞かずに、慌しく家の中に戻っていった。ルイが唖然となって言葉を切り出せないでいると、澪士がため息をつきながら言いかける。
「観念しろ。梨穂子の言うことは絶対だ。お前も素直に従ったほうがいいぞ。」
「観念って・・鷹さんらしくない発言ですねぇ。もしかして、接し方が分かんないとか。」
「からかうな。ところで何しに来た?わざわざおしゃべりに来たなどと言うのではないだろうな?」
真剣な面持ちに戻る澪士に、ルイも気さくな笑みを消して真面目さを見せる。
「うちらが鷹さんに会いに来たのは、とりあえず言っておきたいことがあったからなんです。」
「言っておきたいこと?」
ルイの言葉に澪士が眉をひそめる。
「うちらアークレイヴが開発したシャドウブレイド。行方不明になっていたその3つのうち、1つを見つけたんです。」
「何?」
「しかもある人に装着されてました。うちが開発したアイウェポンの不良品たちと戦ってるわけで。」
「それでその装着者はどこに?」
「ちょっと待った。すぐに行ってブレイドをひっぺ返すつもりなら教えません。彼女も彼女なりに悩んでるみたいだから。」
「心配するな。そんなマネはしない。ただ何かあったときに居場所が分からなければ、こっちとしても対応できないからな。」
澪士の言葉を聞いて、ルイが安堵の吐息をつく。
「それなら安心。だけどシャドウブレイドはうちらの管轄。鷹さんに甘えるつもりはないですよ。」
「そうか・・・万が一のときは連絡をよこせ。私も力を貸そう。」
澪士の言葉を受けて、ルイが再び気さくな笑みを浮かべる。
「お前との腐れ縁も長いからな。お前の頼まれごとにもう文句は言わんさ。」
「相変わらずですねぇ、鷹さん。それじゃとりあえず、シャドウブレイドとその装着者のデータを渡しますから、眼を通すぐらいはしておいてくださいよ。」
ルイが澪士にデータが記された書類を手渡して、別荘を後にしようとする。
「あの、紅茶の用意ができましたけど・・」
そこへ梨穂子が声をかけて、ルイは再び唖然となる。ルイとデュールは渋々梨穂子の親切を受けることにした。
梨穂子は紅茶だけでなく、スクランブルエッグもテーブルに並べていた。朝食の後にルイたちが来たので、彼女は振舞ってみたのである。
「あの、どうでしょうか・・?」
スクランブルエッグを口にするルイに、梨穂子が戸惑い気味に訊ねてきた。その味を確かめて、ルイは頷いた。
「うん。すっごくおいしいよ。私は味にうるさいけど、これはプロ級だね。」
ルイが賞賛すると、梨穂子が笑顔を浮かべる。
「梨穂子は家事全般が得意だからな。大人と比べても劣らない。」
澪士も微笑んで利穂子を褒める。
「そういえば梨穂子ちゃん、確か“天羽”だったよね、苗字?」
「えっ?あ、うん・・」
気さくに訊ねるルイに、梨穂子が戸惑いを見せながら答える。ルイの明るい態度に、梨穂子は次第に緊張が和らいできていた。
「てことは、梨穂子ちゃんのお母さんは、天羽雅音さんかい?」
「うん・・あの、ママに何か・・・?」
当惑している梨穂子に眼を向けてから、ルイは澪示に視線を移す。
「天羽雅音さんって・・・まさか・・」
声を荒げるデュールに、ルイは視線を移さずに言いかける。
「そうよ。雅音さんはウィッチブレイドの装着者よ・・」
真剣な面持ちのルイに、デュールは固唾を呑んだ。
「ごめんなさい。いいカレー粉がたくさん入荷していて・・」
シエルが慌しく店に帰ってきた。だが彼女が帰ってきたのは、昼食時の客のラッシュがすぎた正午過ぎだった。
「おい、おせぇよ、シエル。おかげでこっちは倍の労働力を使うことになっちまったぜ。」
厨房に顔を見せてきたシエルに、影路が文句を言ってきた。
「本当にごめんなさい。影路さんも葉月さんも少し休んでください。」
笑顔で弁解するシエルに促されて、影路と葉月は休憩に入った。
「あまり文句は言わないであげよう。シエルさん、よほどのカレー粉に出会えたみたいだから・・」
葉月が弁解の言葉をかけるが、影路は憮然とした態度のまま、黙り込んでいた。
そのとき、葉月は奇妙な感覚を覚え、外のほうへ振り返る。彼女の腕にある腕輪の宝玉も淡く輝いていた。
「影路、ごめんなさい!ちょっと出かけてくる!」
「あ、おい、葉月!」
葉月はとっさに駆け出し、影路が呼び止めるのも聞かずに外に飛び出した。
(感じる・・何か力が、ブレイドを通じて私に流れてきている・・・)
気配を探りながら駆けていく葉月がさらに違和感を覚えていく。その最中、彼女の体を腕輪が変化した漆黒の鎧に包まれる。
五感をさらに研ぎ澄まして、葉月は飛翔する。そしてその風の揺らぎを察知して、彼女は裏通りに降り立つ。
その眼前には、体にファンが取り付けられている異様な姿の機体が立ちはだかっていた。
「オマエガニクイ・・バラバラニシナイトキガスマナイ・・・」
機体が不気味な声を上げてファンを回転して、葉月を吸い込もうとする。しかし葉月は平然と立っていた。
「今度はアンタが相手?少しは楽しませてちょうだいね。」
葉月が妖しく微笑むと、右手から刃を突き出す。そして機体に向かって飛びかかろうとしていた。
そのとき、両腕を大きく広げた機体の体が突如、上半身と下半身に両断される。この突然の瞬間に、葉月も眉をひそめて足を止める。
崩れ落ちる機体の背後には、ひとつの影があった。それは葉月と酷似した容姿の妖艶なる女性だった。彼女は葉月と同じ漆黒の鎧に身を包んでいたが、唯一の違いはその漆黒の中に彩られているライン。葉月は紅、女性は蒼だった。
「せっかく楽しもうとしてたのに、横取りしちゃうの?」
葉月が妖しく言いかけると、女性も妖しく微笑みかけてきた。
「早い者勝ちよ。横取りされて悔しいなら、私よりも先に狩ってみることね。」
女性は葉月に言い放つと、きびすを返して飛び上がり、彼女の前から姿を消した。葉月は刃を下げて、戦いので喜びを味わえなかったことに対してため息をついた。
エクスコンの撃退を果たせなかった葉月は、困惑の心境のまま店に戻ってきた。そこで彼女は、店内でシエルと話している1人の少女がいるのを眼にする。
長い黒髪、長身、大人びた雰囲気を備えている少女。黒を基本として白も織り交ぜられ、動きやすさを強調されているドレスを身に着けている。
その少女を気にかけながら、葉月は店の中に入った。
「すみません。ただいま戻りました・・・あの、この方は・・・?」
葉月はシエルに言いかけ、少女について訊ねる。
「おかえりなさい、葉月さん。こちらは明日からここで働くことになりました、越水エリナです。」
「えっ・・それでは店長、私・・・」
シエルが葉月に紹介すると、少女、エリナが戸惑いを見せる。
「はい。頑張ってくださいね、エリナさん。分からないことがありましたら、私が教えますから。」
「はい。よろしくお願いします。」
笑顔で言いかけるシエルに対し、エリナは喜びを見せて一礼する。この瞬間、「シエル」に新しいバイト仲間が加わった。
だがそれは、新たな破局の始まりであることを、葉月たちは気づいていなかった。
「何だよ、こんなに騒がしく・・・」
そこへ影路が憮然とした態度で厨房から顔を見せてきた。そのとき、彼に眼を向けたエリナが戸惑いを覚える。
「・・・カッコいい・・あの人・・・」
影路に好意を抱いたエリナが、おもむろに彼に近づく。頬を赤らめている彼女に、影路が眉をひそめる。
「な、何だ・・?」
困り顔を見せる影路を気に留めていないのか、エリナは彼をじっと見つめていた。彼女は彼に一目ぼれしてしまったのであった。
次回
何だよ、あのエリナって女?
オレのことをヘンな眼で見てきやがって。
けどアイツ、バイトだけじゃなく、料理とかも完璧にこなすんだよな。
非の打ち所のないってのは、そういうのを言うんだろうな。